短編小説#50 注文の多い同期生

(2026.1.25)

 

 また来たのか。
 仕事を終えて帰宅し、郵便受けを開けると一通のはがきが入っていた。
 同窓会のお知らせ、と書いてある。
 
 おれは大学まで出ているが、小・中・高・大と同窓会と名のつくものには行ったことがない。
 小学校を卒業したのはもう40年も前の話である。広島の中学を受験して街を離れたから、当時の同級生の顔と名前などもう忘れてしまった。
 中学・高校は一貫の男子校だった。それなりの伝統があって政財界から芸能界まで多くのOBを輩出している学校であったし、当時の同級生とも幾らかの付き合いはあったのだが、それだけにやたら大きな会場を借り切って、一万円だか会費を取って大々的にやるのだ。
 若い時は男しかいない同窓会など行ってもつまらないと思っていたから行かなかったし、今は周りの同級生がそれなりの地位を築く中で、万年係長の木っ端役人の身分だから気が引けて行けない。

 今回話が来たのは大学の学部同期の同窓会である。
 おれは神戸の大学を出ているが、就職で広島に戻った。
 しかし、同じゼミの連中には連絡用に住所と携帯電話の番号を教えていた。
 その後十年くらい、ゼミの同窓会の招待はがきが毎年届いていた。
 おれはゼミでは決して出来の良い学生ではなかった。それどころか、4回生になったら公務員試験の勉強に差支えるからという理由でゼミに行かなかった。
 ゼミの同窓会は毎年大阪で、高級ホテルの一室を借り切って割と盛大にやっていたらしい。当然会費は高額である。しかもわざわざ広島から大阪まで行かなくてはならない。
 面倒くさいから毎年欠席で返事をしていたら、十数年経った頃に先生の訃報が新聞に載った。
 さすがにこの時ばかりは己の不義理を反省した。最後に一度くらい顔を見せておけば良かった。

 今回は義理も何もない。さっさと「欠席」に丸をつけてポストに放り込めば良いのだ。
 そう思っていたら、電話が鳴った。大学時代の同級生で同じサークルにいた悪友のKである。
 同窓会の知らせが来たかと聞いてきたから、来るのは来たがおれは多分行かないつもりだ、と言った。
 するとKは、おれは今回久しぶりに行くつもりだが、お前くらいしか話す相手がいない、一人になるのは御免だから一緒に来てくれと言う。
 おれは呆れて、何でおれがお前の付き添いをしなきゃいけないんだ、行きたいんならお前一人で勝手に行けや、と言ったのだが、お前はそれでも友だちか、薄情な奴めと言い出した。喧嘩になったら面倒くさいから、一応考えておくと返事をしておいた。
 Kは安堵の体で、お前が来てくれるなら安心だ、悪いようにはしないから安心しろと言った。
 どういうことかと思ったが、深く追求せずに電話を切った。

 その後数日間そのはがきは放っておいたのだが、今度は同じゼミにいたOから電話が掛かってきた。
 Oはゼミの世話役をやっていて、現役中に司法試験に合格して弁護士をやっている男である。
 彼は久しぶりにゼミのみんなの顔を見に来ないか、とおれを勧誘した。
 おれは渋ったが、お前もしかしたら今回を逃したらもう一生会えない奴もいるかも知れんぞ、先生もお前の顔を見たがっていたのに、と言う。
 これを言われると少々ばつが悪い。考えてみればおれも皆ももう50を過ぎた訳である。
 仕方がないから、前向きに検討すると回答した。
 Oはそうかと言った後、まあ悪いようにはしないから安心しろと言った。
 これは大体意味を察したから、まあそうなったら頼むわと言って電話を切った。

 1か月後、おれは東京行ののぞみ号に乗っていた。
 何だか外堀を埋められたような気分になり、結局出席することにしたのだった。
 当日は土曜日であり何も予定はなかったし、妻に行ってもいいかと訊いたらどうぞ行ってらっしゃいと笑顔で言われた。あるいはおれがいない方が羽根を伸ばせて都合が良いのかも知れないと思った。
 
 広島から新神戸は2時間もかからない。
 山陽新幹線はトンネルばかりだが、新神戸の駅はトンネルとトンネルの間にあるから油断をすると寝過ごしてしまいかねない。
 居眠りをする訳にもいかず、おれは招待はがきをじっと見ていた。
 場所はホテルオークラだそうだ。大学入試の時に一度だけ泊まったことがあるから場所は間違いない。
 気になったのは会場である。
 一応大学の同窓会なのだが、妙に狭い気がする。

