#14 二年目の窓際族

 俺は入社2年目のサラリーマンだ。
 同期の連中は,将来の出世競争に勝利を収めるべく,少しでも上に上に,としゃかりきになって日夜仕事に,そしてサービス残業に,上司へのゴマすりにと奮励努力をしている。
 しかし,俺ときたらそんな連中を横目で見ながら,あたかも窓際族のように窓からそとを眺めながら,のんびりと必要最小限度,あるいはそれにも満たないかもしれない程度の仕事だけをして,5時が来たらとっとと帰ってしまう,そんな毎日だ。
 もちろんこんな俺にしたって,ルーキーの年はそれなりにやる気に溢れていた。
 仕事には必要以上の熱意と集中力をもって俺なりにこなしてはいたし,残業だって土日出勤だってやっていた。また俺は若い奴の宿命で宴会部長の大任を担い,職場の飲み会となれば幹事として駆けずり回っていた。
 それだけではない。大学時代積極的に動かなかったばかりに恋人はおろか友達さえろくすっぽいなかった俺は,同期の飲み会,集まりにも,多忙な中でも積極的に時間をつくって参加した。おかげで恋人は出来なかったが友達は増えた。そして,職場内での情報に関してもやたら詳しくなってしまった。このバイタリティが続きさえすれば,俺は確実にビジネスマンとして成功するはずだった。

 異変は2年目,即ち今年の夏になって突然やってきた。
 いや,兆候だけで言うなら,もっとまえ,去年の今ごろから始まっていたのかもしれない。
 ルーキーの年,初めて当たった上司は,毎日のように俺を怒鳴りつけるように怒った。
 それは間違いなく,これまでのいわゆる「学生気分」とやらを一掃し,ビジネスマンとしての自覚を持たせるためのものだったに違いなかった。
 俺はそう思ったから,そして,その怒られる原因が自分にあることが分かりきっていたから,我慢して怒られていた。
 この人は,俺を成長させようとしてわざと悪役を演じているのだと。
 しかし,その中でも,確実に俺にとって理不尽な,間違いなく俺の方が正しいにも関わらず怒られる事例がいくつかあった。
 しかし,俺がそこを指摘しても,彼が俺に謝罪することは決してなかった。それどころか,また新しい理由をでっちあげて俺を怒った。
 課の中で,こんな扱いを受けていたのは俺だけだった。
 俺は一叱られると十堪える性質を持っていた。
 俺は何で俺ばかりこんなに怒られるのか,俺はそんなに無能なのか,と悩んだ。
 ルーキーでそんなに仕事のできる奴がいたらその方が怖いよ。年の近い先輩はそう言って笑った。
 しかしお前はストレスたまっとるやろうなあ。
 俺は恵まれていたのかもしれないな,上司には。
 彼はそうも言った。
 俺はその言葉で,自分が上司から不当な扱いを受けているのではないか―上司から嫌われているのではないか,という不安を覚えるようになった。
 上司に嫌われると,出世が遅れるよ。
 そんな友人の言葉が,なおさら胸に突き刺さる。
 そしてその不安は,日々怒られるにつれ,確信へと変わりつつあった。

