嗚呼,我が母校

 

ここでは,私が受験人生の末に漂着した母校,修道中・高等学校並びに神戸大学について話をしたいと思います。
なお,私が在籍していたのは四半世紀かそれ以上前の話ですので,あまり鵜吞みにせず,参考程度にお読みいただけると幸いです。
非常に長いため,目次をつけておきます。

【中学・高校編】
概要 校風について 住環境について 学業について 学校行事について 問題行動について 施設について 
修道の「凋落」について さいごに

【大学編】
概要 出身高校について ロケーションについて 学生気質について クラブ・サークル活動について
学業について 恋愛事情について 就職事情について さいごに


【中学・高校編~修道中・高等学校について】

○概要
私の在籍していた修道中・高等学校は,広島市にある私立の男子校です。
6つの川からなる広島市のデルタのうち,八丁堀や紙屋町といった中心部がある洲の南端部に位置します。
すぐ東側には京橋川が流れており,御幸橋という橋が掛かっています。
今は分かりませんが,昔は川べりにドブネズミがいたことにちなみ,修道生は「御幸橋のドブネズミ」と称されていた記憶があります。

江戸時代(1725年)に広島藩主浅野吉長がはじめた「講学所」に端を発し,恐らく日本の高校の中でもトップクラスの歴史を誇ります。
当時の校長がよく「アメリカより古い」と言っていたことを思い出しました。

地元広島を中心に,各界に多数の著名なOBを輩出していることでも知られています。
ここでは到底書ききれないくらいいらっしゃいますので,興味のある方は調べてみてください。
「丸投げかい!」と思われた方,試しにウィキペディアの「修道中学校・修道高等学校の人物一覧」をご覧ください。
その理由がお分かりいただけるかと思います。

広島の役所やそれなりの企業に行けば,「石を投げれば修道に当たる」と言われるくらいの勢力を誇ります。
私は修道高校→神戸大学卒ですが,「神戸大学です」というより「修道です」と言った方が広島では間違いなく受けが良いです。
さらに広島の医者には修道出身が非常に多く,「修道医会」なる同窓会があるらしいです。
確かに医者の子どもとかそれなりに金持ちの家の息子が多かった記憶があります。私は木っ端役人の子倅でしたがね。

クラブ活動(修道では「部」ではなく「班」といいます)も盛んです。
私は6年間帰宅部を貫いたので知りませんが,ハンドボールや水球,ワンダーフォーゲルなどが有名です。
サッカーや水泳,陸上においてもオリンピアンを輩出しているそうです。
(一部を除くと結構な昔の話だと思いますが)


○校風について
校風について言えば,「自由」を絵に描いたようなところでした。
上述したように修道は男子校ですが,私は本当は共学の広大附属に行きたかった。
それが無理でも,距離の近い広大附属福山であればワンチャン通えたかも知れないという思いもありました(それも無理か)。
これは別に私が当時から女好きだった訳ではなく,男子校には「スパルタ」とか「厳しい(特に体育)」とかいうイメージがあったからです。
当時の修道のパンフレットには「修道魂ぞ」などという言葉が踊っていたので,「修道は『男塾』のようなところに違いない」と震え上がり、その恐れはますます強くなったものです。

しかし,実際入学してみると全くそんなことはなく,校則はゆるゆるで,高校に至っては制服すらありませんでした。
(この学校を中退する羽目になった亀井静香氏やモーリー・ロバートソン氏がいかに型破りな人材だったかが良く分かります。)
体育だって同程度の運動能力の者の集まりであったことから,さして厳しいと思ったことはありません。
(こんなところから何故山縣亮太選手のような逸材が出たのかは永遠の謎です。)

唯一しんどかったのは,水泳の授業でした。
というのも,修道は伝統的に水球が強かったこともあり,プールが水球用のそれだったのです。
水深が180センチあり,苦しくなって足をつこうとしても届かない。
そして中2の時には臨海学校で遠泳があり,奇跡的に生還できたものの溺れ死ぬ一歩手前まで追い詰められました。
恐らくもうできないでしょうし,する気もありません。

こういったことを除けば,いわゆる「男子校的な厳しさ」を感じたことはありません。
逆に,女子の目がありませんからある意味やりたい放題です。
下ネタはほぼ挨拶代わりですし,校内は非常に男臭く,汚いものでした。
これらを称してウィキペディアには「バンカラ」と書かれていましたが,それだけではない,いろんなタイプの生徒が集っていて,敢えて言うと「個性の坩堝」のような学校だったというのが私の印象です。
ただ,最近ではもう少し洗練され,おしゃれな感じになってきているのではないか,という印象を持っています。


○住環境について
私は小学校6年生の時に岡山に住んでいました。
広大附属と広島学院は受験資格に「保護者宅から通学できること」ということが明記されており,受験できませんでした。
唯一修道のみその文言がなかったので受験できたという訳です。
先ほど修道の入学案内をネットで見ましたが,今も岡山県からの通学者が御一方いらっしゃるようです。

