雨の季節に
はっきりしない天気予報だったのだけれど、それでも6月2日の土曜は、何とか大丈夫だろう、と考えた。
それでもオキアミの解凍予約をしなかったあたりは、どうも予報が信じられず、直感的に雨は降るだろう、と感じていたのかも知れない。
案の定、である。
朝、4時半頃に起き出して外を見てみると、駐車場のコンクリートが濡れている。どうにも思ったより早く雨が降ったようだ。今は降っていない。
さて、どうしようか。
起きてしまったしなぁ。家にいてもあれやこれやと言いつけられて、ゆっくり出来るわけでもないし...まぁもっとも僕が居なければ、それを女房がすべてやるということだから、こういう理屈で家を抜け出すのは正しい姿じゃぁないのだけれど...まぁいいや、とりあえず出掛けよう。
家を出ると、すぐに車のフロントガラスを雨が叩き始めた。
う〜ん、どうしよう。
まあ腹も減ったし、とりあえずコンビニまで行こう。
ミルクフランスとほっとレモン、それとポカリスェットを購入してコンビニから出ると、やはり雨が降り続いている。
もう明るくなり始めている空は、それほどの荒天を予感させるものではない。止みそうな気はする。
どうしようか...う〜ん、と悩みながら、車は西へ向かい始める。
今日はレインウェアは持ってきていない。雨の中、釣りをする気はない、ということなのだけれど、それでも雨の中で...しかも車の天井にバラバラと音を立てるような大粒の雨の下を周防大島に向けて車を走らせている自分。おかしなヤツだなぁ。
幸い、駐車スペースに着いた頃には雨は上がっていた。
荷物をまとめる。今日は米も一合ほど持ってきている。というより、カロリーメイトを持ってこずに、昼はこの米一合と現地調達の魚で済ませるつもりだ。
はっきり言って、先週の状況から、釣果は殆ど期待していない。それより、最近どこででも釣れる小アジ、それと小メバルを期待しているところ。これらが僕の想像上の昼飯なのだ。
パーコレータ、マグカップ、パーソナルクッカーの鍋と蓋、醤油の小瓶、水2L。これだけで結構大荷物だ。
いつものリュックにチヌパワームギとこれらを入れると、さすがにはち切れそうだ。
バッカンには途中釣具屋で買ったキザミッコ(クラッシュタイプのオキアミ3kg)とサシエ用の0.5gkgのオキアミブロック、それに白チヌを詰め込んでいて、それなりに重い。
大した行程ではないのだけれど、荷物の重さにヒイヒイいいながら釣り座に到着。
まずはパーコレータにコーヒー粉を入れて、水を入れて、ガスに火を着ける。
そしてマキエを作る。キザミッコにチヌパワームギ、それと白チヌ。オキアミを増やさずに少し量を増やすときの最近の定番になってきた。若干粘りすぎるような気もするけれど、まぁ遠投はし易い。
マキエを作ってから、少し高いところで湯気を立てているパーコレータのところに戻る。
マグカップに注いで一息。ふぅ。少し冷たさすら感じる風が熱いコーヒーの味を引き立てて、海辺で飲むコーヒーの旨さに唸る。同じ淹れ方をして家で飲んでも大して旨くはないのだろうけれどね。人間の味覚もいい加減なものだけれど、それはいい方向のいい加減さなのかも知れない。
7割ほど飲んだマグカップにコーヒーを注ぎ足して、それから仕掛けを作る。プロ山元浮きG2を使ったいつもの仕掛けだ。
竿を振り始めて唖然とした。
魚っ気がまるでない。マキエを入れても入れても全くサシエが触られない。
おいおい、小アジは?小メバルは?
