夏の日の話

いまだ梅雨明けず

 どうにも、雨が降ると釣りに行く気にならない。

 昔は、「梅雨の時に雨を嫌がっていたら、釣りにいけないだろう?」、などと女房に言って、雨の中でも、決してウキウキしながら、というわけではないけれど、釣りに行かない、という答えは出さなかった。だからといって、昔と今で、釣りを好き、というレベルにおそらく差はない。ここは気持ちの問題なので、どうこういうような話でもないのだろう。

 一方で、”猛暑”、”炎天下”、”灼熱の太陽の下”、といったキーワードにはワクワクする。暑い、ということは、確かに釣りの最中はしんどいところもあるけれど、まったく気持ちが萎えないのだ。暑い夏、青空とギラギラの太陽は大歓迎。できることなら、常にそんな状況下で竿を振っていたい、とすら思う。

 さて、そんな僕だから、梅雨はどうにも困った季節だ。パターンにはまると毎週のように週末は雨模様になるし、実際雨が降らなくても、前夜の予報で降水確率が高かったりすれば、その時点で釣行意欲が萎えてしまう。
 そんなときは、家でエアコンつけて、文庫本でも読みながらコーヒーを啜っているか、それともウクレレでも弾いているに限る。ただ、ウクレレは、ハワイ放労のあと、少しの間は頻繁に触っていたものの、今では本当に気が向いたときに触るだけなので、そこからはじき出される音はセミの鳴き声にたとえればクマゼミの鳴き声のようなものだろう。クマゼミの鳴き声は暑苦しいだけでちっとも落ち着かないからね。まぁそんな雑音を出しているレベルなのだ。
 ちなみに、中学生の頃、急にそんな気になって安い生ギターを買って、それから大学に入るまで熱心に弾いていた。もっとも才能は欠片ほどもないので、ずっと下手だった。特に人前で発表したこともない。まぁちょっと見、暗い青春像、といったところだろうか。そうそう、高校の頃はバンドなんぞ組んだりして、エレキベースを弾いていたこともある。これもベース、というところに暗さがある。

 ああ、いかん。梅雨空の下、なんだか無意味に暗い話をしてしまった。別に暗い青春を送っていた訳ではないんだけどね。

 そんな訳で、ウクレレもあの狭い...狭すぎるフレッドの間に指が綺麗に収まらないことを除けば、簡単なコード進行の曲なら、歌を口ずさむことくらいできる。つまり雑音がより立派な雑音になる、というだけのことなのだけれど。


 まあ、そんなことはどうでもよいのだ。
 そう、太平洋高気圧がかなりがんばってきた。週間天気予報は頑固に梅雨まっただ中だ!晴天は明日だけだ、と主張しているが、この時期、どうせ急に雨マークが晴れマークだらけの週間天気になって、振り返って「梅雨が明けた模様です」などと言うに決まっている。この週末、つまり土曜日の晴天はきっと梅雨明けの初日に違いないのだ、と確信して荷物を車に積み込んだ。


 7月16日、土曜日。晴天。猛暑予想の一日だ。

 すでに青空が広がる空の下、大島大橋を渡り、そして周防大島の、僕の大好きな海沿いの道を走る。海面には靄が漂い、それでも澄んだ海が広がり、青い空と白い雲。ああ、いいな。

 さて、釣り場に入ろう、と、海沿いの細い道を進んでいると、確か去年は舗装路だった道が急に未舗装路になっていて驚いた。あわてて速度を落とす。
 さらに進むと道路封鎖。舗装工事をやっているようだ。時間は8時前。工事の人はいない。封鎖されているところの横に車を停めることができるスペースがある。

 さて、どうしたものか?ここに車を停めて釣り座まで歩いていけないことはない。しかし、もし工事が始まって、この駐車スペースから車を出せなくなると...
 今日は14時には竿を畳むつもりだ。工事が始まれば真っ最中の時間だろう。

 近所のおじさん、と思われる人が犬を連れてやってきた。
「おはようございます。ここ、車停めてもいいですかね?」

 この質問には、ここはきっと私有地であろう、ということと、工事の状況についての2つの意味が入っている。

「ええけど、工事が始まったら出せれんようになるかも知れんぞ。」

 う〜ん。

「ありがとうございます。この機械(ミニショベル)が動き出せば音で分かるでしょうから、そうなったらそのとき考えます。」

 結局、そういっていつもより長い距離を紀州マッハ新品2袋、使いかけ3袋を詰め込んだ重たい荷物を抱える。リュックに新品2袋、クーラに残り全部。重いなんてもんじゃぁない。

 何故こんなに沢山の紀州マッハを持って行っているか?というところに疑問を感じるところだろう。たかだか6時間の釣りなので、状況に寄れば1袋あれば足りてしまうかも知れないのだから。

 そう、今日の釣りは紀州釣り。紀州釣りといえば永易スタイルでやっている。つまり団子はそんなに沢山は要らないのだ。

 理由はこうだ。
 大型連休に竹下さんが広島に来た。そのとき、一日だけ紀州マッハを使った。攻め深場とノーマルを一袋ずつ買った。余った。僕のも余った。捨てるには勿体ない。僕が引き取った。開封済みの袋だが、開封口のところをぐるぐる袋を捻るようにして塞ぎ、スーパー袋を2重にして固く結び、倉庫の中に眠らせておいたのだ。

 しかし、梅雨。糠にカビが生えてもおかしくない時期だ。

 勿体ないから、この使いかけを使いたい。だけれど、団子を作る段になって、アリャコリャダメダ、と気付いて車まで新品を取りに帰るのはとても面倒だ。かといって、固く結んだ袋を開いて中を確かめる、というのも面倒だ。ええい、全部持って行ってしまえ!

 そんな理由だ。まぁ妙なところで面倒臭がりの...アホだなぁ。


 釣り座到着。
 紀州マッハ攻め深場1/3袋分ほどに、ノーマル1/3袋分ほどをあける。これに、これまた残り物の細挽きサナギ粉。これは明らかに匂いが悪くなっている。それと押し麦。さらに、未だ活性は低いだろう、と判断して、最初からアミエビを1.5カップ分ほど混ぜ込む。

 さて始めよう...と思って、ふと車の方を見ると、工事の人がやってきている。あっちゃぁ〜
 これを見てしまって、それを無視して釣りをするほど神経が図太くない。やむなく工事現場の方に走る。

 丁度、後から釣りに来たおじさんたちも工事の人と話をしていた。

 工事自体は車を置いているところに影響はない。けれど、その駐車スペースは工事で借りているところではないので、いいですよ、とは言えない。とのこと。

 そりゃそうだ。と、本当に感じの良さそうな工事のおじさんに頷いた。そして僕は、とりあえず近所のおじさんに断っていたので、ちょっと安心して釣り座に戻った。もっとも、その犬の散歩の近所のおじさんに断ったからと言って、その土地の持ち主に怒られれば、ごめんなさい、というしかないのだけれど。まぁキチンとゴメンナサイ、と言えばいいかな。

 釣り座に少しばかり軽い足取りで帰る。ふと、海を見る。夏空と夏の海。風も梅雨の風ではなくて、夏の風。気持ちがいい。
 僕の感じている夏がそんなもので伝わるわけはない、と思いながらも、携帯のデジカメで空と海を写し、気が向いた先にポン、とメールを送った。この時点で8時半。

 団子を握る。久しぶりの団子締め。棚取りを5投げほどやっている間に、すでに腕が「だるいよぉ〜」と訴え始めた。今年の冬場はまったくトレーニングしなかったからなぁ。ざまぁみろ、苦しめ、苦しめ...と腕をいじめる。キチンと締める。これが第一歩だからね。

 トッポーンと団子の着水音。完成度の高いウグイスの声、鳶が鳴き、名前を知らない鳥も鳴く。照りつける日差しと麦わら帽子。程良い風。静かな波の音。気持ちいい。いいな。

 海面にはスズメダイが群れている。しかし、底の方は静かだ。団子は全く割れない。全く割れない、といっても、セメントを固めている訳ではないので何れは割れるけれど、一般的に紀州釣りをする人の感覚では全く割れない、という状況。この状況がすでに2時間続いている。

 そして、11時のサイレン。

 まぁ潮変わりころには釣れるかな。そろそろだよな。

 と、思っていると、まぁそれはそれは正直なもので、急に団子に反応が出た。あまりに反応がなかったので少し詰め気味にして様子を見ていたのだけれど、ここでハワセをしっかり調整して、団子を投げる。3分ほどして、ガン、という固い団子アタリ。少し間を空けて永易浮きがスーっと確かなアタリを表現する。

 アワセ!

 グゥン、っとチヌの重量が乗ってきた。満潮近くなって水深は竿2本ほど。気持ちよく竿が曲がっている。たいしたサイズではないけれど、夏チヌ、というサイズでもない。10m以上の深みから強引に引き上げられてきた綺麗な銀鱗。ただ、おしりが脱腸気味になっている。急激な気圧変化のせいで”ぢ”になってしまったようだ。

 引き抜こう、と相変わらず強引な態度に出たが、持ち上がらないので玉網で掬う。サイズは34cm。まぁ抜き上げるサイズじゃあない。

 横着をしてそのままストリンガーにつないで海に落とすと、やはり自ら沈むことができない。海面で横たわって、もうどうにでもして、という雰囲気を醸し出している。

 ともかく、雰囲気のあるうちにもう一つ二つ拾っておこう、と思い、ジボージキなチヌを見て見ぬふりをしながら団子を握る。

 連続、とはならなかったが、3投後、今度はもう少し早く団子が割れてアタリが出る。アワセ!同サイズ、いやちょっとだけ小さいかな?という程度のチヌが浮いてくる。また”ぢ”になっている。

 今度は細い棒でカンチョーして、空気を抜いてから海に落とす。すると、こいつはちゃんと潜ろう、とするのだけれど、先の一枚が浮いているので、やはり潜ることができない。

 面倒くさいなぁ、と思いながらも、やはり弱らせれば味が落ちる。ただでさえ、産卵後で身の張りを失い、食味が今ひとつの時期だ。一旦引き上げ、いまさらカンチョーするのもなんなので、ストリンガーのロープの下端につけている25号の六角錘をストリンガーフックに巻き付けて強引に沈めておいた。

 ここまでサシエはオキアミオンリーだったが、しっかりサシエが盗られるようになってきたため、コーンはどんなものかな?と、アオハタコーンの缶を空ける。そして、勿体ないので半分ほど食べる。缶をひっくり返すようにして口の中に入れるので、少し捨てておいたとはいえ、甘い汁が口の周りに垂れてしまう。
 気持ちいい暑さ、とはいえ、すでに全身汗ばんでいて、それくらいのことは気にならない。肩で口を拭う。

 そんなコーン。最初は餌が残る。次も残る。だめかなぁ...オキアミを刺す。取られる。コーンを刺す。3粒刺したうち2粒触られる。よしよし。

 次のコーン。ガン、という団子アタリの後、永易浮きがスーっと沈んだ。よっしゃ!これも綺麗な銀鱗。同サイズ。

 その後、潮が止まったのかコーンは確実に、頑固なまでに針にしがみついて上がってくるようになった。オキアミも時折残る。

 (下げ潮動き始めだなぁ)


 ズボンのポケットで携帯が振動している。メールかな?と思ったら、しつこく振動しているので、どうやら電話のようだ。
 実は、朝10時頃、僕にしては珍しく休日に仕事の電話が掛かってきていたので警戒しつつ確認すると、これはsomeさんからだった。

 そろそろ潮、動き始めるんだけどなぁ。と思いつつも、すでに3枚釣っているし、夜のおかずには十分、という思いもあって、すっかり話し込んだ。
「どうです?暑いでしょう?」
「いやぁ、暑いのは暑いけど、風がさわやかで気持ちいいですよ。」

 本当に気持ちいい暑さだった。太陽は「夏だぞ!」と主張するかのように照りつけてくるが、海を渡る風には湿気が少ないのか、とても爽やかなのだ。それに、普段、エアコンが効いた狭くて陰気な空間に閉じこめられているからか、たまにこうして乱暴な日差しに身をさらすのは決して苦痛ではなく、嬉しい時間。someさんは仕事の休憩中のようだけれど、やはり仕事で毎日外にいれば、そりゃぁ僕のような思いにはならないだろうな、とも思う。

「今日はコールマンでコーヒーはやらないのかい?」
「いやぁ、波止だとねぇ。なんだかその気にならないンすよ。やっぱ磯じゃないとねぇ。」
「暑いときに熱いコーヒーってのもしんどいね。美味しいだろうけど。」
「そうっすね。今考えてるのは、ギザミを塩焼きして食べたいなぁ、ってことなんです。ほら、汗かいたあとは塩分取った方がいいでしょ。」

