翼竜

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<飛ぶ爬虫類>

 知られている限り最も古い翼竜はユーディモルフォドンで、今から2億2500万年の中生代三畳紀後期のヨーロッパ

にいた。このときすでに、翼竜のほとんどすべての性質をそなえた「完全な」翼竜として出現しており、彼らが飛べるよ

うになったのはそれ以前である。

 翼竜の祖先として考えられるような爬虫類はまだ知られていない。古生物学者のパディアン(アメリカ。カルフォルニ

ア大学)は、三畳紀中期の地層から見つかった「槽歯類」とよばれる爬虫類の一種ラゴスクスが、恐竜と翼竜の両方に

近縁な種であるとのべている。ラゴスクスは、翼竜に似た後足をもっているが、翼竜とは違って前足より後足の方が長い。

また翼竜が三畳紀にいた槽歯類から進化して、「完全に」飛べるようになるまで、わずか1500万年程度しか期間がない。

そこで、翼竜は今から2億5000万年以前の古生代ぺルム(二畳)紀にいた祖竜類から進化したというのが古生物学者

ヴェルンホーファー(ドイツ、バヴァリ州立博物館)の見解である。

                                                             

 最古の翼竜ユーディモルドフォンは、歯の生えたくちばしと長い尾をもつランフォリンクス類に属している。三畳紀に

続く中生代ジュラ紀に栄えたのは、主にこのランフォリンクス類であった。

 今から1億8000年前の中生代ジュラ紀中期になると、尾のほとんどない新しい型の翼竜、プテロダクティルス類があら

われる。その後しばらく二つの翼竜類が共存するが、ジュラ紀末期までにほとんどのランフォリンクス類は姿を消し、今

から1億4400万年前の白亜紀からはたくさんのプテロダクティルス類が出現するようになる。白亜紀の空の覇者となった

のは、さまざまな形のくちばしと、大きな骨質のとさかををもった大空の翼竜たちであった。しかし、やがて大型翼竜類も

今から8800万年前の白亜紀後期から徐々に数が減りはじめ、今から6500万年前の白亜紀末期にはすべての翼竜は姿を

消していった。

 翼竜が恐竜にごく近縁の爬虫類なのは確かだが、鳥類とはまったく異なる。そして翼竜類は子孫を残さず滅んでいった

絶滅種であるというのが一般的な見解である。今までに知られている化石種は100種以上にのぼる。

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<翼竜温血性説>

 外界の温度に左右されず、体温をほぼ一定に保つよう調節する能力「内温性」をもっているのは、哺乳類と鳥類である。

現生の爬虫類は体温が外気温に左右する「外温性」であるが、恐竜類は内温性であったとの主張が1970年代にあった。

「恐竜温血性説」である。これについては、激しい論争が現在でも続いている。翼竜にも「翼竜温血性説」が存在する。そ

して、ほとんどすべての翼竜研究者が、翼竜温血性説の支持者なのである。

 翼竜研究者たちが温血性説ではほぼ一致しているのは、主に次の二つの理由による。

 第一に、飛行はエネルギーを要する生活様式であるから、つねに体中にエネルギーを補給する態勢がととのっていた

はずである。第二に、1970年に当時のソビエト連邦で発見されたランフォリンクス類翼竜ソルデスは、全身を毛状のもの

でおおわれていた。この毛状のものは、外界に熱が逃げるのを防ぐ断熱材としてはたらくことから、体温を一定に保つた

めのシステムの一部だったと考えられる。

                                                               