とはいえ,修道には寮はないですし,そもそも保護者宅から通学できない人はごく少数です。
で,その「ごく少数」であった私がどうしたかと言うと,学校が斡旋してくれた下宿で暮らしていました。(※)
私が住んでいたのは南区の皆実町四丁目にあった老夫婦がやっているところで,何人かの学生が同じ屋根の下で暮らしているという比較的大き目の下宿屋と言えるところでした。

一緒に住んでいたのは高校生や大学生であり,当時の私からしたらかなり年長の人ばかりだったので付き合いはほぼありませんでしたが,食堂で一緒に飯を食い,また銭湯に一緒に行くこともありました。
ただ,当時12歳だった私にとって,親元を離れて一人で暮らすことは非常に荷が重く,また下宿の食事の味(カレーが辛口だとか)にも馴染めなかったこともあり,親が転勤で広島に戻ってきたタイミングで3か月後に自宅に戻ることになったのでした。

もう35年前のことであり,当時の老夫婦はさすがにもういないでしょうし,あの建物ももうなくなっていると思いますが,学生の下宿そのものはまだあの近辺にあるのかも知れません。
私自身はあまり良い思い出がありませんが,遠方の方で修道に入りたい,一人で自立して暮らしたいという思いをお持ちの方は考えてみてはいかがでしょうか。人生の良い経験にはなるかも知れません。

(※)
今現在学校において下宿の斡旋をしているかどうかは分かりません。
遠方の方はまず学校にご相談されることをお勧めします。


○学業について
私がいた頃は,広島の男子の進学校と言えば広大附属,広島学院,修道というのが定番でした。
で,少し離れて広島城北がいて,公立のトップは安古市でしたがこれらには及ばない,という感じだったと記憶しています。
今はかなり様相が変わっており,公立の雄・基町が修道を抜きそうな勢いであり,県立広島あたりも実績を伸ばしつつあります。
大学の序列はあまり変わるものではありませんが,高校に関しては私の頃とは随分変わっているなあ,という印象です。

ていうか,現状を見ておりますと,「異性と隔離して勉強に勤しませる」ということがいかに無意味か,ということがよく分かりますね。
まあ,後輩の皆様方には頑張っていただきたいものです。
とりあえず,「修道高校」で検索をかけた時に「修道高校 凋落」と出る状況は打開していただきたいと願います。
東大にも京大にも行けなかった私が言えた義理ではありませんが。
※修道のパンフの進学実績では「難関10大学」として神戸大学が入ってました。ありがとうございます。

授業はというと,とにかく当時は個性の強い先生が多かった印象があります。
男子校特有の下ネタをちりばめながら授業をする外国人の英語教師,今では放映できない「保毛尾田保毛男」に似ていてイントネーションのおかしい地理の教師,座禅で使う警策を持ってきて出来の悪い生徒に喝を入れる数学の教師,「さだまさし」に似ていてとにかく嫌われていて体育祭の「教員リレー」で声援の代わりに「帰れコール」をされた数学の教師,生徒が誤答をするたびに「ああ,○したい」とぼやく国語の教師,修学旅行の引率に行ったのは良いが,自由行動を終えて宿舎に帰って来た時に顔が不自然に赤かった英語の教師,修学旅行の引率に行ったのは良いが,自由行動中に一緒に手をつないで歩いているのを目撃された体育の鬼教師(♂)と数学の教師(♂)…
いやあ,面白い先生ばかりでしたね(苦笑)。

私は個人的には東大や京大を目指す連中との切磋琢磨,と言えば聞こえは良いですが,その中でも少し(?)ふざけていて力が抜けていた,日本史の論述の授業が特に記憶に残っています。
今と昔では状況は違っていると思いますが,あの個性豊かな(悪く言えば「変」ということですが)校風は守ってほしいと思います。


○学校行事について
最近の修道の評判でよく聞かれるのが,「学校行事が非常に盛ん」だということです。
特に体育祭や文化祭は非常に盛り上がるそうです。
私の時は体育祭はまあ普通でしたし,文化祭もまあ…

ていうか,文化祭には他校の女子が来て,それなりに手練れの奴はそういった子と仲良くなって…というのが定番だったんですが,当時の私は女の子に挨拶をするだけでも緊張してどもってしまうようなうぶな人だったので,そういったこととは全く縁がありませんでした。
仕方がないので,同様に陰キャの友人と二人で各文化班が展示している展示物を見て歩いてバカにして回っていた,という救いようのないことをしていたのでした。それを関係者に聞かれて追いかけ回されたのはいい思い出です。

卒業後は修道の文化祭には行っていませんが,盛り上がっているのであれば良いことです。
ただ,あまりチャラチャラしているのは好ましくないと思います。
そういう方向ばかりで目立つと,「そんな暇があったら勉強しろ!」と不本意な誹りを受けますので,そこは気をつけてほしいです。


