コラム:学歴厨が学歴厨を批判する

(2026.5.12)


私は自慢じゃないが学歴厨である。
学歴厨とは、大学(時に高校・中学)に序列をつけることに執念を燃やす残念な大人のことである。
YouTubeを見ている人にとって有名なのは、某W.TVの赤と青、某C.TVのKなどが挙げられるだろう。
ただ、彼らは一応受験産業に携わるプロであるが、私から見れば嘲笑レベルの嘘を垂れ流している。
もし進路に悩む学生がいたら私に聞きなさい。その辺の進路指導の教師よりは遥かに有益なアドバイスをする自信がある。

それを踏まえて読んでもらいたいのだが、今日のYahoo!ニュースにとんでもない悪文が載っていたので晒すことにする。
書いたのは「ドラゴン桜2」の編集担当である西岡某である。

簡単に要約すると(要約するために一回読み直すのも胸糞が悪いのだが)、「幸せ」という価値観は人それぞれであるが、「地方で競争せずにのんびり生きるのが幸せ」という価値観が特に気に食わないらしく、「挑戦すること」「高い目標を持つこと」という価値観を提示したい、と述べている。
そこまではまだ良い。
何より恐ろしいのは、この男は「DVを受けている人だって『わたしはあの人が好きだし、今幸せです』と言うことがある」と言っている。

地方に住むことはDVを受けることと同じらしい。

とんでもない暴論である。呆れて物も言えない。
どんなにご立派な価値観を提示しようとも、この一文で全てが台無しである。
是非一度彼には島根県の丸山知事(東大卒)と対談してもらいたいものである。
多分ボロクソに罵倒されて泣いて帰ることになるだろうが。

彼が言いたいのは、「地方の学生ももっと受験戦争に身を投じて東大を目指せ!」ということであるらしい。
地方の価値観は学生を堕落させるものであり、許し難いものであるのだろう。
彼はあまつさえ、「地方の価値観に騙されるな!」とまで言っている。
彼は地方に親でも殺されたのだろう。

結局彼は、受験産業が過熱してくれないと困る事情があるのだろう。
「ドラゴン桜」のような漫画の編集をやっているのだからまあそれは理解できる。
しかし、だからと言って「東京=最高、地方=クソ」のような価値観を植え付けるのはさすがに乱暴が過ぎると言える。
彼は同記事中で「だから僕はこれからも、地方にある価値観を前提として理解しながら(以下略)」と述べているが、

嘘だね。

地方にある価値観を前提として理解する気など1ミリもないだろうが。
こうやってその気もないのに理解者ヅラをして近付いてくる者こそ警戒しなければならない。
「お前ら一生だまされ続けるぞ!」と桜木先生はお怒りのようであるが、

だまそうとしているのはどちらなんでしょうね。

私は嘘が大嫌いである。
嘘をついてまで特定の価値観を押し付けようとしてくる者を、私は決して受け入れることはない。
西岡某は嘘をつくのであれば、もっと上手に嘘をつきなさい。
その程度では神戸大学しか出ていない51歳の中年男一人だますことはできない。

そもそも、この西岡某の価値観の根底にあるのは、「受験勉強が出来る者=偉い」という偏った考え方である。
私の人生はどちらかと言うと、西岡某の価値観に近い生き方をしてきたと思っている。
その私から言わせてもらえば、確かにいわゆる「賢い大学」に行った方が人生において得るものが多い、とは思う。
いわゆる「おもろい奴」は「賢い大学」の方が沢山いることは間違いない。

なので、「賢い大学」、またその最高峰と言える「東大」を目指すこと自体は私は否定しない。
私は東大にも京大にも行けなかったのだが、「さぞ面白いところだったんだろうなあ」と思うとそれは羨ましい。
神戸大学は一応「賢い大学」に入っていると思うが、どちらかと言うと常識人ばっかりであんまり「おもろい奴」はいなかった。
ゼミやクラブ、公務員試験を通じて東大や一橋の人と知り合いになったが、やはり「おもろさ」では彼らに軍配が上がる。
東大に行く大きな目的の一つは、「東大生と知り合うこと」であると断言して良い。

ただ、それはそれとして、「受験勉強が出来る者=偉い」とは限らないことは私自身、人生の中で痛感してきた。
私の職場で、高卒で公務員試験を受けて奉職した人を何人か知っているが、中には高卒ながら若年で抜擢されて課長の地位に就いた木下藤吉郎のような人物もいるし、そこまでいかなくても自身の仕事に精通し、リーダーシップを発揮して言うべきことははっきり主張できる、そんな人も知っている。その人はまだ30代の平社員であるが、私はその人を密かに尊敬している。

さらに、今「すぐ辞めるZ世代」みたいな言われ方をしている20代そこそこの若い部下だって私なんぞと比べたら遥かにしっかりしている。
決して学がある訳ではなく、褒めるつもりで「立て板に水のようだったね」と言ったら「立て板に水って何ですか」と言うようなレベルである。
しかし仕事はちゃんとこなすし、不甲斐ない上司である私が困っていると気を利かせて助けてくれる、誠に頼りになる部下である。
私は仕事の腕がアレなので、このような人は年齢・キャリアに関係なく尊敬している。

西岡某は多様な価値観を尊重するようなことを抜かしているが、このような人たちのことをどう思うだろうか。
「(自身が飯の種にしている)受験への挑戦」から逃げた弱虫、地方の価値観とやらに騙された可哀想な人、としか思えないだろう。
そんな偏った人間観しか持てない西岡某の方が私から見たら可哀想な人に見えるのだが。

また、挑戦というのは何も受験だけではない。
人生の中で「挑戦」のテーマというのは数限りなくあるはずである。
西岡某にとっては受験以外は挑戦ではないのかも知れないが、そのような価値観こそ正されるべきである。

無論、受験だって挑戦である。
やりたいのであればやってみれば良い。
その結果成功する者もいれば、失敗する者もいるだろう。
そしてその後の人生の中で、いろんな「挑戦」があるだろう。
成功したり失敗したりしながら、いろんな世界を見てみれば良い。
それが人生の面白さだと私は思っている。
私の人生はどちらかと言うと失敗が多い、というか9割くらい失敗の人生だと思うが、いろんなものを見てきたのでそれはそれで面白い。
逆に「受験産業」しか見て来なかった人生は面白かったですか、と西岡某に問うてみたい。

最後に、もし実力と運を備えて東大に行くことが出来た人には、逆に地方を見てもらいたい。
東京には東京の良さがあるだろうが(私には理解できないが※)、地方には地方の良さが必ずある。
帰ってこいと強要する気はないが、個人的には「おもろい奴」が地方に増えてくれれば、地方もまた面白くなる。
それがひいては日本国全体の発展に寄与すると、私はまだ信じている。

以上、コラムでした。


(※)
私は何回か東京に行ったことがあり、その際エッセイに書いたかと思うがあんな住みにくい街はないと思う。
私の友人には東京の大学を出た者も多くいるが、よくあんな街に住めたものだとその点で尊崇の念を禁じ得ない。



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