ノッコミのない春
「そのうちまた、どっかで会うでしょうね。」
「うん、次は湯浅あたりかなぁ。」
などといって、しばしの別れに手を振ったのは2週間前。
遠征癖、とでもいったらいいだろうか。
僕自身がこの癖が付きつつあるのだけれど、遠い、と思っていた土地...いや、僕らの場合は海、といった方がいいのだろうね。そんな海に、何かのキッカケで行ってしまう。
「あ、なんだ、行けるんじゃないか。」という、実は極当たり前のことを認識してしまうんだ。これが遠征癖がつき始める第一歩だ。
僕らのような普通のサラリーマンは、もちろんそうでない人も沢山いるのだけれど、どちらかというと、自分を自分が勝手に作った常識という枠の中に当てはめる傾向があって、これは規則と常識という、会社組織の中でもっとも重要で、実はつまらないルールに雁字搦めになっているが故なのだろう。
最近では、コンプライアンスだなんだと雁字搦めに拍車が掛かっているが、これもまた情けない話だと思う。法令遵守は当たり前だし、最低限、会社が会社として機能するためのルールは必要だし、当然守らないといけない。しかし...ルールの中からは決まり切ったものしか生まれないし、そんな決まり切ったものが売れる世の中じゃあない、ということも確かだと思う。
要は、本来、一人ひとりの意識の問題で、たとえば機密漏洩につながるようなことはしない、とか、業務の流れを阻むようなことは(なるべく)しない、とか、結局のところ、「人の迷惑になることはしない」ことと、「自分のしたことはキチンと責任をとる」という、なんだか子供に教えるようなことを守っていれば、こんなにまでムキになってコンプライアンスが云々などと叫ばなくてもいいはずで、ましてやそのためにわざわざ組織まで余分に作ってしまうなんてことは必要ないと思うんだ。
新しいモノを生み出すキッカケを、雁字搦めの規則で摘み取っていたのでは...大丈夫なのかい?
尤も、僕はどちらかというと法律と規定に則った仕事をしないといけない立場なので、こんな無駄話はこれくらいにしておいて...
実は周りには、五島列島にいったり、御五神だ日振だとか、それこそ色々なところに遠征に行っている人は普通にその辺にもいるのだけれど、「あの人たちは自分とは世界が違うからな。僕なんかはそんなところに行っている金もないしな。」などと、根拠のかけらもないイイワケを作って自分を納得させていたりする。これは、別に遠征でなくても、たとえば渡船を使って釣りに行ったことが無い人が、渡船を使う、というだけのことに敷居が高かったり、と、そんなことにも似通っているのかも知れない。かくいう僕も、今でこそ渡船も使うけれど、昔はそんなところがあった。
それが、だ。僕の場合のキッカケは、おそらくKabe兄とともに車を走らせた南紀遠征だったと思う。それまでの僕が普通に考えると、直接会うはずのない友達であるsomeさんと会い、楽しい時間を過ごした。
ああ、どこにでも行けるんだ。誰にでも会えるんだ。
これに気づいたことが、僕の中にある沢山の枠を壊した。そして僕は「どこででも寝れる」人間になってしまっていた。
竹下さんにとってのキッカケがなんなのか分からないけれど、ひょっとすると98年のまさに年末に広島に来られたことがソレだったのかも分からない。
ともかく、彼もまた、遠征癖に取り憑かれている一人だろう。尤も、もともと放浪癖があったのかも知れないけれどね。
2週間振りの再会は5月27日。今回も小方港での紀州釣りなのだけれど、それは2週間前の不完全燃焼をスッキリさせたい、という思いが強かった、ということでもある。しかし、この時期のここでの紀州釣りはハッキリいって厳しい。周辺の磯がノッコミで騒がしくなるころ、ここの底にはやる気のあるチヌがほとんど居なくなってしまうのだ。安芸さんに言わせると、昔ほど顕著にそうではないよ、ということだけれど、やはり厳しいことには違いない。
僕は土曜日は付き合えなかった。ちぬ倶楽部に書いていた半ページほどの地方記事の締め切りが迫っていたことと(これは今回の原稿で終わった)、地元尾道在住の祖母の調子が悪い、ということを聞いて、午前中に見舞いに往復したりしたからだ。
釣りが終わったころ、二人に様子を聞くと、なんと二人ともボウズだったと。ここをホームグランドにして、ご存じの通りの結果を出し続けている安芸さんがボウズだというのだから、これは厳しい。
正直なところをいうと、竹下さんが「田中さん、あそこは厳しいから大島にでもいきませんか?」と言ってくれるのを、いや、もっと言えば「団子も厳しいから大島の地磯でフカセやりませんか?」と言ってくれるのを期待していたのだけれど、当然それは儚い望みであった。釣れないと燃える男なのだ。迷いもなく、日曜の小方港行きが決まっていた。
この時期、普段なら僕は好きこのんで紀州釣りはやらない。底にはさほど餌取りもいないし、チヌは浮き易いし、何はともあれフカセの方が効率がいいのは冬場とこの時期くらいだしね。
なにより餌取りが団子を割らない紀州釣りは今ひとつ燃えないし、底まで崩壊させずに沈めないとチヌが上ずってしまうのに、かといって握りすぎるといつまで経っても割れない。このあたりのコントロールをする力もない。
団子は必死に餌取りと戦うのが好きだ。うん、まだそんなレベルにいる。
その日の夜は、安芸さんの奥さん、菩薩さんの手料理...安芸さんたちの釣りに同行しておられた茅渟夢想さんが落とし込みで釣り上げたチヌを料理されたのだが、これをつまみながらいつものとおり楽しい時間を過ごす。ただ一つ違うのは、この日、僕は釣りをしていないので、気楽に二人のボウズを茶化すことができている点だろう。
28日。朝、安芸さん宅に竹下さんを迎えに行く。日曜は安芸さんが仕事の都合で釣りに行けない。
荷物をエクストレイルに積み込む。安芸さんに「行ってきます。」と言って出発。
この日は、安芸さんの熟年組お友達、Sさん、Kさんと一緒。SさんとKさんはフカセで釣るそうだ。波止にはすでにフカセのグループが一つ。波止の端にまとまって釣りをしている。正直なところフカセの方が無難だろうなぁ、と思いつつ、団子の準備をする。
フカセ組は波止の左右両端。団子組の竹下さんと僕は波止のほぼ真ん中あたりに釣り座を構える。ここはそういう棲み分けができているのだ。こういうことができているポイントは諍いが起こらなくていい。
よく、釣り場の占有が問題になって喧嘩になったりする話を聞く。確かに無意味に「ここは俺の場所!」的な訳の分からない主張をする人もいるようだが、これは問題外。そうでなくて、たとえば、ある程度流さないと釣りにならない釣りなのに、場所が空いているから、といって入り込んできたりすれば、当然、前から釣り座を構えている人は怒る。
フカセと団子も似たところがある。一方は浮かせる釣りだし、他方は底にチヌを着かせる釣り。
先に竿を出している人の釣りを理解して、その迷惑にならないように釣り座を構える、という気遣いがあれば、折角の休日を気分悪く過ごさなくていい。が、先行者の釣りがどういうものか分からないこともあるだろうから、やはり、「ここ、入っていいですか?」と聞くのもマナーだろうし、聞かれた方も、理由を説明して断るなら断る、あるいはこの程度離れて欲しい、と遠慮無く伝えればいいのだろうと思う。
さて、今回の団子は安芸さんブレンド。糠、粗い砂、サナギ粉、押し麦。サシエはオキアミ生とコーンを持ってきてみた。あまり期待はできないが、目先を変えるには役立つか、と思ってのこと。近くではボケは手に入らないしね。
天気がいい。
あまりに釣れないので眠くなってしまいそうだ。SさんとKさんは良型混じえて何枚か釣り上げているようだ。やはりフカセだな。