本当に10投しても最初のオキアミがしっかり着いたまま帰ってくる。こういうシーンは本当に久しぶりだ。
少し冷めかけたコーヒーを飲みながら、少しばかり悩む。参ったなぁ。昼飯。米だけ炊いて喰う訳にもいかんし、それじゃ一合じゃ少ないし。
そんなことを考えていると、まだ釣り初めて1時間ほどしか経っていないのにお腹が空いてきた。
この調子じゃぁ釣れたらチヌだな。
変化が出たのは満潮潮止まり前の9時ころ。唐突に浮きが沈んだ。
確信してアワセを入れると、やはりチヌ。しかし...相変わらず小さいなぁ。チヌ競技SPを使っていたため、竿は綺麗に円弧を描いているのだけれど、圧倒的に重量感が足りない。
キラキラと光を放ちながら浮いてきたのは30cmを少し越えているかな、というチヌ。
チヌ競技SPではこのサイズは抜きあげられないな、と感じたので、32〜3cmはあるのかな?玉網を差し出す。
思った通り33cm。
ここが最初の山場だったのだ。
しかし、次のアタリで掛けた、先の一枚よりは若干重量感のある一枚をバラした。
これで最初の時合は終わった。
次は潮が下がり始めてからポツリポツリとアタリが出始める。
針に掛かるのは30cmを少し切るか?という更にサイズダウンしたチヌ。
少し型を求めて先週使い残した魚玉ハードをつけてみるが、まったく触られない。エサ取りが居ないときは、やはり僕にはオキアミが使いやすい。
11時を回ってストリンガーに掛かっているのは5枚。サイズが小さい割に連発しない。いや、連発させることができない、といった方が良さそうだ。
もともと大した腕ではないけれど、どうにもここのところ自分の下手さをヒシヒシと感じている。上手い人なら倍は釣っているだろうな。
そのあとはまた静かな海に戻り、退屈な気持ちは僕の空腹感を際だたせる。
しかし釣れない。メバルも小アジも。普段、あれほどどこに行ってもしつこく付きまとう小アジが今日に限っていない、というのも...まぁよくある話なんだけれどね。
時折ベラ類は釣れる。が、これはたぶんご飯と一緒に炊くと良いことにはならないような気がする。
25cm程度のチヌを一枚追加。それでもこのサイズも続けることができない。

正午を回る。アタリはない。しかし餌が妙な囓られ方をすることがある。何かが居る。しかしフグではなさそうだ。
待望の一匹は15分後。10cmほどの小メバルが掛かった。
嬉々として料理に取りかかる。まぁ料理という程でも無いけれど。
海水で米を研ぐ。目分量でペットボトルから水を注ぐ。それから小メバルの鱗を丁寧に打ち、内臓とエラを取ってから米の上に置く。
醤油を香り付け程度に落とす。
きっと旨いに違いない。
ふと、ガスボンベが軽くなっていることに気付く。そうそう、そろそろこれは無くなるはずだった。
持ってきた新品のボンベに取り替え、そして...運命の時がやってきた。
火を着けよう、と、100円ショップで買った電子着火式のライターを取り出して...あ、っと思ったときにはライターが岩で跳ねて、そして更に下の岩で跳ねて、海に着水。
げ!
大あわてで下に降りてライターを拾い上げ、タオルで拭いてから試しに着火ボタンを押してみる。ガスは出るが火花が散らず、従って火はつかない。
乾けば大丈夫かな、と思って、僅かな期待をして15分ほど放置しておいてみたのだけれど、このライターはどうにも終わってしまったようだ。
鍋の中には海水で研いだ米と、そう思ってみると哀れな子メバルの姿が、醤油で少しばかり色がついた水の中に所在なく滞り、そしてそれを見つめる僕は所在なく岩に座り込んでいる。

できあがったメバル飯を想像し、そしてそれは一層僕の空腹感を刺激する。
やはりカロリーメイトは必需品だなぁ。しかし、あの新製品のポテト味はイマイチだよなぁ。やっぱりチョコレート味だよなぁ。ああ、腹減ったなぁ。
ええい、もう止めた。コンビニでおにぎりでも買って喰おう。
そんなこんなで、今日も海辺で過ごす一日...いや、半日が過ぎていくのだった。
まあ雨に降られなくてよかったね。
イタリアに転勤になっている会社のFという先輩がいる。
毎年、といっても、2年だけだけれど、春にこのFさんを交えた会社のメンバ11名ほどで、海辺の漁師宿に泊まりがけで遊びに行っていた。
Fさんは2ヶ月おきくらいに帰っては来ているものの、なかなか泊まりがけで遊びに行くとなると、予定が立てづらい。会社の都合というのは、直前になってみないと解らないものだからね。
