#21 グラシーズ
眼鏡からコンタクトに変える奴は数多くいても,その逆は少ないだろう。
女性が髪を切るように,ぼくはコンタクトを捨てた。
きっかけは彼女の何気ない一言。
真崎君,眼鏡取って素顔を見せて。
ぼくは言われた通り眼鏡を外した。
真崎君,コンタクトにしなよ。
その方がカッコいいよ。
飲み会の何気ない一言を,ぼくは真に受けた。
次の月曜日から,ぼくは眼鏡を捨てた。
あの時のあの言葉を,あの仕草を,ぼくは彼女の好意と取った。
ぼくは彼女に近づいた。
話しかけ,電話をし,デートに誘った。
彼女はそれを巧妙にすり抜けた。
まるで迷路を徘徊うように,そんなことを繰り返していた2月のある日。
ふと彼女の友達が漏らした言葉。
加奈子,彼氏いるんだよ。
使い捨てのコンタクトの一箱さえも使い切らないうちに,
ぼくはコンタクトを捨てた。
女性が髪を切るように。
彼女の友達は,まるで付け加えるように言った。
眼鏡でもコンタクトでも,真崎君は真崎君だよ。
無理して変える必要ないよ。
それだけ言って,階段を上って,彼女は見えなくなった。
コンタクトから眼鏡に変える奴は数多くいても,その逆は少ないだろう。
ぼくはコンタクトを捨てた。
ぼくは眼鏡を拾い直した。
たった一人の女性のために。
ぼくは好きな女性を変えた。
コンタクトを眼鏡に変えたように。★あとがき
歌のような小説を書きたいと思っていました。とりあえずそれだけを考えて,自分が最近コンタクトから再び眼鏡に戻したことをヒントに(決してこの作品のような背景があったわけでなく,単にコンタクトが入らなくなったから)書いてみました。まあ,あまりにムードに走りすぎたために「お前の話だろう」と友達に大笑いされてしまいましたね。ついでに言うと,こういうのを世間では小説とは言わず散文詩と呼びます(涙)。