何も釣れない、というのではない。開始早々にピンギスが釣れ、これは何匹か釣った。それに手のひらほどのウミタナゴ。そして毎度毎度邪魔をするカナコギ。カナコギとはおそらくこのあたりの地方名だと思うが、本名はハオコゼだ。だが、カナコギでいく。
カナコギは瀬戸内などでは言わずと知れた外道で、小さくてかわいいのだが、各鰭の棘に毒腺があって刺されると相当痛い。大人になってから刺されたことはないが、子供のころは何度か刺された。こういった痛みを自ら知って、本当の知識にして、そして大人になるのだ。
小さな魚なので、チヌなどの大型魚...というと語弊がありそうだが、瀬戸内海の湾奥では、チヌは大型の部類に入る。チヌより大きいのはボラかスズキくらいしかいないだろうから...が活性を上げると、隠れてしまうのか居なくなってしまう。
そのカナコギが釣れ続くのだから困ったモノだ。いや、分かっていてやっているのだから仕方ないか。
竹下さん。暑い、ということで、安芸さん愛用の麦わら帽子を借りてきている。折角都会の好青年、というイメージをもっている竹下さんなのに、すっかり安芸さんっぽくなっている。

ファンが減るぞ!竹下さん。
さてさて、そうはいいつつ、さすがに一枚や二枚はチヌを釣りたいところ。
コンクリートの照り返しでボーっとするほど暑い波止の上、とにかくがんばってみる。
安芸さん流だと円錐浮きを使うのが本流なのだけれど、今日は自作浮きを久しぶりに使ってみている。小型の自立浮きで、以前、我流紀州釣りで使っていたものだ。ただし、ここは深いので、錘負荷3B弱程度の過浮力気味のものを選択。
この日の状況にはこの浮きは結構合っていたようだ。上手くアタリを演出してくれている。
ハッキリしたアタリに竿を振り上げる。小さいながらもチヌのようだ...が、本当に小さい。普段なら迷わずリリースするようなサイズではあるのだけれど、竹下さんがその日の夜、菩薩さんの「チヌそうめん」を食べるためには必要だろう、ということで、とりあえず、竹下さんが安芸さんから借りてきているスカリに入れておく。
この程度の小さなチヌなら少し連発してもよさそうなものなのだけれど、これが全く続かない。すぐにカナコギに戻ってしまう。
ようやく少し竿が曲がった。これは30cmほど。
そしてしばらくしてまた「チヌそうめん」サイズを一枚追加。
釣れない釣りは疲れる。そんな釣りだった。

竹下さんを安芸さん宅に送る途中、安芸さんが仕事場から家に戻るまでの間を潰すためにファミレスに入る。ピザなどつつきながら、竹下さんは明日の釣りが気になり、またこの広島近辺の住みやすさ、釣りやすさに惚れているようだ。
明日の釣りはフカセだ。僕は月曜なので仕事に行く。安芸さんと二人で小方港でフカセ。ファミレスに来る前に釣具屋に寄って、フカセ用のマキエなどを購入もしている。
竹下さんとすれば本当は団子をやりたかったようなのだけれど、さすがに3日連続ボウズは避けたいところだった。
・・・でも、結局、翌日は風も出て、さらに状況悪化して、釣れなかったのだけれどね。
今度は活性のいい時に来てくださいね。と、安芸家でお茶をいただいた後、竹下さんに挨拶して家に向かった。
僕は基本的に混雑した場所が嫌いだ。
いつもできるだけ人混みを避けて通っているし、今住んでいるところだって、ちょっと前まで郡部だったところだ。会社の近くに住めば、毎朝通勤に1時間、帰宅に1時間も掛けなくてよいようなものなのだけれど、あんな窮屈そうなところに住みたくはない。
(そもそも会社の近くに住む、なんていうのは気分的にも最悪なのだけれど。)
もっとも今の住み処は、宮島を起点とする渋滞に巻き込まれず、周防大島から家に帰れる範囲で一番広島市内に近いところ、というかなり偏った観点で選んだのだけれどね。
なにせ、会社への通勤に必要な定期代は通勤手当で出るけれど、釣りに行く釣行手当は出ない。なら、なるべく釣り場に近いところに住む方が得策な訳だ。僕としてみればかなり合理的だ、と自画自賛している。
さて、春。ノッコミの時期の広島湾の渡船場は大変な状況だ。
人だらけ。
僕は釣りのクラブには所属しておらず...いや、紀州釣りの方ではFREEDOMという関西のクラブに名前を置いてもらっているけれど...フカセでは完全にノーブランドだ。特にノーブランドに拘っている訳ではないのだけれど、これ、というキッカケがないまま今に至っている。
このため、この時期に休日に渡船などに乗ろうと思うと、混雑した中での孤立、という、何とも有り難くない状況に陥る。まぁそれはいつものことだからいいのだけれど、一番苦手なのが渡礁する磯に対する自己主張合戦。みんな行きたい場所がある訳で、当然できるだけそこに上がりたい。
そういう思いが交錯している中に身を置くと、逃げ出したくなってしまうのだ。
ノッコミの時期以外、特に近年では夏場に好んで渡船を利用するのだけれど、その場合も大体船頭さんに「どこでもいいです。」と言う。もっとも夏場は渡船場は閑散としているので、どこでもいい、といっても、どこでも上がれるから、じゃぁどこそこに、という話にはなってくるのだけれど。
釣り、というのは、当然沢山釣れた方が楽しい。これは間違いない。
けれど、沢山釣れるか釣れないか、というのは、あくまで、自分の目の前にある海、という条件の中で、どれだけ釣れるか、という話なのであって、条件の違う場所で沢山釣れようが釣れまいが、それはどうでもいいことなのだ。
沢山釣れる条件であれば、誰かがこの時この場所で釣るより沢山釣る。厳しい条件であれば、厳しいなりに最大限の結果を出す。それが叶えば僕は満足する。・・・が、満足できるような結果に到達したことはない。
ともかく、そんな訳で、ノッコミの時期の渡船場からは逃げている僕なのだけれど、広島湾でもノッコミの時期は50cmオーバが何枚も出ているようだし、たまには(今年は本当に魚を釣っていないし)楽に結果が出るような釣りもしたいもんだ、と思った。
そうなると少しでも混雑度の低い平日しかない訳だ。
既に定年退職して、今は週に3日ほど会社に来ているAさんに声を掛ける。
ちなみに、会社の中で僕の知っている範囲には、チヌ専門に狙っている人はいない。まぁ仮にいたとしても、会社の雰囲気的に、仕事を休んで釣りをする、ということを堂々とする人間はごく一部を除いていないような気もする。ごく一部、には、ご想像の通り僕も含まれる。
今では僕が前もって休みを取ろうとすると、「田中さん、大会?」とか、「田中さん、渓流解禁?」とか、上司が言ってくるという、とても素晴らしい状況になっている。
Aさんはもう自由が効く身だし、僕がそそのかしてフカセ用の道具もすべて揃っている。
5月31日水曜。
平日なのだから出船は6時くらいにしてくれると助かるのだけれど、平内渡船さんの出船時間は4時、とのこと。きつい。3時過ぎには起きておかないといけない。Aさんは2時半には起きなければいけないことになる。最近は早起きは辛い。起きるのが苦手、ということではないのだけれど、少ししか寝られない、ということを考えるのが辛いのだ。
約束の3時半を少し過ぎて、Aさんの車が玄関前に停まる。
Aさんの車に荷物を積み込んで出発。大竹市の小方港までは普通に走っても15分程度だ。
小方港には、すでに何人ものチヌ師の姿が見える。平日だというのに...まぁ...みんな好きだなぁ。
身支度をしていると、船頭さんがやってきた。
「どこに上がる?」
「どこでもいいですけど、連れが少し年配なのと遠投がきついんで、足場がよくて、遠投しなくてもなんとかなる場所がいいんだけど。」