それで結局、今年はその行事は断念した訳だ。
イタリア語が殆ど解らない日本人がイタリアで生活する、というのは、やはりストレスが溜まるもののようだ。
英語が使えるだろう、と、考えるが、実際のところ、イタリアでの日常生活で英語は好意を持っては受け入れられないとのこと。通じないことも多いようだ。
となると、会社関係で現地にいる日本人、もしくは日本語が理解できる現地のスタッフ以外とはしゃべれない。いや、独り言はしゃべっているだろうけれど、僕と違ってもともとよくしゃべる方のFさんは辛いところだろう。
さて、そんなFさんの帰国日程に合わせて、泊まりは無理だけれど、釣りにでも行こうか、という話になった。
季節柄、対象魚はキスとなる。
折しも前日から遅い梅雨入りした6月16日の土曜日。「雨が降ったら止めようぜ。」などと真剣に言っていたのだけれど、前日にはなんとか持ちそうな天気予報になってきている。
朝5時過ぎ。家の前に会社の後輩Nのエスティマが停まる。
車中にはこの日のメンバが揃っている。メンバは5人。
広島市内のあちこちでメンバを拾いながら我が家まで来ているのだから、皆は随分早起きをしているはず。もっとも、5時に出られるように準備するだけでも、最近の僕にしてみれば結構早い。
「おい、N。腹が減ったんだけど。」
「私もコンビニに寄ろうと思っているんだけど、次、どこにあります?」
「もう過ぎた。しばらく(岩国まで)無いぞ。」
と、思ったら、反対車線側にローソンがあった。僕は基本的に反対車線にあるコンビニは認めない?ので、気にも掛けていなかったが、どうも割と新しい店のようだ。
車はローソンの駐車場に入る。
「あ」
唖然とした。
車を降りるとき、念のため財布を確認した。
財布はあった。そりゃぁそうだ。家を出るときにポケットに入れたのだから。
が、中身がない...カード類しかない...
いかん、間違えた。
普段使っている財布は、札、カード入れと、小銭入れを別にしている。しかし釣りの時はカードなど殆ど要らないし、コンパクトにまとめた方が楽なので、古い財布に札も小銭も免許証も入れ替えているのだ。
・・・普段使っている札入れを持ってきてしまった。一円も入っていない。
気心の知れた会社の連中なので、まぁどうにでもなるし、僕の忘れっぽさや鈍くささは当然に知られているから、笑い話、ということである。
それにクレジットカードは何枚も入ってるしね。それにセブンイレブンならナナコ(電子マネー)が携帯で使えるし。
電子マネーは便利だよね。財布を出さずに普段ポケットに突っ込んでいる携帯だけでことが足りるのだから。
EDYとナナコがあれば、都会ならかなりそれでことが足りる。
JR東日本のスイカがあれば、東京はもっと楽なのだけれど、あれは逆に地元じゃ使えないしね。
JR東日本のイコカは携帯で使えないのが面倒だ。チャージもチャージ機からでないとチャージできないから、広島ではチャージもできない。もっとも夏から広島もイコカが使えるようになるらしいけれど。
余談ついでの余談なのだけれど、東京の地下鉄などで使えるパスモのサービスが始まっているけれど、このエリアはイコカが使えない。
大阪の地下鉄はイコカで乗れるので、地下鉄に乗る度に料金表を見上げて料金を把握して、そして切符を買って、という手間が掛からなくてとても便利だ。東京もJRとモノレールはイコカで乗れるものの、都営地下鉄とメトロで一旦改札を出て...あちらで乗り換えこちらで乗り換えとイナカモノをいたぶっているような東京の地下鉄で使えないのは非常に辛い。
そのうちイコカで東京の地下鉄に乗れるようになるのか?ならないのならパスモを作るか、イコカをやめてスイカにするか...割と真剣な悩みである。
さて、ローソンはIDが使えるのだけれど、これは利用していない。
「ごめん、Mさん。俺の、出しといてね。」
結局ここでの買い物はまとめて払ってあとで精算、ということになった。
釣具屋ではMさんに金を借りて、餌屋でもMさんに金を借りる。500円玉を握りしめて餌を買いに行く僕は小学生のようだ。
「海ゴカイ、500円ね!」
多人数でのキス釣り、といえばここ。
馴染みのある海岸に到着する。当然周防大島だ。
風が強く心配したが、投げ釣りならなんとかなりそうだ。
一本目の竿に仕掛けをセットして、フルスイング...パン!あ、切れた。
そもそも投げ釣り道具は殆ど手入れをしないから、道糸の状態が悪かったんだろうなぁ。