○問題行動について
親御さんがよくされる質問の一つに,「修道はいじめはないですか?」というのがあります。
はっきり断言しますが,私の頃は普通にありました。
さすがに高校にまでなってやるバカはいませんが,中学の頃は私もいじめの被害にあっていました。

私立ゆえ,いじめている側もばれたら退学というリスクがありますから,人を死に至らしめるレベルのものは今も昔もないと思いますが,人を不愉快にするレベルでの行き過ぎた「イジリ」の類は普通にあると思った方が良いと思います。
これを苦にして不登校になって留年した年上の同級生が同じクラスにいたことを覚えています。

暴力や万引きという類のものはあまり聞きませんが,高校時代の同級生に,普段は超絶陰キャでそれこそ一言も口をきかないような人間だったのに,ある日突然キレて先生に暴力を振るって停学になったとんでもない奴がいました。
それなりに難しい年齢の男子が300人近く(私の頃は400人でしたが)集っている訳ですから,一人や二人変なのがいてもおかしくはないと思いますし,これは特殊な例だと思いますが,とりあえず「ゼロではない」ということは申し上げておきます。


○施設について
私がいた頃と最も変わったのはここだと思います。
私がいた頃は上述したように本当に汚い校舎であり,また結構建物自体古かった記憶があります。
以前校舎から「オヒキコウモリ」というレア物の生物が大量発生してニュースになったことがありますが,さもありなんと思いました。

それと比べると今はどうでしょう。
建物がいつの間にか増えていますし,綺麗で立派になっていますし,しかも何?グランドが芝生になってるんですけど(苦笑)。
まあ私の頃がアレ過ぎただけで,私立の学校であれば本来これくらいは当然の標準装備なのかも知れませんが(汗)。
言うても入学した暁には,その立派な設備に見合うだけの結構な額の納付金を取られますから,このくらいはやってもらわないとねえ。

ええ,綺麗な学校ですよ。(中は知りませんが)
施設・設備という点について言えば,入学してがっかりということはまずないであろうことを保証しておきます。


○修道の「凋落」について
上述したとおり,ネット検索で「修道高校」と打つと検索候補として「修道高校 凋落」と出てきます。
さらに言うと,某学習塾の入塾資料の中で修道は女学院やなぎさ,城北とともに「中堅私立中学」として記載されています。
これも上述したように,以前は「広大附属,学院,修道」が広島の男子の御三家という扱いでしたが,変わったものです。

原因を考えてみますと,修道にかつての「バンカラ」「個性の坩堝」という雰囲気がなくなってきた所為では,と思います。
修道のパンフレットを見ますと,とても爽やかで育ちの良さそうなお坊ちゃんたちばかりで,それはそれで悪いとは言いませんが,クルーズ船での修学旅行,などという写真を見ますと「力を入れるところ間違ってるんじゃないの?」と突っ込みたくなります。
ちなみに私の時代は中学の修学旅行が西九州,高校は京都・大阪・奈良で,当然新幹線と観光バスでした。
自由行動で石上神宮に行くために天理市に行って市民の方から「おかえりなさい」と声を掛けられたのはいい思い出です。

私の頃は,私のような庶民の子倅もそれなりにいましたし,上述したように教師も生徒もいい意味で(?)「変な奴」ばかりでした。
「愛すべき変な奴」が集まってその個性が原動力となって修道を形作ってきたと思っています。
今は日本全体が不景気で,私らが属していたような「中流階級」が崩壊してしまい,それなりに金のある家のお坊ちゃんしか修道に入らなくなった(入れなくなった)ことで,そのパワーが失われているのではないか,と懸念しています。

修道は現状を打破するため,東大合格にシフトした教育を進めているようですが,残念ながら結果に現れていません。
東大に入るには結構な地頭が必要ですが,それを持つ生徒の多くは広大附属や広島学院に行きます。
場合によっては県外,岡山白陵や愛光,ラサール,灘をはじめとする関西や開成など関東へ打って出る者も少数ながらいます。
余談ですが岡山白陵はかつては修道よりランクは下でしたが,今は逆転された上にかなり差がついています。

こうなってしまうと,ここから一転反転攻勢に出るのはかなり難しい状況であることは間違いありません。
個人的には,他の多くの男子校がそうしたように,男女共学にしてしまうのも一つの手かと思います。
単純に学力レベルは女子の方が上ですし,修道が女子を受け入れればなぎさよりは上,清心や女学院レベルの女子が来るでしょう。

他項で記したように,「異性と隔離して勉強に勤しませる」メリットは現状ほぼありません。
女子がいないことで本来異性に対して向ける興味を同性又は二次元のキャラクターに向けることになるだけの違いです。
少し前に学校法人としての修道学園が鈴峯女子と合併し,後に共学化して修大協創中・高校となりましたが,それより前に修道中・高校にその種のテコ入れをするべきであったと思っています。(逆にこの合併と共学化のメリットが私にはわかりません)

勿論これは最も「手っ取り早い」方策の一つの案に過ぎません。
ただ,このままでは座して死を待つだけでありますから,こういった大胆なものも含めてあらゆる可能性を模索していただきたいと,不肖のOBとして老婆心ながら思っているところです。