まったく都合のいいことを言っている。そんな場所があれば苦労しない。
「内浦は網が入っとるじゃろうし、長浦もそんなに釣れる、というほどじゃないしのぉ」
しばらくなんだかんだと話をしたが、僕自身、それほど選択肢はないな、とは思っていた。
猪子の北に上がれればよかったのだけれど、人気ポイントなので既に押さえられている。そうなると、遠投しなくていい磯、は、これから向かおうとしている阿多田島にはなかなか思い浮かばない。長浦が妥当なところかな。と思っていた。
「長浦にあがるかね。」と船頭さん。
「はい、長浦でいいです。」
この日、船は阿多田島と白石灯台に出る予定のようだ。当然白石には早くから予約が入っているはずだ。
東の空が、夜明けが近いことを知らせる程度に白み始めている。
船が港を出る。阿多田島に着くころには十分視界が効く程度に明るくなっているだろう。
阿多田島に近づく。
船の奥まったところに座り込んでいたのだけれど、ふと島の方を見ると、どんどん長浦の鼻が近づいてくる。どうやら僕たちが最初に渡礁するようだ。Aさんを促して前に出る。
同船の方に手伝ってもらって、とにかく荷物を渡す。それからAさんに上がってもらう。
長浦の鼻。ここは潮が上がると阿多田島から分断される釣り座だ。潮位が高い潮周りのとき、満潮時には船の引き波で足下を洗ってしまうようなところで、このような時には釣り座もとても狭い。この日は最高潮位がさほど高くないのでその辺の心配はしなくて良さそうだ。
僕が長浦に最初に上がったのは、G杯広島湾予選に初めて出たときの、その初戦だった。
そういえば、あのときあまり釣れなかったんだよなぁ。
記憶が甦る。なんとか引きずり出した1枚で2回戦に進んだ。2時間で1枚釣れればいいだろう?と思う人が(瀬戸内海以外の人なら)いるかも知れないが、シーズン中の広島湾なら2時間あれば十分数枚釣り上げることができる。僕の最高記録は2時間で12枚だ。・・・いや、後にも先にも一度っきりなのだけれどね。
Aさんにマキエの作り方など伝えながら準備をする。
まだ浮きが見えるような明るさではないので、ゆっくりと準備を...
ブーン...
ん?
げ、蚊だ。ヤブカだ。げげげ、ヤブカだらけではないか。
阿多田島のヤブカはゴツイ。本当に丈夫な体つきをした蚊がイチ、ニイ、サン、シィ...などと数えていられないくらいいる。
夏場は虫除けスプレーに加えて、キンチョールなどを準備している。虫除けスプレーなどだけでは対処仕切れず、ある程度集まったらやっつけてしまわないと、朝方は落ち着いて準備や釣りなどしていられないのだ。
この蚊たちは、どうにも人間だけでなくて、マキエの匂いのようなものに誘われて出てきているのではないかな、と思う。
ともかく、そういった蚊対策の準備は全くしておらず、やむなく手のひらで応戦する。
・・・準備が進まない。
そんなヤブカと戦いながら、マキエを作る。
遠投を意識して、また、広島湾、ということもあって、この日のマキエは少し粉を多くした。
僕はオキアミ生3kg(500gほどはサシエ用に取り分け)、チヌパワームギ2袋、オカラダンゴ1袋。
Aさんはオキアミ生3kg、チヌパワームギ2袋、それと予備にチヌパワーV9遠投を準備してもらっている。
Aさんに先端方向に入ってもらい、僕は東向き(内浦向き)に仕掛けを入れる。
頻繁に釣れる。・・・子メバル。しかも釣れば釣るほどサイズが小さくなって、最小だと5cmほどの新子だ。広島湾はメバルが多い。小さいけれど。小さいのはあれだけ獲るのだから仕方がないしね。
草フグも足下に波紋を作り始めている。時間が経つと足下にはこぼれたマキエを拾いにギザミが見え始める。広島湾ではよく見る光景だ。
もう何度か説明しているけれど、ギザミ、とは、キュウセンベラのことだ。広島では好んで食べられる魚で、これはハッキリ言ってキスなどより美味しい。ただ粘液が強くて若干面倒。関西などでは、熱帯魚系の色合いが敬遠されているようだ。食べてみれば美味しいのにね。
前出のヒョコタンは、これは味も今ひとつなので、そういう意味でもギザミは偉い。
やむなく遠投する。餌取りにサシエが触られる率の少ない距離まで遠投。あとはチヌがある程度浮いてきてくれるのを期待する。
Aさんは...
以前、大島に連れて行ったときよりは仕掛けもマキエもよく飛んでいるようだが、何れにしても餌取りの圏内。メバルと戯れ、草フグにハリスを囓られて四苦八苦、というところだ。

Aさんはナショナルの針結び器で針を結んでいるが、これが不思議なことに、針が外れる。
僕が針を結んであげることもできるのだけれど、釣りは基本的に自分の力で楽しまないと面白くない、と思っているので、針を結ぶのも釣りの一要素、ということで、そこまではしてあげない。それに、あまり気を使いすぎるとお互いに遠慮がちな気持ちになって、心底楽しめないような気もする。
こんなことを書くと、Aさんが素人のように取られてしまいそうなので少しフォローしておくが、Aさんは当然僕などより余程昔から釣りをしているし、若いころから色々なスポーツで鍛えているため、投げ釣りの飛距離などは相当なものがある。ベテラン、と思ってもらった方がいい。
ただ、フカセ釣りのような細かな釣りに慣れていないのと、老眼の影響もあって、針結びが大変なだけのことだ。
それと、Kabe兄がときどきナショナル針結び器を使っているのを知っているし、Kabe兄は年無しすらそれで釣り上げているのだから、この針結び器には僕も十分な信頼を置いている。
しかし釣れない。この時期ならチヌが浮いてきて、適当にやっても釣れる、という甘い想像をしていたのだけれど、まったくそんな雰囲気は無い。こりゃ、Aさんには難しいな、と、正直なところかなり早い時間から思っていた。
当然、僕にも難しい状況な訳で、すでに浮き下は竿2本を取っている。
マキエの沖に仕掛けを入れて、仕掛けが馴染んでから引いてきて底付近でサシエをマキエの効いたエリアに入れる、とか、竿1本くらいのところからマキエのエリアに入れる、とか、色々試してみるのだけれど、どうにも噛み合わない。
満潮の潮止まり前。
練り餌を底に沈め、ゆっくりと手前に引きながら探っていたところ、シュッっと道糸が走った。
そのままアワセ!
一瞬、重みが竿に乗ったのだけれど、直後に竿が跳ね上がる。仕掛けを回収してみると、針先が外向きにコケている。いつもながら下手くそだな。と独り言をいう。
暑い。日が高くなってくるとヤブカは随分減ってくるが、ちっとも釣れそうな雰囲気がないのと、寝不足もあって、この暑さは結構疲れる。
しかし、このいい天気に、暗い部屋で仕事をしている同僚のことを考えると、力が湧いてくる。ざまぁ見ろ。俺は好天の下で釣りしているんだぞ。ははは。
Aさんも相当疲労しているようだけれど、カロリーメイトを囓りながらがんばっている。
・・・どうも、僕と一緒に釣りをするときはゆっくり弁当など食べてはいけない、と思っている人が多い。困ったモノだ。みんな好きなように海を楽しめばいいのに。それと、そのカロリーメイト。フルーツ味じゃないか。カロリーメイトはチョコ味に限る、と思うのだけれど。
満潮の潮止まりを過ぎて、下げ潮が動き始める。潮が右から左に確実に流れ始めている。
下げ潮はこの潮を釣るのがセオリーだろう。
5時から竿を出し、渡船の迎えは14時半。長丁場だけれど、もう納竿時間も見えてきている。
さすがにこのままボウズで帰るのはしゃくに障る。
Aさんに構わず仕掛けを流し込む。これくらい潮が流れ、しかも浮いてくる状態でないと、それなりに神経を使わないと釣れない。
プロ山元浮き2Bで、張り過ぎず、かつ緩めず...
