ふらふらと秋  

思いがけず触れた海

 例によって出張である。

 金曜。昼過ぎに虎ノ門あたりで30〜40分ほど仕事をして、また地下鉄銀座線虎ノ門駅に戻る。新橋へ。

 歩いても20分ほどの距離ではあるのだけれど、少しばかり急いでいたこともあっての銀座線だ。もっとも、この距離を歩く、という行為は、至ってイナカモノっぽい話なのかも判らないけれど。

 新橋でJR総武線に乗り換え、さらに千葉で外房線に乗り換えておおよそ3時間。遠い道のりで辿り着いたのは御宿。僕は知らなかったのだけれど、「月の砂漠」を書いた加藤まさをという人が、どうにも1年半ほど住んでいたところだとか。
 JR御宿駅におりて、迎えが来る時間まで少しだけ余裕があったため、海岸まで歩いてみることにした。

 川の畔の道をとぼとぼとしばらく歩く。川にはまるまる太った鯉。「地元の小学生が放流した鯉です。釣ったりしないで下さい。」といった掛け看板がある。これだけ濁った、また汽水域の川でも平気で生活するのは鯉くらいのものだろう。しかし、釣ってはいけない鯉が泳ぐ川は、果たして小学生にとってどんなものなのだろう。僕の小学生時代なら、たぶん...釣っている、と思う。いや、確信があるな。
 ゴミの浮いた川面を眺めながら、なんとなく暗い気持ちで海へと歩みを進める。

 海岸に出る。月の砂漠記念館、というものがあるけれど、これは横目でチラリ、と見ただけで無視する。月の砂漠、というには少しばかり狭すぎるような気がするのだけれど、目の細かい綺麗な砂の砂浜が広がっている。これは紀州釣りに良さそうだなぁ、などと思う。

 さっきから目についていたのだけれど、これはラクダか。



 なるほど、月の砂漠か。近寄ってみると、ラクダの銅像がある小山はコンクリート。当然、砂山では耐久性がないだろうから仕方ない、といえば仕方ないか。

 

 遠浅の砂浜で、僕のような少し偏った釣り人にはあまり魅力はないのだけれど、今日のような穏やかな日でもそれなりの波が打ち寄せてくる。真っ黒に日焼けした健康的なサーファー達が波と戯れていて、どこまでも広がる空と海、つまり太平洋をバックにした彼ら、彼女らは、とても気持ちよさそうだった。もっとも彼らにとってみれば、もっと激しく打ち寄せる波が望みなのだろうけれど。
 夕暮れ迫る海。何度何度も波に向かって走り、波から上がってくるときの彼らの笑顔がどうにも僕には眩しすぎるくらいだ。あんな風に心の底から、子供の頃と同じように目を輝かせて遊べたらいいよな。

 よく見ると、サーフィンだけでなくて、カヤックのようなもので波に乗っている人たちがいる。こういう遊びもあるんだなぁ。ここのところ、少しばかりカヌーやカヤックに興味のある僕はしばらく見入っていた...のだけれど、ぼーっと海を見ている、おおよそこの場に不似合いなネクタイを締めた中年サラリーマン、というのは、端から見れば少し寂しく映っただろうか。

 時計をみると集合時間が近づいている。我に返って来た道を戻る。


 御宿では少しばかり仕事の話をして、おおよそ4ヶ月ぶりくらいに会った人たちと宴会。遊んでばかりいるようだけれど、こういうところで大事な人脈、というものができるのだ。

 そして、宴会後、しばらくさらに酒を飲みながら(注:僕以外)近況をお互いに報告したりして、さらにカラオケルームに傾れ込んで、酒をさらに飲みながら(注:僕以外)、僕も久しぶりにカラオケを歌ったりして、気がつけば1時半。・・・こういうところで大事な人脈、というものができるのだ。たぶん...


 さて、たばこ臭い身体のまま寝るのが嫌だったのと、少しばかりカラオケルームはエアコンが効きすぎていて冷えてしまったので、もう一度風呂に浸かり、2時に布団に入った。同室の酔っぱらいどもはすでに大いびきで寝ているので、イヤーウィスパーを耳に差し込んで寝た。持つべきものはイヤーウィスパー。これがあるとないとでは、まったく夜の快適さが違う。
 シラフの身では、酔っぱらいのけたたましい鼾は堪えるのだ。


 6時半ころ目が覚める。うつらうつらしていると、この日秋田に旅立つかじさんからメール。ここで本格的に起きることにする。しかしよくメールが入ったものだ。この宿、本当に携帯が入らない。本の一瞬、一本アンテナが立ったとしても、次はその場所ではもうダメ、という状況。このあと、大事な約束がある僕は非常に困っているのだ。


 身支度をしてから朝食をとり、9時、という約束だったのだけれど、おそらく少し早くくるのではないかな?と思って、8時50分ほどに外に出てみた。


 懐かしい顔である。2年ぶりくらいだろうか。
 徳山に住んでいた頃は年に何度か竿を並べていたBa2さんだ。

 千葉在住のBa2さんに、この日御宿に泊まることを伝えたところ、本当なら仕事に出なければいけない立場もあったにも係わらず、一日時間を作ってくれたのだ。本来ならBa2さんのホームグランドである内房にまわって釣りをしたかったのだけれど、御宿から内房まで、となると、かなりの時間が掛かる。ということで、房総半島ドライブに付き合ってくれたのだ。折角の好天下、忙しい中休んでいるにも係わらず、釣りもできない、とういBa2さんにとってはあまり理想的とは言えない一日のはずなのだけれど、心地よい笑顔で迎えてくれた。
 こういう仲間、兄貴分たちがあちこちに居る、というのは、本当に幸せなことだ。

 御宿からBa2さんの車で外房を南下。窓の外には磯場と太平洋が広がっている。地磯として竿を出せる場所は多くはなさそうだけれど、グレは多いだろうな、と思える海だ。
 しかし、太平洋だ。いつもいつも同じような感動をしているのだけれど、やはり島が一つも見えない水平線、というものには圧倒される。
 僕のように瀬戸内生まれの瀬戸内育ちには、海が広い、ということが本質的に理解出来ていないのだから仕方がない。

 Ba2さんの運転には、少しでも外房の海に僕を触れさせよう、という気持ちが溢れている。

 Ba2さんがまず車を着けたのは、勝浦海中公園センターというところで、目指したのは海中展望塔だ。

 これと同じようなものは、学生のころバイクで行った四国は高知の足摺岬で入ったことがある。足摺海底館、というものだったか。かれこれ20年ほども前の話なのであまり記憶は残っていないのだけれど、あのときは確か友人2人とツーリングだった。
 友人2人はその近くの潮だまりでウニを見つけて、ひたすら割って食っていた。そのころあまりウニは好きでなかった僕は見ていただけだったのだけれど、それは幸いだった。奴らはそのあと腹が痛い、と唸っていたなぁ。

 あのころはまだ磯釣りはしていなかったから、だから足摺岬周辺の豪快な磯を見ても冷静にいられたのだろう。



 さて、磯を眼下に、海中展望塔に続く橋を歩く。磯には一辺が3〜5mほどの長方形に岩をくりぬいた穴がプールのようにいくつも出来ている。これはどう考えても人の手によるもののようなのだけれど、なにか養殖をしていたのだろうか?伊勢エビかな?


 外房は伊勢エビの産地として有名らしい。昨夜の宴会でもさんざん伊勢エビが出てきて、僕は参ってしまった。エビは食えないからなぁ。カニはイイヤツだけれど、エビはワルイヤツだ。なにしろカニはとにかく美味いのに、エビはたいして美味くもないくせに、食べると痒くなって、さらに気持ち悪くなってくる。これがワルイヤツでなくて何がワルイヤツなのだろう。しかも伊勢エビの刺身などはタチが悪くて、以前、魚の刺身と間違えて食べてしまって、エライ目にあったことがある。


 さて、そんな話はともかくとして、海中展望塔。

 これは面白いね。餌付けされた魚が窓の外には大量に戯れていて、その魚、というのがほとんどがグレ。40cmほどはあろうかという口太グレがこれでもか、というほどそこにいるのだ。いやいや、はやはや。居るところには居るものだなぁ。餌付けでこれだけ良型のグレが寄るなら、マキエも撒き方次第でなんとかならないものか、と思うほどのグレなのだ。
 いつもフカセをやっているとコニクラシイ存在である小アジやフグ類は、グレのあまりのパワーに圧倒されて、遠巻きにウロウロしている程度だ。逆に可哀想に思えてくる。



 しかも、こちらが窓から外を除くと、どこからともなく良型のグレがやってきて、逆にこちらを覗き込む。

 どちらが覗いて、どちらが覗かれているのか?どちらが観察して、どちらが観察されているのか?

 明らかに興味を持った目でグレは僕を見ているのだ。

 釣り師にはなんとも面白いところで、丸い窓の下に椅子を置いて、一日観察し、観察されていても飽きないだろう。

 Ba2さんも僕も釘付け状態ではあったのだけれど、時間は限りがある。
 僕は房総半島の大きさが今ひとつ実感として理解できていないため、一体これをぐるっとまわるとどれくらいの時間が掛かるのか判っていない。

 この日の帰りの飛行機は、18時30分。予定では木更津からリムジンバスで東京湾を横断するアクアラインを初めて通って羽田空港に行く予定。遅くとも17時半くらいのバスには乗らないといけないだろう。

 Ba2さんが言うには、そんなに時間は掛からないだろう。と。
 その割にはBa2さんがそれなりに急いでいる様子が伺える。

 なんなのかな?


 車は江見漁港に入る。大きな漁港だ。

 車を停めて、まずは右手の波止に出てみると、ここはそれほど魅力を感じない。
 それより気になるのは左側の波止だ。波止の沖側は磯場になっているのだ。竿を振っている人もいる。

 少し距離があるが、車はおいてそのままそちらに歩いて行ってみる。

 磯際に立つ。どうだろう。水深は竿下でも3ヒロ〜竿1本くらいはありそうだ。シモリも点在していて、グレを狙うにもそこそこ楽しめそうな雰囲気だ。しかしさすがに外海だけあって、あまりチヌっぽい雰囲気ではないな。すぐ沖には離れた小島があって、ここでも何人か竿を振っている。


 「どうです?優さん。」
 「あ、いい感じの場所ですねぇ。僕一人で竿を持ってきていたら、ここで竿を振っていると思いますよ。」

 「じゃぁここでやろうか。」

 「へ?」

 「なに?Ba2さん、釣り道具、結局持ってきてんの?」
 「持ってきとるよ。」


 なるほどなぁ。そうか、僕に外房で竿を振らそうと思って時間を気にしていたんだな。この男、ニクイ演出をするな。顔がにやけてくるじゃあないか。

 ともかく餌。車を出して釣具屋に行く。
 クラッシャータイプのオキアミに、チヌパワームギ1袋。サシエ用オキアミを購入。さらにアオイソメをBa2さんは買っている。

 「あれ?針、あったかなぁ。ガン玉もあったかなぁ。」

 「おいおい、それじゃぁ釣り道具持ってきている、って言えないんじゃないか?」
 笑顔、である。

 とりあえず針がなければ話にならないので、1号のチヌ針を購入。ガン玉は無ければないなりに、あればあるものを使えばいい、ということとしておく。


 弁当を買って海を見ながら食べよう、という話をしていたのだけれど、どうにもすぐにコンビニが見あたらない。

 市川から御宿への移動の列車の窓から見ていても、また車の窓から見ていても、どうにも外房、というところはかなりの田舎のようだ。田舎ものの広島の僕がいうくらいだから、なんとも素晴らしいところではないか。この時点で、僕は外房をかなり好きになっていた。

 関東地方、というだけで、なんとなく気を許せないところ、という感覚が僕のような地方人にはあるのではないか?と思うのだけれど、そこに入り込んでみればそんなことはなくて、関東地方=東京、ではない、ということを初めて実感として認識した。


 「どうせこの暑さだと弁当を気持ちよく食べよう、という感じでもないから、釣り終わってからどこか涼しいところで食べません?」

 「そうしようか。」


 再び磯へ出る。

 さて、もともと釣りをするつもりは全く無かったわけだから、釣り道具は当然すべてBa2さんのもの。
 当然服装もまったく釣りは想定していない。

 幸い、ジーパンに履き替えているのだけれど、靴はゴム底だけれど革靴。帽子などない。Tシャツはあとで飛行機に乗ることを考えると、ここで汗だくになれば、隣に座る人に申し訳ない気がする。


 さてさて。

 Tシャツは幸い、寝るときにだけ着ていた真っ白なTシャツがある。濡れものと一緒にしていないのでこれを着ようか。
 帽子は...あ、これまた幸い。宿で歯ブラシセットなどと一緒に袋に入っているタオルを持ってきている。未使用。暑そうだから汗拭き用に、と思って持ってきたのだ。これを頭に被って結ぶ。
 靴の方は、磯がほとんど乾燥していることと、瀬戸内のような干満差はないため、海草で滑ることもなさそうだ。


 Ba2さんが貸してくれた竿は...なんとアテンダー。まさか外房でアテンダーを振ることになるとは...いまだ新しいこのアテンダーをポンと貸してくれるBa2さん。本当に気持ちのいい男だ。リールシートにはワンモデル前のテクニウムが取り付けられる。

 道具は...「何でもいいですよ。浮きなんか。Bくらいが融通効いていいなあ。」

 いくつか出してくれた浮きから、Bのグレックスの浮きを選んで糸を通す。浮き下に通すゴム管は、僕が普段使ったことのないもので少し悩んだりしたけれども、それもまぁ何でもいい。

 ガン玉は、G5とG6があったので、G5を2つとG6を1つ打って様子を見ることにする。


 Ba2さんはアオイソメで浮き釣りするから、と言って、フカセ用のマキエを作ったバッカンはすっかり僕に渡してしまっている。Ba2さんの心遣いにはもう素直に甘える。


 さて、フローティングベストはなし、頭にタオルを巻いて、Tシャツを着て、革靴を履いて竿を握る僕。
 見事なまでの”なんちゃってフカセ師”だ。

 そして、なんちゃってフカセ釣りのスタート。 


 ここのところの涼しさはどこへ行ってしまったのだろう?というような照りつける太陽。ここちよく吹き付ける大洋を渡ってくる風。

 僕の顔は、おそらく昨日見たサーファー達の顔に近づいて来ているのではないかな?