作り直して投げ直す。
その竿はMさんに渡す。簡単に引き釣りのやり方を教えておく。ちなみにMさんは女性だ。釣り経験はほぼ無い。
この日のメンバのうち2名は女性。最年少のIと、反対の?Mさん。
Iさんは、もともと同じ部署だったFさんにまかせる。Nは一人で少し離れたところに移動して竿を振り始めたので、Mさんのサポートは自然と僕がやることになる。
そもそもこの日はFさんに楽しんで貰って、あとは釣り経験のないMさんに海と釣りの楽しさを味わって貰えればいいな、と思っていたため、僕自身は釣るつもりが殆どないのだ。
「田中さん、引っ張っても動かないんだけど。」
藻掛かりである。
「餌が...」
「なんか釣れた...」
僕は走り、餌をつけ、投げる。
Fさんもそれほど釣りに馴染んでいる訳でもないのだけれど、Iの方は自分で餌をつける、投げる、などの一通りをこなすので、そっちは放っておいても大丈夫そう。
ここはキスは固いところなのだけれど、この日はそれほど活性が高くない様子。初めのうちは静かな時間が過ぎた。
Nがようやく1尾釣る。
遠投できないFさんやIは草フグ、メゴチの小さいもの、小さなクジメなどをぽろぽろ釣っている。
Mさんに預けた竿は未だ沈黙。僕ももう一本竿を出しているのだけれど、これも無反応。
Mさんに預けた竿でようやく釣れたのは、上げてみたら掛かっていた、というキス。
2尾目も上げてみたら釣れていた。

キスの小気味いいアタリを味わって貰いたかったのだけれど、なかなか上手くいかないものだ。
青空だ。いきなりの梅雨の晴れ間だけれど、ともかく気持ちがいい。
パーコレータを準備してコーヒーを淹れる。
「ひさびさに日本の旨いコーヒーを飲んだなぁ」と、Fさん。
当然イタリアにもコーヒーはあるが、あちらはエスプレッソが主体。小さなカップに濃い濃いコーヒー。たっぷり砂糖を入れてグルグルかき混ぜて、そして一気に飲むらしい。
豆の味を味わいながら、そして雰囲気を味わいながらゆったりと楽しむコーヒーに飢えていたのだろう。

ポツリポツリとキスが顔を見せる。好調というにはほど遠い状況だけれど、こうしてのんびりと竿を振っていてもそれなりに楽しめる豊かな海に感謝だ。

湯を沸かしてカップラーメンを作る。イタリアにもカップラーメンはあるが、高くてマズイらしい。
カップ麺にしても、日本人の味への拘りは凄いものなのだなぁ、と思う。僅かな出汁の違いを感じ取り、あーだこーだと曰う日本人の味覚はこういうところにも現れているのだろう。
正午を回る。
さて、そろそろ...
実は、今回の釣行に先立って、Mさんにお願いをしていたことがある。
Mさんは多趣味な方で、その趣味の一つに茶道があるのだ。
「是非、野点やって。」
無理無理お願いして了解を取っていたのだ。
では、と頼むと、「車の中でいい?」
「・・・なんでじゃい!それじゃ雰囲気出んだろう。」
「だって、座るとこないじゃない。」
そういえばレジャーシートも持ってきていない。
「そこのコンクリートの上でいいだろう?」
「ええ〜!」
かなりつべこべと?抵抗を受けたが、基本的にはノリのいい人なので、ともかく了解して貰った。
茶道など全く嗜まない僕なのだけれど、こういうものもその場その場で柔軟に楽しむべきだ、と思う。裏千家の茶の道がどうなのかは知らないけれど、おそらく根底には、時間、空間を楽しみ、その中に礼節を重んじ、相手に対する心遣いを重んじるものなのではないのかな?
であれば、あるものであるようにその精神を全うさえできて、皆が楽しめればそれでいいように思う。
Mさんもそこは頷いてくれている。
それでも最初はクーラの上で茶を点てていたのだけれど、どうも上手く力が入らないとかで、結局コンクリートの上にバスタオルを敷いて、そこで茶を点ててもらった。


海岸で夏の日差しに炙られ、そして心地よい風に吹かれながら楽しむ茶。
「旨い。」
ちゃんとした抹茶をいただくのは実は初めてだったのだけれど、快い苦みとクリーミーな口触りはなんともいえず素晴らしい。

「結構なお点前でございました。」
ルールは知らないけれど、一応礼節を重んじる僕。

「こら、おまえ。なに立ったままで飲んでんだ!」
礼節を重んじないNであった。
釣りと野点の接点は、野田知佑さん(カヌーイスト)にある。アラスカで野点をする話がよく本に書いてある。
日本人の心のリズムを他国の人に伝えるには、ひょっとすると茶道というのは優れているのではないだろうか?
