3年間の結婚生活の終わりの日は晴れていた。
 引っ越し用の車を借りてきて、わずかの荷物を積めば済んだ。自分の本を持っていこうとすると、「それも持っていくの?」と妻が悲しそうに言った。ぼくは、常時酩酊気分の身だから妙に気分はハイで、何一ついいことしてあげられなかった人の気持ちを推測することなどなかった。「ああ、これからは女房の目を気にしなくて飲める」という解放感があった。
 「それじゃ、世話になったね」と言って車に乗ろうとすると、2歳半になる子供(男子)が一緒に乗りたいという。「おとうさんは仕事だから」と子供を下ろし発車した。バックミラーに映る子供の姿が小さくなっていく。さすがに泣いてしまった。

そして、半年くらいたった時だったか…
 子供とは会わないという約束だった。しばらくは「明日の飯」だけで振り回されて、思い出すことがなかったが、少し小銭がたまり余裕ができると会いたくなった。ときどき、子供の通う保育園の側まで行って遠くから眺めていることもあった。
 ある日、とうとうレンタカーを借りて会いに行くことにした。しらふで行く勇気がないので当然飲んだ。車を走らせながら飲んだ。子供たちの住む借家まで行き、強引に子供と別れた妻を連れ出した。昔よく行ったレストランに行き、食事をしたがそのときもぼくは飲んだ。その夜、何を話しどのように別れたのか覚えてないが、彼らは酩酊運転での送迎を避けてタクシーで帰ったに違いない。
ぼくはもうかなり酔っていた。気が付くと(途中の記憶がない)、交番の前にいた。乗っていたレンタカーの左ドアがなくなっていた。途中ドアが開いて何かに当たってちぎれ飛んだらしい。警察の人たちは、「証拠品」として「ちぎれたドア」を探しているようだった。そして、いまでも不可解なのだが、ぼくはそのまま釈放された。レンタカーの会社からも何の請求が来なかった。もし、開いたドアが人に当たっていたらと思うと、ぞっとする。
 しばらくして、何かの便りで、あのレストランの前を通るたびに子供が「おとーしゃん」と行って泣き出すと聞いた。その後、子供たちには会いに行くことはなかった。

[追記]
二度目の入院をしているとき、別れた妻に未練たらしい手紙を書いたことがある。返事が返ってきた。「あなたは恐怖そのものでした。」
しばらくショックだったが、その言葉が自分を夢から覚まさせ、現実に戻してくれた。
退院後、一度喪失した運転免許を取り直し働いて、毎月欠かさず仕送りをしたおかげで最低の信頼を得たのか、昨年、子供の意志で15年ぶりに会うことができた。彼が自分で探して宿泊しているホテルに、朝、迎えに行った。眠そうな目をして階段をおりてきた。背丈はぼくより10cmは高く、「おとーしゃん」と言って泣いた子供の面影はなかった。
「おやじ、老けたねえ」彼が最初に言った言葉だった。