 電話を切って、通話時間をみると20分弱経っていた。
 気持ちいい日差しの下で、はるか南紀の友人と話しをするのは楽しいし、なんだか気持ちがゆったりとしてくる。

 そんなゆったりとした気持ちで団子を握る。
 
 その3投目、アタリ!
 ・・・少しアワセが早かったかな?・・・そう思いつつ竿を立てると、40cm絡みかな、というような気持ちのいい重量感が竿を曲げてくれる。ニヤっとしながら浮かせに掛かる...が、竿が跳ね上がる。

 針先がコケている。ありゃ、少し潮が動いているから仕掛けが立ち気味になっていたかな?何れにしても底でバラした。こりゃいかんな。

 案の定、アタリが遠のく。団子の割れも悪くなった。

 紀州マッハノーマルを追加し、サナギ粉とムギも追加。かなりパサついた握りにくい団子になった。少し割れやすい団子にしたわけだ。

 少ししてアタリ。これは30cm前後かな、という引き。が、またバラシ。これはまったく針先に変化もなかったので、掛かりが浅かったのだろう。

 20cmほどのチヌを一枚追加して、そのままリリース。その後はまったく雰囲気がなくなった。

 14時を過ぎてから、最後の1投を3回ほどして竿を畳む。



 車に戻るとき、当然に舗装工事をしている脇を通る。「釣れたかい?」と汗だくの顔で笑顔で話しかけてくる工事のおじさん。南紀の友人と姿が重なり(まったく姿形は違ったけれど)、妙に親しみが湧く。「少しだけね。」と答える。
 もう少し若い人は、水でも被ったのか?というくらいびしょぬれのTシャツを着て作業している。「ご苦労様です。」と心の中でつぶやく。


 さて、短い時間の釣りだったけれど、やはりブランクからか結構腕が疲れている。

 一週間後、秋田で団子を握っている予定の僕。これは移動の関係もあって午後から半日のみだから、そのウォーミングアップにはなったかな。と思う。
 2年ぶりの男鹿半島。誕生日プレゼントをもらう前の子供のような、切ないようなワクワク感が胸に広がる。

 男鹿では、紀州釣り半日と、フカセを1日の予定。フカセのメインターゲットは真鯛になりそう。そういう未体験の、そしてKishiさんから聞かされる夢のようなシーン。

 このまま梅雨が明ければ、一週間後には秋田も梅雨明けしているかも知れない。
 よしよし。よしよし...


 翌、日曜日。厚い雲に覆われている。そんな空の下、大地の小屋の屋根の上に釣り道具を広げて遠征準備をする。いまだ袋に入ったままの新品のプロ山元浮きBも持って行こう。他の浮きとともに屋根の上に置いておく。

 部屋の中にある小道具に気がついて、一旦家に入った。そして出てきて、大地の小屋の中に目をやる。ちなみに大地の小屋、といっても、一般的な犬小屋ではなくて、2畳ほどの柵に覆われたスペースに屋根がある、というもので、大地はその中で首輪などされずに普段はウロウロしたり、寝たり起きたりしている。

 その大地の小屋の中に、普段、海で目を凝らして見つめているアレがある。ん?目を疑う光景。状況が整理できるまでに数秒。我に返る。

「こぉらぁ、このクサレ大地。てめぇ何しやがるんだ!」辺り構わず大声で怒鳴り、小屋の鍵を持ってきて扉を開ける。すでに怒られていることに気付いた大地は視線をそらして身を伏せている。
「てめぇ、1800円、どうしてくれるんだ?新品だぞ!」
無惨に歯形がついた浮き。



 時折強い風が吹いていたのだ。袋に入ったままの浮きは風を受けて屋根の上から落ちたのだ。「ん?あれはなんだろう?」と思って、大地は前足で一生懸命小屋の中に掻き込んだのだ。あとは噛むしかないではないか。

 悪気があってやったことではない、と思いながらも(そもそも犬に悪気は常にない。とくにゴールデンレトリバーは、悪気、というものが似合わない。)、僕の腹は納まらない。ボカッと頭を(当然、手加減しながら)叩く。

 僕の怒鳴り声を聞いて家の中から娘が出てきて、「父さん、大地に八つ当たりしないの!」

 ・・・八つ当たりじゃねぇだろう・・・ああ、虚しい。浮かれた気持ちに少しばかり雨雲が掛かる。


 そして空は本格的に雨雲。そして雨。

 翌、海の日の月曜日。たたきつけるような雨。天気予報どおり梅雨は明けていない。

 クソォ、こんなときだけ正しい週間予報だしてるんじゃねぇ!

 まぁいいさ。久しぶりに雨の釣りでも楽しんでやるさ。大地のアホ!




 

男鹿の夏と忘れ物

(え〜っと、忘れ物はないよな。全部入れたはずだし...)

「あ...いかん、サングラス忘れた...」

「え、広島にですか?」

「いいや、荷物には詰めたから、Kishiさんちだと思う。・・・まぁいいや。」

「大丈夫?」

「あれ、度入りだからフカセのとき遠投したり遠くに流すと辛いけど、紀州釣りだからね。見えなきゃ遠くに投げなきゃいいし。それに、眼鏡掛けるのは釣りのときくらいで、仕事のときは、まぁ見えなきゃ見えないでいいや、ってことで、掛けてないくらいだからね。」

「ははは」


 ここは秋田。2年ぶりに通る道だけれど、しっかりと覚えている風景。どこまでも広がる田んぼ。道路脇と田んぼを隔て、道路に覆い被さるかのように並ぶ支柱。これは冬場の生命線ともなる地吹雪避けのシャッターのようなものだ。
ああ、あの店は見覚えあるな。そうそう、こんな感じだったよな。

 また、必ずまた来る。そう思いながらここから広島に帰ったのを昨日のように覚えている。
 あのときと同じように、現代に取り残された恐竜のようなサファリの助手席で、今か今かと、男鹿の海が窓の外に見えるのを待っているのもやはり同じ。帰ってきたんだなぁ。

 広島と秋田。やはり遠い。ほとんど本州の端から端まで移動するようなものなのだから当然といえば当然なのだけれど、実際に移動してみると、その遠さはしみじみと感じられる。この距離を軽自動車で移動したKishiさんは、やはり若干マゾなのか?と真剣に考えてしまうくらいだ。まぁそれも男のロマン、なのかも知れない。

 そして、これだけの距離を隔てた同い年の友と、3年連続で会って、しかも3年連続で竿を並べよう、というのだから、普通のサラリーマンの僕らとしては、これまた凄いことだなぁ、と、やはりしみじみ思う。不思議なものだな。さっき、今にもついてきそうだったKishi家の小学校低学年の兄弟にしても、普通に懐いてくれている。無遠慮に家に上がり込む僕を、自然に迎え入れてくれるKishiさんの奥さん。出会いというものは本当に不思議なものだ。会うべき人とは、どんなにしてでも会うものなのだろう。

 主な餌などはKishiさんがすでに準備してくれているが、それでも少しばかり餌の買い足しのため、去年も立ち寄った釣具屋に寄る。おお、そうそう、妙に丁寧で話し好きのこの釣具屋の奥さん。この人だったなあ。なんだかすべてが嬉しい。ただ、秋田では、出会う人の年齢層が高まれば高まるほど、何を言っているのか分からなくなる、という些細な問題がある。Kishiさんと釣具屋の奥さんの会話。理解度60%。まだまだ大丈夫。

 あ、海だ。
 そりゃぁ海に向かっているのだから海が見えるのは当たり前なのだけれど、それでも海が見える、というのは気持ちが高ぶり、また落ち着く。毎週のように通っている周防大島の道でもそうだからね。初めて見る海や、久しぶりの海はなおのことだ。

 顔がにやける。

「もう男鹿半島に入ってるんですよね?」
「うん、入ってるよ。」


 最初にサファリが「ガオン」という雄叫びとともに停まったのは、椿という場所の地磯。釣り座となる方向を見ると、うねった波が磯際で白く息巻いている。


「うねってるね。ちょっと紀州釣りをしよう、というような感じじゃあないよね。」

「そうですね。」・・・顔がそう言ってないぞ。実はそう思ってないだろ?


「あっちに見えるのが椿漁港。あそこは少し釣り荒れているけど、釣れると思うよ。」
「見に行ってみてから決めよう。まぁ時間もないし、そこでいいんじゃないか?」


 実はKishiさん的には、この椿地磯のうねりなど、キケンレベルでいえば小川程度のものなのだけれど、僕の感覚では、あのうねりはキケンだ。そう、僕は瀬戸内のタンボ釣り師。海はベターっと鏡のように波なく穏やかなのが一番。釣れる釣れないよりそんな海で竿を出している方が幸せだ、と思っているのだ。ああ、愛すべきタンボのような海よ。

 そんな訳で、再びサファリが「ガオン」と停まったのは椿漁港。大きな漁港だ。
 波止の付け根付近外向きが実績場らしいのだけれど、そこには投げ釣りのようなことをしているおじさんがいる。竿を出して出せないことはないのだけれど、少し二人が並ぶには狭いかな...ということと、やはり港内向きの方がタンボだ、ということで、波止先端寄りの内向きに釣り座を構えることにした。さらに先端に折れ曲がったところがあり、そこが実績場らしいのだけれど、そこには先行入釣者がいる。

 Kishiさんから糠と砂を受け取って、さて、団子を作ろう。そう思って、バッカンの中に入れていた小道具類を引っ張り出して...(あれ?)

 あれ?アレ?あれ?アレ?あれ?アレ?あれ?アレ?あれ?アレ?あれ?アレ?


 いや、ロッドケースには入れてないよな。だって段ボールに詰めたもん。え?え?え?そういやぁKishiさんちで道具をまとめたとき目に入らなかったな。

 そのとき、僕はすべてを悟った。そういえば、アレは3つ持ってきたのだけれど、確か個別に袋に入れてからレジ袋に3つ詰め込んでいたんだよなぁ。ああ、そんなことするから分からなくなるんだよ。ああ、折角この日のために糸を巻き替えたのに。

 「Kishiさん、ヤバイ。忘れた。」

 「何を?」

 「いや...大したものじゃぁないんだけれどね、ちょっとアレがないと釣れないかなぁ?なんて思ってさ。」

 「ん?何?」

 「リール」

 爆笑。

 だが、笑っている場合ではないのだ。サングラスを忘れたのとは訳が違う。

 「仕方ないっすね。まだ時間もあるし、一旦帰りましょうか。」

 時間がある、といっても、とっくに13時は回っているわけで、これで一旦帰ったりしていると、どうにも竿を振る時間がなくなりそうなのは明白。いかんいかん、折角Kishiさんがあれこれ考えて時間を調整してくれているのに。リールがない程度のことでそれをぶち壊す訳にはいかない。

 「Kishiさん。サファリの鍵貸してもらえる?」

 「いいよ、何するの?」

 「買ってきますわ。リール。釣具屋、近くにあります?」

 「近いっていえば、あそこ。」
 おお、確かに近い。

 「ちゃんとしたの買うんだったら...」

 「いや、Kishiさんちに3つもあるから、ちゃちなのでいいんです。ほら、弘法、筆を選ばず、だから。」

 いや、弘法は筆なんか忘れないだろう。と、頭の中で一人突っ込み。

 ともかく、サファリの鍵を借り、車に戻る。エンジンを掛け...え〜っと、どうやって運転するんだっけ?
 ああ、そうか、パジェロを手放してからもう2年以上経つんだもんな。マニュアル車に一瞬躊躇する僕が少し悲しい。気を取り直して、クラッチをつないでサファリを出す。う〜ん、やはりデカイな。サファリ。

 あっという間にさきほど見えていた釣具屋に到着。その人気のない釣具屋の前に僕が車を停めたのをみて、店の道路を挟んで反対側の海から店主が慌てて戻ってきた。
 店内を見て回るが、海辺の小さな釣具屋さんで、釣り具を売って商売をしている、というのではなさそうな品揃え。ああ、懐かしいなあ、と言うようなものが置いてあったり、逆に僕が欲しそうなものは置いていなかったり。まぁそんなことはどうでもいいのだけれど、目下の課題である「ちゃちなリール」が見あたらない。というより、リールが見あたらない。

 店主に「ちゃちなリールありません?」とそのまま聞く。「ちゃちなリール」といわれて店主もとまどった顔を見せたが、目の前の少し透明度を失いかけているようなガラスケースを指さす。あ、リールだ。気がつかなかった。
 ガラスケースの中に無理やり押し込まれ詰め込まれたリール。千円程度のものと、2千円弱のもの。僕が望んだ以上に「ちゃちなリール」を示す値段だ。生意気にスプールは穴あきだけれど、当然、意味のある穴あきではないだろう。

 「もうちょっと高めのないですか?」
 ちゃち過ぎる、のではなく、普通にちゃちなリールが欲しいのだけれど...

