映画

時事

介護
生の作法
 男女共同参画
地域
ヒロシマ
HOME
   
■ とても映画
 
2010年
 02.01 マイケル・ジャクソンThis is it.
2009年
 12.06 母なる証明
 08.14 私は猫ストーカー  10.07 病院
 05.25 ウェディングベルを鳴らせ  06.25 精神
 04.09 びん(漢字が見つかりません)  04.29 東洋宮武が覗いた時代
 02.27 彼女の名はサビーヌ  03.24 ホルテンさんのはじめての冒険
 01.28 英国王給仕人に乾杯!  02.06 心理学者 原口鶴子の青春 
 2008年
 12.16 呉清源 -極みの棋譜
 11.18 ブロードウェイ  12.01 ワンナイト・イン・モンコック
 10.15 パークアンドラブホテル  10.24 コロッサル・ユース
 08.07 チェブラーシカ  09.01 それぞれのシネマ
 06.14 キンキーブーツ  07.05 シークレット・サンシャイン
 04.25 非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎  05.15 愛おしき隣人
 03.27 落穂拾い  03.27 ジェリーフィッシュ
 02.27 胡同の理髪師  03.04 ≒草間弥生 わたし大好き
 02.05 晩菊  02.14 コリアン・オムニバス・コレクション
 01.04 中国の植物学者の娘たち  01.15 ジャーマン+雨 
 
 2007年

 12.21 愛の予感  12.03 4分間のピアニスト
 11.20 私のなかのヒロシマ-妻の貌  11.14 タロットカード殺人事件
 11.03 ミリキタニの猫   10.30 こんなに近く、こんなに遠く
 09.30 めがね  09.11 ひめゆり
 06.19 孔雀-我が家の風景  05.30 赤い鯨と白い蛇 
 05.20 あなたになら言える秘密のこと  05.03 善き人のためのソナタ
 02.11 ダーウィンの悪夢  01.26 ある子供
 01.20 イカとクジラ  01.01 エコール
 
 2006年


 12.31 麦の穂をゆらす風  12.06 トンマッコルへようこそ

 


マイケル・ジャクソン This is it. ケニー・オルテガ監督/アメリカ/2009

忌野清志郎が亡くなった後、彼の歌を聴いては、「一度くらいライブに行っておけば良かったなあ」と悔やんだ。生きていた頃は、そんなに熱心なファンではなかったのに。そして、マイケル・ジャクソンが亡くなったときは、横目で放映される芸能ニュースやビデオクリップをちらりと見るだけだった。かつて、彼のコンサートを観たことがあるのに。またこれでマイケル・ジャクソン関連グッズが売れるだろうなとぼんやり思いつつ。

来日公演を観に行ったのは、1988年のことだ。ファンクラブの会報を手伝っていた友人に誘われて、チケットを取るのは至難の技だという東京ドームコンサートに行くことになった。そこで、マイケル・ジャクソンについてにわか勉強を始めた。大量のプロモーションビデオや書籍等を借りて、熱に浮かされたようにどっぷり彼の世界に浸った挙句、コンサートに詣でた。どうしても陳腐な言い方になってしまうけれど、素晴らしい夢の世界からの使者で、彼はこの世の人間じゃないという感じだった。絢爛豪華なステージ上の豆粒のような、遥かかなたにいるマイケル・ジャクソンは、非現実的でもあり、歓声を挙げたり、熟視していないと一瞬で消えそうな気もした。

この映画を観る気になったのは、娘や数人の若い人から、「ナマでマイケル・ジャクソンのステージを観られたなんて羨ましい」と、やたら言われて、急に20数年前、社宅で子育て中の自分を思い出したからだ。50歳になったマイケルは、わずかに声量や動きに違いが出ているらしいけれど、ダンスや歌にズブの素人の私には、当時のマイケルと変わりなく完璧に思える。懐かしいというより、どんどんバージョンアップされており、甘美で魅惑的だ。客を喜ばせること、日常を忘れさせることを徹底している最高のエンターティナーであることがよくわかる。

噂にもとづく醜聞報道にまみれた人だったが、それは彼がマッチョなアメリカがいかにも嫌いそうな人間だったからだと思えてならない。児童虐待疑惑、繰り返される整形、薬物依存…黒人でも白人でもない、男でも女でもない化け物のような存在だと貶め、その死さえもガイコツのように痩せて、グロテスクだったと報じられる一方で、絶大な人気は衰えない。私達はマイケル・ジャクソンを消費し尽くしてきたんだなと思う。つる女房が覗くなと言うのに、覗かずにはいられなかったよひょうのように、このリハーサル映像を観てしまった。「もっと、もっとマイケルを観たい」という欲望に駆られながら。


 


母なる証明 ポン・ジュノ監督/韓国/2009

この映画の邦題には、どうも違和感を覚える。「母」というものは、こういうもんだよというステレオタイプなイメージを押し付けられる気がするから。それにしても、母親役のキム・ヘジャのきりっと引き締まった意志的な顔には、インパクトがある。働き者で辛抱強く、子どもへの愛情にあふれた母を演じるにはぴったりだ。「韓国の母」と言われるくらい、多くの母親役を演じてきた女優らしい。

しかし、彼女はこの映画で単に「母」の慈愛や、溺愛することの愚かさを表現しているわけではなかった。「母」と呼ばれる女の根っこにあるヘドロのような澱、キレイでも理知的でもない不可解な激情を、スクリーンの前に抉り出して見せたのだった。そのおぞましい異物は、私にも思い当たるものだったので、息を呑んで見つめるしかなかった。

彼女が自分の内面をじわじわとほどいていくのが、踊るシーンである。ゆらゆらと身体をゆすり、無我の境地で踊る彼女の顔にひきつけられる。夢を見ているような、この世の外へ出てしまったような女に見える。冒頭、辺り一面にすすきが生い茂る原っぱで、たった一人茫洋と漂う姿は、まるで山姥のようでもあるが、同時に生々しい情念が見え隠れして、凄みがある。さらに終盤の、バスの中で女達と踊る場面は秀逸だ。彼女は逆光に照らされ、激しく揺れるシルエットで描かれる。振動するその影に、生への渇望と絶望が錯綜して胸が詰まった。

地獄の蓋を開けて、異界へ駆け出してしまった女の話であった。彼女のどよんとした澱とは何か、不可解な異物とは何か、そしてそれが「母」とどう結びついているのか、その謎を投げかけたまま映画は終わる。子どものためには何でもやり、悪魔に魂を売ることもいとわない「母の業」は、凄まじい。それはどこからくるものだろうか。軽蔑し、顔をそむけることはたやすいが、そこへ陥ってしまう誘惑に「母」という存在は、近づきやすい。私たちはそれを知っているから、キム・ヘジャの演じる「母」にどこか懐かしさを感じ、切なくなってしまう。

客席は、息子を演じるウォンビンのファンとおぼしきおばちゃんたちでいっぱいだった。彼女達は、キム・ヘジャの「母」に何を見たのか。とても気になる。


 


 病院 フレデリック・ワイズマン監督/アメリカ映画/1970

『精神』を観て以来、あの映画の様々なシーンがときおり目に浮かぶようになった。何かが、私にとりついたのだろう。夏の後半、数本の映画を観たけど、どれもどこか遠くで煌めいているような離人症的な感想しか持てない。私の周辺だけぽっかり穴があいたような妙な気分が続く。そんなとき、「ワイズマンを見る/アメリカを観る」という上映特集を見つけた。たしか金井美恵子が絶賛していたのが、フレデリック・ワイズマンで、いつか観たいと思っていたのと、『精神』のドキュメンタリーの技法は、彼が一貫してやってきたものだということから、東京で一番苦手な街、渋谷へゴーとなった!

本当は、『チチカット・フォーリーズ』が観たかったのだけど、スケジュールが合わずこの『病院』を観る。40年も前の白黒フイルムで、ひどく昔の映画の感じがするが、ズーンと画面に引き込まれた。いきなり、手術のクローズアップから始まった。無機質な部屋の台に載せられた患者の体。腹が切り裂かれ、内臓がにゅっと飛び出し、医師達の手袋をはめた指が仕立物屋のように行き交う。傍らのモニターやポンプの機械音が規則的に響く中で、淡々と手術は進行していく。いやおうもなく観客は、目の前に現れる一つ一つのシーンを凝視せずにはいられない状況に追い込まれるのだ。

こうして、ハーレムのとある大病院の日常が、隅から隅まで提示される。医師、患者、付添い人、看護師、ソーシャルワーカー、警察官、掃除人、給食センターの職員・・・。この巨大組織に関る全ての人の姿が、ナレーションや字幕など一切の説明なしで目前に映し出されるのである。それは退屈どころか非常にスリリングで、私達はひたすら観ることに没頭することになる。そして、ただ観ることの快楽、面白さを発見するのだ。

じっと見つめること、つまり観察することにドキュメンタリーの核がある。アラーキーが自らの写真を語るとき、そんなことを言ってたな。観ることによって、非常に個人的な問題があぶり出しのように湧き出してくる。その意味を考えることで全体の輪郭が立ち上がってくる。それが、観ることの醍醐味であり、喚起力なのだと思う。つまり、映画を観終わった時点から、観客は自分のテーマに取り組み始めることになるわけだ。


 


 私は猫ストーカー 鈴木卓爾監督/日本/2009

このところ映画を観ない日が続いていた。映画を観て、しかめつらしくまたは意気込んで文章を書く自分に嫌気がさしたのだ。でも、思ったことがうまく書けないのは今に始まったことではない。それより、映画を観るという行為が変にパターン化してきて、ヤバイ気がする。ここらで仕切り直しをしなきゃ。

と言い訳をしつつ映画をさぼって散歩にせいを出していたのだが、この暑さで顔見知りの犬やノラ猫になかなか遭遇せず、たまに見かけてもへばって寝ているばかり。人間でもこの湿気と暑さはこたえるのだから、毛皮をまとう彼らの辛さはいかほどだろう。

このよ
うに、最近犬猫に出くわすと、彼や彼女の顔をしっかり眺めずにはいられない。物言わぬ犬猫は、その目、鼻、耳や態度で私に、様々な心情を伝えてくれていると感じ、しゃべりかけている。また、野鳥を見れば、鳥と遊ぶための笛をピーピー鳴らし、歩く姿はまるでハーメルンの笛吹きおばさんだ。

夏になる前に顔見知りの犬アミが死んでしまった。こここ五年の間に、何匹かの馴染みの犬猫を見かけなくなったが、このアミは唯一飼い主と親しくなった犬だ。畑仕事をしているおじいさんのそばでのんびり座っている姿や、布で丁寧に身体を拭いてもらっているのを見かけるうちに、知り合いになった。美しい毛並みのおだやかな忠犬だったが、ある日乳がんで急死してしまったのだ。

11歳だ
った。おじいさんは、私に亡骸を見せてくれた。アミは布団を掛けられて、おじいさんとおばあさんが工夫を凝らして作った手製のオムツをして眠っているように見えた。柔らかく艶のある毛は少しゴワついていたが、肢はまだ温かかった。その感触は今も残っている。

こんな散歩のエピソードを綴る気になったのは、この映画を観たせいだと思う。何も起こらない、印象も薄い作品だ。ただ、日々の暮らしの中でノラ猫が横切っていくだけであった。平穏なときも、不穏なときも、猫は何食わぬ顔で人間の傍らにチラつく。人はその気配にほっとして、一日を過ごしていくのだな。たまには、こんなぬるい映画を観て、ヤブガラシの生い茂る野道を猫のように歩きたい。


 


精神 想田和弘監督/日本・アメリカ/2008

是非観たい作品だった。日頃から精神障害とは何か、健常者の健常とは何かという疑問をもっていたからだ。娘が精神科に通院するようになったここ数年、とくにその思いは強い。そして、この映画を観た今は、精神の領域はボーダレスなのではないかと思っている。

観終わって数日は映画に出てきた人々の顔が日に何度も目浮かんできた。最初のシーンから終わりのシーンまで集中して観ていたせいで、こらーる岡山の人々(スタッフや医師も含めて)が、見知らぬ他人とは思えなくなってしまったのだ。

監督は、これを観察映画
と定義している。それを観た私はぐんと彼らに近づき、彼らの言葉、いや存在まるごとに射すくめられた。観察とは憶測や予断なしに、ありのままに観るという行為だ。監督はそれを追求するために、テロップやナレーション、モザイク処理、バックミュージックを外し、対象に直に向き合った。すると、なんとよく見えることだろう。どこか私と似ている気もするけれど、私を突き抜けてこの世の井戸の底まで行ってしまった人たちのことが。

でもやはり近づくと苦しくなる。感情移入して身動きが取れなくなり、勝手な思い込みを膨らませて切なくなる。日々の生活では、この種の苦しさを押し殺してなだめているのに、この映画でそれがじわじわと染み出てくるのだ。私の精神の芯が疼く。そして哀しいようなほっとするような、不思議なあわいが広がっていく。

ちょっとおかしくて笑ってしまうシーンもある。おかしくて笑って、それで何となく照れくさい。このようにしばしおしゃべりすることで、おだやかな時間が流れる。その間は、すごく幸福な気持ちになるのだ。でも、それはその時だけであり、自分の抱える辛さは何も変らないということが、きわめてリアルに伝わってきた。この過酷な現実が、さりげなく暗示されるすごさ。

さりげないといえば、
登場する人々は、その感情を前面に出さず、淡々としゃべる。その淡々とした語りの中にある重い事実に私たちは釘付けにさせられるのだ。言葉は、力であるということ。すとんと私の底に響き、いつまでも共振している。(青木)


 ▲page top   


 05.25 ウェディングベルを鳴らせ 
     エミール・クストリッツァ監督/2007/セルビア共和国・フランス

中学生時代の土曜日の楽しみは、テレビの「お笑い花月劇場」だった。ベタで過激なドタバタに腹の皮がよじれた。この映画、その頃の私が観たら、大笑いしただろうか。ラブコメディと銘打たれているにも関らず、客席が静まり返っている中、ふとそう思った。そう、日本語の題名から連想させられる、ロマンティックで軽やかな映画ではないのだ。泥臭くもスプラッタムービー並みの暴力全開、底知れないエネルギッシュな哄笑、全篇耳をつんざくブラスのリズム。これに耐えられない、笑えない自分の脆弱性にショックを感じるのみ。年齢のせいか、それとも日本というやわな国で、ふやけた生活に腑抜けになっているせいなのか。はい、その通りです。茫然自失のまま思考停止状態で画面を眺めるのだった。

ストーリイは牧歌的とも言える御伽噺だ。おじいさんと二人暮らしの少年が、去勢した牡牛を連れて都会へ行き、花嫁を連れて帰ってくるお話である。老人と少年の住む田舎は人里離れた山の中で、学校も廃校になるほどの過疎地だ。一方、少年がたどり着いた都会にはビルが立ち並び、マフィアは世界貿易センターを建てることを夢想し、役人はマフィアと癒着し、シングルマザーは借金のかたにマフィアの愛人になっていたりする。これには、アメリカ帝国主義的グローバリズムが周辺に食い込んでいく状況をオチョクルという監督の意図があるらしいけれど、こっちにはそれを読みとるほどの心の余裕はない。単純にハチャメチャ活劇に翻弄されるだけだ。でも、そのグロテスクな描写にすくみつつ、いつの間にやら何だかスカッとしてくるからアラ不思議・・・。

