韓国に旅して考えたこと(1993年12月)
私は大学に入学するまで、ほとんど故郷の町から出たことがなかった。
両親は商売で忙 しくて、家族旅行もめったにしなかった。せいぜい隣の市に買い物などに行ったり、狭い
平野を自転車で走り回るくらいで、それでもとんでもない大旅行のように感じていたもの
だ。
それだけに、遠くへいってみたい、知らない土地を旅してみたいという思いは、小さい
頃から非常に強かったと思う。そして大学入学以来十数年、長い休暇にはほとんどどこか
へ旅に出てきた。しかし大学時代に私が旅した場所は、日本国内にかぎられていた。もち
ろん金がなかったということがいちばん大きな理由ではあるのだが、日本国内もよく知ら
ないうちに外国に行くなんて、なんだか日本人として申し訳ないという、変な気持ちもあ
ったのだ。
その結果、20代の後半になってようやく、初めて外国に旅をした。学校の長期休暇を
利用して行くために、せいぜい10日から15日程度の旅で、学生の時のように長い旅が
できないのが悔しいのだが、それでもこれは、決して私にとって大きな損失ではなかった
と思っている。日本人という国をある程度よく知った上で外国を訪れるようになったこと
で、その訪問先の国について、また日本について、より深くモノを見て、考えることがで
きたのではないかと思う。
イギリスでの驚きと韓国での驚き
初めて旅した外国はイギリスだった。世界のたくさんの国々の中でも、特にイギリスを
最初に訪れたこともまた、私にとって幸運なことだったと思う。
ヨーロッパの国々の中で も日本人がいちばんよく知っている国が、イギリスのはずである。私がほとんど唯一、な
んとか読み、書き、話のできる外国語が英語であるし、この国について私は本でも読み、
映画やテレビでも見て、自分の仕事として生徒に教えさえしていた。
そしてそこには、本当に私が本やテレビで知っているとおりのイギリスがあった。ロン
ドンの地下鉄のエスカレーターが木造であることも、パブの中が階級別になっていること
も、冬のロンドンが曇天に沈んでいることも、私はすでに本で読んで知っていた。
ところ が、そのイギリスの、本で書いてあるとおりのものがある国で、私はほとんどすべてのこ
とに驚かされ、圧倒され、呆れはてていたのである。
活字や映像によって知り、頭で理解した知識には、その理解の過程に、どうしても自分
の日本的な常識や感覚が介在してしまい、どんなに想像力を働かしても、現実の皮膚感覚
といったものまでは再現できないものである。そうした知識としての理解と、実際にそこ
に存在している現実との差は、とてつもなく大きいものであると、これも頭では理解して
いたのだが、それを改めて実感する旅であった。
その後、いくつかの国を旅したが、そのたびごとに「なんでこんなに日本と違うんだ」
という驚きを圧倒的に感じることが多かった。そしてその驚きが日本という国をとらえ返
す視点となり、さらに旅を続けていく刺激ともなってきたように思う。
そしてこの夏、韓国を旅した。
この旅で初めて、日本との差異性よりも日本との共通性の方を、より強く感じた。
新羅時代の古墳や遺跡、仏像などを見てそれを感じるのは当然だが、車窓の棚田や段々
畑の続く風景とか、店で買い物をしたり、駅で切符を買ったりする時の能率のよさとか、
街角の自動販売機の多さとか、本屋に並ぶ大量の受験参考書など、「日本と一緒だなあ」
と思うことが非常に多かった。文化の基本的な枠組みが日本と同じなのではないかと思わ
れる。
この韓国の旅で考えたことを2つほど述べてみたい。
(1)日本の学校はハングルを教えるべきだ
朝鮮語は日本語にいちばん近い言葉だという。語順が同じで、敬語というものもあり、
長い間漢字をつかっていたので中国語起源の単語が多く、その発音も近い。たぶん英語と
ドイツ語ぐらいには近い言葉であろう。日本人にとっては一番おぼえやすい言葉なのでは
ないだろうか。
ただ現在の韓国でも朝鮮民主主義人民共和国でも、漢字はほとんど使われていない。ハ
ングルが中心である。今回の旅行でも街角の看板や食堂のメニューなどのほとんどがハン
グルなので困惑したことがたびたびあった。必要な文字を形でおぼえておいて、それと同
じものをメニューなどの中から探すしかない。
アルファベットやカナでは必ずしも表記と発音が一致しないところがあるが、ハングル
は母音と子音のくみあわせによって表記し、完全に表記と発音が一致する、世界でいちば
ん合理的な表音文字だという。
現在、日本の学校では小学校段階でアルファベットを教えているが、ハングルは教えて
いない。しかし日本と朝鮮とは特に近い隣国であり、日本にもっともたくさん住んでいる
外国人は朝鮮人である。今後も日本と朝鮮はお互いに強い影響を与えあうであろうことも
まちがいない。その関係性の強さは、決してアルファベットを使う欧米諸国との関係に劣
らないはずだ。日本人はアルファベットと同時にハングルを学び、英語と同時に朝鮮語を
学ぶ必要があるのではないか。現状では遠い欧米諸国との関係にくらべて、隣の朝鮮との
関係があまりに軽視されているように思う。
(2)日本は自らの加害責任について、より厳しい態度をとる方がよい
私が韓国に旅するつもりだというと、家族は「韓国は反日感情が強いから」といって心
