野球のコーナー
2025.3.30
高校野球:旋風の条件
先日、春の選抜高校野球が終了し、横浜(神奈川)が前評判通りの力を発揮して優勝した。
何だか強いところが普通に勝つ、という意味では盛り上がりに欠けた大会になった感は否めない。
そのような中で、初出場ながらベスト8に進出したのが浦和実(埼玉)であった。
本来、これだけの活躍を見せれば大いにメディアに取り上げられ、「旋風」と呼ばれても不思議ではない。
しかし、初出場校が3勝を挙げるという堂々たる戦果を残した割にはあまり話題にならなかった。
むしろ初出場校の中で言えば、「ノーサイン野球」「野球専門学校」などのフレーズで知られたエナジックスポーツ(沖縄)の方が大きく取り上げられた。
なぜ浦和実の活躍は陰に隠れてしまったのか。
ということで、今回は高校野球における「旋風」について考えてみることにした。
「高校野球 旋風」で検索すると、次のような事例が挙がってきた。
○甲西旋風(甲西(滋賀)、1985年夏、ベスト4)
○新湊旋風(新湊(富山)、1986年春、ベスト4)
○がばい旋風(佐賀北(佐賀)、2007年夏、優勝)
○金農旋風(金足農(秋田)、2018年夏、準優勝)
○大社旋風(大社(島根)、2024年夏、ベスト8)
実際にはまだまだあるのだろうが、今回はこの5つを比較対象として考えてみたい。
甲西旋風について調べていると、Yahoo!の記事を見つけた。
その記事は甲西旋風の経緯について詳細に述べたものであったが、筆者の考える「旋風の条件」というものが載っていた。
氏によればその条件は、
1 その大会が初めての出場、あるいはそれに近い、いわゆる「地方の公立校」であること。
2 強豪を相手に、劇的な試合をいくつも演じたこと。
3 筆者が直接、取材していること。
3は無視して良いと思うが、1と2は間違いなく不可欠な条件と言えるだろう。
上述の甲西は、伝統校である県岐阜商(岐阜)を初戦で破ると、3回戦(2戦目)では久留米商(福岡)に逆転サヨナラ、準々決勝ではあの大魔神・佐々木主浩のいた東北(宮城)にも逆転サヨナラで勝利して準決勝まで駒を進めた。
準決勝では清原和博、桑田真澄のいたPL学園(大阪)に歯が立たず敗れたが、「ミラクル甲西」と呼ばれ、その戦いぶりは大いに賞賛された。
新湊は、後に中日に入団しプロ初登板でノーノーを達成することになる近藤真一を擁する享栄(愛知)と初戦でいきなり対戦するも、投手戦を制して1−0勝利、2回戦でも後にヤクルトで活躍する飯田哲也らを擁する拓大紅陵(千葉)を相手に0−4でリードされるも6回に6点を挙げて引っ繰り返すという離れ業を演じて勝利、準々決勝では京都西(京都)相手に延長14回の死闘の末2−1でこれを振り切り、富山勢初のベスト4に進んだ。この試合で力尽きたのか、準決勝で宇都宮南(栃木)に3−8で敗れたが、今も高校野球の話題になれば必ず語り草になる素晴らしい戦いぶりを見せた。
大社は、初戦でいきなり優勝候補の報徳学園(兵庫)と対戦し、後に阪神に入団する今朝丸裕喜を攻略して得た先制点を守り切って3−1で勝利する「下剋上」を達成すると、2回戦では新鋭の創成館(長崎)に延長10回タイブレークの末5−4で競り勝って勝ち進んだ。
そして3回戦、名門・早稲田実(西東京)との試合は歴史に残る死闘と言って差支えないだろう。早実が「内野5人守備」などの奇策、再三の好プレーで立ちはだかる中、大社も我慢に我慢を重ねてついに11回裏3−2でこれを破って島根県勢93年ぶりのベスト8に進んだ。上述の新湊同様、この試合で全てを出し尽くしてしまったか、準々決勝では神村学園(鹿児島)に敗れたが、優勝候補を次々に撃破しての快進撃は、地元応援の凄さも含めて大いに話題となった。
ここまでの3校は、惜しくも決勝に手が届かず、「主役」にはなれなかったチームである。
「旋風」という言葉には、このように「脇役」止まりに終わったものの強い印象を残した、というニュアンスが感じられる。
なので、優勝した佐賀北や、惜しくも準優勝に終わったものの十分に「主役」となった金足農にはあるいは似つかわしくないのかも知れない。
しかし、佐賀北も公立の無名校ながら初戦で甲子園常連の福井商(福井)を下すと、宇治山田商(三重)との2回戦は延長引き分け再試合の後にこれを撃破、準々決勝では「東の横綱」帝京(東東京)相手に延長13回の激闘の末に勝利、準決勝は長崎日大(長崎)に競り勝ち、決勝は野村祐輔や小林誠司を擁した広陵(広島)に逆転満塁ホームランで勝利して優勝した。公立の普通校が強豪校をいくつも撃破して高校野球ファンを熱狂させたその戦いぶりは、やはり「旋風」と呼ばれて称えられるに相応しいものであったろう。
