#11 ある町工場で

「朝礼を始めます。皆さん,集まってください」
 今日も仕事が始まる。
 俺が今働いているのは,製造業の町工場だ。
「今日も無事故で,ご安全に」
 みんなでいっせいに唱和する。
「昨日,お得意様二件から欠品の件でクレームがありました。正社員は勿論,アルバイトで来ている方も,バイト料をもらってきている以上,責任を持って,できるだけこのようなミスのないように集中して仕事をしてください」
 工場の主任と思しきおっさんが言った。
 アルバイトは3人いた。俺もその一人だ。一人一人仕事の内容は違う。一人は事務,もう一人は商品の点検役,そして俺は商品の運び役,いわゆる力仕事担当だ。
 午前9時から午後5時まで昼食の休憩をはさんで7時間みっちり労働させられる割に時給1000円は今の相場で言えば決して高いとは言えない。しかし,どちらかというと頭脳よりも体力の方に力点を置いて生まれてきた俺としては,あまり割りのよくない仕事でもこうして引き受けざるを得ないのだ。
 もう少し詳しく俺の仕事を説明すると,まず工場で完成品が造られる。それを担いでトラックに運ぶ。そしてそれを運転してお得意さんのところに運ぶ。
 お得意さんの種類は色々だ。商社だったり,工場だったり,いや,いちいち例をあげていたらきりがない。あらゆる所から注文が来る。とにかく需要には困らない。というより需要がありすぎて生産が追いつかないのが現状なのだ。
 バイト仲間のうち事務は女の子で,点検役は男だ。俺はできることなら事務の子と仲良くなりたかったのだが,彼女は別室に隔離され,エリート風の正社員と二人で一日中コンピュータに向かっているから手を出すどころか一緒に話をする暇さえない。
 代わりに仲良くなったのが点検役の男だ。話す内容はいつも仕事の愚痴ばっかりで,早く終わらないかなあ,とそんな事ばかりだった。
「しかしなあ,君なんかまだいいよ。ただ箱詰めにされた商品をはこぶだけじゃないか。俺の仕事なんて一日やると気持ち悪くなって狂いそうになる。しかもバイトなのに責任は重くてミスすりゃ怒られるんだから」
 そうかなあ,と俺は思う。俺は彼の仕事を見ていないから何とも言えないが,彼がそんなに嫌なら俺にも出来ないことはないだろうし,代わってやってもいいと思うのだが。
 そんなことを考えていたある日,彼が急に仕事を休むらしく,俺が彼のやっていた仕事に回されることになった。
 ベルトコンベヤーから回されてきた部品の一つ一つを拾い上げて,欠陥がないか念入りにチェックする仕事だ。
 彼の言った通り,これは確かに俺にとってもかなり厳しい仕事だった。一つ一つ調べるその作業そのものには相当の根気が要求されるし,しかも単純作業の連続だから飽きも来る。
 そしてなにより,その部品の形状の一つ一つが,慣れない俺には耐えがたいほどグロテスクで,彼の言葉通り本当に吐き気を催してしまいそうだった。
 ふらふらになりながら午前中の作業を終えて昼飯に向かおうとすると,その持ち場の責任者である正社員に呼び止められた。
「バイト君,今日から入った君にこんなことを言うのも何なんだけどさあ」
「?」
「さっき君が流した物の中に,完全左脚ブロックを起こしているものがあったよ。まあこれは致命的なものじゃないし,俺が見つけて除いといたからまだ良かったけど,今度からは気をつけてよ」
「はあ,すいません」
「心臓は特に大事な部品だからね。ここに欠陥があると命に関わる事だってあるんだから」
「…」
「まあアルバイトの君に多くを要求するのは酷かもしれないけれど,今は本当に人手不足だから君にもある程度は責任を持ってやってもらわないといけない。そこは分かってくれ,な」
「はい」
「本当に今は大変だよ。人造事業は今花形だからね。忙しくて忙しくて。君はいいよ。まだ5時になったら帰れるんだから。俺なんてここしばらくずっと残業だよ。まあ我々は人間と違ってエネルギーさえ切れなければいくらでも働けるから心配はないけどね」
 彼はそこまで言うと笑いながら食堂に行き,用意してあった昼食の固形燃料を美味そうにかじった。
 俺は少し疲れたので,油を注してもらいにメンテナンス・ルームに駈け込んだ。

★あとがき
 まあ言ってみれば近未来を想像して書いたギャグ小説です。でもこれが笑えなくなるような時代が来るかもしれないといっても過言ではない今日この頃の文明の発展だけに,人間の皆様には,くれぐれも機械にとって代わられることのないように,人間性だけはなくさないように生きていって頂きたいものですな。(←お前は人間じゃないんかい!!)

 

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