恐竜の絶滅

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大腸菌O−157   書道

恐竜は約6500万年前、中生代白亜紀に絶滅しました。

1億6000万年にわたって地球上に君臨し、突如として姿を消したドラマティックな恐竜類は、

数多くの絶滅論を生み出しました。

中毒説、巨大隕石衝突説、超新星爆発説、種の寿命説、気候悪化説、卵殻変質説…

そのいずれも、ある部分だけを証明するにとどまり、

われわれを根本的に納得させてくれるまでには至っていないのが現状です。

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巨大隕石衝突説」は、物質的証拠をともない、科学的な検証が可能だという点で有力視されました。

数々のアラが指摘される今でも、もっとも有名な仮説であり、多くの研究者の支持を受けています。

アラの第一は、この説が、巨大な隕石の衝突による破壊的な影響(大津波の最初の波高は8キロメートル)が、

恐竜類や他のいくつかの生物グループを絶滅させるだけにとどまったかということを、説明していないということです。

哺乳類や他の爬虫類たちは、なぜ生き残ることができたのか。

第二は、巨大隕石が地球に残したであろう大規模な爪痕が、

地質学的証拠として、どこにも見当たらないということです。

ただし、これが見つかれば、この仮説は一気に歴史的事実の階段をのぼりつめ、

またその痕跡から、数多くの有益な資料を得ることになるでしょう。

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白亜紀末になると、竜脚類ヒプセロサウルスの卵殻が異常に厚いものや、逆に薄いものが増えています。

これは、食物の供給と需要のバランスが著しく崩れた結果、

ストレスが雌の産卵促進ホルモンの一種であるバゾプレシンの分泌量を減少させます。

すると雌は、卵を長期間とどまらさせずをえなくなり、卵殻に必要以上の石灰分を沈着させ、異常に厚い卵殻の卵を産むことになります。

また、発情ホルモン分泌量の減少が、異常に薄い卵殻卵産卵の原因と考えられています。

これが、「卵殻変質説」です。

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また、90年前に有力な説が提示されています。

地形の変化により、大陸間に陸橋が形成されたことにより、恐竜類各種、特に大型種の大規模な混合が起こった結果、

新しい捕食者や競争種、未知の病気が侵入し、また食物の需要・供給バランスが著しく乱れ、

恐竜類は、雪崩式に絶滅へと向かったというものです。

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恐竜は、人類以外で唯一、地球の支配者として君臨した生物であり、

強靭な生命力と支配力で、1億6000年の青春を地球上で謳歌しました。

人類との根本的な違いといえば、やはり脳であり、

その脳は、地球史上で、人類をどう位置づけることのなるのでしょうか。

結論を出すのは、まだまだ早すぎるのかもしれません。


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病原性大腸菌O-157

大腸菌は、動物の大腸の中に多く常在する菌です。

O-157のOは、「O抗原性」のことであり、その抗原性によって大腸菌は約180種に分類されています。

ほとんどの大腸菌は、いたって無害なのですが、

このO-157は「病原性大腸菌」の中でも「腸管出血性大腸菌」とよばれ、

これによる食中毒は、国内で毎年50件近く発生しています。

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O-157は経口感染し、約5日間の潜伏期間を経て発症します。

O-157は「ベロ毒素」という強力な毒性をもった毒素を放出し、大腸各部からの出血を引き起こします。

そのために、しばしば鮮血状の下血がみられるのです。

さらに、乳幼児や高齢者では、「溶血性尿毒症症候群」にみまわれることもあり、

その結果、赤血球や血小板が破壊され、腎臓の機能が低下し、生命を奪われることもあります。

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このベロ毒素を除去する方法は、現在までのところ見つかっておらず、

