#12 ともだちの世界

 いいお友達でいましょうね。
 女が男を振る時の常套文句である。

 この間,友人の恭介が女と一緒に街を歩いているのを見た。
 その時の二人はとても楽しそうで,どう見ても恋人同士のデートにしか見えなかった。
 恭介に彼女がいる,という話は聞いたことがなかった。
 むしろ彼自身は,俺はもてないから,と言って自虐的な(と俺には見えた)笑いをしていた。それが俺の印象に残っていた。
 だから,俺は驚くと同時に,素直に祝福しようという気持ちになっていた。
 翌日,恭介と話す機会があった俺は,素直に,昨日見たことを話し,彼女出来たんだな,おめでとう,と言った。
 すると彼は言った。
 あの子は彼女じゃないよ。
 友達だ。
 嘘をつけ。
 めちゃめちゃ仲良さそうやったやんか。
 友達っちゅう雰囲気やなかったで。
 信じないのならいい。
 でも,俺と彼女は本当に大切な親友として,友情で結ばれているのだ。
 彼はそう言った。そして,こともあろうに,彼女にはもう既にしっかりと彼氏がいて,彼女と彼氏との事の相談にも乗ってあげているという事も。
 俺は呆れた。
 この男は馬鹿に相違ない。
 さもなければ,去勢でもされて性欲を失ったのに相違ない。
 だってそうだろう。
 真っ当な男だったら,彼女がいない状態で,仲のいい女性が出来たら,まず自分のものにしたいと思うのではないだろうか。
 食指を伸ばそうとも思わないようなタイプの女ならまだしも,あの時恭介が連れていた女ははっきり言ってかなり可愛かったし,もし俺があいつだったら,無理矢理押し倒してでも自分のものにしていただろう。
 馬鹿な奴め。
 その夜布団に寝っ転がってそう呟いた瞬間,俺はフッと眠りの世界に入ったようだった。

 気がつくと,俺は見知らぬ町のど真ん中に放り出されていた。
 俺は周囲を見渡して,我が目を疑った。
 周りを歩いていた男と女らしきもの―というのも,その世界の彼らは皆全裸で,まるで外国のヌーディストビーチを歩いていたようだった。しかも驚いたことに,男も女も全く恥ずかしげもなく前を隠さないで歩いていたし,更に驚いたことに―男と思しき方には下半身にあるはずのシンボルがなく,女も胸には乳房と呼べるものがついていなかったのだ。
 つまり,この世界は男も女も全く同じ身体―雌雄同体の人間が支配する世界だったのだ。
 その男と女らしきもののカップル―その男と女の区別をつけるのは顔だけだったのだが―は,それでも心底楽しそうにデートを楽しんでいた。
 俺は不思議に思った。人間が異性に引かれるのは,自分にないものを相手に求めるからではないだろうか。精神的にも,肉体的にも。同じ体しか持たない相手に対して,果たして異性としての意識,恋心,もっと言えば性欲といったものが湧いて出て来るのだろうか。何となく同性愛者のようで,俺はどうしてもそれが想像しがたかった。彼らの愛の営みが。
 男と女の終着点と言えば,肉体の結びつきに決まっている。仮にこの二人が恋人同士で交際していたとしても,雌雄同体だとするならばそれは不可能だろう。その肉体の結びつきが不可能だとするならば,二人は何を目的に,何を終着点として交際しているのだろう。
 訳のわからないままで歩いていると,間違いなく見覚えのある顔を見つけた。
 それは,恭介と,この間彼と歩いていた例の女性だった。
 俺が気付く前に,恭介が俺に声をかけてきた。
 俺はその疑問を素直に彼にぶつけた。
「ここはな,男も女もない,友達の世界なんだ」
 恭介はさも当然のように言ってのけた。そして,隣の彼女に,なあ,という目で目配せをした。
「友達の世界?」
 俺は意味が分からず,鸚鵡返しに聞き返した。
「そうや。ここはな,男と女といってもそういう,恋とか愛とかそういうものとは無縁の世界なんだ。例えば俺達は確かに男と女として交際している。でも恋とか愛とかそういったことは考えないし,期待もしない。俺と彼女を結びつけるものは精神的な結びつき,信頼感,まあそういったことだ」
「しかしな,恭介」
 俺はまだ納得が行かず,口を尖らせて責めるように言った。
「せっかくこれだけ可愛い女性が近くにいるのに,お前は何も感じないのか?好きとか愛してるとか…自分のものにしたいとか」
「思わないね」
 即答だった。
「可愛い女性の友人って魅力的だと思わないかい?俺はそれだけで充分満足してるし,それ以上何も求めないよ。それに」
 恭介は服を着ている俺の全身を見渡した。
「お前は男として女と結びつくための身体をもっている。恐らく間違ってここに迷い込んで来たのだろうが,そんなお前ではこの世界の人間を理解できないだろう。そして,この世界にいることそのものが難しいだろう」
 俺は何も言えなかった。
 この世界では男と女は性を交わす術を持たない。だからこそ尚更,精神的な結びつきが大切になるんだ」
 彼は更に続けた。
「お前は女性に対して,恋愛の対象,セックスの相手,そういった役割しか要求してはいないだろう。それは女性に対してあまりにも失礼なことじゃないのかい?もっと心と心の結びつき,人間としての信頼感,そういったものをもっと大切にしないと『お前の世界』でも苦労するんじゃないのかい?」
 俺は何かを言おうとした。その瞬間,目が覚めた…

 二年ほどしてからだろうか。
 俺の家のポストに1通の手紙が入っていた。
「私ども,村上恭介と大下三奈は,二人新しく同じ道を進むべく,6月12日(土)に,港国際ホテルにおいて結婚式を挙行することになりました。つきましては…」
 恭介と,大下三奈―あの時恭介と一緒に歩いていた「ともだち」の女だった。
 本来なら祝福して然るべき筈だった。
 しかしその時の俺は,何だか素直に喜べないで,胸にもやもやした何かを抱えてその手紙を握り締めていた。

★あとがき
 はっきりさせときますが,ぼくは「男と女の友情」なんて絶対に信じていません。男と女がお互いの魅力に惹かれ合うなら,「友達」なんかじゃいられないはずです。「友達」のままでいた方がいい,という話をよく聞きますが,そんなものはぼくに言わせれば言い訳です。振られた奴の負け犬の遠吠えです。ぼくも「ともだち」という言葉に何回もだまされてきました。もうだまされません。まったくもう。

 

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