シュッ...浮きが海面に引き込まれる。
アワセ!
グゥンっとアテンダーに魚の重みが乗る。よっしゃ!
「Aさん、小さいけど来たよ。」
そう、確かに小さい。こういうのを釣りに来たのではなかったのだけれど、ともかくボウズだけは回避させてくれたこの31cmのチヌには感謝。

その少し後、再び浮きが沈む。
アワセ!
・・・全く抵抗無く風に漂う道糸。何度味わっても嫌な一瞬だ。
1800円がプカプカと流れていく。あわてて浮き取りパラソルを取り出すが、まったく間に合わなかった。ああ...
まだ少し早いが、虚しくなって竿を畳む。
この日、それなりに釣れたのは白石と猪子の北だったようだ。猪子の北では53cmという大型が出ていた。
最初に少しかっこつけたが、はっきりいって羨ましかった。来年は猪子の北に上がろう。うんと早くに予約しよう。それがいい。うんうん。
倒れそうなくらい疲れ果てていたAさんを我が家の玄関前で見送りながら、早くも来年のノッコミ時期の平日広島湾釣行を企てている僕なのだった。
ほら、来週休んでまた行こう、なんて考えないところが、凡人の域を脱していないだろう?
なんだかんだとゆっくり大島で竿を出せずに6月に入ってしまった。
あれから、家の中でパーコレータでコーヒーを何度か入れて随分勝手が分かってきたのだけれど、ハッキリいって、家の中でコーヒーを飲むなら、パーコレータよりドリップした方が美味い。パーコレータの正しい使い方は、やはり空の下で使うこと、だ。
関係ないけれど、コーヒーサイフォンが欲しいなあ。
6月3日。周防大島の地磯へ向かう。
なんだかんだといっても、やはり地磯が好きだ。入りたい釣り座に向かうために、ブーツの中に水が入りそうなのをびくびくしながら進んだり、ロッククライミング、というほどでは無いけれど、重たい荷物を抱えながら、僅かな岩の引っかかりに指をかけて、足をかけて、前へ進む。
スケールは随分小さいけれど、登山家が山に登ったり、たとえば野田知佑さんがユーコンを下ったりするところに通じる冒険心というものがあるのかも知れない。間違いなく、僕が磯場を進む先には人はおらず、人工構造物もない(注:海には船もいるし、遠くには町も見える場所もあるけれど、それは見ないようにする)。
歩く距離が長ければ長いほど日常から離れて、時には言いようのない安らぎを、時には孤独を、時には自然に畏怖し、時には自然に感謝し、その密度が高くなる。
磯場には生命感が充満している。瀬戸内は特にそうだ。あちこちの海を見てきたけれど、瀬戸内海ほど生命に満ち溢れた海は見たことがない。
今なお、磯を削り取り、小島を削り取り、浅瀬を埋め、干潟を埋めることに喜びを感じるあなた達。あなたが手にする金や力じゃぁ買えないくらい大切なものを潰していることを認識するためにも、是非磯場を歩いてみて欲しい。そのときには小さな子供を連れて行くといい。すっかり目がボケてしまったあなたでには、おそらく足下で溢れている生命に気付かない。そのことを子供達が教えてくれるはずだ。
たとえば、「みなとオアシスゆう」なんて馬鹿げた埋め立て。あそこがどれだけ素晴らしく、どれだけ沢山の生命が溢れていた干潟であり、浅瀬であり、また岩場であったか。自然を潰してオアシスなどと名付ける神経も分からないし、折角の海の生命と触れ合える場所を子供達からも奪い去って、都合のいい「きれいな親水エリア」を作るという考えも理解できない。
こんなことをやっていると、魚なんか瀬戸内から居なくなるよ。
最近、釣りに行くと、こういう景色ばかり見ることになって、少しだけ海がつまらなくなってきている。
けれど、車を停めて歩き出せば、そこにはまだまだ昔のままの海がある。いや、もう僅かな範囲だけだ。これ以上は駄目だ。守らないと。もう取り返しの付かないところは過ぎているのかも知れないけれど...
何ができるか?何をするべきなのか?未だによく分からない僕だけれど、ともかくこうして思っていることを書きながら考えてみたい。
さて、この日は潮が小さい。あまり多くは望めない潮だ。まぁいい。
車を停めて、少しだけ砂浜を歩き、少しだけ岩場を歩き、馴染んだ場所に着く。
3日前の広島湾と違い、この日は出発も遅く、この時点で既に7時は回っている。あわてることなく、コーヒーを沸かす準備をする。
今回はコールマンのシングルバーナー、スポーツスター2ではなく、AさんにもらったCampinGAZ社のガスバーナーを持ってきている。
Aさん。バーナーが欲しくて買ったのはいいけれど、ガスボンベはどれでも使える、と思っていたそうだ。実際は、バーナーのメーカのガスボンベでないと取り付けられないため、どこにでも置いている、という訳にはいかないCampinGAZのガスボンベが見つからず、使わないまま放置し、別のバーナーを買ったそうだ。
それを聞いて、「要らないなら頂戴!」と無遠慮にお願いしたら、要らないからくれた。
このバーナーは少し古いモデルで、点火装置が付いていない。
しかし、そういう不便さは何故か好きだ。
心当たりをあちこち探すと、いつも行く釣具屋にはなかったものの、ときどき行く釣具屋と、スポーツ用品店にでガスボンベを見つけた。まぁ見つからなければネット通販で買えば済む話なのだけれど。
ネットのこういう便利さは結構好きだ。
さて、例によって全く事前に使い方など確認せずに磯の上で悩んでいる僕。
実はこの手のガスバーナーは使ったことがない。
CV270ガスボンベのプラスチックのキャップを外し、ああかな?こうかな?とバーナーを差し込んでいると...まぁ想像通り別に大して悩むことなく取り付け完了。恐る恐る火を着ける。あっけなく安定した、力強い炎が灯る。
パーコレータに、前回と同じく中細挽のコーヒーを入れる。これが無くなったら豆を買ってきて、手引きのミルで粗挽きして持ってくるようにしよう。水を入れてバーナーの上に置く。
マキエを作っていると、あっという間に沸騰し始めた。これ、火力強いなぁ。そういえばこのガスはブタンガスで火力が強い、というようなことがネットでボンベを探していたときに書いてあったっけ。

慌てて炎を小さくして、ポコポコと...
