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血の庭  ●仲間たち  ●もみじ饅頭  ●情景1  ●蒼雲空白湖  ●もう一人の自分

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「血の庭」

                                                                              

僕がその庭を歩いたのは、それが三度目だった。

その庭は固有の歴史を持っていた。僕らの世界のすぐ隣で。

その庭はあまりにももろかった。砂の上に建てた家のように。

                                                            

「犬を追い払うのに狼を呼ぶ馬鹿がいるか!」

                                                                    

夢を見ているのかと思った。夢なんて滅多に見ないのにね。

楡の木は大きかった。泣きそうになるくらい大きかった。

でも泣かなかった。なんでだろう。

                                                                                 

「疲れたなら疲れたといいなさい。私が...そばに...」

                                                                                  

樽には見覚えがなかった。前に来たときはあったっけ?

誰かいるならいると言っておくれよ。僕に声をかけておくれよ。

ずっと待ってるんだから。ずっと待ってたんだから。

                                                                                   

「このバレッタが俺の力なんだ。俺からこいつをとったら...」

                                                                                    

その姿は誰かに似ていた。いや、誰にも似てないや。

ふわふわしてるや。この庭も、僕も。

眠たくなってきたよ。夢なのに。寝てもいいかな?

                                                                                       

「それでいいんだ。きっとお前もわかるときがくる」

                                                                                        

私がその庭を歩いたのはそれが四度目だった。

その庭は固有の運動を持っていた。私の世界とは別のところで。

その庭はあまりにしっかりしていた。岩の上に建てた家のように。


「仲間たち」

                                                                          

「...レクサス空間で、あなたはそれを見つけたわけですね?」

「ああ。おい君、カメラがこっちを向いておらんじゃないか。...え?それでいいの

か?最近のニュートリノカメラはそうなっておるのか、どれ...」

「金子リードさん、キリン星雲でのことですが」

「わかっておる。それからキリン星雲などと言うものではない。素人に思われるぞ?

正確にはα1983−46+98(マクガイア)34キリン星雲じゃ。いや、33キリンじゃ

ったかな」「33です。で、そのキリン星雲であなたはレクサス空間に突入されたの

ですね?」

「そうじゃ、わし一人でじゃ。ここが肝心じゃぞ。おい君、アップ頼むぞ」

「同船のパイロットは?」

「パイロットはわしじゃ。そこを忘れてもらっては困る。奴らは...いい奴じゃった。

わしの尿意が限界に達したときなぞ、奴らが...」

「レクサス、つまり第4空間突入の瞬間、あなたは何を見ましたか?」

「ははは、何を、か。何を見たか、か。お主にも見せてやりたかったわい。星が、全

ての星がビー玉になっちまうんじゃ」

「というと、視界に大きくなると?」

「お主のような宮仕えの連中の想像力は所詮その程度のもんじゃろうな。ぶつかり合

うんじゃ、あれがこっちの、こっちがあれに...」

「そ、そうですか。それはさぞ壮麗な光景だったでしょうね」

「お、お主、信じておらんな!わしらはその光景を魚に、クロワッサンを食べたんじ

ゃ。あんなに美味いクロワッサンは最初で最後じゃろうな」

「なぜクロワッサンを?」

「食料酵素培養システムが故障しておってな...いや、スーザンが提案したんじゃっ

たかな。おい、スーザン、カメラを置いてこいつに説明してやってくれんか。あんたの

作るクロワッサンは最高だってさ。おい、エンダー、もっと質問しとくれよ、寝てばかり

いないでさ。ほら、僕らがあんなに見たかったレクサス...」


「もみじ饅頭」

                                                                             

テケテンテン...テテン

−え〜、世の中にはお見合い産業というものがございまして、そいつを底辺から支え

ているのが、いわゆるお見合いおばさん、でございます−

                                                                             

「ねえ、この娘なんてどうだい?可愛らしいじゃないか。ボランティアにも積極的なん

て、優しい娘に違いないよ」

「勘弁してくださいよ、多恵子おばさん。うちの弟には、こんな白金の指輪した金持

ちのお嬢さんは釣り合いませんて」

「勝次さん、白金なんて古いこというね。それから、自転車屋だからって自分とこを卑

下するもんじゃないよ。お前さんは、両親を亡くしてから健太くんの親がわりで必死に

頑張ってきたんだ。そこのところ、あちらさんもわかって下さいますよ」

「そうですかねえ。わかってくださいますかねえ」

                                                                             

−そんなこんなでお見合いの日取りも決まりまして、勝次、健太兄弟と多恵子おばさ

んは、ある旅館の一室に神妙に座っております。この早業、多恵子おばさんはお見

合いおばさんとしては一流、と言わなきゃなりませんな−

                                                                             