○さいごに(ひとりごと)
「修道に来て良かったか」と聞かれると,少々答えに窮するものがあります。
いいことばかりではなかったし,やはり一番のネックは男子校だということです。
経験上申し上げると,思春期に周りに野郎しかおらず女性との関わりが一切ないというのは百害あって一利なしです。
このような環境下に置かれると,女性観が歪む者が必ず現れると思います。

卒業後の姿をパーセンテージにすると,7割程度はそのまま問題なく女性と接することができると思いますが,残りは,
極端な女好きになる…10%(私を含む),次元の違う女性に走る…10%,男性に走る…10%
くらいになるのではないかと推察されます。(あくまで個人の感想です)

私には幸か不幸か男の子はいないので(娘二人),「自分のお子さんを修道に入れたいですか?」という質問に答える義理はないが,仮にいた場合にはやや困った顔で,「共学にしておいた方がいいんじゃないか?」と言うでしょう。
ただ,私立に入れるのであれば,それなりの進学実績があるところでないと入れたくない(コスパに見合わないから)ため,そうなると男子校(学院と修道)くらいしか選択肢がなくなってしまいます。
個人的にはもし息子がいたら広大附属に入ってほしい。それか公立(基町とか)経由で上を目指してもらえると,親としては有難いです。



【大学編~神戸大学について】


○概要
神戸市灘区六甲台~鶴甲(医学部医学科は中央区の大倉山,同保健学科は須磨区名谷、海洋政策科学部は東灘区深江)にあります。
法,経済,経営,医,文,理,農,工,国際人間科学,海洋政策科学の各学部があります。
ちなみに私の時代には国際人間科学部は国際文化学部と発達科学部で,海洋政策科学部はまだ神戸商船大学でした。

特色としては,総合国立大学にしては珍しく文系,特に社会科学系が看板であり,経済学部と別に経営学部を有していること。
お隣の阪大は理系優位の大学なので,対照的なカラーと言えるかも知れません。
あと,海洋分野として海洋政策科学部を有していることでしょうか。(神戸商船大学を合併しただけですが)

なお、私が今後綴るのは、概ね六甲台~鶴甲の各キャンパスのことだと考えてください。
医学系(大倉山と名谷)は殆ど関わりがなく、大学祭等も別ですので、また違うカルチャーがあると思います。
また、海洋政策学部については元々別大学であり、別の意味で違ったカルチャーを有していると考えています。(お察しください)

さて、昔は国立大学と言えば,よく言えば古めかしい,悪く言えばボロっちい建物という印象でした。
私の頃は確かにそうでしたが,私が出てから設備がだいぶ充実してきたようで,何年か前に訪れた際には驚いた記憶があります。
国立大学法人化でよほどぼろ儲k…いや,努力をして,学生を甘やかs…いや,学生の期待に応えるような充実した設備にしたのだなあ,と思います。

たとえば理系の名門レベルの大学のように多額の研究資金をゲットした上で,「ガンダムでも造るんですか?」と問いたくなるような実験棟を建てるとか,そういったところまではいきませんし,私立のように都会のど真ん中に洗練されたデザインのキャンパス,ということもありませんが,私の頃と比べたら恵まれていることは間違いありません。
また,いわゆる「古めかしい」方の代表選手である六甲台の校舎なども,なかなかに味があって良いものだと思います。


○出身高校について
神戸大学への進学が一番多い都道府県はどこか?
…私は当初,「そりゃあ地元の兵庫県だろう!」と確信していました。(最初はこの項にもそう書いていました。)
ただ,目の前の電子でつながった箱を用いて調べてみますと,実際には大阪府と兵庫県が同じくらいのようです。
ちゃんと調べないとだめですね(汗)。

出身高校別のランキングで言うと兵庫県の神戸とか長田とかが上位に来るので錯覚しますが,ランキングを見渡すと大阪の学校(北野,天王寺,茨木など)と兵庫の学校が同じくらいずつひしめき合っております。
で,人口比で言うと何故かトップは奈良県になるそうです(信憑性は定かではないですが)。ちょっと驚きました。

私の頃の印象で言えば,やはり兵庫県が多く大阪,奈良,京都も決して少なくはないものの特段多いという印象もありませんでした。
案外多いのは中国四国,特に岡山は隣県でもあるため数が多かった印象があります。北陸も福井・石川は距離的に関西に近く結構いました。
九州も九大という大看板の大学がある割には見かけた記憶があります。
東海・信越はたまにいる,という程度。関東以北は今も昔もほぼゼロに近いと思います。

京大にいるような超進学校出身者は皆無です。兵庫県には灘高校がありますが,灘出身者は見たことがありません。(注)
て言うか,灘の入試問題の方が神戸大学の入試問題より難し…げふんげふん。
メインは,地元兵庫をはじめとする各地方の公立トップ校とか,私立の「超」がつかない進学校とか,その辺りの学生です。