何より、大自然の中でゆったりとした時間、「間」を楽しむ茶道は、絶対に心地よいはずだ、と思っていた。
機会があったら、またMさんにお願いしよう。
自分でやってみるのも面白そうだけれど(実は、あとで教えて貰いながら僕が茶を点ててMさんに飲ませたのだけれど、やはり上手く出来ず、お茶碗の底には見事に抹茶が滞っていた)、少しばかり習いに行くのも恥ずかしい。時間も無いしなぁ。
会社の中にも茶道部があるのだけれど、ここは女性が殆どで、僕にはこういう場所に入り込む勇気も根性もない。
潮がかなり引き、砂浜が大きくなってきた。
さて、と、車の中からサンドウェッジを出す。当然ゴルフクラブのことだ。
Mさんの多趣味の中にはゴルフもあって、どうにもバンカーショットが上手くいかない、とのことだったので、砂浜での練習を勧めておいたのだ。
僕もやってみたのだけれど、思ってみるほど簡単ではないな。
あとの3人は、またキスの活性が少し高まったようで、竿を振っている。
釣り、コーヒー、波の音、寝転がると高い高い空、キス、お茶、ゆったりと流れる時間、力をのせてはじき出すと遠くに円弧を描いて飛んでいく錘、ゴルフ、照りつける日差し...
海はいろいろと受け入れてくれて、それを少しだけ輝く色に色づけしてくれるようだ。
久しぶりにのんびりと海を楽しんだなぁ。
皆がそう思った一日だった。
(釣果の一部)
チヌ釣りはいつ以来だっけ?
そう、6月2日だ。その後、一度キス釣りには行ったけれど、また随分間が空いたものだなぁ。
ここのところ、どうにも忙しい。忙しいを理由に釣りに行かない、などというのは、僕としては納得できないものの一つだったのだけれど、どうやらここにきて、そうも言っていられなくなってきたようだ。
まず、僕自身も忙しい。この2ヶ月弱の間で、何だかんだで仕事で土曜を潰されたのは3度。この4月からここまで、どうにもそういうことが多かった。それがずっと続くとは思わないけれど、そういう現実が実際に起こっているのも確かだ。
それが”日本の正しいサラリーマン”なのだろうけれど、僕が理想としているものとは当然違う訳で、仕事が忙しい、を理由に、休みを潰してしまいたくはない。いや、皆そう思っていても、僕などより忙しい人は山のように居るわけで、仕方なく何かを犠牲にして、仕事に臨んでいるのが、つまりは現実なのだろう。
また、女房も忙しい。剣道も続ければ続けるほど、いろいろな行事に引っ張り出される。これは好きでやっていることだからいいのだけれどね。
そして娘がとにかく忙しい。部活のテニスに休日はほぼ潰され、空いた休日には剣道の試合が入ったり、はたまた塾が入ったり、気がつけば定期テスト期間だったり。
何をするにも送り迎えが必要で、僕が居なくてもすくなくとも車は必要だ。
家族皆の予定をカレンダー上にプロットすると、空いている日が殆どないのだ。
いや、全くないことはないのだけれど、たとえば2週間に土日が2回ずつで4日休日があるとすると、そのうち3日がそれぞれの予定で潰れれば、買い物だなんだと家族に付き合う必要もあって、残りの1日も潰れる。
また、土曜は夕方の早い時間から娘の塾があって、車が一台しかない我が家としては、塾の送り迎えのため、土曜は4時過ぎには家に帰っておくように、という指令が女房から下っている。
4時過ぎに家に帰ろうと思うと、大島では2時過ぎには帰らないといけない。
フカセなら潮回りの問題がある。たとえば正午満潮なら、2時には帰れない(帰路水没)。
紀州釣りなら、じっくりとポイントを作るような釣りをしていると、釣れ始める頃には帰らないといけない、ということになる。
こんな状況で、正直、少しばかり気持ちが萎えてきているのだと思う。
