オウム真理教事件についての短いメモ
(1996年3月)
オウム真理教事件についてはすでにあまりにも多くのことが書かれ、発言されている。
麻原教祖逮捕の時の国民的関心度は、浅間山荘事件の時と同じ程度まで高まっていたので
はないかと思う。
こうした状況下では、このうえどんな発想でどんなことを述べようとも、すべて誰かか
すでに発言したことのくり返しになってしまい、陳腐さをまぬがれることができないよう
な気もする。しかしこれだけの事件について、なにも発言せずにすますということも、と
うていできることではない。そこでここでは陳腐さを覚悟しながら、私がとりわけこの事
件について述べたいと強く感じたいくつかのことを、できるだけ簡潔に述べておきたい。
1 「オウム真理教は左翼思想壊滅の時代に、左翼思想の代替物として若者たちの心をと
らえた」というのは真実だと、個人的体験から思うこと。
私は1982年から86年まで大学に在学し、哲学サークルに所属していた。私がこの
サークルに加入した82年当時、上級生の中には何人かの革命的左翼主義者、もしくは左
翼シンパの学生がいて、サークル内の論議でも「マルクス」などという名前がハバをきか
せていた。
しかし私たちよりも下の世代には、左翼思想の影響はほとんどなかった。かわりに彼ら
の多くは中沢新一氏の「チベットのモーツアルト」の読者であり、新神秘主義の影響を受
けていた。1人だけいた左翼思想の持ち主も、同時にインドのヨガ系教祖の熱心な信奉者
であり、私は彼から「チャクラ」「クンダリーニ」などという言葉をよく聞いた。彼らの
中には、現在ある特定の新興宗教の信者になっている人もいる。
このように左翼思想と新神秘主義の影響力は、ちょうど私たちの世代を境にして実に明
確に、象徴的にわかれていたように思う。
私自身、そして私の同学年の仲間たちは、左翼革命主義者も新神秘主義者も、ともにバ
カにしていたように思う。そのようないかがわしいものに熱中するには、あまりにシラケ
すぎていた、と言ってもよい。しかし左翼思想と新神秘主義とをおなじくバカにしていた
といっても、その「バカにしかた」には大きなちがいがあったような気がする。
少なくとも私は、左翼思想に対してはバカにするのと同時に多少の敬意も持っていた。
「バカはバカでも大物のバカだ」というところであろうか。これはやはり私が1963年
生まれで、ものこごろついた頃が大学紛争の時代であり、その後も70年安保、浅間山荘
事件、内ゲバ殺人などを、同時代のこととして体験した最後の世代だからであろう(ちな
みに私は、ビートルズが解散する前にものごころついた最後の世代でもある)。私は自分
よりも上の世代の人々が、一時期左翼思想のために命をかけ、人を殺しさえした事実を忘
れることはできない。
私よりも下の世代にはそうした左翼思想の影響力は、根本的に全くなくなっていたので
あろう。そしてそのかわりに彼らを夢中にさせていたものが新神秘主義思想だったのだ。
しかし新神秘主義には私は何の魅力も感じなかったし、頭から大バカにしきっており、ま
ともにその思想内容を研究してみようとさえしなかった。「チベットのモーツアルト」も
読まなかったし、今後も多分読まないであろう。
今回の事件に際して、私はなぜ新神秘主義思想がかくも若者たちの心をとらえたか、い
まだによく理解できないでいるのだが、この個人的な体験からも、新神秘主義思想が左翼
思想壊滅のあとをうけて、いわばその代替物として登場してきたということは、容易に類
推できる。
2 この国の民主主義の未熟さをあらためて思い知らされたこと。
地下鉄サリン事件、強制捜査着手以後のオウム真理教信者に対する警察の対応、マスコ
ミの報道、一般国民のはしゃぎ方、そして政治的論議の方向などは、そのすべてがこの国
の民主主義の底の浅さをあらためて暴露している。
警察の捜査については通常は逮捕しないような軽微な容疑による逮捕や、別件逮捕が批
判されている。しかし、そうした批判に対しては「この事件は別格であり、国民の理解も
得られると思う」などと警察幹部が発言し、マスコミの中にもそうした論調がみられるよ
うだ。
だが「相手が凶悪だから警察も法的手続きを踏み越えてもしょうがない」という論理は
法治国家としては明らかにまちがっている。相手が凶悪であれば、本来それに応じた法律
が制定されていてしかるべきなのである。状況に応じて法律の運用が警察の恣意によって
変えられることを容認すれば、警察に度はずれた権力を与えることになりかねない。これ
は「おかみ」の時代の発想であっても民主主義の発想とはいえまい。
マスコミは例のごとく大はしゃぎをしまくり、国民も大はしゃぎでその報道に一喜一憂