(注)
先日,灘高校の令和3年度の大学別合格者数一覧を見たところ,神戸大は11名,内訳は医4,工5,理と経済が1名ずつでした。
灘から神戸大は医学部ばかりだと思っていたので驚きました。また表自体,上から東大,京大,阪大,神大の順に並んでおり,この4つが特別に別項で合計が記載されていました。
灘高校は東大合格者数が多く東京志向が強いと思っていましたが,あるいはコロナ禍もあり地元に回帰しているのでしょうか。

先日,令和4年度の一覧を見ました。元に戻っていました(笑)


○ロケーションについて
神戸大学は神戸市にありますが,多くのキャンパスはいわゆる「港KOBE」のイメージとは裏腹に六甲山の麓にあります。
最寄り駅は阪急の六甲駅ですが,そこから20分山登りをしなければなりません。
私は神戸市灘区の篠原台というところに下宿していましたが,200段石段を下りた後,今度は200段石段を上がって六甲台のキャンパスに通っていました。
おかげで足腰は著しく強化され,太ももは競輪選手並みになりました。

ただ,そのようなロケーションのおかげで,キャンパスから見られる夜景は恐らく日本の大学の中で一番美しいのではないかと思います。
一緒に夜景を眺める相方がいればそれはそれは素敵なキャンパスライフの1ページとなるのではないでしょうか。いればですが。
ちなみに上述した篠原台のさらに上に上がると大月台という住宅地があり,そこから見る夜景も非常に美しく,穴場スポットと言って良いかと思います。
大学時代に市バス16系統の六甲ケーブル下駅から大月台を通って下宿に帰ったことがありますが,あの辺りには何故かどこへ行くでもない車がエンジンも切った状態でいっぱい停まっておりました。その意味を当時は知りませんでしたが。

さらに言うと,キャンパスにはイノシシが闊歩しており,学生にとってはそれが日常の光景ですから誰も騒ぎません。
何でも神戸大学の公式キャラクターとして「神大うりぼー」なるものがいるそうです。
私の頃はそんなキャラは無論いませんでしたし,何なら私と同じ篠原台に住んでいたある友人は夜の帰宅途中,イノシシに食料を強奪されたりもしていましたので,イノシシにはどちらかというとネガティブなイメージを持つ者が多かったように記憶しています。

なお,学生の多くは阪急六甲~JR六甲道駅辺りに住んでおり,私どものように好き好んでキャンパスより高所に住む者はあまりいません。
私は六畳一間の安下宿に住んでいましたし,私らが学生の頃は木造のいわゆる「文化住宅」なんてのも残っていましたが,今の学生の多くは洒落たワンルームマンションなんぞに住んでいるのではないでしょうか。

通学の足は何と言っても原付であり,原付所有率は恐らく日本の大学の中でトップクラスでしょう。
あの坂で自転車なんか持っていても役に立ちませんからね。
あとは神戸市バス(主に36系統)が阪神・JR・阪急の最寄り各駅と各学部のキャンパスを結んでいます。


○学生気質について
はっきり言うとおとなしく,地味です。
神戸はおしゃれな街として有名ですが,神戸大学生の多くはおしゃれとは無縁です。
私も普通にTシャツにジーパン,リュックで通学していました。今の学生も多分変わらないでしょう。

関西人と言えばノリがいいとか面白いとかいうイメージがあるかも知れませんが,神戸大学生は例外であると言わざるを得ません。
というか,国立大学の学生にその種のことを求めないでください。
関西の大学に来たからといって「おもろい奴」になろうとする似非関西人もいないことはないですが,それをやると確実にスベり,浮くでしょう。
別に恰好をつけている訳でもスカしている訳でもありません。その種の能力を持ち合わせていないだけです。

神戸大学は旧三商大の一角であり,一橋大・大阪公立大の兄弟分であることから,ゼミやサークルでの付き合いが多いです。
で,この3つの中で一番ノリが良くて元気なのは,実は一橋大学です。
飲み会の場において,ここでは書けないようなことをやらかすのは大抵一橋だったと記憶しています。
逆に大阪公立大(当時は大阪市立大)は神戸よりおとなしく,厳しく言うと存在感がないという印象でした。
今はどうか知りませんが,かつての個人的な印象です。

いわゆる「京阪神」のヒエラルキーの中では一番下であり,「京大に行きたかった」「阪大に行きたかった」と顔に書いてある学生が少なからず存在します。
余談ですが,共通テスト(私の受験時にはセンター試験)が難化した年にはこのような学生が増えます。
何故かというと,京大に行けるか行けないかというボーダーライン上の受験生(特に,これ以上の失敗が許されない浪人生)のうち,共通テストでやらかした者は涙を飲んで京大を諦め,志望校のランクを落とすからです。
で,恐らく神戸大学は国公立で言えば京大志望だった受験生が我慢して妥協できる最低限の大学ゆえ,京大断念組の受け皿になりやすいと言えます。
(阪大断念組であれば,大阪公立大まではあり得ると思います。)

