「デコは広いが、ハゲではない」
「脱毛症だが薄毛だ、くらいにしておいてあげなさい」
―――東の抜毛 西の総禿 其之一―――
<前回までのあらすじ>
その時、更夜のヅラがずれた!
そうして・・・・!?
| 東の抜毛 西の総禿 其之三 * 「おれ、いまので分かった。俺は斡由には協力しない」 「六太――」 「更夜に剃髪を命じるような奴、嫌いだ。更夜はあんなに抜け毛を嫌がっていたのに」 「―――え?」 「最初に会ったとき、そう言っていたじゃないか。大きいのに出来た5円ハゲ、あんなに嫌っていただろう?」 「―――おれはもう、そんなこと気にしない。俺は斡由の臣だから、斡由が仲間が欲しいのなら、いくらだって剃ってみせるよ」 更夜は言った。六太の悲しげな顔を見て、更夜は心底情けない気分になる。 「―――麒麟もそうなんだろう?王がハゲれば、一緒にハゲになる生き物だって聞いた」 「尚隆はハゲたりなんかしない」 「決してと言い切れるか?髪なんていつまで生えているか分からない。六太の主だってそれは同じだ」 赤い髪に一房だけの白が格好いい令尹と思っていた。―――政は外見で行う訳ではないのだが。王なら有髪のままでいられるだろうか。そんなことはありえない。 「そんなことはない」 いきなり割り込む声があって、更夜は慌てて後ろを振り返った。 「俺は、六太に剃髪などさせない。ハゲの麒麟なんて見栄えのいいものではないからな」 「―――お前……」 「お前は本当に六太の友のようなので、頼む。こいつを返してはもらえんか。どうしようもない悪餓鬼だが、これがいないと多少は困ることもあるのだ」 その言葉に、更夜は妖魔の首に手をかけた。 「―――麒麟がいなければハゲるか」 「なに!?」 驚く男の顔に、やはり、と思う。 「麒麟の鬣を煎じて飲めばハゲ防止の妙薬となる・・・知らないとでも思うの」 そろり、と更夜は六太に向かって踏み出す。その手には銀色のハサミが握られていた。 「更夜―――よせ!」 更夜は首を振った。 「斡由が莫迦なんだ。さっさとこうしていれば良かったのに、ケモノの鬣なんて汚くて飲めないなんて……。カツラの方がよほど汗くさくて汚いのに」 「だめだ。麒麟の鬣は王のハゲにしか効かない。民のハゲを直せるのは王だけだ」 「そんな詭弁信じるとおもうの?」 「よせ!こんなことをしても斡由のハゲは直らない」 「斡由はハゲが好きなんだ」 だが、そんな自分が認められない。人からハゲた尹令よと謗られることを畏れてカツラをかぶる。なのに臣下には剃髪を禿頭を強要するのだ。そう、その時だって斡由ははっきりと「剃れ!」とは言わない。だた、斡由は繰り返すのだ。髪の毛の不潔さを。ハゲの素晴らしさを。若者が髪を伸ばしていることなど世の乱れの象徴でしかないことを。甲子園球児の剃髪の清々しさを。 たまりかねて更夜は一人ひげ剃りを頭に当てた。―――もう、何年も前のことだ。 そうして雁国に蔓延しはじめたハゲ因子……抜けていく髪を嘆くより自ら剃る道を選んだことを悔いてはいなかった。……否、そう思いこもうとしていた。 「なぜ有髪がいいんだ?髪というのは抜けるものだ。どれほど惜しんでも抜けていくのは止められない」 そう、更夜はハゲだった。髪が抜けてしまうことをハゲというのなら、更夜の頭は剃髪などでなく、ハゲだった。 「髪が抜けようと、みっともなくハゲようと、そんなこと全部しかたがない。斡由がそれでいいと言うんだから、それでいいんだ」 「更夜!」 「髪が抜けるのが怖いか?ハゲになるのが怖いか、坊主は嫌か?楽になれる方法を教えてやろうか」 更夜はにったりと笑う。 「―――全部抜けてしまえばいいんだ」 「…斡由がハゲてもいいのか」 六太が問えば、淡々と頷く。 「斡由はハゲたかったんだから、それでいいよ」 「―――斡由だけがハゲになるのではない。この国皆がハゲになるのだぞ!」 「それこそ望むところだ。皆がハゲなら、だれもハゲに悩むものはいない」 六太は目を瞑る。