 気負いなどまったくない。あり合わせの釣り。
 僕たちは海とこんな風に接してきたのだったな。

 そういえば、海沿いを自転車で友達と走っていて、ふと、釣りをしよう、なんて話になって、安い15m巻きほどのハリスにを買って、その先に中通しの丸オモリをつけて、針は流線の9号くらいだったのだろうな。
 青虫(アオイソメ)200円くらい買っただろうか?

 桟橋の上からポトン、と投げ落として、そして釣り上げた、おそらく25cmくらいのカレイは今でも目の前に容易に浮かんでくる。


 何を釣るのも投げ竿だった。そして何でも釣れる投げ竿だった。

 そのころの情景も、目を閉じなくても浮かんでくる。


 そんな時間だった。


 僕は心からBa2さんと、この南房の海に感謝していた。




 さて、そんななんちゃってフカセ釣りでも、しばらくマキエを巻いているとコッパグレが浮いてきたようで、「今日の目標はコッパグレ3枚」というのは、なんとか達成。12〜18cmほどのコッパグレなのだけれど、それも嬉しい。




 いきなりガツン、と来た。想定外のアタリとヒキに一瞬たじろいだのだけれど、竿を立てればアテンダーは頼もしく魚を寄せてくる。重量感はさほどないのだけれど、何かしらよく引く魚だ。

 見えた...あ、サンノジじゃあないか。

 と、思ったら針が外れた。歯の鋭いサンノジだから、ハリスが切れたのだろう、と思っていたのだけれど、単に針が外れただけだった。


 徐々に餌取りの活性が上がってきて...もっとも釣れていたコッパグレも餌取りなのだけれど...気がつくと針がない、もしくはハリスが歯形でガタガタ、という状況になってきた。どうにもフグが活性を上げてきたようだ。

 もともと、短時間の釣り、ということで、一気に魚の活性を上げて、なんでもいいから釣ってしまおう、というスタンスで臨んでいたため、餌取りと本命の分断、など全くやっていなかった。
 フグ以外にも海面ではおびただしい餌取りが右へ左へと、マキエの着水に合わせて走り回っている。

 活気のある海は好きだけれど、少しばかり難しい状況になってきた。


 マキエも少ないのだけれど、まぁ残しても仕方がないし、と考えて、今更ながら餌取りの足を止めるマキエを打ち始めた。

 シモリの沖に入れた浮きがスパッっと走るように海中に引き込まれる。

 アワセると気持ちのいいヒキがアテンダーを通して伝わってくる。シモリに突っ込まれないよう竿を寝かせ気味にしてやり取り。

 足下でも突っ込もうとする魚を強引に海面に引きずり出す。またサンノジだ。


 Ba2さんが「ちょっと待って」と言ってカメラを持って走っている。どうにも竿を曲げているシーンを撮影してくれよう、ということのようなのだけれど、すでにサンノジは「どうにでもして」という状態になっていて、糸を緩めてもさほど本気で引き込まない。

 なんとかシャッターも押せたようなので、玉網を借りてとりあえず取り込んだ。



 南の魚だ。someさんのところと、ここ南房はやはり同じような黒潮の海なのだな。

 果たして、そのようにして写してくれたその写真。
 見てみると、いい感じにレンズが汚れていたようで、腰アタリにボカシが入った、なんとも...の一枚になっていた。





 そろそろ竿を畳もうか。

 思いがけない一日になった。外房で竿を振った。しかも一番自然体で海に触れた。


 木更津でBa2さんとラーメンを食べ、そしてリムジンバスに慌てて駆け込む。


 思いがけない一日になった。また一つ、僕の枠が一つ壊れて、また一つ、海に戻れたような気がした。


 満ち足りた気持ちで、僕は飛行機に乗った。



この時期この場所で

 この時期、この場所でこの釣りをして釣れないことはないだろう。

 そういう釣りってあるよね。
 この秋を迎えての紀州釣り、というものにも、僕はなんとなくそう感じてしまう。

 当然、沢山釣れそうなポイントより楽しそうなポイントへ。加えて、さほど腕もよくない、と来ているから、本来ならば確実に釣れる訳はないのだけれど。これは自分の過去の記録を振り返ってみても明白で、いつもギリギリ釣れるか釣れないか、で釣っている状態なのだ。

 それでも、釣れない自分、というものを全く想像せずに、僕は周防大島へ通い慣れた道を走り出した。
 ついこの間まで、朝は朝だったのに、いつの間にか朝が未だ夜になっている。

 車の中は思ったより寒く、外気温計は14度となっていた。暖房をつけようかな、と思ったのだけれど、それはいくら何でも、と思って止めた。コンビニで買ういつもの”ほっとレモン”の暖かさが嬉しい。夏が終わった、と思ったら、もう朝晩は冬を意識する時期になってしまった。まだまだ少し大げさではあるのだけれどね。

 車を走らせていると、辺りはだんだん灰色の薄いベールの向こう側で輝き始めて、僕はヘッドライトを消そうかどうしようか、と悩み始める。

 南岩国を過ぎた海岸線を走ると、赤い太陽がゆらゆらと波間に揺れていた。


 あれ?非道く揺れているなぁ。

 ぼーっとしていたのであまり周りを気にしていなかったのだけれど、かなり波気が強いようだ。ところどころ葉を多く茂らせた立木がブゥンブゥンと風に煽られている。
 消波テトラには白い縁取りが上がったり下がったりしていて、沖に目をやると白兎が幾匹も跳ねている。

 もっとも、外海、たとえば南紀のそれや、男鹿のそれに比べれば、ほとんど凪ぎのような海なのだけれど、経験上、これくらい風が出ていると、まともな釣りにはならない。

 「はぁ...」

 大きな溜息を漏らして、それから今日竿を出す場所を決めた。幸い紀州釣りなので、奥まったところで竿が出せる。フカセのようになるべく磯の先端へ、ということを考えなくていいのは有り難い。

 風裏になる、僕のお気に入りの紀州釣りのポイント。それほど沢山は釣れないのだけれど、怖いほど餌取りがいたり、また全く居なくて攻めあぐねたり、と、行くたび変化があって面白い釣り場だ。ただ、できればコンスタントに餌取りが居てくれた方が助かるのだけれど。


 車を停める。

 晴天の予報を当てにしてか、すでに沢山の人が竿を出していた。
 しかし、ほとんど外向きにサビキでアジを釣っているようで、港内向きに釣り座を構える僕とはあまり関係がない。

 コロコロに荷物を載せて、釣り座に向かう。風はやはりそれなりに吹き付けてはいるものの、風表の海に比べると本当に穏やかだ。釣りにはそれほど影響はないだろう。


 この時期この場所で、釣れない、などとは考えもせず、準備を進める。
 団子は、紀州マッハ(青)、紀州マッハ攻め深場(緑)を1対1に混ぜ、細挽きサナギ、押し麦、アミエビをカップ1杯ほど。ちなみに、カップは何ccか知らないが、アオハタのコーン缶詰の缶を流用している。餌に使うコーンの空き缶なので、毎回1つカップが生み出されることになるのだ。これは割れないし、風に吹かれてもなかなか飛んでいかないし、錆てきたら捨てればよいし、非常に気に入っている。


 さて、もうすぐ例年通り大阪から紀州釣り軍団が我が家にやってくる予定だ。こいつらは平気で朝から暗くなるまで団子を握り続けるのだけれど、僕の方は、ここのところ6時間ほどしか釣りをしていないし、しかもかなりダラダラとやっているため、この大阪からの来客に付き合うには、少し自分の腕に気合いを入れ直しておかなければいけないのだ。

 よし、と、気合いを入れて団子を握る。未だ棚取り段階で、素針を団子に包んで投げているその2投目。すでに腕が「疲れた」と言い始めた。・・・おいおい。

 どうも団子握りが身体に馴染んでいないようなので、「こらこら、お前、甘ったれるんじゃぁないよ。」と厳しく言い聞かせて、また、「少し握り方が悪かったね。一緒にがんばろうね。」と優しく諭しつつ釣りを続ける。何事も飴と鞭。


 しかし困ったことだった。
 いつもであれば右へ左へとある程度流れる釣り場なのだけれど、今日は大潮なのにもかかわらず、浮きは着水した地点からほとんど動こうとしない。強風に押されて僅かに動く程度だ。

 そういった海の状況に起因しているかどうか判らないのだけれど、団子が全く割れない。すなわち、針に刺したオキアミも無傷のままだ。いや、団子に押しつぶされて平たくはなっているのだけれど。

 延々とその状態が続く。下げ潮に変われば状況も変わるかも知れない、それまで集中して、しっかりしめた団子を入れ続けなければ...と、がんばったのだけれど、下げ潮に入っても潮は相変わらず動かないのだ。そして、浮きにアタリは出ず、餌も取られない。


 ツクツクホウシが、「ホーシ、ツクツクツクホーシ、ホーシ、ホーシ、シー、シー、ツクビー、ツクビヨリー、ツクビヨリー、ビーぃぃぃぃぃ」と鳴けば、昼間でも虫が「チンチロリン」などと鳴いている。夏の名残と秋が混在して、そこに秋のストレートな日差しが暑いほど肌に照りつけている。
 釣りをするには煩わしい風も、釣りをしなければ心地よい乾いた秋の風で、アジ釣りのおじさんおばさん達の大声さえも優しく聞こえて、僕はクーラの上でウツラウツラとして、そして海に落ちそうな錯覚に捕らわれて、ハッとする。

 この波止に誰もいなければ、僕は波止の真ん中に大の字になって寝っ転がって、高い蒼い空に意識を吸い込まれながら、空と海に漂いながら眠り込んでしまうだろう。

 しかし、そんなことをすると、おじさんたちに踏まれてしまいそうなので、がんばって釣りを続ける。

 僕はそれほど精神力が強くないのだろうと思うのだけれど、餌取りの反応がない紀州釣りは辛い。戦う相手は己だけ。


 11時のサイレンがなって、そして正午のサイレンも鳴る。未だ、針は一本しか使っていない。つまり、フグの反応すら渋く、餌取りが針を飲み込むこともない、という状態がすでに4時間以上続いている訳だ。

 しかし、だ。

 僕の横の方で、港内向きにモエビを針にさしてぶっ込み釣りをしているおじさんが居て、彼はチャリコ、小ギザミなど、何匹か釣っている。オカシイ?何も居ないわけでもなくて、サシエに反応が無いわけでもないのか?