しかし、まてよ。私は、ここで映画の監督や登場人物たちと一緒になって、ゲラゲラ笑えていない。笑いを共有できていない。弾丸飛び交う残虐な戦闘場面には、生半可な頭でついユーゴスラビアの紛争をイメージし、ひいてしまう。自分のこの胡散臭い道徳的な反応がやはり気になる。そして、私はどうもオチョクラレル方の側にいることを認めざるをえないのだ。少年やおじいちゃん、そして腹黒マフィアからも絶対的に遠い側にいるということを。心底それに気づかされた。頭にガツンときた。でも、もっともっとこんなイタイ映画を観ようと思った。


 ▲page top   


 04.29 東洋宮武が覗いた時代   すずきじゅんいち監督/日米合作/2008
この数年、この時候よい季節はいつも家で仕事を抱えてへばっている。7月の初めまでこの状況は続くのだけど、きわめて鬱陶しい。家中に抑うつのオーラが満ち満ちている気がする。そこで、思わず街へ飛び出した。一ヶ月前に観たいと思っていた映画はすべて終了し、唯一「観たい」とフライヤーを持っていたこの映画を観るために。

今から十数年前、日系人収容所で暮らした画家たちの絵を見たことがあった。荒涼とした原野のカマボコ型の建物のそばに実直そうな日本人が描かれていて、その不釣合いさに奇妙な感じがしたのを覚えている。それが、自分が「日系人収容所」に触れた最初だ。歴史に疎い私は、それまで収容所というと、ユダヤ人収容所やシベリアの日本人捕虜収容所といったイメージしか浮かばなかった。大事二次世界大戦中にアメリカ在住の日系人は収容所に入れられて、アメリカに忠誠を尽くすかどうか決断を迫られたという話は、少し読み聞きしたことはあったが、それが絵という直截な表現で目の前に示されると、インパクトがある。

写真家の宮武東洋は収容されるとき、収容所の生活記録を写真で残そうと決断し、密かにレンズを持ち込んだ。そして、腕のいい大工や機械工に頼んで写真機を作り、アメリカ人の協力者からフィルムを調達し、じっくりと日系人の日常を撮っていった。最初は隠れて撮っていたが、後に収容所長の許可を得て、おおっぴらに撮れるようになったという。その写真には、どれも笑顔の日系人が写っているが、もしかしたら許可と引き換えに、何を撮るか、どう撮るか、苦悩が深くなっていったのかもしれない。

映画には、私の知らない興味深いことがたくさんあった。あるおじいさんは、収容所体験は大変屈辱的なものだったが、自分の母親など大人の女たちにとって、必ずしも苦しい経験ではなかったのではないかと話す。仕事や家事で朝から晩まで働きづめの生活を送っていた女たちが、収容所ではほっと一息をつける時間があったからというのだ。もちろん真相は分からないけれど、そのような語りも気に留めておきたいと思う。また、収容所内の日本人は従順に生活していたばかりではなく、兵役拒否の反戦の暴動も起こったという証言も少しずつ出てきているようだ。

証言者の話は、日系人の歴史に無知な私の関心を掻き立てた。しかし、体験者の言葉や写真、絵、・・・といった記録は時間の流れの中で無謬ではいられない。編集され解釈されていく。それを行う私たちの側の問題は重いと感じた。

 ▲page top   


 04.09 びん愛 三峡ダム建設に挑む農民の戦い フォン・イエン監督/中国/2007
        山形国際ドキュメンタリー映画祭2007 小川紳介賞受賞

何年かに一度ひどく自己嫌悪に陥ることがある。一日中ベッドにもぐって、ひたすら眠る。自分ではない「誰か」に嫉妬しているような感じ。その「誰か」にときどき不意に出会うことがあるのだ。たいていは映画のなかであるが。

その「誰か」が、今回は“びん愛”だった。びん愛は、中国・揚子江につくられた三峡ダムによって移住させられる農民約120万人のうちの一人だ。足が弱く重労働ができない夫と、大学入学をめざす2人の子ども。山の斜面にある畑。「土地があれば食べ物をうみ、お金ももたらしてくれる」ことを信じて、ひたすら分散している畑を黙々と耕す。黙々と。

しかし、移住を早急にすすめようとする役人と渡り合うとき、びん愛は、決して役人に阿ることなく、懇願することなく、対峙する。抵抗する。激しく、粘り強く。この土地で生きるために。コトバに身体性が漲っているとでもいうか、いやコトバがからだのように、びんびんと伝わってくる。

びん愛は、つきあっていた男性との結婚に反対され、父が決めた「結婚式が初めての対面だった」いまの夫と結婚した。そうするしか生きる選択はなかったから。そして、畑をともに耕しながら夫婦を耕していった。誠実さこそ子どもへの贈り物であるというびん愛は、一方で、一人っ子政策のため4回中絶したという。「わたしは人殺しをすでにしてしまっている。国がわたしを人殺しにした」と、子どもの服を繕いながら話す。ろうそくのともし火で仄見えるびん愛の顔は、山の闇の深さを感じさせる。

わたしは一度たりとも農村、山村に暮らしたことはないし、農業で食べていくことのつらさや楽しさも知らない。あまりにいま・ここにいるわたしの環境と違いすぎるにもかかわらず、びん愛は、なぜわたしを揺さぶるのだろうか。

最近「自分の言葉」とは何かを考えることが多い。そのことと関係しているのかもしれない。びん愛は「自分の身体とコトバ」をもった思慮深い存在だと思った。だからこそ、どんな山奥でひっそりと暮らそうと、「国家」と向き合うことができるのだ。(高雄)

 ▲page top   


03.24 ホルテンさんのはじめての冒険 ベント・ハーメル監督/ノルウェー/2007

花粉や黄砂が飛び交う春だ。なんだかバタバタ日々を送っているうちに、ハクモクレンの蕾が大きく膨らみ、菜の花が咲き乱れていることに気づいた。そして、ホルテンさんも、あれよという間にジャンプ台からどこかへ飛び出していったのだった。

この映画に登場するのは、一人の男の子を除いて全員中高年の男女だ。とくに、おやじがゾロゾロ出ていたが、満員の通勤電車で乗り合わせる集団おやじとは違って、眺めていても辛気臭くないし、彼らのいる空間にうらやましさすら感じた。もちろん、年を経るということのヨレヨレ感は漂い、どんよりとした澱みのようなものも感じられたのだけど、それがまた心地よくもあった。

筋という筋のない映画である。謹厳実直でやや面白みに欠けるという風情のホルテンさんが、定年を迎える前に判で押したような日常生活から徐々に逸脱していく話である。何やらシュールでいながら意味不明のおかしみもある。こんなヘンな映画を作った監督の前作は『キッチン・ストーリー』だ。そう言えば観たことを思い出したが、内容をすっかり忘れていた。ある日、食事調査員という男がやってきて、天井近くに設置した椅子に座って住人の生活を見下ろすという、ヘンな映画だったという印象だけ残っている。

ということは別にして、一人暮らしのホルテンさんは、六七歳で定年を迎えると言っていた。北欧は日本とは違って高福祉の国だから、老後の経済的な不安はないだろう。施設で暮らしている高齢の母親へ対するアレコレの心配もないようだ。彼は物言わぬ母に花束を持って訪問する。母は娘時代スキーのジャンプが得意で、大会へ出て活躍したかったのに、女だからという理由で、ジャンパーの道を閉ざされた。息子のホルテンさんは意気地なしでジャンプは怖くて出来ず、大いに母親をがっかりさせたことを、未だに心苦しく感じているのだ。

この忸怩たる思いを深層に隠して定年を迎える日、ホルテンさんは遅刻をしてしまい、そこから不思議の国のアリスのように、寒くて暗い街を彷徨う。その白い雪と夜の風景を見ていると、モノクロの夢をみている気分になった。そのせいか見終わって乗った電車の中で、私は強い眠気に襲われ、やたら舟を漕いでしまうのだった。あそこに出ていた犬の目が良かったなと思いながら。

 ▲page top  

02.27 彼女の名はサビーヌ サンドリーヌ・ボネール監督/フランス/2007

いろんな思いが湧いてくる映画だった。もちろん、サビーヌを誤診して、間違った医療を行った医者や病院に対する怒りや、以前とはまるで変貌してしまった彼女へのショックはあったけれど、私はそれとは別の思いにも捉われてしまった。

まだまだ、脳の仕組みには分からないことが多いらしい。そして、何か変だということに気づき、医者に診てもらっても、正しくその病名が診断され、適切な治療が受けられることは、実は少ないという現実がある。その上困ったことに、誤った認識が、差別や無理解を生み、患者や家族は孤立感を深め、ますます生きづらい思いをする。サビーヌは、まさにそのような酷い環境の中で、5年間を過ごした。縛り付けられ多量の薬を飲まされ、意思を持った人ではなく手に負えないモノとしての扱いを受けていたのだ。その5年間で彼女は、怒りのマグマを抱えた絶望の塊になっていった。

今の施設で暮らすサビーヌも、緩慢な動作で日々を送る。だるそうだし、表情の変化も乏しい。言葉も少ない。たまにかんしゃくを起こして暴力をふるう。庭に出れば重い体を芝生にゴロンと横たえ、訴えるような大きな目を見開く。少女の頃の快活で俊敏な動きや、豊かな表情や、笑い声から遠く離れた人になってしまっている。

その38歳のサビーヌを、姉のサンドリーヌがそばで静かにカメラを廻す。しかし、彼女が映し出すのは、哀れむべき女性の姿ではない。親密なる妹のポートレートである。一緒に遊んで、喧嘩してきて、いつも仲良しの妹は、今ここにちゃんといるよね、という力強い温かみが伝わってくる。しばしば挿入される20代の輝いていたサビーヌの映像と、今のサビーヌを比較して、無残だとか、かわいそうだという、陳腐な同情を跳ね返すパワーがある。


サンドリーヌは、サビーヌが現在の施設に来てから、彼女なりのリズムでゆるやかに生きていることを大切に思っている。目の前にいるサビーヌを、姉の冷静な目とやさしさで肯定しているのだ。そして、きっと回復して一緒に旅に行くようになるという、希望も持っている。自閉症に対する理解を得るために行動する人であり、その一環としてこの映画を撮ったそうだ。もし親の立場だったら、この映画はもっと違うものになっていただろう。この作品は、姉妹という風通しの良い関係性から生まれた。そのことが、とても興味深かった。

 ▲page top  

02.06 心理学者 原口鶴子の青春   泉悦子監督 /日本映画/2007
人物を紹介するのに、やっぱり映像の力は大きい。何気なく覗いた人間も、一気に引き込まれてしまう魅力を持つ。この映画も、そのように多くの人の目に触れて欲しいと思う。

ある日、うつらうつらしながら『ラジオ深夜便』で、耳に入ってきたのが、泉監督へのインタビューだった。イキのいい女の人が、ふとしたきっかけから原口鶴子の人生を知って、ぜひ映像で記録したいと思ったという話をしていた。ふうん・・・と聴きながら眠ってしまったが、しばらくして、その映画が上映されていることを知った。興味があったのは、明治時代に心理学者になるという希望を持つ女性がいた事実だ。なんだか気になってのこのこと上映場所へ向かった。

結局、彼女がなぜ心理学者になろうとしたか、その理由は、この映画では明らかにされていなかった。ただ、少女時代に精神を病んだ人を治してあげたい、というようなことを言っていたらしいので、何か精神医学や心理学に関心を持つに至った個人的な経験があったのかもしれないと、推論するしかない。また、彼女が自らを実験台にして、疲労がもたらす精神作用を研究したのは、何のためか、その目的も分からなかった。しかし、研究成果や実績が出る前の、わずか29歳で亡くなってしまったのだから、今となってはその理由を知るのは困難だろう。心理学者としてスタートを切ったばかりの時の死で、彼女の無念さが偲ばれる。

この映画は、アカデミックな記録映画ではない。一人の明治の女学生が、心理学という学問をするため22歳で単身コロンビア大学に留学し、大学院で日本女性初の博士号を取得したこと、しかし、志半ばで若くして亡くなったという「世に出なかった個人史」の掘り起こしである。歴史に輝く錚々たる女性たちの足もとには、彼女のように、志半ばで埋もれてしまった多くの女性たちの存在があった。原口鶴子の日本女子大での同期には、平塚らいてうがいたという。

彼女が留学した明治40年といえば、漱石が作家生活に入り、新聞連載小説を執筆していた時期である。彼は、原口鶴子の名前を知っていた可能性もあると思う。漱石の作品には、心理学に興味を持っていたことを窺わせる記述が多いからだ。意識と無意識についての言説や、夢のエピソードがよく出現する。ロンドン留学で神経症に苦しんだ漱石と、ニューヨークでの『楽しき思い出』という留学記を残した原口鶴子は、同時代を生きていた。

 ▲page top  

01.28 英国王給仕人に乾杯!  イジー・メンツェル監督/チェコ映画/2007
電車の中で、村田喜代子の短編を読んでいたら、いきなり涙が溢れそうになって、動転してしまった。久しぶりの不意打ちだ。平凡な日常で突然泡立つ感情の波。ということで、この映画も、それに連なる不意打ち経験でした。ただし、涙は出なかったけどね。

昨年末に、この監督の長編デビュー作『厳重に監視された列車』(1966年)を観て、来年はぜひこの映画を観ることを心に誓って、やっと実現できた。珍しく映画館は満員で、私もメジャーの仲間入りを果たしたのかと感慨深い。華麗で、エロチックで、おかしくて、残酷で、でも底にはずっと醒めた静かな時間が流れているような映画だった。それは、ナチスドイツに占領され、ソ連に弾圧されたチェコスロバキアという小さな国の魅力そのものかもしれない。抑圧の歴史を描けば、それは悲哀に満ちた暗鬱な画面になるはずという亜流の解釈を拒むこの映画は、私を不意打ちした。

主人公であるちびのヤンは、こすからいのにドジで、憎めない小僧だ。初老になった彼が山奥の小屋でその半生を回想する話になっている。駅のウインナー売りから、高級ホテルの給仕人や妖しいナチスの純血研究所の使用人になったりする彼の職業遍歴は、チェコの現代史とリンクする。ドイツが侵攻してくる中、ドイツ人の娘に惚れて結婚にこぎつけ、金持ちを夢見る。職場の先輩に小突き回されながらも、うまいこと出世をしそうで土壇場でゴワサンになる。この繰り返しが彼の人生というわけだ。

政治家やユダヤ系の富豪たちと娼婦らが繰り広げる官能的な饗宴のシーンは、めくるめく夢のように美しい。ヤンが裸婦に草花や果物をあしらう即興のオブジェは、投げ入れ流の生け花のように瑞々しい。ナチスの純血研究所で嬉々としてドイツ兵に卵子を提供する若い女たちの姿もミューズのように描かれる。その合間に差し込まれるセピア色の映像には、ナチスに抵抗した青年たちが銃殺され塹壕に捨てられていくシーンが続く。

ヤンの無邪気なたくらみに笑いながら、そして艶やかな女の乳房や、色とりどりの果物、料理に、生命の息吹を感じながら、この粋な笑いとエロスは生への渇望であり、抵抗の明快な表明だと思い至った。かつて英国王に仕えた経験を持つ給仕長が、なんともしぶくかっこ良い。彼は、ドイツ語をしゃべることを拒否し通して、連行されて行く。題名に、メンツェル監督の老練な反骨精神が読み取れる。(青木)