 「あとはこれくらいだな。」
 見ると、そこには「EMBLEM2500LB」の文字が。しかも...こいつは何ということだろう。かれこれ10年以上昔、ダイワがクイックオンオフ機能を採用する前のレバーブレーキ付きリールではないか。
 しかも滅茶苦茶見覚えがある。そりゃぁそうだろう。こいつこそ今、わざわざ秋田まで来たのに釣りに持ってこられるのを忘れられた僕のリールと同じだ。思わず買いそうになったけれど、そんな感傷?だけで、殆ど定価の21000円は出せない。

 フカセ釣りの時にはシマノのBBX−TYPE1を使っている。今回は明日のマダイ狙いのため、古いBBX−テクニウムを使うつもりで持ってきている。のだけれど、紀州釣りをすると、リールが非道く調子が悪くなるから使いたくないのだ。
 TYPE1は丸洗いしようと思えばできるからいいのだけれど、テクニウムはまこと調子が悪くなる。実際、以前オーバーホールに出す羽目になった。永易さんもこの古いテクニウムを愛用していて、グリスアップの仕方など、ちょっとした配慮である程度防げると教えてもらったことがある。僕はだいたいにして配慮が足りないのだ。

 そこでその古いエンブレムを紀州釣りの時は使っているのだけれど、このリールは不思議と、どんな滅茶苦茶な使い方をしても挫けずに使えている。いや、例えばフカセで60〜70m沖に仕掛けを流して、これを回収しよう、としたりするとダメだ。どこかからかキーキーと黄色い声を上げ始める。これは幾らグリスを射してもダメ。しかし、紀州釣りの場合はそれほど巻き上げる必要性もないし、魚もびっくりするほど大きなものは掛からないので(フカセでも掛からないのだけれど)、全く問題なく使えているのだ。それよりなにより、もう壊れてもいいや、と思いながら使っているので、気が楽、というところもある。スプールがプラスチックで軽いしね。

 「この間はないよ。どうした?リールを海にでも落としたんか?」可能な限りの標準語で話してくれるのが嬉しい。まともに「●△◆、□×▼○□」(理解度10%以下)としゃべられたらどうしようか、と少しびびっていたのだ。僕は秋田に来ると、いつもよりさらに少し人見知りで引っ込み思案になる。ついつい気軽に話しかけてしまうと、相手の言っていることが解らなくなってしまう、という恐怖が僕をそうさせるのだ。

 「いやぁ、僕、広島から来てるんだけど、いざ釣りをしようと思ったら、こっちの友達の家にリールを忘れてるのに気付いちゃって。」とありのまま話す。すると、店主は笑ってる。いやいや、身体を張った笑いに反応してくれて嬉しい限りですよ。

 2千円弱のリール。3号道糸付き。もうこれでいいや、何てったって穴あきスプールだからな。テクニウムかステラだと思えばいい。

 せめて道糸くらい巻き替えよう、と思ったのだけれど、店に置いている道糸やハリスは、パッケージがすでに紫外線劣化している年季の入ったもののようで、糸の紫外線劣化の進行度合いを考えると少しばかり使うのはコワイ。う〜ん、まぁいいか。どうせコワイならすでに巻かれている3号でなんとかなるだろう。

 お金を払おうとすると、100円以下の端数をまけてくれた。そういう昔の商店的なノリは嬉しい。礼を言ってサファリに乗り込む。そして戻る。


 テクニウムをレジ袋に入れて、嬉しそうに戻ってきた僕をぱちり、と写してくれた。



 まぁともかく、これで釣りが出来る。

 団子を作ろう。
 久しぶりだなぁ、考えてみると。今年に入ってからは、紀州マッハを2度使ったのと、広島湾で高橋さんと竹下さんと竿を出したときに、高橋さん流の団子を使っただけだからな。えっと、糠と砂の比率はどうしようか...
 このとき、どうしてそう思ったのかは知らないが、4:3、という数字が頭の中に浮かび上がった。4:3の比率で糠の上に砂を入れようか...と思ったのだけれど、糠を6杯入れてしまい、面倒なので砂を5杯入れた。その上にサナギ粉を入れて、アミエビを軽く一掴み投入。さらに海水をカップ1杯ほど入れて、アミエビを潰し、サナギ粉と砂に水を吸わせるように、すり潰すように、揉むようにして馴染ませ、そして全体を混ぜる。
 ・・・パサパサだ...あれ、握れない。それに団子が黒いぞ。砂のせいか。砂は瀬戸内の砂と違って黒い砂で、そしてかなり粒子が細かい。
 少し水分を追加して、なんとかまとまるようにはなったものの、かなりパサパサ、というかパラパラの団子だ。拙いなぁ、こりゃ。まぁ何とかなるか。6:5の配合の配合、ということもあるけれど、砂の粒子も原因の一つか?
 必死に握るが、どうも頼りない感じだ。

 ともかく、釣りスタート。

 う〜ん、静かだ。サシエも残る。頼りない団子も割れない。実は頼りがいがある団子だったのかも知れないなぁ、などと思ったりしながら、やっぱり団子を握ると頼りない感じがして、疲れるので糠を足す。それでもやっぱり少し頼りない。

 時折、小さな雨粒が落ちてくるのだけれど、これは本降りにはならない。

 ん?
 Kishiさんが急にソワソワし始めている。なんだ?
 「優さん、あっち行かない?」

 先端側の実績場、曲がり角付近の先行入釣者が帰ろうとしているようだ。Kishiさんがその人と「●△◆、□×▼○□」、「◆▽+■、○×▼◇凵vと話をしている。いや、嘘だ。東北人見知り症候群の僕は近寄らなかったので聞こえなかっただけ。
 ともかく、あっちはボラも掛かるし活性が高い、という会話だったらしい。

 「行きましょうか。」

 釣り座移動。紀州釣りではあまり好ましいことではないのではあるけれど、何もせずに手をこまねいているよりはいい、という時もあるだろう。

 確かに、こちらの釣り座は団子に少し反応がある。オキアミも捕られる。コーンを使ってみようかな、という気になるくらいだ。



 しかし、どうにも頻繁に根掛かりする。団子が割れて1mも流すと引っかかるし、ハワセ幅を大きくとると、ハリスの上の方に傷が入ったりする。何かあるようなのだけれど...場所、ズレようかなぁ、などと考えていると、僅かに潮の動きが替わり、そうすると根掛かりしない時間もある。まぁいいか、とそのまま続けたのだけれど、結局終日根掛かりと遊ぶこととなってしまった。
 根掛かりはちゃちすぎるリールの本性も顕わにする。根掛かりしたときにリールを巻くと、剛性感の欠片もなく、しかもバランスという言葉を知らないかのような、もうリール全体がぐねぐねうねっているようなキモチワルイ巻き心地だ。こんなリールで間違って大きなチヌが掛かったりすると、折角のチヌの引きがキモチワルイものになってしまいそうだ。

 そんな中、ようやくKishiさんが竿を曲げる。リリースサイズではあるものの、チヌはチヌ。お見事。

 僕の方はここまで、ギザミとチャリコを1匹ずつ。しかし、団子に反応があるときもあるので、釣れないことはないはず。

 と、思っていると、再びKishiさんが竿を曲げる。これは26〜7cmほどだろうか。立派なチヌだ。再びお見事。



 少しプレッシャーが掛かる。釣らないと申し訳ないではないか。折角いろいろと気遣いしてくれて、心の底から僕に釣ってもらいたい、と思っている(はずの)Kishiさんに対して申し訳ないではないか。
 ともかく団子だ。もっと頼りがいのある団子にしなければ...再び糠を足す。今ひとつしっくりこないが、それでも少しは頼りがいが出てきた。
 「ほら喰え、こら喰え、くえくえくえくえ」と念仏を唱えながら団子を握り、えいや!っと団子を投げると、見事に空中分解。これじゃぁ喰わない。団子の混ざりが悪かったようだ。水分ムラなどあると、幾ら締めてもこういう結果になることがある。もっとも、握っている最中にそれは解っているのだけれど、面倒だからそのまま握って、案の定空中分解、というのがいつものパターンだ。

 根掛かり対策でかなり仕掛けを立てているのもよくないのかも知れない。しかしなぁ...ともかく一枚釣らないとなぁ...ハワセ幅を少し調整。

 ようやく、永易浮きが魚信を捉える。おおお!よしよし...アワセ!
 Kishiさん曰く「ぶぉん」というけたたましい音を立てて竿が立つ。おお、きたきた。ちゃち過ぎるリールがぐねぐねしない程度だけれどチヌの引きだ。貴重な秋田での初チヌ。Kishiさんの静止を振り切って、そのまま抜き上げる。そりゃぁそうだ、25〜6cmほどのチヌに玉網は要らない。ともかく、ホッ。これで今日の目的は達したな。



 「おお、エライエライ、よくやったな。」とKishiさんが誉めてくれる。いやいや、有り難う、と言おうとすると、Kishiさんの視線の先には小さな銀鱗。そしてさらにその頭を撫でながら「よくやったよくやった。」
 「・・・おいおい、俺じゃなくてチヌかよ!俺を誉めろよな。」
 「ははは」

 時折顔を覗かせる青空と、時折ここが東北であることを感じさせる風の中で、明日の男鹿の磯に心を馳せつつ、ひたすら根掛かりと、そして友と遊ぶ夕暮れであった。





男鹿の夏 白糸の滝を眺めつつ

 予定より少し遅い出発になったのだけれど、未だ真っ暗な、もう見覚えのある道になった男鹿へのルートを、Kishiさんのサファリが走る。

 少し雨がパラついているのが気になる。大丈夫とは思うのだけれど。

 小一時間走って、空が明るくなってきたころ、見覚えのある加茂の港に到着した。予定通り出発していれば大竹丸の一番に乗るところだったのだけれど、荷物を降ろしているところに戻ってきた船が何番船になるのか判らない。けれど、基本的にそういうことは気にしないし、それよりなにより、お客が居れば、何時だって、何度だって船を出してくれるこの大竹丸は本当に凄いと思う。
 広島湾の渡船にしてもそうだけれど、朝、出船時間が厳しく決められていて、これを逃すともう出ることが出来ない、とか、2番船を出してもらおうと思うと、それなりに人数が必要だ、とか、そういったところが多いのだが、大竹丸を初めとするこの辺りの渡船には全くそれがないのだ。しかも安い。

 「レインウェア、要らんよねぇ。」と僕。
 「要らないでしょう。」
 「信じるぞ!」

 出船前の会話。


 さて、同船の人が渡礁して、そして我々だけが船の上に残った。Kishiさんが船頭さんと、相変わらず「●△◆、□×▼○□」という会話をしている。
 どうにも、広島から遠征してくる僕のことを事前に話していたからなのかどうかは判らないが、Kishiさんが想定していた門前というエリアを空けてくれていたようだ。
 「一番流れそうな磯へ。」というのがKishiさんの船頭さんへの要望。

 さてさて。

 ところで、その道すがら、噂のチャーハン...いや、焼飯島、チャポチャポやらベッタラやらという独立磯が見える。何れも地方近くに独立している磯だが、周りの水深はかなりのものらしい。

 前日、釣具屋を訪れた際、Kishiさんと店長さん(前出の奥さんのいる釣具屋とは別の店)で、「●△◆、□×▼チャポチャポ○□、□▼△○クロ◇×、ベッタラ◇凵「」という会話が行われていたのだ。そのチャポチャポやベッタラだ。
 ちなみに、チャポチャポ、というのは、足下がチャポチャポと波に足下が洗われるからチャポチャポというらしい。うん、解り易すぎるよね。

 船が着けられたのは、小館栗島という磯。
 2年前の桜島の大うねりを記憶していただけに、この日の海の穏やかさはとても有り難い。いや、たまに見る日本海や太平洋のうねりや波は圧倒的で、そして感動的でもある。のだけれど、やはり瀬戸内生まれの瀬戸内育ちの僕には、いささか刺激が強すぎる面がある。

 安心して船を降りる。

 

 沖側の突き出るように立った岩の沖手側から沖に払い出る潮筋が見える。確かに潮通しが良さそうな場所だな。

 準備を始める。

 ・・・ポツリ、ポツリ...「ん?・・・げ、雨、降ってきたぞ。」
 「あ、そうっすね。」
 「Kishiさん、降らないって言ったじゃん!この嘘つきめ!」
 「ははは」

 まぁそれもそれ。天気予報から考えると、ずっと降り続く、ということはないだろうしね。しかし、雨粒、大きいなぁ。

 濡れて欲しくないデジカメ、携帯、財布などを防水パックに入れておく。


 僕は、基本的に準備が遅い。決して自慢できる話ではないのだけれど、どうも磯に上がるとそれだけで気持ちよくなってしまって、まして、こんな雄大で豪快な男鹿の風景と海に包まれると、顔がにやけてしまう。そのような状態で準備に集中できる訳もない。