 こうなると、僕の釣り方がオカシイ、と考えるべきか。来月、例年通り我が家へやってくる予定の永易さんなどがここで竿を出せば、ちゃんと釣るのだろうか?いや、そう考えた方がいいかも知れない。

 と、思っていると、オキアミがとられた。次もとられた。次は残った。よく分からないが、変化が出てきたのはいいことだ。

 チモトがよれよれになったハリスを切って、針を結び換える。

 この状態でコーンもないだろう、と考えて、練り餌の魚玉を取り出した。

 魚玉がとられた。

 団子アタリが出た。

 魚玉は残った。オキアミが残った。・・・う〜ん、訳が分からない。


 勿体ないなぁ、と思いつつ、アオハタコーンを開ける。勿体ないので、2/3ほど口の中に放り込んで、チヌの気持ちになりながらムシャムシャと食べる。

 針に刺したコーンは、まったく魚に無視されて戻ってくる。

 オキアミを刺す。とられた。魚玉をつける。


 永易浮きが沈んだ。・・・あ。我に返る。アワセる。チヌの引きが伝わってくる。小さそうだなぁ。浮いてきた。秋の日を浴びて光る銀鱗を、ええい、とそのまま抜きあげる。サイズは32cm。



 よし、時合いだ!と、喜び勇んで団子を握ったのだけれど、どうにもそのまま無反応な海に帰ってしまったようで、僕の喜びはまもなく悲しみに変わったのだった。


 団子がほぼ無くなってきたが、どうにも続ける気力もなく、どのみち続けてもあと2時間ほどで夕方まで釣ることは出来ないし、そこまでに驚くほどの変化が海に期待できそうにもなかったので、結局6時間ちょっとで竿を畳むことにした。すでに腕が怠い。この軟弱化にも困ったものだ。


 着替えのTシャツを持ってきていたのだけれど、それは必要なかった。暑い日差しも、やはり秋の日差しなのだなぁ。

 ああ、そういえば今日は秋分の日だったか。


連れない秋

 毎年恒例。
 長いこと釣りを基軸の一つにして遊んでいて、そんな中でいろいろな人と出会ってきて、ふと気付くと、出会いの延長線上でいつの間にか恒例になってきていることがある。

 たとえば南紀遠征がその一つ。もう5年の間毎年通っていて、今年も年末に行く予定だ。こうなってくると、行くのも当たり前だし、来るのも当たり前、ということになっている。

 そして、同じくらい長いこと続いているのが、永易さんの広島遠征受け入れだ。これも2001年から毎年続いていて、最初の年こそ永易さんが一人で来たのだけれど、翌年からは大阪の紀州釣り仲間で都合のつく人が連れ立ってくるようになった。去年は最大で4名。狭い我が家でひしめき合って寝て貰っているのだけれど、主要メンバですでに4度来ているてつさんが言っているように、実に修学旅行的な楽しさに満ち溢れていて、実に面白い。

 さて、永易啓裕という男。今更説明の必要はないと思うのだけれど、念のため。マルキューインストラクター、ラインシステムフィールドテスターその他。さらにMFG紀州釣り部部長。FREEDOM会長。紀州釣りにこだわり続けて、人生の多くの部分をそれに費やし、そして実績を出して自らを高見に登り詰めさせた人だ。

 それほど多くの時間と気持ちを一つのことに傾けられる男、というのは、そんなにはいない。僕などは到底無理なことだ。だからこそ、普通の男は彼に憧れる。

 とはいえ、一見寡黙な感じのする髭顔なのだけれど、中身はコテコテの関西人であり、笑いに情熱を掛ける男でもあったりする。
 とくに、遊ばれキャラに喜びを感じているてつさんとの組み合わせは、まぁ「ええんちゃいますか?おもろけりゃ。」といった感じの空気を生み出す。


 そんな二人の出発であるが、どうやら永易さんがパチンコかスロットルをやっていて出発が遅れる、という、まぁなんというか...好きなようにしてね、僕は寝てるから...といった感じで始まったようだ。

 到着は早朝になりそうなので、僕は実に素直に寝た。

 とりあえず、4時にアラームをセット。
 女房と娘はいつものように女房の実家に避難しているため、朝ごそごそするのも気兼ねが要らない。ちなみに我が家は決して広いとは言えない...というか、ハッキリ言って狭いので、家族3人と永易さんら数人が同時に存在するには無理があるのだ。

 しばらくすると永易さんとてつさんが到着。
 コーヒーなど啜って一服。

 今回は軽自動車で来たので、僕のエクストレイルに荷物を積み替えてから出発する。
 紀州釣りは荷物が多いため、後席を半分潰してようやく3人分の荷物が積み込める状態だ。

 まず目指すは周防大島。
 てつさんが初めて広島に来たときに連れて行って、それ以来再度訪れたい、と何度も口にしていた釣り場に向かう。その場所とは、9月23日。つまり2週間前なのだけれど、「この時期この場所で...」と貧果に嘆いた場所なのである。しかし、1週間前にここで竿を出した友人からは、「6枚釣れた」という話を聞いている。
 つまりは、僕が下手だから釣れなかった可能性が(大いに)あるわけで、そうなると、永易さんを連れ立っている今回は、自分がどれくらい下手なのかを知る、いい機会にもなる。今回永易さんらが釣って僕が釣れなければ、非常に分かりやすい話だし、もしみんな釣れなければ、それこそ潮その他の要因も考える余地が出てくると同時に、まだ竿を並べたことのないその友人の釣りに対する興味が非常に大きくなる。あるいは、みんな釣れれば、状況が好転しているとも言える。


 永易さんが波止の一番先端側、真ん中にてつさん、一番付け根寄りに僕。

 久しぶりに永易さんと竿を並べることができたので、永易さんの団子作りを見学して、それから準備に取りかかる。いつも一人で紀州釣りをしているため、たまにこうしてリセットする機会が持てるのはとても助かる。

 団子の配合は永易さんのそれに合わせておく。紀州マッハ攻め深場(緑)と紀州マッハ(青)を2:1。細挽きサナギと押し麦。アミエビをカップ1。

 ここは緩めの団子でボケさせてしまうと素直にアタリが遠のいていくポイントなので、いつものように、とにかく握る。・・・というより、何でもいいからとにかく握る、ということしかできていない気がする。


 ここは港内向きでも潮が動くことが多いのだけれど、前回も、そしてこの日も潮は殆ど動かない。どうも妙な感じだ。

 無反応。

 2週間前と殆ど同じような状態で、団子が割れない。魚っ気が感じられないのだ。

 はぁ...遠方から友人達が来たときくらい、シャキッとしてくれよな。と海に頭の中で語りかけた経験を持っている人は多いのではないかな。本当に、海も自然も、人の都合にはお構いなしだよね。まあそれが釣りの楽しいところではあるのだけれど。


 2〜3時間してオキアミが取られることがたまにある、といった状態で、ただ、団子の割れは妙な感じに早くなってきている。

 2週間前の状況、今日の状況。いろいろ考えていると、どうにもチヌは居るにはいるのだけれど、それほど数は多くなくて、しかも団子を積極的につつきに来ている状態ではないのではないか?
 如何にもチヌらしい内気で控えめな性格が出て、崩壊した団子の周辺を、僅かばかりの餌取りが去った後、ふらふらふらふらと、団子の粒子、とくにムギなどを拾っているのではないか?

 そんなことを考えた。

 押し麦で釣れた、ということは、前出の友人に聞いていた。

 僕のイメージととても一致する。

 海水に浸して柔らかくした押し麦を10粒ほど針に刺し、団子を握る。
 投入。

 1分半ほどで団子が割れる。回収はしない。イメージ通りなら少し間をおいて、たとえば団子の中心から少しサシエがずれた辺りで食べるのではないか?


 当然、これは殆ど当を得ていない想像なのだけれど...なぜなら、このときの一度きりの話だから...ともかく永易浮きはスーっと海中に引き込まれ始めた。

 アワセ!

 グゥン、っとチヌの重量が竿に乗ってきた。大したサイズではないのだけれど、想像して、そして釣りに変化を加えた直後に釣れてくる、というのは、なんとも嬉しい。

 32cmほどのチヌ。



 「おお、餌、何?」などと、てつさんから声が掛かる。

 「ははは、押し麦。」釣れて上機嫌な僕は、海水に浸した押し麦を無理矢理二人に配ってまわる。


 さて、つまりはそれっきりまた反応のない海に帰ってきて、それでも時折チャリコが掛かってきたりしている。ムギへの反応もそれっきりだ。

 そんな中、永易さんの竿が曲がっている。



 今ひとつ、よく分からない状況なんですよね。などと言いながらも、キチンと結果を出す永易さんはやはりさすがだ。


 さて、どのみちこの日はそれほど釣れそうにはない、ということが、その後の永易さんの雰囲気からも分かってきた。

 そうなると、遊ばれキャラ、を自負するてつさんに注目が集まる。
 そう、遠来の客に対してそんなことを考えてはいけないのだけれど、今後のネタとしてはそういう結果も非常に面白い。

 

 よし、ハゲだ。ここはハゲが多いからね。僕も2枚ほど釣った。

 日が暮れてくる。

 僕は暗くなる前にさっさと片付けてしまう。

 永易さんは、波止の先端向きに入ったサビキ釣り客が永易さんの竿を出している方向に無造作に仕掛けを投げ込んでくるものだから、やむなく釣り座を外向きに一度替えて、すると根掛かりだらけで釣りにならないものだから、珍しく早々に竿を畳んでいる。

 釣り場では、周りの釣り人と互いに尊重し合う、ということが大事だと思う。永易さんが初めて我が家に来て、そして周防大島に案内したときも、永易さんの団子の投点にエギを投げてくる人がいて、やむなく釣り場を替えたことがある。ホームグランドのここ周防大島でのこういう出来事には、なんともやるせない思いがする。
 「波止はこういうのは仕方ないですからね。」と永易さん。すみません。


 さてさて。


 こんなに暗くなっても、まだ浮き、見えますよ。などという大阪の二人なのだけれど、最後の一投、で見事に竿を曲げて、おお!っと思った結果はこれだった。

 良型アナゴ。てつくん、おめでとう。僕はまだ団子でアナゴは釣ったことがない。


 帰りの車中は、てつさんで遊ばせてもらった。
 そう、気にしなくても大丈夫。彼は間違いなく僕などよりも紀州釣りは上手いし、相当なレベルで釣りを展開している。すなわち、明日は釣るだろうし、僕が茶化したってそんなものは笑い話のネタくらいの意味しかないのだ。


 帰路の途中。ちょっと変わったことがあった。

 永易さんはマルキューのインストラクター。そしてここ広島でマルキューインストラクターといえばこの方の名前がまず出てくるのではないか。大知昭さん。

 すぐ近くに住んでいるとはいえ、大知渡船はたまにしか使わないし(そもそも渡船を使うことが少ないし)、AQAに入っていない僕はどうもAQAショップに気軽に入るのは気が引けて、滅多にお顔を拝見することはない。
 たしか、話をしたのは、四国宇和海の伊井渡船の帰りの船で同船になったとき(このときはご兄弟で来ておられた)と、ショップで一度だけ、の2度だと思う。

 折角だから、ということで、永易さんから大知さんに声を掛けて、夕食をご一緒させてもらった。

 気さくで豪快な雰囲気に包まれながら、フカセについても色々話を聞かせて貰って、挙げ句に夕食はご馳走になってしまった。

 大知昭さん、どうもありがとうございました。確かに、ジョイフル(ファミレス)ではチキン南蛮がお勧めでした。


能美へ

 「毎度周防大島、もしくはその周辺ばかりというのもなんだから、たまには能美の方にでも行きません?」

 広島県呉市。映画「男達の大和」で露出度の上がったこの町は、それ以前から造船を中心とした工業の町として有名だと思う。

 狭く急流が渦巻く音戸の瀬戸をまたぐ音頭大橋。ここの倉橋島側はループ橋になっていて、ぐるぐるまわりながら下っていくのは、実際のところ実に気分が悪い。バイクでここを通ったときなどは、いつまで経ってもバイクをバンクさせたままになるので、不機嫌になってしまったほどだ。

 呉から音頭大橋を渡ったその倉橋島は今は呉市の一部。そして、倉橋島から早瀬大橋を渡った先が東能美島。これに地続きで西能美島、江田島。この地続きの3島は今は江田島市ということになっている。
 平成の大合弁。それ以前は、この能美と我が住まいのある大野は同じ佐伯郡、という郡だった。広島湾を挟んで、それこそ車で走っても2時間ほど掛かってしまう土地が同じ郡というのは面白かったのだけれど、今は大野町も廿日市市大野となってしまった。ちなみに今は宮島も廿日市市で、以前は安芸郡宮島町であった。安芸郡には唯一府中町という場所が広島市に囲まれるように残っていてるのだけれど、ここには自動車のマツダがあるため、税収豊かで広島市への合弁という話にならないらしい。


 僕はあまりこの倉橋・能美・江田島方面には釣りに行かない。広島湾の東側を蓋するこれらの島には魅力的な磯も沢山あって、水深も周防大島より深いところが多く、また大黒髪島等の広島湾屈指の磯への渡船も出ているため、魅力的なところではあるのだけれど...なにせ遠い。

 僕が大野に住んでいる理由はただ一つで、広島市内へ何とか無理なく通勤できて、しかもなるべく周防大島に近いところに住みたい、というもの。それくらい周防大島に惹かれいたのだ。つまり、西に行くには便利なところで、宮島口の渋滞にも帰りに巻き込まれることはないのだけれど、東に行こうとすれば広島市内を抜け、呉市を抜け、とゾッとする道程が待ちかまえているのだ。

 もっとも、今は湾岸道路も徐々に整備されてきて、昔に比べれば随分楽にはなっているのだけれど。


 たっぷり2時間掛かって、東能美の目指す釣り場に到着した。僕がまったく不案内なので、結果としては航空写真の釣り場案内の本を見て、僅かな僕の知識を融合して、当たり障りのない有名な場所を選んだ、というところだ。

 一番外側の波止の外向きには団子師が竿を並べていた。びっくりするような良型アジを釣っている。美味そうだ。

 僕たちの釣りとは少しスタンスが違っていたので、そこで竿を並べることは止めて、それより先に下見した内波止で竿を並べることにした。なぜなら、そこには波止際に沢山のチヌが着いていたから。当然、見えるチヌを団子で狙う訳ではないのだけれど、魚が視覚的に居ることが分かっていると、竿を出すのに何かしらの安心感はあるものだ。

