<9月例会のようす> 

 学習会「司法制度改革について」
 講師 島根県弁護士会 岡崎由美子さん(弁護士)

 現在、<司法制度改革審議会>が国会の議決によって設置され、来年度に答申を出す予
定で審議をおこなっています。このことについて、現在の議論の状況や問題点などを、岡
崎さんからうかがいました。

○<司法制度改革審議会>が設置された経緯
 戦後、司法制度の問題については、弁護士会、法務省、最高裁判所による法曹三者で話
し合い、そこで合意したことだけが国会に提案され、法律化されてきた。そのため関係者
のあいだで充分に検討された上で改革されてきたのだが、一方ではなかなか改革がすすま
ない、という問題点もあった。
 しかし現在、日本の司法制度にはさまざまな問題があるので、全面的に改革する必要が
あるという意見が、とくに政界や財界を中心に強まってきた。そこで今回の審議会のメン
バーもそういう方向で選ばれており、弁護士などの法曹関係者は少数派になっている。
○「法曹一元」について
 現在の日本の裁判官は、最初から裁判官として採用され、他の世界を知らずに裁判官と
してだけの経験をつんでいく。そのため非常に世間知らずで常識はずれの裁判官もいる。
ドイツなどでは裁判官会議による自治がおこなわれているが、日本では裁判官の人事は最
高裁判所が独占しており、最高裁判所の方針に反対するような裁判官は左遷されたりする。
そこで弁護士会は、最初から裁判官として純粋培養するのではなく、弁護士として一定の
経験を積んだ者の中から裁判官を選ぶ、「法曹一元」制度の採用を主張してきた。その場
合、裁判官の採用を決める時に市民の代表が参加するなど、国民の意見を生かす制度が考
えられる。しかし今回の審議会では「法曹一元」は将来的には望ましいが時期尚早として、
「多様な採用方法を検討する」といった程度の結論になりそうだ。
○陪審制、参審制の採用について
 陪審制はイギリスやアメリカ合衆国などで採用されている制度で、一般国民が陪審員と
して裁判に参加し、有罪、無罪の判定をする。実際の裁判では陪審員の選定に非常に時間
をかける。抽選で選ばれた陪審員候補に対して、裁判官、原告側、被告側がさまざまに質
問をして、不適任だと思われる人はどんどん入れかえていく。そうやって選ばれた陪審員
たちに対して原告側、被告側がそれぞれの主張を展開していくわけだが、この場合裁判官
は裁判の進行役に徹することになる。刑事裁判の場合、被告は無罪の推定がされているの
で、陪審員は100%有罪だという確信が持てないかぎり、無罪の判断をしなければなら
ない。民事裁判の場合には原告と被告のどちらが有利かを判断すればいいので、51%の
確信があればよい。
 参審制はドイツなどで行われている制度で、一般国民が裁判官と一緒に審理に参加し、
判決を下す時には裁判官と対等の立場で話し合う。この場合、専門の裁判官と素人裁判官
では、必ず素人裁判官の方が一人多くなるようにしてある。
 現在、先進国の中で陪審制も参審制も全く採用していないのは日本だけ。岡崎さんは実
際にアメリカ合衆国で陪審制の実際を見て、いろいろな欠点は指摘されているものの、や
はり陪審制は非常にすぐれている、と強く思ったそうだ。
 弁護士会はこうした制度の採用を主張しているが、今回の改革では実質的には見送られ
るようだ。ちょうどこの日の新聞に最高裁判所が、判決には直接関わらない参考人程度の
参審制の部分的な導入を検討している、という記事が出ていた。
○「ロースクール」
 現在の司法試験は非常にむずかしく、ひたすら受験勉強をしてきた人でないと合格でき
ない。大学の法学部に在籍しながら、同時に司法試験の受験予備校に通う人も多い。そこ
で大学院レベルの「ロースクール」(法律学校)を設置して、法律家に必要な専門教育を
みっちり行い、その卒業生には原則として裁判官や弁護士、検察官になれる資格をあたえ
よう、という考えが検討されている。
 しかしその場合、この「ロースクール」の入学試験が非常にむずかしいものになって、
実質的には現状と変わらない、ということも考えられる。また一部の有名大学だけに「ロ
ースクール」が設置されて、格差が一段と広がることも考えられる。「ロースクール」で
の教育内容がどうなるかも非常に重要だ。
○裁判官、弁護士、検察官の大幅増員
 現在日本の裁判官、弁護士などの数は諸外国と比べても非常に少ない。そのため裁判官
や弁護士は非常に忙しく、これが裁判が長くかかる理由のひとつとなっている。そこで現
在毎年800人の司法試験合格者を、年に2000人程度まで増やそう、という案が検討
されている。しかしこれは弁護士の間の競争を激化させたり、弁護士会の団結を乱すこと
になるのでよくない、という反対論もある。
○被疑者国選弁護人制度
 弁護士を依頼するオカネのない人に国の費用で弁護士をつける「国選弁護人制度」があ
るが、現在は弁護士がつくのは裁判がはじまってからで、少年事件には国選弁護人はつか
ない。しかしウソの自白を強要されるなどして冤罪がおこる原因となるのは、裁判が始ま
る前の被疑者の段階であり、この段階から国選弁護人をつけられるようにするべきだ、と
いう意見がある。これはどうやら実現しそうだが、そうなると今よりも大量の弁護士が必
要となる。そこで法務省は国が弁護士をあらかじめ用意しておいて、国から派遣するよう
な制度を検討中だという。それでは被告のがわに立った弁護は期待できなくなる、という
反対論もある。
○その他
 他にも少年事件の裁判について、警察・検察が捜査段階で収集した証拠の前面開示、代
用監獄の廃止など、非常にたくさんの検討すべき課題があるのだが、今のところほとんど
審議会ではとりあげられていない。審議会はインターネットなどを通じて国民から広く意
見を求めているので、どんどん意見を言っていくべきだろう。
○司法保険
 ドイツでは、裁判にかかる費用についての保険があり、健康保険や生命保険などの他の
保険とセットになっているのだという。どんなに健康な人でもいつ病気になって医療費が
必要になるかわからないのと同じく、現代社会で生活していく以上、いつどんなことで裁
判にかかわるようになるかわからないのだから、これは非常に合理的な制度ではないかと
思う。こうした制度があれば、もっと裁判が身近なものになるはずだ。

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