配した。同じようなことは韓国の人が日本に来る場合にもあるらしい。
最近、中央官庁の官僚を退職した人と話をする機会があった。そこでたまたま話が日本
の周辺諸国に対する加害責任に及んだところ、彼は「イギリス、フランス、アメリカなん
かもひどいことをしてきたのに全く謝罪していない。日本は同じことをほんの2,30年
遅くやっただけだ。なんで日本だけが謝罪しなくてはいけないのか。ことさらに自分の国
の悪いところをほじくりだして言うことはない」というような意見を主張した。今まで日
本政府が自らの加害責任について、消極的な態度をとってきたのも、こうした意見による
ところが大きいように思われる。
日本が従軍慰安婦などへの加害責任を認めると、莫大な賠償金を払わされることになる
ので、それを避けようと強弁している部分もあるし、国家や民族としての体面から、「土
下座外交」はしたくないという思惑もある。それに対して「もっと加害責任を積極的に認
めて謝罪するべきだ」という国内の意見の多くは、道義的な責任や潔癖性のみを強く主張
しすぎているようにも思われる。
だれにとっても、自分の欠点を直視し、自分がおかした過ちを率直に認めるということ
は勇気がいることである。特に組織の中での個人としての責任のとりかたについての意識
が未成立で(「天皇の戦争責任問題」に典型的)、都合の悪いことはすぐに忘れたがるわ
が日本人たちの多くは、こうした「古傷」をいつまでも追及されることに「たまらんなぁ
」という思いを抱くのであろう。
しかし、世界の多くの民族は、そう簡単には傷つけられた恨みを忘れないものなのだ。
さすがにアヘン戦争は150年以上も前のできごとで、すでに歴史の彼方になってしまっ
ているが、日本が朝鮮を植民地にしていたのはつい48年前までのことである。日本に強
制連行された人も従軍慰安婦にされた人も、まだたくさん生きている。日本の加害責任は
まだまださわ触れば血が出る生キズなのである。日本と同じく第2次世界大戦を戦ったド
イツが、国をあげてナチスの戦犯を追求し、現在でも大統領がおりにふれて加害責任を認
め、謝罪する演説をくりかえしていることを思いやってみるべきでもある。
日本人は道義や責任について非常に甘い意識しか持っていない反面、「金もうけ」につ
いては非常に優秀な才能と、独特の感覚を持っているらしい。この加害責任の問題も、道
義や責任といった観点からより、金もうけのソン、トクという観点から論じてみてはどう
だろうか。
日本人の間でも、自分の過ちをなかなか認めない人や、他人に迷惑をかけても全く謝罪
しない人は、社会的から傲慢な人間とみなされ、決して高い評価は与えられない。商売や
仕事の上でもソンすることが多いのは当然である。逆に率直に自分の過ちを認めることは
美徳として賞揚される。それは「信用」という素晴らしいトクを生み出してくれる。
日本企業が自社の機械の故障によって顧客に損害を与えた場合を考えてみよう。世界で
最もアフターサービスが充実しているという日本企業のこと、すぐに社員を派遣して故障
した部品をとりかえ、顧客に損害を保障する。世界の各地で行われているこの種の行為に
よって、日本企業は信用を高め、さらにその市場を広げてきた。特に自社が損害を与えた
相手が、今後も末長くご愛顧を願わねばならないお得意様であれば、会社はその対応に細
心の注意を払うであろう。一線の営業担当には任せておかず、支店長くらいは陳謝のため
に派遣するかもしれない。
朝鮮・韓国は、今後も永久に日本の隣国であり続ける。たがいの製品の一番身近な市場
として、部品や労働力の供給源として、人的にも、技術的にも、文化的にも、他のあらゆ
る国との関係をはるかに越えた深い関わりが続いていくことだろう。この両国との間の関
係については、目先の10年や20年のことだけを考えるべきではない。遠い未来につい
て思いを馳せた時、自らの加害責任についてより厳しい態度をとることは、なによりも日
本自身にとってよいことであると言えると思う。よしんば韓国・朝鮮や台湾などの従軍慰
安婦や強制連行の犠牲者たちに、若干の賠償金を払ったところで、現在の経済大国日本に
とってなにほどのことがあろう。この数十年の間にソンしておくことが、今後数百年にわ
たっての良好な関係を形作る、基礎となっていくのではないだろうか。
なによりもそうし た態度をとることによって、国際的な信用、好感を獲得することに成功すれば、それは日
本にとって何物にもかえがたい利益となることであろう。そしてさらに、日本国内でも、
人権や平和、民主主義の問題に対して、より敏感な世論を形作ることに役立つだろう。
日本国憲法はその前文で「専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努め
ている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う」と宣言している。この宣言を
本当に実現するためにも、日本が過去に行った他国に対する専制や圧迫について、その事
実を直視することが絶対に必要なはずだ。かなり遅れてしまったとはいえ、直接の被害者
たちが生きている現在ならばまだ間に合う。