車がもう一台欲しい、と、常々訴えているのだけれど、決して首を縦には振らない女房。
「日曜に行けばいいじゃん。(義母に)車借りて。」
そう、以前はよく女房の母親に車を借りておいて、そして土曜に釣りに行っていたのだけれど、この義母も習い事などで非常に忙しく、土曜は車が借りられなくなっているのだ。
日曜に行けば...と言われても、素直に信じて日曜に毎週釣りに行ったりすると、そのうち怒りが爆発するであろうことは経験済みなので、結局出掛けられないのである。
ああ、困ったものだ...ああ、長い愚痴になってしまった。
7月22日。日曜日だけれど、ともかく釣りに出掛けることにした。
気がつけば夏真っ盛り...であってもいい時期なのだけれど、誰がラニーニャ現象で梅雨明けが早いだろう、などと予測したのか知らないけれど(天気予報の精度だけは、本当にいつまで経っても上がらないなぁ。まあ難しいのだろうけれど。)、土日ともにすっきりしない空模様だ。
紀州釣りだ。最後にやったのは去年の10月14日。しかも場所は男鹿。それ以来だ。つまりは大凡9ヶ月ぶり。
倉庫の中を確認すると、未開封の紀州マッハ攻め深場が2袋。押し麦はある。それと、開封済みの紀州マッハと細挽きサナギ。これは使えないだろうなぁ。
ここのところ疲れて眠いため、無理はしないことにする。
一応、5時半に起きて、身支度をして、6時過ぎに家を出る。近所の24時間スーパーによって、アオハタのコーン缶詰を買う。一缶150円。あれ、こんなに高かったかな?今度、安売りの時に買いだめしておこう。
釣具屋で紀州マッハとサナギ粉を買い、サシエ用のオキアミ、魚玉を仕入れる。相変わらずボケは置いて無い。今年もボケ無しだな。
もう少し、広島でも紀州釣りが盛んになって要求が高まれば、ボケもコンスタントに購入できるようになるのだろうけれど...必死で糠団子を握っている人はあまり見かけないからなぁ。いや、しかし紀州マッハはそこそこ売れているようだから、そんなこともないのかな。
道中、かなり激しい雨に遭う。家を出て早いタイミングでこの雨に遭っていたら、引き返していたかも知れないほどの雨。
しかしここまで来てしまうと...それに予報の降水確率はさほど高くない。そのまま大島を目指す。
降ったり止んだりですっきりしない空模様の下、ゆっくりと島内の道を走る。
場所も悩むのも面倒なので、一番気持ちが馴染んでいるところへ向かう。
そうそう、ここは去年の盆前くらいに来て、石積み波止の石の隙間から沢山のアシナガバチが出てきて、襲われそうになって大変な思いをしたんだった。
そのあとここで釣りをした人から、大丈夫だった、と聞いているので、大丈夫かな?
車を停め、荷物を運ぶ。紀州釣りはフカセに比べて荷物が多いから大変だ。
幸い、車から釣り座が近いので、何度かに分けて荷物を運ぶ。
荷物を置いて、団子を作ろう、としたところ...
ブーン
げ、アシナガバチだ。
やはり石の隙間から数匹が出入りしている。
落ち着かん。
荷物をまとめ、波止の先端方向へ移動。足場は悪くなるが、ここにはスズメバチは居ないようだ。
そんなこんなで、団子を作り始めたのはすでに9時過ぎ。
現時点の海の状況が解らないため、とりあえず、紀州マッハと攻め深場を1:1で混ぜ、サナギ粉を少し少なめにして、アミエビはカップ半分くらい入れてみる。それと押し麦。
久しぶりで腕が不安なので、海水をマッハ一袋分に対してカップ2杯ほど入れて、ほどほどに握りやすい状態にしておく。
確かめるように、丁寧に団子を握る。
エイヤッっと投げた...ら、何か引っかかったような感じで団子が想定飛距離の半分くらいのところに着水し、永易浮きが竿下に落ちる。
あれれ?