「それはもう、お兄さんの苦労を見て育っておりますから、健太君は心根の優しい男

の子に育ちまして」「そうでしたか、実はわたくしどもも両親を亡くしまして、この子の

親がわりはわたくしが」

「しかしお見合い写真には...」

「精一杯の虚勢でした。嘘をついてしまいました...まことに申し訳ありません」

「い、いいえ。な、健太。いいお嬢さんじゃないか。こんなに素晴らしいお姉さんの苦

労を見て育ったんだ。いいお嬢さんに違いない」

                                                                             

−数日もたちますと、勝次の挙動がおかしいことに多恵子おばさんは気づきます。何

でも勝次は、お見合いの相手方のお姉んにすっかり惚れこんでしまい、またそのお

姉さんも満更でもないといいます。ここに2組のカップルが誕生したというわけでござ

います。

                                                                             

「わたしも初めてだよ、こんなことは」

「まったくお恥かしい話で」

「でもまあ、これも当たり前といえば当たり前のことなんだね」

「え、どういうことで?」

「あんたは自転車屋じゃないか。円(縁)が2つあるのは当たり前だよ」

                                                                                

テケテンテンテテンテン...

                                                                                 

「け、下手くそが!あれが落語だって?聞いて呆れるわ!」

「し、師匠。それは本人には言わない方が」

「下手なものは下手くそだって言って何が悪い。だいたい俺の教えをあいつは...」

「あいつが自信をなくしてしまいます」

「喧嘩にしたくなかったら酒持ってこい!」

「し、師匠?」

「自転車がお見合いだろ?酒(避け)なきゃぶつかるだろう」


「情景1」

                                                                             

きしむ。ドアのノブが回る。きしむ。犬が吼える。白い犬。ドアが開く。ゆっくりと。犬を

影が覆う。ドアが閉まる。犬は宙空に吼え、室内へ小走り。絨毯は窓から差し込む陽

光で秋の色。木目の机。椅子が下がる。犬は吼えるのを我慢する。ステレオの音量

が下がる。ロック。絨毯から舞い上がる埃が秩序をもつ。二つの流れ。旋回と滝。屋

台のおでんの匂い。鳥の声。切れ切れに。二つの影が交わり、埃も交わる。犬の声

が牙から漏れる。ひときわ大きな流れが、埃を風にする。一つの影が消え、所在をな

くした埃。やがて故郷で赤く染まる。きしむ。ロック。


「蒼雲空白湖」                                     

                                                                               

開門月満湖   門を開けば 月湖に満つ   

朔風見北斗   朔風 星斗を見る        

長江亦何有   長江 亦た何をか有らむ    

萬河小如舟   萬河 小さなること舟の如し  

灰皿不可忘   灰色の皿 忘れべからざる   

欲帰更彷徨   帰らんと欲して 更に彷徨す

湖面を覆う蒼い雲が切れた白湖

船室の戸を開けてみると、月光が湖いっぱいにさしていて、

風の合間から星が見える。長江などはとるに足らぬ。幾万の

河もまるで舟のように狭苦しい。この灰色の皿はいつまでも

思い出に残るであろう。帰りたいのだが、また引き返すので

あった。


「もう一人の自分」

                                                         

もう一人の自分を殺した気分はどんなものかって?面白いこと聞くもんだな。それ

に、もう一人の自分、なんて言い方よしてくれよ。俺はどこから見ても一人に決ま

ってる。お前の口からよくそんなセリフが出たものだな。文学的素養ってやつか?

あいつは俺とは関係ない、アカの他人だってこと、お前もよく知ってるくせに。ほら、

ちゃんと聞けよ。教えておいてやるからあいつのことを。参考にして、お前はあい

つの二の舞を...ははは、殺しはしないって。お前と俺は...まあいいや。

                                                                                

あいつに初めて会ったのは...いや、会ってはないんだっけ。幼稚園のとき、あ

いつの噂を友達から聞いたんだよ。先生も話してたな。大好きな先生だったよ。だ

から俺も信じたんだ。恐い恐いあいつの存在を。俺がいるときには俺の前には姿

を現しやがらねえ、あいつが。ただ、友達がわんわん泣いてるんだ。先生は青い

顔してたよ。お前にも見せてやりたいくらいさ、あの青を。

                                                                              