マキエを作る。オキアミ生3kg、チヌパワームギ1袋、糠1kg。ちょいと少ないが今日はまあいいか。
マキエを作ってから周辺にマキエをしっかり入れ、コーヒーをステンレスマグカップに注ぐ。
うん、やっぱり海で飲むとパーコレータのコーヒーはうまい。
竿を持って、狭い釣り座の上に立つ。平らなところはバッカンを置き、水くみバケツやらストリンガーなどを置いておくと、あとは足を置くのが精一杯という釣り座。普段の生活ならまず考えられないが、釣りをしているとこういう場所で一日過ごすことができるのだから不思議なものだ。
釣り始める。
瞬く間に足下はフグだらけ。仕掛けの周りもフグだらけ。ああやってもフグ、こうやってもフグ。あっちもフグだしこっちもフグ。草フグだらけの海である。
比較的浅い場所なので、少しくらい遠投してもフグから脱することは出来ない。いや、マキエを沖に入れなければいいのだけれど、ノッコミの時期はこれは痛し痒し。せめて潮が流れてくれれば手もあるが、潮が小さいためそう都合よくも潮は出てくれない。
草フグが沖に出るのと競うように、どんどんポイントを沖に移しながら釣る。大遠投大会だ。これで時折仕掛けが通ると、ギザミが釣れる。
時間は経過するが、なかんか状況は好転しない。いつまで経っても草フグは活性を落とさない。これはすなわち、チヌが活性を上げていない、ということだろう。
この時期ならここだろう、と、予測して入った場所だが、今年はとことん読みを外しているようだ。
マキエの消耗が早い。この分だと昼過ぎにはマキエが無くなりそうだ。
少し手返しのペースを落とし、13時過ぎの満潮を挟んで潮が下げ始める時合いにターゲットを絞る。
潮が小さいため潮位はあまり上がらない。
腹が減ったなぁ。しかし、ここは底は砂地なのでメバルが釣れない。ギザミは焼いて食べたいところだけれど、ディパックに入らなかったので魚焼き器は車に置いてきてしまった。そう、海で塩焼きもいいな、と思って、ホームセンターで魚焼き器を買っているのだ。
やむなく、カロリーメイトを囓る。
潮止まり前の時合い。
大遠投で浮きが入る。ようやく釣れたが、これは30cm程度のチヌ。ともかくボウズは回避してホッとはしたものの、やっぱり物足りない。もう一枚、と思うが、これっきりだった。
潮が下げに変わるまで、しばらく草フグと遊ぶ。いや、遊ばれる。
杓のカップにマキエがこびりつく。糠を入れたからいつもよりこびりつき易いのだ。
水くみバケツの水で落としていたのだけれど、ふと、何の気なしにバッカンの縁をカップで叩いてマキエを落とそうとした。
2度目叩いたとき、バキッっという嫌な音。カップがバッカンの中に転げ落ちる。
プラスチックのカップの付け根が割れて、杓の柄から落ちてしまったのだ。
もう何年使い続けているか分からないが、とても気に入っている釣研のマック65。チタンカップ全盛の今では安い杓ではあるのだけれど、軽いしよく飛ぶし、また木のグリップは何年も使い続けたため、すっかり手に馴染むようになっている。お気に入りのアイテムを失う瞬間はいつもあっけないものだし、その原因を作る自らの愚行にいつも後悔する。
仕方がないので予備の杓を取り出す。ロッドケースに入っているのは、がまかつのマキーナ60とマキーナ競技60の2本だ。カップの小さい競技を使う。これら、僕がもっているがまかつの杓はカップは何れもステンレス。グリップはプラスチック。ハッキリ言ってあまり好きではない。重いし、少しばかり柄が硬いし、プラスチックグリップは一応手に馴染むような形にはなっているのだけれど、何となく違和感がある。
ということで、大遠投、という武器を失った。
それでも下げ潮が動き始めれば途端に雰囲気が出始めた。
ここぞ、とばかりに集中する。マキエももう残り少ない。
浮きが入る。アワセ!
グゥンっとアテンダーが曲がる。よっしゃ。
たいしたサイズではないものの、先の一枚よりはしっかりしたサイズだろう。少し丁寧にやり取りして玉網に滑り込ませたのは40cm。考えてみると、これですら今年に入って最大だ。なんとも...
まぁいい。もう一枚いっとこう。
2投後、再び浮きが入る。
僕はもうそれはそれは自信満々でアワセを入れる...が...無抵抗に風に漂う道糸。げ...
浮きは?と見ると、これは間違いなくチヌが掛かっているようで、そのまま沈んで浮いてこない。浮き止めより上をフグが囓ったのだ。
何れは外れるだろうけど、しばらくこのチヌは、あたかも子供が風船をもって走っているかのように、浮きを浮かばせながら泳ぐことになる。
このとき使っていた浮きはエアゾーン。一時流行った浮きだが、重量があって遠投し易いので、僕は今も重宝して使っている。
マキエも残り少なく、仕掛けもワンセット失ったため、戦意喪失して竿を畳んだ。

例年ならほぼノッコミも終わる時期だ。今年は本当にノッコミらしい釣りができなかった。
来週、天気が許せばもう一度悪あがきをしてみよう。ここ、周防大島で。
と、書くと、来週以降は釣りをしないようにも聞こえるけれど、そういう意味ではなくて、単に気分的な話だけである。もう一週間はノッコミ、ということにしよう、と自分で決めただけ、ということだ。
車に帰る。車中に置いておいた濡れタオルで顔を拭く。熱い。
もう夏だなぁ。
視線を上げると新緑が眩しかった。
唐突だけれど、最近、視力が落ちているようだ。
TALEXの偏光グラスは、高い金を出して度付きにしているのだけれど、最近、全然度が合っていない。浮きが2重に呆けて見えるのだから困ったものだ。2重に見えるから大きく見えてアタリがというものでもないし。
原因は、おそらく本にあるのではないか?と思っている。
1年前までは本当に仕事以外で文字を追うことなどほとんどなかったのだけれど...あ、マンガは別ね...最近では通勤、出張を基本に、ちょっと時間がありそうな時はいつも文庫本を持ち歩いている。難しい本を読んでいる訳ではないので頭は疲れないのだけれど、頭が疲れない本だからずっと読み続けてしまい、目が疲れるのだろう。
ではどうするか?
難しい。
視力が落ちて何が困るか?といえば、それは2つある。
一つは、運転免許証に「眼鏡等」と付いてしまうこと。僕は前々回の更新前までは「眼鏡等」付き免許証だったのだけれど、何故か改善してきて今はこの有り難くないおまけは付いていない。いつも車に乗るたびに眼鏡を持ち歩くのは面倒だし、眼鏡をかけていないだけで「止められたらどうしよう...」と小心者の僕はドキドキしてしまうのでね。
そしてもう一つがもっとも重要で、そもそも僕が眼鏡を持っている最大の理由なのだけれど、これはご想像のとおり「浮きが見えないから」だ。僕は浮きが沈むのが好きで浮き釣りをやっているのだから、この浮きがちゃんと見えない、というのは、釣りのおもしろさ3割カット、のようなものだ。
釣りの時以外は、そもそも滅多なことでは眼鏡はかけない。こういう微妙な視力なので、会議中でもホワイトボードから離れた位置に座ると見えないし、講習会や研修でも、後ろの方に座るとプロジェクタで投影された文字などほとんど見えていない。が、これはまぁあまり困らない。見えなければ見えないで済むのだ。今までそうやって生きてきたのだから、問題ないはずだ。
が、釣りは誤魔化せない。僅かな浮きの変化をとらえることが出来れば、空針を流す時間を減すこともできるし、餌取りの種類や量を想像する一つの情報にすることもできる。これが見えない状態で釣りをする、というのは、なんともツマラナイのだ。
もう一つTALEXを作るような余力もないしな。
それに読みたいから読んでいるのだから、これを止めた、というのも面白くないし。せめて気をつけて遠くを見るようにでもしようか。
6月10日。いつものように周防大島に向かう。
大型連休中に友波さんと竿を並べた場所を目指す。ここは釣れるハズなのだ。が、あのときは本当に雰囲気がなかった。およそ一ヶ月経過したがどんなものだろう。
