恐怖の投げ文


先日、ドアチャイムが鳴るので出てみると、隣のアパートのじいさま。
「これを壁に張るといい。」
と言って持ってきたのは一本の巻紙。私は
「なんじゃこりゃ?。」
と思ったが、まあ、とりあえず受け取った。じいさまが帰った後、開けてみてビックリ。チラシをつなげて作った巻紙にはすごいことが書いてあったのだ。結構誤字もあるのだが、それはご愛嬌ということで。

神話 安全訓  (じいさまの名前)著

1.善が栄えて・悪が滅びる
2.蒔か種わ生えぬ
3.原因の無いのに結果が生じるはずがない
4.花わ咲いても実らぬ花も有
5.人の悪口わ罪と成る
6.言う前に善を覚らせ
7.力と知恵と公正と愛を養え
8.さし昇る朝日の事くさわやかに
9.御魂ほしきは心なりけり
10.子を思う心に勝る親心
11.今日のおとずれ何と聞くらん

12、13、14、15、16、17、18、19、20、20、21、22、23、24…(中略)

25.税金わなるべく早く支払う事
26.安全わ気くばり目くばり親切から
27.何時も心の中わ清潔で有る事
28.邪悪なサタンからのはかり事にまよわぬ事
29.そして一つ一つ悪い心をすてて善を学ぶ事
30.それがやがてわ身の宝と成る
31.金と知恵わ身の宝で有る事
32.むだな使い方わ不義で有る事
33.お金をそまつにする者わ国賊で有る


延々33条にわたる長大な人生訓だった。
あらためて読んで見ると、他人の人生訓とは「大きなお世話」の集大成であることがよくわかる。「税金は早く払え」って、仕事柄、知ってる人が督促状出してるのに、恥ずかしくて滞納できるわけないじゃない。「安全は気配り…」って私、ゴールデン免許2回目なんだけど…(笑)。

精神論言ってるのかと思えば、割とお金に執着している。また「サタン」だの「御魂」だの「愛」だの、宗教臭い(いったい何教なの?)言葉も出てくる。全部を読んで
「あんたに言われる筋合いはないよっ。」
と思った。

読んでみて、時代の流れの中で「訓」として役に立たなくなった言葉があるのに気がついた。それは32番のムダづかいの項。今は価値観が多様化して、「ムダとは何か」が客観的にはかれなくなっている。私は花が好きで、植えたり、活けたり、習いに行ったりしているが、花は結構金食いである。花が嫌いな人は「なんであんな物にお金をかけるんだろう」と思うだろう。また、コレクターにとっては「いくら出してでも欲しい物」でも、興味がない人にとっては「タダでもいらない中古品」だったりする。

何にお金を重点的にかけるかが個人個人によって違うということは、ムダだと感じる使い方も違う。自分では誰もムダ遣いはしていないつもりのはずだ。「ムダ遣いかどうか」は他人の物差しで計られて決まる。しかし多数派の意見がいつも正しいわけではない。これでは「ムダ遣い」を客観的にはかることはできない。

それと、もう一つ。人生訓の感想を聞いちゃーいけないよ。聞かれた方は言葉に詰まるじゃないの。私はじいさまに感想を求められて困ったよ。
じいさま「あれは、どうだったかねえ。内容はいいと思うんだが。」
私「うっ、えっ、あ…どうって言われても、ねえ…。」

私は感想を聞かれて、テキトーにごまかしておいた。私は広告の裏で作ってある下書きも消してない巻紙を壁に貼るつもりはさらさらないし、内容は大きなお世話の集大成だと思ってるし、ちょっと迷惑。でも、はっきり迷惑だって言ったら、じいさんの人生を否定することになるしなー。困ったなあ。

なーんて思っていると、数日後、ポストに投げ文。なになに、表書きは「お願い よろしく」だって?。何をお願いなのかな、と思って開けて見ると、


安全わ気くばり目くばり親切から
何時も心の中わ清潔で有る事 

なんだい、この前の33条の抜粋じゃないの。ヘンなかな遣いも一字一句違わない。ということは何か見て書いてるんだな。原稿のかながヘンなんだ。今度は印鑑まで押してある。「よろしく」って印鑑押されてもねえ、壁に貼る気にはなれないよ…。私は2通目の人生訓が投げ込まれて、気持ちが悪くなり、不安を感じ、いろんな人に相談した。2通目の返事を聞かれるんじゃないか、今度もはぐらかしたらまた何か起こるんじゃないかと思って日々ドキドキ。隣に住んでいて顔を合わせないということがいかに難しいか。朝夕、花に水をやるのも、洗濯物を干すのも取り込むのも、ゴミを出しにいくのも、抜き足差し足で大急ぎ…。何でこんなことで苦労しなきゃならないのよ?。3通目4通目が来ないことを祈る。

(注)事情がわからない読者の方は、何で投げ文ぐらいで、私が不安に思うのかと思うだろう。実はじいさまの家はわけありで、おかげで我が家はちょっと迷惑している。1通目の人生訓の感想をはぐらかした直後にちょっとキツめの「迷惑行為」があって、私が「もう、いいかげんにしてくださいよ!。」とじいさまの家に怒鳴り込んだ。連動しているとは思いたくないが、2通目の後も何かあるのではないかと心配なのだ。私からすれば「私に人生を説くより、迷惑行為の方をなんとかしてくれよ。」と思う。そういうわけで、余計に「あんたに言われる筋合いはない」思っているのだ。 

長々と相談に乗ってくれたみなさんありがとう、お世話になりました。私はなんとなく平静を取り戻しつつあります。

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