8/20 顔のない天使

深い夜の闇の中に、
隠れようもない銀ヤンマ、
顔のない天使たちが、
荒涼とした大地に降り立っている。
プラチナの仮面の下に
秘められた悲哀のために
貴方の涙は乾くことがないのか、
永劫がその魂の奥底から語りだすように
理想の愛の神が、
貴方の涙の数を数えているだろうか、
偽りごとの言葉のために
貴方の愛は揺るがせとなり
食い荒された身体だけが持て余されていて、
貴方はそれを見ているのか、
空の高見には、
禿鷲どもも舞っているではないか、
残酷な偽善者のように。


芸術家

彼は、美しい芸術家で、
右手に白い杖を、いつもにぎっていた。
春には、レンゲや菜の花の
いかに可憐に咲くかを歌い、
夏には、アスファルトに揺らめく陽炎のことや、
わずかな雲の形の変化を模写し、
秋には、渡り鳥や月の
つめたく切ない思いを歌った。
冬になると彼は、ふきすさぶ吹雪の中で、
吐血して死ななくてはいけなかった。
例えばそれは、
サーカスの軽業師が、ロープから足を踏み外す瞬間を、
人々が期待するのと同じことのように思えた。
しかしほんとうは、彼は、
この世界全体を愛していたのではなく、
ただよりよく目を開くことに、
長けていた、だけなのだった。


9/22 孤独なアイロニー

鍵の無い夢の中を、
虚ろな眼差しで覗き込み、
遙かに見渡せる地平の果てまでも
追いかけようとしている。
深い闇の中に蠢いている餓鬼の様に、
浮遊する幽霊達が、
偽りの誘惑に胸を時めかせて、
引き返すことの出来ない未来へと遊んでいる。
寂れた町の寂れた風景に、
馴染み始めた大人と子供
涙も出ないほど傷つかない心、
傷心の路上のアスファルトの上に、
白いペンキを塗り付けている。


4/11春の日の雨上がりに

壊れた時間の秤が、
言い表せない孤独を導いて来る。
今より後、
私の前に狂った様な桜の花びらが、
幾度か舞い降りて来て、
私は、薄い敷物を踏みにじる、
花びらの一枚一枚が、泥の中で
汚されていく、
もしかしたら、
美しい花びらなど
初めから、
無かったのかもしれない。


5/21紫陽花

七色の花の柄に
雨降りて
匂いなく、
遊び来ぬ、胡蝶なし
たが為に咲き濡れぬ
紫陽花の花