コラム:「日本人」を弄ぶべからず

(2025.7.26)


参議院選挙が終わった。
今回注目を集めたのは、「日本人ファースト」を叫んで支持を伸ばした参政党であった。
しかし、私は彼らにはどうしても肩入れが出来ないのである。
その理由を考えると、「一番(ファースト)」に考えられるべき「日本人」とは何か、という命題にぶち当たる。

私が「一番に考えられるべき日本人」の条件と考えるのは、まず日本の国籍を持ち、日本に暮らし、日本の生活や文化に融け込み、日本のために働き、日本国憲法が定めている国民の三大義務を果たしているということである。
なので、血筋が日本人であるかどうかということは実はあまり重要だと考えていない。
たとえば、生まれが在日朝鮮人であっても日本に帰化し、日本の文化の中で暮らし、日本人としての義務を果たしていれば彼らは立派な「日本人」であり、日本人であることによる利益を享受する資格があると考えている。

ただ、少なくとも参政党を支持する多くの者はそう考えているように思えない。
たまたま生粋の日本人の両親から生まれて日本に生まれていれば日本人であり、国家によって救済される資格があると考えている節がある。
ろくすっぽ働きもせず、日本国憲法が定める国民の義務も果たさず、単に日本国に寄生するだけの存在であったとしても。

そして、彼らが参政党に共鳴するのは、自分たちが外国人に比べて不当な扱いを受けていると信じているからである。
確かに日本に観光などでやって来る外国人や、日本でタワマンを爆買いする外国人は大変に羽振りが良い。
日本人であり、日本で生きているにもかかわらず惨めな暮らしを強いられている自分たちより遥かに恵まれているように見える。
彼らはそれが妬ましいのであろう。日本人なのだから日本においては外国人より良い暮らしを保証されるのが当然だと信じている。
しかしそれは、彼らが母国でしっかりと働いて稼いでいるからである。日本国政府が彼らに貢いでいるからではない。
私は拝金主義には与しないが、こういう負け犬根性丸出しの「日本人」を見ると、「じゃあお前らも同じだけ働いて稼いでみろ」と言いたくなる。

日本人の民度はかつてと比べて大いに劣化したように思う。
こういう連中が「日本人」を名乗るのが恥ずかしいとさえ思う。
彼らに「日本人」としての誇りはない。
単に「日本に暮らしているのだから日本国は俺たちに全てを与えて当然だ」というコ○キ根性があるだけであると思う。
このような連中には「日本人」を名乗って欲しくない。同じ日本に生を受け、日本で(一応)一生懸命生きている者として恥ずかしい。

もう一段上の話をする。
日本は今まで幾度かの未曽有の災害に見舞われてきた。
そのような中でも、日本人は他者への思いやりの心を忘れず、お互いに助け合って生きてきた。
自らの命を犠牲にして避難を呼び掛け、多くの命を救ったという話もあった。
また、自らを律することを忘れず、悲惨な環境の下でも整然と秩序を守って行動し、暴行や略奪など皆無であった。
このような日本人の姿は、外国の人々から驚きと賞賛を以って迎えられたものである。
これこそが日本の誇り、プライドであり、このような誇りを持つ者こそが「日本人」であるに相応しい。

それに引き換え、今「日本人ファースト」を叫んでいる者はどうか。
外国人の方が自分より金を持っている、恵まれている(ように見える)という理由だけで彼らを忌み嫌い、排斥する。
自分のひねくれた根性を慰めるための情報だけを鵜呑みにし、怪しさ満点の陰謀論に傾倒する。
彼らは「日本を守れ」と言っているのではない。「日本に寄生している俺を守れ」と言っているだけである。
彼らのどこに「日本人」たるに相応しい誇りがあるのだろうか。
繰り返すが、彼らには「日本人」を名乗って欲しくない。恥ずかしいから。

さて、参政党についてもう一つ話をしておこう。
私がこの政党を今一つ信用出来ないのは、はっきり言うが旧統一教会の臭いがプンプンするからである。
かつて安倍元首相の暗殺をきっかけに、政界と旧統一教会の深い関係が取り沙汰されたことがあった。
で、新聞紙上に「旧統一教会と関係があった議員リスト」がでかでかと載ったことがあった。
そこに、参政党の神谷代表も名を連ねていたのである。

神谷代表は元自民党の地方議員である。
自民党は岸信介元首相以来、旧統一教会系の政治団体である「国際勝共連合」と深いつながりがあった。
また、旧統一教会側とすれば、自民党などの大政党と関係を築くことには旨味があるから、積極的に近付いてくるだろう。
なので、「やむを得ず」そのような繋がりを持ったということはあるのかも知れない。