車を停める。少し風が吹いているようだけれど、これくらいは問題ないだろう。
今日は会社の同僚が近くでキスを釣っているはずだ。釣れる場所に行っているから間違いなく釣れるはず。問題は僕だな。釣れるだろうか?今年はすっかり疑心暗鬼になっている。
歩きにくいゴロタの浜を歩き、一部ブーツをくるぶしあたりまで濡らせながら釣り座に到着。
今日はスポーツスター2を持ってきている。さっそくディパックから取り出してポンピング。
どうも調子が悪い。炎が安定しないのだ。何が原因なのだろう?それでもしばらく燃焼させていると何とか落ち着いてくる。落ち着いてくる前にパーコレータを置くものだから、今日もパーコレータの底から側面にかけて煤で黒くなってしまった。
コーヒーを沸かしながらマキエの準備。オキアミ生3kgとチヌパワームギ、オカラダンゴ、チヌパワーV9遠投を一袋ずつ。サシエはマキエの3kgブロックから取り分けたオキアミと、食わせ練り餌チヌを準備。
マキエを作って、あたり一体にマキエをしっかり打ち込んでからコーヒーをステンレスカップに注ぐ。
今朝は潮の加減もあったので少し早めの4時半に家を出た。普段なら途中でコンビニによって菓子パンなど買い込み、車中で朝飯を食べるのだけれど、今日は少しでも早く着きたかったのでコンビニにも寄らなかった。
そうはいっても、マキエが効かないと話にならないので、マキエを打ったあとは慌てて竿を出しても仕方がない。夏場はこの早朝が重要なのだけれど、今日はノッコミ、と先週決めたので、朝は慌てないのだ。
カロリーメイト(チョコ味)の封を切り、岩に腰掛ける。コーヒーをすすろうとするのだけれど、熱そうで唇がそれを拒否してしまい。コーヒーの表面と唇は5mmほどのクリアランスを保ったまま、なかなか飲めない。
カロリーメイトを一口囓り、釣り座に向かう。もう少しマキエを入れておこう。
竿を取り出し、仕掛けをセット。
フウフウいいながらコーヒーにようやく口を付け、カロリーメイトを食べる。カップに1/3ほど残ったコーヒーに、パーコレータからのコーヒーを注ぎ足し、竿を片手に釣り座へ向かう。
コーヒーは、マキエを打ったときに後ろに散らせてしまうエリアを避けておいておく。いくら何でもオキアミとチヌパワー入りコーヒーなんてものは飲みたくない。案外美味しいかも知れないけれど、積極的に試してみようとは誰も思わないだろう。
先週、長年愛用していたマキエ杓 マック65を壊してしまった。仕方なく帰りに杓を購入。
行きつけの釣具屋で、幸いマック65用のプラスチックカップを売っているのを発見。700円以上するが、手に馴染んだグリップがそのまま使えるのは助かるのでこれを購入。それはそれとして、やはり予備は必要だ。もう一本マック65を購入するか...最初はそう思っていたのだけれど、同じもの2本というのも芸がないし進歩もなさそうだ。
やはり流行のチタンカップのものを買おうかな。そうなってくると杓も高い。高いモノになると7〜8千円する。さすがにあほらしい。今まで2千円台の杓で困っていなかったのだから。
そう思って、4千円弱のグレックスの杓と、マック65を手にとってしばらく悩む。・・・ふと、山元杓が目にとまる。そういえば去年、対馬に行ったときにちぬパパさんが使っていたな。一度投げさせてもらったけれど、いい感じだったなぁ。
僕はプロ山元浮きの愛用者なので、何となくこの杓が欲しくなってきた。理由はもう一つあって、これはカップに穴が空いていること。どのみち今年も冬には南紀に行く。そうなるとオキアミボイルを撒くのに穴あきカップの杓が必要なのだ。去年まではずっと昔に使っていた杓の柄が折れたものに、ステンレスの穴あきカップを取り付けて使っていたのだけれど、あれは少し短すぎて使いにくい。
手に取っているグレックスにも、当然マック65にも穴は空いていない。
貧乏性の僕は相当な時間悩んで、結果、若干のミーハー精神も手伝って、またプロ山元浮きの品質に満足していることもあって、山元杓を購入。4500円ほどしたと思う。当然チタンカップ。
この杓。少し柄が柔らかい感じがするが、その分飛びやすい。グリップは木製で、その上に黒いラバーのカバーがグリップの後ろ2/3ほどに被せてある。握りやすいがグリップの形状自体が割とエッジが残っているため、長いこと振っていると手のひらに違和感があった。これは慣れの問題だろう。全体的には満足。こちらをメインの杓にしよう。
さて、つべこべ言わずにとにかく遠投。浮きはDUELのプリサイスという樹脂製のものを使う。この浮きはハッキリいってあまり好きではないのだけれど、重量があるので結構飛ぶ。無くなってももったいなく無いのでフグなどが多いときでも平気で使えるのだけれど、そういう浮きこそなかなか無くならないものだ。
草フグは、たぶん釣り人の顔色を見て、「この浮き、高かったんだよなぁ。フグ、道糸囓らなけりゃいいけどなぁ。」などという釣り人の考えを察知している。だから、いつも高い浮きやお気に入りの浮きが流れていくのだ。
今日は満潮が7時過ぎ。大潮だけれど朝の最高潮位は269cmとさほど高くない。14時前の干潮時には45cmほどに下がるので、干満差は2m以上となる。昼ころからは足下が干出してくるので、釣り座の大岩から降りて、ゴロタから竿を振ることになるだろう。
仕掛けを振り込み、マキエを打つ。そしてコーヒーを飲みながら浮きを見る。
時間が過ぎる。
未だウグイスが鳴いている。鳶とカラスが空中戦を繰り広げている。少し曇りがちだけれど気持ちいい天気だ。気持ちが溶けていく。
海に来てよかったな、と、今更ながら思う。
海の方は、草フグが活性を上げ、足下から沖まで、至る所でこぼれたマキエに波紋を広げている。
満潮潮止まり前の時合いのころから気配が出始める。草フグが沖で悪さしなくなっているのだ。
お、これはいい感じだな...と思っていると、案の定、浮きの朱色が海面下に引き込まれたような気がする。
とりあえずアワセ!グゥンっとチヌの重量がアテンダーに乗ってくる。小さい、けれど、一ヶ月前のことを思えばまぁいいか。30cmほどのチヌ。ストリンガーにつなぐ。
その後、草フグに遊ばれたり、チヌが釣れたり。25cm以下のチヌはリリースしつつ、ストリンガーにはだんだんチヌが増えてくる。
しかし、浮きがスッキリ見えない。遠投しているので余計に辛い。見失うともう見つけられないので、こうなると道糸の動きでアタリを拾うしかなくなってくる。
道糸が走るのを見るのも好きだが、これはどうも受け身な気がして...やはり浮きの動きでアタリを拾いたい。
楽しみ3割カットのまま釣り続ける。
ん?妙な引きだな。掛けた直後は軽かったのだけれど、手前に来るほど往生際悪く引き込み始める。ああ、グレかな? 思った通り、30cmほどのグレだった。
おかしいな。なんだか物足りない。・・・あれ?今日はヒョコタンはどうしたんだ?
1ヶ月少し前、ここで磯ベラをひょこたんと呼ぶことにしたのだけれど、今日は全くひょこたんが顔を出さない。
水温は上がってきているはずで、ひょこたんはどちらかというと暖水を好むような気がする。にもかかわらず、全くひょこたんが釣れないのだ。先のグレを除けば、チヌか草フグのどちらか、という状況なのだ。海というのは本当に不思議なものだ。
3B浮きにウキ下3〜4ヒロ、という、大して工夫もない釣り方で釣れていたのだけれど、とうとうそのときが起こってしまった。
チヌ!と思われるアタリにアワセを入れると、無抵抗。そして道糸が風に漂う。
まったく、毎週毎週...今日も風船チヌを作ってしまった。浮きは沈んだまま浮いてこない。
まぁあの浮きだからいいや、と、草フグにさして腹も立てずに仕掛けを作り直そうと...あれ...いかん、浮きがない。
いや、正確には遠投しやすい浮きがない。ここのところ、大きめの浮きばかり流している。財布に金があまりなくて、買い足さなかったんだよな。
折しも、すでに潮位はかなり下がっていて、それなりに投げないと釣れない状況になっている。
まいったなぁ...
