「白糸川砂防事業計画」
―60年ぶりの山津波― |
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台風14号は、昨年厳島神社に甚大な被害をもたらした台風18号と同じ、山口県側を北上するという、宮島にとって最悪のコースを通りました。宮島では、台風以外で北西の風が吹くことはほとんどありません。大鳥居に向かって吹く北西の風は、海水面を上昇させ、高潮をもたらすからです。台風14号の接近にともない、厳島神社では、床板を外し、ロープで固定して床の流失を防ぐ対策がとられました。商店街では、排水の為の消防車両が配置され、万全な対策がとられていました。
東の風が西向きに変わった午後10ごろ、雨水のマンホールから逆流水が溢れ始めました。必死の排水作業にもかかわらず、大潮の満潮と重なりあって、商店街はみるみる床上まで潮が上がりました。繰り返される高潮災害で、護岸の整備は進みましたが、雨水や汚水の逆流防止がなされて無いために、この度も高潮による被害を防ぐ事は出来ませんでした。高潮は発生しましたが、厳島神社への被害はほとんど有りませんでした。参拝も出来ますし、商店街は平常どおり営業しています。 |
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| 高潮対策に翻弄されているころ、弥山中腹では大変な事が起きていました。台風14号は、進行速度が20`前後で遅く、風台風というよりは、雨台風でした。雨量は1日に350ミリを超え、大粒の雨が途切れることなく降り注いでいました。 |
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| 午後10ごろ、地鳴りとともに山津波が滝町、中西、久保町地区を襲いました。予想だにしてない事態に、ほとんどの町民は町内放送で事実を知りました。「自主避難」「避難勧告」「避難しないで2階に避難しなさい」町内放送で繰り返される指示の変更が、事態の緊急性を良く表しています。停電にならなかったこと、近所の皆が声を掛け合った事、町内放送で繰り返し情報を放送した事等で人的被害を出す事は有りませんでした。「10時過ぎ、ドドッと云う地鳴りに驚いて外に出ようとしたが、道路は泥水とともに流木が流れていて、逃げ出すことが出来なかった。2階に避難するしかなかった。そのうち泥水が土砂に変わり、ゆっくり土砂が流れはじめ、あちこちの家の中に流れ込んでいった」と、その時の恐怖を証言しています。 |
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| 翌朝現場に行くと、滝橋に巨木や流木が折り重なり、ちょうど砂防ダムの働きをしているようでした。溢れた土砂が流失しただけだったので被害を最小限度に抑えられたのではないでしょうか。白糸の滝の下流には大量の土砂が留まり、多くの土石はまだ流出しないで残された状態にあるようです。 |
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山津波は、弥山中腹十二丁目の幕岩付近の斜面の崩壊から始まり、X型の谷間を削る鉄砲水となって一気に白糸の滝におしよせています。崩落はいまも続いています。対岸の宮島口から見ると、はじめ宮島が泣いている涙ほどのように見えた崩落場所が、今ではザックリ切られた傷のようになり、その傷は、日に日に長くなっているようにみえます。世界遺産としての島の景観が壊されていくのは大変悲しい事です。 |
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| 宮島における山津波の歴史は、260年前の元文年間までさかのぼることができます。今日まで、大小さまざまな山津波が繰り返し起きています。滝町の名前は「滝のように水が流れる地域」に由来しているかもしてません。あたかも火砕流が発生した水無川と同じ様に、古人の警告だったと思われます。大正15年9月にも、厳島神社が土砂で埋まる水害が起きています。終戦直後、史上最大の山津波が起きました。 |
| 今から60年前、昭和20年9月17日、枕崎台風による豪雨で、弥山山頂付近より発生した崩落が、山津波となってもみじ谷川、白糸川をくだり、厳島神社を直撃しました。社殿は土石や流木で埋まり、その量は膨大で、土石の搬出だけでも2年の歳月を必要としました。現在清盛神社が祭られている西の松原は、その時の搬出土で造られたものです。この時の山津波は大元川でも起き、大元公園が土砂で埋まり、大元神社も倒壊したと記録されています。 |
| 海抜530bの弥山は、かなり険しい山すそが海岸まで続いています。厳島神社は、もみじ谷川、白糸川、大元川の河口に造られ、地理的に山津波の被害を受けやすくなっています。「厳島神社を守ることは、山の保護なくしてありえない」と云われ続けてきた理由がそこに有ります。しかし宮島の山は、この数十年で一変しました。松くい虫で松はやられ、倒木は処理されることなく放置されたままです。山津波は起きるべくして起こったと言っても言い過ぎでは有りません。 |
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| 花田裕さん撮影 |
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| この度の山津波では、滝町、中西、久保町地区の民家が盾となって、厳島神社への土砂の直撃を防ぎました。しかし白糸川上流には、1万リューべ以上もの膨大な土石が残されたままになっており、豪雨による2次災害の発生が大変心配されています。天災であるから仕方が無いと言い訳をするのではなく、山津波は、繰り返し起きている事実を認めて、対策をなおざりにしていた当局者はその責任を認めるべきです。今後、被災地区住民の避難施設や、長期化するであろう避難生活をどのようにサポートするのか、早急な対策が求められています。 |
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| 今後の課題 |
