持ちたがる男


私はすごいかっこうでエレベーターを待っていました。通販のネクタイ(60本入り)の箱、手提げ金庫、ごみ袋をいっぺんに持っていました。5階の事務所から1階へ行くのですが、「金庫を大金庫に入れ、ネクタイを宅急便で送り、ゴミを出す」という仕事をいっぺんで済まそうという考えです。

エレベーターに乗ると、年配の知らない男の人が
「重そうだから金庫を持ってあげよう」
と言います。当然私は断りました。

しかしその人はしつこく持ってあげようと言います。私は
「いいって言ってるでしょっ!」
と言いかけて、我慢して言葉を飲み込みました。どうでも持つといって聞かないその人は、ネクタイの箱の上の金庫に手をかけようとしました。(これって強奪?)
次の瞬間、私は叫びました。
「そこっ、持っちゃいけません!。底を持ってかかえてくださいっ!。」

その人は手提げ金庫なので、当然ながら「持ち手」を持とうとしたのです。

なぜなら、うちの金庫はとても重いんです。中身はたいしたことなくても、箱自体が重い。おまけに両替を大量に預かった時などすごい重さ。10円5本(1本50枚)100円3本、50円1本で計2万円、なんてのを預かってたりすると、「手提げ」金庫といえども身の重さに耐えきれず蓋があくことがあります。いつもじゃないんですが、鍵がちゃんとかからなかったアクシデントとたまたま重なって開いた事があり、それ以来、私は絶対「持ち手」持って運びません。

かくして金庫は男の手に渡りました。金庫を持ってくれた人は親切のつもりでも、私は気が気ではありません。
「エレベーターが開いたら仲間が待っていて、車で金庫を持ち去られたらどうしよう」
「逃げられても今日の重さなら、素手で走ったら捕まえられるかな」

などの考えが私の頭をよぎります。
私は
「よしっ。相手は年配だ。
もしものことがあれば荷物を放り捨てて飛び蹴りだぁっ。」

と覚悟を決めました。(冷静に考えるとここは「タックル」のはずなんですが、なぜかこの時私が考えたのは「飛び蹴り」でした。)

エレベーターが1階に着くやいなや、私は金庫を取り返しました。

5階から1階まで、時間的にはほんの何秒かですが、こんなに緊張したことはありません。いくら重そうでも、他人の金庫を持ってあげてはいけません。どうせ持ってあげるならゴミ袋の方にしましょう。


これは職場で発行している「やくどう」という日刊紙に掲載して好評だった話です。これを載せてから当分、「金庫、持とうか?」とか「これが持っちゃいけん金庫かね」など言われました。

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