まいったなぁ...といえば、昼飯。腹は減っているのだけれど、その場で食べるに相応しい魚が釣れないのだ。ギザミもメバルも釣れない。チヌを焼けばいいのだけれど、魚焼き器はまた車の中だ。
腹減ったなぁ...仕掛け、飛ばないなぁ...
さぁて、そろそろ帰ろうかな。

小さくても久しぶりに数釣って楽しい一日だった。
そう、結局今年のノッコミは、50cmどころか40cmも危うい状況だった。今日も一番大きくて38cm、次が36cm、30cmちょっとが3つに、30cm弱が2つ。それとリリースしたのが2枚。う〜ん。
・・・でもね、実は今日はとても嬉しい。やはり食べるならコレだろう。

タコである。
これ、2度目の経験。僕の必殺技の一つに加えようかと思っている。
必殺「チヌでタコを釣る」。または「チヌを追うものタコも得る」。
ゴロタから竿を振っていると、脇に泳いでいるストリンガーにつながったチヌの固まりに何か赤いモノが見える。
ん?
よく見る。あ、タコ。思わず涎が出そうになる。
ストリンガーにつながれ、自由を失ったチヌ。タコにしてみれば、大して動くことのできないチヌの固まりは願ってもないご馳走だったのだろう。
基本的にタコはあまりモノを考えない生き物なので、こうやって発見してしまえばまず逃すことはない。
玉網を持ってきて掬う。失敗しても、タコは逃げない。仮に一瞬逃げたとしても、またそこに舞い戻ってチヌを襲い始める。だから確実に獲れるのだ。
以前、同じような経験をしていて、このときもタコの執念深さと獰猛さに驚いたものだ。

タコにつけられた傷だ。しかし、このチヌ。36cm。タコはさほど大きくない。手足の長さを除けば、どう見てもチヌの方が大きい。あんた、欲張りだね。
タコは田中家では喜ばれ、タコたっぷりのタコ飯となって食卓を彩った。夏はタコ飯に限るよ。いくら食欲がない状態でも、あの香りを嗅げば絶対にお腹が鳴るから。
靄(もや)
いよいよ梅雨も本番に入ってきそうだ。
こんなことをいうと軟弱もの扱いされそうだけれど、僕は基本的に雨の中の釣りは好きでない。いや、好きでないのは誰も一緒だろうけれど、雨の中で竿を出そうと思わない、というと、僕の軟弱具合が分かってもらえるかも知れない。
何が嫌か、といって、雨が降ると道具が濡れてしまうのが嫌なのだ。当然、竿やリールが濡れるのは別に構わない。また僕自身が濡れるのも、冬場を除いては別に何とも思わない。が、分厚い素材のロッドケースや、フローティングベスト、また、ベストのポケットに入っている小道具類。これらが濡れてしまうと後始末が大変だ。
土曜に雨の中釣りをしても、日曜が快晴、というのであればまだいい。干しておけば乾く。
しかし梅雨時のように毎日雨が続くと、濡れてしまった道具は乾かない。放っておくとカビが生えるし、かといって、室内で乾燥させるほどの広い家にも住んでおらず、またマキエの匂いと湿気をまとった道具類を室内で干すのを許容してくれるほど広い心を持った女房も持っておらず...
また、雨も少々ならいいが、あまり度を超すと、我慢大会になってしまう。仕掛けは飛ばないし、マキエもベチョベチョになって飛ばなくなるし。これに風まで混ざったりすると、確かにそういう状況に対応する、という練習にはなるかも知れないけれど、どうしてもそういう状況で釣りをしなければならなくなったなら、それはそれで何とかできると思うし、さらにいっそうそういう状況に強くなりたい、とも思っていない。
そこそこの気象条件で、しっかりプロセスを組み立てて、それを具現化して、チヌとの接点を求めていく、という、本来の楽しみに没頭したいのだ。
6月17日。前日出張で帰るのが遅くなった。天気予報では17日土曜は曇り。そして、わざわざ「天気の崩れはほとんどない」と念押ししてある。かなり疑わしいが、希望的観測に僕の心は後押しされながら、23時半ころエクストレイルに荷物を詰め込んだ。
実は、本当はキス釣りに行きたかった。先週会社の連中が想像通り一人頭20匹ほどキスを釣っており、塩焼きやら天ぷらやらと話をしていた。食べたいな、と思った。
しかし、投げ釣り、となると、これは準備が大変なのだ。
フカセの場合、ほぼ毎週のように行っているため、道具類はこぢんまりとまとまっている。庭のヨド物置からクーラと、バッカン2つと、フローティングベストとロッドケース、それとブーツを引っ張り出し、そのまま車に放り込む。これで必要なモノはほぼ揃っている。あとは家の中に置いている竿とリール、それと、デジカメやサングラスをロッドケースに入れればよいだけだ。
これが投げ釣り、となると、ちょっと想像が出来ないほどの手間が掛かる。
まず、竿はヨド物置や部屋からすぐに引っ張り出せるだろう。何れも老朽化この上ない、数世代前の竿達だ。オリンピックの世紀とか純世紀とか。このあたりを知っている人は相当古い。もっともこれらは少しばかり硬すぎてキス釣りには向かない(重いのは当然だけれど、それは我慢できる)。キス釣りならmade
in KOREAの安物カーボンロッド(しかも会社の釣り大会の景品だったりする)でいいだろう。たぶん、折れていないと思うのだけれど...
リールだ。たぶん、ヨド物置の中にある。道糸はいつ巻いたか覚えていない。そもそも、洗って仕舞ったかどうかも覚えていない。ラインローラーが回らないのではなかろうか?そもそも、キス釣りに使えそうなリールは、やはり会社の釣り大会の景品しかない。一つはダイワだけれど、そこそこしっかりしたものだ。これは自分で商品を買って、自分で持って帰った。道糸は巻き替えないといけないだろうな。さすがに...
しかし、道糸は...確か部屋にボビン巻きの安物が転がっていたような...いつ買ったものか分からないけれど...大丈夫だろうか...
