すちゃらかエッセイ
2026.3.8
第80回 時代〜敬愛する村下孝蔵先生に捧ぐ
昨年11月以来の更新である。
いつの間にかこの下らないサイトも、開設以来28年目に突入してしまった。
まあいいや。こんな場末のサイトを見ている人は今や絶滅危惧種だと思いますが、宜しければ引き続きよろしくお願いします。
そう言えば、このサイトを開設した1999年は、私が最も尊敬するアーティストである村下孝蔵さんが亡くなられた年であった。
だからという訳ではないが、私は村下さんの大ファンである。
自己紹介のページには、「村下イズム最後の伝承者」であると嘯いている。
いや、ファンの皆さん怒らないでください。
てか、「最後」ではないな。私よりもっと若い世代にも村下先生(敢えてこう呼ぼう)の魅力を知る人も増えた。
そんな私であるが、実は村下先生の楽曲の中で唯一受け付けない曲がある。
それは「教訓」という歌である。
歌詞をあまり書くと著作権法に触れそうな気がするのでよすが、「煩わしさにくじけず、壁があったら乗り越え…」から始まり、自分に負けないでひたむきに努力をすること、一生懸命働くこと、そういったことの尊さを歌ったものである。
しかし、今の自分にはどうしても受け付けないものを感じる。
それは何故だろうか、とまさにこの歌を聴きながら車の中で考えた。
村下先生は1999年に亡くなられているので、その生涯はほぼ昭和〜平成(バブル頃まで)であった。
その頃は某栄養ドリンクのCMで「24時間戦えますか」という歌詞が流れるなど、とにかくモーレツに働くことが持て囃された時代であった。
私より少し上の世代の上司は当時を振り返り、「残業中抜けて晩飯を食べに行って戻って仕事をしたり、土日も集まって仕事をしたり、とにかく部活のようなノリで仕事をしていた」と述懐していた。
そのような働き方についていける、いや好き好んでついていく者は出世していったが、私には無理であった。
新入社員当時の上司がそのような「残業を美徳とする」考え方で、また若干パワハラ気味の上司であった。
何せ「最近お前全然残業しとらんやないか!」と怒られたことがあるくらいである。今の時代では考えられまい。
私は早々に病んでしまい、出世コースから外れた。
「教訓」という楽曲には、その種の「とにかく頑張れ頑張れ」という昭和ノリが色濃く残っているように感じる。
無論、「頑張ること」「努力をすること」を否定する気はない。
しかし、何についても度を越してしまえば良いことはない。
この時代に持て囃されたような働き方のモデルは、今となっては正しいとは言えなかったのではなかろうか。
もう一つ気にかかったことがあって、それは「立派な男になれ」「男らしく生きてみろ」という歌詞が出てくることである。
まさか村下先生も、この曲から僅か30年後に「男らしい」「女らしい」という言葉がタブーになるとは思わなかっただろう。
もしご存命ならば今年で73歳になられるかと思うが、仮に73歳になられた村下先生がこの現実を知ったらどう思うだろうか。
村下先生は九州男児であり、あるいはステロタイプな「男」としての理想を持っておられたかも知れない。
しかし、時代はそこまで変わったのである。
確かこの曲が入ったCD(どの盤だったか失念したが、ベスト盤)の歌詞カードに、「村下さんには珍しい『元気ソング』」と書かれていた記憶があるが、私はこの歌を聴いても残念ながら元気にはなれない。
それは多分に私の「うつ的傾向」に原因がある。
もはや「うつ」は多くの日本人にとって他人事ではない病気であり、理解する向きも増えたようだが、私を含めて多くの「うつ的傾向」を持つ人たちにとって、「頑張れ」は禁句である。
今まで一生懸命頑張ってきて、これ以上頑張れないから「うつ」になってしまったのに、これ以上何を頑張れと言うのか、という思いからである。
私らの世代は、いわゆる「就職氷河期世代」である。
若い頃はいわゆる「昭和ノリ」に振り回されて「24時間戦えますか」と焚きつけられてモーレツに働かされ、そのくせ報われることはなく、今はいわゆる「Z世代」のお世話係として毎日気を遣いながらそのフォローに奔走させられている。
そのような中で「頑張ること」「努力をすること」に苦しみ、あるいは空しさを感じ、心を病む者も少なくない。
頑張ろうにも頑張れない。そのような者だって少なからずいるのが今の時代である。
「男らしさ」「女らしさ」も同様である。
今は「ジェンダーフリー」という言葉が市民権を得ているが、生まれついての事情で「男らしく」「女らしく」生きられない人もいる。
昔からそのような人はいたと思うが、その時代には皆それを隠し、無理をして「男らしく」「女らしく」振舞っていた。
そのような生き方に限界を感じて声を上げる者が増え、それが大きくなって今の「ジェンダーフリー」の時代につながったと言える。
村下先生の最晩年の楽曲に「ロマンスカー」という歌がある。
根強いファンも多い名曲だが、大ヒットはしなかった。
村下先生はこの歌を出すときに「『初恋』を超えるヒット曲になる」という自信を持っていたが、残念ながらそうはならなかった。
ご自身にとっては納得いかないことだったと思う。
しかし、「ロマンスカー」ほどの名曲であっても、「時代」に受け入れられなければヒットはしないということなのだろう。
あるいは村下先生もまた、「時代」というものに翻弄された歌人だったのかも知れない。
ただ、そうは言っても村下先生の楽曲が珠玉の名曲揃いであることは間違いない。
「初恋」や「踊り子」、そして「陽だまり(アニメ「めぞん一刻」のOP)」などはご存知の方も多かろうが、CDショップに行くことがあったら、「村下孝蔵」と書いてあるものだったら何でもいいから購入して聴いてみることをお勧めする。
村下先生の楽曲にはほぼハズレがなく、その美しい歌詞とメロディー、その声に魅了されることは請け合いである。
きっと人生の新しい扉が開かれるはずである。
余談だが、村下先生の歌の多くは「百年後まで歌い次ぎたい曲」の中に入ると思うが、今の歌にそう思わせる曲がどれだけあるだろうか。
たとえば(比較して恐縮だが)Adoの「うっせえわ」は確かに大ヒットしたが、百年後まで歌い次ぎたいかと言うと…
こんなことを考えるのは、私が年をとったからだろうか。いや、多分そうなのだろうが。
こんな私もあと4か月ちょいで52歳になる。
村下先生が天に召された年齢をとうに超え、若い女性に恋慕すると犯罪者のように扱われる年齢である。
そう考えるとため息しか出ないが、誕生日には何か良いことがあるだろうと信じている。
場内の皆様、帰りの私のカバンにはまだ若干の余裕がございます!