見てみると、ハリスの最上部がささくれ立って切れている。
あ、そういえばさっき石に糸が引っかかったんだったなぁ。
気を取り直してハリスを張り直し、改めて第一投。
久しぶりなので無理のない距離に投げる。
トッポーン。心の中まで響く、気持ちのいい音。
それなりに知っている場所なので、タナ取りは2投で終了。あとは追々調整しよう。
オキアミを針に刺し、本番スタート。とはいえ、少なくとも1時間は寄せだ。針に餌を刺すのは本当はもっと後の方がいいのだけれど、まぁ辛抱できない性格だな。
怖いのは団子が割れない、餌が触られない、という状況なのだけれど、幸い、団子は2分弱で割れているし、オキアミも触られる。フグだろうけれど、魚は反応しているようだ。
案の定草フグが掛かる。
団子の割れが早くなってくれることを期待しているのだけれど、あまり変化がない。
サナギ粉を少し多めに追加。
反応が少し良くなってくる。
少し詰め気味にしていた浮き下を深くし、さて、本番だ。ハワセ幅を探っていこう。
雨が降り始める。しかもそれなりの降り方だ。ロッドケースが濡れると乾かすのが面倒なので、ロッドケースを車に持って帰る。
が、5分ほどで小雨になり、止んだ。
エサ取りがフグ中心からベラ系中心に変わってきた。いい感じ。
ふと、背後で物音がしたので振り返る。すると初老の夫婦がサビキ釣りの道具をもってやってきた。
心の中で「げ...」と言う。折角感じよくなってきたところなのになぁ。
しかし、このご夫婦は配慮のできる方達で、サビキの投点は僕の団子の投入点から結構離してくれている。奥さんの方はコントロールがままならないようで、ときどき近くに飛んでくるのだけれど...
チヌの反応が出たのは3時間弱経ってから。つまりは昼頃。
チヌっぽい反応が出ているのだけれど引き込まない。ハワセ幅を30cmほど深くしてみると、これに好反応。永易浮きに気持ちいいアタリが出た。サシエはコーン。
バシッっとアワセると、久しぶりのチヌの重みが伝わってくる。30cmそこそこかな。気持ちいいな。やっぱり。
浮かせてみると30cmあるなしのサイズだったので、そのまま引き抜く。
さらに2枚目。こちらは32〜3cmか。玉網で掬う。
いつもストリンガーのロープの先端には六角錘30号くらいをつけている。浮かせているとチヌが弱るため、底に沈めておくのだ。
しかし、ここは石積みなので、沈めると岩の間にチヌが入り込んで取り出せなくなる可能性がある。
フロートを取り出して、錘の変わりにフロートをつけておく。が、この2枚目がやたらに岩の間に入ろうとする。気になって釣りに集中できない。
少々チヌには申し訳ないが、2枚が団子になるように、かつ、フロートから離れられないようにロープを縺れさせておく。
時折、小雨がぱらついている。
3つ目。と思った綺麗なアタリ。アワセ!・・・と思ったら、ベールがオープンのままになっていて、ブォンという竿が風を切る音だけが虚しく響く。
ありゃりゃ。
最初の時合いはこれで終了。
少し潮が変わり、雰囲気が変わる。
団子の割れは早くなっているが、サシエへのチヌの反応が鈍い。コーンだと残る。
紀州マッハと攻め深場を追加。サナギ粉の比率が落としてやる。
サシエは魚玉を試してみる。
と、これに反応。一枚追加。
そしてまた...ブォン。あ、またベールが開いていた...
フカセのときは、基本的にベールオープンのままスプールエッジを人差し指で押さえて、そして常に竿を持っている。
紀州釣りの場合、竿を竿掛けに置く。ベールは閉じているのが普通なのだけれど、ついついフカセの習性でベールを開けたままにしていて、忘れているのだ。
14時半。
夕ご飯に魚を間に合わせる、という我が家の鉄則に従うと、そろそろ納竿を考えないといけない。
少し静かになっていた団子周りが賑やかになってきた。
しかも固い団子アタリ。チヌっぽい。
本アタリが出ないため、少し団子に変化を加えてみる。サナギ粉を追加。
するとオキアミに反応。32〜3cm。
ここからやっとチヌのスイッチが入り、設定もはまった様子。
いい感じの団子アタリ。餌もコーン、魚玉、オキアミのローテーションで反応が持続し始める。
これが本アタリにつながる。
ぐぅ〜ん、と、この日の標準的重量感で30cm前後を1枚、そして一投挟んで、また1枚。
こりゃ本当にはまってきたぞ。2桁くらいは...あ、もう15時20分。帰らなきゃ...
まぁええか。6枚あれば食べるに充分だし。
この日何度か降ったくらいの小雨が降り始め、空も少し暗くなってきた。よし、止めよう。

荷物を片付け、帰路に着く。雨がフロントガラスに無数の水滴を作り、そしてワイパーにそり落とされる。
梅雨の釣りだった。
そして、翌23日。梅雨明けの雷を聞かないまま、中国地方は梅雨が明けた。
この日のチヌは小さいながらも身も厚く、刺身になったそれは、身の弾力も戻って、実に美味しくいただけた。
夏が来た。