してきたが、その実害については改めて述べるまでもなかろう。松本サリン事件では警察
発表をうのみ、または先取りして、別人を犯人あつかいにした末に「大反省」したはずの
マスコミ各社は、その反省をどのように今回の報道に生かしているのだろうか。人権侵害
や誤報を防止する、どのような対策がとられているのだろうか。
警察の発表がまちがって いた、などと他者に責任をなすりつけてすむ問題ではない。マスコミは「報道の正確を期
す」とあらため表明しているようだが、報道が正確であればいいというものでもないと思
う。「犯罪者と芸能人には人権はない」というのでは江戸時代の「市中引回しの上獄門」
という「みせしめ刑」の頃から大して進歩していないことになる。現代の日本ではマスコ
ミが文字どおり生殺与奪の権利を持っている。それでも今回はオウム真理教側の主張もず
いぶんマスコミに登場できただけ、すこしはマシになったのかもしれない。
国会の論議においては「オウム真理教事件対策」が「宗教法人法改正問題」となり、さ
らに創価学会=新進党批判となり、最後は「池田名誉会長参考人招致問題」こそが論争の
焦点であるかのごとくになってしまった。例によって本質的な論議から限りなくズレてい
ってしまうのがこの国の国会なのだが、不思議なのはそれをほとんどの国会議員、マスコ
ミがおかしいと思わないらしいことだ。すくなくとも国会のオーナーである国民はおかし
いと思い、なんらかの声をあげるべきなのだが、そうした声はあまりにも小さいようであ
る。
民主主義という制度が、西ヨーロッパ諸国のキリスト教の信仰と個人主義の伝統のもと
に生まれてきたことは、多くの論者の指摘するところである。そのため、民主主義や人権
といった思想の限界も説かれ、もとより非個人主義、非キリスト教徒である私たちの国に
はなじまないものであるとの主張も聞くことがある。そうした主張は日本には民主主義と
はちがった政体がふさわしいという「万邦無比の国体」の主張となり、50年ほど前の戦
争の思想的背景ともなった。
しかし、一定の限界はあっても、民主主義と人権、そして環境という言葉こそ、現代に
おいて世界をあまねく支配する唯一の最終的な信仰であり、イデオロギーであると私は思
う。なぜなら、すべての思想、信仰が相対化され、絶対的規範が存在しなくなった現代に
おいて、異なった多様な価値観の衝突を調整する能力と機能を持つのは、民主主義と人権
という思想のみだと思われるからである。
他の国の民主主義はもっと成熟しているというつもりはない。アメリカ合衆国の個人が
銃を持つ自由をみとめる民主主義にも、またそれなりの大きな問題があろう。西ヨーロッ
パ諸国においても同様である。しかし、今回の事件がまたまた明らかに示したように、こ
の国の民主主義はいまだにあまりにも貧しく、いつまでも「借り物」のままで、自前のも
のになっていないようだ。これはこの国の住民である私にとって、非常に悲しいことであ
る。
3 「人間はなにかによりかかっていないと生きていけない」ということをこの事件は示
したように思われること。それでも「よりかかって生きていくのはまちがっている」と思
うこと。
近代から現代にかけての思想は、「人間は、なにかによりかかっていては本当の自由を
獲得できないのだ。『よりかかれるものなどなにもない』という冷厳な事実を直視し、そ
れに耐えることこそが大切である」と主張し、あらゆる「よりかかり」を批判してきたよ
うに思う。そして実際に現在ではほとんどの「よりかかり」は解体されてしまっている。
こうした「よりかかりの解体状況」のもとでおきたこの事件は、「やはり人間は『よりか
かれるなにか』がないと生きられない」というもうひとつの真実をあらためて明らかにし
たように思う。左翼思想という「アヘン」の効力が失効した時に、宗教という古い「アヘ
ン」が新しい衣をまとって、若者たちの心をとらえたのも必然的なことだったのだろう。
しかし、私は思う。それでも「よりかかれるものなどなにもない」ということは冷厳た
る真実であり、もはや人間はなにかによりかかっては生きてはいけないのだ。「よりかか
れる」かのように思えるものはすべて幻想であり、冷静になって醒めた目でみればすぐに
底が割れてしまう。しかもなにかによりかかって生きることは、この事件が示してくれた
ように、あいかわらず危険なことである。
人間が生きていく道は、あらゆるよりかかりを批判し、そうしたものから最終的に自由
になっていく方向しかない。そして「なにものにもよりかかれない」という厳しい現実に
耐えて生きていくしかないのだと思う。民主主義という理念は、どのような理念も相対化
されてしまった現代においてこそ、いよいよその真価を発揮するのではないだろうか。