暖かい冬であればいいなぁ

釣りの魅力

師走。

 師も走る、ということで、我々釣り師も走らなければならない季節がやってきた。

 瀬戸内は釣りものが増えて、ベストシーズンに突入。右に左に走り回る釣り師が増えることを考えると、確かに師走だな。

 そんなシーズンに年末の家の掃除だとかなんだとか、とてもやっていられるものではない。幸い、何故、年末の寒い時期に家の掃除をしなければならないのだろうか?という、若干日本人離れした考えをある程度共有できている我が家では、それほどムキになって大掃除などはしない。
 どちらかというと、永易さんらがくるぞ!とか、Kishiさんがくるぞ!とか、誰かが来る、というときに慌てて掃除をするパターンが多い...が、そもそもあまり掃除は好きでないので、適当なのだけれどね。

 余談なのだけれど、庭の手入れ、などというものが実際面倒で好きでない。このため、我が家の庭には植木の一本も当然ないし、女房と娘が「あまりに寂しいから」植えている花が時々咲いているくらいだ。
 もっとも、庭では大地くんがつぶらな瞳を向けてくれるので、それほど庭に寂しさはないと思うけれど、まぁ殺風景であることには違いがない。

 だいたい、庭の植木や作物に手を入れるような余裕がないのだ。そんな暇があったら、釣りに行くか、本でも読んでいる方が心の健康にも良いと思うし...つまりはガーデニングなどという趣味は僕は絶対持てないだろう、ということだ。


 さて、そんな話はどうでもよくって...冬になって草が少なくなったから草抜きのプレッシャー(女房の...)も小さくなって助かるのだけれど...この初冬の時期は釣りものが多い、という話に戻ることにする。

 まず、この時期は一年でチヌが一番面白い時期で、かつ味もよくて、心待ちにしている時期だ。ところが、今年はどうにもここまで小アジの攻勢に悩まされていて、12月になったからといって急に小アジが消えるとも思えず、さらに、早朝もしくは正午あたりが満潮という休日ばかりで、思うように行きたい地磯に入れない。

 どうしたものかな、と考えていたのが9日の土曜日。この日は釣りに行けなかったのだけれど、翌10日の日曜日には釣りに行けそうな感じだった。

 潮見表としばしにらめっこして、「よし」と予定を決めた。
 それならば、と、携帯電話の電話帳で、「あ」を検索。電話を掛ける。すでに夕方で酔っぱらってできあがっているAさんが電話に出た。

 「明日、カレイ釣りに行きません?」
 「お?なんじゃ、いきなり。ええよ。何時?3時半か?4時か?ははは」
 「そーに早よぉ出んでもええじゃろう。5時半でええよ。どうせ海に着いた頃には下げの潮止まりなんじゃけぇ。暗いうちについても仕方ないじゃろう。」
 「よっしゃ、5時半にあんたとこ行きゃぁえんじゃの。よしよし。」

 一旦電話を切って、それから5分ほどして電話が掛かってくる。

 「ん?どしたんすか?」
 「さっき、何時ゆーたかいのぉ。飲んどるけぇ忘れてしもぉたわ。ははは」
 「おいおい、大丈夫かいの。5時半ね、5時半。」


 Aさんは自分の親父よりは少し若いけれど、もうすでに定年退職を過ぎている年代。会社にはまだ週3日ほど出てきてくれている。
 僕が入社したころから釣りに一緒に行っていて、かわいがってもらった。
 もともとスポーツマンで運動神経もよく、投げ釣り中心であったのだけれど、その飛距離やコントロールには驚いていたものだ。

 周りの人皆に好かれる柔らかい性格で、今も僕の後輩らと頻繁に流行の釣りに行っている。

 僕は入社したころはまだそれほどチヌ一色ということもなかったし、投げ釣りで大物を釣りたい、という思いもあったりして、仕掛けを手作りして、餌も本虫(イワイソメ)、青虫(アオゴカイ)、コウジなど、4〜5千円の餌代を使うこともあった。
 もっとも、道具の方は給料も少なくて投資できなくて、もう随分前に亡くなってしまった伯父さんが、そのこだわりの結晶として大事に持っていたものを譲って貰ったものばかり。
 オリンピックの世紀、純世紀などと言えば、年配の方はご存じかも知れない。並継ぎの純世紀2本を、とても収まりきらないような安物のロッドケースに突っ込んで、そんな道具で釣りをしていた。

 そんな時期から、徐々にチヌの世界にはまっていって、今は純世紀も2階の僕の部屋で竿袋に入って長期休息中だ。

 Aさんは最近ではメバリングとか、エギングとかいう、何か何でもかんでも最後にINGを付けるような釣りもやっているし、エビ撒き釣りが流行ればそれをやっていたり、当然、投げ釣りもやっているし、僕が誘えば鱗海を引っ張り出して(チヌ釣りを誘った際に、聞かれてシマノの鱗海を勧めて、何故だかアウトガイドとインナーと2本持っている)付き合ってくれたりもする。

 僕は、基本的にチヌ、だし、あのINGがお尻に付く釣りは今ひとつ気が乗らないので、Aさんを始め、会社の釣り仲間と釣りに出かけることは殆ど無くなってきている。しかしINGフィッシングは雑誌の表紙などを見ていると面白い。「ランガンで攻めろ!」だとか何だとか、僕の馴染みの釣りの世界とは一線を引くもののようだ。
 そういえば、タチウオを釣るのはサーベリングと言うらしい。タチウオ釣り、じゃあいかんのかな。いや、いっそ、アジング、とか、カマシングとか、サヨリングとか、全部INGにしてしまっても面白いかも知れないな。アジなんてソフトルアーでも追うだろうし、相当数も釣れるし、味もいいし、細いラインと細い竿で釣れば面白いのではないだろうか。サヨリはルアーじゃ無理だな。

 そういえば、チヌも最近ではMリグというルアー釣りが流行始めているようで、かなりいい型のものも釣れるらしい。
 河口域でルアーのリップで泥を起こすようにしてルアーを引いて、スナモグリをイメージさせてチヌにバイトさせる、ということでいいのだろうか。確かに多面性を持ったチヌの釣り方の一つとしては面白いかも知れない。
 が、僕はフカセと紀州釣りで充分過ぎるほど忙しいし、次にやるなら落とし込みだな、と思っているので、おそらくMリグに辿り着くことはないだろうな。


 また話題が逸れたので、無理矢理軌道修正する。

 5時過ぎに起きて、身支度をしてAさんを待つ。

 竿は並継ぎは邪魔くさいので、伯父さん譲りのダイコーの竿、それと10年ほど前に会社の釣り大会でもらったmaid in KOREAの安物カーボンロッド。さらに、16〜7年前、女房になる彼女と「たまには釣りにでも行ってみようか」といって勝った当時3〜4000円くらいのグラスファイバーのロッドの3本。リールは、これも会社の釣り大会でもらったダイワの1万円ちょっとする遠投タイプのリールと、さらにこれも会社の釣り大会でもらったシマノの当時5〜6千円くらいの遠投タイプのリールと、さらにこれもまた会社の釣り大会でもらったリョービの3〜4千円の万能リール。

 つまりは、10〜20年前の一品ばかりで、しかも全部もらい物、という道具立てだ。そうそう、これも会社の釣り大会で何年か前にもらって一度も使っていなかった竿立てもある。

 道糸だけは、600mで800円のボビン撒きのものを巻き替えておいた。450円のものもあって心が揺れたけれど、そこは奮発して高い方にしておいた。


 本当は投げ釣り道具も3セットほど、高いものでなくてもそれなりのものを揃えたい気もするのだけれど、どのみち年に1度使うかどうか、なので、そんな金があれば、磯釣り道具に回したくなるのもやむを得ないな、と我ながら納得している。使える限りは30年前の竿でも使うことにしよう。


 Aさん到着。そんな道具をAさんの車に積み込む。大島に行く場合は、広島市内に住んでいるAさんに拾って貰うパターンとなる。

 荷物を積み込んだ後、キーを受け取り、僕が運転席に入るのも、今更言葉を交わす必要はないほど当然のこと。


 途中、まず1軒目の釣具屋に寄る。ここは大きな釣具屋。投げ釣りなどおそらく1年以上...ちょっと自分のホームページを開いて確かめてみると、どうやら、2004年6月にAさんとキス釣りに行っていて、そのとき以来のようだ。2年半ぶりか。とんでもないな。俺の偏り方は。どうりで女房や娘がチヌ以外の魚を食べたがる訳だ。

 ・・・もっとも、僕もカレイの煮付けが食べたくて食べたくて仕方ないのだけれど。

 つまりは、投げ釣り道具など、何があって何がないのかさっぱり分からない訳で、まぁ錘などは足りなくなればAさんに分けて貰おう、と考えて、仕掛けだけ買うことにする。

 ・・・なんだ?こりゃ。確かに昔からカレイ釣りでは餌を目立たせるために色々工夫はしたけれど、針がほとんど巨大な毛針状態になっているではないか。度が過ぎるのではないか?と躊躇する。きょろきょろとアタリを見回すと、下の方に昔から使っているオーナーの赤い針の仕掛けがあった。これこれ、これでいい。赤い流線針と蛍光ビーズが一つ。枝針には赤いパイプ。一応、スナップ付きサルカンを引っ張れば、袋に入ったまま仕掛けが引き出せるようになっているはずなのに、絶対に引き出せない、という問題点がある仕掛けだ。しかし、どうして改善しないのだろう?

 だいたいにして、カレイの最初のシーズンである晩秋から初冬に掛けては、海は相変わらずフグだらけなのだ。それに対してやたらめたら目立たすことを考えた仕掛け、というものは、いったい何の意味があるのだろうか?それに、あれだと空気抵抗も大きくて飛距離も落ちるだろうし。


 周防大島に入ってから2軒目の釣具屋に寄る。ここは釣具屋、というより純然たる餌屋だ。はっきり言ってかなり安いので、虫餌はここで買うに限る。本虫1000円と青虫500円分。昔、あれほど沢山餌を買っていたのが嘘のような低コストだ。


 釣り場は昔馴染みの場所を選択。ここならカレイも釣れるだろうし、場合によればチヌも狙えるかも知れない。
 そう、実は、ちゃんと磯竿1本と、食わせ練り餌チヌ、練り餌釣法チヌ(集魚材)を準備している。オキアミは使わなかった場合に勿体ないので、投げ釣りで退屈になったら練り餌でチヌを狙ってみよう、と最初から浮気心を出しているのだった。


 まずはダイコーにダイワのリールを付けて、これには30号のカイソー天秤(廉価版の鉛むき出しのタイプ)をセット。流線13号の仕掛けを付ける。上針に本虫。下針には大きな青虫を一匹がけにする。

 久しぶりなので感触を確かめるようにして、ゆったりと、そして思いっきり投げる。

 ブゥン!プシュルルルルルルルー

 明るくなってきた空に黒い影のようになった天秤が吸い込まれるように飛んでいき、輪を描いてスプールから引き出される道糸が空に伸びていく。気持ちがいい。

 昔のカーボンロッドはとにかく硬いのだけれど、30号とか35号くらいの重い錘を付けると、軽く振っただけでもかなりの飛距離が出る。


 竿立てに立てて、2本目の準備。KOREA製ノーブランドのカーボンロッドにシマノのスーパーエアロを装着。このあいだこれでタチウオを釣ったら、調子が悪くて大変だったのだけれど、他に使えそうなリールもないので、とりあえずオイルを差してきた。
 改良天秤に六角錘25号を付けて、流線12号の仕掛けをセット。
 同じように餌を付けてキャスト。


 最後にグラスロッドを準備。棒天秤に20号の円盤オモリを付けて、11号の仕掛けをセットしてキャスト。これは近投専用。餌は青虫のみ。


 さて、と一息つく。Aさんも3本竿を出している。

 今日は暖かい一日になりそうだ。暖冬は暖冬でいろいろ問題があるのだけれど、僕が釣りをするときだけは暖冬であればいいな。寒いのは苦手だ。すぐに指先の感覚がなくなってしまうんだよな。