ちなみに,それでも諦めきれず京大に特攻して敗れた受験生は,多くが私大に進学します。
関東まで視野を広げていれば早慶が主ですが,そうでなければ同志社になります。それ以外はあまりいないでしょう。

無論,このような後ろ向きの精神で入ってくる学生ばかりではありません。
ていうか,多くの学生は神戸大学を第一志望として入学してくる…はずです。
たとえば現役時には広島大学あたりを受験して失敗した浪人生が学力を上げて神戸大学に入って来るケースもあります。

個人的には,「凡人がしこたま努力して手が届く最上限の大学」という表現が当たっているかと思います。
東大や京大など超難関校の入試には難問奇問が多く出ますが,神戸大入試は比較的オーソドックスでとっつきやすいためです。
このため,京大にいるような「天才」はあまり見かけませんが,地味であってもこつこつ努力をするタイプの学生が多いと思います。


○クラブ・サークル活動について
学生数の多い総合国立大学なので,大抵の種類のクラブ,サークルがあります。
半分遊びの延長で気楽に楽しむもよし,その世界にどっぷり浸かって打ち込むもよしです。
今はコロナ禍でオンラインになっていますが,例年であれば春先に新入生歓迎行事が行われ,そこかしこで勧誘をやっています。
恐らくその時期は新入生であればほぼ毎日夕飯はタダ飯(先輩がおごってくれる)になっていたと記憶しています。
掛け持ちしても全然OKなので(最終的には1つになるでしょうが),いろいろ見てみると良いと思います。

学内で最も有名なのは,恐らくアメフトの「レイバンズ」だろうと思います。
何故か関西では学生アメフトがメジャースポーツで,「関学ファイターズ」「立命館パンサーズ」など強豪がしのぎを削っています。
(ちなみに私の頃は「京大ギャングスターズ」が大変強く,憧れる受験生も多かったですが最近は苦戦しているようです。)
レイバンズはこれらほど強くはありませんが,近年は上位チームを倒したりいい勝負をしたりして盛り上がっているようです。
私が在学していた頃は逆に二部落ちを経験するなどの冬の時代だったと記憶しています。
ただそれでも,生協の学食に貼ってあった「一言カード」に「レイバンズ態度がでかい」と書かれる程度には強い存在感を放っていました。

私はというと,男声合唱団(グリークラブ)に所属していました。
別に歌や男が好きだった訳ではありませんが,1年先に入学していた友人に誘われたからです。(詳細は後述)
別に歌を好きになる必要はなく,気の置けない友人や先輩とワイワイ楽しく遊びたい,というくらいの動機でも全然OKでした。
ただし,学年が上がってから指導的役割(パートリーダーや指揮者)になる場合はその種の素養が必要です。
私は「お前は声だけはいいんだけどなあ…」とよく先輩に勿体ながられていたので,まあお察しください。
ちなみに4行上に意味深なことを書きましたが,部員はほぼ全員ノンケであり「団内恋愛禁止」という鉄の掟があったことをおことわりしておきます。
冗談ぽく書いてますが,コロナ禍以降部員も相当少ないようなのでOBとしては心配しております。

このほか,珍しいものとして「馬術部」なども有名です。
てか,学生会館の横っちょに普通に馬場があって馬がいたので,珍しいということを当時は知りませんでした。

多くのクラブやサークルはそれなりに健全に活動していますが,ちょっと毛色の違う,注意を要するサークルも中には存在します。
それは,政治系及び宗教系のサークルです。
これらのサークルは,上述の新入生歓迎行事には姿を見せていなかったと記憶しています。(今は分かりません)

私の経験から言いますと,入学前―入学手続の時に某宗教系サークルの勧誘がいました。
入学手続を終え,大学生協の下宿の斡旋を受けるために学生会館に向かおうとしたところ,先輩と思しき女性から声を掛けられました。
サークルの勧誘を学生会館でやっているので来ないか,と言われたので,どうせ行くところなんだしまあいいか,と請け合いました。
本来であればもうこの時点から疑ってかかるべきであったのですが,この時は何も知らなかった。これが失敗の始まりです。

学生会館に着くと,2~3人くらいの有象無象が「絶対的幸福がどうのこうの」という話を始めました。
さすがにこれは怪しいと思い,穏便に引き揚げようとしたんですが,彼らはなかなか解放してくれません。
1時間も経ったところでついに私もキレまして,話を強制終了させて憤然と出てきてやりました。
おかげで大学生協に行ったときにはめぼしい下宿はほぼ売り切れで,上述の篠原台の六畳一間の安下宿しか残っていませんでした。
まあこの下宿にも実はメリットが多々あったんですが,それはまたいつか別の機会にお話しできたらと思います。

この一件の所為で私はクラブ・サークルにかなりネガティブなイメージを抱くことになりました。
で,一年先に現役で進学していた友人から男声合唱団に誘われ,「まあこいつがいれば安心だろう」という誠に消極的な理由から入部することにしたのでした。
ただ願わくば彼にはもう少し女っ気のあるクラブに誘ってほしk…げふんげふん。

