僕は思う
獣の皮を剥いだ石の刃を
史上はじめて仲間の胸に刺した者は
どんな人間だったであろう

おそらくカインではあるまい
憎悪と怨念だけでは殺人は始まらない
もっと違う何か
取るに足らない些細なこと

耳元で散った枯葉の笑い
あるいは飛び去った鳥の糞
張りつめた氷の池に歯が落ち
黒い感情は狂気へと飛躍した

そのとき人間の遺伝情報は変わり
狂気は狂気を増殖し
国と国が張り合うように
互いに競い合って成長した

ある思想家が言った
《戦争により人口は調節されてきた》
彼もまた正当に狂気を受け継いでいる
生き残る者はどんな理屈もこねられる

ある政治家が言った
《正義のための戦争は是をよしとする》
旗の色は変幻自在だが
旗を持って死んでいくのは彼ではなかろう

ある科学者が言った
《科学には発見の驚きと喜びがある》
探し当てた宝は美しかろうが
シェルター内の研究室に閃光は届くまい

有名になればなるほど
偉くなればなるほど
生活も言葉も豊かになって
狂気の衣も綺麗になる

僕は決して出世すまい
万年平で平凡で平和を愛す
戦争で発達した文明の利器なら
旅をしてもジェット機には乗るまい

ああ 軽やかな軍隊行進曲に調子づいて
無邪気な乳母車が走り出す
銃声の音でひっくり返り
赤ちゃんが坂を転がっていく

猛々しい言語の飛び交う
イデオロギーの熱い風の下で
蠢動の喜びを覚えたばかりの
透きとおった芋虫が痙攣を起こす

人並みの春はいらぬ できるなら
七転八倒する棺の闇の中
修行に耐えて忍びとなり
世界中を暗躍したい

世界中のあらゆる兵器を解体し
設計図を焼き払い
技術者の脳味噌を吸い取り
製造者の手を鎖で縛りたい

空軍基地には逞しい芋を植え
翼に蔓をからませる
荒海には敏感な藻を茂らせ
戦艦のスクリューに巻きつける

もし 僕が未完に終わろうとも
牝豚を孕ませてでも
僕の子を誕生させ
その子に務めを果たさせたい

極楽があるという西の彼方に
夕日が沈むとき 僕は思う
長い同類殺戮の夜が明けて
人類最後の殺人が終わった朝

世界は静かだろう その静けさは
一〇〇年の嵐の果てに辿り着いた
平和な空の青さ それとも
殺人を犯す者さえ殺された廃墟の静けさ
僕は自分の知恵を信じれるだろうか
僕は人類の知恵を信じれるだろうか
新しいいのちの実りを
恐れもなく祝福できるだろうか