クジラのマッコウ


目を閉じて想像してみて下さい。
青い空、青い海がどこまでも続いています。

青い海の真ん中に、なにか黒いものが浮かんでいます。

クジラの子供のようです。

このクジラの名前はマッコウといいます。

マッコウのお話にようこそ。


ある日、マッコウはお母さんのママクジラと一緒に泳いでいました。
すると、遠くに黒い影が浮かんでいるのが見えました。
しばらくすると、ボォ〜ッ...という音が聞こえてきました。
黒い影は少しずつ大きくなってきます。

「ねぇお母さん、あれなんだろう?」
マッコウはママクジラに聞きました。
「さぁ?なんでしょうね。」

しばらく2匹が黒い影を見ていると、
「おまえたち何をしているんだい?」という声が後ろから聞こえました。
マッコウが振り返ると、そこには大きなクジラがいます。
「あ、お父さん、お帰りなさい」。マッコウが言いました。
この大きなクジラはマッコウのお父さんでパパクジラといいます。

「ねぇ、お父さん。あれはなにかなぁ。少しずつ大きくなってきてて、ときどきボォ〜っていうんだ。」マッコウがパパクジラに聞きました。

「ああ、あれか。あれはね、フネっていうんだ。」パパクジラが言いました。
「ねぇフネってなんなの?」マッコウが聞きました。
「この海の向こうにはな、ニンゲンという生き物が住んでいるんだ。ニンゲンはな一人では広い海を泳いで渡ることができないんだ。それでな、フネという乗り物をつくって広い海を渡るんだ。」パパクジラは答えました。
「ふぅ〜ん、ニンゲンか。でもニンゲンってかわいそうだね。一人で海を泳ぐことができないんでしょう。」マッコウが言いました。
「でもな、ニンゲンというのは、ヒコウキという乗り物を作って空を飛ぶこともできるんだぞ。」とパパクジラが言うと、
「え〜、カモメのように空も飛べるの?」とマッコウが聞きました。
「そうだとも、ニンゲンっていうのはな、自分では広い海を泳ぐことも、空を飛ぶこともできないけど、フネやヒコウキを作って広い海やあの空だって飛ぶことができるんだ。」そうパパクジラが答えると、
「ふぅ〜ん、ニンゲンってすごいんだね。」「ねぇお父さん、僕あのフネのところへ行ってみてもいい?」とマッコウが聞きました。
すると「だめだだめだ、あれは大きなフネだから、お前のような小さなクジラが近づいても気づかずにはね飛ばされて大けがをしてしまうぞ!」とパパクジラが言いました。
マッコウはしょんぼり。
「あ〜あ、ニンゲンに会ってみたかったのになぁ...」


次の日の朝のことです。
マッコウは一人で泳いでいました。
マッコウがふっと後ろを振り返ると、なんと昨日のフネがすぐ近くにあります。
「わぁ!はね飛ばされる!」マッコウはびっくり。
でもなんだか様子が変です。
よく見ると、フネは大きな岩に乗り上げて動けなくなっています。
そして「お〜い、助けてくれ〜」「誰か、助けてくれ〜」という声が聞こえます。
マッコウはとっても怖くなり、逃げて帰ろうと思いました。
「でも、あのフネのニンゲンたちは困っているみたいだなぁ。」
マッコウは勇気を出してフネに近づいて見ました。
そして「あなたたちはニンゲンさんですね。どうしたんですか?」と聞いてみました。
するとニンゲンの中の一人が答えました。
「この大きな岩にフネが乗り上げて動けなくなったんだ。このままだと飲む水も、食べるものも無くなって死んでしまうかも知れない。」

「大変だ、ニンゲンたちが死んじゃう。どうしよう。」マッコウは考えました。

そして「よし。僕がフネを押してみます。」マッコウはニンゲンに言いました。
「ありがとう。頼むよ。」ニンゲンは言いました。
「よ〜し、せいの、それ!」 ドス〜ン。
でも大きなフネは小さなマッコウがいくら体当たりして押してもびくともしません。

「困ったなぁ。このままじゃ人間たちが死んじゃう。」

そこへ、マッコウの友達のサメのシャーくんがやってきました。

「おいマッコウ、お前何やっているんだ?」シャーくんが聞きました。
マッコウは「あのね、あのフネが岩に乗り上げて動けなくなっているんだ。早く助けてあげないと人間が死んじゃうかも知れないんだ。」とシャーくんにいいました。
すると「なんだ、人間なんか食べちゃえばいいじゃないか!」とシャーくんがいいます。
「だめだよ、ニンゲンを食べるなんていっちゃぁ...」マッコウは驚いてシャーくんを止めました。
「ちぇ、しょうがないなぁ、今日はマッコウの言うとおりにしてやるよ。」とシャーくんが言います。
「ありがとう、シャーくん」

「よぉ〜し、せいの!」ドス〜ン!
「せいの」ドス〜ン!