ただ、参政党に関して言えば、その家族観や政治的な主張などに相当程度旧統一教会の影響があるように見える。
X(旧ツイッター)上で「#参政党は統一教会」というハッシュタグを見たことがあるが、その関係を疑う者は決して少なくない。
さらに言えば、参政党の某女性候補は、選挙演説で「皆さんのお母さんにしてください」と叫んだという。
これは旧統一教会の「マザームーン」こと韓鶴子総裁を彷彿とさせるものである。
本名がどうの、婚姻関係がどうのということはどうでも良いから、彼女はこのことについて説明をしなければならない。
※その他にも、参政党の街頭演説などを見ていて「統一臭」を感じることがあったが、これは私の直感に過ぎないのでここでは書かない。

ただ、実は参政党が躍進したことについては私は意に介していない。
今まで日本では、閉塞した政治状況を背景にいくつかの政党・政治家が大きなブームを巻き起こしてきた。
しかし、最近で言えばみんなの党も日本維新の会も、石丸伸二氏とその新党(再生の道)も、一度は「もしかすると政権を取ってしまうのでは?」と思わせるくらいの勢いを見せながら、結局はそれなりのところに収まっている。

参政党に関して言えば、自民党がリベラル化して(私はそうは思わないが)旧統一教会と手を切り、希望の星だった高市早苗氏ではなく石破茂氏を総理総裁としたために、いわゆる「岩盤保守層」が離れ、同じ匂いのする新興政党に票が流れただけである。
仮に石破首相が総理総裁を辞任し、高市氏が総理総裁になれば彼らは元の自民支持に戻るので、この党は多分消えてなくなる。
党から選ばれた国会議員たちは生き残りのために自民党に移籍して、何もなかったように静かになるだろう。

ただ、ネット社会となったことで「情報」というものが容易に操作できるようになったことは大いに憂慮すべきことである。
今回の参院選においても、ネット上での真偽不明の情報が飛び交い、選挙結果に大きな影響を与えた。
参政党支持者の多くは、ネット上の情報の中でも自分(=参政党)にとって都合の良い情報だけを信じ、そうでないものを遮断した。
何せ彼らは、党首様が批判を受けても、「オールドメディアの捏造だ!尊師は潔白だ!」で終わりである。
これは「カルト」とその信者との関係において非常にしばしば見られる傾向である。

カルトにとって「マインドコントロール」は得意技である。
情弱の投票行動を操作するなど造作もないことなのであろう。
問題は、このような「マインドコントロール」に引っ掛かる国民が、現状相当数いることである。

30年くらい前に「オウム真理教」というカルト宗教があった。
教祖であった麻原彰晃こと松本智津夫(死刑執行済)は、国家権力を握るべく「真理党」という政党を作り、信者たちと共に衆院選に立候補した。
政策は比較的現実的なものであったが、当時の日本国民は「怪しいもの」を見抜く目があったので票は入らず、惨敗した。
しかし今「真理党」がそれなりに受けそうな政策を掲げて立候補していたら、あるいは「麻原議員」が誕生していたかも知れないし、真理党が今回の参政党のように二桁当選者を出して一定の影響力を持った可能性さえある。
※ちなみにこの時、彼らは既に坂本弁護士一家を殺害しているが、この事件も闇に葬られていたかも知れない。

今の日本人には「怪しいもの」を見抜く目がない。「怪しいもの」に対する免疫がない。
これは大問題である。
既に指摘されているが、ヒトラーだって民主的な選挙で選ばれたのである。
今回多くの国民が、「日本人ファースト」に眼がくらんで情報の真偽を度外視して軽率な(と敢えて言おう)投票行動を取った。
この傾向が続くようなら、日本人は日本の民主主義の芽を自らの手で摘むことになるだろう。

参政党は以前、「憲法草案」なるものを出したが、その内容があまりに稚拙なので各方面から批判を浴びた。
ただ、そのような中でも特筆すべきことは、国民の権利を縛って国家による支配を強めるという姿勢である。
アメリカのケネディ元大統領が「国が諸君に何をしてくれるかを問うな。諸君が国のために何が出来るかを問え」という言葉を残しているが、方向性としてはそれに近いと言えるだろう。
これは参政党支持者が求めた「日本人ファースト」とは真逆である。
ただ、「国は日本人(である自分)を守り、救済して当然だ」という甘えた考えしか持たない「自称日本人」にはこのくらいでちょうど良いのかも知れない。