 ▲page top  

12.16 呉清源 極みの棋譜   田壯壯監督・中国・2006年              
観終わったあと、不思議な感じがした。とても美しい映画だったが叙情的ではなく、水の飛沫を浴びたようなひんやりした心地よさが残る。何をどう書いていけばよいのか、気持ちがまとまらないのは、私が呉清源という人物も知らなければ、囲碁に関して、全くの門外漢であることに加え、こんな伝記映画もあるのかという驚きが大きいからだと思う。

14才で来日し、孤高の天才棋士として囲碁に人生を賭けてきた呉清源は、今も存命である。戦前から戦後、故国の中国と日本を何度も行き来しながら、激動の時代を生きてきた人であるが、冒頭のシーンで穏やかにおしゃべりをする品の良い物腰からは、その波乱に富んだ人生は想像しがたい。

対戦相手が目の前で卒倒しても、空を見つめて黙考し続け、原爆の爆風で室内が壊れても、ひっくり返った碁盤を元に戻して、何事もなかったように対局を続行する囲碁の世界は、尋常ではない。もう無茶くちゃだ。呉清源がどのような人生観を持っているのかは分からず、その時々の出来事が簡単にナレーションで流れるのみ。中国人の彼が、戦機高揚する日本人社会をいかに感じたか、そして中国に帰国した彼を祖国の人々はどのように迎えたか、という問題の本質は、具体的には描かれていない。

ただ、彼は社会から隔絶して囲碁の世界に肝を据えて生きていたわけではなく、時代に翻弄される一個人として苦悩し続けた、という状況だけは痛いほど伝わってくる。彼が一時期、新興宗教に入信して広告塔になっていたこと、自殺未遂をしたこと等が、断片的に出てくるからだ。

それにしても、これらのエピソードは何だか深い霞の中の出来事のようで、謎めいている。彼の行動について、いっさい説明がなされないのである。新興宗教に何を求めて入れ込んだのか、なぜ死にたいと思ったのか、この映画を観るだけでは、とうてい理解できないだろう。各自が自分の頭で考えるしかない。

つまり、輪郭のおぼろな映画であった。でも、呉清源という一人の男、どちらかといえば、ナヨナヨとしており、自分の主義主張を明確に主張することもない、しかし碁の神様と呼ばれた男がいたという事実を知ったことは確かだ。演じたチャン・チェンという俳優が、その煩悩を抱えて生きるさまを非常にうまく演じていた。どこか惹かれるがそれをまだ言語化できない。


 ▲page top  

12.01 ワンナイト・イン・モンコック  イー・トンシン監督/中国・香港映画/2004
気持ちがガサガサする日々が続いていた。何とかこの状況を突破したいと思って、開催中の『中国映画の全貌2008』のうち、この作品を選んだ。暗黒街の映画、香港ノワールを観れば、干からびた感性も潤うのではないかというあわい期待から。そういうわけで、いつもの通り、作品の内容に関して何も知らないまま映画館に飛び込んでみた。

嬉しいことに、けっこう面白かった。凄惨な暴力シーンもあったけど、そこはしばし目をつぶってやり過ごし、哀切漂うラストシーンまで、穏やかに受け止められた。殺し屋を雇う腹黒強欲夫婦の、マンガチックなキャラクターも興ざめどころか極めて自然で、この二人にモンコックという猥雑な街に生きる人間のエキスが凝縮されているように感じる。彼らは滑稽で悲しく、強くて弱い。そうだ、殺し屋も、刑事たちも、娼婦も、この映画でうごめいている人々は皆滑稽で悲しく、強くて弱い。

モンコックは、世界で一番人口密度が高い場所だという。そこで働く人々の殆どは、極貧生活から抜け出してきた大陸からの出稼ぎということが、この映画で呈示される。登場人物たちが、滑稽で悲しく、強くて弱いのは、そのような吹き溜まりの街で、ギリギリ突っ張り、追い詰められてカラ元気を出し、命を燃焼するからだろう。恐ろしいくらいお人良しだと思えば、ちゃっかり抜け目なかったり、やたら恫喝してみたり、凄みのある笑顔を見せたりと、人間臭い熱気が渦巻いている。

一番印象に残ったのは、食べるシーンだ。モンコックで生きる人々に共通なのは、旺盛な食欲だろうなと思うほど、食べる場面が多い。何はさておいて、まずは腹ごしらえというように、湯気の立ち上る屋台に腰掛け丼をかっ込み、料理の盛られた皿を平らげる。皆ぎゅうぎゅう詰めになって、本当に旨そうに食べるのだ。刑事たちも、張り込みの途中で食べ、連行中に食べ、事件解決して食べて・・・・というように、やたらとお腹を太らせる。人ごみの中でしょっちゅう何か食べている映画であり、そのシーンのおかげで、私はちょっと幸福な気持ちになれた。人がスキを見せて食べているのを観るのはいい気分で、「あー、旨そう」と思えることの幸せを、そっと確認できる。

ということで、食欲があるうちは何とか頑張れるという事実をかみしめた映画であった。気持ちがガサガサ乾く日々には、オススメ。単純な私は、とりあえず旨いものを食べたいという元気が湧いたのだけど、いかがでしょう?(青木)

 ▲page top 

11.18 ブロードウェイ-ブロードウェイコーラスラインにかける夢
      ジェイムズ・D・スターン&アダム・デル・デオ監督&製作
/2008/アメリカ
目標に向かってひたすら頑張ること、夢が実現するまで何度も挑戦し続けること、それは確かに賞賛すべきことに違いない。その一途な姿は、見る者を感動させる。だからブロードウェイのオーディション会場に潜入し、世界中から集まってきたダンサーたちの悲喜こもごもを記録したこの映画は、多くの人の胸に「一生懸命努力することの素晴らしさ」を刻みつけることだろう。

ということで、文句のつけようのない爽やかな作品だ。でも、物足りなく感じるのは私がひねくれているのだろうか。この映画は、観る前から感動のドラマだということが充分予測できるし、観終わっても、それは裏切られない。そこには、予定外の展開はないし、混乱も疑念もない。そう、安心して感動をかみ締めることができる。それが、ちょっと予定調和的でなんだかなあと思うのだ。自分ではない他人が夢に挑戦する姿の美しさに圧倒されるけれど、現実の自分の生活とは関係ない世界だ。例えば、オリンピック中継を観て興奮するのと似ている。夢に向かってまっしぐらの人は、ひたすらまぶしい。

頑張れば誰でも報われるという信念のもと、「夢に向かって突き進もう!」というアメリカンドリームは、今や陳腐になり郷愁さえ誘う。『三丁目の夕日』のように・・・。それゆえに、この映画でダンサーたちの健気さやタフばかりが強調されるのに違和感が残るのだ。せっかくオーディションの現場にカメラが入ったのなら、オーディション風景をなぞるだけでなく、商業主義の殿堂ブロードウェイの魅力、魔力にもっと迫ってもよかったのではと、思ってしまう。それがドキュメンタリーの面白さじゃないのかな。なにしろ、私はブロードウェイミュージカルについて、無知なまま観たものだから、切実にそう感じた。

とはいえ、オーディションに集まったダンサーたちが、歌ったり、踊ったり、セリフをしゃべる姿を観るのは心地よい。汗びっしょりで、動き回り、体まるごとが他人の視線に晒され評価されることの原初的な喜びに満ちている。たとえば「この日ばかりは、俺は主役だ。審査員たちは観客だ」といったダンサーの言葉から、身体表現の持つパワーが見て取れる。ミュージカルアレルギーの私は、この映画で「頑張る素晴しさ」に感動するより、歌って踊って、汗びっしょりという快感は、やっぱりいいなあというあまりにもベタな感慨に浸ったのだった。(青木)

 ▲page top 

10.24  コロッサル・ユース ペドロ・コスタ監督/ポルトガル・フランス・スイス映画/2006年
心の準備もなく、知識もなく、「ドキュメンタリー・ドリームショー―山形in東京2008」の会場で、ふらりと観たのが、この映画だった。この監督の前作『ヴァンダの部屋』すら観ていない私は、目の前に映し出されているものは何か、必死になって仄暗い画面を見つめて155分を過ごした。久々に映画を、一生懸命に頭を使いながら観た気がする。

冒頭のシーンで、家具のようなものが、ボロボロの砦みたいな黒い建物の窓から投げ捨てられ、地面の石畳に叩きつけられる。その乾いた硬い音が、強烈に耳に残った。そして、ぬるま湯のような日常に生きる私にとっては、緊張に満ちた異界が現出する予感がした。

主人公ヴェントゥーラは、リスボン郊外のスラムで暮らす移民だ。彼はアフリカのカーボ・ヴェルデ諸島出身の初老の男。もう、何十年もポルトガルで道路工事の仕事で生計を立てている。黒光りする古い石畳、朽ちた小屋。スラムには、多くの若い移民もいた。


ヴェントゥーラは、その若者たちのもとを巡っては、横に座って又は寝転がってじっと話を聴く。彼らは、ぶつぶつとしゃべり始める。それが洞窟のように暗い部屋の中で延々と続き、じっと観ていると、油断すれば眠気に誘われるほどだ。まるで昔話のように、たどたどしく自分の絶望的な来歴を語る若者たちに、ヴェントゥーラは「子どもたちよ」と話しかける。繰り広げられる「父と子」のダイアローグは、どこかちぐはぐでおかしく、穏やかだ。状況は悲惨であるのに、安らぎを感じる不思議さ。

『ヴァンダの部屋』で主人公だったヴァンダもヴェントゥーラの「娘」として登場している。その他にも彼の「娘」や「息子」が出てくるが、彼らは皆、血縁の「父子」かどうかは重要ではない。「娘」や「息子」は、繰り返し我が身を嘆き、「父」を語り、生活の苦しさを呪う。彼らの自分語りを聴く一方で、「父」であるヴェントゥーラも、繰り返し故郷で残る妻へ送る手紙の文章を暗誦する。

ヴェントゥーラは文盲だから、妻へ送る手紙の文面を暗記して、忘れないようにしなければならない。それは、決して故郷へ帰ることがないだろうという絶望と、いつか帰る日がくるという希望とが、ないまぜになった哀切極まる詩だ。

「父」が「娘」や「息子」と共にいて、そこにいない「妻」であり「母」という存在に向かって届かないコトバを紡ぐのである。私には「父」という存在は謎だが、ヴェントゥーラがベッドに寝ころんで、傍らに「孫娘」がいるだけの素っ気ない最後のシーンが好きで、今でも瞼に浮かんでくる。
(青木)

 ▲page top 

10.15 パークアンドラブホテル 熊坂出監督/日本/2007

ひなびた連れ込み旅館の屋上に作られた公園という話の設定は、とても面白いのだけど、食い足りないなあと思った。せっかく女が4人も出てきているのに、彼女たちの抱えている問題が、あまりにもステレオタイプな「女の悩み」に収斂されてしまったので、モッタイナイのだ。それとも私の解釈が違うのだろうか。

ショボイ連れ込み旅館の経営者の女は、帰ってはこない浮気な亭主を数十年待っており、家出娘は、離婚して今は新しい家庭を持つ父親をそっと慕っている。不妊症と診断された若い女は、その現実にショックを受けて男漁りをしている。専業主婦の女はひそかに夫に不満を持っているがウォーキングで発散している。彼女たちから、夫を待ち続ける妻のけなげさ、両親の離婚で傷つくのは子ども、不妊は女の不幸、専業主婦のささやかな幸福?という手垢のついたメッセージが見え隠れする。

本当に彼女たち、そんな底の浅い解釈で語られていいのかと思ってしまう。しかし終盤になっても、一人ひとりの内面へは踏み込まれず、思わせぶりなムードだけが漂うのだ。うーむ、違和感が募る。

それにしても、主演のリリィの骨太の存在感が圧倒的で、スッピンの年相応に老けている顔がクローズアップされるたびに、見入ってしまった。その大胆不敵な、無表情なようで、怒っているような、諦めたような面構えはけっして「ひたすら夫を待つけなげな妻」に納まりきれない。家出少女役の梶原ひかりも、単に父恋しさであったかい家族に憧れるだけの少女に納まりきれない熱を発している。この二人に軸を据えて展開させていけば、もっと面白かったろうに。

今のところ屋上に公園があるラブホテルはないようだが、昔からデパートの屋上には公園がつきものだ。十年位前、昼過ぎから夕方までベンチに座って友人とダラダラ喋って過ごしたことがあった。春か秋か忘れたけど、風がそよいで、屋上庭園のまばらな木々を揺らし、誰もいないブランコは殺風景に静止していた。小さな子どもらは殆どおらず、コンクリートの地べたに座って缶ジュースを飲んでいる若者、季節はずれのパラソルの下でぼんやりするおばさん、ベンチで新聞を読む初老の男などがポツリポツリといただけ。

映画のラブホテルの屋上では、老若男女がひしめき合って喧騒にまみれていたけど、それはスケベエのエネルギーがてっぺんまで充満していたからかと、あほらしいことを思った。(青木)


 ▲page top 

09.01 それぞれのシネマ ジル・ジャコブ製作/フランス/2007
ンヌ映画祭60周年を記念して企画された、32人の映画監督による3分シネマだ。まさに各人各様「それぞれの」映画へのオマージュがこめられている。知らない名前の監督も多いが、これらのショートフィルムから新たな興味が湧いてきて、映画表現の奥行きの広さをしみじみ感じることとなった。

たとえば、『三分間』(テオ・アンゲロプロス監督)でのジャンヌ・モローの痺れるような存在感、『チュウシン村』(チエン・カイコー監督)の自転車を漕いで映写機を回す少年たち、『電姫戯院』(ホウ・シャオシェン監督)の映画館前の情景、『これは夢』(ツァイ・ミンリャン監督)の幻想的で懐かしい宵の庭、『平和の中の戦争』(ヴィム・ベンダース監督)の倦んだようなそして怯えた子どもの眼差し、『映画を見る』(チャン・イーモウ監督)の、これぞエンターティメントの王道と思わせられる、躍動感溢れる観客の活写・・・これらのシーンは、映画の熱気を運んでくる。

そういえば、私が初めて映画の熱気に触れたのは、いつだったか。映画そのものは覚えていないくせに、夜、古い劇場からぞろぞろ外に出て、歩いて帰る時のざわめきや夜風の冷たさ、見上げた星の輝きが記憶の底にある。或いは、旅先の温泉街で満員の映画館に入って、フランキー堺主演のお正月映画を観たときの、酔ったような興奮した気分は思い出せる。いずれも、4歳くらいの頃だ。この、3分シネマを観た後、そんな断片がふと頭をよぎるのだった。

暗さの中で映し出される光の世界を、目を凝らして見つめる、この快楽(恐怖や苦しさも含めて)に身をゆだねることは、きわめて原始的だ。ただ、印象に残ったのは、これらの中の3作品で、視力を失った人が映画を観る場面があったことだ。映画は、単に目で観るものではない、映画監督はこのことを強く意識せざるを得ないのだなと感じた。そういえば、私が幼い頃、映画の熱気に触れて感じたのは、「見ること」の快感だけではなかった。

湿気臭いボロボロの映画館であれ、蝉や虫の声が聞こえてくる簡易テントの中であれ、人々は期待を膨らませてスクリーンの前に座る。上映前からすでに五感を全開にして映画の世界に踏み込んでいく。(青木)


