私をチヌ釣りの虜にしたあの一匹 Part2


チヌ釣りを始めたのが夏でした。
探り釣りで始めて小チヌを手にした喜びがまだはっきりと手のひらに残っていた頃。晩夏です。

地方の釣り雑誌「月刊釣り情報」を読んでいると、どうにもヌカ団子なるもので実績が高そうです。
ヌカに集魚剤というものを混ぜて作った団子で刺し餌を包むらしい。
よし、これに挑戦してみよう!

まずヌカだけど、どこで買えば良いのか?
確かスーパーにヌカ漬け用のヌカが置いてあったはず。よし、それだ。ということでスーパーでヌカを探します。
当然スーパーに普通のヌカが置いてあるはずはなく、ダシ入りの漬物用ヌカがありました。
米屋でヌカを買えば良いとか、まさか釣具屋にヌカが置いてあるなんて考えもしなかった。
取りあえずダシ入り漬物用ヌカを買って帰ります。

次に集魚剤。ところで集魚剤って何なんだろう?瓶に入った液体か何かがあるのかな?これはきっと釣具屋に行けばあるに違いない。ということで、当日購入することに決定。


晩夏の土曜日。日中は日差しが強く暑い日でした。
朝、夜が明けた頃、岩国港近くの釣具屋に私はいました。先ずは集魚剤を探さないといけません。
釣具屋の一番奥。私が予想していたものとは明らかに違う袋詰めのそれはありました。でも種類が凄い。釣具屋の人に聞けばいいものですが、照れ屋さんの私は一人で悩みます。目に付いたのがチヌパワー。
チヌパワーに目を付けるなんてところは我ながら立派なものです。これと刺し餌にするオキアミを買って岩国港新港に向かいます。
このポイントは少し前に人に聞いたのを頼りに、適当に釣り座を選んだものでした。

なにせヌカとチヌパワーしか入っていません。団子は沈むはずもありません。
仕方ないのでかなり必死に握りこんで投入します。幸い浅いポイントだったので、時々底まで届いていたと思いますが、それにしても沈むまで時間が掛かるし、沈んでも割れないことが殆どだったように記憶しています。

少しすると、20mほど右手に親子連れのチヌ釣り客が来ました。団子でやるようです。
父親らしき人がてきぱきと準備をしています。ヌカはなんと大きな紙の米袋から出しています。
(はぁ〜、あんなのが売ってるのか...)
父親は少しすると20cm程の小チヌを上げ始めました。
(いいなぁ...)


しばらくして、沈んでいた浮きが浮き上がります。そしてそれは再び鋭く沈んでいきます。
「アッ!」と思うのが速いか、アワセたのが速いか、私の真新しいダイレクトパワーチヌ1.5号は綺麗な円弧を描きました。
ぐんぐんっ!と引き込みます。竿を左手で握りしめ、竿尻をお腹に当てて、右手はリールのハンドルから離すことはできません。巻く。巻く。巻く。
銀色の綺麗な魚体が水面近くに浮かび上がります。
(で、でかい。これは玉網がないと...)
捕虫網に毛が生えたような玉網は私の後ろに置いてあります。十分に浮かし切らないまま玉網を取ろうとするものだから、チヌはまた反転します。
バタバタ一人で大騒ぎしているものだから、先の親子連れが様子を見にやってきました。恐らくどんな大物が掛かったのだろう、と思っていたのでしょう。
私の大物を見た父親らしき人が素っ気なく「そんなもん、抜けるよ。」などと吐き捨てます。
悔しいからなるべく平然とした顔を装って「そうですかねぇ」などと答えます。(素直に初心者なんです。手伝って下さい。って言えばいいものを、格好つけるから...)
父親はそのまま自分の釣り座に帰って行きます。
ところが!捨てる神あれば拾う神あり!その息子らしき人(小学生くらい)は心配そうに私を見て、なんと玉網を手渡してくれました。
チヌを掛けてもう数分経っています。チヌも疲れてますね、流石に。何とか私の差し出した捕虫網にチヌは納まりました。
(やった!これはでかいぞ!)

取り込み終わった後になって、再び父親らしき人がやってきます。
「団子は何を入れてるの?」
同答えていいか解らないので、「ヌカと市販の集魚剤です。」なんて的を得てない返事をしました。
私の頭の中では(さっきさっさと自分の釣り座に帰ったのは、俺が大きいのを掛けたんで妬んでたんだな。だから取り込んだ後になって、俺の団子が気になったに違いない!)などと、恥ずかしい程の自意識過剰でいい気になっていました。まったく我ながらいい気なものです。


このチヌ、たったの28cmです。でも一般的なチヌの価値観が解らないので私にとってはそれは途方もない大物だったのです。なんと魚拓まで取りました。

いや〜、恥ずかしいお話です。でもあんないい加減な団子で釣れたんですから、よっぽどチヌが濃かったんでしょうね。幾ら夏の小チヌとはいえ...
でも、このチヌが釣れていなかったら、ひょっとしたらチヌ釣りは続いていなかったかも知れません。
段々、荒挽きを入れるとか、ムギを入れるとか、砂を入れるとか、解ってきましたが、当分は殆ど釣れませんでしたからね。あの28cmが励みになったんだと思います。


チヌ。不思議な奴ですね。いつも私の興味を引き続けます。
釣れない日が続いてイヤになりそうなころ、ポッっと釣れたりして、また引きずり込む。そんなことを繰り返していくうちに、すっかり抜け出せない身体になってしまいました。

あの時、あのチヌに出逢えて本当によかった。


戻る