 最初に投げたダイコーの穂先が少し押さえ込まれる。典型的なカレイのアタリだが、押さえ込まれる量が僅かだったため、少し様子を見る。すると、その右側に立てていたグラスロッドの穂先が激しく揺れる。これは絶対にカレイ以外のアタリだ。

 先にグラスロッドをあげてみると、小さなズルゴチが付いていた。お、てめぇか。久しぶりだな。
 リリースするため、タオルに掴んだまま放り投げ...たつもりが、エラの上のところの鉤状の角がタオルに引っかかって飛んでいない。こいつはヌルヌルするので出来るだけ触りたくないのだけれど、なかなか外れないのでやむなく手で軽く摘む。
 

 さて、あげてみるか。

 カレイはそもそもアワセを入れるような対象魚ではない。餌を口にすれば殆どはき出すことなく飲み込んでしまうので、じっくり飲み込むまで待てばいい。慌てると口から針がすっぽ抜けるだけだ。


 よいしょ、と、竿を立てて重みを確かめる。30号のオモリ以上の重さがあるようだ。

 一定のスピードでリーリングする。何が付いているかな?このドキドキは投げ釣り特有だ。

 はやる気持ちを押さえつつ、ゆっくり巻き上げる。


 お、カレイだ。デカイデカイ。

 

 なんと、一投目の竿で良型カレイだ。嬉しいね。適当にしかメジャーを当てなかったのだけれど、33〜4cm程度。お刺身でもいいが、ともかくやっぱり煮付けて貰おう。娘は唐揚げがいい、と言っていたが、これを唐揚げにしては勿体ないぞ。


 少しして、今度はAさん。

 

 25cmだけれど、鍋の都合を考えると、煮付けにはこれくらいのサイズが最適だ。


 これは出だしから好調だぞ。一人5〜6枚は固いかな。

 おそらくAさんもそんな風に考えていたのではないか、と思うのだけれど...これがね、思うようにいかないのも釣りの面白いところだ。


 実際のところ、その後はズルゴチやトラギスの小さなものが釣れるくらいで、全くカレイは釣れなくなってしまった。

 僕は潮が満ちてきて10時頃からが勝負だと思っていたのでそれまでは気楽に構えていたのだけれど、そのくらいの時間には逆に餌が残るか、もしくはフグがつつくか、という状態になってしまった。

 いや、油断するとすぐにヒトデが掛かってくる。絶えず仕掛けを動かしていないと、遠投するとすぐにヒトデだ。


 コーヒーを沸かす。使っているCampingazのバーナーはもともとAさんに貰ったものだ。日本ではそれほど主流ではないからか、ガスを売っている店が少なくて使えないから、と、譲って貰ったもの。火力も強いので僕は重宝している。

 いつものステンのマグカップはAさんに。僕はシェラカップにコーヒーを注ぐ。


 退屈になった。


 投げ釣りに関しては殆ど素人同然の僕は、投げ釣りに関する引き出しがとても少ない。工夫すべきところなどすぐに試し終わってしまうので、退屈になってしまうのだ。


 よし、遊ぼう。


 磯竿を出す。竿はプレシードSP。紀州釣り用に使っているものだ。リールも古いダイワのエンブレム。これも紀州釣り用。投げ釣りの片手間でフカセをやる場合、ついつい竿をそのあたりに置いてしまったりすることになるので、トラブルを避けてメインロッドのアテンダーは使わない。というより持ってきていない。

 ここでフト重要なことに気がついた。考えてみるとこのエンブレムには下糸の上に道糸が75mしか巻いていない。紀州釣り用なのでこれで事足りていたのだけれど、フカセでは心許ないな。まぁ仕方ない。

 足下は浅いので、プロ山元浮き遠投3Bをセットする。

 マキエは練り餌釣法チヌと、前回のフカセで余ったチヌパワームギ(1/3袋)を混ぜて海水を入れたのみ。サシエは食わせ練り餌チヌのみ。

 投げ釣りの方は餌をすべて付け直しておいた。Aさんが見ていてくれるだろうし、僕も投げ竿から15mほど左に離れただけだ。


 餌があっという間に無くなる。どう考えてもフグだ。フグが居るとこの食わせ練り餌はまったくもってどうしようもなくなる。

 チヌが寄れば...と、どのみち2時間ほどのみのつもりなので、どんどんマキエを入れていく。


 バシャバシャ!

 ん?どうにも海が騒がしい。え?ナブラ?時折海面が裂ける。
 足下を見ると、小さな鰯が海を埋め尽くすように泳いでいて、鰯網がないのが残念なくらいだ。それにしてもこんな浅い足下をこれだけ大量の鰯が回るとは...こりゃ、ハマチがかなり岸によってるぞ。


 ・・・バシャ!

 案の定、すぐ近くの干出し岩の近くでナブラが上がる。


 しかし、ネリエじゃぁなぁ。幾ら何でもハマチは食わないだろう。30〜40cmくらいのヤズでも釣ればいい土産になるのだけれどなぁ。
 回ってることが分かっていればジギング用の道具を持ってきたのに...


 ふと、道糸が走る。お、来たかな。


 竿を立てよう、とすると、何というかそのまま竿を沖に持って行くように力強く引っ張られる。

 おおおお、なんだなんだ。

 リールが古くてクイックオンオフでないため、慌ててリールのお尻のレバーを操作してフリーにする。


 竿を立てるため、レバーブレーキのレバーを離す。


 ブゥゥゥゥゥゥゥォン!

 びっくりするような音を立てて、リールのハンドルが逆転している。


 おおおおおおおお、なんだなんだなんだ!


 ともかく竿を立てて、レバーを握ってみる。すると、あっという間に竿が胴元からひん曲がって、そのまま引っ張り込まれる。弱気な僕はレバーを緩める。

 すると、ブウォオオオオオオオオオオオオオン!とさらに暴力的な勢いでリールのハンドルが逆転。

 あ、そうだ、ヤバイ。

 スプールを見ると、あっという間に下糸が出そうなところまで道糸が引き出されている。
 とにかく竿の角度を作ってレバーを握る。が、やはりどうにもならない。すぐにノされてしまう。


 さらに悪いことに、相手が走る方向は投げ竿を投げ込んでいる方向で、投げ釣りの道糸に絡むと収集が付かなくなる。


 もうすっかりコイツを獲れる、なんていう気はなくなっていて、あまりの極端な状況を楽しむのみとなっている。


 こりゃ仕方ないな、と、少し強引に止めに掛かると、あっけなく竿先は跳ね上がった。


 仕掛けを回収してみると、カットチヌ1号が見事に延ばされていた。


 無理無理!
 俺の力じゃこの仕掛けじゃとてもどうにもならんわい。

 道糸2号。ハリス1.25号。チヌ針1号。

 餌がネリエであったことを考えると、必ずしもハマチではなかったかも知れないが、ハマチでなければかなりのサイズの真鯛、ということになる。その可能性がない場所ではないが、餌を動かしたところに反射食いでハマチが掛かった、と考える方が素直だろう。

 それにしても半端なサイズではなかったはずだ。30や40cmなんていうレベルではああはならないし、それくらいならそれなりに楽しめただろう、とも思う。

 小さく見積もって60〜70cmくらいか。


 いやいや、驚いた。
 大島でもこんなことがあるんだなぁ。しかもこんな浅い岸近くで。釣りはやはりこの意外性が魅力だな、などと改めて感心していると...


 いきなり僕の投げ竿の竿尻が浮き上がる。

 とっさにAさんが竿を掴んで道糸を送ってくれた。慌てて戻って巻き上げるが、何も掛かっていない。


 その竿を投げ直し、竿を置いた、と思ったら、また竿尻が跳ね上がり、竿を手で持つとそのまま竿が持って行かれそうになる。が、そのままアワセを入れると軽くなり、巻き上げてみると餌は投げたときのまま残っている。


 一体何なんだ、この海は。面白いなぁ。


 さて、と。

 フカセに戻る。アタリ!アワセ!

 ・・・・・げ!


 フグが道糸を噛みやがった。プロ山元浮き3B遠投が潮に乗って沖に運ばれていく。


 慌ててロッドケースのところに戻り、浮き取りパラソルを取り出す。道糸の先につないで駆け戻ると、すでに釣り座の護岸からつながる磯の先端あたりに浮きが浮いている。

 やばい、あそこから先は潮が速い...

 磯場に駆け下りて、フルスイング。ちょっと遠すぎた。浮きの手前30cmに着水。

 パラソルを巻き取っている間に浮きは磯の先端を回って見えなくなる。


 クソ!

 満潮近い時間帯で、先端までの僅かな距離ながら、一カ所が完全に水没している。

 勿体ない。モッタイナイ。MOTTAINAI。流行の言葉を座右の銘にしている?僕は”後先考えず”可能な範囲でラジアルブーツを海に浸け、足を伸ばして、水没した部分を何とか足を濡らすことなく越えた。

 走って磯の先端を回り込んだ。

 が、すでに浮きは視界から消えていた。あぁあ。落胆。


 肩を落として戻る。

 水没したところに差し掛かる。

 行けたのだから帰れるだろう?と思う人がいるかも知れないが、ブーツを水没させないためには、一定の条件がある。

 直立した姿勢でブーツの高さ以下の水深であれば一見大丈夫そうに見えるが、足を前に開く、ということは、ブーツが前方に傾斜状態となる。足を遠くに伸ばそうとすればするほどこの前傾はきつくなり、当然、許容される水深というものは浅くなってくるわけだ。

 さらに、高いところから低い足場へ(水中の話)というのはまだいいのだけれど、低いところから高い足場へ、というのは、前傾をきつくすることとなるため、いっそう厳しい状態となる。

 今回のケースはその足場の関係がまさに最悪の状態であった。行きはヨイヨイ帰りコワイ。なのだ。

 どうがんばってもブーツは水没する。

 
 諦めて、こっちを心配しているAさんに電話する。

 「戻れそうにないんです。バッカンと玉網、こっちに手渡してもらえません?」


 そう、戻れなければ戻れないで、こちらの磯でフカセをすればいいだけの話だ。この距離なら何とかバッカンを受け取るくらいはできるだろう。


 が、バッカンを持ってこようとするAさんの様子が変だ。


 ふと、思い出す。そうだった。極浅いのだけれど、もう一カ所、護岸を降りてすぐのところが水没していたんだった。

 ・・・Aさんはブーツを履いていない。


 危ないのでAさんに電話して、計画の中止を伝える。


 すなわち、この計画の断念は、僕に多大なる”暇”という状況を作り出してしまった。


 潮がどれくらい暇か、というと、潮止まりを過ぎて下げ潮が動き始めてもしばらくは暇、というくらいの暇なのだ。

 Aさんに投げ竿の管理を任せて、僕は日当たりのいい岩の上の平らなところにゴロリ、と横になる。

 吸い込まれそうな青空を見上げる。気持ちいいなぁ。少しばかり日差しが眩しいので、帽子を顔の上に半分掛けて、いっそ寝てしまおう、と考えた。

 ところが、幸い、フローティングベストを着ていたので背中は痛くないが、朝着ていた防寒着は暑くて脱いでしまっていたので、少しばかり寒い。寝付けない。

 ああ、ここでフカセをやれば釣れるのになぁ。というより、どうせこういうことになるなら、ここから投げ釣りとフカセと両方やっていればよかった。などと、意味のないことを考える。

 海は蒼く、浮きを流せば理想的に流れて行くであろう潮が走っている。


 生殺し状態だ。


 いやいや、いかんいかん。ヒクツになってはイカンぞ。
 きっとカミサマが与えてくれた休息の時間なのだ。ゆっくり過ごすのだ。

 ・・・って、そんなこと出来るか!