 近くのビジネスホテルにチェックインをして荷物を部屋に放り込み、身支度を整えてオークラに向かう。
 会場に着いて受付を済ませた。
 来るのは20人かそこらであり、しかもざっと見たところ男ばかりである。
 そう言えば職場でもちょっと前に同期会をやったことがある。
 同期は百人以上いてその殆どに声を掛けたらしいが、来たのは10人ちょっとで、しかも全員男だった。
 同期の多くは要職にいて土日もなく働いていたり、家族サービスや子どもの世話があったりで飲み会にのこのこと顔を出せる奴の方が少数派らしい。
 特に女性はどうしても子どもに手が掛かるのだそうだ。
 男女共同参画だの男性の子育てだのと掛け声を掛けたところで、現実はこんなものである。
 おれとは違う世界のおじさんばっかりで、何だかあんまり楽しくなさそうだ。
 適当に飲み食いしてさっさとホテルに帰って寝たいものだ。
 おれは脳内を恨み節で満載にして、所在なく周りを窺っていた。

 最初に声を掛けて来たのはOだった。
 とは言っても、何せ30年近く会っていないからおれはすっかり顔を忘れている。
 どちらさまでしたっけ、と言いかけたところで相手が自分から名乗った。
 わざわざ来てくれてありがとう、と言って手を出してきたから、その手を握り返した。
 えらく少ないじゃないかと言ったら、まあそう言うな、いろいろあるんだと言って苦笑いをした。
 もう大体来ているからあっちに行ってみろ、とOは向こうを示した。
 確かに数人の人だかりが出来ているが、気が進まない。
 Oはそんなおれの背中を押すようにして、おうい皆、広島からお客さんだと大声で叫んだ。

 無造作に放り込まれたおれは、どんな顔をしたらいいのかも分からず小さな声でどうもと言った。
 Kはその中にいた。顔が分かるのはこいつだけだ。
 いや、もう一人…見覚えのある顔があった。
 Kは女性と話をしていた。多分ここに来ている中でただ一人の女性である。
 彼女はただの同期生ではなかった。
 おれが大学時代にずっと想いを抱いていた、その相手だったのだ。

 Kはにやにや笑いながら、お前彼女のことは知っているよな、と言った。
 彼女は少々照れたように微笑んで頭を下げた。
 とても50を過ぎているとは思えない、あの時の面影を色濃く残した美しい女性だった。
 
 おれは彼女が好きだったが、付き合うことは出来なかった。
 今にして思えば「好きです」「付き合ってください」が言えれば良かったのに、それが言えなかった。
 どうやってデートに誘おうか、どうやって距離を縮めようか、ということばかり考えているうちに遠回りをしてしまい、意を決して電話を掛けてもとりとめのない話しかできず、肝心なことを言えずに電話を切った。
 あの時のことを思い出すと恥ずかしくて仕方ない。
 多分彼女はおれが自分に気があることくらいは感づいていたと思うが、それだけではダメである。
 結局卒業でおれが広島に帰ったことから、その想いは永遠に成就しないものとなってしまった。

 Kは彼女と当初面識がなかったのだが、どうやら就職活動で一緒になったらしい。
 そのような中で話す機会があって、おれの話になって、彼女がおれの話をしたらしい。
 さっきもおれの話をしていたのかも知れない。
 おれは恨めし気にKを見たが、Kはそんなおれの気を知るでもなく、いやあ久しぶりだなあと独りごちた。

 宴が始まると、おれと彼女とOとKが同じテーブルに配された。
 OはKとも彼女とも面識がなかったのだが、おれが彼女に想いを寄せていることは知っていたと言う。
 何故かと言うと、講義の時におれが彼女の近くにいつもいて、何かにつけて話しかけていたかららしい。
 そんなに露骨に映っていたとは知らなかった。
 しかも恐るべきことに、ゼミの連中は皆おれが彼女に気があることを知っていたという。
 
 酒が入ると、話はさらにおれにとって好ましからざる方向に進んだ。
「でもねえ、この人酷いんですよ。私にあんなこと言ったくせに他の子とデートしてたんだから」
 彼女が恨めし気におれの方を見ながら言った。
 KとOは何だ何だと色めき立った。見ると、隣のテーブルの連中まで聞き耳を立てている。
「違う違う、それ誤解だから」
 おれは両手を振って反駁を試みた。

 あれは某公務員試験の合格発表の時のことである。
 同級生のNという子がいて、たまたま発表の場に居合わせ、二人とも合格していた。
 合格の喜びと開放感ですっかり気を良くしたもんだから、じゃあせっかくだし遊ぼうか、ということになって一日街で遊んだのである。
「違うって。Nさん彼氏いたやん。そんな気なかったし」
「えー。いなかったらどうしとったん?Nちゃんが可愛かったから誘ったんやろ?」
 彼女は不信に満ちた目でおれを見ている。
「純愛じゃなかったんだ。酷い男だ」Kが言った。
「ちょっと待てえ。何で30年も前のことで責められなあかんねん」
 OとKが大笑いをした。
 彼女は表情を変えなかった。