 羽ばたき飛行がかなりのエネルギーを必要とするのは想像にかたくないが、実は翼を固定して飛ぶ滑空飛行ですら大

仕事なのである。宙に浮かぶためには体重を二つの翼で支えなければならない。人にたとえれば、鉄棒にぶらさがって

全体重を腕で支えているのと似ている。

 翼竜の中でも比較的小型のソルデスの化石に毛状のものが認められたのは理にかなっている。大きなやかんに入れた

お湯はなかなか冷めないが、小さなコップに注いだお湯はすぐに冷めてしまう。これと同じ原理で小さな動物ほど熱が逃

げやすいので、それを防ぐ工夫である断熱材が必要なのである。

 飛ぶためにはつねにエネルギーの補給を必要とし、断熱材をそなえた翼竜がいたことは事実である。しかし彼らはどう

やってそのエネルギーを補給し続けたのか。呼吸器系と循環系が典型的爬虫類と変わらないのでは、十分なエネルギー

供給源とはならない。これは今後の大事な研究課題である。

★★★★★★★★★★★★★★★

<翼竜二足歩行説>

 1983年にパディアンが「翼竜二足歩行説」をとなえて以来、伝統的な翼竜四足歩行論者との間で論争が続いている。

 パディアンの主張の主な根拠は、ランフォリンクスの翼の形にある。保存状態良好な化石の飛膜を調べた結果、彼は翼の

後縁は後足のかかとには達しておらず、ももあたりまでしか届いていないことを発見した。飛膜がコウモリと違って後足のか

かとにまで達していないのなら、後足は翼に引っ張られずに自由に動かせたはずだというのである。また、翼がこれまで考

えられていたよりも細長く、翼の面積が小さくなるから、より高速で飛ぶのに向いていたとも主張した。すなわち「翼竜は素早

く飛びまわり、かつ地上を二足で活発に動きまわる鳥のような生物だった」というのがパディアンの翼竜像である。

 これにはいくつかの反論がある。翼竜研究の第一人者ヴェルンホーファーや古生物学者アンウィン(イギリス、ブリストル

大学)は、股関節の構造からみて、後足は身体から横向きに突き出したはずであり、二足歩行には向かないとのべている。

また先にのべたソルデスでは、明らかに飛膜は後足のかかとまで達しているから、すべての翼竜が二足歩行可能だったわ

けではない。

                                                               

 安定に飛ぶためには翼にはたらく空気力と体重をうまくつり合わせる必要があるから、空気力の作用点と重心はごく近く

ないとつり合いをとるのは難しい。一方、極端に前方や後方に翼端が傾いていなければ、翼にはたらく空気力は、翼のつけ根

の前縁から後縁に向かって4分の1あたりに作用する。したがって重心もこの近くになければならない。翼竜でいえばその重心

は、肩からもものつけ根までの4分の1だけ肩から離れたあたり、だいたい胸の位置にあるはずである。一方、安定に歩くため

には、歩いているときの両足の接地点の間に重心がなければならない。

 ディモルフォドンを例にとる。二足歩行の復元では、尾で上半身とのバランスをとっているように一見みえる。しかし体全体

の重心は肩近くの胸のあたりにあるので、これでは前方にひっくり返ってしまうのは明らかである。もし重心を両足の接地点

の間にもってくるなら、古生物学者べネット(アメリカ、カンザス大学)のいうようなペンギン型の直立姿勢しかありえない。

★★★★★★★★★★★★★★

<飛行速度>

 翼竜の翼は、腕の骨と長大な第4指(翼指)に支えられた皮膜でできた飛膜である。保存状態のよい化石の飛膜に、繊維状

のものが認められることに古生物学者たちは気づいていた。最近になって、あおむけの状態で化石となった翼竜の飛膜を調

べたパディアンと生物学者レイナー(イギリス、ブリストル大学)は、この繊維状のものが翼の裏側からはがれているのを発見し

た。そして、この繊維状のものが傘の骨のように、飛膜を下から補強するためのものであるとのべている。

 翼竜の翼の形は先細になっており、航空機設計の観点からすれば滑空飛行か、ツバメのような高速での羽ばたき飛行かの

どちらかに向いている。肩の関節の構造や大きな飛行用の筋肉のつき得る胸骨からみて、羽ばたけたのは間違いないが、

高速での羽ばたきができたとは考えにくい。

 翼竜の飛行速度については、翼の後縁が後足のかかとにまで達しておらず細長いので、従来考えていたよりも高速で飛べ

たとパディアンが主張している。しかし、この程度の細長さは飛行速度にたいして影響しない。

                                                              

 飛行速度を規定する決定的な要素は、体重を翼面積(翼の投影面積)で割った値「翼面荷重」である。飛ぶためには体重を

空気力で支えなければならない。すなわち、体重と空気力は等しくなる。一方、空気力学の教えるところでは、空気力は飛行

速度の2乗と翼面積との積に比例する。したがって、体重は飛行速度の2乗と翼面積の積とに比例する。この関係を飛行速度

について書きあらためると、飛行速度は翼面荷重の平方根に比例することがわかる。つまり以上のことから翼竜では、翼面荷

重が小さいので飛行速度も小さくなる。

 アホウドリ類とプテラノドン・インゲンスとを比べてみる。アホウドリの仲間は時化のような強風の中を時速100キロメートルも

の速度で飛べるけれども、凪に近いときには飛べない。彼らの飛行可能な速度の範囲は毎秒10〜30メートル程度で、翼面

荷重は1平方メートルあたり15キログラム前後である。プテラノドンの体重は約15キログラムと推定されているが、彼らの飛

膜の後縁が後足のどこまでつながっていたかは知られていない。そこで2通り計算してみる。従来通りかかとまで飛膜になっ

ていたとすると、その翼を、胴体から翼端までが3.5メートルで、翼のつけ根の長さ約1.2メートルの三角形として計算すれ

ば、翼面積は4.375平方メートルで、翼面荷重は1平方メートルあたり3.43キログラムとなる。パディアンのいうような細長い

翼の場合、翼のつけ根の長さは約0.7メートルとなり、翼面積は2.45平方メートルで、翼面荷重は1平方メートルあたり6.12

キログラムとなる。飛行速度と翼面荷重の平方根との間の比例係数をアホウドリと同じとすると、大きな翼の場合の飛行速度

は毎秒4.7〜14メートルとなり、細長い翼の場合にはこれが6.4〜19メートルとなる。翼の大きさの違いが飛行速度に与え

る影響はこの程度にすぎない。

                                                             