 Kishiさんもそういうところがあるようで、磯の上はゆったりとした時間が流れている。

 海はどこまでも広い。水平線が僅かな円弧を描いているのが判るようだ。地方を見れば、海に向かってせり出してくるような緑。

 そして、その緑を切り分けるように、海に向かって落下する滝だ。ため息が出るほどの光景だ。
 考えてみれば、海に落ちる滝など初めて見た。

 この男鹿半島が観光地にならない不思議と、観光地になっていないことへの感謝と、この風景を海の上の特等席から見ることができる幸せと。

 「Kishiさん、滝っすね。あれ、なんて言う滝なんですか?」

 「白糸の滝。ありきたりの名前だけれどね。」

 白糸の滝か。あの滝の下の地磯で竿を振ったら気持ちいいだろうなぁ。




 Kishiさんが先に竿を出す。
 「餌、残りますよ。」
 「お、ほんと、イケるんじゃない?」

 そんなことを言っていた僅か数投目。シュパッっとKishiさんのアテンダーが空気を切り裂き、グゥーンっと綺麗な円弧を描く。

 「優さん、来たよ!」とKishiさんの声。

 「お、ちょっと待ってよ。カメラ出すから。」

 グーン、グーンっと気持ちよさそうな引きだ。幸先いいぞ!よしよし。

 「あ!」

 アテンダーが跳ね上がる。バラシ...
 「あ、針、折れてます。やっぱりチヌ針じゃぁダメっすね。」

 「え、チヌ針?」

 「はい、使おうと思っていた針を家に忘れてきて、昨日、団子の時に使っていた細地チヌを...」

 「ほ・・・ほそじちぬ・・・?そりゃナメ過ぎだろ!」
 「ははは」

 Kishiさんとの釣りは、何をやっても...そう、たとえ針を忘れようとも、リールを忘れようとも、なんだか楽しい釣りなんだよね。日本列島のこんな北の方に、こういう男が居て、そして友達になれた、という事実が、とてつもなく嬉しい。

 「針ならなんだかんだとあるから、使ってもらっていいよ。」
 「あ、大丈夫っす。あるから。」


 さて、僕も始めよう。

 とりあえず、Kishiさんが譲ってくれた本命と思われる潮に仕掛けを入れてみる。
 
 う〜ん、やっぱりなぁ。

 どうにも、この小館栗島に当たった潮が、左右に割れて、立ち岩の沖側におそらく存在しているのであろう沈み瀬と、立ち岩に当たった潮が押し出されて、潮が沸き上がっているようだ。
 海面を見ていてそうなのだろう、とは思っていたのだけれど、これはそれほど簡単な潮じゃぁない。

 あちこち仕掛けを入れて試してみる。

 立ち位置から左側、立ち岩の方に向けて仕掛けを投入して、流れの中心より少し手前に仕掛けを誘導すると、美味い具合に僕の正面方向に向けて仕掛けが運ばれて、そこで沈み込む潮に仕掛けが捕らわれる。

 ここだろうなぁ。


 いつの間にか、もう雨の心配などしなくていいくらいの青空が男鹿の磯の頭上一杯に広がって、やっぱり僕の遠征にはこれだよな、と思うような太陽が激しく照りつけ始めている。

 そして、やはりここだった。

 プロ山元浮き3Bがすぅーっと、潮が沈むより早く吸い込まれる。よしよし。すーっと道糸が走る。よしよし...ブン!とアワセ!
 僕の遠征定番ロッド、グレ競技スペシャル2 1.75号がグゥーンっと綺麗な円弧を描く。この竿は強い竿だけれど、小さめの魚でも本当に綺麗なカーブを描いてくれる竿だ。・・・ということで、魚は本命のようだけれど、サイズも至って僕らしいもののようだ。

 Kishiさんが写真を撮ろうとしてくれているが、竿を矯めているだけでどんどん寄ってきてしまい、シャッターチャンスは提供できないまま取り込みとなった。引き抜こう、かと思ったのだけれど、思い直して、小さいながらも男鹿初真鯛を丁寧に玉網で掬った。

 

 

 


 ホッ。

 ともかく、昨日は団子でチヌ、今日は磯で真鯛。サイズはともかくとして、目標は達成したなぁ。


 アジ。
 25cmを上回るようなサイズで、タタキにして食べるに十分なサイズ。これが磯の周辺を回っているようで針に掛かってくる。Kishiさんが嬉しそうにキープしている。そうそう、アジでもこのサイズは嬉しいよね。食べるには間違いなくチヌより美味いし、ご飯のお供としては真鯛より上かも知れない。
 今晩の食卓が楽しみだ。

 時間を追うごとに潮が難しいことになってくる。落ち着かないのだ。

 おまけに棚が深く、軽い仕掛けでは馴染ませられないし、重い仕掛けは今ひとつイメージできないし。

 Kishiさんはどんな仕掛けで釣っているのだろう?と思って聞いてみると、1号という仕掛けを使っているとか。確かに、最近は全層フカセが流行っているようだけれど、フカセのもっとも効率的な釣り方は、確実に棚を掴んで、その棚に的確に仕掛けを届かせて、そして、マキエと狙う魚の種類に合った合わせ方をすることだと僕は考えていて、この目の前の海況と、真鯛という対象魚を考えると、軽い仕掛けは意味がない。
 そうか、少し中途半端だったかな。

 浮きを5Bに交換する。棚をこまめに調整しながら、仕掛けを馴染ませた後の張りでフカセを演出しよう。

 その後、チャリコを一枚。



 Kishiさんと場所を交代する。すでに一番美味しい潮が流れる時間は過ぎていたので申し訳ない気もする。

 変わった釣り座は...これは...ちょっと辛いだろうな。

 細い水道を隔てた低い磯にも3人ほど釣り師が上がっていて、水道は小館とその低い磯をつなぐ瀬で浅くなっていて、この水道から払い出される潮は完全な湧き潮。この潮の周りのヨレや、湧いた潮が止まった潮にぶつかって潜り込んでいると思われる場所をピンポイントに仕掛けを遠投しながら探ってみるのだけれど、どうもイメージ通りの潮が見つからない。

 低い磯の方の3人も辛いだろうなぁ、と思いつつ、手返しを続ける。


 手返しを続ける、のだけれど、気温がどんどんどんどん上がってきて、太陽もここが東北である、という自覚を忘れたかの如く、乱暴なまでに照りつけてくる。当然隠れる場所もない磯の上。暑い。

 「あっつぅ〜」どちらからとなく、何度口にした言葉だろう。
 梅雨空が続いた秋田で、これほど幸せなことはないよな。


 ふと、Kishiさんが僕の方に来て話をしていたとき、先ほどからその辺りをウロウロしていたカラスがマキエをつつこうとしている。
 しかも、追っ払ってもまたやってくる、という相当なしつこさだ。

 Kishiさんが追っ払う。

 カラス、飛び立つ。

 僕、杓を手に取る。

 カラス、日頃マキエを当ててみよう、として遊んでいるカモメより相当飛行時の動きが鈍い。

 狙いをつける。杓を振る。

 ボス...

 「あ、当たった。」

 「優さん、いつもこんなことやってんの?」

 「いや、普段、カモメを狙ったりするんだけれど、あれはなかなか当たらないんだけどねぇ。」

 いやいや、ごめん、カラス君。

 カモメは活性が上がると浮き周りにまとわりついて、下手をするとサシエを口にしてしまう可能性がある。それで、マキエで追っ払おう、として、カモメを狙ってマキエを打つことがある。しかし、あれはたとえ飛行中であっても、マキエの接近をしっかり見ていて、しかもしっかり引きつけてヒラリとかわす。なかなかニクイやつなのだ。

 それに比べてカラスのこの鈍さは、何となく親しみが持てるな。


 少し心配していたのだけれど、このカラス君。こりもせずにまた戻ってきた。

 しかもかなり近くにやってくる。

 

 なんだ?カラスってあまりいいイメージ持っていなかったのだけれど、近くで見ると、目がクリクリしてカワイイんだなぁ。

 一方でカモメは遠目にはカワイイのだけれど、近くで見ると目つきが悪くて決してカワイイものではない。

 少しだけ、カラスが好きになった。これは、普段、嫌だ嫌だと思っていても、そんな相手だからこそ、ふとした優しさという意外性に、ついコロリ、といってしまう。そんな恋いの始まりに似たものが...あるのか?

 暑い暑いと言いながらも、やはり楽しい時間は短い時間。もう竿を畳む時間だ。

 少しゆとりをもって竿を畳み、カラスと、そのバックに悠然と落ち続ける白糸の滝を眺めつつ、2年前からしっかり2年分歳をとったはずの友と語らい、そしてその時間を記録に残す。

 


 船が着く。

 ああ、終わったなぁ。

 

 
 渡船代を払いに、大竹丸の船宿に向かう。サービスのジュースを貰って、Kishiさんと宿の爺さん、婆さんとの話に耳を...傾けるだけ無駄な、すでに○×△のレベルすら超えた、一言も理解できない会話の中に身を晒す。どうにも僕にも話しかけられたらしいのだけれど、話しかけられたことすら判らないのだから...いやいや...参った参った。

 もし、釣りキチ三平の一平爺さんが本当に居たとしても、いくらいいことを話してくれても、一切理解できない、というのが事実だろうなぁ、としみじみと思った。


 
 (右上の小さな磯が小館栗島)


 男鹿。

 釣れる釣れない、の話ではないんだ。
 ここには僕を惹きつけるものがある。

 質のいい映画がエンディングに向かい、もっともっと見ていたい、と思いながら、それが幕を閉じる。

 展望駐車スペースから男鹿の海を見下ろし、そんな寂しさを感じた。

 次回作を観に、そして演じに、また来よう。



 

北灘と飲み込みの悪い男

 さて、男鹿遠征が終わった。そろそろ連絡しないとな...そんなことをウツラウツラとしながら考えていた。それは秋田から帰った翌日の通勤電車の中。

 そんな僕の頭の中などお見通しだ!とでも言わんばかりに携帯メールが入った。

 僕の通勤時間だから、まだ朝7時過ぎ、という早い時間だ。

 差出人はすなちゃん。四国愛媛は松山の僕の兄貴分で、宇和島方面への遠征ではいつもお世話になっている。とくに夏の「北灘湾掛かり釣りツアー」は定例行事になっている。去年はどちらからも言い出さないまま流れてしまって、その反省もあって、今年は積極的に計画しよう、と考えていたところだった。

 僕の勝手な計画では、来週末土曜は北灘!と考えていたのだけれど、どうにもすなちゃんの予定がはっきりと立てられそうなのは、今週の、しかも日曜だ、とのこと。

 当然、僕自身は秋田の次は四国、なんて、毎週のようにあちこちの海に行けることは幸せ以外の何者でもないのだけれど、問題は女房なのだ。いや、あちこち釣りに行くこと自体は、まぁ少しばかり嫌みを言われるのを我慢すれば、それなりに快く送り出してくれている...方だと思う。世間一般のレベルを知らないので何とも言えないのだけれど。

 ところが、この北灘遠征は帰りが問題なのだ。

 行きは、JRに大きなクーラを2つ持って乗り込んで柳井港まで行き、フェリーに乗れば、三津浜港にすなちゃんが迎えに来てくれるので何の問題もないのだけれど、帰りは時間が遅くなるため、柳井港から家の方に帰ってくる電車がないのだ。

 かといって、柳井港には車をずっと停めておけるような駐車場もない。

 仕方なく、毎年女房に迎えに来て貰っているのだけれど、なんだかんだで我が家から柳井港までは夜間でも1時間は掛かる距離。土曜の夜中に迎えに来て貰うことは、まだ何とかなるのだけれど、日曜の夜、ともなると、女房も働きに出ている我が家にはかなり難しい話になってくる。

 広島港(宇品港)なら駐車場もあるし、今年は宇品から松山観光港に渡ろうか、とも思ったのだけれど、こちらは深夜の便がなく、どうも今ひとつ上手くない。

 結局、今年はいつもより早い便で帰るから、夜11時前に柳井港に着く、という前提で、また女房に頼ることとなった。このあたり、なんだかんだで協力してくれるところは我が女房ながら素晴らしいと思うし、有り難い。・・・と、たまには誉めてみる。こちらが本音だからね。いや、ホントだってば。


 ♪南瀬戸内海ぃ〜♪
 すっかり馴染みになった防予汽船オレンジライン、柳井港−三津浜港(松山)のフェリー。
 JR柳井港駅からクーラ2つとバッカン一つ。そして背中のリュックに短竿差してフェリー乗り場に。そしてフェリーの中でどっかりとシートに腰を下ろしている。

 ふぅ...

