すちゃらかエッセイ
2026.8.8
第81回 100円で京都に行った話
私の会社では福利厚生の一環として、4月1日現在で50歳になった職員に、3日の休暇と8万円の旅行券をくれる制度がある。
実は10年前、40歳になった時にも同様の制度があって、その時は3日の休暇と「10万円」の旅行券をもらって東京ディズニーランドに行った。
まあ旅行券の額面はともかく、もらえるものは有難くもらっておこう。
そういえばよその職場だと「25年の勤続表彰」みたいなものがあるはずだが、我が社にはなぜかそれがない。
私は来年で勤続30年になる。もうそろそろいいんじゃねえか?
閑話休題。
実は私は去年この旅行券をもらっていたのだが、使い道には少々困っていた。
というのも、家族4人で交通費と宿代を入れて8万円で行けるような観光地は存在しない。
10年前に東京ディズニーランドに行った際も大いに散財して大赤字を出した。
ましてこの物価高の世の中である。
そのような折、高1の長女が学校から、「大学のオープンキャンパスに行きなさい」という指令をもらってきた。
私の母校も含めてちょっとした進学校になると「東大ツアー」なるものを企画して徒党を組んで行くらしいが、娘はそれには参加しなかった。
それにしても、年に二桁東大合格者を出すような学校ならともかく、年に1人いるかいないかなのにそんな企画組んでも…
で、まず近所の広島大学には行ってきたようだが、もう一つどこかへ、という話になった。
そこで私が、かつての志望校(落ちたけど)である京都大学へ連れて行くことにしたのである。
どのくらい旅費がかかるか分からなかったので、旅行券の発行元である某旅行会社に行って相談した。
すると、私と娘の二人で一泊二日だと、8万100円で行けるという。旅行券で8万円払うから、実際払うのは100円である。
こうして、「100円で京都に行く」という夢のような企画が実現したのであった。
個人的には、もう高校一年生なのだから、京都ぐらい一人で行ってもらいたいという思いはあった。
長女は海外(と言っても韓国だが)への留学に憧れているようだが、それ以前に空港に辿り着けない。
私の頃はオープンキャンパスなど行ったことがないし、入試の時は全部自分一人で行っていた。
まあ行けないものは仕方ない。2日休みを取って介添え役として同行することにした。
断っておくと、私は長女にどうしても京大に行かせたいとか、親の仇を取ってほしいとか、その種のことを強要する気はない。
一応成績自体は把握しているが、現状だと京大などとても無理だ。広大も厳しいと思っている。
ただ、このような機会はそうそうあるものではない。普段とは違う空気を吸って、何か刺激を得てもらえれば、という気持ちであった。
我が母校である神戸大学ではなく京都大学を選んだのもそのためである。京大はやはり違う何かを持っている。
長女はこの日は強行軍であった。
当日の昼に広大のオープンキャンパスに行き、夕方に帰ってきて身支度を整えてすぐに京大へ出発である。
困ったのは晩飯である。
どこかで食べるか、もしくは何か駅弁でもと思っていたのだが、店で食べるには少々時間が足りず、駅弁は軒並み売り切れである。
仕方がないので広島駅のホームのセブンイレブンでおにぎりやサンドイッチを買って当座を凌いだ。
まだ夜の8時だというのに晩飯難民になるようでは広島駅も大したことはないな、と痛感した。
京都駅に着いたのは夜の9時半である。
さすがにこの時間だともう居酒屋くらいしか開いている飯屋はないので、コンビニで適当に買ってきて済ませた。
京都駅はもう随分前に、古都には到底似合わない宇宙船のような駅舎に生まれ変わった。
で、大都市の駅に相応しく、構内は迷路のようである。
宿泊先のホテルは「ホテルグランヴィア京都」というJR系列であり、駅の中にあるらしいが、見た目が目立たないのでなかなか見つからない。
長いこと彷徨った挙句ようやっと辿り着いた。
で、一休みして風呂に入ろうと思ったのだが、シャワーが使えない。
カランは使えてお湯は出るのだが、シャワーが出ないのである。
仕方がないのでバスタブに湯をためて日本式で入ったのだが、翌日長女が同じことを言って困ったという。
フロントに聞いたらホテルの従業員のお姉さんがやってきて、「わかりにくいんですよ」といいながら説明をした。
カランの裏側にレバーがあって、それを上下させることでシャワーが出るようになるという。
昨夜レバーがあることには気付いていたが、そうやって使うとは思わなかった。注意書きくらい書いておけよ。
もう一つ文句を言うと、このホテルはやたら横に長い。
直近のエレベーターから何百メートルも歩かされてようやっと部屋に辿り着く。
多分京都には景観条例があって高い建物を建てられないから横に長くしなければいけないのだろうが、何とかならないのだろうか。
で、その割には眺めが良くない。12階だったのだが、駅の建物自体が邪魔をしている。
グランヴィア(広島の方だが)には結婚した時に随分世話になったが、この辺りは改善してもらいたいと願う。
ホテルの名誉のために一つだけ言っておくと、朝飯のバイキングは美味かった。
私はそうでもなかったのだが、長女はお腹が空いていたらしく目一杯堪能していた。
おかげで当日昼飯が要らなかったくらいである。
朝10時頃にチェックアウトし、いよいよ「京大ツアー」の始まりである。
荷物はホテルに預かってもらうことが出来た。これは有難い。
まず京都駅から京阪七条まで歩き、京阪電車で出町柳に行って、そこからまた歩いて大学構内に向かう。
大した距離ではないのだが、たったこれだけの距離なのに随分と暑くて汗が出る。
一つ思ったのだが、一応2回試験を受けに行ったはずなのに何一つ懐かしくない。
