魔の電話相談


「基地110番」でいろんな苦情をきいたが、その中に1件とんでもない電話があった。私はそれを「魔の電話相談」と呼ぶ。

私の職場の職員駐車場は、ギッシリ隙間なく車をとめ(船に積み込むのと同じ要領で)、終業時に一斉に車を動かすルールだ。終業時、車を動かして、帰る者はそのまま帰り、残業する者は空になったお客さん用の駐車場にいれる。
ある日、終業ベル(5時15分)が鳴り、私は駐車場に車を移動させに行った。その日は職場新聞を書く当番だったので、職員駐車場から出して外来駐車場に入れた。新聞のネタはほぼ完成した形で頭にあったので、
「6時過ぎには新聞を印刷して帰れるな」
と思っていた。

部屋に帰って、新聞を書く支度をしているとき電話が鳴った。電話に出たら、相手は年配の男性で、用件は基地の苦情だった。私は「基地110番」指定の苦情聞き取り用紙を取り出し、話を聞いた。最初はメモを取りながら聞いていたが、おじいさんの話は延々同じ話の繰り返しでクドかった。私はだんだん聞くのがめんどくさくなってきた。新聞を書こうとした矢先の電話だ。新聞はまだ1字も書けていない。

15分位話しただろうか、おじいさんは
「ちょっと待って」
と言って、電話から離れた。
私は黙ったままの受話器をそのまま持っていた。5分くらい後だったろうか、おじいさんは電話に戻ってきた。そしてさっき話したのと同じ内容の話を始めた。私はとんだ電話が入ったことで、仕事がサッパリ進まなくなり焦っていた。聞いている私は怒ってきたが、我慢してさっき聞いたのと同じ話15分位聞いた。おじいさんは延々同じ話を繰り返す。しばらくしておじいさんは
「ちょっと待って」
と言ってまた電話を離れた。

「ちょっと待って、の間に何をしているんだろう。」
私は疑問に思った。最初の「ちょっと待って」の時は私は何もせずただ待っていたが、2回目の「ちょっと待って」の時は電話で耳を澄ませて、相手の部屋の様子をうかがってみた。…水が流れるような音…???。
5分位しておじいさんが電話に戻ってきた。そしてまた同じ話を繰り返すのだ。私は電話の話をヤケクソで聞きながら、イライラしていた。6時すぎには帰れると思っていた。しかし6時をとうの昔に過ぎたのに、帰るどころか新聞は1字も書けていない。私はなんとかこの電話を終わらせる方法はないかと考えた。私から新しい話題は絶対に出すまい。私の意見は言うまい。話を発展させない方向で、相槌だけ打って当分話を聞いていた。忍耐忍耐…。そしておじいさんはまた
「ちょっと待って」
と言って電話を離れた。今度も耳を澄ませて電話の向こうの様子をうかがった。ドアが閉まるような音、さっきと同じ水の流れる音…?。

「じいさん、電話待たせてトイレ行ってる!」
私は「何てヤツだ、こんな電話切っちゃえ」と思って、今度はちょっと待たずに電話を切った。すでに50分近く電話につきあわされていた。

やっとこれで新聞書きはじめられる…と思った矢先、また電話が鳴った。私はさっきの人だと思った。また何10分もつかまったのではいつになったら帰れるか分からない。私は居留守を使って電話に出なかった。しつこくジャンジャン鳴ったのに出なかった。そこへ上司が帰ってきた。
「河村さん、電話が鳴ってるけど…。」
「すみませ〜ん、ちょっと出れないので…。」
私は何がなんでも電話に出たくなかった。またつかまってたもるもんか!。私がどうしても電話に出ないので、しかたがなく上司が電話をとった。

相手は案の定、さっきの「ちょっと待ってじいさん」。上司はそれから30分近く電話に捕まっていた。たまたま通りかかったばっかりに気の毒な上司である。


こぼれ話…ちなみに帰ってきた上司とはO原T光さんとF原K成さん。電話につかまったのはO原さんのほうです。
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