もう一つ言いますと,1回生の時に語学クラスのクラスメートに,約1名変わった奴がいました。
そいつは「クラスの名簿を作ろう!」と提案し,クラス全員から住所,名前,電話番号等を書いてもらいそれを集めて名簿を作りました。
ちなみに自分の似顔絵を書く欄があり,同じクラスの友人から「お前の似顔絵が一番似ていた」と言われた記憶があります。
また,「自分の夢」という欄に「最近よく見ます。眠りが浅い証拠ですね」と寒いことを書き,「神大に来た理由」の欄に「阪大に嫌いな人物がいるから」と書いた奴がいたことを何故か鮮明に覚えています。

そんな彼は当時の法務大臣が政治的に問題発言をしたということで署名を集めるなどの行動を経て,いつの頃からか全く学校に来なくなりました。
風の噂によると,某政治系サークル…と言うか,いわゆる何とか派と言われる組織に入ったらしいということで,結局卒業まで彼の姿を見ることはなかったのでした。
本来楽しく,華やかであるべきキャンパスライフが,一つ歯車が狂っただけでめちゃくちゃになってしまうという良い例と言えるでしょう。
これから大学に進学される皆様はくれぐれもお気をつけください。


○学業について
神戸大学の中心は,法・経済・経営の「社会科学系」です。
私が学生時代所属していた男声合唱団は当時,今にも倒壊しそうな部室を六甲台キャンパスの隣接地に構えていましたが,今は旧部室はとうの昔に取り壊されてその跡地には「社会科学系アカデミア館」という立派な施設が建っています。
「社会科学系」と名のついた特別な施設があることからも,この大学にとっての「社会科学系」の存在感のでかさが窺えると言えます。

逆に理系は若干影が薄く,これは旧帝大をはじめとした多くの総合国立大学にはない特徴と言えます。
とはいえ,理系も決してレベルが低いという訳ではなく,また私がいた当時は「どこの公立小学校の校舎ですか?」と言いたくなるレベルだった設備もだいぶ綺麗に整備されてきたと思われるので,今後近い将来には要塞のようなバカでかい実験棟をぶっ建てて,理系エリートたちからも「こんなすごい設備の学校で実験したい!」と思われるようになってもらえるといいなあと思います。

個人的には現時点で「指定国立大学」になっていないところに一抹の不安を感じます。
近い将来において恐らくは「一流大学」としてのステータスシンボルになるであろうと思われるので,筑波がなっているのに神戸がなっていないようでは,いつか「難関国立大学」の座を筑波によって追い出されるのではないかと危惧している次第です。
このたび九大が晴れて指定国立大になりましたので,北大を除きいわゆる難関国立と言われるところはほぼ揃いました。

で,今回の九大の指定でとりあえず打ち止めということのようで,残念でなりません。
科学研究費助成事業とかトップ10%論文数とかの縛りがあるということですが,ざっくり見たところ神戸大がこれらの指標に引っかかるとは考えにくく,芸風が近い上に社会科学系オンリーで規模の小さい一橋大がなっていますから「なれるのになっていない」感があります。
今回の「不作為」が神戸大の大学としての地盤沈下の引き金にならないことを祈るばかりです。

さて,学業と言えば単位取得の難易が気になるところですが,これについては学部によると言わざるを得ません。
言うまでもなく文系は比較的楽であり,理系は厳しいです。

私は法学部であり,またきちんと授業に出てノートを取っていたので単位取得に苦労した記憶はありません。
きちんと授業に出ていなくてもノートをコピーさせてくれる友人がいれば単位は取れます。
(なお,私の友人の中に私がいなければ4年で卒業できなかったであろう者が約3名います。)
卒論がない上にゼミも必須ではなかったので,何なら3回生終了時点でそれなりに真面目にやった人ならば卒業に必要な単位は揃います。

逆に私らの世代であれば特に厳しかったのは工学部でした。(今は分かりませんが)
特に当時の電気電子学科は留年率4割とも言われ,私の所属していた男声合唱団の皆様方もクラブ活動に取り組む時点で4年での卒業を諦めるほどでした。
仮に勉学を選ぶとすれば,日夜実験実験の生活となるのでしょうか。


○恋愛事情について
神戸大学の男女比はおおよそ3:1であり,私のいた法学部は2:1くらいでした。
学内恋愛の多寡についてはよく分かりませんが,私の周りでも何組かはいたのでそれなりに数はいたのではないでしょうか。
また,私は神戸大女子には可愛らしい人が多かったと記憶しておりますし,想いを抱いた相手もおりました。うまくいかなかったけど。

とはいえ,おとなしい学生が多いこともあり,そこかしこでリア充が闊歩するということはありません。
逆に私が見た限りでは学内では同性同士でつるむ者が多く,君たちそれでいいのかと小一時間説教をしたい気持ちになったものです。

