私をチヌ釣りの虜にしたあの一匹


チヌ釣りを始めて、最初の冬でした。
確か12月終盤だったと思います。

その日、岩国港新港の護岸へ、今の女房と一緒に釣りに行っていました。

私はやり始めたばかりのチヌを、彼女はちょい投げでカレイを狙うとは無しに狙っていました。
とても寒い日で、時折雪が吹き付けるような天気でした。

仕掛けは、1号の棒浮きに1号のクッション付き錘、たぶんハリス1.5号に鈎は2号くらいを結んでいたと思います。
刺し餌はオキアミ生、撒き餌はアミエビを2〜3kgに糠と砂と荒挽きそしてチヌパワーくらいを混ぜていたと思います。始めたばかりのチヌ釣りですし、雑誌に書いてあったのと同じような撒き餌を深く考えずに作ったように記憶しています。(10年近く前のことだからよく覚えていませんが...)

そのころ、まだ晩夏に団子で28cmのチヌを上げたのが唯一目立った釣果(今となっては、なんともない小チヌなんですが...でもそれも嬉しかったんですね。大きさをちゃんと覚えているなんて...この話はまた後日)で、対した釣果を得たことはありませんでした。

仕掛けを投入し、撒き餌をその辺に撒く。そんな作業を今思えばかなりいい加減に繰り返していたように思います。

アイナメやメバル、そんな魚たちが退屈をしない程度に、私の鈎に掛かってくれていました。

そんな時のことです。
棒浮きがスッと吸い込まれるように海に消えました。
アワセを入れると、子供の頃から数え切れないほど経験した魚の引きとは明らかに違う強烈な手応えが私を待っていたのです。

・・・そりゃもう大慌てです。

ロッドワークなんて全くない、その引きに竿を握りしめて耐えるだけ。幸い、子供の頃からの経験が少しは役に立って、強引に巻き上げるようなことはしませんでした。

彼女を呼び、玉網を持ってこさせます。
玉網とはいっても、薄い鉄パイプが2段くらいになっているだけの殆ど補虫網に毛が生えたような物です。

彼女も慌てています。

しばらくすると、それは姿を現しました。

始めて見る”チヌ”と呼べるサイズのチヌです。海面近くでギラッと光を放ちます。

「掬ってくれ!」と声を出します。しかしその時は潮位が低く、貧相な捕虫網は海面に届きません。
彼女は殆ど腹這いになるような格好で玉網を延ばしてくれました。
なんとか、掬えそうです。

2人とも慣れないから、簡単に玉網に納まりません。空気を吸わせておとなしくすればいいんですが、そんなことは知りませんから...

何度かのトライでやっとそれは玉網に納まりました。(多分弱ったんでしょうね。)

護岸の上に上げたところで膝の力が抜けます。

それは、荒々しく、そして美しい。威厳のある風格を持っています。
背鰭をピンと立て、黒っぽい魚体に美しく調和した銀色の輝き。

昂揚した気分はいつまでも続きます。

あまりの嬉しさに、クーラに水を入れて、それを泳がせます。


その後も釣りを続けましたが、何度も何度もクーラの中のそれを見てはニヤッとしていたと思います。

そんな私を知ってか知らずか、散歩中のおじさんが「ほぉ、これはいいチヌですねぇ〜」なんて言ってくれるものだから、余計舞い上がっています。


それは、今思えば何てことはない、高々38cmのチヌでした。
あれから沢山のチヌ達と出会いましたが。でもあの時と同じ感動にはそれ以降出会っていません。

多分、今もあの時と同じような感動を求めて、釣りに行っているのだと思います。
いや、あの時の昂揚した気分をずっと引きずっているのかも知れません。
そして私はチヌ釣りに魔力にすっかり引き込まれてしまって、今に至っています。

きっと、50cmを超えるそれに出会ったとき、始めてこれに匹敵するような感動に出会えるのかな?


チヌ釣りの魅力に取り憑かれているみなさんも、誰しも一度は同じような感動を味わったことがあるのではないでしょうか?


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