「宮島管弦祭」
―地御前からの視点― |
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宮島管弦祭の歴史は平安時代に遡ります。当時、都で流行した船遊びをモデルに、平清盛が始めたと言われています。厳島の神が、年に一度、対岸の地御前神社にお参りする行事ですが、地御前の人々には、里帰りしていた厳島の神が、宮島に帰られる祭事だと言います。なぜなら、地御前神社が厳島神社の母神様だからだそうです。
厳島の神は、当初地御前神社(外宮社)を拠点としていました。宮島は、島全体が神の宿る聖地・聖域で、人はおろか社殿すら造ることが許されませんでした。海中に建てられた厳島神社(内宮社)に、地御前神社から神職がおもむき祭事を行いました。室町時代、人が住む事が許されるようになり、事態は一変します。社殿も大改造され、その拠点が厳島神社に移行したのです。
地御前神社母神様説は、地御前の人々の、意地と誇りが生み出したようです。
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| 宮島管弦祭は毎年旧暦の6月17日、潮の干満時刻に合せて執り行われます。 |
| 朝、満潮時御座船は大鳥居沖合いに引き出されます。 |
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| 午後6時、潮が満ち潮に変わるころ御座船は宮島を出発します。 |
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| 約1時間で地御前神社沖合いに到着しますが、潮待ちのため沖合いに停泊します。午後7時頃 |
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| 地御前神社周辺にはたくさんの屋台店がでて、大変に賑やかです。 |
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| 提灯に火が灯され御座船にかがり火が焚かれると、いよいよ御座船の到着です。午後7時30分頃 |
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| 観衆で埋め尽くされた海岸に御座船は到着します。祝詞や雅楽の演奏が約1時間あります。 |
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| 東の空に満月が昇ると御座船は宮島に帰って行きます。午後8時30分頃 |
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| 宮島の管弦祭が年々寂れて行くなか、地御前神社の管弦祭は大変賑やかです。屋台店はありますし、人出も多く、地域のお祭として定置しているようです。皆さん、管弦祭の予定表を見ながら、満月の月明かりに照らされた御座船を見送って祭は終了しました。 |
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