 先端から、永易さん、てつさん、僕、と並んだ。

 チヌが沢山いる、という視覚的な状況から、少しアミエビを多め(といっても、カップ2杯ほど)に入れよう、と話して、釣りをスタートする。


 しかし...だ。無反応この上ない。団子も全く割れない。

 時間が経つと、少しは団子の割れが早くなってきたりもしたのだけれど、それでもどうしようもないほど無反応だ。


 ようやく僕を除く二人が竿を曲げ始めたころには、すでに相当時間が経っていた。

 しかも、その釣り方は緩い団子で、サシエは底を切って、浮いたチヌを釣る。おそらくアミエビは入れない方がよかっただろう。そんなものだった。

 つまりはそれは僕が昔やっていたような釣り方で、いわゆる永易流の釣り方とはまったくかけ離れたものだ、と僕は思っていた...のだけれど、やはりこれが一流というものなのだろうね。形はあくまで形でしかなくて、本質がなければ意味がない。いや、本質がしっかりとしていれば、形は如何様にでも変化させることができる。形は、状況に対応するための一形態でしかない。永易流の釣りはその形態の幅を広げてくれたのであって、他の釣り方を除外するものではないのだ。

 やれやれ...だ。

 この時期に炎天下、などという言葉は似合わないのだけれど、そんな照りつける秋の日差しの下、団子を追加するときにはアミエビを入れず、サナギ粉を多めに入れてバラケを促進して...などといろいろ小手先の変化はつけてみたのだけれど、結果としては、一枚バラシただけで、ボウズに終わってしまった。

 まぁ永易さん4枚、てつさん6枚。しかも何れもかなり小さいサイズ、ということだったのだから、仕方ないかな。


 永易さんにも言われて、21日にここでアミエビ無しで竿を出して様子を見てみよう...と思ったのだけれど、それは21日に別の予定が能美であって、その次いで、というつもりだった...のだけれど、その別の予定がなくなって、そうなるとわざわざ能美まで車を走らせるのが面倒になって、結局21日は周防大島でフカセをした...というのは、また別の話である。

 


 永易さんらが来たときには、片付けをしているといつも暗くなってしまう。

 広島でも繁華街の方に入れば夜遅くまでお好み焼きは食べられるのだけれど、我が家の方まで帰ってしまうと、店が早くにしまってしまう。結局、遠出した今回はお好み焼きを無理矢理食わせることができなかった。早く大阪からの来客を広島のお好み焼きで洗脳してしまいたいのだけれど...ほら見たことか。翌日の夜、奴らが大阪でお好み焼きを食べている写真が携帯から送られてきた。くそう、来年はお好み焼き優先にしてやろう。


 楽しい時間はあっという間に過ぎる。
 迎える方は、祭りの後の寂しさを存分に味わうことになる。

 翌日の朝、彼らは帰っていった。去年と同じで、帰りに地元で竿を出すらしい。そういう話を聞くとついて行きたくなるが、そういう訳にもいかないしな。


 いやいや、寂しさに浸っている場合ではないのだ。

 早く荷造りをしなければ。いよいよ週末からこの秋最大のイベントが待っている。ふらふらと、秋の北国へと向かう旅が...ね。



そして男鹿へ

あれ?こんな感じだったかな?

 考えてみると秋田空港は今回が2度目だし、前回は飛び立っただけ。つまり秋田空港に飛んできたのは今回が初めてだった。
 飛行機から降り、少しばかりぬぬっと思うほどの急斜面のタラップを登り、搭乗待合室前を抜けると、品のいい、杉材と思われる木の壁に挟まれた階段を降りることになる。その香りに心が和らぐ。

 僅か3ヶ月弱。ついこの間ここに来たときは、これから夏を迎えようとする新緑がまぶしい季節だった。そして今はもうすぐ紅葉の盛りを迎えようとしている。北国の季節の移ろいは広島のそれよりも早いようだ。この心地よい季節にもすでに冬の気配を感じるし、さらに3ヶ月後には深い雪に覆われた季節になるのだから。だからその分、その短い夏の、秋の間に生命は全力を挙げて輝くのだろうか。だからこそここは美しい場所なのだろうと思う。

 トイレに立ち寄ってから表に出てみる。kishiさんと「また来るね」と言って別れた場所だ。

 さて、そのKishiさんは...あれ?
 姿が見えない。

 携帯を鳴らしても出てくれないので、また息子どもが活躍して遅れたのかな、などと、あの可愛らしいTとSの顔を思い出していると携帯が鳴った。

 「あれ?Kishiさん、いまどこ?」
 「到着ロビーの出口のとこだけど。」
 「え?見えないぞ。」

 「あ、見えた見えた。」とKishiさん。直に手を振る北の友人の姿が目に入る。

 ネットではいろいろな話をしていたのだけれど、2年前に初めて顔を合わせた時にはそれなりにお互い緊張していたと思う。僕にとっては今のところ唯一の同じ歳の釣友。その北国の厳しい自然に磨かれた優しさは、彼に出会う人皆が感じるものだろう。

 初めて顔を合わせたときに、すでにKishiさんの家に上がり込んで、飯をご馳走になり、2泊した。Kishiさんのところの秋田美人で気さくな奥さんと、TとSという人なつっこい、昔ながらの子供を絵にしたような可愛らしい息子達に囲まれて、一気に秋田とKishi家のファンになってしまったのだ。さらに、憧れの男鹿半島の圧倒的な風景の虜にもなってしまったんだ。

 去年はKishiさんは軽自動車を走らせて広島にやってくる、という暴挙にも似た行動をとった。そしてこれは伝説になった。
 あとからKishi奥さんも合流して、楽しい時間を過ごした。

 そして今年。7月に2泊し、波止で紀州釣り半日で小さなチヌ1枚。そして翌日は男鹿沖磯で小さなマダイを釣り、男鹿でチヌとマダイを釣る、という目標を、如何にも僕らしいサイズで実現したのだった。


 伝説の軽自動車に乗り込む。テールパイプが脱落したらしく、いまだ爆音は出してはいないものの、カラカラという妙な音を立てながら、なんとか元気に走っている。しかし、この軽自動車が仮に壊れたとしても、僕は極めて自然なことだろう、と思う。酷使し過ぎだしな。

 お互いに緊張も気負いもない。そんな極めて当たり前の空気が車内には満ちていて、すでに北の旅も3日目で2日間温泉に浸かりまくっている僕は、気持ちも身体もふにゃふにゃになっていて、心地よい会話をしつつ、またあまりの心地よさに大あくびを連発する。「今日は波止で昼寝日よりだなぁ。」

 僕は不思議と遠征に出ると天気に恵まれる。7月に来たときも、前日まで雨模様だったところが、いきなり快晴になって、男鹿の磯の上で日干しになりそうになった。今回も台風などがうろうろしていて不安ではあったのだけれど、来てみれば何のことはない。今日も明日も晴れ、だ。どうやら僕の日頃の行いは、自分で認識している以上に良いようだ。

 「また来たよ〜、おじゃましまーす。」
 Kishi家の敷居はすでに僕にとって相当低い。挨拶をしたかと思うとどかどかと上がり込む。

 いつもならドタドタと走り出てくるTとSは学校に行っているようだ。

 一足先にKishi家にお邪魔している段ボール箱を開梱して、まずはKishiさんに中国醸造の「達磨」という焼酎を渡す。今回は一升瓶だ。前回は720mlを2日で飲んでしまったため、いっそ、一升瓶にしておけば全部飲もうという気が起こらないだろう、という計算だったが...「甘い」とKishi奥さんに言われた。そうか、それならセーブさせつつ飲まさないといけないな。
 いやいや、酒飲み、という生き物はよく解らない。

 前回はリールを段ボール箱の中に忘れて釣りに行く、という、「一体お前は何をしに来たのだ?」という状況を作り出してしまったため、今回は、ともかくリールにだけは3人とも注意している。
 「よし、リールは入れた。」
 ・・・3分後
 「優さん、リール入れた?」
 「うん、入れた。」

 ・・・5分後
 「優さん、リール、入れたよね。」
 「うん、二つ入れた。」

 くどい...が、これくらいしないと僕はまずいぞ、と、Kishi夫妻は認識したようだ。

 そして、釣り場に着いた。すると竿がなかった...というオチも面白かったのだけれど、そこまでボケてはいなかった。

 がおん!

 サファリがKishi家を出発する。車の中でキョロキョロ後を振り返っている僕をみて、「忘れ物、不安なんでしょ。」とKishiさん。はい、そうです。

 もう随分と見慣れてきた男鹿への道。思ったより風があって、白兎が踊っている。
 「ありゃ、これはダメかも知れないな。」

 今日は、船川の沖堤というところに行く予定。渡船で渡るのだ。

 海風という釣具屋に到着。渡船はここが出している。ここの店主や船頭さんはそれぞれ釣りの名手で、話を聞くだけで感心してしまう。色々話を聞いてみたいのだけれど、Kishiさんと話しているのを聞いていると、躊躇せざるを得ない、という気持ちになってくる。そう、例の「○×▲■×○、◇▽●×□△だべ。」、「んだ、□△●×だべ。」という会話だ。理解度、20〜30%。
 少し前に永易さんがここにやってきていて、永易さんはかなりうち解けて話し込んだ、ということだった。やはり名手同士ともなると、言葉が解らなくても通じ合えるものなのだろう...ってそんなわけないか。僕が話しかければ標準語に近い言葉で答えてくれるのだろうな。

 ともかく、船は出せるようだ。風も落ちてきている。

 渡船場に向かい、しばらく待つ。港内は実に穏やかで、冗談抜きにここで竿出してもいいのだけれどな、と思う。眠くなってくる。

 海風の新造船がやってきた。

 さて、出発。

 ああ、気持ちいいなぁ〜、などと最初はいっていたのだけれど...

 沖に出るほどうねりが大きくなってくる。南紀や一昨年の男鹿で経験したうねりに比べれば大したことはないのだけれど、船が小さいので瀬戸内のタンボ釣り師の僕ははっきり言って怖い。「凪みたいなもんだ」とKishiさんは言うが、瀬戸内ではこれは大荒れの海なのだ。だってほら、波頭から舳先が落ちると尻が浮く。

 そんなKishiさん。「あ、酔ってきた。」
 全然平気じゃないんじゃないか。と突っ込むと、「昨日、飲み過ぎたからなぁ」。

 このノンベめ。

 うねりの様子を見ながら慎重に慎重に船を進めてくれたため、僕も必要以上に顔がひきつることはなかったが、普段に比べると随分時間を要して、ようやく船川の沖堤に到着。

 うねりに揉まれてフラフラしながら波止に重たい荷物を上げ、漸く揺れない場所に立った。

 本当はすぐにでも昼寝をしたかったのだけれど...それくらい気持ちよかったのだ。気持ちいい太陽光線と青空、そして少し冷たさを含んだ心地よい風。寝るに限るぞ、これは...
 しかし、竿を出す時間は実質4時間ちょっと。東にある秋田は感覚的には広島より日没が一時間ほど早い(少しオーバーだけれど)。

 やむを得ず、さっさと団子作りを始める。さっさと...というと、急いでいるようだけれど、気持ちがユルユルになっているため、ハタから見れば全くテキパキとしていない、どちらかというとノタノタ状態で準備をする。気がついたらKishiさんは既に準備が完了しているではないか。

 いかんいかん。がんばろう。

 紀州釣りだ。

 団子は紀州マッハ攻め深場(緑)1に対して、紀州マッハ(青)を0.3ほどの比率。
なにしろ竿3本はあるはず、という釣り場だ。幸い先週永易さんらが広島に来て、二日続けて日没まで団子を握り続けるという自虐的な紀州釣りをしていたため、腕は団子仕様になっている。どんな状況でもドンと来い、という気持ちでもある。ちなみに最近の普段の僕の紀州釣りは、だいたい6時間が耐久時間となっていたので、先週の釣りは久しぶりに腕がパンパンになってしまった。

 細挽きサナギと押し麦を入れただけのシンプルな団子でスタート。
 これには、永易さんのアドバイスが反映されている。船川のフグはアミエビにしつこいため、アミエビはNGだと思う、というアドバイスだ。入れるならチヌパワーだ、と。 チヌパワーはKishiさんが持っている、というので、いざとなればこれを分けてもらうことにしている。ただ、いつ開封したか記憶がないなぁ、などと言っている点がかなり不安なのだけれど。

 しっかり握って、チヌを底に集中して寄せるように意識する。可能な限り沈下途中での団子の崩壊を押さえたい。

 3投ほどで大凡の棚を取り、4投目からオキアミを針に刺す。

 しかし団子が割れない。いつまで経っても割れてくれない。う〜ん...