 また、この大雑把な計算で求められたプテラノドンの飛行可能な速度の範囲は、空気力学者たちがもう少しくわしく解析し推

算した値とほぼ一致する。つまりプテラノドンはゆったりと飛んでいたはずである。

 レイナーは大学院生ヘイゼルハートとともに、翼竜類の翼面積、翼のさしわたしの長さ、体重を調べ、それらの相関関係を現

代の鳥類と比べた。その結果、大型のものはグンカンドリに似た相関となり、きわめてゆっくりと飛んだらしいこと、中型のもの

はカモメの仲間と同じような相関となったこと、なかにはワシ、タカの仲間や小型の昆虫食の鳥に似た相関のものもいたことが

わかった。彼らの解析結果は、翼竜の生態の多様性を示す一方で、翼竜がゆったり飛んだ生物であったことも示している。

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<多様な生態>

 ランフォリンクス類には長い尾があり、なかには尾の先にひし形の尾翼をもったものもいた。この尾は、歯の生えた軽量化の

進んでいない頭部とのつり合いをとるためと、凧の足のように風の中を安定に飛ぶための工夫だったと考えられている。ところ

がこの尾も、より進化したプロダクティルス類では消失し、彼らは固有の安定性を失った。しかし、ゆるやかな動きであれば、

翼を前後などに動かすことで安定に飛べることは、尾羽を切ったハトの実験や翼竜の模型による飛行実験で実証されている。

 より進化したプロダクティルス類がより高度な操縦性を獲得していたことは、彼らの脳の形態からも裏づけられている。恐竜

類の脳を詳しく研究した解剖学者ホプソン(アメリカ、シカゴ大学)は、翼竜の脳の大きさは典型的爬虫類とかわりないが、普

通の爬虫類と比べてずっと大型化した小脳と中脳は飛行への適性を示すとのべている。飛びながら目標を見るために眼球運

動をつかさどる中脳が、また空中での複雑な運動を行うために小脳が発達したのであろう。

                                                                       

 翼竜の多様な生態は、そのくちばしの形からもうかがえる。ペリカン類のような長いくちばしの翼竜は、魚を食べていたと考え

られており、一部の化石のくちばしや腹部からは魚のうろこなどが見つかっている。

 古生物学者ホウズ(イギリス、ロンドン大学)が「パーベッグのヘラサギ」と名づけた翼竜は、ヘラサギ類そっくりの先の丸い

しゃもじ形のくちばしをもっていた。これを左右に振りながら水中の生物を食べていたのだろう。またプテロダウストロは、下顎

にヒゲクジラ類やフラミンゴ類そっくりのくし状の歯のようなものをもっていた。これで水中の微生物をこしとって食べていたと考

えられている。

 ヴェルンホーファーと古生物学者ケルナー(アメリカ自然史博物館)は、ブラジルで見つかったタペジャラは果実食だったと

想像している。先にいくほど上下に広がっているくちばしで枝をかき分け、ペンチのようなくちばしの先で奥にある実をついば

んだというのである。生態学者のフレミング(アメリカ、マイアミ大学)も翼竜の中には果実食のものもいたはずだと考えてい

る。

                                                                          

 べネットはプテラノドンの一種の1100個体を解析し、大きさの異なる2グループに分けられることを見出した。小型の個体数

は大型のものの2倍もあり、翼のさしわたしの平均値が3.75メートルで、幅広の骨盤と体の割りには小さなとさかをもってい

た。大型のものは、翼のさしわたしの平均値が5.7メートルもあり、せまい骨盤と体に比して大きなとさかをもっていた。彼は

とさかの大きな大型のものが雄で、卵を産むのに適した幅広の骨盤をもつ小型のものが雌であると考えた。雄と雌の数の違い

は、大型の有力な雄が数頭の雌をしたがえてハーレムをつくっていたからではないかと想像している。多くの大型翼竜に見ら

れる異様なとさかは、シカの角と同様に立派な雄のしるしというわけだ。

 またべネットは、子供と成体のプテラノドンの骨を比較した。その結果、子供の骨には内温性動物同様に多数の血管の通り

道が存在すること、成体の管状の骨の内部と外部には緻密な層があり、ある段階で一気に成長が進みそれ以降は成長が

止まっているらしいことを発見した。子供のうち14%は、成体と同じ大きさであった。さらに飛行には多大なエネルギーを要す

るという生理的理由から、子供には飛行能力がないともべネットはのべている。そうすると生まれたての数十センチの子供は、

どうやって数メートルもの翼をもつ大きさになるまで成長したのか。べネットは、親が子供に餌を与えて育てたと推論している。

                                                                         

 翼にある3本のかぎづめは何の役に立ったのか?ランフォリンクス類にあった後足の第5指が、プテロダクティルス類ではほ

とんど消失しているのはなぜか?なぜ滅んでいったのか?解けない謎はまだまだ多い。