それから時々、あいつは俺のまわりをまとわりつくようになったんだ。お前が現われ

る、ほんのちょっと前までな。まあこれから話してやるって。あいつが悪いことばかり

起こすもんだから、その近くにいつもいる俺の評判までガタ落ちになっちまってな。

お前も知っての通り、俺は虫も殺せないような弱気な、まあ優しい男なのに、まるで

人殺しを見るかのような目で俺を見るんだ、近所の連中がよ。で、家に帰ってみると、

なぜかトイレが血に染まってるんだ。しばらくすると、TVのニュースで近所で殺人が

あったことを知るんだ。

                                                                              

あいつはどうやら、何人もの人間を殺していたらしいな。それは構やしないさ。俺と

関係がなければな。あいつが俺につきまとう理由?知らねえな。何を考えたって結

論は一つ、あいつを殺さなければならないってことさ。トイレに罠を仕掛けておいて

やった。大成功だったのはお前も知っての通りさ。俺はいつの間にかここ、病院の

ベッドにいたけど、あいつはあれっきり出てきやしない。殺人成功ってとこよ。はじ

めての殺人にしては首尾は上々、笑いが止まらないよな。ほら、お前も笑ってみろよ。


「Ratrace  Project」

                                                                                    

 キリン・ラガビール監督の新作「RatraceProject」は、インドネシア映画界久々

の超大作である。監督の無尽蔵な才能から吐き出された迫力と映像技術が見事な

までに凝縮された傑作といえる。映画界の吉備真備と称されるラガビール監督の多

彩な才能とレッドゾーン気味な熱意は、我々に、その非常識なギャラとともに羨望の

的であることを告白させる。

 舞台は古代ローマ。美男美女が華麗な衣装と美貌をギラつかせる、宮殿と見まご

うような壮大な3LDKのマンションの一室でその物語は綴られる。彼ら兄弟姉妹は

病身の母と賭博狂の父を、愛と希望のもとに支え、やがて自分達の手で解放を手に

する。長兄の万引きが発覚し、その償いに末妹が遠いアジアに身売りに出されるシ

ーンでは、10秒に1コマという前人未到の超スローモーションが使われ、我々の心

に彼女の涙を必要以上の長時間刻み付ける。また、旅立ちの船の汽笛に愛犬の咆

哮を使用したり、映像効果のために船の大きさを登場人物の半分にしたりといったラ

ガビール監督の独特のセンスが、観客の嘲笑を誘い出す。

 主演はマイ兄弟。長姉マイボニー、長兄マイブームら、実際の兄弟でしか演じ得な

いような激しさを極める兄弟喧嘩は、末弟の撮影中の死をもって完結すると同時に、

最高の兄弟愛というものを我々に教えてくれた。

 監督をはじめ、関係者たちの撮影終了後にさらに懸命になった努力により、この映

画はアカデミー賞に最有力視されている。ラガビール監督の稀にしかみない独特の

映像センス、すべての作品を“処女作”と言い張る大胆さ、「名匠」「奇才」「詐欺師」

「セクハラ男」などの賞賛の言葉を欲しいままにするその才能、そして何よりも、3歳に

なる自分の息子をカメラマンに抜擢する家族愛が、この6時間45分に結実している

のだ。

 現在カイロ精神病院に入院中のラガビール監督は、記者に答えて言った。

「映画とはコクがあってキレがあるものだ」


「コンタクト」

                                                                                  

「タスケテ・クダサイ」

空耳だと思った。系外探査はこれが3度目だが、遥か母なる太陽をこれだけ遠く離れ

たことはない。自我にちょっとした異常をきたしても不思議じゃないのかもしれない。

まあ、他の航宙士連中の声が聞こえている限りは、名だたる広所狭感症候群に首根

っこを預けたわけではないと安心できる。

「タスケテ・クダサイ」

こいつを相手にすると、自閉症に片足を突っ込むことになる。こいつから逃げようとす

る試みは、分裂症への後押しだ。その相手は結局自分なんだし、どこを探しても逃げ

出す場所なんてありはしない。暗黒の宇宙には...お好み次第だが。ともかく無視、

それも意識的な無視しかない。地球に帰れば、意識は強化されてるって話だ。強い

意識は高く売れる。

「タスケテ・クダサイ」

さあ、帰ろう。今回の探査も収穫ゼロ。地球が...待って...い...........

