ベルリン映画祭とポツダム映画博物館
                                 
 2月は航空券の安い季節。2月11日(木)は休日なので、その週の金曜日と次の週の
月〜金の6日ほど休みをとると、連続11日間の休暇となります。職場では当然ヒンシュ
クを買いますがめげずに休み、ストックホルム、ベルリン、コぺンハーゲンに行ってきま
した。

 ドイツの首都ベルリンに行くと、たまたまベルリン映画祭をやっていました。
 ベルリン映画祭は2月10日〜21日、毎日朝9時半から真夜中すぎまで、14会場で
たくさんの映画が上映されます。いくつかの部門にわかれているのですが、たとえば「回
顧部門」ではヒッチコック監督「ハリーの災難」をはじめ、シャーリー・マクレーンの出
演作を中心に65作品が上映されます。プログラムで日本映画をさがしてみると、森田芳
光監督の「刑法第三十九条」、相米慎二監督「あ、春」、オキウラヒロユキ監督「人狼」
森達也監督「A」、黒沢清監督「人間合格」、LiYin
g監督「2H」、矢口史靖監督
「アドレナリンドライブ」が出品されていました。

 西ベルリン中央駅近くのチケット売り場で21マルク(約1400円)のチケットを買
いました。しかし劇場で見ると18マルク(約1200円)のチケットを持っている人が
多いようでした。なぜ私の買ったチケットが高かったのかはよくわかりません。
 2月18日午後5時、中央駅近くの映画館ZooPalastに「刑法第三十九条」を
観に行きました。定員1000人ほどの劇場で観客は600人程度、その10分の1ぐら
いが日本人でした。この映画はコンペディション参加作品で、期間中に4回上映されるう
ちの最初の上映です。会場には森田監督と主演の鈴木京香さんが来ていました。
 「刑法第三十九条」とは、精神的な病気で善悪の判断ができないときにおかした犯罪は
処罰の対象とならない、という刑法の規定のことです。映画は殺人事件の裁判劇で、精神
鑑定で犯人は多重人格者で責任能力はないという結果がでるのですが、精神鑑定医の助手
である鈴木京香が「あれは多重人格を演じているだけだ」と主張してもう一度精神鑑定を
やりなおし、どちらの判断がただしいのかが裁判で争われる、という内容です。いくつか
ドンデン返しもあり、最後には法廷で公開の精神鑑定もおこなわれます。
 私は森田芳光監督の作品はかなり観ています。「家族ゲーム」「メインテーマ」のころ
にくらべて、「おいしい結婚」「ハル」などではかなり落ち着いた撮り方をするようにな
ってきたなと思っていたのですが、この映画では「まだまだ冒険心旺盛だな」と思いまし
た。ただところどころ、説明的な映像が多すぎたのが残念でした。
 最後のタイトルロールはスピーカーが突然故障したために無音でした。映画終了後、森
田芳光、鈴木京香両氏が舞台で挨拶したのですが、森田氏はこの事故をたいへん残念がっ
て、「ぜひもういちど、完全なかたちで観てほしい」とくり返し言っていました。

 翌日ベルリン郊外のポツダムに行きました。ここはむかしのドイツ皇帝の宮殿があり、
第2次世界大戦時に「ポツダム会議」がひらかれたところとして有名ですが、同時に戦前
のドイツ映画の中心となった「ウーファ撮影所」があったところでもあります。
 ポツダムには映画博物館があります。宮殿めぐりをしたあとで行ってみました。
 マレーネ・ディートリッヒをはじめ、ドイツ映画のスターたちの遺品が展示され、「嘆
きの天使」「カリガリ博士」「ノスフェラトゥ」「メトロポリス」「会議は踊る」など、
代表作のひとつひとつについての展示がありました。撮影所の歴史についてのビデオを見
ると、戦前のドイツ表現主義映画黄金時代から、ナチスによる支配のはじまり、戦争中の
作品(ナチスは敗戦直前まで莫大な費用をかけて映画を作っていました)、戦後の東ドイ
ツ時代の作品までくわしくとりあげる非常に長いものでした。中でもナチスによって殺さ
れた多数の映画人をひとりひとり取り上げていたのが印象的でした。
 ちょうどレニ・リーフェンシュタールの特別展もやっていました。
 レニ・リーフェンシュタールは1902年生まれのドイツの映画監督です。彼女は最初
はダンサー、さらに俳優として成功し、1932年に山岳映画「青の光」を監督・主演し
ます。これがヒトラーはじめナチス指導者の目にとまり、1934年にナチス党大会の記
録映画「意思の勝利」、1936年ベルリンオリンピックの記録映画「民族の祭典」「美
の祭典」を撮ります。これは記録映画というワクをこえた、とてつもなく迫力のある映画
で、今見ても圧倒されるものです。納得のいく映像を撮るためには、後日選手を集めて競
技を再現させるなど、すごいこともやっています。
 彼女は戦後、ナチス協力者としてドイツ映画界から追放されますが、アフリカ奥地の原
住民を撮った写真集「ヌバ」で復活、さらに海中写真家として次々に作品を発表し、10
0歳ちかい現在でも自ら海に潜り、海中の生物をビデオに撮り続けています。
 会場の一角では、1993年のドキュメンタリー映画「レニ」を上映していました。映
画の中で彼女は、ひとつひとつの作品のロケ地に行き、また実際に作品を見ながらインタ
ビューに答え、ひとつひとつのシーン、アングル、編集について熱っぽく説明します。こ
れがとてつもなく長いもので、私は途中から見たのですが「意思の勝利」についてだけで
40分くらいもあり、「民族の祭典」についてやりだして20分くらいしたところで博物
館の閉館時間になってしまいました。
 映画の中でインタビュアーは、ナチスやヒトラーとの関係、政治と映画の関係について
するどく質問するのですが、彼女はそれに対しても熱っぽく反論し、時に怒り、インタビ
ューの途中で立ち上がったり、インタビュアーの腕をつかんだりしながら延々としゃべり
つづけます。言っている内容はドイツ語なのでほとんどわからないのですが、とても見ご
たえのある映画で、最後まで見れなかったのが残念でした。
 この映画博物館では上映活動もしていて、その日の作品はビリー・ワイルダー監督作品
「失われた週末」でした。
 日本もかつてはドイツと同じく映画大国だったのですが、「映画村」のような会社の施
設や、フィルムセンターはあるにしても、映画博物館なんて聞いたことありませんね。

 その日の夜、ユースホステルで同室になったドイツ人の青年は、ウーファの後身であ
るバーベスベルク撮影所につとめていると言っていました。そして現在のドイツ映画業界
も日本と同様に悲惨な状況だという話をききました。彼は映画祭のために5日間の休みを
とってきたということで、ぶあついチケットの束を持っていました。同室のもう一人の白
人青年も映画マニアで、2人とも夜10時ごろに「シャーリー・マクレーンを見にいく」
といって出かけていきました。

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