 ▲page top




08.07  チェブラーシカ  ロマン・カチャーノフ監督/ロシア/1969・1971・1974・1983年
見たい映画があって、時間もあったので、わりと近くのシネコンに行ってみた。前日ネットで「席あり」を確認したのに、「満席」の電光表示が流れている。前売りは、ネット予約してクレジット決済でしか受け付けないから、気まぐれに映画を観ようと思って行っても、ダメってことか。これだから巨大シネコンは苦手だ。早々に、ゲームセンターのような色と音の洪水から、退散したのであります。

それから数日後、小さな映画館で観たのが、このアニメだ。夏休み子ども向けというわけでもなく、観客は、老若女だらけ。テンション低く、これといった筋はないけど、孤独についてのあれこれを考えさせてくれた。ロシア語のくぐもったおっさん声のナレーションや歌が、遠い異国の子守唄のようで眠りを誘い、気持ちが無防備になる。手間隙かけて作られた4つの短編シリーズの一挙上映だった。

 電話ボックスで暮らす天涯孤独のチェブラーシカは文句なしにかわいいし、動物園のワニの倦怠感漂う日常には共感できる、ひねく
ればあちゃんのイジワル加減には、「やられた!」と、舌を巻くしかない。この三人の着かず離れずのゆるい関係が良い。動物園に通勤する一人暮らしのワニは、その単調な生活に飽きて「友達求む」という手紙を書く。そこで、やって来たのがチェブラーシカたち。皆で遊べる家を作ってみたり、旅に出たりするたわいもない話だ。

 ロシアと言えば、昔学校で、コルフォーズやソフォーズなんて習った。集団の力で何事も成し遂げる国というイメージがある。チェブラーシカも、「ピオネールに入りたい!」と憧れていて、そのセリフが妙に懐かしかった。このような側面から、政治的意味合いやメッセージを読み取ることはできるだろう。でも私は、このアニメに人々の孤独や絶望に寄り沿う優しさを感じずにはいられなかった。

 チェブラーシカたちは、列車の屋根の上で「明日を信じて・・・」と歌いつつ、決してその目は笑っていない。ワニやばあちゃんは沈痛な「大人」の目つきすらしている。ロシアの歌ってなんて物悲しく、切ないのだろうと思う。希望の歌を、ちょっぴり暗い表情で歌うのだ。哀愁を噛みしめて、希望を歌う姿が脳裏に残った。
()
(青木)

 ▲page top



07:05  シークレット・サンシャイン  イ・チャンドン監督/韓国/2007
韓国映画には疎いけれど、ソン・ガンホは好きな俳優だ。この映画を観ようかどうしようか迷っていたのはフライヤーの文面からメージされる「感動のラブストーリイ」だったら興味ないな・・・という戸惑いがあったから。でもソン・ガンホだし、ま、いいと思って観た。ら、全然「感動のラブストーリイ」ではなかった。なんだ、フライヤーの嘘つき!。

では、どんな映画だったのかと問われれば、答えに窮する。隠しておきたい心の奥底を晒し出されるような、苦しくて痛い、静かな映画とでも言えばよいだろうか。幼い息子が突然殺された後、それでも日常の時間を生きていく母親。たった一人エアポケットの中で、もがきながら、やけになりながら、呆然としながら。人は簡単に癒されたり恢復しないという現実が、密陽という地方都市の風景をバックに淡々と描かれるのだ。

母親役のチョン・ドヨンに監督は「演技をするな」と言い、撮影中ずっと彼女から憎まれたらしい。彼女は悩み抜いて、放出できない怒りや悲しみ、絶望が沈潜していき、じわりじわりと心を侵食していく怖さを見事に表現した。それが見る者の胸にこたえる。チョン・ドヨン扮する若い母シネは凡庸な女だ。見栄っ張りで、強情なところもあってとりたてて魅力的ではない。誰もが身近な「シネ」に思い当たるのではないだろうか。

シネをはじめとして、この映画には立派な人は登場しない。皆適度に親切で、適度にいい加減である。力になりたいと思っているジョンチャン(ソン・ガンホ)も、ピントがずれたおめでたい男だ。誰も、彼女の孤独感を埋めることはできず、宗教も安らぎをもたらさない。この当たり前の事実が丹念に綴られる。そのリアルさにぞっとして、圧倒されてしまう。

しかし滅入る映画ではない。疲れ果て、仄暗い部屋で軽くいびきをかいて眠るシネの顔に惹き込まれた。苦痛に満ちていて、それでも穏やかで、そこにポツンと灯る命の明かりがあるように見える。そのような印象的なシーンがいくつかあり、それがこの作品に冬の陽射しのような輝きを与えている。観終わった者は、その光の意味をゆっくり考えることになる。(青木)

 ▲page top



 06.14  キンキーブーツ   ジュリアン・ジャロルド監督/イギリス/2005 
どうもクサクサしてかったるい…と思ったら、このところずっと映画を観ていないのだった。そこで取りあえずフィルムセンターへ行くことにした。「EUフィルムデーズ2008」という特集の最終日でした。何にも知らないで観たけど、行ってよかった。映画に出てきた人全員その辺にいるような冴えない人々で、まあ私の好みです(笑)。実は3年前に既に日本で封切り上映された作品らしいけど、全く記憶がない。あまり話題にならなかったのかなあ。

実話をもとにした田舎の小さな靴工場の再生ストーリーで、シンプルな話なのだけど、無理なく笑えてじんわり元気が出る映画だ。父親の死でいきなり倒産寸前の会社を引き継ぐことになった息子のチャーリーは、善人だが自信のないイマドキの若者である。長年働いてきた従業員たちに軽口を叩かれ叱咤されて必死で再建していく。彼が真面目に力んで頑張るのが空回りして、その報われなさが、なかなかリアルでおかしみを醸し出していた。

ただの涙と汗の感動秘話なんかじゃないところがミソ。ドラッグクイーンのローラという大男が絡んで、チャーミングでスリリングな展開へ転がっていく。ローラいわく「赤い筒の形をしたセックス!」のキンキーブーツを作ることで、工場は生き返っていくのだから。キンキーとは「ゲテモノ」というような意味で、キンキーブーツはドラッグクイーンにとって大事な小道具だ。挑発的で情熱的な女性性のシンボルということらしい。ローラの注文を受け、男が「そそられる女」のイメージにぴったりの靴を作ってやろうということになる。

長年正統派の紳士靴を作ってきた工場がドラッグクイーンのためのキンキーブーツの工場として生まれ変わることで、チャーリーも従業員たちも、すごくはじけていくのが爽快だ。実用性、品質、良識という志向を脱ぎ捨て、ドハデでエキセントリック、なんだかお下劣ねという方向へ路線を大きく転換して得たものは、原始的なモノを作る喜び、働くことの楽しさだったようにみえる。

皆が工場で働いているシーンに見入ってしまった。ちょっと時代遅れの寂れた建物。ベルトコンベアーに巨大な真紅のブーツが流れ、黒光りする機械がガタガタ動き、前掛けを付けた老若男女が忙しそうに立ち働く。懐かしいような侘しいような妬ましいような。(青木)

 ▲page top



 05.15  愛おしき隣人 ロイ・アンダーソン監督/ スウェーデン映画/2007       

なんて部屋にモノがないのだろう!これが、第一の感想。全くもって映画の本筋とは関係はないが、つくづく思った。今まで観た北欧映画は、大抵くすんで靄がかかっているようなパステルカラーに沈んでいる。ほとんど何もないに等しい室内で、淡々とした暮らしが映し出されるのだ。例えばテーブルと椅子、カーテン、壁に一枚のポスターといったかんじ。テーブルの上には、本が一冊あるかないか程度である。今回もそう。こんな画面を見るたびに、これで充分生活できるのだなと唸りたくなる。我が家の乱雑な部屋、雑多なモノでいっぱいの暮しを思うと気が重い、ため息がでる。

そして、この映画の最初の方で登場する女を見たとたん、「あ、渡辺えり子(本当は渡辺えりだが)だ」と思う。愛嬌のある丸っこい体格で、地響きするようなハスキーヴォイス、大きな身振り手振りでのおしゃべり。彼女は、「誰も私のこと理解してくれない」とオイオイ泣く。子どものような彼女に、こっちも何だか泣きたくなる。

というふうに、映画の周辺をぐるぐる回っている私。『愛おしき隣人』とはどういう映画か、中身を語ろうにも語れない。映画を観つつ、座席に座っている自分を意識しているような、変な感じだった。取り立てて深刻な悩みが呈示されたり、大きなトラブルが生じたりするわけではない。日常のじんわりとした不愉快で憂鬱な気分が、この映画を覆っている。しかし滅入ることはない。一日の最後はバーのシーンだ。マスターが「ラストオーダーだよ。また明日があるからな」と鐘を打ち鳴らすと、老いも若きも一杯の酒を求めて列に並んで一日を締めくくる。こうやってささやかな時間を楽しむ方便を持っていればいいんだなと思う。

自分の日々の生活に漂うかる〜い鬱っぽさと、この映画に流れているグレーの気分がぴったり一致しているのだった。だから、次から次へと登場しては消えていく人々の泣き笑い顔を、ぼんやり眺めてニヤついてしまう。そして脱力して座っているうちに、エンドマークが出てきた。

精神科医のジイサンが診察室に溢れている人々の前で「みんなわがままな人ばかりでうんざりだ。十数年も彼らの話を聴き続けて辟易したよ。だから、強い薬を出すことにしたんだ」と言うシーンが、やたらリアルに聞えたなあ。(青木)


 ▲page top



 04.25 非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎  ジェシカ・ユー監督/アメリカ映画/2004       

この間本を読んでいたら、とても受け容れがたい現実に遭遇したとき、人は必死で想像の世界に没頭することで生き延びようとするのではないか、という記述があった。その小説家は、ある凄惨な事件からインスピレーションを得て、想像力の持つ凄まじさを描き出してみようと作品を書いたという。それはとても危険で魅力的な世界に思えて、印象に残った。私は想像という言葉に弱い。子どもの頃一人遊びばかりしていたせいか、親密さと怖さを感じてしまう。

だから、ヘンリー・ダーガーを十年以上前に知った時は、衝撃的だった。小さなギャラリーで何気なく目にしたのは、いびつにゆがんだ少女たちの群れが延々と続く絵巻物の世界。いろんな雑誌から切り貼りされた女の子たちが兵隊と戦っているのだった。裸の少女には申し訳程度のペニスがくっ付いていた。子どもが一生懸命に描いたような律儀さがあって、猥褻さが全然ない。なんだか不思議な童話を覗く気分になり見入ってしまった。これら大量の絵は、長年病院の清掃夫をしていた老人が、ひっそり暮らしていた部屋の中から彼の死後発見されたものだった。

映画は、この老人ヘンリー・ダーガーについて紹介する教育番組のような構成である。生前彼に会った人々へのインタビューによって、彼が寡黙で目立たない存在であったことが明らかになるが、それ以上のことは誰も知らない。彼は誰からも関心を持たれずに、自分の部屋でひたすら自分のための物語を紡いでいた。経歴で分かっていることは、幼い頃父と二人暮らしだったが、父の病気のため離別したこと、妹もいたらしいこと、知的障害があるという誤診によって施設に入れられ酷い仕打ちを受けたこと、その後教会の病院で働くようになったこと、といった断片的なものだ。おそらく偏見と孤独に苛まれながら、必死に生きてきたに違いない。

彼の描く女の子には、なぜペニスがあるのか?なぜ、少女たちが大人王国の兵隊と戦かう設定なのか、後世の私たちは彼の絵に様々な推理をしてみたくなる。ヘンリー・ダーガーは勇敢な女の子になって、かつて彼を傷つけた大人たちをやっつけたかったのかもしれない。彼が生きている間中その戦いは続くので、長い物語は終わらなかったのだろうと。彼は毎日毎日、ご飯を食べるように描いた。描かなければ生きていけなかったということは感じられる。大家の飼っている犬をとても可愛がっていて、犬を飼うには費用はどれくらいいるか尋ねてきたという。結局金がなくて諦めたらしいが、もし犬と暮らしていたら、彼の世界は少し外へ開いただろうか。(青木)


 ▲page top




 03.27 ジェリーフィッシュ エドガー・ケレット、シーラ・ゲフィン監督/イスラエル・フランス映画/2007       

テルアビブの海岸の映像が綺麗で、詩情溢れるおとぎ話のようでもある。ニュース映像で目にする血塗られた紛争地域の面影はない。この美しい映画に登場するのは、人は簡単に分かり合えないことを知っており、理解や共感という言葉に虚無感を持つ人々だ。終わりの見えない日常にじっと耐え、その日常を慈しみながら歩いていく人々だ。しかしその生は重々しく描かれていない。題名のジェリーフィッシュ(くらげ)そのままに、ゆらゆらと揺れている。

海辺の街で交錯する三つの物語が、着地点に落ちることなく漂い、観終わった後も、私の中で漂い続けている。映画には、政治的な描写は一切なかったが、登場人物たちの静かな諦念や絶望の底流にある、イスラエルという国について考えずにはいられない。日常的に繰り返される自爆テロの傍らで、隣人同士が敵対しながら暮らすということ。そこにもありふれた人々の生活があるという、不思議で当たり前な事実が呈示される。

映画に出てくる、親子・夫婦・フィリピン人のヘルパーとヘブライ語しか話せないおばあさん、という三つの分かり合えない関係は、日本人である私たちにも通じるテーマであるが、私たちは、ともすれば分かり合えるはずという幻想によりかかって、分かり合えない関係に苛立ち、七転八倒しているのではないか。少なくとも、私にはその傾向がある。だが映画の登場人物たちは、分かり合えないことを前提に、そこから出発しているのだ。その先にだけ、人と繋がる希望があるのかもしれない。

フィリピンからヘルパーとして出稼ぎに来た女性が、「あんたはヘブライ語もドイツ語も話せないのかい」とおばあさんに詰られても、通じない英語で「何ですか、分かりません」と答える。それはどこかのんきでおかしかった。お互い、言葉が通じないことに平然としているのだ。日本人なら、もっと苛立ち不安がるに違いない。

雨の中、ヘルパーとおばあさんが相合傘で、夜の街をはしゃぎながら歩くシーンが好きだ。多分分かり合えないだろうけれど、二人が繋がることができた瞬間の幸福感が滲んでいる。人と関わることの困難さと愉しさが、やわらかなタッチで描かれている作品だ。(青木)


 ▲page top




 03.27  落穂拾い  アニエス・ヴァルダ監督 フランス/2000          
ある家の片づけをしなくてはならず、引越し先のない多くのものを市の大型ゴミ処理場に持って行った。ふとん、家具、自転車…次から次に捨てられるべくモノたちが車に乗せられてやってくる。週五日間、48週休むことなく。どれもこれも一緒くたにゴミの山は作られ、一瞥の「哀れ」も排して、ブルドーザーのシャベルが、ざくっと山を壊し、たぶん焼却炉に入れられていく。気分は最低。後ろめたい感情の処理場はないようだ。モノの処理場には、感情の処理場はない。いや、してはいけないのだ。

帰りに、古着やバックを1s150円で買い取るリサイクルショップに。日本で売れなければ主に東南アジアに行き、「全て再利用します」の謳い文句で、客をつかんでいる。衣服を投げ入れた大きめのビニール袋約30個。しめて、3410円。「再利用」といういささか後ろめたさを軽減するコトバに救いを求めて、逃げるように走り去る。

