「宮島に女性支所長誕生」

 宮島に女性支所長が誕生しました。宮島の行政のトップに、女性が登り積めたのは宮島町史始まって以来の出来事です。宮島には女性蔑視の歴史がありました。女人は入山禁止、島内では出産禁止等。一方では、男の身勝手が「厳島大明神嫉妬説」を生み出しました。
 江戸時代広島藩は、宮島を屈辱するために、市内の遊郭を移設しました。本川から番船に乗って男達が神の島に遊びに来たのです。男達の都合で、夫婦でお参りできない厳島にしてしまったのです。

 町家通りに残る古家には、女性の悲しい歴史が刻まれています。「年切り奉公」に出され、病に倒れた女性達。この世の地獄から逃れ、この世で成仏出来るよう、弥山への参道整備に「遊女の石畳」として残る寄進をしています。
時代は変わり、男の横暴を許さない時代になりました。近年、厳島大明神の御前で結婚式を挙げるカップルが急増しております。
 「夫婦和合(体+心)すればこの世で極楽浄土の道を歩める」という教えや、「形あるものは壊れる、形ではなく心が大切である」といった教えが息づいている島です。
宮島の経済を支えているのは女性達です。旅館や小売店の女将さん、家庭を守り、稼業を営み、伴侶を支える姿があちこちで見られます。
「宮島から嫁をもらえ、宮島には嫁にやるな」と揶揄されてきましたが、女性が生き生きと、たくましく生活できる島なのです。
 昔から、宮島は静と動が一体化しています。夜の静寂は、神が住む島にふさわしい佇まいです。
朝、静が動に変わる瞬間、島が息づき始めます。鳥の鳴き声や生活音、人のざわめきが醸し出すハーモニーが、朝を迎えられた喜びの歌を歌います。その歌声で、島が躍動し始めます。
この歌声は、島に住み生活する、早起きする人への厳島の神からのプレゼントです。
 「年切り奉公」明けを待ち望んだ遊女達も、きっと聞いた歌声です。

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