チヌのトローリング??


ある時、女房の親父さんから「おい、チヌのトローリングっちゅうのを知っとるか?」と聞かれました。
(「ん?チヌのトローリング??トローリングっつったら船で仕掛けを引き回すあれだよな。幾らチヌの釣法が多種多様とは言え...」)
「いや、知りませんよ。そんなもんあるんですか?」と聞き返しました。
「ほんまようのう。船でグルグル走るゆうんじゃけぇ。」との解答。

ちなみに標準語に翻訳すると「本当だよ。船でグルグル走ると言っているんだから。」となります。
いや〜広島弁って美しいですねぇ。達川監督にはもっと広島弁を広めてもらいたいもんです。

「いやの、儂の知り合いがそれをやりょうるゆうんじゃがの、息子(私のこと)がチヌを釣るゆうて話したら、トローリングに連れてっちゃろうゆう話になったんじゃが行くかいのぉ。」

「それがだね、儂の知り合いがそれをやっているというんだけど、息子がチヌを釣っているということを話したら、トローリングに連れていってあげようという話になったんだけど、行くかい?」(いや〜ほんと美しいですねぇ)

ことチヌ釣りとなると若干見境の無くなる私のこと、二つ返事でお願いしました。

確か7〜8年ほど前の話。季節は夏から秋に気候が移りつつある頃だったと思います。
当日の朝、まだ薄暗い時間に大野町上の浜漁港に私達はいました。
上の浜漁港は丁度宮島と対岸の佐伯郡大野町に挟まれる大野瀬戸の中間辺りに位置する漁港です。昔はチヌ釣りの名所として名を馳せた漁港ですが、今ではすっかり釣り荒れしてしまっています。
私と親父さんを船に乗せてくれるのは、所謂地元の漁師さんのような方でした。

チヌ釣りにハマリ始めていたその頃、私の興味は仕掛けや釣り方に向いています。
餌は海ゴカイ。これを事前に準備しておくように言われていました。そう、キス釣りでよく使われる奴ですね。この時点で私の常識では?なのです。(夜釣りでもあるまいに)

船は穏やかに晴れ渡った大野瀬戸を対岸宮島に向けて走り出します。
ポイントはどうやら宮島の岸近くに設けられた海苔ヒビの周りのようです。船が減速します。
ご存じのように海苔ヒビは割合岸近くに無数の竹を組んでいるものです。当然海苔ヒビに向けて岸から仕掛けを入れようとすると海苔ヒビに引っ掛かるし、また宮島には島の外周を回る道路はありませんから、このポイントは船でないと攻めることができないポイントになります。

仕掛けを見て驚かされました。
まず竿。
なんと竹竿。それも継ぎ竿とかいう大層なものではなくて、ほんとその辺から切り出してきたような一本の竹なのです。長さにして2ヒロ程度のものでしょう。
それにハリスが2ヒロ〜2.5ヒロほど結ばれます。確かフロロカーボン(シーガー)の1.5号くらいだったと思います。針は確かチヌ針の2〜3号くらい。針上30cmほどのところにガン玉Bくらいの錘を打っていたと思います。

釣り方の説明を受けてまた驚かされました。
なんと、竿を海中に差し込み、ラインを全てフカセた状態にして船を走らせるのです。それもトロトロ走るのではなくてそこそこのスピードが出ています。
まさにトローリング。外洋でカジキを釣るような洒落たものとはまったく違いますけど。
ハリスは竿先からほぼ真横に漂うように流れているはずです。

(「こんなんでチヌが釣れるのか???」)

ところがどっこい。釣れるんですね、これが。
小ベタの多い時期だし、また動く餌に積極的に飛びつくのは小ベタが多いのかも知れません。
また海中に竿を2ヒロ近く差し込んでいるものだから、船が走ればそれは全て水の抵抗となって私の腕に掛かってきます。
お陰でアタリは非常に解りづらいのですが、時折魚の手応えを感じます。
上げてみるとチヌ。(といっても小ベタですが。)
必ずしもアタリが全て取れないのですが、高い確率で小ベタは針に掛かって上がってきます。
イメージとしては、海苔ヒビに付いているチヌが、速いスピードで移動する餌に反射的に食いついているという感じでした。
若干チヌ釣りの固定概念を叩き壊される感じもしましたが、これもまた理に適った釣法なのかも知れません。

しかし、釣れるのは小ベタばかり。不思議と飲み込まれることもあるから、結構な数をキープせざるを得ません。
それでも3〜4時間釣った後、そろそろ納竿を考えたくなってきました。
そんな頃のことです。
今までとは明らかに違った重量感のあるアタリが私の腕を襲いました。
何せ船は走っています。チヌの引き以上の手応えを感じるのです。
竿はのべ竿。当然糸を出すことも巻き取ることも出来ません。慣れないタックルに若干の戸惑いはありましたが、船を止めてもらうと余裕が出てきました。
浮かせると思ったよりはやはり小さい30cm強のチヌでした。
これで一応納得。ヒットポイントをもう数回流して納竿としました。

針に掛かった小ベタは余裕で50枚は超えていたのでは無いかとおもいます。

世の中には色々な釣り方があり、チヌという魚は釣り人の多種多様な欲求を受け止めてくれる不思議な魚なんですね。固定概念に捕らわれなければもっと色々なチヌとのつき合い方があるのかも知れません。ゆっくりと長く付き合っていきたい魚です。

結局、チヌのトローリングはそのとき限りです。小ベタの多さに少しスッキリしないものを感じ、再度連れていってもらおうという気にはなりませんでした。
以上、何れにせよこんな豊かな海の話でした。今もあの海苔ヒビには沢山のチヌ達が付いているのかな?


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