その翌日この映画を観た。「落穂拾い」。落穂拾いとは、中世から近世にかけてヨーロッパの農村共同体で、収穫後の耕地に散乱する落穂を、老人、寡婦、孤児、障害者などに拾うことを許した慣行である(パンフレットより)。監督は女性の友情を描いた『歌う女・歌わない女』のアニエス・ヴァルダ。パリの市場で物を拾う人を見て、この映画が閃いたという。物を拾うために腰をかがめるという身体の動き。監督は、まずジャン=フランソワ・ミレーの名画「落穂拾い」から映像を解き、カメラを手に「現代の落穂拾い」を探す旅に出る。

じゃがいも、ぶどう、りんご、牡蠣、など、持ち主とあるルールを決めて「落穂拾い」をする人々。「拾う人」を弁護する弁護士にも語らせる。現代では「腰をかがめる人たち」は、缶やガラクタを集めてアート空間や家をつくる。そして、人生で一度も食べ物を買ったことがなく市場で野菜を拾って生きるベジタリアン。彼は彼の住処である簡易宿泊所でアフリカ人にボランティアでフランス語を教える。監督も次から次に「落穂拾い」を楽しみ、「落穂」をいつくしむ。そして最後、自らも針のない時計を持ち帰り、自らの日常を停めてみる。

腰をかがめて「モノを拾う人」の美しさを映像化した監督の着想は、さまざまな想像を誘う。周縁化された人々に生きる術を残しつつ、「落穂拾い」は痛烈な飽食と階級への抵抗の一つに違いない。そして「拾う」という行為を通して「捨てる」という行為の意味を浮上させた。(高雄)

 ▲page top




 03.04 ≒草間弥生 わたし大好き  松本貴子監督/日本/2007          
くっきりとした大きな目をひときわ浮き出させるような、ショッキング・ピンクのカツラ。目線を下げると、黒の水玉模様を配したショッキング・ピンクのロングトレス。活気のないシャッター通りをスタジオに向かって歩く草間。草間にとっては日常空間だが、草間の一足一足が空気を乱し、不思議な空間に変容し、非日常的空間へと連れて行く。

草間は「独り」だが、磁石に鉄が集まるように、草間に絡められていく若者たち。異化作用を放ちつつ、「異化」していることが「同化」そのものであるかのような草間とそのスタッフ。マジックで100号50枚を目標に、その一点一筆は幼子のいたずらがきを想起させるにもかかわらず、画上はまさしく草間弥生の世界が拡がる。今年79歳になる草間の手から、水玉があふれ出す。

わたしとどういう共通点があるのだろうかと考えることさへ拒否されているようなフィルムが流れていくのだが、こんなにすがすがしい「異化」はあまり経験がないような気がする。天才、そう「自分であることの天才」といえるかもしれない。「自分らしく」「自分探し」「自己否定」…そんなコトバなどこの世にあるとは知らないだろう、草間のゆるぎない「絶対的自己存在」をたどってみたくなる。

しかし、この映画はそんなことにはあまり触れない。あくまで「描き続ける」今の草間のみに集中する。それは観る者の自由な解釈を許しているのかもしれない。だからこそ徹底して草間は自己を絶対化し、意識的に観る者を「異化」しているようにも感じる。一年半撮り続けたという監督は、今でも草間の前に出ると緊張するという。

わたしにも描けそう、と思う不遜さをなじるように、ひたすら黒丸を描き続ける草間の手のシワを触ってみたくなった。韓国海苔をおいしそうに食べるシーンがこの映画の唯一の「食空間」だが、ひょっとしたら宇宙食を食べて生きているのかもしれないと思わせるコミカルささへ湛えているドキュメンタリー映画である。(高雄)

▲page top




 02.27 胡同の理髪師   ハスチョロー監督/中国/2006年
ドキュメンタリーのようなフィクションである。チンさんという90過ぎの理髪師が自分の日常を自演した映画、つまり本人が演じる彼のための映画だ。チンさんの日々の暮らしが淡々と描かれている。朝6時に目覚め、枕もとの入れ歯をはめ、柱時計のネジを巻き、カレンダーのスケジュールに丸をつけて…一日の仕事に出かける。

今はもうないかもしれない胡同と呼ばれる北京の路地を、三輪自転車でゆっくり走り抜けて、お得意さんの家を回る。屋根瓦と石畳がくすんだ墨汁のような美しさの中で、白髪のチンさんの姿が凛と明るい。彼の使い慣れたはさみや剃刀で、じいさん達の頭は芸術作品のようにつやぴかに輝くのだ。窓辺の光を浴びながら、ジョリジョリと滑らかなクリームと一緒に髭を剃られ、蒸しタオルでしばし顔面を覆われる幸せ。私も髭モジャの男だったらゼヒ体験したい。静かで幸福な時間になるだろう。「こざっぱりとした服をきて、身奇麗にしなきゃ。そして外に出かけることだよ」というチンさんの声が聞こえてきそうだ。

最後にチンさんに綺麗にしてもらってあの世に行きたいと、お得意さんたちは思っている。だから皆、寝たきりになっても、ベッドの上でチンさんを待っているのだ。彼らが息子や孫より、チンさんと会える時間を楽しみにしているように、チンさんも彼らとの時間を大切にする。そして、自分にもやがて訪れる死への準備に取り掛かる。

腕のよい理髪師であり、今まで多くの有名人の顧客を持っていたチンさんは、最初から理髪師を志していたわけではなく、「仕方なく」理髪師になった。本当は京劇の俳優を目指していたが諦めることとなり、様々な回り道をして理髪師になったという。彼がテープに吹き込む自分史の語り口に、なぜか郷愁を感じた。流されるままに理髪師となり、結婚し、子どもが生まれるが、その子はあまり出来がよくない。しかし一人暮らしのチンさんにとって、そういった息子や孫の暮らし向きにはあまり関心がない。息子が生活の困窮を訴えて金を無心に来れば、蓄えの中から何枚かそっと差し出してやるだけである。

仕事が終われば友人たちとマージャンをして、夜9時にはベッドに入る。ふと、チンさんは9時間も睡眠をとることに気付いて、その身体のタフさに改めて驚いた。頑迷さや神経質な過敏さとは無縁な、彼の丈夫な体に市井にひっそり生きる者の風格が漂う。(青木)


▲page top


 


 02.14  コリアン・オムニバス・コレクション
    
@「ドント・ルック・バック」2005 A「まぶしい一日」2006 B「もし、あなたなら-6つの視線」2003
           

日本でいう韓国ミニシアター系映画。例の広島市映像文化ライブラリーの“アジア映画特集”で上映され、わたしは3日連続、足を運んだ。@Aは、ポスト「386世代」、つまり1970年代生まれの監督が、韓国社会、朝日関係をそれぞれ3つのエピソードで描く。Bは、「オールド・ボーイ」「子猫にお願い」など、「386世代」のいまや実力派といわれる6人の監督が20分で描く「差別と人権」をテーマにしたオムニバス映画。

こうしたオムニバス映画の持つおもしろさは、多面性・多様性で浮かびあがらせる「現実」の、多面性・多様性にあると思う。つまり「混乱」「困惑」という、日常性をかき乱す小気味よさがあるのだ。

@では、大学院生で兵役についた男の話が面白かった。退役を前にして休暇をとった男の、不安定なこころや不安定な立場が、コミカルに描かれる。「ドイツに行ったことのないドイツ文学者」である男は、同級生の集まりで、下級生の、しかも女性が「ドイツに留学して母校で教授になった」ことを知って打ちのめされる。さらに妻も教授になり、不倫していることが分かる。2年の間にどんどん変わっていく風景に追いついていかない不安定な「身体」。友人の結婚式で知り合った女とセックスし、妻の不倫現場に乗り込む…。

Aは、タイトルどおり「まぶしい」映画だった。それは、たぶん、私が年をとったことと関係していると思う。10-20代の若者が出会いという「偶然」を「必然」にしていくそのみずみずしさを、我が姿を重ねつつ、間を置きつつ観ていた。

祖父の宝物が済州島にあることを知って、旅に出た2人の少女AとB。地元の少年たちの暴行にハングルで応酬する少女B。初めて在日韓国人であることが少女Aにわかってしまう。Aは「うそつき」とBをなじるが、怒りながらも遠く自分も「朝鮮」とつながっていることに喜びを感じる。済州島は、祖父が若い頃地元の女性と恋愛をした「宝島」だったのだ。できすぎという感じもするが、2人の「戸惑い」が、日朝という「政治性」を日常化していて、まぶしかった。

Bは、どれも一ひねりある、うまい「啓発」(!?)映画。「ダイエットと二重瞼」にふりまわされる教育現場を皮肉る『彼女の重さ』、「性犯罪者の居場所」を子ども視線で映す『その男、事情あり』、ソウル一大きい交差点を横断しようとする身体「障害者」を描く『大陸横断』、英語の発音をきれいにするために舌の手術をする小学生とその母を描く『神秘的な英語の国』など、どれもどれも笑えて、ちょっと悲しかった。(高雄)


▲page top




 02.05 晩菊  成瀬巳喜男監督/日本/1954            

スーパーの中にある映画館で成瀬巳喜男監督特集をやっているのを知って、そのうちの3本を観に行くことができた。実は、今までちゃんと観たことがなかったのだ。今回観たのは「女の中にいる他人」「女が階段を上る時」「晩菊」。それぞれ味わいがあったけれど、この「晩菊」がめっぽう面白かった。多分、「晩菊」の登場人物たちが私と同世代の人生の折り返しを生きる女で、感じるものが多かったからだと思う。

原作は林芙美子。最初から札束を数えるシーンで、最後まで金・金・金…の映画である。かつての芸者仲間のその後を描いたもので、主人公役の杉村春子や沢村貞子はもちろんのこと、細川ちか子、望月優子の演技も見事だ。彼女たちの立ち居振る舞い一つひとつが、なめらかに美しく流れていく。お札を数える、菜箸をつかむ、酒をあおるという手の動きだけで、ほのかに生活の匂いが舞うのだから、すごい。

借金の取立てに歩き回る金貸しと言ってしまえば、守銭奴のようで実もふたもないのだけど、主人公のきんは、昔ちょっと好きだった憧れの人との再会に、いそいそと胸をときめかすような普通の女である。身寄りのない一人暮らしの女が、貯蓄に励むのは至極当然であり、演じる杉村春子も、さらりとかっこよく見映えがよい。成瀬巳喜男は、憐憫や哀愁という固定観念で女をみていないということが伝わってくる。

女たち3人は、皆きんに借金しているのだが、それぞれ飲み屋をやったり、旅館の仲居をしたり、雑役婦みたいなことをして生計を立てており、けっこうヨレヨレである。子持ち同士のたまえととみは小さな家に一緒に住んでいる。この2人がかもす雰囲気がなんとも笑えておかしい。パチンコ狂のずぼらな女と、病弱でマザコン息子を持つ女という、どこにもいそうなダメ母なのだけど、お互い愚痴りながらも助けあい、したたかに生きている姿にしみじみとしてしまう。当たり前のことながらステレオタイプの「芸者あがり」なんていないのだ。

まだ10代の頃、夕暮れ時に三味線や化粧ボックスのような手提げを持つ年配の芸者さんたちとよく電車や船で一緒になった。彼女たちは宴会のお座敷に呼ばれていくところだったのだろう。粋で、どことなく生活に倦んだようなけだるさが漂っていて、妖しい世界に住んでいる人のようにも見えたし、おしゃべりに興じるその辺のおばさんのようにも見えた。「晩菊」を観て、ちょっと彼女たちのことを思い出した。(青木)


▲page top




 01.15 ジャーマン+雨  横浜聡子監督/日本2006            

観たい映画に限ってモーニングショーだったり、レイトショーだったりする。これは都心から遠く離れて暮らす身にとっては、ちょっときつい。でも、その映画がアタリ!だったらすごく嬉しい。この映画もまさにそれで、深夜の星を見あげて新年早々幸せな気分になれた。トラウマだ、癒しだ、心の傷だ・・・と、哀愁たっぷりに湿り気を帯びた表現で描かれる日本映画が多い中、気持ちのいい開放感に溢れた作品だ。

だからといって、単純に陽気なプラス志向話ではない。主人公の林よし子は、貧乏、ブス、デブ、性格悪い、家族いない・・・・の負の連鎖を抱えて生きる16歳で、トラウマまみれの人間である。ことあるごとに「うるせえんだよ」「かえれかえれ」と吐き捨て、ボロ家に一人暮らす植木職人の卵だ。

将来は憂歌団のような歌手になりたい彼女は、小学生や、たった一人の友達のトラウマを聞きだしてはオリジナル曲を大学ノートに書き溜めている。映画の題名でもある
ジャーマン+は、自分のトラウマを詩にした歌で、アカペラで彼女が声を張り上げて歌うのだけど、これがとてもいい。

けれども、その彼女のドロドロした情念も、小学生が聞けば
『よし子先生、バカ丸出しの歌』という曲になってしまう。自分のトラウマも、他人から見ればなんか陳腐、おかしな話にもなるということ。この突き放し方がとてもあたたかい。よし子は小学生が作った『よし子先生、バカ丸出しの歌』にいたく感動して、「おまえら、成長したなあ」と褒めてやり、彼らを引き連れてコンビニへ豪遊にいくのだ。林よし子はやさしく、太っ腹で、けなげだ。

トラウマ、トラウマと世間では近年いきなり騒々しくなったが、人は多かれ少なかれ、ずっと昔から心の底にべっとりした泥があって、たまにそれに足を滑らしてどうしようもなく混乱して取り乱したりする。なかったことにすれば楽だけど、現実には泥にまみれて歩くしかないということもある。だから、時には呻くように叫ぶように、囁くように歌を歌い、友達と笑い転げたりイジワルして絶交したりするのだと思う。「さようなら」「さようなら」とよし子とまきがずっと言葉を交わし続けるシーンが心にしみた。(青木)


▲page top




 01.04 中国の植物学者の娘たち   ダイ・シージエ監督/カナダ・フランス/2005
                                 2006モントリオール世界映画祭最優秀芸術貢献賞・観客賞
時は1980年代。中国・雲南省の、ある町の湖に浮かぶ植物園。そこにはいかにもの父と父に服従する娘アンが住んでいる。大地震で両親を亡くして孤児院で育ったミンは実習に行くことになる。孤独なアンとミンはすぐに惹かれあう。一生一緒に過ごすために、単身赴任が決まっているアンの兄と結婚する。ある晩、裸体で戯れるアンとミンを目撃した父は逆上し、ミンを殴ろうとするがアンに殴り倒される。ミンとアンは人民裁判所に連行され、死刑を宣告される。死ぬ直前に父は「私が死ぬのは心臓病ではなく、2人の病気、同性愛でだ」と言い残していたのだ。2人の遺灰は孤児院院長によって、ミンの遺言場所に撒かれる…。

こんな感想をぶっちゃけらまた嫌われるだろうなあと思いつつ、でも感じたものは消せない。家父長制にフェミニズムはかき消された! と。人が言ったら、わたしだって公式的フェミニズム批評というかもしれない。でも「同性愛」を生きたら、私がわたしとして生きたら、それを理由に「死刑」になるなんて。これをそういわずして、何と言ったらいいのか。

監督は、なぜ植物園なのかと聞かれて「物語に官能性とミステリーの要素を加えてくれるから」と言っている。そして「レズビアン映画と言われることを断固拒否」していると言う。これを観客はどう受けとめたらいいのだろうか。カテゴライズされることを拒否するというのはわからないでもないが、だが、表現者としてのポジショナリティを不明確にすることが、芸術家なのだろうか。なら「官能的な植物園で繰り広げるレズビアンポルノ映画」といっても遠くないではないか。