 一向に下がらない潮位。何度も何度も水没したところに足を運ぶが、逆に風が出て波気が出てきたためか、いっそう渡りにくくなっているような気がする。


 日当たりのいい岩の上に戻り、携帯でメールを打ったり、ゲームをしたりするが、まったく間が持たない。


 1時間以上そんな時間を過ごしただろうか。少しばかり潮位は下がり始めているが、まだ戻れそうにない。


 Aさんが心配して(退屈を)、バッカンを持ってこようとしてくれている。

 危ないから止めて、と、独り言。


 しかし、僕がここに居ればAさんは無理をしてしまうかも知れない。それならば僕が無理をする方が危なくない。無理、といったって、どうせ僕の場合濡れる程度のことだし。

 意を決してここを脱出することにする。

 残す足の位置を決め、ともかく、身体を一旦腕に預けるための壁の引っかかりを探す。そして、渡る先の足場を決める。

 片足と壁にしがみつく両腕で身体を支え、一気に渡る先の足場に反対の足を運び、元の足を上げる。


 長年の地磯徘徊の甲斐あって、無事成功。やれやれ。まいったまいった。


 竿を持っていては越えられなかったため、パラソルを付けたままの竿は置いてきている。

 今少し投げ釣りに集中して、潮がもう少し下がったら竿を取りに行こう。


 が、結局投げ釣りもアタリが無くて退屈なので、湯を沸かしてカップラーメンを食べることにした。


 このころにはかなり風が吹き始めていて、例によってなかなか湯が沸かない。

 クーラや自らの身体で風を遮りながら、随分時間が掛かってようやく湯が沸き、カップラーメンを啜る。当然、シーフードヌードルだ。Aさんはノーマルのカップヌードル。おっと、鼻が垂れそうだ。


 さて、そろそろ帰りましょうか。
 いやいや、それにしても波乱の一日でした。


 Aさんが最後に朝と同サイズのカレイを釣る。


 釣りは面白いな。

 


 

投げ釣り

 さて、どうしようかな。

 先週のカレイはちゃんと煮付けにされて、家族で味わうに十分なボリュームもあった。美味しかった。
 もう少しカレイ、食べたいんだがなぁ。

 幸か不幸か、今週の潮回りでは早朝満潮で、地磯は選択肢が非常に限られていて、あまり楽しそうなフカセは出来そうにない。

 投げ釣り、も、アリだよな。

 東京からの帰りの飛行機の中で考えていた。


 家に帰り着いたのは23時前。
 ともかく倉庫や2階の僕の部屋から釣り道具をかき集めて車に積み込んだ。

 フカセか投げ釣りか?実はその結論は未だ出ていなくて、そのため、両方の道具を積み込んでいる。
 もっとも、オキアミは解凍予約もしていないのだけれど。


 5時に起きて準備をして、周防大島へ向かう。


 どうしたものかな。

 なんてね。実はもう結論は出ているのだけれどね。制約だらけでむらむらしながら「ここくらいしかないもんなぁ」と思いつつフカセをするより、それはカレイを「うまいうまい」といいながら食べていた方が幸せに決まっている。そもそも、我が家では「魚と言えばチヌ」という時代が十数年続いているため、チヌ以外の魚に対する家族の憧れも強いのだ。・・・僕もそうだったりする。

 本虫1000円、青虫1000円。

 先週より奮発していて、この安い餌屋で青虫1000円は絶対に多い!とは思ったのだけれど、カレイには青虫、そして房掛け、というこだわりを持っているため、青虫1000円は譲れなかった。ならば本虫は無くてもいい、とも思うのだけれど、まぁカレイ釣りに本虫を欠くことは、それはそれでやる気のない姿を晒しているようで、かといって、本虫500円、というのは男らしくない、いやいや大人として恥ずかしいような気がして、それでまぁどうでもいいのだけれど、両方を1000円ずつ買った。


 さて、先週と同じ場所。

 今回はフカセもどきの浮気はしないので、練り餌釣法チヌも持ってきていないし、バッカンも車の中だ。


 釣れない、ということはまったく想定していなかった。
 長潮で、しかも下げ潮を釣る、という条件の悪さはともかくとして、きっと釣れるだろう、という根拠の無い安心感を持っていたのだけれど...

 所詮根拠の無い安心感など、キケン以外の何者でも無いわけで、遠近左右あちこちに投げてみても、全くアタリ無し。
 先週以上にかなり気合いを入れていて、ヒトデを掛けないよう、数分おきにちゃんと餌を動かすという手間も惜しまなかったのだけれど。


 「暇だ!」

 「暇だ暇だ暇だ!」

 日頃せわしない釣りをしていると、どうも数分何も動きがないだけで...


 話相手もいないしねぇ。


 そんな中でもときおり竿先に明確なアタリを出してくれるのはキスだ。サイズ20cm前後。充分美味しそうなサイズなので、釣れる度にクーラに放り込む。

 小さなキスやトラギスなどはリリースしつつ、それでもやはり「暇だ!」


 ごそごそとロッドケースを開けて、プレシードSPを引っ張り出す。この竿で先週は面白い思いをした訳だけれど、今日はフカセはやるつもりはない。

 今日はあくまで投げ釣りにこだわるのだ。

 磯竿1号で投げ釣り、とは言わないで、おそらくぶっ込み釣り、といった方がいいのだろうけれど、まぁそのあたりの線引きは人それぞれ、ということで、今回に限り投げ釣りに分類することにする。

 中通しの丸オモリ4号。仕掛けは投げ釣り用で流線針11号の例のオーナーの仕掛け。

 子供の頃、丸オモリ10号くらいでこんな仕掛けで釣っていたなぁ。
 楽しかったなぁ。今も楽しいよな。いいな。


 青虫を一匹掛けして、20mほど沖、しかも投げ竿3本から伸びている道糸の邪魔にならないよう、右斜め前に投げ込んでみる。


 ここから予定外、というか、予想外、というか。
 まさかこんな結末になるとは思いも寄らなかった。投げ釣りって面白いなぁ。

 投げて、竿をクーラに立てかけるように置こうとした瞬間、竿先がグゥーンっと引っ張り込まれる。

 およ?

 慌てて竿を掴んで、それでも少し穂先を送り込んで(青虫一匹掛けなので)、それからそーっと竿先に聞きに行くと、またグゥーンっと竿先が引っ張られる。

 軽くアワセて巻き上げる。

 おほ!

 この魚を表現するときにはパールピンクという言葉よく使われる。うん、色でいうならそういう色なのだろうな。

 白っぽい、少し肌色っぽい薄ピンクで、青みがかっている部分もある。

 キスだ。

 この魚は基本的に群れる。経験上、こういう岸よりの浅場で釣れるときには群れが回遊して、回ってきたときには釣れ続けるものだ。

 投げる、穂先が引っ張られる。またキス。キス。キス。キス。おっと今度はダブルだ。またキス。キス。キス...

 サイズは15〜23cm。もう少し小さいサイズも時折混ざるものの、これはそのままリリースする。


 おいおい、こりゃぁどうしたもんだ。俺はカレイが食いたいのだけれどなぁ。


 竿を置いてゆっくりする暇がない。投げ込んで竿を置く。よし、今度こそアタリが無い。今の内に投げ竿を...と思って、2〜3歩離れると、また竿先が持って行かれる。


 ええい!俺はカレイが釣りたいのだ!


 竿をあげて少し放置。投げ竿を掴んで巻き上げると...ヒトデだ。いかんいかん。


 少しばかり投げ竿に着いていたのだけれど、やはりアタリも無く、やはり「退屈だ!」


 また磯竿を掴む。投げる。沈黙。ありゃ、時合い終わったか。もう少し釣っておけばよかったな。

 と思っていたら、また群れが戻ってきたようでアタリが出始めた。

 少しばかりスカを引くことが多くなってきたのはスレてきたからだろうか。


 釣れれば釣れたで投げ竿が気になり、あるとき、円盤オモリ18号+棒天秤の仕掛けをこのキスポイントに投げ込んでみた。

 すると、釣れ続いていたキスのアタリが完全に途絶えた。


 どうにも、丸オモリ4号が良かったようだ。浅いポイントなので着水音が大きいと魚を散らしてしまうのだろう。キス釣りをするときには、このあたりをよく考えた方がいいな。遠投の必要がないのなら、磯竿とこれくらいのオモリの組み合わせはそこそこ投げれるし良いのかも知れない。


 しばらく静かになったものの、少しポイントを休ませるとアタリは戻ってきた。

 徐々にフグなども混ざり始めたものの、結局、1000円分の青虫が無くなって竿を畳んだ。

 

 結局、キス15〜23cmを35匹。まったく予想外の結末だった。


 ところでカレイなのだけれど、
 投げていた投げ竿を回収して、最初の2本はヒトデ。そして最後の一本に、
 
 お愛想のような一枚が掛かっていたのであった。18cmほどだろうか。

 ともかく、小さなカレイは娘の念願の唐揚げとなり、ぽりぽりと食べられた。

 そしてキスたちも唐揚げにされて、これはこれで旨いもので、女房の友達に少しお裾分けも下のだけれど、それでもあっという間に食べてしまった。

 投げ釣りもいいものだなぁ。かなりナンチャッテ投げ釣りだけれど。



たまにはチヌを釣ろう

 12月も終盤に入ってきた。

 「この時期が一年で一番チヌ釣りが面白い時期...」などと人には話ながら、フカセに行っていない、というのはどうにもすっきりしない。

 とはいえ、イブイブ。12月23日に我が家ではクリスマスパーティ...というほどのものではなくて、単にケーキを買ってくるだけだけれど...をする、と女房から通知されているので、この23日はあまりゆっくり竿を出していられない。そう、16時にケーキ屋にケーキを取りに行く、という役目も仰せつかっているのだ。

 14時納竿か。11時過ぎが満潮潮止まりだから少し辛いな。

 地磯釣り師は干満に釣り場が大きく制約されるのだけれど、こうやって帰りの時間が明確に決められてしまうと、まったくもって辛いところがある。


 それではやはり投げ釣りを...


 というのもさすがにマズイ気がやはりするので、少しリスク含みで馴染みの地磯に出てみることにした。帰れなくなるかなぁ...


 ここのところ地磯を歩くことが減っているため、どうにも地磯歩きに軽やかさが欠けているような気がする。歳のせい、などとは言わずに、少ししゃきっと鍛えなければならない。


 しかし、それにしても近年の周防大島の漁師の網入れには閉口する。以前はこんなことは無かったように思うのだけれど、根回りにびっしりと網を入れてしまうのだ。ほとんど岸近くに網が入っていることも多い。これでは根回りの小魚(とくにメバルだろうけれど)もすべて獲ってしまうことになりそうであるし、網入れに対するある程度のルールはあるべきであろうし、そもそもあるのではないかな、と思う。

 もっとも、禁止されているらしいタタキ網(水面を叩いて魚を網に追い込む漁法)すら、まさにこの磯周りでやっているのを見たことがあるから、多少のルール違反など、誰も咎めるものもいないのだろうけれど。


 今歩いている地磯のメインの釣り座は、ここのところいつ来ても干潮時には岸から5mもないようなところに網が入っている。

 少し汗ばみながらここを通り過ぎ、さらに先端に向かう。2つ目の釣り座は竿は出せそうなのだけれど、やはり左沖にワンドを覆うように網が入っていて、少しばかり邪魔にもなる。それにどうせなら少し違うところで竿を出してみたいな、と考えて、さらに歩いてみる。

 理想的な釣り座、といえるような突き出した岩の先には、やはり網が入っている。

 ふぅ。疲れるなぁ。気分的に...だけれど。


 足下を見るとタヌキの足跡だ。

 どんどん磯が背負っている森は削られて、彼らは寝場所を失う。そして磯も今では埋め立てられて、餌場も失っている。ポンポコではないけれど、彼らにも発言権が与えられたらいいのにな、と思う。

 もう、山を潰し、海を埋める、そういうことは止めないか?
 もう取り返しがつかないところまで来ているのだよ。
 キミたち人間の餌もなくなってしまうよ。
 繁殖力も生命力も強い、僕らタヌキも住めないようなところにはキミらも住めないよ。たぶん。


 本当に気分的に疲れるよなぁ。



 今ひとつ釣り辛そうな釣り座だけれど、ここしかないかな。網が邪魔にならないのは。

 釣り座を決めて荷物を置き、大きく伸びをする。

 汗ばんだ背に冷たい空気背中に入って気持ちいい。海の色は透明に澄んだ冬の色になっている。今日は寒さを感じることのない一日になりそうだ。

 マキエを作ろう。
 オキアミ生3kg、チヌパワームギ、オカラダンゴ。ワンパターン配合だ。

 仕掛けもまずはプロ山元浮きG2をセットしたワンパターン仕掛けでスタート。

 しかし仕掛けを入れてみるとそこそこ潮が流れていて、どうにもG2では仕掛けが思うように馴染まないため、3投目で浮きをBに交換し、ハリスのG5,G7のジンタン段打ちに加え、道糸にG5を追加する。