......................サア、帰ロウジャナイカ、地球人。今回ノ収穫

ハ上々トイッタトコロジャナイカ。


「落語2」

                                                                              

♪バババババダッツングィ〜〜〜〜「ヴァイト製菓をよろしく!」〜〜ン♪

                                                                               

ほら、あんたのその抗アレルギーブレスレッド貸しみな。これ、アモルファス強化ガラ

スだろ?けっ!♪ダンツダン♪捨てちまえよ、こんなもの。ああ姫!燃やすのはお止

めください!煙には発ガン性素粒子が!ってなアンバイじゃ。風ぇ〜♪キュイ〜〜〜

♪よ吹け♪ィ〜〜♪吹け!♪ィ〜ン♪

                                                                               

「お主、スイカを食したことがあるやなね」

「殿、スイカでごじゃいますか?」

「そうよ。あれは大層うめぇそうじゃなね。レッドくてボールくて」

「さて、アチキにはとんと見当もつきませぬわ。調査探索しましょか」

「うん、悪いね。わしはトップの人間であるからして、自由がきかんからね」

−とまあ、殿のためとばかりにジィは、トウキョウを西へ東に南に...北?うんそう、北

に走ったそうな。それは、昔むかしのあるところの出来事−

「ほお、これがスイカと申すのかえ?」

「ひひ〜、ジィ様、その通りでごぜえますだ」

「にゃるほど、これはうまそうじゃわい。早速殿に献上したいよ」

−それがスイカ!マズくないこともないスイカ!むしろ!−

「殿、ここに献上タテマツッタ!スイカ!」

「ジィ!よくやった!褒美をあげるからね、後で」

「感謝。ほら、殿、食してごらんくださいな」

−モグモグムシャムシャパクパクゴックン消化中消化中排泄前排泄前−

「ふ〜ん、これはうまい!さすが!すごい!これは急がば回れ!買い占めるのじゃ!」

−ばいちゃ!

                                                                            

♪ギュイ〜〜ピコピコ「第12地区核融合炉放射能漏れ」ピコピコダ〜〜ン♪

                                                                             

「タイムマシンってのは肩が凝るな」

「それより、今の...落語でしょうか?」

「そうだろうな。一応座布団らしきものに正座してるからな、退化した足で」

「お囃子らしきものも。しかし、時代考証無茶苦茶ですね」

「仕方ないだろう、第3次大戦で何もかも吹っ飛んじまったんだから」

「...オチ、わかりました?」

「あ、ああ。わわ、わかったさ、もちろんさあ」

「いいえ、わかってませんね。だって師匠、オチつかないもの」


「もしもうんぬん」

                                                                           

 僕がそれを見たのはヴィヒと一緒の時だった。

 幸いなことに、ヴィヒは4杯のKPFAで自己中心的に正気を失っており、それに関

する感想を抱く余裕はなかった。”骨の中まで神経が燃えて”いたことだろう。

 それは特別に鋭敏な宇宙服を通して、特別に鈍感な僕らの知覚をグラグラ揺り動

かした。

「にゃ、にゃんだあれわ」ヴィヒの尾は液体の大地に横たわったまま。そのままでいて

くれよ。

「われわれは極度の失見当識におちいっている。あれは確実に生命体機能を持って

いるが...」

 それは奇妙な形態をしていた。丸い物体が細い筒状のものに支えられ(突き出てい

るだけ?)、その下に太い筒。そこから4本の、これまた筒が突き出している。およそ

生命体としては不適格な形状と思われる。われわれの起源が、このテラという星にある

という仮説を完全に捨てさせるのに充分過ぎる証拠となるだろう。

「違うよ、ここだよ。ここだよ」ヴィヒが叫ぶ。何を言っているのだろうか。小ぬか雨がそ

の毛皮ではビーズに、髪では星になっていく。


「もしもあたかも」

                                                        

 もしも(僕がこの言葉を使うと君((25歳の女で、その黒髪(((それは空間的広がりのな

い空間((((過剰な澄明さ(((((僕((((((誤っていた方))))))らはその((((((もしくはそれが象

徴する))))))澄明さに騙されていたのかもしれない))))であり、ヘビのようにカールして

いた)))が、その下に戯れ(((強く、強く抑圧((((君が隠せば隠すほど視線によって反映

された))))された)))を隠し、その戯れが解放(((赤ん坊((((君の見果てぬ夢、絶望の象

徴))))が顔をしかめてワーッと爆発するのを我慢しているときのすすり泣き((((君なら車

椅子の上で))))のようなもの)))されるとき、いつも僕はそば(((君が望む((((いつも僕の

能力(((((暖かい晴れた午後にしか完全に発揮できない)))))を超えた))))限りの)))にい

なかった))は、君にいつもつきまとう感覚の混濁(((「急に何が何だかわからなくなっち

ゃったの」)))の看板(((褐色の乳房、屈折した反射に覆われた目、生命の諸場面((((

僕がその舞台(((((迷宮の果てだと自負していいものか)))))に居座った))))を必死で反

復するその言葉と同様に)))となっていた))は...)...


