#1 ラジオDJ

「はい,皆様こんばんは。東京ミッドナイト・ステーションの時間がやってまいりました。お相手は私,橘川信也です。今夜も15分間,私のおしゃべりに付き合ってくださいね。ではまずこの曲を聴いていただきましょう。足立区のペンネーム・ロンリーキャットさんからのリクエストで…」
 俺は在京ラジオ局のキャスターだ。元々しゃべりが得意だったこともあり,去年から15分間の東京ローカルのラジオ番組を任されている。バラエティーへの適性があったのだろう,俺が当初予想していたより好評だし,俺自身も楽しんでやれている。

 出身は岡山だった。大学を出てすぐ,今の局に縁あって就職した。
 岡山に彼女がいた。遠距離恋愛だった。初めの頃はそんな状況をむしろ楽しんでいて,毎日のように電話で話したり,それが出来ない時は手紙を書いたりしていた。

「では,つぎのお便りいってみましょう。あれ…これは…」
「匿名…匿住所の…どうしようかな…Aさん,ということにさせてもらおうか…女性からのお便りです」
「橘川さん,こんにちは。はい,こんにちは。私は25歳のOLです。私の悩みを聞いてください。私は最近,ある男性と結ばれました。ほうほう。しかし,私には彼氏が別にいるのです。その彼とは最近疎遠になっていて,淋しい思いをしていました。そんな時に私の前に現れ,親身に相談に乗ってくれていたのがその男性だったのです。その人は私のことを好きだといってくれているし,私もその人が好きになっています。でも,彼氏のことを考えると,なんだか裏切ってしまうようで,罪悪感にさいなまれ,素直に今の人を選ぶ踏ん切りがつきません。橘川さん,私はどうしたらいいのでしょう」

「うーん,難しいところだなあ。でもね,それはあれだよ,君の淋しさに気づかないでずっとほったらかしにしていた彼氏も悪いよ。君が全て悪いわけじゃない。人間ってどうしてもさ,淋しくなったり,人肌が恋しくなったりするときもあるわけだから,そういう時に言い寄られたりすると揺れちゃったりするもんだよね。まあ,今言えることは…あまり自分を責めないで,事実は事実として,とりあえずこれからの君にとって,その二人の男性のうち,どっちを選ぶかじっくり考えて見ることが必要なんじゃないかな。今度現れたその男を選ぶんなら彼にそのことをきっぱり言うべきだろうな。罪悪感って言うけど,君にだって選ぶ権利があるんだから,君が別れを選ぶとしたら,彼氏もそれを拒むことは出来ないと思う。今の彼に戻ってもそれはそれで構わない。まあ,一度の過ちくらい誰だってあるんだから,今回のことは許してくれるんじゃないかな」

 翌週の同じ時間。
「さて,今日最後のお便りは…東京都豊島区の匿名希望さんからいただきました。ありがとうございます」
「橘川さん,こんばんは。突然ですが,私の話を聞いてください。私には,遠距離恋愛中の彼女がいます。いや,いました,と言った方がいいかもしれません。彼女は私がいない間に,他の男と関係を結んでいたのです。彼女はそのことを率直に私に話し,謝罪しました。そして,私ともう一度やり直したいと言いました。しかし,私はどうしても,彼女のたった一度の過ちを許すことが出来ません。彼女が事実を告げた瞬間に,私の中では全てが終わった,と感じたのです。彼女はもう,私だけの彼女ではなくなってしまったのだから。それに,今はいいとしても,この先付き合っていくと,始終彼女が再び裏切るんじゃなかろうかという不安を抱えながら付き合っていかなくちゃいけない。それがすごく怖くもある。もう,この先彼女と以前のような関係を続けていくことが出来ないと思うのです。周りはこんな私のことを非難します。橘川さん,私は間違っているのでしょうか?」

「失礼ながら,貴方は間違っていると思いますよ。結局貴方は,彼女を本当に愛していなかったのではないですか?もし本当に愛していれば,一度過ちがあったとしても,それを誠実に謝罪した彼女を再び愛し,信じることが出来るはずじゃないですか。いろいろ書いていらっしゃるけれど,それも事実かもしれないけど,結局それは自分に対して言い訳をしているだけなんじゃないんですか?彼女は貴方の所有物じゃない。一個の人格を持った人間なんです。それを貴方は忘れているんじゃないですか?確かに貴方は,彼女と別れるべきだ。そうでないと,彼女が不幸になる」
 そこまで一気に言ったところで,終了時間が来た。
 俺は人生で最も見慣れた筆跡で書かれたそのはがきをくしゃくしゃに丸めて,ごみ箱に捨てた。

 

★あとがき
 いやはや,これが最初の作品ですか。はっきり言いましょう。これ,左手で書いたものです。当初は本気で書く気なかったんよね。ただまあ,書いた時は結構名作やなあと思いながら書いたんやけど。ただ,感想として言われたのが,「どこかで読んだことのある作品」。よく言えば,誰かが書くぐらいだからアイデア的には悪くないけど,悪く言えばオリジナリティのない作品だったかもしれない。まあこの手の話はありそうですけどね。確かに。

 

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