足の爪さへ娘チェン・アンにつませる植物学者のもとに来たリー・ミンと娘は、その「不自由さ」を二人の愛で「自由」へと解放していく。その「自由」を少なくとも監督が「愛」というなら、愛し合うその場を目撃した父から身を守るために工具で殴りかかった娘とミンを告発しないまま、死なせてほしかったと思う。病院に運ばれた植物学者は心臓病で死ぬべきなのだ。たぶん、女性監督なら、そうしたのではないか、いや、私だったらそうすると思うのだ。<希望>がほしいから。

念のため記すが、中国では現在では同性愛は違法になっておらず、同性愛者のサイトはネット上に多数あるという。いつから「死刑」でなくなったんだろう。いつになったら「性愛」が他者から裁かれなくて、他者の暴力にさらされなくてすむ世になるのだろう。(高雄)

▲page top




 12.21 愛の予感   小林政広監督/ドイツ/2007
うーん、困った。『愛の予感』という題に実は、悪い「予感」がしていたのだけど…。どうも、題名に、愛とか恋というコトバが付くのは苦手で、これまでその類の映画は敬遠していたのだけれど、今回つい観てしまった。いくつかの映画評で取り上げられ、同級生に娘を殺された親と殺した子の親との物語ということで、ちょっと興味を持ったからだ。

しかし、こういう観点からこの映画を観ると、何だか釈然としない。被害者の父親と加害者の母親が、それぞれ日本の最果てに流れ着き、孤独な労働現場で再会して、お互いに愛という感情を見出すというこの流れに、どうしても違和感を持ってしまう。どうやら映画の主題は、少年犯罪や加害者と被害者の関係性を追求することではないようだ。

では、この映画の狙いはなんだろう。相手への恨みや憎悪、悲しみや絶望を抱える父親は、当の加害者の母親と対面したとき、何もしゃべらず殴りもせず逃げもしない。ひたすら無視し続ける。母親の方も言葉を発しない。二人の間に画期的なことは何も起こらず、ご飯を食べて働いて寝るまでの、単調な日常が淡々と繰り返し映し出されるだけだ。音のない静かな映像を観ていると、苦痛になってくる。それで、二人の間にいきなり愛が湧いてくると言われたってそれはねえ。

実験的で画期的な映画なのだそうだ。二人は会話をしないし、その他の登場人物たちも殆ど何もしゃべらない。たしかに地獄の淵にいるような苦しいとき、誰かと言葉を交わす気にならないと思う。周りの人々のおしゃべりも聞こえては来ないだろう。この映画の離人症のような無音の世界は、辛さの真っ只中にいる者が感じる世界そのものかもしれない。そんな二人が、なぜケータイをプレゼントしあう気になったのか。また、そうして生じた「愛」って何か。それがわからない。母親が父親に軽く殴りかかったりこづいたりする場面だけが、妙に現実的だった。そう私もこの母親のように、わからないことのいらだたしさ、もどかしさをを監督にぶつけたい。
(青木)


▲page top




 12.03 4分間のピアニスト   クリス・クラウス監督/ドイツ/2006
「最後の4分間に感動する」というキャッチコピーだったが、感動という表現に違和感を覚えた。むしろ観終わって、人は簡単に癒されないし分かり合えないという現実の重みがのしかかってくる。ジェニーとクリューガー、二人とも心に深い傷を抱える者だが、それゆえに安易に近づこうとしない。

年老いた刑務所の音楽教師クリューガーは、初めてジェニーにピアノを教える時、「私はあなたに個人的興味はない、興味があるのは音楽だけだ」と言い放つ。ジェニーもそれに応じて、ピアノの練習に没頭する。二人は音楽を通じて心を通わせようとはせず、コンクールでの優勝を目指してひたすら猛レッスンをするのだ。孤独な二人が、それぞれ自分のために音楽に全身全霊を注ぐわけだが、とくにジェニーのレッスンの様子は凄まじい。まさにピアノと格闘し、暴れまくる。

戦時中に最愛の友人をナチの拷問によって失ったクリューガーは、養父に性的虐待を受けたジェニーの、言葉にならない感情の暴発を冷ややかに傍観するのみで、優しい言葉はかけない。もっとも彼女の辛い過去も、ジェニーにとっては興味がない話に過ぎない。ピアノだけが二人を結び付けている。そして、コンクールに臨んだ結果が終盤の4分間で明らかになるというストーリイだ。

ジェニーがコンクールで弾いたのは、クリューガーの選曲ではなく、彼女に禁じられたクラシック以外の曲、プログレッシブな即興演奏だった。これがまた激しく、山下洋輔も驚くばかりの演奏だ。観客はこのシーンに度肝を抜かれるが、私は弾き終わった後の彼女の優雅なお辞儀と、それを見つめるクリューガーの表情が印象に残った。ジェニーは、クリューガーという厳格なピアノ教師の下で、凄まじい暴力沙汰を起こしながらもレッスンし続けたことで、自己表現できる喜びを得て奈落から解き放たれたということなのだろう。優雅なお辞儀は、クリューガーへの感謝を表すものである。ワイングラスを片手にふっと表情を崩すクリューガーが、とても魅力的に見えた。

とはいえ、暴力と激しいレッスンシーンの連続で、そのけたたましさに少々疲れた。ジェニーに「音楽の才能」があるということが、何度も強調される場面があったが、「音楽の才能」がなければどうなったのかとも思う。才能もやりたいことも見えてこない者の問題の方が、私にとっては切実なんだけどなあ。(青木)

▲page top




 11.20 私のなかのヒロシマ-妻の貌   川本昭人/日本/2007

3年前から住んでいる五日市町(広島市佐伯区)には“八幡川”という地酒がある。西区と佐伯区の境界を流れる八幡川。その名を持つ蔵元「八幡川酒造」は文政年間に創業、町内の有志で資金を出し合って作られたという。最近はあまり日本酒は嗜まないが、お酒好きの方へのお土産は、この地酒に決めている。一度飲んで、結構気に入ったのだ。

さて、広島市には「広島市映像文化ライブラリー」というユニークな施設があって、毎日映画が上映されている。退職し時間をもてあましぎみの老年たちが常連で、私は特集によっては出かけていくのだが、いつも満席。なにせ500円なのだ。老人手帳を持つとタダ(私もその年になったら、日参するだろう、もうすぐだけど)。最近では中国映画特集があり、10本のうち「子供たちの王様」「阿片戦争」「ガジュマルの丘」の三本を観たのだが、今回はその映画のことではない。同じライブラリーの別企画として上映された、先の“八幡川”に関係する映画「私のなかのヒロシマ」についてである。

監督は川本昭人。今は引退しているというが、先の八幡川酒造の社長だった。彼は若いころから8ミリで徹底して「家族」を撮り続けているのだが、この「私のなかのヒロシマ」は、35年前につくった同タイトルを基本にしながら、その後の作品のなかから「被爆者である妻」を焦点に再構成し、2時間にまとめたものである。

「妻キヨ子」とは学徒動員で知り合ったというが、川本は結核で8年間自宅療養する身となり、28歳になっていた。川本の父親は、「息子にせめて結婚というものを味合わせてやりたい」とキヨ子との結婚を半ば強引に進め、キヨ子は川本家の嫁として生きることになった。キヨ子は40年前に甲状腺がんに罹り、手術。その後も倦怠感にさいなまれながら、嫁・姑の確執を経て寝たきりの姑の介護をする日々。息子である川本氏はその「妻」を撮り続ける。姑が入院したがらないので、「嫁」は頭痛がしても姑の体を拭いたり、食事をさせたりする。そして息子である川本氏はその「妻・嫁キヨ子」を撮り続ける。間に孫の成長と庭の植物たちのみずみずしさに心和ませる「妻の貌」を入れながら。

しかし、その繰り返しは、私にはどうしても「残酷な構図」に見えて仕方なかった。被爆者の戦後には確かにジェンダーがあると。そして、「客観的」であることがどんなに残酷であることかと。

キヨ子が「夜叉の貌」を持った場面が3ヵ所入っている。いずれも自分を撮り続ける「夫」に向けて放つ言葉。「あなたあ、わたしの青春を返してよ」「あなたあ、私を素材にして好きなことをして」「とにかく元気な身体になりたいんよ」。頭痛でソファに横たわる妻は広島弁で語る。一方で「若いときはいろいろあったけど、最後は私を頼りにしてくれとっちゃったんじゃけぇ、死んじゃったら淋しいんよ。あなたよりわたしゃあ、オカアサンとなごうおったけぇ」と、「妻」は泣く。どちらも「妻の貌」だ。

川本氏と知り合いだという新藤兼人監督は「この映画は愛妻記」だと記している。こうも見方が違うのかと思うと、私のなかのフェミ度がどんどん上がってくる。(高雄)


▲page top




 11.14 タロットカード殺人事件   ウディ・アレン監督/米・英/2006
五十肩になった。寝ても醒めても痛い。それで気分は「鬱々として楽しまず」だ。こういうときは、ゲラゲラ笑える単純な娯楽映画がいいと思いたって、久々のウディ・アレンを観た。

数十年ぶりに映画館でウディ・アレンの作品を見たけど、相変わらず彼の神経症的で露悪的なおしゃべりは健在だった。想像した通り皮肉たっぷりのドタバタ。30年くらい前に観たときから、貧相なジイサン顔だったけど、ようやく実年齢と容貌が一致してきた。素朴というより野暮な若い女性が好みなのも変わらず、今回の相棒スカーレット・ヨハンソンもその手のゆるいキャラで、相手役としてすんなり納得できる。ウディ・アレン扮する気弱な手品師とドンクサイ女子大生の、ハチャメチャ犯人探し話は、昔のハリウッド映画っぽく、それはそれで懐かしくもあり、マッタリとした時間が流れる。

見ているうちに、これは、男のロマンならぬ脱力系ジイサンのロマン映画だと思えてきた。どうも男は自分より若い女と出会い、二人の間に恋が芽生えるという運びが好きで、ウディ・アレンも例外ではない。今回はどうみても、恋愛するには無理があるので、偽父娘という設定にしていたところがおかしかったが・・・・。そして、ジイサンは最後にあっさり自動車事故で死んでしまうのも愛嬌だ。

マッチョの対極にある情けない貧弱な男が、若くて体力のある女学生の前で友達として力を貸したいと知恵を絞るのだが、力むほど滑稽な結果を招いてしまうという自虐ネタも、あまりに自然で鼻につかない。そうまでしても笑いが取りたいという彼のコメディアンとしての迫力に脱帽だ。ウディ・アレンは親戚のおばさんたちが多く出入りする大家族で育ったらしい。そんな環境にあって多分に女好きとは思えるが(笑)、マザコンの甘ちゃんにはならなかった。一族の女達にチヤホラされることもなく、母親にはいつも叱咤されてばかりで、すっかり捻くれてしまったからだ。不甲斐なくコンプレックスの塊となった男は、金持ちやインテリを揶揄する映画を作ることになる。それは、暗闇で嫌な奴の向こう脛を蹴って猛ダッシュで逃げるぶざまな自分を描く映画だ。弱虫のくせにへそ曲がりで、偉そうなヤツに反発したくなる者にとっては、笑いつつも身につまされる。(青木)

▲page top




 11.03 ミリキタ ニの猫  リンダ・ハッテンドーフ監督/アメリカ/2006
気になる家がある。ずっと廃屋だと思っていたが、ある夜その前を通ったらひどく汚れたガラス戸の向こうに明かりが灯っていて、驚いた。人が住んでいたのだ。それ以降、前を通るたびに、その家に電気が灯っているかどうか確認しなくてはいられなくなった。真っ暗な夜のときもあれば、テレビの光が洩れているときもある。部屋の電灯がぼんやり点いているときもある。明かりがあると、なぜかほっとする。この感じはどこからくるのだろうか?

というような日常の気になるコトやモノに焦点を当てて、身一つでぶつかっていくドキュメンタリーが『ミリキタニの猫』だ。監督がある路上絵描きに興味を持って、話しかけるところから全てが始まる。彼がニューヨークの喧騒の中、一心不乱に絵を描く姿には魅力がある。おおらかさと頑迷さ、優しさと厳しさが共存する不思議な老人だ。監督が彼を撮ろうと決意したのは、二人の出会いにはきっと深い意味があると確信したからであり、この勘は大当たりとなった。

老人ミリキタニ氏の、原爆・強制収容所体験といった個人史が、友人となった監督に向けて語られ、監督はその生の重みをしっかり受け止める。そしてミリキタニは監督の手を借りつつ過去と今を結ぶ様々な人々とつながり、充実した日々を送っているという現在進行形の気持ちのよい映画だ。見ていて印象深い場面がいくつもある。たとえば、9・11の貿易センタービル崩壊現場で悠然と猫の絵を描き続けるミリキタニの姿。アメリカ本土が史上初めて攻撃された日、塵と埃だらけの現場で黙々と絵を描いている人間がいたという事実に驚く。アメリカ国民になることを拒否し、反戦を腹に据えて生きる姿を体現したらこうなるのかもしれない。

彼の描く猫は、とってもしなやかで南欧的な色彩にあふれている。私には、砂漠の収容所で弟のように可愛がった少年へのオマージュに見えた。路上でこんな猫を描くミリキタニに興味を持つ日本人は、いなかったのだろうか。(青木)

▲page top




 10.30 こんなに近く、こんなに遠く  レザ・ミル・キャリミ監督/イラン映画/2005
韓日の「あいだ」の問題ではない。人と人の「あいだ」、自分と自己との「あいだ」、自分と世界の「あいだ」、自分と宇宙との「あいだ」の物語だ。「あいだ」というものがもつ不安と希望の物語だ。

テヘランの高名な脳外科医アーラムと息子の「あいだ」もまた、「こんなに近く、こんなに遠い」。息子の誕生日に天体望遠鏡をプレゼントすると約束した父は、しかし、家には帰らなかった。息子は天体観測するために友人たちと遠く砂漠の村に出かけていた。息子が脳腫瘍だとわかったアーラムは、望遠鏡を届けるために、息子を追う。近づくと遠くなるシリアスなロードムービーでもある。

これまで避けていた息子と向き合うために車を走らせる父は、砂嵐で舞い上がる砂漠に閉じ込められることによって、否が応でも自分と向き合うことになる。わたしは、これまで自分と向き合うことがこんなに不安と恐怖と孤独と諦念に包まれていることを表現した映画を見たことがない。映画のほとんどが、アーラムの砂漠に埋もれた車の中で、何とかあきらめないで一縷の希望を見出そうとするそのことを語っているようでもある。

わたしは落ち着かない。私と向き合うのが怖いから? 私と向き合うのが不安だから? 映画を見ながら孤独を感じるなんて、あまりそんな経験はない。それほど、この映画の会話は、「あいだ」の暗喩に満ち満ちていた。「あいだ」の距離を知ったものに救いはあるのだろうか。ラストシーンの差し出されたては手と手は、はたしてつながることができるのか。

「父と息子」の物語だが、それが「あいだ」の物語であるがゆえに、わたしの身体を小刻みに揺らしながら、傷跡を残していった。

●イスラームでは、自分自身を失ってしまった人は、神によって自分の居場所を見つけるために旅に導かれるという言い伝えがある。●

▲page top




 09.30  めがね  荻上直子/日本/2006
いよいよ観念的な映画になったなあというのが、率直な感想である。彼ら5人が「たそがれる」日々は、場所こそ明かされないが、どうも与論島らしいというのはわかるし、食事や犬やカキ氷や体操や先生や釣りや魚やすべてリアルに描かれるのだが、「めがね」を通すとそれらが奇妙に抽象画になっていく。美しい。美しすぎる。のだと、なんだか文句の一つも言ってみたくなる観念的映画に仕上がっている。

それは、「野田弘志展-写実の彼方に」で観た、例えば、黒をバックにジャガイモが転がっている絵画のようだ。わたしの目には、ジャガイモは「食べる野菜」から「浮遊するエネルギー」に変わるのだが、やっぱり気になる、象徴としてのブラック。ブラックの彼方に、作者は何を見ているのか?