街並みにも見覚えのあるものは何一つないし、構内に入っても何だか初めて来たような気分である。
そう言えば30年以上前に受験をしに来た時は時計台も見ていないし立て看も見ていないし、折田先生像(※)も見ていない。
それだけ余裕がなかったということなのだろうが、これらを味わう余裕があれば結果も違っていたのかも知れない。
※折田先生像は「悪戯がひどいから」という理由で現在は撤去されて倉庫にしまってあるらしい。それはそれで寂しいものである。
まず行ったのは、「京大生と話ができる」という談話コーナーである。
待ち人の列が凄かったのだが、我慢して並んでいると思ったより早く順番が来た。
長女はまだ文理選択さえ曖昧で、精々「文系にしようかなあ」くらいであり、ましてや学部もはっきりと決まっていない。
ただ読書が趣味で毎日本ばかり読んでいるから、という理由で文学部の先輩と話をさせてもらうことにした。
長女は緊張していたらしく、何を言っているのか分からないようなか細い声で質問をしていたが、それでも相手のお兄ちゃんは親切に答えてくれた。
長女は今進路の選択に悩んでいて、「何を決め手にして進路を選んだのか」を主に聞きたかったようなのだが、彼は両親が史学者であり、昔から「歴史を研究したい!」という強い志を持っていて迷う余地などなかったらしい。
その後のイベントの「京大生座談会」でも話題に出ていたが、京大生は「これをやりたい!」という意思をはっきり持った学生が多いと感じた。
ちなみに私にも質問を振られたので、「自分は昔京大に落ちたのだが、何か特別なもの(才能とか勉強法とか)が必要ですか?」と訊いた。
彼曰く、「自分は30年分の過去問をやったのだが、文系数学は昔と比べてひねった問題は少なくなっている。高2までに基本(青チャート)を仕上げておけば十分間に合う。英語(英文和訳、和文英訳)や国語はひたすら書かせるので、その練習はした方が良い」と答えてくれた。
長女が「塾には行きましたか?」と訊いたところ、「塾には行かないでZ会をやっていた。3つの参考書に手を出すくらいなら1つの参考書を3回やった方が良い」というアドバイスをくれた。京大とは言わぬまでも、どこぞの大学を受ける時の役に立つことを祈るばかりである。
次に行ったのは、ホールで行われている諸々のイベントである。
最初に見たのは、サークル紹介である。といっても紹介されたのは2つだけであり、グライダー部とリコーダー同好会である。
そして合間に合気道部と吹奏楽部の部員の生活をスライドで流していた。
まあこの辺りは実際に入学してから考えれば良いのだろうが、ちゃんと学校に行って授業を受けているのには感心した。
某所に書いたが、私のいた神戸大学グリークラブには同期の法学部生が5名いたが、ちゃんと学校に行っていたのは(以下略)。
次に行われたのは、上述の「京大生座談会」である。
多分生協関係のサークル?の5名が集まって、京大での生活について話をするものである。
どちらかと言うと日常生活に関する話題が主だったのだが、そこかしこに意識の高さを垣間見ることができた。
「自分は勉強が好きなのだが、京大に来て初めて共感してくれる人に出会えた」と言っていた。
東京で遊びたいからという理由で大学を選ぶような連中に爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。
最後に見たのは、教授による講演である。
多分退屈な講義だろうなあと思っていたので全く期待していなかったのが、面白かった。
内容の詳細は書かないが、「予想」というものがあって初めて「実験」というものが成り立つ、というテーマである。
普段何気なく見ているものでも意外に気付いていないものが多い、という例として、
・(6種類の月のイラストを見せて)実際に有り得るものはどれか。
・大根の根っこの毛はどう生えているか。
・コンセントの左の穴と右の穴の大きさは同じか違うか。
実際に考えてみたのだが、意外に不正解が多い。
どちらかと言うと長女の方が正解率が高かった。案外見どころがあるのかも知れない。
その後構内を回って午後4時くらいに出てきたのだが、中身の濃い時間だったと思う。
私は思い出に時計台の写真を撮った。
門をバックに写真を撮っている人が何人かいたが、我々はやらなかった。
「受かってから撮りなさい」と言ってやった。
まあその日が来る可能性は限りなく少ないと言わざるを得ないが。
帰りは今出川まで歩いて同志社大学を眺めて地下鉄に乗って京都駅に戻った。
同志社大学も立派な大学である。また、現状の長女の学校の進学実績を鑑みると、こちらにお世話になる可能性が高いかも知れない。
それにしても暑かった。
鴨川沿いには等間隔でカップルが座っているという話があるが、さすがにこの日はいなかった。死んでしまうわい。
あとはお土産を買って晩飯を食べて新幹線に乗って広島に帰るだけである。
一番困ったのはお土産である。次女は抹茶とあんこがダメなので、京都土産を買うとなるとこの時点でもう詰んでいる。
仕方がないので大文字焼を象ったフィナンシェを買って帰った。
晩飯は2000円ちょいする肉まぶし(ひつまぶしのうなぎを肉に替えたようなもの)を食べた。
人気店らしいが、意外に空いている。
何故かと言うと、この日は琵琶湖花火大会なるものがあって、多くの浴衣姿の男女が京都脱出を図っていた。
そう言えば混雑で悪名高い京都のバスもこの日は案外空いていたように見えた。
帰宅した後、長女は奥さんにこの経験を熱く語っていた。
私が考えていた目論見はどうやら成功したようである。
この日のことが彼女の人生にとってエポックメーキングな経験になってくれれば、親としては何も言うことはない。