| 宮島における山津波の発生史には、符合する事がたくさん有ります。それは「9月、台風、北西の風、豪雨、高潮、午後10時」です。この因縁めいた発生状況は決して忘れてはならないことで、後世に語り継がねばなりません。なぜなら山津波は忘れた頃に必ずやって来るからです。 |
| 現在、被災地区の土砂の搬出に、包ヶ浦最終処分場が使われていますが、本格的な搬出先として十分とはいえません。大型重機や車両の使用を考えると、水族館沖合いの埋め立てを考えてみる必要があるのではないでしょうか。又、白糸の滝下流に砂防ダムを造る案も浮上するでしょうが、治水の為にコンクリートの防災ダムを造らせていいものでしょうか。治水とは何かもう一度考えてみるべきです。「厳島神社を守ることは、山の保護なくしてありえない」のですから。 |
| この度の山津波の発生で、宮島にも気品のある素晴らしい滝があることを知りました。霊験な場所として大切にしなければなりませんが、公園地として整備できないものか、又露出した幕岩の大きさには改めて驚かされました。信仰の島としての役割、観光の島としての役割、世界遺産の島として、「貴方達は子々孫々に何を残そうとしているのか」を問い直す事が、今まさに町民に課せられた宿題です。 |
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| 白糸川砂防事業計画(その1) |
| 広島県は緊急砂防事業の一環として、白糸川上流に1号えん堤(高さ9b幅45b)、白糸の滝下流に2号えん堤(高さ10b幅74b)の巨大な砂防えん堤を建設しようとしています。1号えん堤は弥山原始林の中心で、天然記念物に指定された植生や、万葉集で歌われた山鳥の生息地につくられます。「原始林を守る景観工法」だとか「庭園砂防方法」だとか言われていますが、はたしてそうでしょうか。 |
| 昭和23年、GHQの命令で、「史跡名勝厳島災害復旧事業」の一環として、もみじ谷川の渓流工事は始まりました。もみじ谷川砂防工事は、上流の通常砂防と、中・下流の庭園砂防に分けられ、15ヶ所の石積えん堤と、もみじ谷公園で形造られています。「巨石、石材に手を加えない」「コンクリート面を野面石で覆う」「樹木を切らない」「現地の石材を使用する」という精神で工事が行われました。現在、石積えん堤は周辺の自然や景観に溶け込み、土石流の再発防止と宮島にふさわしいえん堤になっています。砂防施設を含む地域が、世界遺産に登録されたのは初めてのことであり、世界的にも有名な、日本を代表する砂防整備事業となっています。 |
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| この度の緊急砂防工事計画は、”目立たない、周辺の自然に溶け込むえん堤”だとはとても思えないどころか、非常に目立ち、景観を壊してしまうのではないでしょうか。工法も、宮島の自然環境を破壊し、貴重な動植物を絶滅させる危険すらあります。先人達が残した、世界的にも有名なもみじ谷川砂防工法の精神を踏みにじるものと思われます。これでは、宮島を危機管理世界遺産にしてしまう心配があります。 |
巨大な砂防えん堤の建設は、「自然は人間がコントロールできる」という誤った価値観から生まれています。自然をコントロールするには限界があることを知り、「土石流は忘れたころに必ずやってくる」ことを前提として、計画案は作るべきです。なぜなら50年後100年後に、土石流は巨大えん堤を巻き込み人々を襲うからです。弥山は風化しやすい花崗岩でできています。花崗岩は、直角的な節理が発達して、立方形に割れやすい性質を持っています。風化や浸食で、弥山の岩石はいつ大きく割れ落ちるか解からないからです。
緊急砂防工事だとはいえ、宮島の歴史を刻む大工事です。「貴方達は子々孫々に何を残そうとしているのか」を問い直すことが、今必要なのではないでしょうか。 |
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| 白糸川砂防事業計画(その2) |
2月8日に、廿日市市役所で「白糸川下流域道整備技術検討会」が開催されました。下流域というのは、白糸の滝下流に造られる2号えん堤から、さらに下流の185bの流域を整備するための検討会です。この度の検討会に、2号えん堤や上流の渓流に造られる1号えん堤が、検討の対象からはずされるのはなぜでしょう。
検討会では、もみじ谷川渓流砂防工事を高く評価する意見が続出しました。白糸川下流域185bの範囲に、ミニもみじ谷公園を再現することで意見は一致したようです。 |
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| 景観や周辺環境を配慮するのは、185bの範囲の下流域のみで、上流えん堤や流域は、検討すらしないで工事をはじめるようです。高さが13bの白糸の滝のすぐそばの下流に、高さ10b幅74bの2号えん堤は造られます。大野瀬戸から白糸のように見える景観が、巨大なコンクリートのえん堤に変わるのはもうすぐです。もみじ谷渓流景観という共有感性があるにもかかわらず、コンクリ―トのえん堤を、見る人の感性にその判断を任せるのは責任放棄です。 |
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| 日本を代表する砂防整備事業のすぐそばで、技術も能力もありながら、最悪な砂防工事が行われようとしています。これも歴史の皮肉かもしれません。もみじ谷川渓流砂防工事は、GHQという外圧があったからこそ出来た工事でした。 |
| 世界遺産の宮島を抱える市長の宿命として、この度出来るえん堤は「山下えん堤」と呼ばれるようになるでしょう。これを伝え聞き、見て、孫やひ孫は育ちます。 |
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| 白糸の滝下流に造られた2号えん堤です。(平成19年元旦撮影) |
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| 平成20年3月工事完了です。「素晴らしいえん堤が完成しました」 |
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