5人、誰一人の過去も明かされない。関係も明かされない。小さな島の民宿につどう5人のメルヘン。その5人とは、民宿を営むユージ、民宿を手伝いながらカキ氷やもするサクラ。近くの高校の生物の先生・ハルナ、そして旅人・タエコ、タエコを先生と呼ぶ青年・ヨモギ。「たそがれる能力」のある5人は、一緒にご飯を食べ、メルシー体操をやり、物々交換でかき氷を食べ、ひたすら海にたそがれる。

しかし、これが「癒し」だとしたら、わたしは5人は何に癒されたかったのか、知りたい、気になる。つまり、ブラックによって消されたかのような「向こう側」。監督はその向こう側に何を見たから「癒し」を描こうとしたのか。「かもめ食堂」では気にならなかったのだが、「めがね」までくると、荻上監督の「肉眼で見た現在」をリアルに描いてもらいたいと思ってしまう。荻上監督だからこそ。


▲page top




 09.11  ひめゆり  柴田昌平監督/日本/2006
友人から悲しい知らせが届いた。「○○(彼女の娘の名)がメキシコで亡くなった。今からメキシコに行きます」。なんだって!  向日葵のような子だった。どちらかといえば内向きな我が子どもたちと違って、周りを明るくする元気なパワーあふれる子だった。メキシコねー、うん、あってる、あってる。青い空に、流れる雲の下で、思いっきり皮膚を自由にして泳いでる姿が浮かぶ。帰国のために空港に向かう途中の交通事故だったという。会社の夏季休暇中の出来事。24歳、ひとり旅。これからすべてがうまくいくはずだった9月のメキシコの空の下。

まさしく青い空に、流れる雲から始まるドキュメンタリー映画「ひめゆり」は、「ひめゆり学徒隊」の生存者22人の証言をまとめたもの。監督は言う。「この映画は僕のメッセージを伝えるためではなく、『ひめゆり』のおばちゃんたち一人ひとりときちんと向き合い、とことん話を聞いて、彼女たちの体験と思いを記録として映像に残すためにつくりました。1994年から13年間にわたって記録した証言は、100時間以上になります」と。

生存者の1人・本村つるさんはこの映画に寄せて「戦後、ひめゆりを題材に小説や映画が数多く世の中に出ましたが、それらのほとんどがフィクションです。実は、私たちはそれらが出るたびに、落胆し、憤慨していました」とパンフレットで語る。このドキュメンタリーの迫力は、監督の、当事者の声に耳を傾けることしかないという謙虚な態度にある。沖縄戦のフィルムを間に入れながらの証言はとてもシンプルな構成といえるが、動と静の織り成すメリハリのある空間を作り出している。それはたぶん、監督の思いが排除された、「当事者」の今を生きる映像だからこそ、静かに「ひめゆり」のかおりをかもし出すことになったのだろう。

2007年、溌剌と世界を自由に羽ばたき、思いっきり『女』を生きる愛すべき娘たち。そしてお国のため、天皇のために米軍の「捕虜」になることを恐れ自滅していった娘たち、生き残った娘たち。娘たちの息づかいをとても身近に感じる。

▲page top




 06.19 孔雀-我が家の風景  クー・チャンウェイ監督/中国映画/2005
40年間アル中でさまよい続けた兄が先日交通事故であっけなく死んで、久しぶりにきょうだいが生まれ育った家に集まることになった。父は亡くなる前に瓦を葺き替え、兄が建てたことにして自分の墓を立てた。その瓦だけが、朽ち果てようとする「家族」に抵抗するかのように妙に陽に応えていたし、兄は父によって建てられた自分の墓に入った。兄の死によって呼び寄せられた人は、9人。その中には、子どもが2歳のときに別れた元妻といまや38歳になった甥の姿があった。

元妻は散々な目に合わされた結婚生活を振り返りながら、それでも「○○さんはとても心が純粋な人だった」と兄を美化する。甥は突然現れた実父のきょうだいやいとこに囲まれて、「ぴんとこない」と言いながら、卒なく「死者の子ども」を演じる。

40年間大なり小なり、否が応でも、兄の生き様に煩わされた妹のわたしと姉は、事務的に事を運ぶことが使命かのようにふるまい、しかし甥との再会が案外冷静だったことに姉は若干がっかりしている。死んだ兄と3歳違いの兄は東京から帰ってきたのだが、彼は当時自分たちのことで精一杯だったことを元妻や甥に謝る。…………

こんな「濃い日」を生きていたからだろうか、この映画がとても切なくて、泣いてしまった。何かがすべて、なぜだかズレていく家族、友人、街の人々。遠くなっていくが、それに抗うことなく、時間がすぎていくことだけは実感する、ある場所のある一瞬。

1977年、11年続いた文化大革命が終わり、ケ小平のもと、新しい復興への道を歩み始めたそのとき、とある地方の小さな町のちいさな路地裏のアパート群にくらすある家族。街が限定されていない意味は、「我が家の風景」という副題に込められている。「ズレ」を取り込んだ「家族」というリアリティがしみじみと伝わってくる映画だ。

自由にあこがれるウェイホンは何をやっても身が入らない。ある日落下傘部隊の将校に出会い憧れる。入隊しようとするが叶わず、自分で落下傘をつくり街を走り廻る。生活を変えたくて結婚をする。弟のウェイチャンは精神障害を持つ兄を中心に生きる家族がいやで、兄に毒を飲ませようするが失敗して、街を飛び出す。両親の庇護の下で育った兄ウェイオクは、明るく働き者。母の世話で農家の娘と結婚し屋台を始める。

やがて時は過ぎ、動物園の孔雀の檻の前。ウェイホンは前の夫と離婚し再婚した相手と子どもを連れてやってくる。ウェイチャンは指をつめてはいるが、年上の妻とその連れ子を連れてやってくる。そして一番稼ぎのいいウェイオク夫婦。しかし孔雀は羽をひろげない。3組の家族が檻の前を通り過ぎたとき、孔雀はおもむろに美しく羽を広げる。

うまいなあ。「ズレ」は内部にいたら苦しいけど、外部からは美しい。

▲page top




 05.30 赤い鯨と白い蛇   せんぼんよしこ監督/日本映画/2005
テレビドラマのディレクターとして知られるせんぼんよしこさんの初めての映画作品『赤い鯨と白い蛇』。赤い鯨は戦争中夕陽に消えていく潜水艦の姿を、白い蛇は家の守り神を象徴している。この二つの象徴が、この映画に貫かれたモチーフであることは言うまでもない。出征する兵士を見送る家と家族−−そんな構図を思い起こすが、そこに監督が込めた思いとは? 

館山市の茅葺きの旧家を舞台に、老境を迎えた保江と孫娘・明美、家の住人の光子と娘・里香、以前その家を借りていた美土里、世代の違う女たち5人の過去・現在・未来をつむぐ演劇映画のようだ。それはたぶんに保江を演じる香川京子の演技からくるものかもしれないが。

保江は戦争中にこの家に疎開していた。息子夫婦と同居するために孫娘と千倉市に向かう途中、「どうしても昔住んでいた家を見たい」と館山で途中下車し、家人・光子の計らいで滞在することになる。保江は海軍特攻部隊の少尉・森嶋鶴彦を思う。残された手紙に「自分に正直に生きてほしい」とあった。わたしが忘れたら、あの人は二度死ぬことになる…。

大学生の明美は、亡くなった母親に代わって育ててくれた保江を無事伯父さんのところに届ける役割だが、明美はその日、自分が妊娠していることに気付く(それが突然吐き気をもよおすことで表現されていた! 懐かしくて古い)。ボーイフレンドに告げると、産むのなら結婚しないといわれる。明美もその気はなかったが、保江から「せっかく授かった子どもなんだから」と言われて…。

光子の夫は3年前、突然家を出て帰ってこないまま。待ち続けたが、区切りをつけようと古い家を建て直すために引越しをしたばかり。明美を駅に見送ったとき、その夫の後姿が目に入り、動揺する…。里香は、初潮を迎える。保江の物語を一番受け止めたのが里香。わたしがおばあちゃん(保江)のことをずっと覚えていてあげる…。

美土里さんはサプリメント食品のセールスをしているが、詐欺まがいのセールスで大金を持って客から逃げ回っている。美土里の夫は光子のところに電話をしてきたのだが…。

監督はこの映画の隠れたモチーフを「人は、その人を思い出す人間がいる限り、静かに生き続ける」ということだという。確かに。戦死した森嶋を思い続ける保江、夫を待ち続けることにした光江、夫の元に帰ることにした美土里…。女は海辺にたたずみ「男たち」を思い続ける。

うーん。それって、どうなの主義がわたしの頭をもたげても来る。女5人のみの登場人物ですすむこの映画、終わってみると、「男たちの物語」になっていた、という見方、穿った見方? かも。

▲page top




 05.20 あなたになら言える秘密のこと   2005ゴヤ賞最優秀作品賞・監督賞・脚本賞受賞
                              イサベル・コイシェ脚本・監督/スペイン映画/2005
イサベル・コイシェ監督の前作は『死ぬまでにしたい10のこと』だと言えば、思い出す人も多いだろう。ガンの末期で余命2〜3ヵ月と宣告された23歳の女性の物語だ。その前が『あなたに言えなかったこと』だというから、「〜のこと」と名づけられた連作ともいえるが、この「〜のこと」というタイトルの響が結構気に入っている。<わたし>物語への誘いを感じさせるから。そして、作品『あなたに言えなかったこと』が『死』という経験を挟んで『あなたになら言える』ことに変化させる時間を丹念に映画を通してつむぐ監督に、「痛みの共有」こそ希望であるというメッセージを読み取れるのだが…。

ハンナは誰とも馴染まず、職場とアパートを往復する毎日。ハンナには誰にもいえない秘密がある。ある日、上司から休暇を無理やり取らされたハンナは見知らぬ町に降り立ち、油田の事故で負傷したジョゼフという男を看護することになり、ヘリコプターで海に屹立する油田掘削所に向かう。一時的に視力を失っているジョセフは自分のことを何一つ語ろうとしないハンナに、ユーモアに満ちた巧みな話術で語り、ハンナの心を開いていく。事故の原因にもなったジョセフの「秘密」を聞いて、ハンナも自分の「秘密」を語る。2週間後、ジョセフは病院に運ばれ、ハンナは休暇が終わり、元通りの生活に戻る。退院後ジョセフはハンナを探し当て結婚する。庭で遊ぶ2人の幼子の声をききながら、ハンナは台所の食卓に静かに身を置く。静謐な不安感を漂わせながら幕は閉じる。

さて、ストーリーは静かな感動を呼ぶに違いないとは思うのだが、わたしには後味の悪さが残った。というか、ジョセフとハンナの「痛みの共有」に、とても違和感を覚えたのだ。それはハンナの持つ「秘密」にかかわるものだ。

クロアチア人で、看護学校生だったハンナは車で親友と故郷に帰る途中、同じクロアチア兵士に捕まり、性暴力など残虐な行為を受け、親友(何人かは明らかではない)を殺されている。いまだその暴力の痕跡を身に残すハンナは、確かに世界に背を向けるしかない。食事はいつもチキンと白米と半分のりんご。餌を食べるように、口に押し込む。死さへも遠く、ただ生きているだけのハンナ。やりかけの赤い刺繍糸が部屋の無機質さを際立たせている。そんなハンナの心を開き、「痛み」を共有し、ハンナに希望を持たせるのはいったい誰なのか。

この映画では「ジョセフ」である。「男」である。「男のみの職場」である。海に閉ざされた「油田掘削所」である。全く可能性がないとは言えないが、「密室で男性から性暴力を受けた女性が、密室化した男性だけの世界で回復すること」がありうるのだろうかという疑問である。

この映画をつくるきっかけを監督は「サラエボで戦争の拷問被害者に関するドキュメンタリーの仕事をしたこと。そこで45人の女性から『想像を絶する体験談』を聞いたこと」だという。コペンハーゲンの国際拷問犠牲者リハビリセンターでも取材したと。

わたしはDV被害者のためのシェルター運営をしている。だから被害者が回復していくプロセスにも多少かかわってきているのだが、「安全だとわかっていても、当分は男性を見ると怖くて怖くて…ましてや密室とか2人だけとか耐えられない」という被害者は多い。ハンナの経験が何年前の出来事かははっきりしないが、そう年月が経っているとも思えない。

女性であるイサベラ監督のファンタジーだろうか。ハンナの「痛みを共有すること」が可能なのは、加害者が「男性」だからこそ、「男性」であってほしいという。もしそうなら、それは「痛みを共有するもの」ではなく、ただ単に救済者でしかないのではないか。この構図はいつか、どこかで見た風景だ。

女たちはこの構図を変えるために、「あなたになら言える秘密のこと」として、女の体験を語り始め、女たちと「痛みの共有」をしてきた。そんな時代を共に生きてきたものとして、だからどうしてもこの映画の全体像を受け入れるわけにはいかなかったのだと思う。(たかお記)

▲page top




 05.03 善き人のためのソナタ    アカデミー賞、ゴールデングローブ賞外国語映画賞ノミネート
                             他多数映画祭で受賞
                            フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督/ドイツ映画/2006
ドイツの郵便配達……1人の50歳代の男性ヴィースラーが、背筋を伸ばし早朝の街をキャリィバックを引きながら歩くラストシーンはなかなか印象的だった。なぜ彼は郵便配達をしているのか。郵便配達という職業は、なかなか思わせぶりでいい。あの乱れぬ歩調は、自分の過去と今の息をあわせるための意志のように。

1984年、東西冷戦下の東ベルリン。国家保安省(シュタージ)局員のヴィースラーは、劇作家のドライマンと舞台女優である恋人のクリスタが反体制的であるという証拠をつかむよう命じられる。成功すれば出世が待っていた。しかし予期していなかったのは、彼らの世界に近づくことで監視する側である自分自身が変えられてしまうということだった。国家を信じ忠実に使えてきたヴィースラーだったが、いつの間にか反体制のはずの彼ら2人の自由な思想、音楽、文学、生活、そして愛に影響を受け、今まで知ることのなかった新しい人生に目覚めていく。2人の男女を通じて、あの壁の向こう側へと世界へ開かれていく…。ヴィースラーは「2人」の世界を守ったため、ただ蒸気で手紙を開封するだけの郵便部に左遷され、4年半後に「ベルリンの壁」崩壊を迎える。そして、ヴィースラーは郵便配達という仕事につき、もくもくと郵便を配達し続け、ある日書店で一冊の本を見つける。

