#42 女性受難の時代
一体,どこで間違ってこんな時代になってしまったと言うのだろう。
彼女は今日も,うすぼんやりとそんなことを考えながら辺りを彷徨っている。近くで,爆発のような音がした。
彼女はすんでのところで,それをかわした。
ここは「敵」が多すぎる。
しかし,食料を調達するためには,このような場所にでも敢えて足を踏み入れなければならない。彼女は空腹を抱えていた。
彼女には,子孫を残す責務があった。
男どものことを考えると,腹立たしくさえ思う。
私たち女が,これほどまでに命がけで戦っているのに,彼らは今頃安全な場所でのうのうと食事を楽しんでいるに違いないのだ。彼女は不意に,息苦しさと身体の痺れを感じた。
毒ガス攻撃だ。それはすぐに分かった。
しかし,このような迫害さえ,彼女にはもう慣れっこだった。
このくらいで参ってしまうほど,やわな身体ではないつもりだった。
彼女の知能は,「敵」が思うよりも遥かに発達していたし,眼もしっかりしていた。何より,これまでの「経験」が,彼女の危機管理能力を高めていた。
あそこからガスが出ているんだわ。
彼女はその場所から遠ざかり,事なきを得た。新鮮な空気が,有難かった。そもそも彼女は,この世界で生きていくにはあまりにも身体が大きすぎた。
女で身体が大きいということは,世間ではあまり歓迎されないことだった。
彼女自身も,そのことでコンプレックスを抱いていた。
そのことをバネにして成長したり,利用し生かしていくという生き方があればそうしたのだろうが,残念ながら今現在,その種の道は残されていなかった。
残酷なようだが,今の彼女にとって身体が大きいということは精神的なコンプレックスになるのみならず,それは直接自身の生命の危険に直結するネガティブ・ファクターでしかなかった。そんなことはないわ。
こうやって丈夫な身体に生まれたのだから,きっと将来元気な赤ちゃんを産んでみせる。
そのためには,とにかく食料を手に入れなければならないのだ。彼女は焦りを感じていた。
「敵」の殺気が,時を追うに連れて強くなるのを感じていたから。
このままいれば,いつか殺されるだろう。
しかし,ここを離れて別の場所まで行って食料を調達する心当たりもなければ,その体力も残ってはいなかった。
ここでやるしかない。
こうなればいちかばちか。
「敵」の背後から息を殺して忍び寄り,首尾よく食料を得て一目散に逃げるしかない。
彼女は覚悟を決めた。
それが恐怖に対する覚悟だったか,死に対する覚悟だったかはもはや分からない。
彼女は「敵」の懐に突入を図った。
不意に何かが破裂する音がして,彼女の意識は途切れた。「取った!見てみろよ,こんな大きな蚊がいたぞ」
「うわ,すげえなあ。こいつはでかいわ」
「道理で昨日からかゆいと思ってたんすよ。こんなに食われちゃって」
「お前は鈍いからやられるんだよ」
「そんなことないっすよ。殺虫剤撒いても蚊取り線香焚いても,全然効果ないし」
「いや,でもだいぶ弱ってたぞ,こいつ。一発で取れたもん」
「しかし鬱陶しい季節になりましたねえ。蚊やらハエやら増えて。仕事にならないっすわ」
「今度の週末が病害虫駆除だからな。それまで我慢しろ。さあ仕事仕事」この街も住みにくくなったわねえ。
全く,いつからこんな住みにくい時代になってしまったのかしら。
とにかくこんなところに長居してたら,全滅になってしまうわよ。
逃げましょう,逃げましょう。
くわばらくわばら。女たちの闘いは続く―
★あとがき
はい,出ました。くだらない小説です。大昔まだ当サイトに掲示板があった頃,「くだらない」と書かれてしまいましたが,今にして思えば至言でしたね。最近思ったんですが,私の才能は「小説を書くこと」ではなく,「くだらないことを書くこと」なのではないかな,と。そう思ったら少し楽になったので,今後もくだらないことを言い散らかし,書き散らかす覚悟です(笑)。