最初で最後の技


私が母と大島へ行った時の話です。
大島は青い海とみかん畑が美しいところです。大島のメインストリートは海岸沿いに国道437号線、山の上を広域農道が走っています。海岸沿いの国道は防波堤が低く、運転席からも海が臨めます。山口県の本土側(岩国〜柳井あたり)の海岸を走っても防波堤のコンクリートの壁ばっかりしか見えないのですが、大島のドライブは景色が楽しめて大変楽しいです。
大島には嵩山(だけさん)という山があります。頂上にハンググライダーの離陸場があって見晴らしのよいところです。その山腹に帯石(おびいし)神社があります。
私たちが帯石に行く時は、行きに寄る時は久賀から、帰りに寄る時は農道からというパターンが多いです。この日は帰りに寄りましたが、違う道を通ってみよう、ということで、日前(ひくま)から帯石へ上がってみることにしました。


大島の地図です。各地名の位置関係はこんな感じです。

大島の地図 6KB

母は大島出身なので、大島でのナビゲーターは母の役目です。車で適当に走っていても母が知っているところに出さえすれば迷子になってもちゃんと帰ることができます。家に帰ってから地図でどこを走ったか確かめてみると、かなりの迷走で、適当に走るのもおもしろいのです。

この日は日前から帯石に上がろう、ということでしたので、海岸沿いの国道を走っていました。普段は久賀−農道−帯石−農道−日前というルートをとりますが、今回はこれを初めて逆に走ります。
久しぶりに帯石に行くので、国道からどこで左折したらいいのか記憶が曖昧だったこともあり、曲がるところに来たら母に教えてもらうことにしました。

母がここで曲がるんだ、と教えてくれました。私は、
「あれ?、帯石から日前へ下りた時、
角に店屋があったような気がするけど・・・。」

記憶は定かではありません。このころ大島は道路工事が多く、同じ道でも来るたびに景色が変わっていました。
「道路拡張工事で店はなくなってしまったのかなあ。」
と思いつつ、母の言う道へ入ろうとすると、道端に小さな柱が立っていました。「嵩山登山口」(確かこうだったと思う)。

立て札に間違いないと確信し、左折しましたが、何か景色が違う気がします。
「帯石から下りてきた時は、
家の軒をかすめるようにして通った所があったと思ったけど・・・。」

まわりはみかん畑と農家がポツポツ。しかし、立て札もあるし別の道と勘違いかもしれない、と思いなおし先に進みました。車の幅しかないような道だったのですが、細さは気にはなりませんでした。この辺りはこういう道はざらです。母の言う道を信じて進んでいくと、一本道で先が行き止まりになっていました。

私はどうしようかと思いました。車の左側は山、右は4m位の崖で下はみかん畑です。バックで戻るといってもかなりの距離を戻らねばなりません。意を決して向きをかえることにしました。行き止まりに小屋があって、その側、向かって右が三角の空き地になっています。
「三角地に頭を入れて、
ハンドルを左に切ってバックすれば、
向きが変わるかもしれない。」

私の車は後ろが見にくいので、母に車から下りて見るように指示しました。三角地の草の上には轍のような跡もついています。(ただし三角地の先は草が積もっていてどこまで地面があるのかわかりません。)狙いはだいたいよかったのですが小屋で車の左を擦りそうになったり、向きを変えるのは容易ではありませんでした。
「ああ、前の車(シャレード)だったら楽勝なのに。」
私の車(サイノス)はトランク分だけ(40センチ位)以前乗っていたシャレードより後が長いのです。

前進後退ハンドル切り、を繰り返しているとき母が叫びました。
「ゆかちゃん、落ちる!」
えっ、と思って運転席の戸を開けると、
「げげっ、地面がない!!!。」
車を右に寄せすぎたのです。三角地のカーブで前輪と後輪だけが地面にかかっていたのです。車はほとんど真横を向いており、バックで帰るにしろ苦労して向きを直さなければなりません。
「こうなったら何としても向きを変えなくちゃ。」
30センチずつ位前進後退ハンドル切りを繰り返して、車を平行に小屋側へ動かしました。
「もう、小屋で車の左を擦ってもいいっ。」
思い切って三角地いっぱいに車の頭を突っ込んで、ハンドルを左に切ってバックしました。
「かわった・・・。」
まぐれもいいとこですが、車は無傷で向きが変えられたのです。

こんなところでもう一回向きをかえてみろ、と言われてもできないでしょう。まさに火事場の馬鹿力。最初で最後の技です。国道へ出るまで車を運転するあいだ、私のヒザはガクガク震えていました。

現場の図1 現場の図2

どうやらこういう感じで車が立ち往生したようです。ドアを開けて地面がなかった時は青くなりました。

向きを変えて国道へおりて見ると、隣の道に店屋が・・・。「なんだ、ここじゃないか。店屋は記憶違いじゃなかったんだ。」と思って道に入っていくと、軒をかすめるような道が続いています。そして見覚えある農道へ出て、帯石に行くことができました。でも、あの道しるべ、何だったんだろう・・・。角が店屋の道には何の看板も立ってないのです。

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