宮島の還暦記念行事
宮島小・中学校卒業生の最大の記念行事無事に終了することが出来ました。皆さんのご協力に感謝します。

宮島小・中学校十六期卒業生は132名でした。後に同窓会に加入した3名を加え島内最大の同窓会となっています。現在95名の所在を確認しています。既に他界した同級生が多数います。心からご冥福をお祈りします。北は北海道から南は九州福岡まで全国に点在していますが、その8割の同級生が、宮島周辺県にいます。現在島内には23名が定住しています。還暦記念行事には45名の参加者がありました。内6名が特別参加者でした。人生の折り返し点である「還暦」を迎えられ、益々健勝で安息の日々が送れますよう「厳島大明神」に祈願いたしました。


厳島神社参拝と記念植樹風景


40年ぶりの再会です
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昔話に花が咲きました


御島廻り式

「御島廻り式」は、古式に則り厳島神社の末社7社を巡拝する行事です。そのハイライトが「御鳥喰い式」です。「御鳥喰い式」は、厳島大明神が鎮座地を求めて島を巡った際、神鴉が先導したという伝説にちなんだものです。参加者には前日から精進潔斎が求められています。神鴉が穢れを嫌い「御鳥喰い式」に現われないからです。
宮島小・中学校卒業生の会では、還暦や喜寿のお祝い行事として「御島廻り式」をしています。

「御島廻り式」では、参拝者の船は御師(オシ)と伶人(レイジン)が乗る御師船(オシブネ)に先導されて出航します
御師は神事の一切を取りしきり、伶人は笙(ショウ)を奏します。御師と伶人は清衣(ジョウエ)を身につけます。この清衣は神聖とされる祭事のみに着用するそうです。

杉之浦浜に到着すると、榊に注連縄をはった「茅の輪」を、御師に続いて参拝者もこれをくぐって杉之浦神社に参拝します。供饌のあと祝詞をよみ、お祓いし、神饌をさげます。神饌は、春日台に、洗米、水、小魚の三品をのせたものです。この作法は七浦神社全てに共通した形式です。

杉之浦を出発して包ヶ浦にむかう途中、伶人は海水を一杯汲みます。この海水で米の粉を練り団子を作ります。
包ヶ浦神社は、岬の先端通称だんご岩の上に在りますので、神事は船上で行われます。

次に鷹巣浦神社腰少浦神社にお参りします。本来は上陸して参拝しますが、船上から拝みます。

腰少浦をへて青海苔浦にむかう途中、伶人は俵型の6個のシトギ団子を作ります。青海苔浦に到着すると、上陸して「茅の輪」をくぐり青海苔浦神社に参拝します。

青海苔浦を出発すると、御師はシトギ団子をイチゴの葉の上に置き、三本の御幣を立てたシトギ板の上に乗せます。伶人は次の養父崎神社までショウを奏します。

養父崎神社沖に着くと、船上で神事が行われ御鳥喰い式の始まりです。御師はシトギを海に浮べ、伶人はショウを奏します。神鴉にシトギ団子を神社に運んでもらうために、伶人はショウを吹き続けます。神鴉は餌付けしているわけではありません。出るか出ないかは参加者の心がけとおカラスさんしだいです。その時の状況に応じて全て御師の判断で式は行われます。御師が海上のシトギを裏返すと神事の終了です。

次の山白浜神社は、船上からお参りします。須屋浦神社は上陸して参拝します。須屋浦を出て、御床神社に拝礼して内侍岩に向かいます。内侍岩では、伶人が御幣を投げます。

網の浦桟橋着後、徒歩で大元神社に参拝し、「直らい」後、徒歩で厳島神社本社に帰りました。厳島神社では、御島廻りを報告し、ご祈祷を受け、お神酒をいただき、全ての行事が終了です。
「御島廻り式」は、厳島神社の元始にさかのぼる祭事です。御師から御師にしか伝えられない所作は、厳格です。参加者にも精進潔斎が求められます。
本来人の住むことが許されない神の島「厳島」に生まれ育った者が、「おガラス信仰」の歴史に触れることは大切な事です。
今回、「おガラス」さんは養父崎神社の周りには出ましたが、夏休み最後の日曜日で、釣り船や海水浴客に邪魔されて、残念ながら「上がる」ことは有りませんでした。

このHPは。宮島小・中学校16期生還暦記念に関する情報の共有化を目指すページです。