 クーラ二つ、というのがいけない。電車の中でも周りの目が「じゃまくせぇなぁ」と訴えているし、フェリー乗り場ではタラップの幅が通過するのにギリギリで大変な目に遭うし。フェリーに乗るだけで草臥れてしまった。このクーラ2つに魚が一杯になって、さらに氷を詰めたりすると、帰りは持ち上がらないのではないか、と恐怖に駆られる。

 北灘湾、というところは、実際そういう爆発的な釣果が期待できる場所なのだ。チヌだけ、であれば、そこまで気負わないのだけれど、実は真鯛が豊富で、真鯛は持って帰っても人気が高いため、しっかり保冷しながら持って帰ろうと思うと、どうしてもクーラがしっかり必要。

 なにせ、北灘湾はこの僕にすら、2年前、55cm(拓寸)を釣らせてしまう、という場所なのだから。そう、掛かり釣り、超ヘタッピ、ド素人の僕にすら、だ。数的にも、例年すなちゃんの1/3〜1/2程度しか釣ることができないのだけれど、それでも、チヌと真鯛を合わせると30やそこらは釣れている。

 今年の目標は、数はともかくとして、55cmを超えることだ。ちなみに、掛かり釣りの場合は、すべて運頼み。常日頃の釣り以上に、まったく自分の実力、というものに自信を持っていないが、まぁ結果オーライ、なのだ。釣りは楽しければそれでいい。


 フェリーは出航しているのだけれど、周りを見渡しても、人っ子一人いない。すこし客室を歩いてみたけれど、どこにも人がいないのだ。

 ・・・なんとも...定員300人のフェリーが貸し切り、というのは...申し訳ない気がするなぁ。僕が乗らなければこのフェリーは動かなくて良かったのかも。ひょっとすると、「ちっ、こいつさへ乗ってこなけりゃぁ休めたのによぉ」などと船員のみなさまが思っているのではないか?
 小心者の僕はついそんなことを考えてしまうのだけれど、実際は、この船はまた松山から人を柳井に運ぶのだから、人が乗っていようがいまいが出航せざるを得ないのは当然のこと。


 着岸。三津浜港のタラップはさらに細くて、クーラが完全につっかえる。がんばって持ち上げて、なんとか上陸。帰りが心配だ。


 いつものように、いつもの場所に車を停めて待っていてくれる。

 すなちゃんだ。

 2年ぶりだけれど、相変わらずの優しい雰囲気。ああ、四国に来たんだなぁ、と、この顔を見ると実感する。

 荷物を車に積み込み、一路、宇和海へ。

 途中、釣具屋によって餌を買い込む。テジロ(こちらでいうボケ。松山でボケは、こちらでいうカメジャコになる)を70匹ほど。さらにオキアミ、練り餌、サナギなど。
 団子材は、前回から完全にすなちゃんに合わせているのだけれど、前回まで使っていた団子材が無くなっている。やむなく、マルキューのチヌジャンボをベースにして、オカラダンゴ、荒挽きサナギ。アミエビも念のため購入。

 このチヌジャンボも店に在庫がなかったため、すなちゃんが事前に取り寄せてくれていたのだけれど、少し量に不安があったため、別の釣具店で釣具店オリジナルの団子材を追加購入。

 さて、行こう。

 すなちゃんは、知っている人は知っているとおりとてつもなく面白い人で、道中もなんだかんだとずっと話をしていて、眠気を感じる暇もない。しかし、どうにも釣具屋で時間を取りすぎたのか、思ったより到着時間が遅くなっているようだ。白み始めた空をすなちゃんは気にしている。


 宇和島を抜け、そして国道56号線を右折。海が見える。北灘湾だ。


 すなちゃんが予約してあった船に、二人で二人分の大荷物を運ぶ。少し前に腰を痛めていたらしいすなちゃんなので、「あ、重いのは僕、運びますよ。」と言うのだけれど、笑いながら運んでいる。


 出船。あとはすなちゃん船長任せだけれど、ポイントはすぐ目の前だ。

 前週、すなちゃんが釣果を出していた空の養殖筏には、先行者が船を掛けていた。どうにも、前週、すなちゃんが釣ったのを知っていて、のことらしい。これは仕方がない。

 ただ、ここ北灘湾のこの近辺に関して言えば、たぶん、どこでも釣れる、と思う。これは僕が、すなちゃん、という上手い人と一緒に行動しているからこそ感じられることでもある。すなちゃんはどこででも釣ってしまうのだ。そして、僕はすなちゃんに任せて、仕掛けを垂らし、すなちゃんの半分弱チヌを釣り、そして倍以上ボラを釣るのだ。


 一列沖側の筏に船を掛け、準備に入る。

 2年ぶりで、すなちゃん流の団子の作り方を忘れたので、すなちゃんに確認しながら作る。


 仕掛けの準備。竿はがまかつのがまチヌ筏中硬1.2m。これはすなちゃんに貰ったものだ。リールはバイキングST44。ここは深いし、またチヌも大型が狙えるし、何よりボラを掛けることが多いので、片軸のバイキングより、両軸の、たとえばチヌジャッカーなどのリールが適している、と、いつもすなちゃんに言われるのだけれど、そして毎年毎年、そうだなぁ、バイキングだとブレーキ掛けるだけで大変だもんなぁ、と思っているのだけれど、年に1度のことで、ついついバイキングのまま過ごしている。

 ラインはフロロカーボン2号の通し。針はチヌ針の5〜6号。Bのゴム張りガン玉を一つ打つ。


 ああ、気持ちいいなぁ。

 空は、朝方すこし雨がぱらついたものの、その後は先週の秋田男鹿同様、かなりの夏空となって、暑い一日になりそうだ。
 遠征は天気に恵まれるのだ。


 紀州釣りの団子に比べると随分湿度の高い、ベチョベチョとした団子を海にボトン、と落とす。少し煙幕を引きながら、25mほどの底へと団子が沈んでいく。2年前までの団子に比べると、チヌジャックの比重が軽いようで、沈下速度が遅い。水深が深い分、これは随分手返しに影響しそうだ。


 さて、スタートは少しばかりの異変。

 すなちゃんと僕は、当然同じ小船の上なので僅かな距離しか離れていないのだけれど、どうにもすなちゃんの竿の下には岩がある様子。着底後、団子が転がっているようだ、と言っていて、実際、根掛かりしている様子。

 ところが僕の方。
 しばらく手返しをしていると、魚の気配が団子周りに濃厚になってきて、ゴン、という歯切れのいい団子アタリを感じることができるようになってきた。

 「すなちゃん、釣れそうっすよ。僕。」

 この日一日で、これほど確信を持って釣りをしていた時間はないのだ。

 そう言った直後、穂先の動きにアワセ!グゥンっと短竿を通して重量感が直接腕に載ってくる。

 巻き上げる。お、銀鱗だ!チヌだ!
 
 玉網ですくい上げる。
 すなちゃんがいつも準備している検寸台に乗せると46cm。なんとも幸先のいいスタートだ。時間的には9時30分。すなちゃんが予測していたチヌの釣れ始めタイムより早い一枚だ。



 さらに続いてチヌ。

 こりゃぁ、今日は珍しくいい感じじゃぁないのか。俺。


 しかし...まぁ予想通り、といえば予想通りで、当然、といえば当然の結末、とでも言えばいいだろうか。

 その46cmがその日の僕の最大寸だったし、数的にも、例年を下回る結果となるのだった。


 結局、未だボラなどの活性が上がりきる前、偶然、おそらく岩場の横の砂地に上手い具合に団子が落ちて、結果としてチヌが釣れていた、だけなのだろう。


 いつもより速い潮の動きに苦戦しつつも、ボラ、真鯛その他のチヌ以外の魚の活性が上がり、そしてチヌの活性も上がってくると、的確にボラアタリを避けてチヌを掛け続けるすなちゃんと、う〜ん、こりゃぁボラだな、と思えばチヌで、そしてこれが大半なのだけれど、お、これは間違いなくチヌだ!と思って真剣にやり取りすればボラ、という、要するに全く判っていない僕の釣りが全開状態となってきたのだ。


 そして、とうとう、すなちゃんの口から出た言葉。

 「優さん。こんなに飲み込みの悪いヤツ、見たこと無いよ。」

 ・・・ははは。

 そりゃぁそうだ。すなちゃんは、秘訣、といえるところまで教えてくれていて、さらには、中硬の僕の竿ではアタリが取りにくいのでは?と、すなちゃんが使っているものと同じ、しかも新品の予備竿、がま筏競技を貸してくれたのに...結局ボラを掛ける始末。
 しかももう5回目なのだから。

 まぁどちらかというと、そんな言葉が遠慮もなく普通に飛び交うような、何の気遣いも要らない友人がここにいる、ということの方が嬉しいのだけれどね。


 結局やっぱり竿は関係ない、ということで、竿は返して、ただ、やはりボラと戯れるには両軸リールの方がいい、ということで、リールは引き続き借りることに。


 そしてすなちゃんは...


釣る



釣る



そして釣るのだった。


 僕の帰りの都合で、いつもより少し早く竿を畳んだのだけれど、え〜っと、人の楽しい思いの結果である釣果は忘れてしまったのだけれど、50cm超と、50cmジャストを含む確か、35枚ほどのチヌ。当然、真鯛も混じっている。そんな釣果だったと思う。

 僕の方は、チヌは15枚。過去最低ではないか?という結果に終わってしまった。



 まぁ楽しいのだから、別にそんなことはどうでもいいんだ。
 クーラの中には、すなちゃんから好きなだけ持って帰り、と言って貰った良型のアジ、そして自分の釣った、食べるには十分なチヌと鯛がいるしね。

 帰りの車では、すなちゃんの秘訣に関連するいろいろな話を聞かせて貰った。ある程度頭で整理できないと実行できない僕にとっては、この車の中での”今日の反省”はとても役立つ。

 今更ながら、すなちゃんの釣りに対するセンスの高さには驚いてしまうのだった。


 「ちょっと間に合わないかも知れないよ。」

 「えぇ〜、女房が怖いんだけど...なんとか間に合わせて欲しいなぁ」


 そんな話をしながらも、まだ、なんとか間に合うだろう、と思っていた。


 ところが、だ。


 三津浜港に近づくにつれてどんどん渋滞し始めて、ほとんど動かなくなってしまった。
 なんなんだ?これは?

 「まさか、また、花火大会、ってことはないっすよね?」

 「まさかぁ。前回は8月だったもんな。」


 そう、前回、三津浜港で開催される花火大会の渋滞に巻き込まれ、車が動かなくなって非道い目にあったのだ。あれは8月だったし、しかも土曜だった。

 まさか、7月末のこの日曜日、という、これほどの条件の違いで、また釣りの帰りに三津浜港の花火大会に巻き込まれるなんてことは、そんな馬鹿な話があるわけはないだろう?


 「え?花火大会なの?」

 すなちゃんが奥さんに電話で確認してくれた。ああああああ...

 この時点で完全に乗ろうと思ったフェリーには間に合わなくなった。

 女房に連絡する。まだ怒った声ではないが、おそらく、相当怒っているに違いなくて、これから先、数ヶ月に亘って、いや、下手をすると今後四国に行くたびに何年にも亘って、ぶつぶつぶつぶつ言い続けられるのが確定したようなものだ。これは長年連れ添った夫婦だからよく判る。ああ、考えるだけで悲しくなってくる。


 男二人で、車の中でヤケになって、花火を携帯のカメラで写してみたりして、なんとかその悲しみを紛らわせる。

 そして、必死の思いで港に近づいたと思えば、この道は通行止めだ!あっちへ行け、と警備のお巡りさんに言われ、

 引き返して「たぶんここだろう」という道を行くと、また、ここは通行止めだ!あっちへ行け、と言われる。

 このままだと、11時55分に柳井港に着くフェリーにすら乗り遅れそうだ。これに乗り遅れたら、もう、そこから先の家庭内の悲惨な状況は考えたくもないものになる。


 それにしても、何故、地元の人以外も使う港をこれほど厳重に通行止めにして花火大会に使うのだろう?と、勝手な理由で腹も立ってきて(結局、女房が怖いからだけれど)、それに睡眠不足の上にずっと運転してもらってクタクタなはずなのに、そんな顔すら見せずに付き合ってくれているすなちゃんに申し訳なくて、そんなこんなで埒があかないお巡りさんの説明にいらいらして、

 「もういい!ここから港まで歩いてどれくらいなんだ?」
 「20分くらいかと」
 「そしたら、もう歩くから。」
 「でも、歩いたら大変ですよ。荷物が多そうだし。車でぐるーっとあっちに回って...」
 「でも混んでるんだろう?もういい、歩く。」
 「車をここに停められると困るんですけど...」
 「すぐ降ろす!」

 半ば無視して荷物を降ろして、荷造りをして、そして慌ただしくすなちゃんにお礼を言ってから歩き始めた。

 せめてもの救いはコロコロ(キャリー)を持ってきていたことで、20分と言われた道のりは、花火帰りの人の群れに逆行していたとはいえ、早足で僕が歩いても30分ほど掛かって、かなりギリギリに乗船時間に間に合った。


 その途中。花火大会の最後を飾る、大きな大きな大輪の花火が夜空を飾っていた。


 いろいろあったけれど、今年も楽しかったな。来年、また遊んでくださいね、すなちゃん。

 フェリーの中でうとうとと眠りながら、夜空を飾る花火と、一日の楽しい釣りが頭の中でグルグル回っていた。


周防大島の夏

 案の定、四国からの帰りが遅くなったことで、随分女房にはグチグチと言われたのだけれど、結論的には「次からは日曜はやめろ」ということなので、土曜は大丈夫、ということなのだ。よかった。

 ただ、少なくとも来年からは花火大会の日程だけは事前に調べることにしよう。

 さて、北灘から帰った次の土曜日。それはすなわち8月5日なのだけれど、遠征続きだったため、久しぶりに周防大島に行くことにした。した、のだけれど、実は時間があまり取れない。四国からの帰りが遅くなったことの影響があって、あまり自己主張できない状態になっているのが辛いところだ。