治療は透析、輸血など、対症療法が中心になっています。

つまり、徹底した予防が必要とされるのです。

このO-157は経口感染ですので、特に食品や飲料水の衛生管理の徹底化、

食品に直接触れる手や調理器具、食器類のこまめな洗浄が、もっとも有効な予防策といえるでしょう。


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書道

 文字は言葉とともに我々の意志を表示するべき、処世上最も重要なる機関である。優麗にして洗練された言葉が、

人に好感を抱かせるように、優秀端美である文字が見る者にいかに快感を与えるかということは、殊更に言うまでも

ない。

 人によって器用、不器用はあるが、しかし文字の価値は器用、不器用を以って定めるわけにはいかない。器用な

文字に一見唾棄すべき悪いものもあり、不器用な文字に頭が下がる素晴らしい尊いものもあるのである。

 書はもともと実用のためのものであるが、そのまま芸術となり得るものでもある。ところが近頃は機械文明の発達で、

書の実用面が軽視されがちであった、しかし生活の能率化が進むにつれて、我々は逆に人間味のある手作りのもの

への郷愁を感じるものだ。

 ところで、文字を書くということは一つの技術であって、その技術を反復練習しさえすれば必ず上達する。技術で

ある以上、一朝一夕の練習で上手になる、というわけにはいかないが、そこを持ちこたえて続けるという信念が必要

なのである。

文字の姿

:文字の姿とは、字の形をいうばかりでなく、字の雰囲気をいう。活字と違い、筆で書く場合になるとその姿、雰囲気

は千差万別。そこに筆で書く字の面白さがある。

 ところで、書は一種の技術であるから、これをよくするための練習の仕方には、一定の順序と原則がある。何から

どう習えばよいのか、筆の持ち方や腕の構え方はどうすればよいのか、さらに筆使いや形の取り方、文字の書き方、

等々を先ず知らなければならない。

★★★★★★★★★★★★★★★

@正しい姿勢

:いすに腰掛けたときでも、机に座ったときでも、背をすっきり伸ばして少し前に倒し、首も少し机上の書く個所に向か

って倒す。両肩は水平にして、一方が突き出て、一方が引っ込むようなことにならないように。両手はバランスよく机上

に出して、左手で体を支え、肩や手に力を入れないこと。

 小字を書く場合でも、筆の動きに応じて体も動くように、即ち、体で字を書く気持ちで書くこと。正しい姿勢を無視し

ては、いくら熱心に練習しても上達は不可能である。

★★★★★★★★★★★★★★★

A筆の持ち方

:筆の持ち方がなぜ大切なのか。それは、筆が腕の一部になって書くようにする、つまり筆と腕とが一体になったとき、

はじめて思った通りに書けるわけである。昔から「筆の働き−腕で書け、指を使うな」といわれているが、これは腕の

構えかたによって左右されるものであって、運動の中心が肩にある場合、肘にある場合、手首にある場合によってそ

れぞれ違ってくるので、局限することは不可能である。

 ところで、この筆の持ち方には次の二つがある。

(a)単鉤法

:親指と人差し指で筆をとり、中指で筆管を支え、薬指と小指は並んで軽く中指につける。この方法は、細字や、かな

を書くときには適している。

(b)双鉤法

:親指と人差し指と中指で筆をとり、残りの薬指と小指で軽く筆管を支える。強すぎると筆が思い通りに動かないので、

力の入れ方に注意するのと同時に、筆の持ち方が悪いと、のびのびとした字が書けない。

(筆を持つ位置)

:普通は軸の中ほどより少し下がよく、長穂(穂先の長い筆)の場合は中ほどより少し上を持つ。しかし、一定のきまり

はないので、慣れるにしたがって、少しずつ上下して、書く字の筆勢を研習すること。

(執筆の要領)