 ここのところであれば、ここでガスに火を着けてパーコレータでコーヒーなど入れるところなのであるけれど、今日はこういったものを一切持ってきていない。少しばかり集中してチヌを釣ってみようか、と思っている。

 15cm以下のメバルなどがちらほらと針に掛かりつつ、今ひとつパッとしない時間が過ぎていく。ついこの間まで、「きっと大島の周辺は小アジで覆い尽くされているに違いない!」と確信していたのだけれど、小アジの姿も見えなくなっている。

 時折、小指サイズの小イワシの群れが通り過ぎていくが、これを追う大型魚の姿も見えない。実に静かだ。

 釣り座の左には張り出した根があって、その上の干出しに上がればもう少し楽な釣り座を確保できるのだけれど、ここはそのうち水没するし、もう少し水位が上がれば地方の行き来できなくなるだろう。右側の干出し岩も同じ。少し奥まっている僕の釣り座はパッとしない釣り座だがなぁ。まぁもう少し潮位が上がれば釣りやすくはなってくるかな。

 風は決して強くはない向かい風。潮も当て気味。

 遠投して駆け上がりに沖からマキエとサシエを当てるイメージでとにかく手返しだ。浮き下の調整、ガン玉の位置調整、投点の変化...投げ釣りと違って、慣れと経験が少しばかりあるため、工夫代がそこそこある。釣れないのだけれど退屈しなくて済むのはフカセ釣りのよいところだ。

 当然、もう少し投げ釣りもきっちりやれば、退屈などは感じなくなるのだろう。


 随分潮位が上がってきて、もう来た道は水没している。


 スッっとプロ山元浮きの朱色が海面下に吸い込まれる。

 アワセ!

 グゥーンっと重量感がアテンダーに乗ってくる。よしよし。
 ここのところ少しばかり反省しているところがあって、小さなチヌ、といえども、もう少し丁寧にやり取りしよう、と考えていた。そこで強引に巻き上げず、魚の走る方向に丁寧に竿を倒しながらやり取りをしていたところ、ときどき仕掛けを捕られていたガラ藻にチヌが入ってしまった。
 瀬戸内ではこれはさほど気にするようなシーンではなく、藻を切るか、チヌを反対に泳がせて藻から出すか、どちらかの手順を踏めばいいだけの話だ。

 グゥーンと竿を矯めてみると、藻の先寄りに掛かっているため、藻は切れそうだ。
 ゆっくり揺するようにしながら藻を切りに掛かった...ところ、竿先が跳ね上がる。

 げ、ダセ...バラシちまった。ふぅ。


 ああ、刺身食い損ねたなぁ。などと考えて20分ほど過ごしたところ、次のアタリが出た。

 クゥンっと少しばかりの重量感と、それでもチヌであることは十分に分かるような独特の手応えが竿越しに伝わってくる。

 25cmほどだろうか。塩焼き塩焼き。

 連発すれば本物なのだけれど、これは叶わない。この時期は場所とタイミングが合うとかなり景気のいい釣りになるのだけれど、ここではそうはならないようだ。


 また静かな時間が過ぎていたところ、南紀のsomeさんから電話が掛かってくる。住所録ソフトの使い方を聞かれたのだが、まぁそれだけで終わるはずもなく、なんだかんだと話が弾む。今年は結局会えず仕舞いだったけれど、来年はかならず行こう。この南紀の怪人...快人に会いに。そしてできれば大きな魚に会いに。


 電話を切って少しして、ようやく少しばかりスイッチが入ったようで、チヌのアタリが断続的に続き始めた。

 35cm。こいつが掛かったとき、僕の釣り座は地方から切り離され掛かっていた。そろそろ地方に移動しなければなぁ、と思っていた矢先のことで、玉網は地方に置いてある。抜きあげてもいいのだけれど、最初の一枚のこともあるし、刺身を食べなければいけない...いや食べたいし、まぁまぁ丁寧に行こう、と玉網を取りに戻ろう...ん、結構やばいな。下手をするとブーツの中を濡らしてしまいそうだ。

 おおっと...膝に飛沫を掛けながら、ともかくブーツの中を濡らさずに地方に移動。そんなことをしているとチヌが藻に入ってしまったが、今度は丁寧に処理して藻から出して玉網にチヌを滑り込ませる。よし、刺身。


 続く30cmは左の根の反対側で掛けてしまい、根の向こう側の藻に突っ込んでしまった。この立ち位置では処理するのが難しそうなので、10mほど左に移動して引き抜く。


 さらに31cmと29cmを追加。


 しかし、潮が下がらないなぁ。予定では14時には納竿するつもりだったのだけれど、とても帰れそうな雰囲気ではない。

 ケーキを取りに行く、という僕の使命はどうにも果たせそうにないなぁ。怖いなぁ。
 ともかく、言い訳がましく「どうにも潮の計算を間違えていたみたいで、15時くらいまでは戻れそうにないんだけど...」と女房殿にメールを打っておく。(本当は間違えてなどいないのだけれど)

 なんとかケーキ屋に行く時間は少し遅らせてもらうことに成功して、15時まで竿を振ることにする。

 しかしこのあと、
 こいつが異常に活性を上げてきて、

 チヌの活性が戻らないままマキエが無くなってきた。

 時計を見ると15時を少し回っていて、周りを見渡すととっくの前に充分帰れるくらいに潮位が下がっている。いやいや、まぁなぁ。ははは。ともかく急いで帰ろう。


 

 まぁ相変わらずのサイズなのだけれど、ともかくチヌも釣れたし、寒くもなかったし、楽しめたな。

 それにフカセはやっぱり面白いなぁ。



納竿はこの人と

 僕の兄貴分の代表格。
 Kabe兄ぃ、と日頃から呼んでいるKabeさんが例によって年末年始の里帰りでこっちに帰ってくるとのこと。

 では行こうかね。

 その前に...

 31日の釣りの約束...大晦日に釣りに行く、ということが許される我が家には感謝せねばな...の前日夕方。Kabe兄が我が家に居る。もう随分長い付き合いになるのだけれど、実はKabe兄が我が家に来るのは初めてだ。Kabe兄の実家が我が家から40分ほどのところにあるため、わざわざ我が家に来る必要がなかった、というだけのことなのだけれど、これについて我が女房から常にクレームがついていた。

 僕は、京都や大阪でKabe兄にあったり、京都のKabe兄の家に泊めて貰ったりする度に、ついつい甘えて美味しいものを食べさせて貰ったりしてお世話になりっぱなしなのだけれど、女房から言わせれば「自分ばかりずるい。Kabe兄、ワタシにも!」という、なんともまぁ無遠慮と言おうか何と言おうか。
 Kabe兄も、「奥さんと娘さんに寿司でも...」などと優しい言葉を掛けてくれるものだから、すっかりその気になっていた女房たち。

 が、先の通り、我が家に来ることが無く、僕が周防大島への道すがらKabe兄を拾う、というスタイルが定着しているため、これがなかなか叶わなかった。

 Kabe兄は根本的に優しい人だから、「いつになったら食べさせてくれるんだ!」という理不尽な要求に対しても、申し訳ない、と思っていたのだろう。

 ともかく、30日の夜、空いていたら寿司でも食べに行こう、というお誘いがあり、では娘の塾が終わるまで我が家で待機し、塾が終わり次第何か食べに行こう、ということでまとまったのだ。


 ところで、寿司でも...という話なのだけれど、我が家では回転するか、小僧さんが頭を下げているような持ち帰り寿司(ん?あれは広島あたりだけなのかな?)くらいしか付き合いが無くて、僕すら、Kabe兄に京都と大阪でご馳走して貰った以外はカウンターで寿司を食ったことがないのだから、この近辺で回らない寿司屋を探すことなど困難以外の何者でもなかった。

 ああだこうだ、といいながら、とりあえずもう回っててもいいか、と考えて、何かと馬鹿話しながら娘の塾終わりを待つ楽しい時間を過ごす。

 娘をピックアップするために車を出し、いつもの場所で娘を待つ。すると、いつものように仲の良い友達と一緒に車に乗り込もうとしてきて、娘の友達がギョッとしたのを見逃さなかった。

 そりゃぁそうだ。いつもなら僕一人か女房一人。ときどき僕と女房が車に乗っていることがあっても、助手席に巨大な髭面の不審な男が乗っていたのだから、それは驚いたことだろう。

 娘の友達には、今日はお迎えは別々だよ、と伝えて、親の車に向かわせる。


 さて、行きましょう。


 田舎の夜は早い。広島でも中心部繁華街に出れば当然夜の8時9時は問題なく店は開いているのだろうけれど、郊外のこのあたりは9時過ぎれば僅かな飲み屋以外殆ど開いている店などないのだ。

 確実に9時ころまで空いている郊外型のショッピングセンターに向かうことにする。

 寿司はやはり回転するものしかないのだけれど、何とか広島の味を自称する食事処が開いていたため、ここに入り込む。この店に決めたのは、娘が「鰻重2100円」に目を輝かせたからであった。

 8時過ぎから閉店の9時半頃まで楽しくお腹を膨らませ、にこやかに店を出た。御馳走様でした。


 「今度は、優さんが遠征かなにかで居ないときに、寿司屋か旨いウナギの店にでも行こうね。」などと娘に話しかけたりしているが...何で俺抜きなんだ?

 Kabe兄を駅に送り届けて、翌日の準備をする。



 さて、すっかり朝が遅くなっている僕は、翌朝6時半過ぎに家を出た。
 7時を回ってKabe兄と再び合流。海岸線に出ると瀬戸内の島の背後から辺りを揺るがせるような暖かい橙色の光を迸らせながら大きな朝日が昇ってきた。
 「今年も一年、ありがとうございました。来年もよろしく。」初日の出でなく、今年最後の日の出に助手席で手を合わせるKabe兄。太陽は力強くグングンと空に昇り、それに応じて海の輝きがその光度を高めてくる。いつ見ても朝の海は神秘的なものだ。


 風だ。

 相変わらずのいい加減な天気予報に反して、思った通り風が強い。

 最初に考えていた北向きの釣り場には、かなりの北東風が吹き付けている。この向かい風に対して竿を振るのは、決して楽しい作業ではなく、Kabe兄も乗り気ではないようだ。「風裏に行こう。」


 この日、満潮が7時ころで正午過ぎが干潮潮止まりという、実に地磯向きでない潮回りのため、入ることができる釣り場は実に限られている。

 風裏へ、と、南向きの道路下の小磯に回ってみるが、今年は台風が来なかったためか久しぶりにガラ藻(ホンダワラ)に磯周りが埋め尽くされていて、どうにもこれも楽しい釣りにならない感じがする。藻の沖で食わせればいいのだけれど、どうしてもそこで釣らなければならないのであれば気にしないけれど、別にそこで釣らなくてもいいのであれば、そんなやり取りも仕掛けのコントロールも楽しめないようなところで竿を出す必要もない。すでに藻の頭が海面に出ているのだから、これから潮位がさらに下がれば苦痛以外の何者でもなくなるだろう。釣れる釣れないとは別次元の話で、楽しく竿を出せるところを望みたいものだ。

 しかし、久しぶりのこの藻の多さは、ノッコミには期待を持たせてくれるな。


 来た道を引き返す方向に走り、西向きの馴染みの釣り場に到着。風は何とか我慢できそうだ。
 ただ、ここは僕としては「他に行く場所がないから仕方ないな」という場合にのみ選択する釣り場なので、あまり期待はしていない。とくに今年は小アジが多くて、これまで苦痛な思いしかしていないのだ。