 16時には家に帰っていなければならない、ということは、遅くとも14時には釣り場から出発しなければいけない、ということだ。とくに夏のシーズンは周防大島内の道が混むことがあるので、少し余裕を持たなければいけない。

 大島大橋の大島側の付け根の交差点の信号が工夫されたこともあってか、以前に比べれば随分渋滞時の車の流れも良くなったように思うのだけれど、やはり夏時期、とくに夕方は大変だ。海水浴帰りの車の中に巻き込まれると、なかなか大橋まで辿り着けなくなってしまう。
 夏場の大島での釣りは、朝早くから初めて、昼過ぎで帰る、というのが一番正しいような気がする。

 しかし、フカセであればこれは「両思い」の関係なのだけれど、紀州釣りには少し困る。フカセは朝マヅメこそがほとんどの場合最高の時間帯なのだけれど、紀州釣りの場合は朝は仕込みの時間であり、どうしても昼を過ぎてもまだまだ本番、という感じになってしまうんだ。

 そのような理由で、13時過ぎには納竿しなければいけない、というのは、釣果を得よう、と思えば、実際かなりしんどい話となる...はずなのだけれど、最近はあまりそれも気にならなくなっている。

 少しの時間でも海に向かい合う。僕にとってはそれがとても重要で、与えられた時間内でできるだけいい釣りができればそれでいい。そんな風に思い始めているんだ。いや、本当に一番望んでいるのは、当然、時間など気にせずに好きなように海に向かって、好きなときに竿を振る。そんな生活なのだけれどね。


 さて、早く帰らなければいけないから、では早く家を出たのか?というと、これがそうでもない。北灘から帰った翌日の月曜から水曜までずっと出張、などという、いささか我が身が可哀想になるような状況が続いたこともあって、非常に疲れて眠たい一週間を過ごしていた。
 だから、目覚ましが鳴ったのは6時。家を出たのは6時半ころ。ということは、周防大島に着いたのが既に7時半を回っていて、釣り場に到着したのは8時頃。第1投をしたのは8時半ころ、ということになる。4時間半ほどしか竿を振っていない、ということになってしまう。それはそれでいいさ。


 少し紀州釣りのポイントも開拓しなければいけないな、などと思い、もう10年くらい前に一度行っただけの、周防大島では割と大きな波止を持つ港に行ってみた。10年前に港内向きに釣ってみたところ、全く餌も取られなかったので、それっきり行かなかったのだ。

 大きな波止の中間あたり。外向きに一人フカセをやっている人がいる。それ以外は誰もいない。ここは釣れていないのかも知れないな、と思う。

 とりあえず外向きに団子を投げてみようか、と考えて、フカセの影響が及ばないような距離を取るため、波止先端から2ケーソンほど戻ったところに釣り座を構えた。

 波止先端付近には、フカセをやったと思われる形跡がいくつか残っている。釣った後には波止は海水で流すくらいのことはしたいよね。


 さて、団子作り。面倒なのでお金を使う。今回も紀州マッハ。青(通常版)2に対して緑(攻め深場)を1の比率で混ぜ、細挽きサナギ粉とアミエビを一掴みほど、そして押し麦。ちなみに一掴み、というのは、だいたい計量カップ1杯より少し少ないくらいのようだ。うん、試してみたらそれくらいだった。正確に計量するのは面倒だからね。だいたい、でいい。


 とにかくしっかり握って第1投。

 波止外向きは、広い海に向かって団子を思いっきり投げれるので気持ちがいい。が、僕は高いところが実は苦手なので、潮位の低いこの時間。幅の狭い波返しの上からは思いっきり団子を投げることができない。怖いのだ。落ちそうで。

 ・・・携帯電話は身体から外しておこう。それなら落ちても被害は少ない。

 どのみち泳ぎたいような天気だし、どちらかというと釣っているより泳いでいた方が気持ちいいかも知れない。


 周防大島の夏の海は、本当に澄んだ海が綺麗な砂浜に、そして磯場に押し寄せる。波打ち際の海水に見とれてしまう。穏やかで美しい。本当にいい島だ。願わくば、これ以上海岸線に手を加えないで欲しい。週末にしかここを訪れない旅人の我が儘なのは判っているのだけれど、最近の大島は少し寂しい。


 根掛かりだ。

 そして、根掛かりだ。

 どうにもかなり底が荒いようだ。ハワセ幅を大きく取ると、ハリスの中間辺りに傷が付いてしまう。

 これはしくじったな。内向きに釣り座を替えようか。

 と、思ったら潮の向きが変わり、こうなると思いっきり投げればなんとか根掛かりしなくなった。もう少し様子を見よう。

 また潮が変わる。途端に根掛かりだ。

 こういうとき、竿を出す時間に制約があるのは辛いところだ。残り2時間、という話になってくると、そこから場所を変えても結果は見えている。余程運がよければその近くにいるチヌが少し釣れるだけのことなのだ。

 冷静に考えれば、このまま外を釣っていても釣れないのだから、思い切って大きく場所をずらせてみるとか、内側を釣ってみるとかすれば、もっとこの港の状況を探ることが出来たのだけれど、何となく釣果を求めずポイントを確認するためにだけ竿を振る、というのは気が乗らない。
 それならば根掛かりばかりだけれど、この条件でまぐれでも一枚釣った方が気持ちがいいような気がする。


 要するに、そうやってひたすら根掛かりと戯れて過ごした、そんな夏の日だった。


 すなちゃんの車に愛用の麦わら帽子を忘れてしまった。だから今日来る途中、釣具屋で麦わら帽子の新しいモノを買った。正確には麦わらで編んでいないので何と言っていいのか分からないけれど、少し変わったデザインのものにしてみた。似合うかな?といっても、僕を見かけた人がいなければ判らないね。


 どっぼーん、どっぼーん、と地元の子供たちが海に飛び込む音が響いている。

 どこででも泳げる。子供たちだけで泳げる。みんな、海の子だ。

 いつまで経っても変わらない風景。やっぱりいいよな、周防大島は。



脱出

 朝。すでに外は充分過ぎる明るさだ。

 8月12日。いわゆる盆休みで釣りに行ける唯一の日。5時半に家を出る。

 僕は基本的に無宗教を理想、と思っているところがあって、したがって、盆だからどうこう、ということは全く気にしていない。実家は浄土真宗なのだけれど、だからといって僕がそうである必要もない。
 女房も別にとくに何かの宗教に属している、ということはない。

 なのだけれど、何故だか盆に釣りに行こうとすると、断固反対!!と横断幕でも掲げそうなくらいの反対にあってしまうのだ。なんでも、13日には霊が帰ってきて、16日にまたあっちに行くのだ、という本当なのかどうなのか判らないような話で、その期間中は霊に連れて行かれるから海に引きずり込まれるのだ、というのだ。

 「いや、ちょっと待て。13日には帰ってくるのだろう?であれば13日に釣りにいっても連れて行かれることはないのではないか?もっと言えば16日以外は気にしなくていいことにはならないのか?」

 「やかましい!」

 「・・・」

 そういうわけで、13日から16日は釣りに行けない。にもかかわらず、盆休みは12日から16日までしかないのだから、この12日という日はまことに貴重な日、ということになる。

 ところで、海に引きずり込まれる、という話は、「広島湾のチヌ釣り」HPで安芸さんが説明しているところによると、猿猴(えんこう)という、なんでもカッパの親戚のようなものに肛門から生き肝を引き抜かれる、などという中四国地方の言い伝えから来ている可能性があるようで、「お盆に泳ぐと猿猴が脚を引っ張る」などと安芸さんは小さい頃言われていたそうだ。僕は猿猴という話は聞いたことはないが。


 ともかく、そんな貴重な休日。周防大島へ向かう。先週根掛かりばかりの紀州釣りをしてしまったことは、まあそれはそれでいいのだけれど、やはりすっきりとした判りやすい紀州釣りをしたい、という気持ちにもつながってくるところがあり、もっとも通い慣れた場所へと車を進めた。

 7時過ぎ。快晴。暑くなりそうだ。
 コンクリート製の波止には先端あたりに釣り人が2人いるだけだったので、久しぶりにこちらで竿を出そうかな、とも思ったのだけれど、あとから人が沢山来て落ち着かなくなる、というのもつまらないので、最近の定番となっている石波止の方に道具を運んだ。

 石波止の上には、何故か沢山のアシナガバチが飛んでいる。しかも一瞬小型のスズメバチか?と思ったくらい大きくて逞しい。スズメバチでなければそれほど警戒することもあるまいし、そのうちどこかに行くだろう、と思って釣り座を構えた。


 団子は今回も紀州マッハを使う。ノーマル(青)と攻め深場(緑)をほぼ1対1に合わせ、細挽きサナギと押し麦。アミエビも軽めに一掴み入れておく。

 慣れた釣り場ではあるが、まずは棚取りから。空針を団子に包み、しっかり握って投げる。ここは足場もよいし、それほど水面から高くないため、思いっきり投げることができるのが嬉しい。徐々に感覚を確かめるようにして少しずつ遠くへ団子を投げ、少し水深が深くなっているところをポイントに決める。

 空針を包んで投げている段階から、団子の割れが思ったより早い。魚の活性が高そうで嬉しくなってくる。


 オキアミをつけてスタート。

 いい感じにオキアミも触られている。久しぶりに楽しい餌取りとの戦いができそうだ。


 アシナガバチは相変わらず辺りを飛び回っている。飛んでいる数は10匹は居るだろうし、どうにもそれだけではなくて、辺りにはもっと沢山居そうな雰囲気だ。いくらアシナガバチとはいえども、刺されれば当然痛いし、沢山のアシナガバチに一気に襲われたら、ひょっとするとショック症状を起こさないとも限らないのではないか?と臆病者の僕は思ってしまう訳で、それは決して気持ちのいいものではない。

 僕は君たちの敵じゃないんだからね。お互い仲良くやっていこうね。いや、お互いの行動に干渉しない、っていう大人の付き合いの方を僕は希望するかな。そんなオーラを発しつつ、団子を握る。

 海の雰囲気がいいため、団子は小さく固く握る。激しい団子アタリも見えてきている。ボラが出ているようだ。あまり粘りけの強い団子にしない方がいい。
 ハワセ幅をしっかりと取って、チヌの寄りを待つ。

 チャリコとギザミなどが時折掛かっていたのだけれど、2時間半ほど経って、ようやくチヌの気配が漂い始めてきた。
 よしよし、と思っていたら、手製の永易浮きモドキが綺麗にチヌアタリを伝える。アワセ!グゥン、っとチヌの重量が竿に乗ってくる。ここの標準サイズと思われるのだけれど、元気なこの引きは気持ちがいい。

 ・・・「わっ!」

 竿を振り上げてやり取りをしていると、いきなりアシナガバチが僕の方を目掛けてまっすぐに突っ込んできた。思わずクーラから立ち上がって後ずさり。しつこくは追いかけて来なかったがいきなりのことで驚いた。

 子供の頃、僕は釣りや虫取りに忙しい、あの時代ではごく普通の子供だった。虫取り、というのは、ハチと遭遇する機会が多かった。目の前に大きなヒラタクワガタが居るのに、すぐその横に巨大なスズメバチが居て、悔しい思いをしたことは今でも鮮明に覚えているし、アシナガバチの巣に石を投げて襲撃に会い、僕は上手く逃げたのだけれど友達が2カ所ほど刺されたシーンも鮮明に覚えている。

 そんな中で、ハチなどは、こちらが棒切れなどを持って攻撃的な姿勢を見せると、それを敏感に感じ取って攻撃に転じてくるようだぞ、ということに自然と気がついていた。

 つまり、僕は別にアシナガバチを攻撃しようと思って竿を振り上げているのではなくて、ただ単に、チヌが引くからそれに対して竿の角度を保とうとして竿を立てているだけなのだけれど、どうにもそれがアシナガバチには通じていないようなのだ。

 冷や冷やしながら、さっさと巻き取ってチヌを玉網ですくい取る。36cm。


 う〜ん、これは参ったなぁ。そうは思いつつも、今から場所を移動するのも勿体ない。


 よく見てみると、アシナガバチは隙間だらけの古い石波止の隙間から出たり入ったりしているようだ。
 ふと、バッカンの斜め前方の隙間に目をやる。

 ん?

 覗き込む。

 げ!