 時間も短いため、積極的に動く。サナギ粉を追加。割れを促進させるためだが、サナギ粉は軽いため、チヌを上ずらせる原因にもなってしまう。このため、サナギ粉には軽く水分を含ませてから混ぜ込む。若干水分多めの団子になったため、紀州マッハ(青)を少し追加。天気もいいので、これでもすぐに乾いてくるだろう。

 サナギ粉の油分で団子の表面が黒くテカり始めるまでしっかり握って、えいや!と投げる。ここは沖に投げるほど水深が深くなっているようで、肩が温まってきて自然と飛距離が伸びてくると、ハワセていたハズが詰め気味になったりする。

 団子の調整をしたから、というより、そのころから少し海底の活性が上がってきたようで、急に団子の割れが早くなってきた。いい感じだ。

(寒風山に向かい竿を出す僕)

 Kishiさんの方はチャリコや草フグを連発しているが、こちらにはそれほどしつこくこいつらが当たってこない。
 あとで聞いたところ、Kishiさんはアミエビを入れていたらしく、それがこの差につながっていたようだ。

(Kishiさん)

 本虫が当たり餌。最近の状況から本虫を準備している。広島では本虫と呼ぶが、関西ではマムシ。本名は岩イソメ。

 オキアミが残った。居るな...

 本虫の頭を刺す。団子を固く握って投入。

 団子が割れる。...少し待て、だな。
 永易浮きが少し頼りなげな魚信を伝える。確実にチヌ、という確信が持てる当たりではなかったのだけれど、ゆっくりと竿を立てて合わせると、グゥンっと水深を味方にしたチヌの重量が竿にのってきた。

 しかし、サイズは極めて僕的なものであったため、クーラに腰掛けたままぐいぐいとリールを巻き上げ、銀鱗が見え始めたところで立ち上がる。チヌだ。7月のチヌよりは大きそうだ。

 引き抜こう、としたところ、竿がチヌ競技SPだったため持ち上がらない。カメラをもってこちらに来ていたKishiさんに「そりゃ引き抜いちゃだめだよ。」と諭されて玉網を手にする。

 32cmほどか。

(綺麗で美味そうな男鹿のチヌ)

 「よかった。前回は刺身食えなかったけど、これで今回は刺身を食べてもらえる。」とKishiさん。男鹿のチヌは美味いそうだ。なるほど、美味そうな顔つきをしている。

 ここで連発できればいいのだけれど、一枚釣った後、また海の雰囲気が変化してきたようだ。もっとしっかりこのチヌに団子を突かせるべきだったか...

 相変わらず草フグ、チャリコを上げているKishiさんを横目に、すっかり魚の気配が薄れた感がある僕。

(チャリコとKishiさん)

 Kishiさんのところに行くと、「チヌパワー、使います?」と差し出してくれた。 ああ、ありがとう。でも大丈夫かいの。と、臭ってみる。

 「・・・・す...すっぱいぞ。」
 「ええ?そう?」
 「これ、チヌ、逃げるって。いや、失神するかもしれんぞ。」

 残り時間も短くなってきた。

 アミエビ、入れてみるか。

 素直なものだ。それまでは針など殆ど結び替えることがなかったのに、アミエビを少し入れた団子を打ち始めると、段々ハリスに傷がついたり、針がなくなったりし始めた。

 結局、そのまま納竿時間。

 水平線に夕陽が沈もうとしている。綺麗だぞ、とkishiさんに聞いていたので、慌てて波止の少し高いところに駆け上がる。

 水平線だ。いつ見ても圧倒的だ。海がキラキラと夕陽を映して金色に揺れる。西の空が朱色に染まり、頭上は夜の気配が漂い始める。少し落ちついていた風がまた吹き始める。



 どうだい?澄んだ空気と海に沈む夕日の煌めきは。揺れる金色の黄昏。それだけのためにここに来てもいいと思わないか。


 本当なら可愛い女性と...いや、妻と...これを一緒にこの黄昏色に染まることができれば幸せなのだろうけれど、今は気心の知れた北に住む友人と竿を片手にこの夕日を眺めるのも悪くはないよな。



男鹿磯にてチヌを求める

 大きさはともかくとして、とりあえず、男鹿で紀州釣りでチヌを釣り、フカセで真鯛を釣る、という目標は今年の2回の男鹿遠征で達成した。

 僕の場合は大きさを求めると永遠に達成できない夢になってしまうので、ここで「次は良型を」などという目標は立てない。
 次の目標は男鹿磯でチヌ、だ。

 要望通り、Kishi奥さんの美味いラーメンを汁まですっかり飲み干して感動。やはり美味い。ラーメンというのはバランスがとても大事で、出汁の中で何かが主張し過ぎたり、また何かが抜けているとどうにも納得できない味になる。抜けたところを味付けで誤魔化そうとしたようなラーメンはとても汁を飲み干せたものではない。

 さて、次は比内鶏の親子丼。これも美味い。正直、ラーメンを汁まで飲み干した後、普通に丼にドンと盛られた親子丼を全部食べることができるだろうか?と思ったのだけれど、食べ始めるとあっという間に平らげてしまった。

 さらに、僕の要望のつくね。これがまた美味い...のだけれど、さすがに腹がぱんぱんで一つしか食べることができなかった。

 あとは比内鶏の手羽焼き。これは一息ついてからムシャムシャと頬張る。

 Kishi家のTとS兄弟の行動や言葉に頬を緩めながら、「おいおい、大丈夫か?前回は起きなかったしなぁ。」などと笑顔で「達磨」を飲むKishiさんの飲酒ペースを気にしながら、ただ暖かい時間が過ぎて、夜は更けていく。



 僕が起きあがるより前にKishiさんは起きてきた。「お、エライじゃん。ちゃんと起きて。」
 「当たり前だよ。」
 「そおかぁ?」

 身支度をしてサファリに乗り込む。

 静寂この上ない夜に無遠慮にサファリが「がおん!」と咆える。


 3度目の男鹿 加茂地区の大竹丸。

 怖いほどの星空を眺めながら船を待つ。我々が到着したとき、ちょうど1番船が出船したのだ。

 正直、あまり1番船に乗りたいとは思っていなくて、落ち着いてゆっくりと2番船で出ればいいや、と思っていた。
 Kishiさんが「(1番船が出た後で)丁度良かったね」と言っている。このあたりのものの考え方が非常に似ていて、僕はKishiさんと行動しているととても気が楽なのだ。


 ゆっくりと二人で2番船か、と思っていたのだけれど、なんだが続々と車が入ってきた。

 気がつくと、船の中には僕らを含めて10人?ほどの釣り人が乗っている。

 出船。

 次々に渡礁していって、とうとう僕ら二人だけが船に残った。これも実に僕ららしい状態だ。是が非にでもあそこに...などという気持ちが毛頭無い。船頭さんにあげて貰った磯でいいのだ。

 「最後になっちゃったね。」
 「でも、どうせ渡船代払うんだから、長く乗ってられる方が得じゃないか。」
 「でも、また酔ってきたんだが。」
 「また飲み過ぎかよ。」


 船は大浅橋(だいさんきょう)という地磯に着けられた。お、いいな、と思った。

 というのは、僕のように瀬戸内海の、しかも浅場が多い周防大島などで日頃竿を出している人間からすると、男鹿の沖磯はダイナミック過ぎるし、深すぎるのだ。あくまで感覚的な話なのだけれど、どうしてもそんなところにチヌが沢山居そうな気がしない。真鯛が多いのは非常に頷ける。
 これはあくまで普段の環境からくる「慣れ」の問題であって、流れのないところでしか釣っていない人は急流場は釣れないような気がするだろうし、流れの中でしか竿を出さない人は流れのない場所では釣れないような気がするかも知れないし...といっただけの話。

 この大浅橋、少し地方向きに釣り座を取ると、丁度岸に向かって浅くなっていく駆け上がりの正面に釣り座を構えることができる。この日はとても海が澄んでいたこともあって、駆け上がりの上は底がスケスケに見えている。ここはチヌが釣れそうだ、という感覚を持つことができる。

 釣り座の選択権をKishiさんは当たり前に僕に与えてくれて、そんなわけで僕は先端ではなく、岸に平行に釣り座を構えた。


 しかし、何度見ても男鹿はいい。

 ここからも切り立った緑の隆起を切り裂いて滝が海に落ちているのが見える。ここはまだまだ海と山がつながっているのだな。



 さて、フグだらけ、という情報は十分すぎるほどにインプットされている。どう釣るか?

 岸から駆け上がりの向こうを攻めるときを想定した。幸い駆け上がりは自分の正面にほぼ真っ直ぐに走っている。つまりは駆け上がりの前後を自由に釣れる訳なのだから、考えてみればこれほど釣り易いことはないな。

 ともかく、マキエをまともに仕掛けに被せるのは得策じゃあない。

 駆け上がりの際、しかも駆け上がりの地方側にマキエを集中させよう。かけ上がりの上に打ったマキエはかけ上がりの沖のチヌを上ずらせる。仕掛けの投入点は駆け上がりより沖側に入れる。これでサシエが残る線を、しかもギリギリ残る線を探っていく。

 食い気のあるチヌが居れば、おそらくはこの曖昧な線上で食ってくる。もっと活性が上がればそんなことも気にしなくてもフグくらい蹴散らせてくれるのだろうけれど...聞いている最近の状況ではそこまでは望めないだろう。棚は?食い気があれば3ヒロくらいか。しかし駆け上がりの壁の底近くまで探らないといけない可能性は高い。

 こうして見えない海の中に目を懲らして、いろいろ考えるのが磯釣りの楽しいところだ。もっとも、殆どの場合思ったようにはいかないのだけれどね。



 今のところ聞いていた程のフグではない。上手くやれば仕掛けが通っている。

 お、アタリ!

 チャリコだ。

 最大で20cmちょっとまでのチャリコを数枚。朝の内はそのような感じ。それなりに期待感があった。


 「ん?Kishiさん。あれ、なに?」
 「ああ?あ、あれ、エチゼンクラゲの第一陣じゃないか?」

 「おおお?あれが噂のエチゼンクラゲか。」

 ふらふらふらふらと、最初は一匹だけかと思ったのだけれど、何匹かが近寄っては離れていく。

 

 う〜ん、決して気持ちのいいものじゃないなぁ。デカイし。僕らが瀬戸内海でみるクラゲに比べると圧倒的な存在感で、その傘の部分の肉厚はすでにクラゲのそれではない。やたらヒラヒラしたスカートをはいた品のないイカのようだ。


 さて、そんなことをやっていると、ようやくフグも本気になってきたようだ。マキエワークだけではかわせなくなってきた。
 そもそもフグというやつは厄介な面とそうでない面を併せ持っている。チヌの活性さえ高まればそそくさと居なくなってしまう気弱な面があるので、チヌがよったかどうかのバロメータとなるのだけれど、チヌがやる気にならないと、これほど鬱陶しい餌取りは...まぁ小アジや小鯖よりはマシなのだけれど...いない。
 マキエに完全に寄り切らず、いくら集めようとしても動かない個体がいるような気がする。当たってくる棚にも個性があって、表層から底層まであちこちに散らばっているのも厄介な話だ。


 まあいいさ。ゆっくりと、少しばかり澄みすぎた男鹿の海と、10月の東北とは思えないような澄んだ日差しと、そして押し迫るような少し紅葉混じりの緑に身を委ねて過ごそう。

 ふぁ〜あ、眠くなってきた。いやいや、チヌだチヌだ。磯でチヌだ。
 何かスイッチが入る要因があれば、この状況なら釣れないことはない筈だ。

 瀬戸内なら潮変わりのワンチャンスがあるのだけれど、干満による潮の動きに支配されない外海にはこれがない。


 ふと、潮向きが変わる。すると、もっと状態が悪くなってきてしまった。


 まぁいいさ。

 Kishiさんと少しばかり釣り座が離れてしまっているので、時折、どちらとも無く竿を置いて近づいていって話をする。一人じゃできない海の楽しみ方だな。



 状況の悪さにKishiさんが僕の後ろ側の深く小さなワンドに向けて竿を出し始めた。確かにいいねらい目だと思う。外が荒れたときにはいい釣り座なのだそうだ。


 しばらく経ったころ、背後に妙な気配を感じて振り返る。

 ・・・あれ?なんでKishiさんは頭から潮を被っているんだ?波飛沫?でもそんなに大きな波は来ていないしな。

 「どうしたんだ?潮、被った?」

 「・・・いや、ハマッタ。だってさあ、この潮だまりの中に深い穴が空いててさあ...」

 よくよく話を聞いてみると...本人が恥ずかしがってなかなか喋らなかった部分も含めてだけれど...Kishiさんが立っている場所の後ろに潮だまりがあった。その潮だまりは濁っていて底がよく見えなかった。後ろに下がって潮だまりに足を突っ込んだ。すると、底がなかった...らしい。底がない、は極端なのだけれど、太ももあたりまで足を突っ込んで、結果、転びそうになって手を突いた先がまた潮だまりの中で、そこにも狙い澄ましたかのようにまたしても底のない穴が空いていた。

 片方の穴に片足、もう一方の穴に片手。

 ・・・Kishiさん、そんな身体を張った笑いを取ろうとするなら、足を突っ込む前に教えてよね。

 などと、怪我がなかったから冗談で済んだけれど...まあ良かった良かった。ということで笑ってしまおう。

(穏やかな男鹿の海にて、頭からしずくを垂らすKishiさん)