 宴もたけなわとなった後、ああ酷い目に遭ったとおれは這う這うの体で外に出た。
 海風が妙に冷たく感じられる。まるで比叡おろしのようだ。
 後ろからぱたぱたと足音が聞こえ、すぐにおれの背中をぽんと叩いた。
 彼女だった。
「まさか今日広島へ帰るとは言わんよね?」
 そんなおれたちの横をOとKがお疲れと言って急ぎ足で通り過ぎて行った。
「もう少し飲まん?」
 断る理由を、おれは持ち合わせていなかった。

 近くのイタリアンの店に入った。
 お互いの身の上を少しだけ話した。
 彼女は大学卒業後大手商社に就職し、法律の知識を生かして主に法務部で仕事をしているという。
 てっきり結婚していると思ったのだが、この年齢まで未婚なのだそうだ。
「正直ねえ、結婚するメリットってなくない?って思って…仕事の邪魔やと思ってたし」
 彼女はそう言って笑った。
「自分、公務員よね?広島で」
 おれは答える気になれなかった。
 彼女は自分の能力と大学で得た知識を生かして花形の舞台で華々しく頑張っている。
 それに引き換えおれは、成り行きで地元の役所に入ってはみたものの要領が悪く、やっとの思いで長のつく役職に就いたもののその点ちっとも成長しない。上司には毎日叱られるし部下はそのようなおれの姿を見て「こいつは無能だ」「ハズレ上司だ」と蔑んでいる。
「ごめん」
 彼女は言った。
「こんな時にまで仕事の話、したくないよね」
 おれはいや、と言おうとしたが、声が出なかった。
「だから私、ずっと独りなんよね」
 彼女は自虐的にけらけらと笑った。

「一度だけ誘ってくれたことあったよね」
 彼女が言った。
「…あったっけ?」
「あったやん。何かぼそぼそ言って…で、今度どっか行けたら、みたいなこと」
 思い出した。しかしあの時は…
「他の人と行けば、って言われたな」
 おれが言うと、彼女はグラスワインを飲み干した。
「だってあの時、自分Nちゃんとデートしてたやん。Nちゃんと行けば良かったやんって」
「それは誤解です。誤解!」
 おれは少し語気を強めて言った。
「分かってたけどさあ」
「…だからおれは、あの時にこりゃダメだ、振られたわ、と思って」
「えー?それはないわ」
 彼女はおれより大きな声で叫んだ。
「普通それやったら、何でそんなこと言うの、おれはお前と行きたいんや、って言わん?」
「言えません」
 おれは真顔で答えた。
 彼女はくすくす笑った。
「何が可笑しいのよ」
「だってさあ」
 彼女は一息ついて続けた。
「もう30年も前に終わったことを、こうやってムキになって…おもろいなあ、自分」
 返す言葉がなかった。
 彼女はすっかり機嫌が良くなったようで、グラスワインのお代わりを注文していた。

 日付が変わろうとしていた。
 おれはもうホテルに戻って寝たかったのだが、彼女はまだまだ元気だ。
 仕事の出来る人はやっぱりどこか違う。
 くたびれた顔のおれを横目に、彼女はカラオケに行こうと言った。
「出来れば30年前に行きたかったですね」
 おれは皮肉交じりにこう言って、元町から三宮に歩を進めた。

 彼女は大昔の某男性アイドルの歌を歌った。
 授業中に手を挙げて俺を好きだってもし言えたら抱いてやるぜ。
 彼女はわざわざおれに顔を近付けてそのフレーズを歌った。
 
 小一時間歌って、おれたちは別れた。
 別れ際に彼女が言った。
「奥さんって、どんな人?」
 おれは少し考えて答えた。
「あなたほど美しくはないけれど、とても出来た人」
 そして続けた。
「多分今の奥さん以外に、おれの奥さんが務まる人はいないです」
 彼女は微笑んだ。
「良かった。その言葉が聞けて」

 帰りの新幹線の中で、おれは彼女との会話を反芻していた。
 あの時のおれは自分のことばかり考えていて、振られて傷つくのを恐れていて、彼女の気持ちになって考えることなんて出来ていなかった。
 彼女はおれに―自分に想いを寄せる男にいろいろと求めることがあったのに、おれはそれに何一つ応えることが出来ていなかった。
 ただ、おれは彼女のことを好きになって良かったと思っている。
 と同時に、おれと彼女が結ばれる姿を想像することは―やはり出来なかった。

 車窓からマツダスタジアムが見えた。
 広島に帰れば、日常が待っている。
 家で待っている良く出来た奥さんに、神戸の洋菓子を土産に買って帰った。 
 
 

 

 

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