 なんと、すぐ近くの隙間の中には沢山のアシナガバチが蠢いていたのだ。アシナガバチがこういった石垣の間に巣を作る、という話は聞いたことはないが、もっとも僕は昆虫に詳しいわけでもないのでよく分からない。単にカニやフナムシなどを餌にするために入り込んでいるのかも判らない。

 が、僕としては決して好ましい場所に釣り座を構えているとは言えないため、慌てて釣り座を3mほど横にずらす。この程度なら団子の投点には影響しない。


 海の方は引き続きよい感じで、さらに小さめのレギュラーサイズである32cmを一枚釣り上げた。このときはハチの襲撃はなし。


 そんな僕の釣りをおじさんが飛び交うハチのなか座り込んで眺めていたのだけれど、ふと振り向いたらおじさんが居なくなっていて、それから30分ほどすると、コンクリートの波止の方に竿を持って現れた。どうにも団子釣りをしようとしているようだ。
 ただ、紀州釣りではなくて、このあたりご当地の団子を使った釣りの様子。このご当地団子は荒挽きサナギと白ミックという正体不明のものと石粉らしきものが別包でかつセットになっていて、これを混ぜて作る。どちらかというと食わせ団子に分類されそうなサナギ団子だ。

 この団子は餌取りが少なくてチヌが多い場所だと昔ながらによく釣れるようなのだけれど、近年のこの釣り場のような餌取りが激しい場所では少ししんどいのではないかな?と思う。


 さて、人のことより自分のことだ。

 海の活性は時間を追うごとに上がってきて、すでにサシエはコーンオンリーになっている。コーンですら団子が割れると数秒で無くなる。釣果を出すにはもう少し団子を持たせなければいけないな、と思い、団子を追加する際には攻め深場の分量を増やした。

 そして、アシナガバチの方も、一瞬、周りから姿が消えてホッとしたのだけれど、それも束の間で、こちらも時間を追うごとに活性を上げ始めてきた。


 ふと、斜め後ろを見る。僕が玉網を置いているところの石の隙間からアシナガバチが出入りしている。どうにも網が邪魔になっているようだ。
 ハチの気分を害してはいけないので、「もうしわけない」と謝りながら玉網をずらす。


 ふと、斜め後ろを見る。僕が紀州マッハの空袋を置いているところがやはりハチの出入り口になっているようで、アシナガバチが躊躇している。
 やはり、「もうしわけない」と謝りながら空袋を避ける。


 どうにもあちこちの岩の隙間からアシナガバチが出入りしているようだ。


 そしてもう一つ気になることがある。さっきから、竿を竿受けにおいて団子の割れを待っていると、ワザととしか思えないように、アシナガバチが僕の竿にバシッと当たりながら飛んでいくのだ。最初は単に間抜けなハチがぶつかったのだろう、と思っていたのだけれど、何度も竿や道糸にハチが当たる、というのは、どうにも間抜けなハチ、というより、気の強いハチが「このやろう!」と言いいながら体当たりしているのではないか?という気になってきた。


 そんな陸上の都合とはお構いなく、永易浮きモドキが沈む。
 アワセ!るしかないわけで、アワセる。アワセないのであれば、釣りをしても意味がない訳だからこれは仕方がないのだ。

 おっ!これはレギュラーサイズの大きめの方だな。竿を立ててやり取りをしていると...

 げ、また来やがった。アシナガバチが突っ込んでくる。

 一瞬身を屈めてかわしたのだけれど、また突っ込んできた。たまらず立ち上がって横っ飛び。すると追いかけて突っ込んでくる。後ずさりしながら逃げる。5mほど追いかけられて海に飛び込もうか、と思ったのだけれど、それで何とか諦めてくれた。


 ・・・えっと、いま何をしていたのだったかな?

 竿は水平である。道糸は弛んでいる。

 あ...

 慌てて竿を立ててリールを巻くと、まだチヌはついていた。さっさと巻き上げて玉網ですくい取る。やり取りなんて楽しんでいられる精神状態ではない。


 団子を握る。疲労感が心地よい。もっともハチさえ居なければ、なのだけれど。

 また浮きが沈む。

 臆病者の僕の心は、ブン、と大きく竿を立てるのを拒否したようで、ハチに遠慮がちにゆっくり竿を立てて、アワセといえるアワセをいれないまま巻き始めた。チヌは掛かってい...たのだけれど、やはりアワセというものは大切なようで、それは特に紀州釣りのように道糸の遊びが大きくなっている状態では大きなアワセは特に重要なようで、それを全くしていないのだから、こんな風に針が外れてもしかたないよね。

 これではイカンイカン、と独り言をいいながら、次のアタリにも実に中途半端なアワセを入れて、それでも先の反省で追いアワセを2〜3回入れてから巻き上げる。これはサイズダウンで28cmほど。

 さらに23cmほどの小チヌを釣る。ほぼ綱引き状態で巻け巻けで取り込み、そしてリリース。


 相変わらず、ハチの竿への体当たりも続き、心なしか僕をかすめて飛んでいくハチも増えてきたような...すっかり気が気でなくなっていて、それでも何とかきっちりと団子を握って、浮きの変化を見て、ちゃんとチヌを掛けるところなどは僕も釣り師だなぁ、などと、そんなことを考えたりしながらも、実はすでに引き際、というものを考えつつあった。

 下げ潮が始まってからチヌの気配は維持できていたのだけれど、ここでボラアタリにアワセを入れてしまいボラを掛ける。これがまた中途半端な大きさのボラで、僕としてはなるべく竿を立ててやり取りしたくないため、道糸と竿をまっすぐにしてハリスを切ってしまいたい、と考えた。のだけれど、これが切れない。ええい、面倒だから取り込んでやろう、と思って竿を立てると、またハチがまっすぐに飛んできた。

 逃げながらまた竿をまっすぐにして、一旦道糸を弛ませて、ボラが反対方向へ走ったのに合わせて竿を引っ張ってようやくハリスが切れる。


 どうにもアシナガバチの攻撃性が上がってきていることは否定できないようだ。


 アタリ。

 軽くアワセを入れ、立ち上がってからハチの居ないエリア...これはすなわち石垣に隙間がないエリアで、そのエリアは足下が浅いため、釣り座を構えるには不向き...まで移動して、やり取りというよりさっさと、ひたすら巻き上げて取り込む。

 さらにアタリは続く。アワセ!
 真っ正面、海の方からハチが突っ込んでくる。逃げながらリールを巻く。


 だんだん楽しくなくなってきた。いや、楽しくない、というより、身の危険を感じてきた。ストリンガーには5枚のチヌが掛かっていて、お持ち帰り量としてはこれで充分、ということもあり、もう本格的に逃げることにした。



 海の状況は本当に楽しめる状況であっただけに残念ではあったのだけれど、14時で納竿。

 道具を片付けていると、持ち上げたロッドケースにハチがバチリ、と当たる。


 ともかく脱出だ。

 猿猴には襲われなかったのだけれど、アシナガバチにはしつこく付きまとわれた一日であった。





 「いやぁ、今日はまいったよなぁ。人が穴から出入りしようとしているのに、なんだか訳の分からない色の黒い人間が穴の横にどっかり座ったり、なんだか黒くて長い棒を振り回したりしてさぁ。オイラァ追っ払おうとしたんだけれど、結局昼過ぎまで居座りやがって。ああいう無神経な人間には困ったモンだな。」

 そんな会話がアシナガバチの間でその夜繰り広げられたかどうかは定かではない。


夏の終わりに

 昼間の暑さは相変わらずのようだけれど、日陰に入ると驚くような涼しさを感じる。朝6時半、犬の散歩をしようと外に出ると、その涼しさに驚く。夜10時、電車から降りた瞬間、その涼しさに驚く。そんな季節になってきた。

 今年も、暑い暑いといいながら、ほとんどを冷房の効いた部屋で過ごし、結局振り返ると夏は幻だったか?と思ってしまう。毎年毎年、夏は短くなっていくなぁ。部活で真っ黒になって駆け回っている娘にはしっかり夏は訪れていたのだろうな。

 そんな風に、季節の過ぎゆく速さに戸惑ってしまうこのごろだ。


 夏の終わりを感じさせるものの一つに、太刀魚の情報がある。
 どこででも、というわけではないのだけれど、周防大島などでは盆を過ぎた頃から、太刀魚は第一期のピークを迎えてくるんだ。これを聞くと、もう夏も終わりだな、と思う。

 太刀魚は冬の魚。僕はどちらかというとそう感じる。昔、太刀魚釣りといえば、11月から12月ころ、寒い思いをしながら電気浮きを眺めている、というイメージだった。それはそれでいまも間違いはないのだけれど、この盆明けからの早い時期の太刀魚は、なにしろ大きくて、指5本サイズも期待できるし、何しろ寒くない、というのだから嬉しい話だ。

 そんな冬の魚、太刀魚が今年も釣れ始めている。

 一昨年は8月終わり頃に出掛けて、朝、チヌ釣りの前に指5本を含めて10本ほど釣り上げて、あれはあれで楽しかったし、何より美味しかった。

 「久しぶりに行ってみようかなぁ。」
 「ええ〜!ドラゴン?ずるぃ、自分だけ!」という女房と娘の批判。そう、手軽に釣れてマニアックな要素が低いドラゴンこと太刀魚は女子供にも人気なのだ。
 しかし、キミらはやれテニスだ剣道だ、といって暇がないだろう?

 久しぶりに釣りに行くのに2時半という早い時間に起きる。
 眠い...やっぱり止めようかなぁ。あと3時間ほど寝てチヌ釣りだけに集中した方が...いやいや、誰も太刀魚を釣って持ってきてくれない以上、食べるためには自分で釣りに行くしかない!5分ほどの布団の中での葛藤のあと、いまにも折れ曲がりそうな心と体を無理やり起こす。

 車の中には、寝る前に詰め込んだ太刀魚釣り用の道具が紀州釣り道具と一緒に詰め込ま
れている。

 僕の太刀魚釣りは基本的に朝だけ、だ。夜通し釣ればそれだけで終わってしまうのだけれど、朝だけ太刀魚、であれば、その後普通にチヌを釣ることができる。貴重な休日を太刀魚だけで潰してしまわない、という非常に効率的な釣行だ。

 太刀魚釣り道具、などとたいそうなことをいっているけれど、実は相当いい加減だ。竿は15〜20年ものの投げ竿2本。リールは、とりあえず倉庫の中で使えそうなものを探すと、投げ釣り(遠投)用の浅溝ロングスプールのスピニングリールと、中型の安価なスピニングリールがあった。とりあえず普通に回転しているからまあいいだろう。
 道糸は、それこそ何年前に巻いたか記憶がない...おそらく5〜6年は経過しているのではないか?と思われる、おそらく3号くらい。劣化してプチプチ切れるのではないか?と心配にはなったが、手で引っ張ってみたくらいでは切れないので、まぁ巻き替えるのも面倒だしなぁ、ということでそのまま使う。

 さらに暗い倉庫の中をゴソゴソ引っかき回して、電気浮きを1.5号2つと、2号を1つ発見。ナショナルの一番一般的なものだ。1.5号のトップが壊れているようで光らないので、2号のトップを1.5号に付け替えて、2年前から入ったままになっている電池でもちゃんと光ることを確認。大丈夫。バッカンに放り込む。
 お、太刀魚の仕掛け発見。ワイヤーハリスの先端にチヌ針が2本付いている、「地獄」という非常に心強いやつだ。確か2年前これで釣ったのだ。何本か使った後水洗いしてとっておいたと思ったのだけれど、1本しか見つからなかった。まぁいい、あとは道中調達しよう。


 と、そんな道具立てだ。

 釣具屋に立ち寄り、「地獄」を一袋(3本入り)と、もう少し安い1本針のものを一袋買う。それと念のため電池を購入。ケミホタルも重要だ。何でもいいのだけれど、まぁいいや、ということで75mmの太刀魚用、というやつを購入。
 餌は冷凍キビナゴ。おそらく時間的には1時間ほどの釣りになるので、一パックあれば十分。足りなくなるほど釣れて足りなくなれば、その時点で釣れている太刀魚は必要にして十分な量であるだろうし、釣れなければ余ってもあきらめがつく。


 大島大橋を渡り2年前と同じ漁港に到着。

 僕があまり太刀魚釣りに行かない理由は、マニア心をくすぐらない、ということのほか、実はもう一つある。
 イライラするのだ。何せ人が多い。しかも普段釣りをしないような人たちまでこぞって繰り出してくるのだから、釣り人間の一般常識が通用しないことも多々。割り込みだとか、ゴミの放置だとかなんだとかかんだとか。僕は海には対人ストレス、対社会ストレスを溶かしに行っている、というところも実際のところあるようで、そうであるのに、逆にそんなストレスをため込みになど行きたくない、と思うんだ。

 恐る恐る見てみると、思ったより人が少ない。土曜の朝、というのは、案外人が少ないことは経験的に知っているので、太刀魚釣りならこの日このとき、という感じなのだけれど、それでも思った以上に少ないようだ。そうなると、あまり釣れていないのかな?と不安にもなってくる。

 少ない、といっても、そこそこ人はいるわけで、一番人がいないあたりに釣り座を構える。回遊する魚なのだし、辺り一帯で釣れるのも解っているのだから、場所などどこでもいい。

 時計を見るとすでに4時半。日が昇るまでの釣りなので、もうそれほど時間はない。

 ヘッドライトのスイッチを入れて仕掛けの準備。・・・ヘッドライトがいまにも消えそうだ。これも長いこと使っていなかったからなぁ。1時間ほど、時々しか点けないからなんとか持ってくれよ。

 カチコチに凍っているキビナゴに一瞬困ったのだけれど、やはりまだ夏の名残の時期である。日が昇っていなくても、ひとかたまりを放り投げておいたら仕掛けを準備している間に解けてくれている。

 さて、始めよう。

 竿は2本。1本は4ヒロ、もう1本は3ヒロの浮き下からスタートする。

 5分経過。反応がない。4ヒロを5ヒロに変更してみる。

 4時50分。う〜ん、反応がないな。

 3ヒロの方。こちらは浅溝ロングスプールリール+とても固い投げ竿、なのだけれど、これを仕掛け回収しようと思ったら、浅溝のスプールから道糸がズレて、ライントラブル。直す。直った...グゥンっと竿先がひったくられる。おわっと!