 よくよく周りを見てみると、まるで人工的に掘ったかのような丸い穴があちこちにあって、そこに潮水や雨水が溜まっている。大きな穴から小さな穴まで。奇岩といってもいい。男鹿には本当に色々な景色がある。

 この大浅橋はその名の通り橋のような磯だ。釣り座からは見えないのだけれど、洞窟があって、そこは反対側に海に抜けているらしい。その上が橋、という訳なのだろう。観光船が幾便も、それなりの人数の観光客を乗せて、僕らの釣り座の前を通り、丁度そのあたりで船を停めて何か案内の放送を流しているのが聞こえる。

 「え〜、あれが男鹿で有名な、釣れもしないのに一日岩の上でフグに餌を撒いている”釣り人”でございます。アホですねぇ。あ、釣り人の一人が岩の穴に足を突っ込んでコケましたね〜。いやぁ今日は珍しい光景が見れました。みなさま、運がいいですね。」

 などと放送している...訳はないし、残念ながら、穴に足を突っ込んだときには船は通っていなかったようだ。



 その後、一度チャリコが釣れたのだけれど、それは短時間で、またフグだけの海に戻る。

 相手がフグなので練り餌も効果はない。そうはいっても大きめの練り餌で底にこれを置くようにしてじっくり待つ、といったような攻め方しか思い浮かばない。あとはとにかくチヌの食い気にスイッチが入るのを待つのみだ。


 久しぶりに長い時間磯に立っていて、足が怠くなってきた。

 座り心地のよさそうな岩を見つけて腰を下ろし、ブーツを脱ぐ。ふぅ。そのままゴロンと後ろ向きに倒れて目を閉じる。眠ってしまおうか、と思ったのだけれど、どうにも日差しが強すぎて...でも、気持ちいいなぁ。


 竿を振る。本当に蒼い、澄んだ海。もう少し濁りがあった方が当然食いはいいのだろうけれど、その代わりにとても気持ちがいい。




 これで最後の針にしよう、と思っていた針があっけなくフグに取られた。

 ああ、終わったな。男鹿磯でチヌ。それは次回に持ち越しだ。遠いけれど、この秋田の海は広島からは本当に遠いけれど、きっとまた来る。いや、間違いなく僕は帰ってくるだろう。男鹿の海も、Kishi家も、図々しい僕にはもう帰る場所の一つになってしまったようだ。



 そして金色に輝き始めた海の上を、船が近づいてきた。





 翌日、秋田空港。

 Kishiさんとガッチリ握手をして、「じゃぁまたね。」と手を振る。

 上手くことが運べば、近いうちにまた会えるはずだ。ここで、ではないけれど。


 空港は最近少し嫌いになってきた。ここをくぐり、そして飛行機に乗れば、その先に待っているのは現実だ。いや、現実があるから夢が見れるのだったか。せいぜいしっかり現実を生きて、男鹿磯でチヌ、の夢を叶えにまた来るさ。


 ・・・考えてみればBa2さんに短時間外房で遊んで貰ったのを除けば4ヶ月ぶりのフカセだったな。どうりで足は怠いし、腕もパンパンな筈だ。うつらうつらとしながら、こりゃぁ帰ってからフカセも少し鍛え直さないといけないなぁ、と、ウィークデーを飛び越して週末を考えるという、結局現実逃避気味の僕だった。



風に追われ、アジに追われた

 本来、松茸狩りにいって、それから能美で紀州釣りをするはずであった。

 しかし、ここのところの好天続きでどうにも松茸など殆ど顔を出していないらしい。
 「そんなことはないだろう?今年は松茸は豊作だと聞いたぞ!」
と、訴えてみたのだけれど、確かに山の方はそうらしいが、島の方はそうではないらしい。まぁ島でも当然山に松茸は生えるのだけれど。

 そうなると、わざわざ能美まで行くのが面倒になってくる。何しろ我が住まいのある大野(旧:大野町)から能美島への道のりは長く、そして混むのだ。

 マイナス要因があるとさっさとそれを避けて通ってしまう最近の僕は、永易さんの「アミエビなしでやってみて」という依頼はとりあえず(そのうちに・・・)ということにして、リハビリ的フカセ釣りに行くことにする。

 10月21日。もう秋も深まってきて良い頃なのだけれど、今年は未だ日中はかなり気温が上がっていて、Tシャツでウロウロできるほどだ。
 天気予報では、風は2mくらいと言っていた。

 「うん、これは今日は暑い一日になるなぁ。強烈な日差しの下、たまにそよぐほどの風に吹かれて気持ちよく過ごせそうだ。」と非常に機嫌よく家を出た。

 あまりに安心していて、普段なら道中の幟や旗のはためき方で気付くようなものだし、南岩国あたりの煙突からの煙が真横になっていることで本来ならすでに絶望感を抱くはずであったところ、大島大橋を渡る直前になって、事態が非常に深刻なことに気付いた。

 橋を渡る。大島大橋を渡る者は、渡りきったところで右か左か、の絶対的な選択を迫られることになる。右に進めば、周防大島の西から南西の海岸を目指すことになり、左に進めば、北、および、おおよそ安下庄あたりから東の南海岸を目指すことになる。周防大島は場所によっていろいろな雰囲気の釣り場を楽しむことができるのだけれど、条件が厳しいときには、これを左に進むか、右に進むか、で、釣果が大きくそれこそ左右されることになる。

 この大島大橋の選択の場。渡りきったところの正面に立てられている幟がバタバタと激しく風に吹かれている。立木が揺れている。周防大島の場合、ここでこれくらい風が吹いていると殆ど落ち着いて竿を出せるところがないのだ。

 周防大島では完全な風裏、というものが、なかなかない。これは瀬戸内特有かも知れないが、風向きに対して山の裏側に入っても、風は複雑な流れをもって巻いてくるのだ。地形的に山颪の突風が吹いたり、山裾に沿って猛烈な風が吹き付けたりして、幾度か恐ろしい目にあっている。
 一番恐ろしかったのは、真っ正面からの猛烈な風で前に進めなかったことだろう。日は暮れてくる。しかし前に進もうと思っても動けない。さらに風が強すぎて正面を向いていたら息が出来ない。荷物を捨てて行こうか、と真剣に考えたくらいだった。これは台風の時ではない。天気予報では風速4〜5m程度のときの話だ。ジリジリと滲み寄るような進み方でいつもの倍以上の時間を掛けて帰ったときの恐怖は、未だに僕に強烈な...そう、自然への畏怖の念を与え続けている。
 この時以来、僕は風に対してはとても神経質になっているような気がする。


 さて、そして風が吹いている訳だ。完全な風裏、でなくても、やはり風裏方向に行こう、というのが僕の即断だ。北東方向から吹いていると思われる風に対して、西方向、つまり右へ進む。

 しかし、とても嫌な予感がする。
 いや、海面の様子を見る限り、こちらに向ば釣りにならないようなことはないだろう。

 しかし、だ。

 たぶん、アジ。なのだ。

 小アジがこの時期は磯際を埋め尽くすことがよくあって、こうなるととても楽しい釣りなど出来なくなる。アジ対策には練り餌が有効であるが、言い換えると、この状態では下手をすると一日中練り餌で釣りを展開することになる。

 僕はあまりそういう状況は好きではないんだよな。

 それに練り餌はフグの大好物だから、ここに近年、異常なほど増えていると思う草フグが当然のように沢山居れば、もう、ともかく練り餌が取られなくなるまで我慢して、チヌが寄って練り餌が残ったら、じっと練り餌をチヌが食うのを待つ。という(それほど簡単ではないけれど)スタイルになってしまう。

 まあいいか。ゆっくり過ごそう。

 車を停めれば3分で釣り座、という、お手軽な釣り場へ入る。思った通り、風はそれほど問題にならない。

 マキエはオキアミ生3kg、チヌパワームギ、オカラダンゴの僕のワンパターン配合。

 マキエを入れる前に磯際を見ると、妙に細長い、そして10cmもないような小魚がすでにかなりの数泳いでいる。

 ・・・まさか、磯際になぁ...いきなりそんなことはないよなぁ...

 第一投。

 仕掛けを回収しようとすると、餌より少し重い。・・・何か泳いでるようだ。

 10cmもないようか小アジ。ああ、もう嫌になってきた。いきなりか...


 マキエの投点と仕掛けの投点をずらせて、仕掛けが馴染む時間を稼ぐ。幸い、潮は気持ちよく左から右へ流れていて、雰囲気だけは悪くない。

 パイロット的に使っているG2浮きのセッティングでは仕掛けが馴染まないため、2B浮きに変更する。

 しかしアジというヤツはフグと違って流れを気にしない泳ぎ達者なところがあって、また気持ちいい流れはすなわち沖にマキエを運ぶことになって、この海域が一面アジだらけになるのは時間の問題なのだ。

 そうなる前にチヌの顔を見たい。できればオキアミで釣りたい。

 集中。

 今考えると潮の下げの時合いだったと思う。
 すでに気持ちの良い潮は止まって、反対方向へと動き始めていた。

 海中を想像しながら、マキエとサシエの位置関係をずらせ、そしてチヌとの接点を探っていたとき、ようやくプロ山元浮き2Bが潜行。アワセ!

 ・・・チヌだな。うん、チヌだ。チヌには違いない。そうそう、チヌだ。・・・小さくても...

 22〜3cmほどだろうか。


 ところで今日の僕は、朝からとても塩焼きが食べたかった。いつもならリリースするサイズなのだけれど、今日の状況ではサイズなど望めないかも知れない。そうなると、このサイズでも3枚ほど釣れば、それなりにおかずにはなるではないか。うん、とりあえずキープ。

 結局はその判断は正解だった。

 その後、オキアミでもう1枚。
 オキアミを諦めた後の練り餌でもう1枚。21〜24cmまでの小チヌを3枚。それでもやっとのことでキープしたのだった。



 ただ、結論的に言えばこれは大正解だった。塩焼きは案外このくらいのサイズの方が旨い。家族3人。うまいうまい、と言って食べた。つまりは釣りの一つの極めて正しい形が整ったのだった。


 釣りの方だけれど、その後はひたすら小アジで、マキエを打とうが打つまいが所詮小アジ。
 練り餌が底まで通れば草フグで、一度も練り餌が残る、などということはなく、まぁもういいですわ、僕。という状況であった。

 おまけに風が徐々に向きを変え始め、時折突風が吹き付け始めた。ええい、もう止めた。と、13時前には竿を畳んで帰ったのだった。


 しかし、天気予報のいい加減さというのはどうにかならないものだろうか。どうして風速2mの風で海面に白兎が踊り、立木が揺れるのだろう。やれやれ、だ。


  

そしてそこもアジだった。

 もともと釣りには行けないだろう、と思っていたのだけれど、28日にもなんとか釣りに行けることになった。ただ、金曜は東京に居て最終の飛行機で広島に帰ってきたため、寝るのはなんだかんだと1時ころに。

 眠いので5時半起きの6時過ぎ出発。

 ところで、ここのところ寝付きがとても悪く、下手をすると朝方まで眠れないままベッドの中で悶々と耐えてるようなことまであって困っていた。とくにストレスを新たに抱えた訳でも、自覚している上で精神的に参っている訳でもないのだけれど...ひょっとしたら疲れていないのかも...その線は濃いなぁ...なんだか”寝方が分からない”ほど寝付けないときがある。

 さらに、こんな風に出張で帰りが遅くなってしまうと、妙に目が冴えて、本当に眠れなくなるパターンが多い。

 が、ここのところ、女房に妙なものを飲まされて、とても寝付きが良くなっている。
 妙なもの、とは、Kishiさんあたりに言わせると、あんなモン飲んだら身体壊すくらいマズイらしい、「養命酒」であった。
 まぁ、養命酒だから寝付きがよい、のではなくて、そもそも僕はアルコールは殆どダメなので、計量カップに20mlの養命酒をゴクリと飲むと、数分後には心臓がドキドキと、中学校2年生のときに惚れた女の子と教室で二人きりになって、なんだか会話らしきものが成り立ってしまったときのように頭もボーっとしてきて、眠くなってくるのだ。まぁ、寝酒、というやつになるのだろうけれど、たった20mlでいいのだから本当に安上がりな男だ。

 養命酒はマズイ、という話なのだけれど、僕からしてみれば酒などどれも旨くはないので...強いて言えばスーパードライよりはマシなのではないか、と思うくらいで、基本的にはどうでもいいものでもある。

 これがどれくらい身体にいいのかどうかは分からないのだけれど、まあ、酒も少量なら身体にいいらしいし、血行もよくなるだろうからね。


 そんなわけで、1時過ぎに寝て、5時半に起きた訳だ。


 今度は注意深く道路脇の幟やら煙突の煙やら見ていたが、ほぼ風はなさそう。気持ちのいい一日になりそうだった。

 とにかく、アジのいないところに行きたかったのだけれど、ここのところ周防大島の地磯にあまり入っていなかったため、ここなら大丈夫、という場所が思い浮かばない。あそこもアジ、あそこでもアジだったよなぁ。と悪い記憶ばかりが甦ってくる。