ソナタとは、カンタータ(声楽曲)に対して器楽曲のことをいう。ピアノのための、ヴァイオリンのための、ソナタ。この映画のために作曲されたソナタは、「善き人のためのソナタ」。「善き人」とは誰のことなのだろうか。新しい人生に目覚めていく人はすべてが「善き人々」なのだろうか。きっとそうだ。ソナタが聞こえた人はすべて「善き人」なのだ。

わたしは、気がつけば「善き人」というコトバに反応してしまっていた。そして思いを巡らす。40年アル中で「迷い道」を歩き続けた兄が、あっけなく死んだことに。交通事故による、ほぼ即死状態。川縁の暗闇には、一瞬にして壊れたフロントガラスの車と壊れた肉体となった兄と、壊れた日常を呆然と見つめる加害者がいたことになる。

新しい人生に目覚めることのなかった「兄」だと私は思っていたが、しかし、今思う。誰が、彼がソナタを聞かなかったといえるだろうかと。つまり、わたしは彼と共にソナタを聞くことはなかったということだけなのかもしれない。

郵便配達をするヴィースラーと兄の歩調が、コツコツとソナタと共に聞こえてくる。(たかお記)

▲page top




 02.11  ダーウィンの悪夢  2004年度ベネチア国際映画祭ヨーロッパ・シネマ・レーベル賞他多数受賞
                          フーベルト・ザウアー監督 フランス=オーストリア=ベルギー映画   
     
アフリカ・タンザニアのヴィクトリア湖。半世紀ほど前に放たれた肉食魚ナイルパーチ。巨大魚ナイルパーチは瞬く間に増え、淡白な白身はヨーロッパ・日本(白すずき)への海外輸出で“大金になる魚”になった。ナイルパーチによって湖の生態系は壊れていくが、漁師はもちろん、加工・輸出業者が湖畔の町ムアンザに群がり、一大産業を産んだ。映画は、ナイルパーチが生んだ悪夢を追うドキュメンタリーだ。

旧ソ連地域からやってくるパイロット。そのパイロットを相手に売春する女たち。エリザはある日誰かに殺される。貧困から抜け出すためにやってくる農村の人々。しかし、仕事にありつけるのはほんの僅かな人々。貧困が蔓延る。町にはストリート・チルドレンが溢れている。ひと鍋のごはんに20人が群がり、一掴みのご飯も喧嘩で零れ落ちる。漁業研究所の夜警ラファエルは「戦争になれば金になるのに…」と呟く。地元住民は、高いナイルパーチの切り身は買えず、加工工場からトラックで送り出される頭や骨を揚げたり焼いたりしたものを食べる。残骸の山からはアンモニアガスが噴出し、体を蝕む。

魚を運ぶためにやってくる飛行機には、アフリカの紛争で使う武器が積まれているというのは本当なのだろうか。そんな“悪夢”にのって、加工切り身はヴィクトリア湖から遠路わたしたちの食卓にやってくる。

グローバリゼーションという構造的暴力を目の前にして、私はいったいどんな顔をして映画館を後にしたらいいのだろうか。「ナヌムの家」を見たときも同じような気分だったのを思い出す。わたしの足をどちらに向けて歩き出したらいいのかわからなくなり、しばらく立ち尽くすしかないのだ。

暴力が売り物の映画は足を運ばなければいい。予測しない暴力シーンには目をつぶればいい。だが、こうしたドキュメンタリーは殴りあったり殺しあったりするシーンはないが、すべてが繁栄の裏の「暴力」。目をつぶってもつぶっても眼に映し出されるナイルパーチの残骸の山。アンモニアガスで眼が潰れた女性。

監督は言う。「この映画は魚の映画ではなく、人間の映画だ。ナイルパーチのボイコット運動を望んではいない。ボイコットをするなら、武器のボイコットをしてほしい」と。

偶然、友人2人が観に来ていた。しばらくぶりなのでおしゃべりしようと近くの喫茶店に入ったが、今トレンディというコーヒーぜんざい!を頼んだ後、しばらく沈黙が続いた。(たかお記)

▲page top




 1.26  ある子供  2005年度カンヌ国際映画祭パルムドール大賞
                   ジァン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督  ベルギー・フランス映画 
「乳母車を乱暴に押している若い母親」を見かけたのがきっかけでこの物語はできたという。しかしその「母親」の物語ではない。脚本家は、その「父親」と「子供」の物語を生み出した。ドキュメンタリー的であるのは、より抑えられた演技のせいではなく、監督の「貧困層が希望を持つ映画をつくりたい」というリアルな感情が画面を抑えているからかもしれない。韓国のビョン・ヨンジュ監督が「女性が希望を持つ映画を作りたい」といったのを思い出す。

若年層の失業率が20%というベルギーの話。ブリュノ20歳とソニア18歳は同棲している。ソニアが2人の子供ジミーを出産して家に帰るとブリュノはお金のために部屋を貸していた。そう、ブリュノは、少年を手下に盗みをしては売ってその日暮らしをしている「大人になりきれない」男。しばらくして、ブリュノは盗んだビデオやカメラのように自分の子供を売る……。

ブリュノもまた親に捨てられた「子供」。母親は他の男と暮らし、ブリュノの人生に関心を持たない。ブリュノはジミーに関心を持たない。ジミーはソニアの「母性」だけを頼りに生かされている。そしてソニアのジミーに対する関心だけが、「子供」との世界をつないでいる。「母性への信頼」がブリュノの「父性」を呼び覚ますという、ある意味では常套な筋書きだが、しかし、監督は、その希望を表すのにブリュノの小さな小さな、観客が見逃しそうな「誠実さ」を積み重ねていく。それが希望をもたらすのだと。

例えば、犬のようにじゃれあい喜び合う2人。盗品の分け前を1円たりともごまかさない彼。失敗しても仲間を決して見放さない彼。一瞬自分が子供であることを自覚するときの母親への眼差し…。観客は、ほっとしながら、そのゆるい時間を引き受けると同時に、「変わりゆく」ことの困難さを引き受けることにもなる。

ブリュノとソニアが刑務所の面接室で抱き合って泣き続ける場面でこの映画は終わる。「抱き合う」ということは「待つ」ということ。「待つ」ことは希望だ。(たかお記)

▲page top




 01.20  イカとクジラ  全米映画批評家協会脚本賞など数多くの脚本賞を受賞
                   ノア・バームバック監督  アメリカ映画
ちょっと気を引くタイトル「イカとクジラ」。「小と大」。「子どもと大人」。ぐらいを想像して映画館に行った。あながち違ってはいなかった。映画で出せないのは「匂い」だと思っていたが、この映画は家族という「性的匂い」をぷんぷんさせて、疲れたけど面白かった。

舞台は1986年、作家・文化人や芸能人がたくさん住むというブルックリン。ある日、16歳のウォルトと12歳のフランクは、両親から離婚を宣言される。以後は「共同監護」のもとに二人の間を平等に行ったり着たり。元人気作家の父は教え子と同棲するうらぶれた大学講師。いま人気作家の母はかつては家族4人のテニスコーチだった男と同棲する。ピンポン生活するフランクはビールと自慰でストレス解消。ウォルトは学園祭でギターの弾き語りで人気者に…がそれはピンク・フロイドのパクリ。

離婚劇はよくある話だが、離婚したとたんに、すべてが性的に無化されていくのが多いように思う。しかしこの映画は違う。フランクは図書館で本棚に隠れて自慰をし、その精液を本に擦り付ける。チチもハハもそしてウォルトも生活からセックスを手放さない。その4人の間を猫が走り回る。

この映画は、監督自身の少年時代の「ストーリーは創作だが、感情的にはリアル」な映画だ。わたしが感じた「匂い」とはどんなものだったのか。たぶん監督の「感情的にはリアル」なものが、観客に「匂い」として届いたのだろう。監督はこうも言っている。「匂いや色によって、子ども時代とつながる感じがしたとき、この映画は正しい方向に進んでいるに違いないと思った」と。

自分の体験を赤裸々に語ることは、痛みがともなう。だがその「痛み」を「匂い」がともなう物語に作り上げることによって、コミカルさを漂よわせ、子ども時代の感情を一度喚起させ、次に深く記憶させていく。わたしも離婚している。子どもたちの「匂い」を忘れずにいたい。(たかお記)

▲page top




1.01.01  エコール  サンセバスチャン映画祭新人監督賞受賞
               ルシール・アザリロヴィック監督 ベルギー・フランス・イギリス合作映画
足の美しい少女たちが棺の周りを囲むところから始まるこの映画は、見るものに奇妙な不安感をもたらす。その棺から復活したのは、死者ではなく、“純粋無垢”な少女イリス。エコールはフランス語で学校を意味する。しかし見るものの「学校」の概念を見事に壊す。学校は深い森の中にあり、入学式が棺なのだから、まず見るものに不安を抱かせるには十分なシチュエーションだ。その謎は解けるともいえるし、解けないともいえる。たぶん、どこから来てどこに行くのかという、俗っぽいストーリーを拒否しているのだろう、この「少女“性”の物語」は。

6歳から12歳までの少女たちは、すべて「棺」で運ばれてくる。学年を区別するリボンの色、清楚な白い制服、自然科学とダンスの授業、なぜを問わない折り目正しい生活態度、背中に羽をつけ蝶々をイメージして踊る少女たち、森と川の光にあふれる庭…すべてが美しく厳かに執り行われるが、どこからも閉ざされた“学校”。“学校”で孵化・飼育された少女は「地下鉄道」をくぐって世界に送り出される…。

「二度と帰らない幼年期の記憶に潜む不安や憧憬を、女性監督ならではの繊細さで表現している。殺伐とした現代にこそ必要な幼年期から思春期に向かう心の季節の儚い美しさを愛し、忘れていた大切な記憶を取り戻すための装置でもある」。作家・小谷真理は「棺という閉鎖空間の中で洗練の度合いを増し独自の異世界を構築してしまった『少女性』についての物語である」という。(パンフレットより)

しかし、こうして象徴化される少女性こそ、少女は“純粋無垢”という少女像を作り出す装置なのではないかとも思える。しかし、この映画を見て不安感をもち、わたしの「少女」を奪われたくないという思いに駆られたのは、逆説的に言えばこの映画が成功しているといえるのかもしれない。(たかお記)

▲page top




 12.31  麦の穂をゆらす風  2006年カンヌ国際映画祭パルムドール受賞
                           ケン・ローチ監督  キリアン・マーフィ主演 イギリス映画
なんだかまどろっこしいタイトルだなあ、というのがこの映画を知った最初の印象だった。革命に生きる若者たちのロマンかーと思ってしまうのは、70年代を「青い麦」として生きた世代だからだろうか。祖国愛と恋愛という風はどうも苦手だ。ついついその甘い風に身を任せる心地良さに酔ってしまいそうだから。しかし国家独立という激風を知らない者のたわごとなのかも知れない。

このタイトルはアイルランドの伝統歌の名曲からとられている。イギリス支配への抵抗歌として19世紀後半から広く歌われるようになったという。

  緑の谷間にわたしは腰をおろした
  愛しい人と一緒だった
  わたしの心は、ふたつの愛のあいだで引き裂かれていた
  かつての愛は恋人に向けられた
  そして新たな愛は
  アイルランドを心から慕っていた
  静かな風が峡谷をわたり
  黄金色の麦の穂を揺らしていた

1920年、アイルランド南部の町コーク。医師を目指すデミアンはロンドンの病院での研修が決まりアイルランドを離れようとしている。コークでの最後を友人たちとハーリング(ケルト族が起源のスティックとボールを使うスポーツ)に興じたその直後、ブラック・アンド・タンズ(イギリスが送り込んだ治安警察補助部隊)がやってきて、英語名を名乗らなかったミホールは殺される。デミアンの兄テディは若者たちのリーダー。イギリス軍を前にして希望を抱けないデミアンがロンドンに出発するその日、列車に乗ろうとするイギリス軍兵士を拒んだ駅員たちの断固とした態度に、デミアンは医師になる道を捨て、テディとともにアイルランド独立に身を投じる。

独立を目指す彼らのゲリラ戦はイギリス軍を苦しめ、ついにイギリスは翌年停戦を申し入れ「イギリス・アイルランド条約」を結ぶ。ようやく自由と平和を手に入れたデミアンたちはアイルランドの音楽と踊りで祝祭を上げる。しかしその喜びはつかの間だった。内実はイギリスはその自治領として認めただけで、イギリス国王は総督として権限を持ち、北の6郡はイギリス領として分断されたのだ。この条約をめぐってアイルランド人同士の内戦が始まる。兄テディはこの条約を自由のステップとして賛成し政府軍に加わり、弟デミアンは完全な自由を求めて反対の立場をとり、兄を敵として内戦を戦うことになる。その闘いの中で、デミアンは政府軍にとらえられ、テディの手で銃殺される…。

デミアンを演じたキリアン・マーフィはこの映画の舞台コークの出身だ。「僕の祖父は銃撃され、従兄弟はブラック・アンド・タンズに殺された。誰もがなんらかの関係を持っている」というマーフィ。身体に焼きついた「独立の悲劇」は彼をデミアンと同一化させるに十分な背景を持っている。その身体的想像力が観客に「風」を起こしている。だからこそ彼の抵抗歌となって、わたしたちに届いてきたような気がする。「届く」ことは過去としてではなく「今の悲劇」を想起させるということだ。

キリアン・マーフィの前作は、ニール・ジョーダン監督の『プルートで朝食を』。女装を生きるキトゥンと革命を生きるデミアン。それは、異性愛者に不可視化される自らの性的アイデンティ、イギリスに不可視化されるアイルランドのアイデンティと重なるなかで、その境界を揺るがすことこそ希望であることを伝える二作だ。(たかお記)

▲page top




 12.06 トンマッコルへようこそ   2005年青龍賞 大韓民国映画大賞/2006年大鐘賞
                           韓国映画 パク・クァンヒョン監督 俳優シン・ハギョン他 
 
感動の前に「やられた」と悔しくなる映画も珍しいかもしれない。

2005年度の韓国で興行収入NO.1に輝いたこの作品は,南北朝鮮戦争のさなか,とある村に,連合軍,韓国軍,人民軍の3者が顔をあわせてしまうところから始まる。その村“トンマッコル”に引き寄せられるようにそれぞれがたどる道は,それぞれに敵の襲撃を受ける中を逃げ惑う,過酷そのものでありながら,たどりついた村はそこだけにぽんと陽がさしている,真綿に包まれたような平和そのものの村。戦争など知らない,自給自足の生活をしている村民達の1年分の食料を吹き飛ばしてしまったことから始まった村民との農作業の毎日から,少しずつ打ち解けていく韓国軍2人と人民軍3人。

しかし,ハッピーエンドでは終わってくれないのが韓国映画。覚悟以上に,激しい最後を迎えるが,その最後もこれまた「やられた」と思わずにはいられない。

全編通して反戦を訴えている映画であるが,前半は,誰もがもっている“生きる力”をやわらかく描くことでその言葉に代えている。後半は,激しい場面の中に戦争という暴力を“新しい力”で軽やかに飛び越えてその言葉に代えている。

反戦をテーマにした映画は私も何作も見たが,こんな描き方は初めて見た。こんな描き方もあったかと「やられた」なのである。韓国の映画の暴力シーンに正直辟易して,しばらく鑑賞を避けることもあったが,本当に「進化」している。日本もいつまでも“大和”だのなんだのと言ってちゃだめだろう。

最後に断っておきます。この映画,ファンタジーですから,皆さん肩の力を抜いて楽しんでください。(N記)

▲page top