:昔から“実指虚掌”といわれている通り、指先はしっかりと、しかも軽やかに、手のひらは虚ろにして筆を持ち、筆軸は

だいたい垂直に近く保ち、手前と右へ少し傾く程度を保つように心がけ、縦、横の線を引くときは、上体を崩さないで

“ひじ”で引くように心がけることが大切である。

★★★★★★★★★★★★★★★

B腕の構えかた

 腕の構え方における必要条件は「左右均等」に開き、胸の前に広い空間を抱くような構え方をする。腕が体に固着

すると、書いた文字が萎縮してしまう。この腕の構え方には次の三つがある。

(a)懸腕法

:右腕が机の上にも、また脇腹にも付かない方法。不安定なようだが、初歩のときには特にこの方法によって腕を自由

に動かし、書く練習を積むようにする。

(b)提腕法

:右腕の第一関節と第二関節の中間を軽く机上に托し、手首は机上に固定させずに自由に動くように軽くつけ、やや

指の力も加わって筆を動かすようにする。この際、首が前に傾きやすくなるので注意すること。

(c)枕腕法

:左手を机上に水平に置き、左手の甲の上に右手首をのせ、左手を左右、上下に自由に移動させて書く方法で、手

首を中心とするので、指は自由に働かなければならない。ただこの方法で書くと、右手首が安定した気持ちになって

筆の動きが狭く、伸びやかさが出ない懸念があるので、この点に特に注意して書くこと。

(大きな文字)

:半紙に一字書きや、雅仙紙に大きな作品を書く場合は、立って机上で書くか、床の上にジュウタンを敷いて書くよう

にする。この場合、体の重みを左にかけないようにして、姿勢を安定させ、懸腕双鉤法で書くようにする。

★★★★★★★★★★★★★★★

C用具を生かす

(a)

筆・墨・硯・紙を文房四宝と呼んでいるが、硯はその王座を占めている。この硯について大切なことは、どんな美しい

石で出来ていても、ツルツルして墨がおりないようなものは役に立たない。指先でなでると僅かにザラついて、ちょうど

猫の舌にでも触れるような感じのものが最適である。

 また、「ハァ〜」と息を強く吹きかけると、水分が硯面に浮かぶくらいのほうが、潤いのある良硯といえる。

(b)

:墨と硯は相関的なもので、どんな名硯、名墨でも一方が悪ければ用をなさない。良墨を良硯で磨るとピタリ、ピタリ

と吸い付くような感じで僅かな手応えを感じる。

(墨の磨り方)

:まず、水を硯の岡の部分に少し注ぎ、“の”の字を書くように磨って硯の池にためていき、また水を注いで同じように

磨る。よく硯の池に水をダブダブ入れて、墨ですくい上げて磨る人がいるが、水と粒子が混ざらないので良い墨色が

得られない。また、淡墨で書こうとする時でも、初めから淡く磨るのではなく、必ず濃く磨ったものを水で淡くしてから

使わなければ、本当の淡墨の味わいが出ないのである。

(c)

:筆はその人の好みと、使いみちによって変わるが、書こうとする字形の線より、少し太目の筆が適当である。習い始

めは、腰に力があって、毛の少し強い筆を使うと書きやすいが、字体に潤いが出ないので、上達するにしたがって、

毛の柔らかいものを使用してもらいたい。

(筆の使い方)

:穂を糊で固めてある筆は、使う部分を水の中でもみほぐし、糊けを取ってから使う。大筆は三分の二、小筆は三分の

一程度におろすのが適当である。毛の部分がバラバラの筆は、水によく洗いぬぐって、たっぷり墨を含ませ、硯の縁で

余分の墨をしごきながら形を整えてから使用する。

(d)

:紙は一般には適度に墨を吸い、にじみと、かすれが美しく出るものを選ぶが、吸い方の多少や、厚薄、表面の粗滑、

色あいなどが種々あるので、筆の動きにあうように、また自分の感じを出すよう、いろいろ工夫して選ぶこと。

(e)その他の用具

:文鎮・下敷・筆池・水差し・筆巻・筆枕・硯箱等々この外にもいろいろあるが、それは必要に応じて信用ある店で相談

し、求めること。


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