 しかし、こりゃぁダメだなぁ。と思う。一応そこから少しラインを送り込んでみたのだけれど、竿を立てて10秒ほどで針が外れた。

 太刀魚釣りのコツは、とにかく遅アワセにある。いや、アワセなど必要なくて、とにかくじっくり食い込ませてから竿を立てる。だから、いきなり引ったくられるようなアタリだと、食い込まなかった可能性が高いのだ。

 とにかく、そこに太刀魚が居ることが解って一安心。

 時間も時間だし、浮き下を一気に上げる。2ヒロと1.5ヒロ。

 すぐには反応がでない。さっきのバラシは唯一の一本だったのかなぁ、などと、釣り人特有の弱気が出てくる。

 空を見る。怖いくらいの星空だ。こんな星空を見るのは久しぶりだな。気持ちいいなぁ。星を見ながら寝ころんでしまおうか。
 満天の星。波の音。これ以上の贅沢はない。

 す〜っと電気浮きの独特な赤い光が海面下に入り、ゆらゆらと漂っている。あれ?来ちゃったなぁ。

 リールのベールを起こしてフリーにして、しばらく好きなように走らせる。赤色は完全に見えなくなって、道糸がゆっくりと走っている。そろそろいいかな?

 竿を立てる。太刀魚釣りの場合、重量感を感じるのはこの一瞬だけ。何しろ細い魚体なので、一旦こちらに頭が向いてしまうと、大した引きではない。僕はこの時期以外に太刀魚を釣っていたときは、磯竿1号に道糸2号というチヌ釣りのタックルそのままで釣っていた。それで十分引き抜きまで可能。ただし、指5本が期待できるところでは、引き抜くのに少し不安があるため、投げ竿を使っているのだ。

 グゥン、っという重量感。あとは外れなければいいけどなぁ。竿を立てたままごりごりとリールを巻く。
 時折グングンと引っ張る引きは思ったより気持ちがいい。ほどなく水面でのたうつ魚体。引き抜く。細長い刀剣のような青白く輝く魚体に、その周辺に沿って波打つ神秘的な鰭。これで顔がもう少しまともなら、もっと好きになれそうな魚だ。

 この太刀魚の顔。眼は絵に描いたような丸。ギザギザの歯をむき出しにした半開きの口。知性の欠片もないようなこの顔付きだけは好きになれないのだ。

(間抜けな顔)

 それに比べてチヌのあの凛々しい顔立ち...

 波止の上で暴れる太刀魚の頭を踏んでご臨終いただき、スナップ付きサルカンのスナップに引っ掛けてあるワイヤー仕掛けを外して、別のワイヤー仕掛けをスナップに取り付ける。餌をつけて投入。

 こうすれば、針を外している時間を無駄にすることがない。針は仕掛けを投げた後にゆっくり外せばいい...

 ・・・のだけれど、もう一つの浮きが沈んでいる。

 おっとっと、少し遊ばせてから竿を掴む...すると、さっき投げた浮きが沈んでいる。ええい!忙しいなぁ。

 さっき投げた方のベールを起こしておいて、それからもう一本の竿を立てて太刀魚を寄せる。外れるなよ、外れるなよ。


 あれ?どうしたんだ?俺。なんだかドキドキしているぞ。

 それは久しぶりに感じる感覚だったんだ。釣りはこんな風にドキドキして、だから止められなくなるんだったよなぁ。

 これほどシンプルな釣りだからこそ、そう感じたのかも知れないのだけれど、こんな風にドキドキとした感覚は、すでにチヌ釣りには感じられなくなっている自分に気付いた。

 ただそれは当然、といえば当然なのであって、仕方のないことだとも思う。呼吸をするようにチヌを釣りたい、と願えば、当然ドキドキ感などなくなって当たり前なのだ。何かを犠牲にして何かを得る、というほど大げさなものでもないのだけれど、少しそんな気がした。

 
 浮き下はさらに1ヒロ程度に。どんどん浮いてきている。

 太刀魚は基本的にはそこに居れば釣れる魚なのだけれど、浮きで釣る以上は当然、浮き下は重要となってくる。太刀魚が食餌している棚に合わせる。ときどき、周りが釣れているのに一人だけ釣れない、という状況になっている人を見かけるけれど、それはおそらく棚が合っていないのだろう。

 少し、他の浮き釣りをしていれば当然に判ることなのだけれど、あまり釣りをしたことがない人は、ここを軽く考えているように思う。

 それと、もう一つ。周りより沢山釣ろうと思えば、誘いが重要だと思う。太刀魚はフィッシュイーターなので、餌の動きに対して反射的に食いつく、という習性は当然持っている。


 そんなこんなで、忙しく浮きが沈んで、気がついたら5時半。現在、5本を釣り上げている。

 2年前は日が昇り始めてから海面で小魚が太刀魚に追われて、それこそ大変な騒ぎだ!という状況になっていたのだけれど、今日はそんな雰囲気ではない。しっとりと落ち着いた海面を保っているのだ。
 お祭り騒ぎになれば...と思って準備したルアーは今日は出番はなさそうだな。


 すでに電気浮きが見えにくくなった海面。それでももう一度浮きが沈む。最後の一本だな、と、じっくりと食い込ませ、竿を立てる。グゥンっと重量が乗る。ほどなく海面に太刀魚が現れ、よっこらしょ、と抜きあげる。


 1時間ほどで6本。まぁ食べるには充分な数が釣れたし、楽しめたな。また来年来よう。いや、今年、もう一度くらい、今度は少し寒くなった頃に来てみてもいいかな。





 さて、一応ここからが本番である。

 すでに短時間でいい感じの満足感を得てしまっている僕なのだけれど、さすがに本番をパスしてこのまま家に帰ってしまうのは勿体ない。

 とはいえ、実は、とても眠たい、のである。

 最近は「釣りで早起きはしない」派なので、久しぶりの2時半起きは非常に辛い。おまけに腹まで減ってきた。食べ物らしい食べ物は、カロリーメイト(チョコ味)の100円サイズ(一包2本入り)しか持っていないところが辛い。

 波返しの上から起きに向かって団子を投げたいところなのだけれど、どうにもウツラウツラとした拍子に落ちてしまいそうな気がする。さらに風が結構吹いていて、沖向きではゆっくり浮きを見つめる、という状況ではなさそうだ。(紀州釣りでゆっくり浮きを見つめる、などと言っている時点でかなり終わっているのだけれど)

 では、港内向きで...と思って港内向きを見ると、護岸から突き出た突堤が目に入った。
 この突堤は完全にフラットで足場の良さは他に譲るものはないだろう。それに突堤の先端に釣り座を構えれば、横にサビキ釣りの人が入ってくることもないだろうし...よし、あそこに行こう。

 実はこの時点で重たい団子材を含めた紀州釣り道具一式を運んでいたのだけれど、フラットな釣り座に心を奪われた僕は、えっちらおっちらと来た道を引き返し、車に荷物を積み、ぶぉん、と走って突堤の付け根に車を置いた。こちらは釣り座と車が近くて楽でいい。

 今回も団子は紀州マッハ。僕の頭の中では、使いかけの紀州マッハ(青)がこれは一袋弱、という量があって、攻め深場(緑)が少ししかない、ということになっていた。このため、攻め深場を一袋買ってきているのだけれど、あらためて使いかけの団子材を並べてみると、青マッハはほんの一握りほどしかなく、緑マッハが一袋弱あった。

 相変わらず素敵な記憶力のせいで、ほとんど緑マッハばかりの団子となった。攻め深場だけだと意外に握りにくいのだよなぁ。

 まぁ仕方ないことは仕方ない。

 攻め深場に僅かな青マッハを加えて、細挽きサナギとアミエビと押し麦で団子を作る。

 眠いなぁ、と思いながら、ときどき頭を振って団子を握る。

 水深はどれくらいなのだろう?空針を団子に包み投げてみる。浅いなぁ...
 浮き下を詰めてまた投げる。まだまだ浅いのか。さらに詰める。

 結局、この時点で水深は竿1本半弱ほど。右手の船道に行くほど深くなるのだけれど、あまり船道に団子を投げると、船が通る都度回収しなくてはいけなくなるため、面倒なので少しずれたところに投点を定める。なお、定めたから、といって、そこに団子が確実に入る訳ではなくて、肩が温まってくるとどんどん遠くなってくる傾向もあり、それよりなにより、そもそもコントロールも悪い。まぁどのみち団子なんて真下に沈むわけではないのだから、少々のずれは気にしないことにしている。


 ・・・餌、まったく触られない。オキアミが見事なまでの原型を保って上がってくる。このままではオキアミは3匹ほどあれば半日過ごせるのではないか?と思えるほどだ。

 魚の反応がないところでやる紀州釣りは、正直言うとあまり好きではない。ただひたすら団子を握る苦行を好む、という性格ではないのだ。
 餌取りが激しいから団子を握る。負けるもんか!といって握るのは燃えるから好きだ。
 餌取りに耐えて、チヌが口を使うタイミングまで持たせるんだ!という目的意識がある。

 ところが、何も反応がない状態だと、団子を緩く握ればそれこそ取り返しのつかないことになるし、かといって、握ってもどうせチヌも釣れない。

 ああ、眠たい。


 そんな状況が3時間も続くと、だんだん「もういいや!」という気になってくる。いやいや、紀州釣りは場を作ることが重要、と思い直すも、気がつけばウトウト、としている。


 しかしそれは所詮瀬戸内海。それくらい団子を投げていればやはり魚は寄ってくるもので、そのころからフグが団子をつつき、サシエをつつき始めた。歓迎したい魚ではないのだけれど、何かが餌をつつかないことには、結局チヌも寄ってこない。しっかり口を使いたまへ。草フグくん。サシエはコーンにスイッチする。

 4時間ほど経過したところで、ようやくアタリが出た。アワセると、力が抜けるほど軽い。
 浮いてきたのは23cmほどと目寸したキビレ。リリース。

 さらにもう一枚キビレ。

 このあと、サシエが残った。おお、そうかそうか。辺りを見回したがフナムシがいない。
 仕方なくオキアミをつけて団子を握り、そして投げる。
 
 団子が割れ、一呼吸おいてから永易浮きがスゥーっとアタリを演出。

 ブゥン、とアワセ。グゥン、と竿が曲がる。おお、チヌだ。

 銀鱗が、未だ夏を主張するような太陽光線を浴びてギラリ、と輝く。

 玉網で掬いとったのは35cm。身の厚い美味しそうなチヌだ。

 

 このあと、キビレをさらに一枚リリース。

 ここでフグ復活。

 そんなとき、家族連れの釣り人がやってきた。突堤の付け根あたりでサビキ釣りをするようだ。子供が二人。小さい方は2歳くらいだろうか。

 お父さんはまだ若そうだけれど物静かな感じで好感が持てるのだけれど、お母さんの方が...もう勘弁してくれ、といいたい感じだった。

 2歳くらいの子供だ。海に来て周りは好奇心をかき立てるものだらけなのだ。そんな状況で大人が言っていることがちゃんと理解できて、言うとおりにできるはずがないではないか?

 このお母さん。子供が何かするたびに、金切り声で辺り構わず子供を怒鳴り散らすのだ。

 僕の母親は、怒り始めるとかなりヒステリックになっていたため、そういう声にとても弱い。やるせない気持ちになり、それ以上にイライラしてくるのだ。
 「やかましい!お前みたいなのが海に来るな!」と、声に出す勇気も義理もないのでしばらく耐えていたのだけれど、餌をつつくのもフグばかりだし、耳を突くのは怒鳴り声。


 団子がほぼ無くなってきた。補充する気力など到底なし、ということで、13時過ぎ、竿を畳む。

 さっさと荷物を片付けて、この怒鳴り声から逃げだそう。


 広がる青空。綺麗な海。波の音。
 怒鳴り声じゃなく、そんな風景と音を子供に感じさせてあげたいね。自分自身に言い聞かせた。

 さあ、眠いから、ひたすら何か食べながら帰ろう。


 車の窓から入る風は、それはもう夏のものではない。せめて島の中を走る間はエアコンなどつけずに窓を開けて走ろうか。


 今年も短い夏が終わった。