ところが、2匹がいくら体当たりしても、いくら押してもフネはびくともしません。
「困ったなぁ、マッコウ、俺達だけじゃどうにもならないぜ」シャーくんが言います。
「う〜ん...」マッコウは困り果ててしまいました。

ニンゲンたちもとても心配そうです。

そんなときです。
「おう、おまえら何やってんだ」という声が後ろから聞こえました。
マッコウ達が振り返ると、そこには大きなタコがいます。

(あ、いじめっこのタコのターくんだ...やだなぁ、またいじめられるのかなぁ)
マッコウはそう思いました。(でも、ターくんに手伝ってもらえば、もしかしてニンゲンを助けられるかも知れない)

マッコウは勇気を振り絞って、ターくんに言いました。
「あのねターくん、あのフネが岩に乗り上げて動けなくなっているんだ。早く助けてあげないとニンゲン達が死んでしまうかも知れないんだ。ターくんも力を貸してくれないかい?」
すると、「ふぅ〜ん。よし、俺様に任しておけ!」ターくんが言いました。
マッコウもシャーくんもびっくりです。
「え、手伝ってくれるの?」とマッコウが聞くと、「お前ら困ってるんだろ。ニンゲンだってかわいそうだしな」とターくんが言いました。
ターくんはいじめっ子だけど、本当は心の優しい子だったのです。
(勇気を出して言ってみてよかった。ターくんはいじめっ子だけど、やっぱり友達なんだ...)

ターくんはマッコウよりもず〜っとず〜っと大きな大ダコです。
ターくんは長い足をフネに巻き付けて引っ張ります。
マッコウとシャーくんは反対側からフネを押します。
「いくぞ〜、マッコウ、シャーくん」ターくんが声を出しました。
「せーの、よいしょ」とターくんが引っ張ると、反対側からマッコウとシャーくんが、ドス〜ンと体当たりをしてフネを押します。

すると、ズズッ、という音がして、フネは少しだけ動きました。
フネの上ではニンゲン達が大喜びです。

「よ〜し、もう一回だ」3匹は力を合わせます。
「せ〜の、よいしょ」ドス〜ン、「よいしょ」ドス〜ン。

フネは少し動いたっきりまた動かなくなりました。

3匹はもうくたくたです。

「おい、マッコウ、こりゃ無理だぞ」とターくんがいいました。
「ああ、これは無理だ」シャーくんもいいました。

ニンゲン達はがっかりしています。

「もう少しだけがんばってみようよ。ニンゲンがかわいそうだよ。」マッコウが言いました。
「そうだな、もう少しだけがんばってみるか。」シャーくんとターくんは頷きました。

「せ〜の、よいしょ」ドス〜ン、「よいしょ」ドス〜ン。
「せ〜の、よいしょ」ドス〜ン、「よいしょ」ドス〜ン。

ズズッ...

また少しだけフネが動きました。
ニンゲン達は大喜びです。

でも、もうマッコウもシャーくんもターくんも、みんなクタクタ。力がでません。

(だめだ、これ以上無理だよ。シャーくんもターくんもクタクタだし。)
マッコウは困り果てました。

そんなときです。

「おい、マッコウ。おまえたちどうしたんだ?」
マッコウ達が振り返ると、そこには大きなクジラがいました。そうです。パパクジラです。

「おとうさん! あのね、ニンゲン達のフネが岩に乗り上げて動けなくなっているんだ。早く助けて上げないとニンゲン達が死んじゃうかも知れないんだ。」マッコウは言いました。

パパクジラはクタクタの3人を見て言いました。
「そうか、おまえたち随分がんばったんだな。よしわしも手伝ってやろう。」

「せ〜の、よいしょ」ドス〜ン。フネがぐらっと揺れたときです。
大きな大きなパパクジラが ドッスゥ〜ン!

ズズッ、ザップ〜ン!!

フネは勢いよく岩の上から滑り落ちて、海の上です。

ニンゲン達はしばらくびっくりしていましたが、フネが岩から外れたのが解って大喜びです。

そしてニンゲン達は、「ありがとう、クジラくん、君の名前はなんていんだい?」と聞きました。
「僕はマッコウ、クジラのマッコウっていいます。」
「マッコウ、君が僕たちに気付いて、そして助けてくれたから僕たちは無事にうちに帰れるよ。」「本当にありがとう。」「サメくんも、大きなタコくんも、クジラのお父さんも、みんなありがとう。」ニンゲン達はなんどもお礼を言いました。

マッコウも、シャーくんも、ターくんも、なんだかとても恥ずかしそうに笑っています。
マッコウが後ろを振り返るとパパクジラが優しそうにほほえんでいました。

マッコウは、シャーくんとターくんにいいました。「シャーくん、ターくん、手伝ってくれてありがとう。やっぱり僕たちは友達だね。」
いつもはいじめっこのターくんも今日だけはにこにこ笑っています。

マッコウはうちに帰ってママクジラに今日会ったことを話しました。
するとママクジラは「それはいいことをしたわね。きっとあなたたちが困ったときにも、だれかが助けてくれるわ。」「今日は疲れたでしょう?早くおやすみ。」と優しくマッコウに言いました。
マッコウはとても嬉しい気持ちになって、その日は笑顔のままで眠りにつきました。

おしまい


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