今回の選挙は、「日本人」とは何か、ということを考え直す良いきっかけとなった。
自分たちが国によって救われることだけしか考えない「自称日本人」の所為で日本の民主主義が破壊されることは避けなければならない。
日本人を名乗るのであれば、それに相応しい心がけと誇りを持つ必要がある。
私は安倍元首相の信奉者ではないが、そのことが「日本を取り戻す」ということなのではないだろうか。

以上、コラムでした。


追記(2025.10.4)
先ほど自民党総裁選が行われ、高市早苗氏が新総裁に選ばれた。
私のような面白がり屋から見れば、「バ○と統○の二択で後者が選ばれた」くらいしか思わないが、バ○よりは統○の方がまだマシだと考えたことについてはまあ理解する。
バ…もとい小泉進次郎氏は余計なことさえしなければ九分九厘手に入れていたはずの総理総裁の座をみすみす手放した。
もうこんなチャンスは二度と来ない。せいぜい己のバ○さ加減を恨むがよろしかろう。

さて、少数与党ゆえ野党がどうなるかで首相の椅子の行方は分からなくなってくるが、多分高市氏が首相になるだろう。
参政党と日本保守党は尻尾を振ってついて来るだろうし、維新と国民民主党も信仰を共にする友党と言えるので味方につくだろう。
その辺のところはもう既に話がついているに違いない。そういう世界である。

旧統一教会にネットを通じてマインドコントロールを受けた者たちはウハウハだと思うが、まあこれからがお手並み拝見である。
まさか旧統一教会の宗教法人解散請求を取り下げるような露骨な真似はしないと思うが、仮にそこまでいかなくても旧統一教会に阿るような動きが少しでもあればアキレス腱として追及され、政治生命を縮めることになるだろう。
統一との縁を本当に切って、財務省との暗闘に勝利して庶民のために善政を敷くことが出来るのかどうか、注目したいと思う。


追記(2025.10.19)
上述のとおり、高市首相の誕生がほぼ確実となった。
結局のところ、「高市先生の一の子分争い」に勝った維新が連立に加わり、意地を張ってなり損ねた国民民主が負けた格好である。
維新は副首都構想などをやりたいためにどうしても「勝ち馬に乗る」必要があったため、この結論を出したことは大いに納得できる。

維新は「身を切る改革」を唱え、議員定数の削減や企業・団体献金の禁止を条件に連立入りすると言っているが、まず実現しないだろう。
そもそも第二次安倍政権の直前にも当時の民主党が同じ約束をして国会を解散して自民が政権を奪還したが、結局守られなかった。
いわゆる「政治とカネ」に関して自民党が他党とした約束を果たしたことはない。
維新もそれは折込済みである。彼らは自分たちの面子が保たれる中で「第二自民党」として「高市先生の一の子分」になることが出来ればそれで良く、約束が守られようがどうなろうが特段気にはしないだろう。

さて、注目すべきことがもう一つあり、旧統一教会への接近を公言しているN国党唯一の国会議員が自民党の会派に入ったそうである。
この件については、高市自民が旧統一教会への回帰を画策しているということを疑わしめるに足りる出来事として特筆する必要があるだろう。


追記(2025.10.24)
上述のとおり、先日高市首相が誕生した。
それは良いが、これをきっかけに国会や言論界が荒れまくっている。

まず国会では、高市首相の演説に対して「裏金!」「統一教会!」という野次が飛びまくって肝心の演説が聞こえなかったそうな。
裏金議員の重用や統一教会に関する噂が絶えないのは事実だが、そういうことは野次ではなく論戦の場でしっかりと追及するべきである。
ただでさえ今の野党は人気がないのだから、こういうところで品のなさをさらけ出して恥を晒すのは得策ではないと申し上げたい。

しかし高市信者(と敢えて呼ぼう)も負けていない。
メディアが何某か高市首相に関するネガティブな話題をしただけで「オールドメディアの高市サゲだ」「中共のプロパガンダだ」と決めつけて騒ぎ、挙句の果てには高市首相の写真写りが悪いと言うだけで「高市首相のイメージダウンを狙った左翼メディアの策謀だ」と騒ぐ。
高市尊師に不利なことは全て「左翼の陰謀」と決めつける、Qアノンも真っ青の陰謀論者っぷりである。

私は高市首相本人にはそんなに悪い印象は抱いていない(思想信条は違うと思うが)。
しかし、取り巻きが悪すぎる。
このままでは日本にも「決して理解し合えない分断」が生まれ、高市首相はその象徴となるだろう。アメリカのトランプ大統領のように。
それは果たして高市首相ご本人の意思に沿うことなのであろうか。
信者の皆様方におかれては、少し考えた方がよろしいのではないだろうかと申し上げたい。



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