 余談だけれど、僕は基本的にオキアミを使ったフカセ釣りが好きで、数年前まではどんな状態でもオキアミ一本で通していたくらいだ。
 ところが、年々磯周りの小アジの勢力が隙間がないほどびっしりと強まっていて、まこと、表層から底層に至るまですべて小アジだらけ、という状況なのではないか、と思えるほどになっている。
 こうなってくるとオキアミではひたすら小アジ釣り、ということになってくるため、ネリエを使わざるを得なくなる。
 ネリエの釣り、というのは、僕自身の技術がないことにも起因しているのだけれど、どうにも手返しが遅くなり気味で、その分、攻撃的というより待ちの要素が多くなってくるような気がする。
 まあ、どちらかというと、ネリエの釣り、というのはともかくあまり好きでないことは事実で、結果的にチヌが釣れようが釣れまいが、こういう状況は苦痛なのだ。

 苦痛を感じながら釣りをする、などというのは精神衛生上決して良くないので、今度から積極的に小アジを釣ろうか、と思っている。背負子と小型クーラが要るな。


 さて、そうはいいつつさすがに年末ともなると小アジの勢力も衰え始めている。

 左右の釣り座に別れて竿を振るが、しばらくはオキアミが針についたまま戻ってきていて、小アジのみならず、海の活性の低さが感じられる。
 たまに小さく竿を曲げるのは小メバル。冬の海になってきたな。


 さて、今日のマキエもワンパターンで、オキアミ生3kg、チヌパワームギ、オカラダンゴ。
 仕掛けの方は、ここは流れが出るため、最初から浮きBでスタート。浮き下3ヒロで、駆け上がりの沖を狙っている。

 Kabe兄の方は、藻の帯の沖やシモリの周辺を丹念に探っているようだが、こちらも竿は曲がっていない。


 風が北東から北に回ってきたのか、風が強く当たり始め、海面には無数の白兎が跳ね始めた。

 潮向きと風の向き、流れの速さと風の強さ。これらを考えながら、道糸を風にはらませたり、竿先を海面に突っ込んだりしながら仕掛けを適度に流したり、流れのない海で仕掛けをキチンと止めたりして、ともかく反応の変化を待つ。浮きは2Bに交換し、道糸にBのガン玉を打って仕掛けを落ち着かせている。


 お!

 少しばかり竿が曲がった。が、チヌではないなぁ。小アジ...少し重いなぁ。
 これは25cmほどのアジ。これは歓迎。Kabe兄にあげよう。毎年、年末の魚の一部、若しくは全部をKabe兄に持って帰って貰っている。Kabe兄の実家には親類縁者がかなりやってくるらしく、こういった魚も喜ばれる、とのことだ。


 あまりに変化がないため、僕は腹が減ってきた。釣れない釣りは腹が減るのだ。


 「Kabe兄、湯、沸かすけど、ラーメン食べる?」
 「お、よろしく。しかしなぁ、優さんにラーメン作ってもらえるとはなぁ。逆だな。最初に一緒に釣りに行ったときは、俺、隠れてラーメン食べてたんだけどな。」

 僕は基本的に釣りの最中はあまり食べたり飲んだりしなくて、食べても時間がモッタイナイからカロリーメイト(チョコ味)で通していた。田中優海といえばポカリスエットとカロリーメイト(チョコ味)、と言われるくらいで、大塚薬品のフィールドテスターをしてもいいくらいではないか、と思うくらいだ。

 そんなところから、田中優海と一緒に釣りをするときは、釣りに集中しなければならず、弁当を食べるなどもってのほか、ラーメンなど食べていたらヤツは不機嫌になるはずだ、などというウワサが一部には立っていた形跡がある。僕としては、別に自分は自分、人は人、価値観は人それぞれ、と思っているので、当然好きなようにすればよい、としか思っていなかったのだけれど。

 しかし、今年から少しばかりスタイルを変えていて、ホワイトガソリンやガスのバーナーを持ってきてはコーヒーを沸かしたり、潮汁を作ったり、カップラーメンを食べたりしている。

 ミスチルの歌ではないけれど、自分で作った自分らしさの壁の中でもがく必要などなくて、もっと柔軟に、楽しみたいことを楽しもう、と思っている。海で飲むコーヒーの旨さを知れば、それで頭や心の疲れもよりいっそう海に溶かし出すことができることも知ることになる。


 風が当たると湯がなかなか沸かないので、岩が風を完全に遮ってくれる小さな干出しの浜に降り、Campingazのバーナーをブタンガスのボンベにセットする。そしてパーコレータのポットだけ使ってお湯を沸かす。

 風が当たらなければ本当に暖かい気持ちのいい日だ、ということを知る。風で波気だった海は広くキラキラ輝いていて、その先には島や上関半島の常緑樹の緑が少し寒そうに浮かんでいる。打ち寄せる波は少し重そうな透明で、色々なものを洗い流しているようだ。

 気がつくとポットから景気よく湯気が噴き出している。そろそろお湯も沸きそうだ。


 Kabe兄を呼んできて、カップラーメンに湯を注ぐ。

 「うまいな。」


 ラーメンを食べながら、パーコレータではそのままコーヒーを沸かす。
 まもなく、シュパシュパと音を立てながらコーヒーの香りが浜に漂い始める。

 

 ステンのマグカップにコーヒーを注ぎ、Kabe兄に渡す。僕はシェラカップでコーヒーを飲む。
 相変わらず適当な入れ方なのだけれど、Kabe兄は「旨いな、これ。しかし、昨日優さんの家ではカップコーヒー(一杯ずつパックになったドリップコーヒー)だったのに、海で入れる方が本格的じゃないか。逆だろ、これ。」といいながら、美味しそうに飲んでくれている。

 「いやぁ家で僕がコーヒー入れればコーヒーメーカでドリップするんだけど、女房は自分がレギュラーコーヒー飲まないからねぇ。」
 一人で海で飲むコーヒーも旨いけれど、気心の知れた友人、そして兄貴分と飲むコーヒーも旨いもんだ。


 余談なのだけれど、女房は普段、コーヒーといいつつも、砂糖、牛乳をたっぷり入れた甘い液体を好んで飲むため、コーヒーはインスタントでいい、というこだわりを持っている。
 僕も随分飼い慣らされているので、この甘い液体を飲めるようにはなっているけれど、自分で入れるコーヒーはあくまで少し薄めのブラックなのだ。まぁ、一応コーヒーと両者を呼ぶにしても、基本的には別の飲み物、と考えていたりする。


 潮が上げ潮に変わり、僕の釣り座からは左から右にゆっくりと潮が動いている。そして、僕の右斜め前方で潮が留まる場所があり、明確なねらい目を示してくれている。

 活性低く、それでも餌が残ったり、やはり顔を出し始めている小アジにつつかれたりしながら耐える時間は続いているが、なんとか一枚でも引きずり出したい、という気持ちも強い。


 食わせ練り餌チヌをつけて小アジを避け、狙い所で少しだけオーバーアクションかな、と思えるくらいの誘いを入れる。
 すると、グゥンっと穂先に重みが乗る。抜けるかな?と思いつつ、そのままアワセ!
 
 ヨシ。チヌの重みが竿一杯に伝わってきた。が、小さいなぁ。
 浮いてきたのは30cm弱のチヌ。いつもなら問答無用で抜きあげるサイズだけれど、おそらく今日はこれ一枚で終わりだろう、という予感があって、丁寧に玉網で掬った。

 

 結局、その後はやはりチヌのアタリは出ず、また、Kabe兄に厳しい釣りをさせてしまった。まぁこれは仕方ないのだけれど。

 30cm弱のチヌ、同じくらいのサイズのサヨリ、それと先のアジを少ないながらKabe兄に渡し、Kabe兄も自ら釣ったメバルやギザミ、小アジなどを袋に入れる。もう少し本命以外でも釣れるとよかったのにな。喜んで食べられる魚を釣ることも、やはり釣り師にとっては大きな喜びだと、最近はつくづく思う。

 

 出会った頃から見ると、間違いなく年数分歳をとった。

 もっと年月が過ぎれば、いろんな仲間と、「お互い、歳とったなぁ」などという話をするような日が来るのだろう。


 ある時振り返って、その年月の分、懐かしく話ができる仲間と時間。それはとても大切なものだと思う。今年も僕の周りにはそれがあった。

 来年もそんな一年でありますように。

 そして、皆、釣りに行ける程度の幸せでありますように。


釣りに行ける程度の幸せ

釣りに行ける程度の幸せ、というのは、実はとても難しく、とても貴重なものだと思う。

景気が良くてお金が幾ら沢山あっても、忙しくて自由になる時間がなければ釣りには思うように行けない。

時間が沢山あっても、自由になるお金が無ければ、やはり釣りは我慢するしかない。

時間もお金もなくては、当然釣りに行けないし、

時間もお金もあったとしても、心に余裕がなければやはり釣りは楽しめない。

すべてがあったとしても、身体を壊していては釣りに行けないし、自分が健康であっても、周りのものの調子が悪ければやはり思うように釣りには行けない。

日頃、何気なく過ごしているこの幸せな時間。
誰もが振り返ってそう認識できる程度...それぞれの価値観の中で幸せであったらいいな、と、年の瀬を迎え、そして新年を迎えて、そう願いつつ、
僕はそれが恵まれた時間であることを改めて認識するようにしている。





マイナス5からのスタート

 風、強いだろうなぁ。

 しかし正月明けの連休は天気悪そうだし、明日は潮もいいしなぁ。行ってみようか。

 どうせ行くなら、折角の潮だし、あそこへ行ってみようか。しかしあそこは東風吹くと大変なんだよなぁ。ぶつぶつぶつぶつ...

 「ぶつぶつ煩いねぇ。で、明日はどうするんね?」

 「・・・はい、行きます。」


 初釣りだ。

 少しばかり早く家を出る。といっても5時40分ほど。これから向かう磯は五分以上潮が上がると経路が水没してしまい、ウェーディングしなければ入れなくなってしまう。ウェーダーを持って行くつもりがないので、ギリギリ入磯できる時間を捕まえた...はずだった。

 いつものようにコンビニでパンとほっとレモンを買い、次に釣具屋に餌を買いに入る。・・・っと「お!」と声が出た。がまかつのサイドファスナーのブーツが現品限りのほぼ半額で出ているではないか。サイズも丁度有る。ほぼ半額といっても、元値が2万と少しするので11,111円高い買い物ではあるが、ブーツはすでにひび割れてしまっているし、サイドファスナーは固着してとっくに動かない状態なのだ。どちらにしても買わないといけない。僕にしては珍しく即決。
 あとで...と思ったら無くなっていた、などというのは堪らないので、ブーツを箱ごと抱えたまま餌をあさる。

 ここまでは早かったのだけれど、その後、ブーツの横にあったものを見て、悩んだ時間は余計だった。
 同じくがまかつのスパイクシューズだ。最近、夏場に渡船に乗るとブーツを履かずにこの手のシューズを履いている人をよく見かける。なるほど、ブーツのように足が密封されないので暑さが随分違うだろうな。

 7,777円。
 買おうか、とも思ったのだけれど、冷静に考えると、渡船に乗ることは少ないし、地磯釣行ではブーツは必須のアイテムだから、シューズを使うシーンは非常に少ないだろう。
 やはり止めよう。
 でも、欲しいな。ほぼ半値だもんなぁ。しかし使わないよなぁ。う〜ん...

 結局、止めた。


 「箱は要りますか?」レジにて聞かれる。

 箱などゴミになるだけなのだけれど、箱がないと損したような気になるのが、貧乏人の性なのだろうか。

 「はい、要ります。」

 箱に詰めて貰らう。


 ちなみに冬場はシマノの防寒ブーツを履いているため、しばらくは使わない。


 大島に近づくにつれ、風が強くなってくる。やはり東風だ。
 少しヤバイなぁ。・・・時間も。


 駐車スペースに到着。ギリギリ間に合ったかな。すでに太陽は顔を出して、海からは冬のコントラストの強いキラキラとした光が溢れ出てきている。
 駐車スペースは西向きなので風も当たらず、光と、波の音と、波打ち際の透明な水と、背後の山とに包まれて、「来て良かったな」と独り言をつぶやくことになる。

 身支度をして浜に降り、磯を歩き始める。ギリギリの時間であることには違いないので、ハイペースで歩いていく。

 問題となるポイント。ここは切り立った岩が海側にせり出していて、五分上げ以上では通行困難になるのだ。

 ギリギリではあるけれど、なんとかブーツの中を濡らす心配なく通過できた。
 これで一安心。


 ・・・と思ったのだけれど...

