私が教師になったわけ (1994年8月)
旅先などでいろいろな人と出会い、よもやまの話をしているうちに、「お仕事はなんで
すか」という問いに対して「実は中学校の教師をしています」などと答えると、多くの人
々が「今の中学校は大変でしょう」と同情してくれる。
ほとんどの人が学校に通った経験を持っているし、自分の家族が学校に通っている。だ
から学校制度について話題は、だれにとっても大きな関心事であり、それぞれが自説を持
っていて、話がもりあがることが多い。私はそこで「学校残酷物語」のような話をひとく
さり語る成り行きになる。
そうした場合、今の学校のいろいろな状況を話していくと、最終的には「じゃあなぜあ
んたは教師をやっているのか」「なぜやめないのか」という疑問をぶつけられることがあ
る。そうした質問に何回も答えているうちに、それまで自分でもあまりよくわかっていな
かった「自分が教師になった理由」「教師を続ける意義」というものが、私自身の中でだ
んだんと整理されてきて、滑らかに話すことができるようになってきた。
私は子供のころから変人であったのだろう、幼少のころからものごとの考え方や行動が
周囲の人々とズレること多く、そのたびに「そんなことでは世の中で生きていけない」と
言われるのが常であった。そう言われるたびに「いったい『世の中』ってどんなものなん
だろう」と疑問を持ち、やがて「そういえばそんなことを考える学問があるらしい」とい
うことを知り、大学で哲学を学んだ(らしい)。
4年間の大学で、それほど哲学をまじめに勉強したわけではないのだが、自分なりには
「世の中」というものが分かったように思い、卒業の時を迎えた。大学を卒業すれば、い
やおうなくモラトリアム人生は終わり、「世の中」と関わり「世の中」でカネを稼いでい
かなくてはならない。
そこで「これから自分は『世の中』とどう関わっていったらいいのか」と思案してみる
と、「そういえば教師という商売があるそうな」と思い当たり、「教師は子供たちを通じ
て『世の中』と関わることができる」「うまくすれば『世の中』を、自分の思う方向に少
しでも変えることができるんじゃないだろうか」などと考えて、この商売に足をつっこん
でしまった(らしい)。
生徒だったころの私は、教師に反発を感ずることが多く、教師に説教されたり殴られた
りした経験も豊富である。当然、学校や教師に対してかなり悪いイメージを持っていた。
そこで、自分が教師になるにあたっては、僣越にも「オレが教師になれば、ちったぁマシ
なことができるんじゃなかろうか」などという、とんでもないことを考えたりもしていた
のである。
もちろん教師になって8年もたってみると、「自分の力で子供たちを変えてやろう」な
どという望みは、とんでもない思い上がりだったということがよく分かる。
人間が何らの強制力なしに他人を動かすには、とてつもない人間的魅力が必要である。
しかし、私をふくめて平凡な人間ばかりである世の教師たちに、そんなすばらしい人間的
魅力があるわけがない。もしあったとしても、そんなカリスマ性で他人を動かすのは危険
でもある。
結局教師たちは、学校という制度、国家権力を背景にしないと生徒たちを動かすことは
できない。「おかみのご威光」をカサに着て、ようやく子供たちと対決しているにすぎな
い。これはかならずしも気持ちのよいことではない。
一方では「教師が生徒を無理に動かそうなどとする必要はない」という考えも、当然あり得る
し、私の生来の考えもそれに近い。しかし、学校とは国家が子供たちを強制的に集めて、
国家が必要と考える知識や技術を注入する場所である。教師が生徒を指導し、教えこむと
いうことが前提となっている現在の学校の中で、そうした前提を根本からくつがえしてし
まうことなど、ひとりの教師にできることではない。自分勝手な思い込みでそんなことを
やってみても、より大きな混乱をまきおこすだけである。
結局私は、中途半端な立場と気持ちで毎日を過ごし、徐々に学校側の論理に引き寄せら
れていくしかない。そして気がついてみると、私は自分が生徒だった時に反発していた教
師たちとほとんど同じ、いやもっとヘタクソなことをやっていて、毎日生徒たちを傷つけ
ながら自分も傷ついているのだった。
気がついてみたら底無しの泥沼に落ち込んで、無我夢中であがいているようなものだ。
スタートラインの手前でつまずいてしまい、「子供たち」という集団が走っていくはるか
後方を、こけつまろびつしながら追いかけていく。子供たちはデッドヒートの最中にお互
いに傷つけあい、血を流しあっているのだが、私はどうすることもできない。そんな私に
対して観客席からはありとあらゆる罵声があびせかけられている。全力をつくして思いっ
きり走りたいのにそれができず、なんだかわけもわからないものに足をとられてしまう。
子供たちとのあいだにたいした心のつながりもなく毎日を過ごすことは、かなり忍耐力
のいることである。「もう耐えられない」と思うことも多い。毎年4月に新しいクラスを
持つと、しばし新たな希望に燃え立つのだが、すぐに現実の子供たちの前でしぼんでしま
う。そして刀折れ矢尽きてボロボロになりながら、なんとか学期末にこぎつける。
それでも、多くの人間を自分の思いどおりに動かすという「権力者のよろこび」「政治
のたのしみ」というのは、さまざまな人間の快楽の中でも、非常に大きいものであるらし
い。学校の教師というのも、子供相手とはいっても権力者なので、非常に稀にうまく「ツ
ボにはまって」子供たちがこっちの思い通りに動いたり、ごく稀に子供たちと「心が通じ
あった」と思えたりする瞬間があると、「こりゃやっぱりやめられんな」と、その時は思
う。
そしてまた、子供たちは今の日本社会を写し出す鏡である。
私は最近、人間を教育する上でいちばん大きな教育力を持っているのは、学校でも家庭
でもなくて、この現代の「社会そのもの」なのだと、強く思うようになった。
テレビ、新聞などのマスコミによって、マンガやファミコンソフト、CD、CMなどに
よって、毎日通る街角によって、仲間との会話によって、ありとあらゆることで、社会は
私たちを教育している。子供たちだけではなく、親も、兄弟も、オジサン、オバサンも、
教師も学校も、この社会からの教育を毎日受けている。そしてまたお互いに教育しあって
いる。この圧倒的な教育力にくらべると、学校の、ひとりの教師の、あるいは親の力など
実に微々たるものにすぎない。
しかも、大人たちはある程度長いあいだ生きてきて、その間にいろいろな社会の教育を
うけてきた。だから現在生きている大人たちの中には、古い時代の社会の影響と現在の社
会の影響とが混在している。
それに対して、今を生きている子供たちは、今の社会の影響だけを受けている。それだ
けに、今の社会の影響をモロにうけて、今、私たちが生きている社会は本当のところどん
な社会なのかということを、ハッキリと私たちにしめしてくれる存在となっている。
子供たちは、今の日本の社会のおかれている状況、そのよさも、問題点も、そのまま反映させる鏡である。それは同時に、これからの日本がどうなっていくのかを予測する、予
言の鏡でもある。
教師という商売は、この子供たちを通じて現代の日本社会を観察する、一番よい観察ポ
イントだと思う。私は「世の中」というものを知ろうとした末に、期せずしてもっともそれに適した職業を選んでしまったようだ。
私は今、そのことに半ばウンザリし、半ば満足
している。