―――それを言われたらお終いだ。 「―――ふざけるな!!」 それを一括したのは尚隆だった。 「髪が抜けてもいいだと?ハゲでもいいと抜かすのだぞ、俺の国民が!!民がそう言えば、俺はなんのために……」 尚隆は唇を噛み締める。 髪の無い男になんの未来がある?女からは嫌われ、男からは同情の眼、齢でもくえば貫禄も出ように仙だとてそれも適わぬ。 「生き恥さらして増毛したのは何の為だ!俺は一度生まれ持った髪を無くした。悲嘆に暮れて死のうとまでしたのを、それをしなかったのは、まだ諦めるには早いと悟ったからだ!」 髪が欲しいか、と六太は尚隆に訊いた。 「おれはお前に豊かな髪をよみがえらせる為だけにいるのだ、……更夜」 「……おれはそんな綺麗事を信じるほどめでたくはないよ」 紫電界、アデランス、アートネーチャー、髪の友……どれほどの手段を講じただろう。だが、そんなものは効かないのだとさとった。朝、枕についた髪の毛を数える習慣にもやっと慣れた。一度盆からこぼれた乳が戻らないように、一度抜けた髪は頭皮には戻れない。分かっていたことなのに。 「俺はしらない、聞きたくない!」 これ以上の現実を正視したくなどない!!! * 「髪が欲しいか」 「欲しいな」 「髪を生やしてやってもいい。―――お前がそれを望むなら」 「どんな髪だ?」 「詳しくは言えない。だがお前がそれを望むなら、お前はお前に残った僅かな毛とも別れを告げなくてはならない」 尚隆は頭上にたなびく三本の毛を思って苦笑した。 「……別れを告げなくてはならない毛が、俺に残っていれば教えてもらいたい」 「今度生えてくる毛は黒髪とは限らない」 「……ほう?」 「髪が欲しいといえ。俺を臣下に迎えると。お前がハゲという宿命を負っているなら、おれは育毛剤を抱えている」 「―――臣下に迎える。ただし、必ず地毛だぞ。カツラやアデランスは許さぬ」 六太は肯き、彼の望むものを与えた。―――三千本の新たな地毛を。 * 「ありがとうな……更夜に髪をくれて」 「別段、お前の為にしたことじゃない」 「……ひょっとして、怒ってるのか?」 「怒っていないと思うのか?今回のことで、一体何が起こったか分かっているか?」 「……悪かったよ」 「三本だ!今回のことで少なくとも三本、俺の髪が抜けた」 「…………」 三本くらいいいじゃねーかと思ったが、賢明な六太は口を開かなかった。 「尚隆」 「なんだ」 「お前が更夜にくれてやったように、おれにも毛をくれるだろうか」 「きいてやらんこともない・・・どんな髪が欲しい」 「……緑のパンク。もしくはピンクのドレッド。もう二度と抜け毛に怯えなくてすむような強靱な髪。ハゲの憂いをもつことのない髪、―――おれはずっとそれが欲しかった。」 「お前にはそんなに見事な金の鬣があるだろう」 「―――カツラだ。知らなかったか」 「……ああ」 ふと尚隆は笑む。 「では俺は、お前に髪が生えるまで、目を瞑っていよう」 * 「……黒くなったよなぁ」 六太はぼんやりたまの背中から風越しに見る尚隆の頭に見入っていた。 ―――髪がほしいか。 六太はこの男にそう訊いた。 ほしい、と言い切った男は、いまこのハゲと化した己の頭をなんと思っているのだろう。まさかこれほどまでのハゲだとは思わなかった。 つるつる、ぴかぴか。―――男の頭を感心して眺めていると、その視線に気付いたのか、ふいに六太を振り返った。その顔に向けて笑う。 「みごとに何もないな」 男はただうなずいた。 「無から髪を生やすんだからな。―――こりゃ、大仕事だ」 大変な難儀だといっていい。 「まあ、これだけ何にもないんなら、返って好き勝手出来てやりやすいけど〜」 だが、六太はあっけらからんと請け負った。 「―――頼む」 何を、とは言わず、男はただ笑った。 「任せとけって」 新王登極から二十年。地毛はほぼ復活していた。
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