錘?天秤?あちこちに散らばって、かき集めるのにぞっとするものがある。
すなわち、こんなことを夜中の23時半にはできないわけだ。ほとんど倉庫の中から一旦すべてのモノを運び出さないといけない。近所迷惑も甚だしい。
ということで、あきらめてフカセをやることにした。
寝たのが遅かったため、朝はスロースタートだ。基本的に、一分一秒でも早く海に...早く場所を...早く釣り始めなければ...という気負いは、随分前にどこかに置き忘れてきてしまったようだ。やむを得ないとき以外は、自分の気持ちが楽に応えてくれるような、予定にもならない予定を立てている。
6時前ころ起き出して、6時半ころ、とりあえず大地は無視して車に乗り込む。
腹が減ったのでコンビニに。菓子パンと「ほっとレモン」をいつものように買う。カルピスのほっとレモンという甘ったるい飲み物が好きだ。とはいっても、常日頃飲むには甘ったる過ぎる。釣りの朝限定、である。糖分をとるのは頭の回転を上げるには手っ取り早い。菓子パンも普段なら敬遠するような甘そうなものを食べている。
最近ではあまり無くなったが、以前は、朝、車の中で食べるこれらが夕方までの食べ物のすべて、ということが多かった。だから少しくらいカロリーが高くても全く問題ないのである。朝から糖分不足でぼーっとしている方が危なっかしい。
朝、家を出るときにも少しフロントガラスに水滴がついていた。天気予報を携帯で改めて見ても昼までが30%、昼からは20%の降水確率で、まだしつこく「天気の崩れはない」と書いてある。絶対に嘘くさい、と思いつつも走り出し、南岩国を過ぎたころから明確な雨に、由宇のあたりでは、外に出る気を失せるくらいのちゃんとした雨が降り始めた。
幸い、空はそれほど暗くない。帰ろうかな、とも思ったのだけれど、ここまで来た燃料代ももったいないし、バッカンの中で解凍されているオキアミも立場を無くすだろう。先に進む。
周防大島着。橋を渡って、少し走って車を停める。まだ、ちゃんとした雨、が降っている。
シートを倒し、眠いので寝ることにする。
うつらうつらと30分ほど寝ていると、鳥の鳴き声が元気になってきたような気がした。ボンネットや屋根を叩く雨音が小さくなっている。雨は上がりそうだ。
ほぼ完全に雨が止むのを待ってから外に出て身支度を始める。
すると、車が一台駐車スペースに走り込んできた。僕がトロトロと準備をしていると、我先に、というような慌てた雰囲気で、駐車スペースのすぐ近くに投げ釣り道具を運んだ。
僕はここから磯を歩いていくのだから何の問題もないのだけれど、あの人は、僕が仮にそこで投げ釣りをしようとしていたとしても...いやその可能性があるから慌てて荷物を運んだのだろうか。
一声掛けるのが礼儀じゃないかな、と思った。もっとも、ここが慌てて場所を取らないといけないほどキス釣りにいいポイントだとは思っていないし、そういう意味でもこの人と僕とは場所が競合することは永遠にないだろうから、まぁいい。
ここの磯で一番好きな釣り座は、毎度毎度網に覆われている。昔はこんなことは無かったのだけれど、今はほとんどまともに竿が出せなくなった。何せ、磯際から10mほどのところに網が入っているのだからどうしようもない。
そういえば、この磯では、以前、叩き網をしているのも見たことがある。
仕方なく、さらに少し歩いたところにある釣り座に到着。ここも磯際に網が入っているが、釣り座からなら何とか竿が出せそうだ。ちなみにこの網はワンドを蓋するように入れられていた。
今日はcampinGAZのバーナーを持ってきた。パーコレータをセットして、コーヒーを沸かす。
いつものようにこの時間にマキエを作る。今日は、オキアミ生3kgにチヌパワームギ2袋。
サシエは今日はこのマキエブロックから取り出したオキアミだけ。
オキアミをバッカンの中に崩し、これらが完全に浸かるほど水を入れる。それからチヌパワームギを入れる。
オキアミにいきなり粉を被せると、粉がオキアミの水分を吸い取ってしまう、という問題があって、先に集魚材を入れて水分調整したあとにオキアミを入れる、という順番を何かの本で見かけたような気がするが、僕はオキアミをバッカンに入れて、それを潰したりして細かくすることもあるし、また、遠投主体なので少しマキエを硬めにすることが多いので、最終的な水分調整が楽なように、オキアミ、海水、集魚材、調整用の海水の順番で以前からずっとやっている。
マキエを入れてから、コーヒーをステンレスカップに注ぐ。今日も暑くてなかなか唇がコーヒーの表面に接してくれない。
コーヒーを足下から少し離れたところに置き、竿を振る。コーヒーを飲みながら重たい空を見る。降らなければいいけどな。
しかし、それは叶わぬ願いだった。雨量自体は大したことはないが、すぐに雨が降り出した。
ロッドケースは木の陰に入れておいたので、それほど濡れていない様子だ。
しかし、もう降らないだろう、と思っていたため、レインウェアも着替えも持ってきていない。びしょぬれになると車に帰っても着替えることもできないな...などと考えると、少し憂鬱になる。
時折雨に打たれながら、竿を振る。
オキアミが残る。草フグは僅かに目に付く程度。マキエの周りに波紋があるが、どうも波紋の出方からするとボラかなにかのような気がする...と思っていたら、ボラを一匹掛けた。35cmほどの小型のボラだった。
浮き下を深く取ったり、浅く取ったりといろいろ試してみるが、どうにもいけない。
状況が全く掴めないのだ。曇天で浮きが見えづらいのも原因ではあるのだけれど、それ以前にどうも海況がしゃきっとしない。海からパワーが感じられないのだ。
そのうちサシエが盗られ始めるが、これが何が餌をとっているのか全く分からない。浮き止めを浮きの一番下までずらせて、ほとんど固定仕掛けのように釣ってみても、僅かに浮きにもやもやっとした動きがあるだけで、餌取りを掛けるほどのアタリが出ない。
フグにしては針は取られない。
そんなことをしていると、急にチヌが釣れた。30cmを少し超えたサイズ。
何故釣れたか?も分からない。
なんだか靄の中で手探りで釣りをしているようで、楽しみ5割カット、という状態だ。
ギザミが釣れた。水くみバケツの中に入れておく。
しばらくして15cmほどのキビレが釣れた。これもバケツに入れておく。こいつらは僕の昼飯だ。
昼を回り、上げ潮の潮止まり前の時合い。たいした気配が出たわけでもなく、また34cmのチヌが釣れた。なんだかツマラナイ。

下げ始め時合いも気になるところだが、腹が減った。
本当はギザミとキビレを塩焼きして食べよう、と思っていたのだけれど、雨で湿った服に風が吹き付けて寒くなってきたので、潮汁にすることにする。
パーソナルクッカーNo,3の一番大きな鍋に水を入れ、火に掛ける。
キビレの鱗を打ち、内蔵を出す。このくらいのサイズが一番鍋の大きさに合う。
ギザミは少し大きいので、頭を落とす。頭を落としても身体がクネクネ動いているのはさすがにあまり気持ちのいいものではない。ともかく、鱗を落とし、粘液を丹念に海で洗い流す。
少し悩んだ。ギザミは塩焼きにすると美味いが、汁に入れたことがない。今ひとつ合わない気もするが...まぁいいか。
魚を沸騰した鍋に入れ、醤油を適当に垂らす。これだけだ。
しばらくするといい匂いがしてきた。少し煮てから箸を取り出す。
さて、どんなものかな?
前に作ったメバルの潮汁より少し匂いが気になる。キビレなのか、ギザミなのか。ただ気になって仕方ない、というほどのものでもない。

まず、ギザミをつついてみる。が、柔らか過ぎてまとめて箸の先でつまめない。やはり汁にはギザミは合わないようだ。汁の中でボロボロと砕けてしまう。食べてみても柔らかすぎて今ひとつだった。
今度からギザミは塩焼き限定にしよう。
キビレの方は身がしっかりしていて、これは非常に美味しい。我が家ではチヌのアラで汁を作ることが結構多いが、これがとても美味しいので、キビレが美味しいのも当然といえば当然だ。
汁を飲みながら魚をつつく。暖まる。少しご飯ものが欲しいな、と思うが、飯盒で米まで炊き始めたら、釣りをしに来たのか食べに来たのか分からなくなりそうなので、そこまでは当面やらないことにしている。
だけれど、15cmほどのチャリコやチヌで鯛飯風に飯を炊いたら、結構上手いだろうな、と思った。何れやってみよう。
その後、釣りは再開したものの、靄はいつまで経っても取れなかった。釣れない理由も、釣れる理由も分からない。まぁこれも僕の力不足が原因なのだけれど。
少しの間雨も降らず、フローティングベストも乾いている今の状態で竿を畳むことにした。
持ち帰ったチヌは未だ身の張りがしっかりしていて、刺身はとても美味しかった。
もうノッコミもほぼ終わり。釣れてもそれそろ身が柔らかくなって食味が落ちてくるころなのだけれど、そんな中こんな美味しいチヌが釣れたのだ。
釣れる理由だ釣れない理由だとぶつぶつ言っているのは無意味じゃあないかい?お前ごときに海がすべて把握できるわけないだろう?頭の隅からそんな声が聞こえた。
少し靄が取れた。
季節はもう夏なのだ。