金足農は後に日本ハムに入団する吉田輝星を擁しており、元々力のある学校ではあったが、失礼ながらあまり上位進出のなかった秋田県の代表であり、また公立の農業高校であったものが、甲子園常連校、優勝候補と言われた学校を連破して決勝に進出したということが特筆すべきことであった。
対戦した学校が鹿児島実(鹿児島)、大垣日大(岐阜)、横浜(神奈川)、近江(滋賀)、日大三(西東京)、そして決勝の大阪桐蔭(大阪)である。
ほとんど全てがラスボス級の相手であったにもかかわらず、エース吉田がその前に立ちはだかり、また準々決勝の近江戦では史上初の逆転サヨナラ満塁2ランスクイズを決めるなど名勝負、好勝負を展開して見る者を唸らせた。
こうして見ると、「旋風」と呼ばれるには次の条件が必要と言えるだろう。
1 いわゆる「地方の普通校」であること。
2 強豪と言われる学校を連破したこと。
3 記憶に残る名勝負を演じたこと。
4 最低3勝を挙げたこと。
上述のYahoo!の記事で識者の方が挙げていた条件を少し改変し、また補記をしてみた。
まず1であるが、別に「公立」である必要はない。たとえば私の母校である広島県の修道高校は私立であるが、仮に甲子園に出場して活躍すれば(天地が引っ繰り返ってもないだろうが)、大騒ぎになるだろう。
※ピンと来ない方は開成高校や灘高校でも想像してみれば良い。もっとも開成高校の野球部は結構強いらしいが。
「地方」である必要があるかどうかについては要審議であるが、確かに「おらが町の学校」の全国区での活躍は盛り上がる。この感覚は恐らく首都圏をはじめとする都会の人たちには理解できないだろう。大社の町を挙げての応援は大きな話題となったし、この春で言えば壱岐(長崎)の大応援団が取り上げられた。
2については言うまでもないだろうし、「旋風」と呼ばれて長い間語り継がれるためには3に挙げた「名勝負」の存在は不可欠である。
甲西ならば東北戦、新湊ならば享栄、拓大紅陵、京都西いずれもこれに当たるかも知れない。
佐賀北ならば帝京戦あるいは広陵戦の逆転ホームラン、金足農なら近江戦だろう。大社は言うまでもなく早実戦の死闘である。
4はおまけと言えばそうだが、2勝止まりでは後世に語り継がれる活躍、とまでは言い難いと思われるので挙げた。
これに照らし合わせると、浦和実の活躍は「旋風」と呼ぶには惜しくも及ばず、と言うべきだろうか(呼ぶ向きもあるが)。
3勝を挙げたのは立派な戦果であり上記4の条件は満たすし、1にも該当する(埼玉は首都圏なので「地方」と呼べるかは疑問だが)。
勝利した対戦相手は滋賀学園(滋賀)、東海大札幌(北海道)、聖光学院(福島)であったが、優勝候補と言えるほど強い相手とは言い難く、また記憶に残るような名勝負があった訳でもない。エースの石戸投手は強い印象を与えたものの、地味な戦いに終始した感は否めない。
また、条件ではないがもう一つ敢えて言うならば、春より夏の方が「旋風率」は高く、上記5例のうち夏が4例を占めている。
いくつか要因が考えられるが、まず夏は気候的に厳しい状況にあり、あるいは「下剋上」が起こりやすい可能性がある。
ただ、逆に言えば条件が厳しくなるほどこれをカバーする選手層が必要になるため、「普通校」が勝ち進むのは難しいという見方もできる。
その逆境を跳ね返して勝ち進むからこそその価値は高まり、「旋風」と呼ばれて賞賛の対象になるとも言える。
さらに言えば、大会としてはどうしても夏の方が盛り上がる。
夏はお盆休みやら何やらで野球ファンのお父さんがチャンネルを合わせやすいからかも知れない。
春は年度替わりで忙しく、あまり見る人がいないので注目されにくい側面があるのではないかと推測される。
無論それは球児たちの戦いには全く関係ない要素ではあるのだが。
とはいえ結局のところ、最初に述べた通り今大会は強いチームが順当に勝ち上がって優勝、あるいは上位進出するという大会となったため、「旋風」という形で盛り上がることがほとんどなかったというのが実際のところである。
「旋風」と呼べるような活躍を納めるチームが出ることがそう再々ある訳がなく、何十年に一度の活躍だからこそ大きく取り上げられ、盛り上がるのである。
浦和実は今回ベスト8に「進んでしまった」ので夏に活躍しても「順当」と見られ、「旋風」とは呼んでもらえないかも知れないが、願わくば夏にも出場していただいて、また大会を盛り上げていただきたいと思う。