 ともかく、少し浅めのところの方が何れにしても無難だろう、と考え、また、島の北向きの方がよいだろう、と決めて、釣り場を定めた。

 車を停めて砂浜を少し歩き、磯場を少し歩いて目当ての釣り座に着く。こんなところでわざわざフカセをやらないだろう、と思えるような、一見ぱっとしないポイントなのだけれど、型や数にこだわらなければ、チヌはどこにだっている、というのも事実のなので、こういう場所を探り歩くのも地磯釣り師の楽しみの一つだ。

 まずは満潮になったら水没しそうな岩の上にバッカンをおいてスタート。

 マキエはとてもワンパターン。オキアミ生3kgにチヌパワームギとオカラダンゴ1袋ずつ。

 マキエってどうなのだろうね。
 今日などは浅場ということもあって、まず遠投、ということになるので、そのことだけ考えるとマキエはネバリケというものが強いととても楽だ。ネバリケが強くて重たいマキエであるほど遠投はし易い。・・・のだけれど、僕としてはマキエの拡散性というものに妙な執着があって、バラケヤスサを重視したマキエを作っている傾向が強い。オカラダンゴ大好きなのはこのあたりから来ている。

 流れを無視すると、ある程度「面」でマキエの効いたエリアを作ることが何かと便利で、とくに浮きやすい瀬戸内のチヌに対しては効果的なのではないか、と思っている。う〜ん、こんな屁理屈を言い出すと長くなるので止めておこう。

 ともかく、マキエは遠投したい訳なのだけれど、まあどんなマキエでも水分量に気をつければそれなりに飛ぶし、それより何より、軽い浮きを使うと、マキエより仕掛けの方が飛ばないので、まぁある程度までの距離であればどうでもいい、というのも一つの真実でもある。バラケヤスサなどといっても、別に赤土を撒いたりする訳ではないので、どちらにしても極端なことにはならないだろうしね。


 さて、そんな遠投を始めた訳なのだけれど、いきなり、そう3投目くらいでもう嫌になってしまった。

 「・・・おい、またお前かよ...」

 先週と同じ。10cm未満のアジである。今日は12cmくらいのものも混じっているのだけれど、だからといってどうした、というものでもない。

 今のところ、先週よりは若干活性が低い様子なので、マキエの撒き方に注意を払いながら、とりあえず日が高くなって収集が着かなくなる前にチヌの顔を見ておくしかないよな、と諦めつつ決心して、集中することにした。

 しかし、やはりアジ。一度車に戻ってクーラを持ってきて、こいつら30〜50匹ほどキープして、今日は小アジのフライで骨までぽりぽり、とか、南蛮漬けとかにしてやろうか、とも考えたのだけれど、そんなことでアジ釣りに専念すると、まずチヌの顔も見れなくなるだろうから、と、若干勿体ないな、と思いつつ、リリースを繰り返した。

 2時間ほど経った。
 チヌはおそらく寄っている、と思う。マキエの投点を思いっきりずらして、しばらく元の投点を休ませておいて、今度はマキエを入れずに元の投点にサシエを入れ、マキエはもう一つの投点に打ち込む、という、まあありきたりな作戦に出ることにした。

 サシエが通った。

 うん、先週よりは余程マシな状態だな。

 もう一投、同じことをして、今回は一呼吸置いてサシエの投点付近にマキエを一投だけ打ち込む。

 浮きが入る。

 アワセ!

 お、きたきた。今日も小さいが来た来た。元気に走る秋チヌをよいしょ、と引き抜く。塩焼きだな。

 次の一投。すでに先に追い打ちしたマキエの影響でアジが反応している。う〜ん、こりゃ焦ると駄目だな。

 30分ほどして、ようやく次のチヌアタリが出た。
 アワセ!

 グゥン!っと、今度は幾分重量感がある。ほほ、お刺身サイズかな。
 と、思ったのだけれど、やはり大したサイズではなかった。う〜ん、無理してお刺身サイズかな。

 これも元気に走って竿を引き絞ってくれるので楽しい。最近あまり魚を釣っていないのでね。

 よいしょ、と、引き抜く。うん、先のよりは一回り大きそうだ。しかしなぁ、もうちょっとなんとかならないものかな...などと思いつつキャッチしようとしたら掴み損ね、竿も思ったより曲がっていて、ぶぅわんぶわんと魚が揺れて、そして、ボチャン。あ...

 くぅ〜

 俺は何故、こうまで玉網を使うのを嫌がるのだろう。
 いつも準備をしていて、ちゃんと足下に置いているのに、何故だか玉網を出来る限り使わずに済まそうとする習性があるようなのだ。何のメリットもないのに...そう分かっていても引き抜こうとしてしまう。
 アテンダーだと少し苦しいけれど、プレシードSPであれば35cmくらいは十分に引き抜けていて、こういう竿を長いこと使っていたことが僕にこのような妙な習性を植え付けたのだろうか?
 いや、そんなわけもないか。

 次から、小さい、と思っても玉網を使おう。しかし、習性というのはなかなか治らないからなぁ。


 ところで、先の一枚は帰りがけにメジャーを当てると30cmあった。ということは、ボチャンと落としたチヌは33〜34cmくらいはあったんだな。ああ、なんだかチヌが小さく見える症候群は全く治っていないのだなぁ。ああ、刺身。刺身はあれくらいのサイズが美味しいのになぁ。



 そんなわけで、それから以降はともかく小アジだった。
 周防大島周辺はひょっとすると、全周小アジに占領されているのではないか?と、そんなことすら考えてしまったのだけれど、それもあながち外れではないかも知れない。
 それならいっそのこと、やはりアジでも狙っていた方が気が楽かも知れないな。正直、このサイズのアジを狙って大島まで来る気にはならないような気もするけれど。

 そうそう、釣具屋でふと目に入ったヒロキューの「本練り ちぎりダンゴ」というネリエを買ってみた。いつも使っているマルキューの食わせ練り餌チヌと同じようなパッケージで、ただ、本練りの方が安い。安いのはとてもいいことだ、と思った。

 このネリエ。封を開けた瞬間、あれ?と思った。パッケージが似ているから、開封するときっとニンニク臭がするだろう、と、特に考えるともなしにそう信じていたのだけれど、まったく違う臭いがする。とても甘い匂い。食べてみたくなる匂い。というか、僕はこういう匂いのお菓子を知っているぞ。・・・が、思い出せない。なんだっけ?

 なんどか口に運びそうになる誘惑に耐えつつ、何度か使ってみたのだけれど、やはり、というか、所詮、というか、確かにアジは突破するのだけれど、ハリスガタガタ。やはりフグはどんなネリエも大好きなようだ。

 食わせ練り餌よりは柔らかく、その点ではいい感じなのだけれど、どうにもべたべた、というよりネチャネチャして...やはり指を舐めたくなる。

 これでチヌが釣れていればファンになったかも知れないのだけれど、釣れなかったから今後使うかどうかは分からない。所詮人間の好き嫌いなどそんなものだ。


 しかしあのちぎりダンゴの匂い。一体何の匂いだったのだろう。あれは絶対に食べたことのある匂いなのだけれど。


 さて、満潮潮止まりから下げに変わった。その時合いも反応なし。

 いや、正確にはアジの活性が上がった。もういいや、と、バッカンを洗う。


 ・・・ん?確かこの釣り場、ある程度潮が高くても帰れたよな。ある程度。

 しかし、今は殆ど満潮潮位だぞ。帰れるのか?

 まぁいいや、行こう行こう。
 
 岩場を回り込む。・・・やはり砂浜が水没して、コンクリートの壁面が海とつながっている。

 水深は...際を歩いて30cm弱。浅そうなところを気をつけて歩けば、ギリギリブーツでも通れるかな...

 しかし、僕の心の奥底では、すでに結論は見えていた。そう、僕はもう何度もブーツの中に海水を満たすことをやっていて、経験的に「無理だ」と分かっていた。歩けばブーツは前方に傾斜するのだから。

 そして、真ん中あたりまではなんとかなったが、そのあたりで、当然のように水没。ああ、やっぱりな、まぁいいや、面倒だ、そのまま行ってしまえ。

 砂浜ではファミリーが釣りをしていた。恥ずかしいので立ち止まらず、そのままバシャバシャと歩いて砂浜を通過。車に戻る。


 さて、ここからが大変なのだよなぁ。

 僕のがまかつのブーツは、すでにサイドファスナーが錆て固着して動かなくなっている。加えてこのブーツは少しぴったり過ぎるサイズでもあって、こうなったらまず脱げないのだ。

 完全にブーツのかかと、さらに先端が負圧になり、足を引き抜こうと思っても抜けない。

 ほとんど肉離れにでもなりそうな痛みに堪えつつ、あっちをずらし、こっちをずらし、指を突っ込んで空気を入れようとがんばったり、なんだかんだとやりながら、結局15分くらいかかってようやく脱げた。

 周りから見ると随分滑稽な姿だったことだろう。道路脇だから通行中の車からも見えるし、あたかも犬が自分のしっぽを追いかけるかのように、足を掴んでくるくる回っている訳だから。

 ブーツも買わないといけないかなぁ。


 ズボンの裾もびしょ濡れだけれど、車のシートの濡れは気にならない。そりゃぁそうだ。こんな時のために室内防水パッケージ、エクストレイルにしたんだものな。たまには海にはまらないとな。

 やれやれ。



 

短い話

 晴天の3連休。11月3日から5日なのだけれど、これを逃したのは拙かった。
 拙い、と言っても、どうしようもなかったのではあるけれども、結局、その翌週も釣りに行けず、やっと釣りに行けるか、というこの18日。なんとも冴えない週間天気予報を週明けから睨みつつ、それでも金曜には晴れマークすら出てきて天気予報を誉め讃えつつ、そして迎えた18日の土曜日の朝。改めて天気予報を見てみると...雨。午後からは間違いなく降り出すだろう。

 そもそも、それまで雨マークだったものが、何故金曜になって急に曇りのち晴れ、などという予報に変わるのか?と疑問に思っていたのだが、結局元の曇りのち雨の予報に戻った訳である。天候の予測は難しいのだろうけれど、それにしても、これでは天気予報が予報になっていないではないか?

 すでにオキアミの解凍予約もしているので、ぶつぶつ言いながらも出発する。

 潮も悪い。確か7時過ぎが満潮で、昼過ぎまで釣るにしても下げ潮一本。こういう潮は朝から入る地磯が極めて限定され、気持ち的に盛り上がらないものがある。

 どうしたものかな。

 前日が京都出張で帰りも少し遅かったため、朝も5時半起きの6時過ぎ出発。昼から雨が降り出すとすれば、4〜5時間しか竿が出せないな。

 う〜ん...

 まぁたまにはそれでもいいか。

 滅多にないことなのだけれど、小さな漁港の駐車場に車を停める。今日はもうあまり遠くまで行かずに防波堤で竿を出そう。
 雨が降り出したときに荷物を車に戻したりするのも楽だしな。

 そう、雨の日に釣り道具、とくにロッドケースを濡らしてしまうと、この時期なかなか乾かない。それが困りものだ。皆は一体、どうしているのだろう?

 この港は、京都の兄貴分、Kabe兄が岩国に帰郷した際によく出掛ける場所で、いつも沢山釣っている。


 車を停めて外に出ると、結構風が当たっている。寒い。レインウェアを上下着込んで、ブーツを履く...ん?何かブーツの中が冷たい...幾ら何でも3週間前に濡らしたものが未だ乾いていない、などということはないだろうし...あ...中敷きを入れるのを忘れた...そういうことか。冷たい、というより、固いのだな。

 釣り座に荷物を運び、準備を始めたときに、ふと、フィッシングナイフを忘れたことに気付く。

 忘れ物が多いなぁ。まぁそれは釣れたときに心配しよう。


 マキエはオキアミ生3kg、チヌパワーV9遠投、オカラダンゴ。

 潮位が高く、ここは潮もそこそこ動き、さらに風が強いため、3Bの浮きをセットし、Jクッションというものを道糸に通し、その下にBのガン玉を打つ。浮き下は4ヒロで、ハリスはとりあえずフリーにしておいてみる。

 Jクッションなどの便利系小物はあまり普段使わないのだけれど、潮受けの大きい水中浮きの持ち合わせがなかったため、これを使った。というのも、Kabe兄の話では、ここは沖堤の際を流す方がよい、と聞いていたからで、この風と、この潮の流れでは、少し潮受けを大きくしてやらないと馴染みが悪いだろう、と思ったからだ。


 しかし、憂鬱だ。

 太陽はいつまで経ってもその存在を僕にアピールしてくれない。風は冷たい。もう何年も着込んでいるこのダイワのレインウェアは、一応ゴアテックスなのだけれど、上着は丈が妙に短くて風が吹き込んでくるし、それを停めようと裾を絞るゴムひもを引っ張ると、今度はしゃがんだときに背中が出たりする。さらに風が強いと結局はその冷たい風は薄いナイロンとゴアテックスの層を通して伝わってくる。