学部内が男ばかりで(女ばかりの学部は存在しません)なおかつクラブ・サークル活動でも男ばかりのところに所属している場合,仮にそっちの趣味がないのであれば外部に打って出ざるを得ません。
私のいた男声合唱団では,団員の多くは合唱つながりで女子大の合唱団員とよろしくやっており,後に結婚したのも何組かおります。
ただ,近隣には関学や同志社,甲南といった強力な私大勢のライバルがおりますから,これもなかなか容易なことではありません。

結論としては,相当数の神戸大男子は指を咥えて「リア充爆発しろ!」と呟きながら,心許せる野郎の友人と日々戯れているのでした。
ただそんな彼ら(私を含む)でも,大抵30歳を過ぎる頃には綺麗なお嫁さんを捕まえて家庭を築きますから,その点はご安心ください。


○就職事情について
神戸大学は関西では優秀な大学であると見られていますので,特に関西で就職する場合はその恩恵を多分に受けることができます。
私は民間企業への就職活動をしていないので分かりませんが,3回生のいつだったかの頃(正確な時期は覚えていませんが)から,各企業からえらくデラックスなダイレクトメールがやたら届くようになったということは覚えています。

私は法学部だったので法曹分野についても触れておきます。
当時は法科大学院はなかったので,超狭き門であった旧司法試験をクリアしないと法曹への道は開けませんでした。
私は民事訴訟法のゼミに所属しており,それゆえ司法試験を目指す優秀な先輩が多くいましたが,その多くが見事に枕を並べて討ち死にしており,私はその姿を見て司法試験を諦めて公務員を目指すことにしたのでした。
神戸大学は司法試験合格者数で全国でトップ10に入る大学ですが,それでもこの状況であり,旧司法試験の過酷さが偲ばれるところです。

なお,現在は法曹への道のメジャールートとして法科大学院があります。
神戸大学の法科大学院は大変優秀です。
「法曹育成に大きな実績を挙げている7つの先導的法科大学院によるコンソーシアム(HPより抜粋)」として「先導的法科大学院懇談会(通称LL7)」の一員となっています。
ちなみに神戸以外の6つは,東大,京大,一橋大,早稲田大,慶応大,中央大です。
この錚々たる面々の中に名を連ねているところからも,その優秀さはお分かりいただけるかと思います。
…なら何で指定国立大学になってねえんだよ,という疑問はともかく。

公務員について言えば,神戸大学から目指す人は多くはありません。
最近国家公務員総合職の大学別合格者数が発表されましたが,全国で見ても多い方ではないと思います。
というのも,国家公務員総合職においてはどうしても東大が幅を利かせるものであり,その他の大学の人間が入っても入省後冷や飯を食わされることは目に見えています。そもそも頑張って合格しても官庁訪問をして内定をもらうまでがまず大変な訳で…
人事院におかれましては,「大学別合格者数」より「大学別入省者数」を発表していただけないでしょうか。
岡山大学の学生さんはそこで過酷な現実を目の当たりにすることになると思います(←おい)。

神戸大学卒の公務員ということであれば,県や政令市の上級職が多いのではないかと思います。
また,そうでなくとも,自分が生まれ育った街の役所にUターン就職する人は結構います。
私の周りで言えば,大学卒業後一旦民間企業に就職したものの,その後勉強して公務員試験に合格して地元に帰った人が複数いました。

民間企業に話を戻すと,神戸大学は関西で特段の強みを発揮しますが,だからと言って関西以外で弱いということはありません。
それなりの企業の人事であれば,どこに本拠を構えていても神戸大学がそれなりに名の知れた大学であることくらいは知っていますから,東京に本社を置く大企業であっても神戸大学出身であることがマイナスに働くことはまずありません。
私の同級生でも東京に出た人は多いですし,東海圏に就職した人もいます。

ただ,私個人の印象から言うと,神戸大学生というのは文系理系問わず「企業の組織の中でリーダーシップを取れる人材」として求められている気がします。
理系であれば本来,研究や実験に勤しんだことで培われる専門性を買われるかと思いますが,神戸大学の場合は違う気がします。
勿論技術部門に配属されますが,その中でも製造現場とか何らかのプロジェクトのリーダーになっていくケースが多い印象があります。
研究者としてその畑でやっていきたい,と願う人にとっては少し不本意な思いをする可能性はあるかも知れません。
(まあ神戸大学に限らず,学卒で非院卒ならばそうなるのかも知れません。その辺りは事情が分からないのでご容赦ください。)


○さいごに
これまで記載した内容は,私の学生時代の印象にいくらかの本及びネットの情報を加味したものです。
私が在籍したのはもう大昔のことなので,ライフスタイルや学生の気質など,変わっているところも多々あると思います。
また,誤った情報を掲載している可能性もありますので,あくまでも参考程度でお願いします。
まあ昔と比べて格段に変化している(例えば,学生の多くがウェイ系のパリピになっているとか)とは思えませんが,念のため。

 

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