 磯の先端を回り込む。すると、海の様子が一変した。強い東風。海面には白兎が跳ね、うねりもかなり強い。


 「あ!マジかよ!」

 思わず声が出た。

 先に越したポイントがOKであれば、最後に釣り座となる岩場に出るのは問題ないはずだったのだけれど、確かにべた凪なら何とかなるかも分からないのだけれど、うねりが強くてとても渡れそうにない。

 うねり、うねり、と言っているけれど、外海でいう、数メートルのうねりのことを言っているのではなくて...そもそもそんなうねりは瀬戸内にはないのだけれど...数十センチの海面の上下のことを言っている。波も綺麗な波の形で押し寄せてくるのだけれど、その波高だって数十センチのものだろう。だから、そのうねりにさらわれてどうこう、というような危険な話をしているのではない。これは念のため。

 ともかく、2度ほどブーツを濡らして途中までトライしてみたのだけれど、どうにもブーツの中を濡らさずに越えることはできない、との結論に至った。

 では、と、防寒着のズボンの裾をブーツの外に出して、裾をギュッとしめて、簡易ウェーダーのように考えて海の中をじゃぶじゃぶ言ってみよう、と考えて、これも半分くらい進んだのだけれど、波は股間あたりまで達してくる勢いなので、結局断念した。


 「クソー!」

 これから4時間半ほどボーッと過ごさないといけないかと思うと、誰もいないのをいいことに、大きな独り言が出てしまう。


 途中の問題のポイントが水没して帰ることもできないのだ。


 覚悟を決める。


 ともかく風の当たらない場所に移動。座り心地がよさそうな場所に荷物を集めて、岩肌に腰を下ろし、フローティングベストを枕にしてその岩肌に身体を預ける。寝よう。寝るしかない。


 少しウツラウツラとした。が、顔の辺りがこそばゆくて目が覚める。

 ハエだ。気がつけば身体の至る所にハエが集っている。くそう。これじゃ寝るに寝れないではないか。
 そこにオキアミがあるのだから、そこに集っておけばいいではないか。俺の身体はゴアテックス装甲なのだから、集っても仕方ないだろうに。


 ブラブラしたり、また、少し場所を変えて寝たり、用を足したり...さすがに間が持たない。4時間半は長い。

 ちょっと試してみるか。


 マキエを作る。
 今日はオキアミを解凍予約出来なかったので(平日だったため、22時頃釣具屋に電話したらすでに閉まっていた)、クラッシュタイプのオキアミ2kgほどと、サシエをとるためのオキアミブロック1.5kgを準備している。
 クラッシュタイプのオキアミをバッカンにあけて、海水でジャボジャボにする。
 それからチヌパワームギを入れる。
 こうやって海水でジャボジャボにした状態で集魚材の粉末を入れれば、粉がオキアミから過度に水分を吸い取ってしまうことを防ぐことができる。それからさらに水を足して、オカラダンゴを入れる。

 渚釣りのような雰囲気だが、ともかくかけ上がりの沖に仕掛けを入れて、あわよくばここからチヌを釣ってしまおう、と考えたわけだ。


 しかし、これは甘かった。猛攻だ。フグの。
 ひたすらフグ。餌ばかりか、あっという間に針が盗られる。どこへ投げてもフグなのだ。

 ブゥブゥブゥと膨れているが、膨れたいのはこっちである。

 フグ対策はともかくチヌを寄せること、であるので、ひたすらマキエを入れてがんばってみるが、結局、2時間ほどずーっとフグだった。

 嫌になって竿を置く。あまりマキエを消耗してもよろしくない。


 ・・・そうだな。どうせマキエを打つなら、潮が下がって釣り座に移動したときに仕掛けを流すラインにマキエを入れよう。


 風がまともに当たる位置に移動。潮の動きを考えながらマキエを入れる...が、風が強くて思うようにマキエが飛ばない。
 仕掛けも入れてみるが、当然思うように飛ばない。

 それなのに、フグが釣れた。やめたやめた。


 また風裏に戻って寝る。


 4時間半経過。ようやくそろそろ、という状態になってきた。

 よし、行こう。


 まだ、ここのメインの釣り座である干出し岩は露出していない。このため、高場にバッカンを置いて、チヌの活性を上げるためのマキエ打ちにしばらく専念する。短時間で一気に勝負を仕掛けるときには、こういった事前の仕込みが重要だ。


 しかし...風は強くなる一方で、うねりも強くなる一方だ。いつまで経っても干出し岩が綺麗に露出してくれない。激しく波を被っているのだ。

 

 このままでは時間がなくなってしまうぞ。ええい、少し濡れるかも知れないけれどあそこまで出ようか。

 足場となる干出し岩の先端辺りにはとても出れられそうにないが、先端から3〜4m手前側ならなんとかなりそうだ。


 仕掛けは5B浮きに、ガン玉2Bを道糸に、そしてハリスの上段にG2、さらにG5を2つ段打ちにする。仕掛けを落ち着かせるために、僕的には相当重い仕掛けにしている。


 2投目。いきなり浮きが入る。仕込みが効を奏したようだ。

 ビシッ!アワセを入れるとチヌの引きが気持ちよく伝わってくる。よしよし。

 しかし、干出し岩の先端より沖で浮かせなければならないのは当然で、さらにその先端付近には藻がかなり生えている。これをかわさなければならないのだ。
 いつもであれば、かなり強引に引き抜くところなのだけれど、ここのところ強引過ぎる僕のやり取りに反省していて、少し丁寧に浮かせていった。

 それがいけなかった、とは言わないけれど、結果的には、干出し岩の先端部分の縦壁に生えている藻にチヌが突っ込んでしまった。壁に着いている藻であるため、かなり根に近いところに入ってしまった可能性がある。

 案の定、藻が切れない。


 こういうときは、テンションを緩めてチヌに沖に泳がせればよい...のだけれど...何を考えていたのか我ながらよく分からないのだけれど、立ち位置から右側に移動するとかなり干出し岩先端に近づけるため、こちらに移動してしまった。
 これは悪いお手本のような動きだった。立ち位置を変えて、その状態で引き抜こうと引っ張る。

 もともと、チヌの位置、藻の位置、僕の位置は一直線上であったから、そのまま仕掛けを緩めれば、真っ直ぐ沖にチヌは出て行ったはず。だが、立ち位置を横にずらしてしまったため、この関係が狂ってしまった。つまり、完全に藻にラインを巻いてしまったのだ。


 チヌはそこに見えている。35cmは越えているだろう。引っ張れば海面近くに、緩めれば藻の下に。

 うねりがあってそれ以上近づけない。

 やむなく、チヌを持ち上げておいて玉網をその下に突っ込んですくい取ろうと試みたが、これは何度やっても上手くいかない。


 時間が勿体ない。短時間の釣りなのだ。一枚にいつまでも付き合っている訳にはいかないのだ。


 無理を承知で立ち位置を元の位置からさらに反対側に移して、強引に引っ張った...ら切れた。

 ハリスはこすれてクルクルに...ちょうど髪の毛のキューティクル検査をしたときのような状態になっている。

 この部分を切り捨てるとハリスは一ヒロ強になってしまった。


 やむなくハリスを張り替える。


 またアタリ。2度も続けて間抜けなことをする訳にはいかないので、藻に突っ込まさせずに浮かし、波に載せて磯の上にズリ上げる。これは35cm。さっきのはもう少し大きかったな。


 次の一枚。またもや藻に入る。
 藻を切るため軽く揺するようにして引っ張ったら...あっけなく切れる。これはハリスに傷が付いていたのだろうな。
 ったく、なんてドンクサイのだろう。


 少し間が開いて、そしてアタリ。これは問題なく浮かせて、やはり磯にズリ上げる。30cm強か。


 このチヌを掴んだりなんだりしていると、フト、手元を見ると、リールがバックラッシュしているではないか。

 あああ、俺は本当にドンクサイな。時間がないというのに。


 何とかこれを直して、それからラインを巻いて...げ...針が岩に掛かってしまっている。何とか外す。ハリスを触ると傷が...
 引っ張ってみるとあっけなく切れた。くそう。またハリス張り直しだ。


 気を取り直して仕掛けを入れ、仕掛けを追うようにマキエを打ち込んでいく。少し多めのマキエだ。

 しかし、いつものように潮が走らない。おまけに道糸が風に押されてどうにも仕掛けが流す筋から外れてしまいそうになる。細心の注意を払いながら、仕掛けと、サシエとマキエの位置関係を把握し、イメージしていく。


 浮きが入る。
 ヨシ!

 アワセ!グゥンっと重量感が伝わるが、これは30cm強というところだろう。何の気なしに浮かせに掛かると、また藻にチヌが入る。しかしこれは藻の先端なので慌てず処置を...あれ?外れた...

 仕掛けを回収すると、針先が反対側にコケていた。上あごに掛かっていたようだ。
 食わせる棚が合っていないのか。・・・しかし、何をこんなにバラしているのだ?本当にドンクサイ。

 その後、何とかさらに1枚追加。


 結局のところ最後まで干出し岩の先端まで出ることができなかった。
 いや、一度は出たのだけれど、「あ」っという間に波がバッカンにぶつかり、バッカンの中のマキエに水たまりを作ってしまった。どうにもならないな、と断念。


 潮止まりで納竿。

 


 実質、2時間ちょっとの竿出しで3枚。そして3枚バラシ。

 結果はそうなのだけれど、正直、僕は少し落ち込んだ。
 
 バラシは3つとも僕のミスだ。上手くやれば獲れていた。それだけでも本来なら6枚。さらに、アワセた拍子に明らかに口の中を滑ったものもあったし、チヌが釣れているタイミングでのライントラブルもあった。

 この2時間ちょっと。8枚は獲っていないといけない条件だった。いや、風やうねりや波を考えれば決して条件がいい、とは言わないけれど、それだけの活性の高さがあったのだ。

 この8枚、というのは、僕の感覚の数字であって、上手い人がやれば2桁の結果が出ていたかも知れない。


 ここのところ、少し竿を握っている時間の気持ちが緩んでいたような気がする。

 いや、海でコーヒーを飲んだり、ラーメンを食べたりすることは別に問題なのだけれど、いざ、竿を握って海に対峙し、更に「ここぞ」、と考えたときには、その時点の僕のすべてをそこにつぎ込まなければいけないんだ。それが釣り。生命を相手にして遊ぶものの責任だ。

 短時間に集中する、というスタイルは、おそらく今後の僕の基本的なスタイルになってくると思う。僕はたぶんそういう釣りが好きなのだろう。海に向かう時間はゆったりと長く、チヌに対峙する時間は短時間でも集中する。


 反省した。


 しかし、これが今の僕の実力だ。ひょっとすると昔の僕の方が上手かったかも知れない。

 想定枚数8枚。それに対して僕の今の実力はマイナス5。


 今年はこんなところからスタートしよう。反省はしたけれど、最近の僕はあまり釣りに対して焦っていない。今年一年掛けて、マイナス4になるのか、マイナス3になるのか。あるいは、そしてときには0の結果が出せることがあるのか。まあそれはどうでもいいけれど、少しずつでも前には進もう。

 そんなことを考えることが出来た今年の初釣りは、ひょっとすると、かなりいいスタートだったのかも知れないな。


4時間の2日間

 今年は本当に暖かい。
 暖冬だったらいいなぁ、と言っていたが、ここまで暖かいと逆に不安にもなってくる。そもそも寒い時期が暖かい、ということは、それだけで色々な問題が起こってくるわけで、僕が釣りに行くのにあたって寒いのは嫌だ、というだけで、暖冬を喜ぶのは甚だ筋違いだ。
 暖冬であればいいなぁ、などと書き始めているこの章は、それだけでかなり顰蹙的な部分があると思われる。

 とはいえ、やはり釣りに行くには暖かい方がいいわけで、逆に、暖かい休日に釣りに行かないのは勿体ないような気がしてくる。
 暖冬は僕の力ではどうにもならない訳だから、せめて暖かい冬をそれなりに楽しむしかないのだ、と割り切ってしまうことにしよう。


 さて、1月13日。土曜日で天気も良く寒くなさそうなのだけれど、どうにも潮が悪い。大畠基準で9時20分ころが干潮潮止まり。おまけに長潮で干満差が50〜60cmほどしかない。

 どうしたものか、とは思ったのだけれど、天気の良さ、そして何より正月明け4日のあまりに情けない自分をやり直したいという前向きな気分が手伝って、どうしても釣りに行きたくなってしまった。

 となると、4日と同じ場所に行きたい。あそこは潮が低い間しか入磯できない。となると、早起きして7時に到着して、磯を歩いて準備して、9時20分の2時間前から竿が出せれば...そうそう、そもそもあのときも2時間しか竿を出していないのだから、それでも結局同じことではないか。前もってマキエを打ち込めないという大きな問題はあるけれど、それでも活性さえ高ければ...