 つまりは、寒い。手がかじかむほどの寒さにはほど遠いのだけれど、太陽がない、というのは、どうにもよろしくない。


 さらに...だ。

 何故だか、一投目からひたすらに餌が盗られる。

 なんなんだ?フグにしてはハリスに歯形はないし、アジではない。スズメが湧くようなところでもないしな。

 ありえるとしたら、極めて小さなベラ類。あるいは小さなチヌか。

 チヌ、という線はありえるな。

 浮き下を3ヒロに詰めて見る。

 それから少しして、ようやく浮きにアタリが現れ、これをアワセると20cmほどのチヌ。やはりこいつか。

 ならば、しばらくこいつと遊ぶか。いやいや、それともその下を狙って、型を求めるか。

 チヌがいる、と思い、獲らぬチヌの刺身および塩焼き算用を始めたのだけれど、なんのことはない。その後、その日は二度とチヌの顔を見ることはなかった。

 その後、やはり延々とサシエが盗られる。

 勿体ないな、と思いつつ、食わせ練り餌の封を切ってネリエを落としてみるが、それもあっという間に餌が盗られる。となると、これは単にチヌ、とは言えなくなってきたぞ。

 とにかく餌取りの正体を...と、浮きを久しぶりにエアゾーンの小型に変えて、浮力をG2+程度に設定し、錘はハリスにG5とG7を段打ちにして積極的にアタリを拾いに出てみた。

 確かに、餌に触ったのは分かるが、決して浮きは深くは引き込まれない。すぐに浮いてきて、それですでに餌がない。


 この餌取りの正体。結局はフグだった。

 時間が経ち、活性が上がるにつれてハリスに歯形が入り始め、フグならばチヌが寄れば散る、と言い聞かせて竿を振るも、結局そのまま。

 10時過ぎには寒さも手伝ってかなりやる気がなくなってきて、11時過ぎに竿を畳んだ。どうにもいかん。磯なら、さらに遠投、とか、マキエとサシエの投点の打ち分けなどいろいろ試すことができるのだけれど、こうも仕掛けを流すラインが特定されてしまうと、僕にはどう攻めてよいか分からなくなってしまう。


 やはりどうにも苦手なこの場所。そのうちKabe兄と竿を並べさせて貰わないといけないな。
 

 道具をまとめて、車に積み込む。車を出すと同時に、フロントガラスに小さな雨粒。この雨はそれから徐々に強くなり、結局昼にはまとまった雨になった。今日は雨に打たれなかっただけ、ヨシとしないといけないかな。

 やれやれ。


 ああ、そういえば久しぶりにコーヒーでも飲もう、と思ってガスコンロとパーコレーター、それに水をペットボトルに入れて持って行ったんだった。水を捨てておかないといけないな。

 やはり波止ではコーヒーを飲むゆったりとした気分になれなかった。



ふらふらと...

 この晩秋、もう初冬といった方がよいのだろうけれど、この時期の最後のイベントとして南紀遠征を考えていたのだけれど、今年はこれは見送ることとなった。

 今年は男鹿半島に2度も行く、という、大胆不敵な行動をとったのだけれど、やはり自然とバランスしてしまうものなのだろう。計画していたうち、対馬遠征と南紀遠征はまた来年の楽しみにまわる。


 さて、この時期は瀬戸内海では一年で一番チヌが面白い時期でもある。遠征しないのであれば、存分に瀬戸内、いや、ホームグランド周防大島を楽しみたいところ。

 ところが、ウィークデーにはあれほどの好天が続くのに、週末や祝日は荒天続きである。

 雨が降ると釣りに行かない、という、精神弱体化釣り師の僕としては、なかなか竿を振ることができない。

 さて、今週は...
 雨マークは出ていない...と思っていたら、週末が近づくにつれて曇りマークになり、さらに強風波浪注意報とは...

 どうするか?結論は土曜の朝に出そう、ということにして、金曜は素直に寝る。もっとも、満潮潮止まりが7時過ぎなので、狙いは9時半ころから3時過ぎまでの下げ潮止まりを挟んだ時間なので、早起きの必要はない。こういう狙い方をすれば、釣り場の選択肢も増えるからね。早朝満潮の潮は地磯釣り師には辛いんだよね。


 平日と同じ時間。6時過ぎに起きる。

 パソコンをつけて天気予報を確認すると、やはりどうにもよさそうな感じではない。とくに周防大島あたりは...広島湾なら雨は大丈夫そうなのだけれど。

 外を見る。徐々に白み始めた空には、気を重たくするような雲は見あたらない。風もまだたいしたことはなさそうだ。しかしなぁ...

 人間、というのは、出不精になるとダメだ。何か理由を見つけて出るのを止めよう、という気持ちが心の深いところのどこかで、もやもやと、しかし確実に存在しているのを感じる。
 こういうことではいかんなぁ。

 7時ころ、「よし」と自分に一声掛けて家を出た。


 あれ?

 そうか、通勤時間帯かぁ。土曜とはいえ、この時間帯は少しよくないようだ。道路もコンビニも混雑模様。

 えっちらおっちら、という感じで進んで、途中、未解凍のオキアミ3kgブロックとチヌパワームギを購入。未解凍、というあたりに、若干の「逃げの気持ち」が現れていたりする。なにせ、空は西に行くほど暗くなっているのだ。

 そして、とうとうフロントガラスに雨粒がつき始めた。

 あと10分ほどで大島大橋、というところで、一気に本降り。叩き付けるような降り方だ。

 どうしようか。もう帰ろうか...

 あそこのスペースに入って、Uターンしよう。

 そのまま行き過ぎる。

 よし、あそこのコンビニで引き返そう。

 そのまま行き過ぎる。

 優柔不断な僕の心がそのまま表れている行動なのだけれど、ただ、周防大島に行きたい、という気持ちだけは間違いなくあって、どうせ引き返すなら、大島大橋を渡ってからにしよう、という考えに傾いていったんだ。


 大島大橋手前のパーキングでトイレ。車からトイレに走るだけでもびしょ濡れになりそうな降り方だ。

 ちなみに、こんな雨で竿を出す気は全くない。

 とりあえず島に渡り、パーキングエリアに車を停める。

 バッカンの中に突っ込んでいたオキアミをクーラに入れて、実はこんな展開もあり得るかも知れないし、それはそれでいいかな、などと思って持ってきていた文庫本を開く。



 こうやって割り切ってしまうと、激しい雨のその雨音もそれほど嫌なものではない。別に雨が上がることを期待している訳でもなく、ただ、静かに雨音を聞きながら本を読みたいだけなのだ。

 おう、そうだ。折角だからコーヒーでも飲もうか。

 7:3分割のリヤシートの「3」の方の背もたれを前に倒し、平らにしてCAMPINGAZのバーナーをセットしたガスボンベを置く。
 パーコレータに水を入れ、本当なら粗挽き豆を入れたいところなのだけれど、中挽きのコーヒー豆を入れる。

 ブタンガスに火を着け、コーヒーを沸かす。

 車中で火を使う、などと、あまり勧められた行為ではないのだろうけれど、昔、夜釣りをしたり、車中で寝て釣りをしたりしていたころも、よくやっていたな。あのころ、車はパジェロだったけれど。

 当然、窓ガラスは少し空けている。

 左から吹き込む風が、パーコレータから立ち上る湯気を右窓の隙間に押し運んでいく。いい匂いだなぁ。



 そろそろいいかな。

 ステンレスのマグカップにコーヒーを注ぐ。熱っ。


 運転席に戻って、また本を読む。時折突風が激しく車を揺らす。

 なんだかいい時間だな。本当に静かだ。雨音は雑音を消してくれるから。

 車中でコーヒーの香りと雨音に包まれて本を読み終える。雨音に包まれていた、と思っていたのだけれど、気がついたら雨が上がっている。


 さて、帰ろうかな。

 ・・・そうだな、少しだけその辺を走ってみるか。

 エンジンをかけ、見慣れた道を走る。

 あそこの護岸、チヌ、釣れるよな。ちょっと見てみようか。


 風、少し強いけれど、竿が触れないほどじゃぁないな。青空も見えている。11時か。折角だから、干潮の潮止まり前後だけでも竿を出してみるかな。


 オキアミを敷石の境目に挟むようにして海に浸けておいて、それから竿を出す。なにせ、オキアミは全く溶けていない。そりゃぁそうだ。溶けないようにしていたのだから。

 竿を延ばしても、いまだ表面が僅かに溶けただけのオキアミを、愛用の竹製しゃもじで削り取るようにしてオキアミを崩す。が、まぁ全体の2〜3割程度しか崩れない。幾ら未だ海水温が高いから、といっても、10分やそこらで溶けるはずもない。

 まぁいいや、オキアミなんてそんなに入っていなくても変わりゃしないだろう。

 バッカンに海水を入れてオキアミを浸し、ここにチヌパワームギを2/3袋ほど空けて、混ぜ合わせたらマキエ完成。


 仕掛けはとりあえずプロ山元浮きBをセットして、ハリスにG7,G5段打ち。道糸にG5をもう一つ打つ。

 足下は潮が干潮前ということもあって、極めて浅い。15mほど沖の駆け上がりの沖を狙う。

 餌がない...あっという間に餌が盗られている。


 なんだろう?

 アジにしては...いやいや、フグ??いや...

 浮き下を調整して、アタリを拾いに行ってみると、ようやく浮きに魚信が現れた。どうにも未だそれほど活性の高くないアジのようだ。

 この間までは10cm程度だったアジも、やっと15cm程度に育っている。

 もう少しいいサイズのものも混ざり、これは何とかお土産になりそう、とほくそ笑む。
 いつもなら持って帰れないのだけれど、今日はクーラはすぐ近くにある車の中にあるし、どのみち短時間の釣りだから、鯖折りして水くみバケツで血抜きしておいても持つだろう。なにせ気温は低い。

 まじめにアジを釣ろう、と思うと、これがまた上手く行かないものだ。
 さすがに少しは水温が落ちてきたのか、若しくはポイントのせいなのか、アジの活性は間違いなく今までより落ちているようで、表層でいきなり餌を持って走る、というアタリ方ではない。ある程度仕掛けが馴染んでから、ようやくアタリが出る。しかも、時折針に掛からない。

 敷石の隙間に落としてしまった一匹を含めて6匹ほど釣ったところで、潮が変わった。干潮の潮止まりを迎えたようだ。

 ときおりサシエが帰ってくる状況になってきた。ただ、ここは潮が右から左へ流れた方が食いがいいのだけれど、この時から潮が左から右へ動き始めていて、つまり潮止まりと潮向きの悪さから単にアジが食わなくなってしまったようだ。

 道糸が強風に煽られて舞い上がる。この風を利用してほぼ岸と水平に、かつ、風向きと反対に流れる潮に対して、上手く張りを与えながら流す。風をどう道糸に与えるかでこれが調整できるので、こういう風と潮は結構面白い。

 駆け上がりにもたれかかる直前、浮きが妙な動きをする。ジワッと張りを与えて緩める。浮きが潜行する。

 ・・・アワセ!

 グゥン!っとチヌの生命感が竿を通じて伝わってくる。が、小さいなぁ。小さい。まぁ小振りなアジと一緒に料理するにはちょうどいいか。

 25〜6cmのチヌ。抜きあげる。


 結局連発はしなかったのだけれど、どうもこのタイミングではもう少し上手く釣れば、もう1〜2枚は拾えていたかな、という感じがする。

 上げ潮の動き始めに期待して今しばらく竿を振るが、小さめのギザミが一匹掛かっただけ。

 日差しが戻っていた空が、また黒い雲に覆われ始める。風も強くなってきて、波頭も鋭くなってきている。


 腕時計を見ると、ここに着いてから2時間ほど。

 雨が降り出す前にやめるか。

 竿を畳む。




 無性に腹が減ってきた。車の中にはシーフードヌードルがある。
 よし、食うか。

 荷物を車に積み込んで、パーコレーターに水を入れて、バーナーにブタンガスをセットして、小脇にシーフードヌードルを挟んで釣り座近くに戻る。

 壁の影で火を着けて、すでに上着を脱いでしまったことを後悔しながら、バーナーの暖かさに寄りかかる。

 小粒な雨がポツリポツリと落ち始めていて、なかなか湧かない湯に少々イライラしながら、ただ、波を眺める。

 どうにも、風が強すぎて湯が沸かないようだ。

 パーコレータの中を覗き込むと、小さな泡が出ているのだけれど、あと一息、どうやっても沸ききらない。パーコレータが「一生懸命がんばってるんですけど、申し訳ない」と言っているような気がして、「まぁこの風だものな」とつぶやき、一旦火を止める。

 車に戻って、今度はドアを開けたまま車の中でブタンガスに火を着ける。

 あ

 っという間に沸いた。

 シーフードヌードルに湯を注いで、こうなったらもう意地な訳で、どうやってでも海を見ながら食べてやる、と、それを持って釣り座に戻る。


 ありきたりだけれども、やはりカップヌードルは家で食べるより、流れ出そうな鼻水を気にしながら寒風に晒されて食べる方が旨いものだ。


 車に乗り込んで走り出した直後、また激しい雨に包まれた。


 とくにどうした、ということもない、そんなふらふらとした時間。

 季節は冬になった。