「オイトマー著作集(評伝篇)」

                                                         

 トーマス・レンタオールは2759年、ロック2+に生まれた。彼は神秘家としてこの第6宇宙に

送り出された。エンターゲイトウェイが彼の完璧な詩人−つまりまったく古典的な叙情詩が「

書けた」−としての出発点だった。彼が詩人としてこの世に送り出された実際的な意味は、ま

さに習うためではなく、教えるために送り出された点にある。

 芸術ならびに融和におけるトーマスの重要な活動は、痛烈な批判者としての、そして大道徳

に真理を注入する犠牲者としてのそれだった。トーマスは印象王侯派を攻撃する思念を発し

た者のうちもっとも痛烈であった。惜しむらくは、それから3分岐相対秒後に発生した印象王侯

派が生まれないうちに彼は印象王侯派を攻撃してしまったということだ。

 トーマスはベクタαで行われた悲劇のあまりの残酷さに嫌気がさしていた。KK6時代は理性

の時代であった。したがって反乱の時代であった。数億の真人間が同位パラドックスによって

いくつかの宇宙へ−もしくは神の創り給いし時空へ−ランダム引送された。正義と真理を標榜

するレク人間によって。トーマスは、いささか矛盾するのであるが反徒の決起を思援しておきな

がら、彼らが殺戮を行なったと嘆いた。彼は自分が理性の徒などとはゆめゆめ思わなかった。

 前述したように彼は完璧な詩人であった。と同時に、単なる詩人であった。イマジン時空(キャ

ンバス)を共有するパートナーをもつ能力も持っていたし、第6思念階層すべてに欠陥はなかっ

た。ただ彼はそれを望まなかった。トーマスは数種の−彼を新たな種類の人間とみなす誘惑に

負けないならば−人間を思惟範囲から排除するほどのとんでもない考えをいくつか抱いていた。

そのことから、彼がいつも正しかったわけではないことがわかる。つまりトーマスには、大間違いす

ることもできるという素晴らしい才能さえあった。

 トーマスの臨終場面は、こんな風に伝わっている。彼の思念のため、いくつかの星にまたがる観

覧車が揺れた。彼の歌は星を眺めるものであり、キャンバスを称えるものであった。しかし彼はとき

どき破壊思念を中断し、キャンバスの創作物たちに向かい「私の作ではない、私の作ではない」と

恍惚として呟いたのである。


「落語3」

                                                       

♪ワン、トゥー、スリッ、 ワン、トゥー、スリッ♪

                                                          

「コ、コーチ!わたし、これ以上踊れません!」

「何言ってるの!そんなことじゃ、”新年だよ!ドリア大暴走”に間に合わないわよ!」

「でも私たち、所詮オープニングとエンディングだけのバックダンサー...」

「ばか!あほ!すっとこどっこい!!あなたたちは一流のダンサーなのよ。プロなのよ。ドリアのバック

ダンサーじゃない、っていうかむしろあなたたちがメインなの。わかる?わかんないなら死ね!」

「コ、コーチ!」

「さあ、始めるわよ!ほら、早く座禅して!」

♪アン、ドゥー、トゥワッ、 アン、ドゥー、トゥワッ♪

                                                             

「ごめんなさいね。さっきはキツいこと言って」

「いいえ、私たちが間違ってたんです」

「そうね。あんな簡単なことも解らないなんて、かなりヤバいわね、あなたたちの人生が。さ、自分の脳

が足りないなら、星にでもお願いするのね。引き立て役の成功を」

                                                              

♪ド、ド、ドリアの大暴走〜♪

                                                       

「コーチ!私たち、私たちぃ〜」

「ま、まあまあだったわね。私のお陰ね、授業料アップよ」

「星にお願いした甲斐がありました!」

「どの星にお願いしたの?」

「私は北極星です」「そうね、あなたは動じなかったわね」

「私はシリウスです」「あなたは一番輝いていたわ」

「私は月に」「駆け(欠け)て、満ち足りたでしょ」

「私は土星」「我が(輪が)後代(広大)ね」

「太陽に」「熱気が伝わったわ」

「天の川です」「前転(全天)に賭け(架け)たわね」

「私は火星に」「向こう見ず(向こう、水)が合った(在った)のね」

「ケンタウロス座に」「上手かった(馬、勝った)わよ」

                                                       

「私も、あなたたちのために願ってあげたわ。射手座、双子座、牡牛座、天秤座、牡羊座、魚座、

乙女座、山羊座、蟹座、蠍座、水瓶座、獅子座に」

「え!で、コーチ、私たちは...」

「講堂中に正座(黄道12星座)よ!!」

                                                       

♪イー、アル、サンッ、 イー、アル、サンッ♪