 実際のところ、活性など高いはずはないのだ。瀬戸内の潮流の速さは干満差の大きさに起因しているところが大きい。50cmの潮位差では期待するような潮が走るはずはない。つまりは活性が高いはずがない。それは判っているのだけれど、何となく期待して、行かなければ我慢できなくなるのが釣り師、というものだろう。


 5時過ぎに起きて7時を回った頃に駐車スペースに到着。

 すでに釣り座に入れそうな潮位なので、慌てて身支度をして、延々と浜と岩場を歩く。


 マキエはオキアミ生3kgとチヌパワームギ1袋のみ。はなから潮止まりまでの2時間しか竿を出さないつもりなので、これでも多いくらいだ。ただ、短時間に一気に結果を出そうと思っているので、これ以上減らせてしまう訳にもいかない。


 4日には竿を出してすぐにアタリが出た。当然、これは仕込みをしっかりやっていたから、である。

 すでに竿を振り始めてから1時間が過ぎようとしていたが、未だまったく雰囲気が感じられない。とにかく潮はクラゲの泳ぐ速度ほどしか動いていない。さらに、4日にはいなかった小アジが顔を出したかと思うと、30cmほどのサヨリが鬱陶しくマキエに群れてくる。

 小アジに往生して、ネリエを開封する。使うつもりがなかったので勿体ない、という気持ちもあったが、何せ時間はもう1時間もないのだから、何とか一枚でも引っ張り出すにはやむを得ない。


 ・・・ああ、何とか一枚...そんな釣りになってしまったなぁ。やっぱりなぁ。潮悪いし、そもそも落ちの時期は長続きしないのだよなぁ。それに、やはり冬場の釣りはしっかり太陽光線が海中に射し込む時間にならないとダメなのだよなぁ。朝は活性が上がらない。


 周りに誰もいないことをいいことに、ぶつぶつぶつぶつぶ、と独り言を言いながら竿を振り、結局何もないままに潮が止まった。


 よし、帰ろう。帰りに岩国のスエヒロでラーメンでも食うかな。丁度昼頃通りかかるしな。


 そんな2時間の釣りだった。



 そして1週間の時が過ぎた。

 雨か、と諦めていた20日の土曜日。週間天気予報はどんどん改善してきて、「明日の天気」をみる頃には、晴れ、降水確率ゼロ、という、週初めの週間天気予報とは180度違う予報になってしまった。
 こうなってくるとやはり釣りに行かなければならない。

 先週は悪い条件が重なりすぎた。潮は動かないし、早朝の日照量の少ない時間だった。
 その点、今度はいいぞ。大潮で干満差は2m以上ある。しかも干潮潮止まりは16時過ぎだ。朝からじっくりマキエを入れて、14時ころからスパート!うんうん。ふふふ。


 「・・・でね、10時から塾の面接があるんよ。さっき言ったとおりだから、一緒に来てね。」

 「・・・え???・・・はい・・・そうなんですか...」


 くそう。なんでこんなに天気が良さそうなのだ。雨でも降ればいいのに。つまらない土曜日だな。


 ・・・ん?ああ、そうか...

 「面接から帰ったらもう用事ないんだよな?」

 「ないけど。」

 「じゃぁ、釣りに行くから。」

 「ええ?だったらええよ、面接、一人でいくけぇ。」

 その手には乗らない。ここで釣りを優先させたりすると、後々非道い目にあうのはもう学習済みなのだ。

 「いや、大丈夫。潮が下がった時しか入れない釣り場だから。」

 「先週、釣れんかったじゃん。」

 「いや、あれは潮も悪かったし...」


 ともかく、そんな釣り師の常套手段の言い訳はともかくとして、釣りには行けるわけだ。

 
 面接から帰って、すぐに車に荷物を積み込んで大島へ走る。

 13時ころにならないと入磯できないのだけれど、昼間の時間であるし、渋滞の恐れもある。それ以前に、家で時間を潰していたらどんな予定が入るか分かったものではないので、ともかく焦って出発した。

 風は東風のようだ。工場の煙突の煙が教えてくれている。東風はあまり好ましい風ではないのだけれど、それほど強くもないしどうとでもなるだろう。


 道路は結構空いていて、途中、釣具屋で時間を潰したにもかかわらず12時半は駐車スペースに到着してしまった。まだ潮が高い。まぁいいか。ゆっくりと準備をして歩けるところまで歩いていく。

 大潮の海は、目に見えるようなスピードでその風景を変えていく。ホンの5分前まで海底だった場所が、恥ずかしげにチラチラとその身を見せ始め、さっきまで波が懸命に包み隠そうと努力していた岩の上も、すでに太陽の下にその姿を顕わにして、何もそれを遮ることはできなくなっている。


 行き止まりの岩の上で、10分ほどボーッと海と陸の境目を眺めていた。海はいい。周防大島の穏やかで、そして澄んだ海をみていると、つくづくそう思う。

 さっきまでブーツでは躊躇していた海は、すでに安心して歩くことが出来る道となっている。

 もう一カ所でまた10分ほど海に向かって石を投げて時間を潰して、そして釣り座に着く。


 マキエは今回もオキアミ生とチヌパワームギ1袋。ただしオキアミは解凍していなかったので、クラッシャータイプのオキアミ2.5kgだ。


 プロ山元浮き3Bをセットした仕掛けを投入すると、さすがにいい速度で潮が流れているのが判る。嬉しくなってくるな。速い流れは好きだ。


 マキエを作り、仕掛けを作っている間に干出し岩の上に降りることができそうになってきたので、バッカンを持って干出し岩の上に降りる。

 少しばかりウネリがあってなかなか干出し岩の先端までは出ることができないが、まぁすぐに潮位が下がるだろう。


 ・・・あれ???

 いやいや...


 お、アタリだ!

 ん?チヌじゃないな。

 ウマヅラハゲ36cm。いただきます、ということで、ストリンガーに引っかける。


 幸いアジは出てこなかった。先週は朝だったから、なのだろう。
 が、サヨリは先週より活発だ。いずれも30cmを越えるようなサヨリばかり。しかしサヨリはストリンガーに引っかからない。

 潮が速いため、仕掛けを強く張るとサシエが浮き上がる。これを利用して沖の極浅いところまで頭を突き出しているシモリを越えさそう、としたとき、少し張りが強すぎるとサヨリにやられるのだ。あるいは仕掛けの着水直後。


 磯ベラ、メバル、フグ。


 う〜む。

 すでに干出し岩の先端に陣取って、時折波を被りながら竿を振る。
 潮に載せてどんどんどんどん流し込む。50m以上流して回収。
 流す、張る、流す、流す、張る、流す、流す、張る。ぱらぱらとスプールから道糸を落としながら、あるいは仕掛けを馴染ませながら流し込むために流れに合わせて穂先を送りながら...

 時間は過ぎて、あと30分で潮止まり。


 もうこの場所は今年は終わっていることは明らかだ。となると、なんとか一枚だけでも拾う、という釣り方に替えた方がいいだろうな。


 沖に流し込むのはやめて、手前20m沖の干出し岩に目掛けて仕掛けを流し込む。直前で仕掛けを張り、誘いを掛ける。

 このアクションを3度ほど行ったところで、スゥッっと道糸が走る。

 アワセ!

 グゥン、っと重量感が竿に乗ってくる。ああ、よかった。小さいけれどチヌだな。

 32cmの銀鱗。波に載せて磯の上にずり上げた。


 時間がないため潮だまりにチヌを放り込んでからすぐに仕掛けを入れる。もう一枚くらいは同じパターンで食わせることができるのではないか?

 そう思ったのだけれど、結局その後は磯ベラが釣れただけで潮止まりとなった。16時過ぎ、納竿。


 さて、チヌは...あれ?居ないぞ??

 さほど大きくはない潮止まりの中をごそごそ探し回る。藻の中だろう、と思って探ってみても居ない。

 鳶が来たような気配はなかったし、幾ら何でも磯の上をチヌがはい回って海に戻る、ということもない。

 う〜ん...

 2〜3分探して、キツネに摘まれた...いや、ここにキツネはいないからタヌキに化かされた、と言った方がいいのか...そんな気分になりながら、まさかこんなところに...と、ほんの小さな岩の剔れの下にマキエ杓を突っ込んだ。いきなりチヌが飛び出す。まぁあんな狭いところによく入ったもんだな。

 掴み上げたチヌの口元には、ウニの針が2本突き刺さって折れていた。ああ、あそこの間にはウニがいたのだね。


 


 この日も2時間の竿出し。2日釣りに行って4時間しか竿を出していないのだから、これはこれで何とも凄い話だと我ながら...いや自分だからこそ思う。これでそれなりに満足しているのだから。人間、変われば変わるものだ。

 ・・・ん?あ、そうか。4日も結局竿は2時間ほどしか振っていないのだから、3日で6時間か。3日で一日分弱程度竿を振っただけなのだなぁ。


 浜を歩きながら海をみる。太陽がオレンジの優しい色に変わって、海は黄昏色に染まっている。

 ここに今度来るとしたら4月か5月かな。


 来週は土曜は仕事だから、再来週はあっちに行ってみようかな。


 暖かい冬は、少しばかり僕の気持ちの活性を上げてくれているようだ。何より冬の海は透明で、そして綺麗で、それを寒さに震えずにみることができるのだからね。




梅も花ひらく頃

 油断した。

 どうにも週の初め頃から常に鼻が半詰まりなのだ。

 ああ、暖冬だからからなのかなぁ。

 そろそろ病院に行って薬を貰って飲み始めた方がいい時期だなぁ、とはぼんやり考えていたのだけれど、それにしても2月の始めから花粉症の症状が出るとは思わなかった。

 便利なホームページを発見した。環境省がやっている花粉観測システム、その名も「はなこさん」だ。
 はなこさん、といえば通常はトイレに出てくることが多いのだけれど、このはなこさんは日本のあちこちに設置されていて、定点観測で1立方メートルあたりの花粉の数をカウントしているのだ。しかも1時間後と。

 花粉の臭いを僕が感じたころのデータをみてみると、確かに20個ほどカウントされている。いやいや「はなこさん」も僕の鼻の花粉センサーも何れも大したものだ。ちなみに花粉に臭いなど実際はないのだけれど、花粉症のお仲間の方には何となくニュアンスが分かってもらえるのではないかな、と思う。


 花粉症対策には症状が出始める前の抗アレルギー剤の服用が効果的だ。症状が出てしまうと、なかなか抑えられなくなってくるそうだ。
 例年、2月末ころからのシーズンインとして、2月の始め頃から薬を飲み始めるパターンだったのだけれど、今年はどうも花粉の飛び始めが飛び始めたのだろう。


 潮もよいし、天気もよさそうだった3日の土曜日には釣りに行くつもりでいたのだけれど、僕は花粉症シーズン初期に花粉を吸うと頭が痛くなってくるという、医学的根拠はきっとないのだろうなぁ、という症状を抱えていて、水曜くらいにその頭痛を感じていたのだ。
 こうなると、釣りに行くより、ともかく花粉症対策を講じなければいけない。まだマスク云々というのではないが、ともかく薬だ。・・・中毒者みたいだな...


