無情な鍵


私は高校生の時、3年間ずっと保健委員だった。うちの学校は保健室は保健委員が掃除をしていた。みんなが教室掃除をしている間、保健委員は保健室を掃除する。しかし例外があり、トイレの隣の教室(1組と5組)の保健委員はトイレ掃除担当だった。私は3年間ずっとトイレの隣の教室にいたので、保健室の掃除には1回も行ったことはない。そんな私に悲劇は訪れた。

私は演劇部での小道具づくり中にカッターで右人差し指を切ってしまった。手持ちのバンドエイドでは血が止まらないので、保健室に行ったら、鍵がかかっていた。職員室で「保健の先生は?」と聞くと、今日はもう帰ったらしい。先生に事情を話して鍵のありかを聞き出した。鍵は保健の先生の下駄箱にあるという。

4階の部室から1階の保健室、2階の職員室、1階の下駄箱、と歩きまわっていたので、立ち止まると鼓動にあわせて血が吹き出そうだった。不運な事に教職員の下駄箱は名前が書いてない。端から順に見て行って鍵を見つけた。

鍵を手に入れ、保健室には入ることができた。ここまではよかった。私は保健委員でありながら保健室に来るのは年に1、2回程度。どこに何があるのかサッパリわからない。トイレ掃除担当保健委員の辛いところだ。しかたがないので棚を片っ端から覗いていった。
「あった、血止めだ。」
ガラス戸棚の中に血止めを発見。しかし血止めを手にする事はできなかった。戸棚にも鍵がしめてあったのだ。

鍵は3ケタのダイヤル錠。
「ひぇー、こんな時に鍵かよ。」
そう思ったが、何とか開けなければならない。血は止まらない。仕方なく、000、001、002・・・と順番に数字を合わせていった。多分保健室掃除担当の保健委員なら番号を知っているはずだが、めったに保健室に来ない私は番号を知らない。そうするしかなかったのだ。

右手をケガしているので、左手でリングを回す、鍵を下に引く、リングを回す、下に引く、を繰り返した。血止めが目の前に見えるだけにもどかしい。左手ではなかなか進まないので右手でやると、指先がドクドクして血があふれてくる。手を下げると血が出るようなので、常に肩より上に右手をあげて、左手で鍵の番号を合わせては引いていった。そんな状況にありながら、私は
「鍵が4ケタでなくてよかった。」
などと思っていた。1時間くらいかかって「150」位まで鍵を回しただろうか、その時ひょいと鍵の下をみると数字が・・・。
「この数字かな?」
的中。戸棚の鍵は開いた。私は中の血止めを取り出し、出血を止める事ができた。手を切ってからすでに2時間近くたっていた。

この事件、考えてみると初めっからケチがついていた。保健の先生の不在。保健室の勝手を知らない私。戸棚の鍵・・・。でも勝手は知らなくても私が保健委員だったのは幸いだった。後からきいてみると、一般の生徒だったら、絶対保健室に生徒だけでは入らせないそうだ。

血を止めて部室に帰ってみると、私がいないので随分探したらしい。私もすぐ帰ってくるつもりだったのでどこへとも言わずに出ていったのだが、他の部員も、私が保健室にこもってダイヤル錠と格闘していたとは思わなかったという。まさか血止めに2時間もかかるとは・・・。


カッターで右人指し指を切った次の日はソロバンの試験日。バンドエイドで止血して、ひと回り太くなった指ではソロバンははじけない。隣の玉まで動いてしまう。そこで私が考えた必殺技は付け爪。厚紙で爪を作って止血バンドエイドにテープで貼りつけた。(こんな状態でも何とか合格したからいいものの、これで落ちてたらシャレにならないよぉー。)

「ソロバンの隣の玉まで動く」と言えば、こんな噂があった。

「野球部の男の子はソロバン三級を取らなくても卒業できる。」

グローブから手を抜いても、中から出てくるのは「グローブのような手」。素手でソロバンをはじいても、隣の玉に当たってちゃんと計算できない。見かねた先生が
「お前は(三級取れなくても)仕方がないかのう。」
と言ったとか、言わなかったとか。女の子は「三級取らんと卒業させん」と常々言われていた。真相はどうだったんだろう・・・。

もくじへ戻る ガラクタ展98年5月号へ