 そのころだった。
 朝出勤前になると吐き気がして止まらなくなり,朝食を食べるのはおろか,歯を磨くのさえも辛くなり始めたのは。
 それでも一年目は,上司に尻を叩かれるようにして何とか一年の仕事をやり遂げた。
 そして二年目。
 朝の吐き気は治ることがなく,却って状況は悪化していた。
 二年目という事もあり,仕事の面では慣れたことも事実だったが,「失敗すると怒られる,怒鳴られる」という不安,恐怖は一年目での学習の所為でより強く俺を襲うようになった。
 勤め人に大切な「ほうれんそう」,即ち「報告・連絡・相談」。俺はそれさえも出来なくなっていた。
 報告すればクレームがつく。連絡すれば「あ,そう」で終わる。相談すれば「自分で考えろ」と怒る。そんな状況で「ほうれんそう」をする気になるだろうか?
 俺は毎日の出勤と仕事を苦痛に思うようになった。職場にいる時間を,一秒でも短くしたいと考えるようになった。
 俺の課の人達はみんな真面目で仕事熱心で優秀な人達だった。
 毎日遅くまで残業をし,土日出勤当たり前,好きで仕事をしているような人達だった。
 そんな中で俺の存在は次第に浮くようになった。
 本来俺がするべき,いわゆる「若手の仕事」は年の近い,俺の次に若い先輩がするようになった。彼は仕事が出来,気が利き,上司の覚えのめでたい人だった。
 俺は彼に憧れ,彼のようになりたいと思うと同じに,彼が異動でいなくなった時に俺に彼がやってきたようにできるのか,という不安と,彼のようにはとてもなれないという絶望感に苛まれた。
 俺も同じように立身出世を目指して入社してきたはずだった。
 しかし,俺は…
 そんな日々が続く中で,俺の体に目に見える異変が起こったのだ。
 体が全く動かなくなったのだ。
 朝の吐き気程度なら,そこさえ我慢して出勤すれば仕事は出来た。
 しかし今回は,身体が動かない。起き上がれない。
 起き上がったとしても,身体の筋肉全部が疲れ切っていて,だるくて,何をするのも面倒くさくて,ただひたすら寝転がっていたい。そんな症状だった。
 俺は有休休暇をとって,病院に行った。
 まず最初に内科に行って血液検査をした。
 夏バテとか,肝臓が悪いとか,そういったことが原因かもしれなかったから。
「大川さんですね,別に血液検査では…目立った異常は見られないようなんですが」
 次に回されたのは,神経科だった。
 そこの医者は,俺の内科の結果を見て,俺の症状を聞いて,あと俺の家族のこと―兄弟はいますか,だの両親に精神的な病気をした人はいますか,だの,そんなことを聞いた後で,カルテにでっかい字で「うつ病」と書いて,まああんまり無理をしないで,気を楽に持つように,あと,酒は精神にはあんまり良くないからできればやめるように,という事を言い,薬を出しますから朝晩,あと寝る前に飲んでください,休養が必要なら診断書を出しますよ,と機関銃の如く言った。
 俺は薬と,「1週間の休養を要す」という診断書をもらって病院を出た。
 やれやれ,これで俺も立派な精神病者になってしまったか。
 そう考えると,複雑だった。
 この結果は直に社にも伝わるだろう。
 そうなると,「心身の健康に不安あり」の俺が出世する道は事実上絶たれる。
 でも,こんな状況でずっと走りつづけて倒れることに比べたら,それはずっとましなことのように思えた。
 もう,あの真面目過ぎる暗いワーカホリックな職場にも,優秀過ぎる先輩にも合わせなくてもいいし,何よりあの上司にやいやい言われなくても済むのだから。
 将来的には確かに大損をしたかもしれない。
 でも,それでも良かった。
 結局俺のこの性質―基本的にビジネスマンに耐えきれないこの性質が若いうちに分かったんだから。もし将来それなりの責任ある地位になってからこの症状が出て来たとしたら…考えただけでも恐ろしい。
 もしかすると,今回の事が元でリストラを食らうかもしれない。
 でも,それでも良かった。
 人間なんて,結局何をやったって食っていけるのだ。
 首にしたければ,するがいい。
 そういう気分だった。
 俺はこの日,実に晴れやかな気分で病院の,神経科の門を出た。
 そういう訳で,俺は現在,出世競争から一抜けして晴れて(?)「二年目の窓際族」を楽しんでいる。
 確かに明日にでも首を切られそうな危ない位置だが,見もふたもない言い方をしてしまえば,この会社そのものだって明日どうなるか分かりゃしない世の中なんだから,こんなものにしがみついている方が俺にとってはバカらしく見える。
 俺は大学時代,かなり真面目に音楽をやっていた。
 夕方5時を回ったらとっとと退社して,メインストリートの一角に座り込んで,ギターでも弾くことにしよう。
 歌うことは俺にとって唯一のストレス解消でもあったし,聴いてくれる人だって少なくなかったし,おひねりを投げてくれる親切な人もいたし,ひょっとしたらこんな目立つ所でやっていたらスカウトされて夢の音楽業界進出,果てはミリオンセラー歌手なんてのも夢じゃないのではないだろうか―って,ここまで過大に妄想を膨らませてしまう所を見ると,やっぱり俺って脳がおかしいのかも…
 いや,そうだとしても別に構わない。それが途方もない「夢」だったとしても,「夢」を見ることだけは誰にでも与えられた権利であるはずだから。
 それが健常者でも,俺のような病者でも。

★あとがき 
 見れば分かると思うが,ノイローゼの主人公が悩む話である。かく言う私も少々神経症気味のところがあって,そこから逃げ道を見つけたくて,見つからなくて,かなり悩んだ覚えがある。結構今もそうかも。でも,こんな世知辛い世の中にあっては,誰しもこうなってしまう可能性は秘めてはいるのだよ。特に真面目な人とかはね。(俺は不真面目だけど)でも一つだけ言えること,言いたかったことは,「道は一つじゃない」っていうこと。自分の本当に好きなことがあるんだったら,とりあえずそれを目指してみたいな,という気持ちで書きました。 

 

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