 そんな訳で土曜は行きつけの病院(花粉症の時期だけの行きつけ。ここのところ風邪ひかないから滅多に行かない。)に行って、いつも通りの薬を貰ってきた。これで普段以上に仕事中の睡魔と戦わなければならなくなる。

 花粉症の薬。本当に薬業界では「濡れ手に粟」だろうな。僕が飲んでいるアレロックという薬は新薬だと思うけれど、これだけ定期的に服用するユーザー?がいれば、とっくに開発投資回収は出来ているのではないだろうか?おそらくまだジェネリックは出ていないのではないか?と思うけれど、そう考えるとこういう一般向けに大量に消費される薬について20年という特許期間はどうなのだろう。
 もっとも、薬業界では、成功しない薬にも多大な研究投資をしているのだから、儲けられる薬でとにかく儲ける必要がある、という事情も分かるから、何ともいえないのだけれどね。

 そんなことより、早く、もっと効果的な薬でも、抗体でも作ってくださいませ。



 さて、そんな話はどうでもよいのだけれど、どうでもよいついでに少し話を横道に逸らせ続けるのだけれど、病院から帰った日の夕方、まだ明るい時間に大地(犬)の散歩に近くの公園に行った。

 ん?

 つい先日までは開いていなかった、と思うのだけれど、一本の白梅がちらほらと花を咲かせている。

 なんとなく嬉しくなって、その急な斜面に植えられている小振りな梅に向かって大地とダッシュする。
 4本足の大地でさえ、途中で滑り落ちそうになる斜面なのだから、僕もとうとう一度手をつきながら、それでもその梅まで辿り着いた。

 春だな。

 翌日の朝刊には、同じ公園の別の場所では紅梅と白梅の両方が咲いている、と報じてあった。そろそろ日経にでも替えようか、と思いながらも、こういう梅が咲いた、程度が一面に載るような地方紙の魅力に抗しがたいものもある。
 因みに、新聞を2通取るなどと言うことは女房殿には許してもらえない。カープも応援しないといけないから、今しばらく地方紙に頼ることにしよう。


 何れにしてもその白梅は、釣りに行かなくてよかったな、と思うような強風に時折花びらをはためかせ、そろそろ深みをもって夜に変わろうとしている青と群青が交わりつつある空に鮮やかなアクセントとなっていた。



 「ところで...明日、天気いいみたいだな。風もなさそうだし...」
 「はぁ?行きたいんだったら行けばぁ」



 前夜の風は早朝にはほぼ収まっていた。
 時計は6時20分。「少し出遅れたな...」と独り言をいいながらキーを回す。

 今日の満潮は10時半頃。地磯には最適な潮だ。上げ5分までならたいていの磯に入ることができる。

 そうなると、6時20分という出発時間は微妙だ。しかも眠い。飲み始めた花粉症の薬のせいだろうか。
 ああ、やばいなぁ。眠いぞ。う〜ん。

 解凍予約していたオキアミを引き取って、さらに車を先に進める。すでに7時を回る頃、といっても、冬場のこの時間は普通ならそんなに他の車はいないのだけれど、何故か妙に車が多い。
 しかも、その大半が大島大橋方面に曲がっていく。

 なんだか妙だな。

 周防大島に入っても、僕が行こうとしている方向に大半の車が曲がっていって、ひたすらノロノロと走ることになる。早く行きたい、と思ってもどうにもならない。ノロノロ走るから余計に眠たくなる。
 今日は一体この大島で何があるのだろう?


 ともかく、ようやく目当ての磯への駐車スペースについたのは、すでに7時40分を回った頃だった。急げや急げ。

 慌てて身支度をして、そして、パーコレータやパーソナルクッカー、コンロ、ガスボンベ、シーフードヌードル、水などを準備する。今日は17時までに帰るように言われていてそれほどゆっくりできる、という訳ではないが、それにしても穏やかで柔らかい小春日和の海をみながら、ゆったりとした時間を過ごしたい、という思いがあった。

 ・・・のだが...あれ??

 げ、コーヒー、忘れた...そういえば前回コーヒー全部使っちゃったんだった。補充するの忘れてたなぁ。


 コーヒーがない、となると、パーコレータを持って行っても仕方ない。そう考えると、カップヌードルを作るためのお湯沸かし用のためだけにこれを持って行くのが妙に煩わしくなってきた。一度そう思い始めると、だんだん面倒になってきて、結局、ポカリスエットとカロリーメイトだけ持って歩き始めた。


 思ったより潮が上がっていなくて、お陰で思ったより楽に入磯できた。それでも、この磯はところどころロッククライミング的に岩肌に張り付いて移動しないといけない箇所があるから(落ちても浅い海なのでそれほど危険はないのだけれど)、釣り座に着いた頃には汗ばんできていた。
 寒さを感じないこんな日に、上下防寒着で動き回るのは少々暑苦しいものがある。

 今日はグローブが要らない一日になりそうだ。

 マキエを作る。オキアミ生3kg(500gほどはサシエ用に取り分ける)、チヌパワームギとオカラダンゴを一袋ずつのワンパターンなマキエだ。冬場なのでもう少し高集魚な集魚材を使ってみようか、と思ったのだけれど、集魚材の集魚力自体にそれほど魅力を感じないことと、逆に高集魚は場合によっては害になる、という気がして、結局、ワンパターンな配合となった。


 水深は竿だしの時点で竿1.5本強。満潮時には2本を越える。沖に行くほど少しずつ深くなる。冬場に強い磯だ。

 G2かな...まぁBでいいか。でも試しに...

 ハリスにG5とG2のジンタンを段打ちして、浮きはBのまま。これで仕掛けを入れて馴染みをみてみる。これで仕掛けを落とせればG2に浮きを替えよう。

 仕掛けは全く落ちない。そういえば道糸、巻き替えてないしなぁ。潮も思ったより濃いのかな。

 道糸にG5を追加してみると、足下では落とすことができるのだけれど、沖では思うように落ちない。

 仕方ないので、道糸のG5をG2に交換。浮力的にはこれでほぼB負荷程度になったはずだ。

 これで時々道糸を張って仕掛けを戻しながら、できるだけサシエ潜行で仕掛けを落としていく。もっともこのあたりはかなり感覚的、かついい加減な話なので、実際仕掛けがどうなっているか?というのはよく分からない。時折、そのまま放置していることもあるし。


 サシエはしばらく残って上がってきていたのだけれど、足下の魚の動きなどを見ている限り、海の活性は低くはないような気がしていた。5枚はイケルかな?


 最初のアタリは竿だしの8時半から1時間ほど経った頃。
 浮き下1.5本をゆっくり馴染ませ、浮きのトップと浮き止めがあと50cmほど、というところで一度仕掛けを引き戻して、そしてまた落とし始めた直後、スッっと朱色がのっぺりとした海面に滲み、スーっとゆっくりと道糸が動く。

 アワセ!

 グゥン、っとチヌの重量感がアテンダー越しに伝わってきた。相変わらずのサイズだけれど、やはり一枚目は嬉しい。

 最後まで穂先をグゥングゥンと絞り込みながら浮いてきた銀鱗を玉網で掬う。
 36cmのチヌ。顔の大きな大島っぽいチヌだ。


 早いタイミングでチヌを掛けすぎたせいか、後が続かない。

 こうなって来るとマキエの量が難しい。ノッコミ以降の活性期と違ってあまりマキエを入れすぎるのは良くない。浮いてくればいいが、浮かない場合にはマキエを入れすぎると難しいことになってくる。

 かといって、ここのようにそこそこ水深のある場所では、ある程度面積をもってマキエを打たないと、上手く底の方でマキエの効いたエリアにサシエを入れることが難しくなる。


 これも感覚的に、少し多めかな、と思う量のマキエを、少し範囲を広げて打つことにした。このエリアで積極的に針の刺さったマキエを食わすには、サシエの動き、つまり誘いをイメージする必要がある。


 そんな根拠の無いことを考えながらしばらく仕掛けを操作していると、張り気味の道糸から穂先に一気にアタリが伝わってきた。そのままアワセる。
 グゥーンっと引き込んでいくその重量感は、先の一枚よりは少しいいようだ。

 ゆっくりやり取りして浮かせ、そして玉網に滑り込ませる。このチヌは38cm。美味しそうな肥えた魚体だ。


 この後、時折ハリスが囓られ始めた。草フグはこんな冬場でも元気だ。ときおり針に掛かって上がってきて、少し意地悪そうなオレンジがかった目でこちらを睨み付ける。こっちだってお前なんかに用はないわい。海にお帰りいただく。


 徐々に正面から風が当たり始め、さっきまでノペッとしていた水面にさざ波が模様を描き始める。天気は良くても風が当たるとさすがに寒い。防寒着を着た身体は何ともないのだけれど、グローブをつけていない手が寒がっている。素直にグローブを取り出す。


 満潮潮止まり前の時合いに期待したのだけれど、このタイミングでは何の音沙汰もなかった。あるいは、風で仕掛けの落ちが悪くなってきたため、浮きを2Bに替え、また道糸のガン玉をBに交換し、ハリスのジンタンをハリス最上段まで上げてハリスを完全フリーにした設定が良くなかったのかも知れない。これだと、チヌが浮いてきた場合に対応し難い。


 下げ潮に変わり、少しばかりアタリが遠いことに嫌気がして、浮きをBに交換して、元の設定に戻す。

 その直後、仕掛けを半分ちょっと落としたところでいきなり道糸が走った。お!っとそのままアワセ!
 ただコイツは小さい。

 浮かせてそのまま抜き上げたのは28cm。

 予定枚数まであと2枚だけれど、この感じならもう少しイケルかな?サイズはともかくとして。

 ところが、眠いこともあって少しばかり集中力を欠いていたのが災いした。

 仕掛けを落としつつ、なんだかボーッと気持ちよくなってきて、目を閉じて波の音に身を委ねていたとき、いきなり穂先が引っ張られた。
 あれ?
 何故だかいつの間にかベールが倒れてしまっていた。このため向こう合わせ的に掛かってしまったようだ。

 サイズは先の一枚よりもっと小さいかも知れないな、という程度の重量感だったのだけれど、さすがにこの向こう合わせは良くなかったようで、少しやり取りしたあと、それが必然だった、と言わんばかりに外れた。

 冬場のバラシはあとに響く。やれやれ。


 案の定、アタリが止まり、またフグが顔を出し始めた。


 正午を回り、風向きが少し変わってきた頃、もたれかかるようなアタリに聞き合わせ。
 すると思いの外力強く相手が動き始めた。おお、チヌだったか。

 これは少しいいかな?と思いながら丁寧に浮かせたのだけれど、やっぱり大したサイズではなくて、40cmほどのチヌだった。もっとも、大したことはない、といいながら、40cmは久しぶりのような気がするのだが。これまたやれやれ、だ。

 そして、またしばらくして、懲りもせずボーっとしていたら、これまたいきなり穂先が引っ張られた。今度はベールは起こしていたため道糸が飛び出たが、あれれれれ、と思っている内にそれも止まってしまった。

 じっくり待って、再び道糸が動き始めたところでアワセたが、これは針に乗らなかった。


 このあと、まだ夕方までじっくり釣れば数枚は釣れそうではあったのだけれど、朝の道路の混み具合からして、17時までに家に帰る約束を実現するためには、14時過ぎには竿を畳んだ方がよいだろう、と思い、結局最後の1投を4回ほど繰り返して、14時20分に竿を畳んだ。何せ、深い棚に軽目の仕掛けを落とすため、1投に時間が掛かるのだ。

 

 まあ、食べるには充分な量が釣れた訳だし、結果的に昨日釣りに行けず今日竿が出せたことで穏やかに一日を過ごせたし、なかなかよい一日であったな、と、お決まりのように帰るころになって風が収まってくる空と、相変わらず澄んだ、それでいて柔らかい周防大島の海に目をやった。

 カモメが僕の流したオキアミを懸命についばんでいた。


 汗を滲ませながら車に帰り、そして僕は久しぶりに窓を全開にして海沿いの道を走った。


 ・・・後で目がしょぼしょぼしたのは言うまでもない。ああそうだった、僅かながらでも花粉が飛んでいたんだった。
 そして、結局周防大島ロードレースという地元のマラソン大会があったことと、我が家近くで牡蠣祭りがあったことで、17時には帰れず、家に着いた頃には17時半を回っていた。
 ふぅ、疲れた。けれど、やはり暖かいのは何よりで、楽しかったな。