初めての引越し


私は小学6年の12月、古いアパートから古い1軒家へ引っ越した。この引越しはおもしろかった。

前に住んでいたアパートから50メートルしか離れてない所だったので、大きな家具はリヤカーで、タンスの引き出しや小さな物は手で持ったまま歩いて運んだ。一挙に家の広さが3倍になった。3倍と言っても、前のアパートが6畳+2畳の台所というほとんど今のワンルーム並の狭さなので新居の広さが3倍になったのだが、畳の大きさが本間だったので、畳数よりずっと広く感じる家だった。建て増しを繰り返しているので、床材が廊下の途中で変わったり、天井の高さが部屋毎に違うヘンな家だ。そして何より変わっていたのは回り廊下。家が狭いのになぜか廊下が家を一周していた。

その家はくみ取りトイレだった。前の住人がトイレに新聞や雑誌を捨てたり、けっこうメチャクチャに使っていたので、入居後くみ取りを申し込んだものの業者に取るのを断られた。そうは言ってもトイレがなければ明日から困るので、母は自分でし尿をくみ取った。大島の家にあった肥タゴと杓でくみ取り、柿の木の下に掘った大穴に入れた。柿の木とくみ取り口の位置関係は家を挟んで反対がわ。ぐるっと家を回るように道路を歩かなければならない。母は道路を歩く時、すくったし尿をこぼさないように気をつけて運んだ。20往復ぐらいしただろうか、最後の1回を柿の木に運んだとき、大穴の上で肥タゴの底が抜けた。母は「これが道路で底が抜けていたら、どうしようかと思った。穴の上で抜けてよかった。」と言っていた。次の年の柿はすごくたくさん実をつけた。今まで肥料をもらったことがなかったのだろうか。

この家は障子のある家で、張り替えがおもしろかった。トイレの話で前の住人がいいかげんだった事を書いたが、ここでもスゴイ。どのマスも破れてないマスがない位障子が破れている。ふすまは大きな穴があき、その穴を犬が出入りしていたらしい。冬なのによくこれで生活していたなと思った。私たちは寒いなか、夜遅くまで障子やふすまを貼った。障子は12枚、ふすまは14枚。障子は外に出してホースで水をかけてしばらく置き、タワシでこする。本当はタワシの前にそっと障子紙をはがすとうまくペロンとはがれるのだが、全部破れているのでタワシで糊ごとこすり取った。今は一枚貼りの障子紙が普及している。今時「障子紙は下から上へ貼っていく」なんて事を知っているのはお年寄りぐらいだろうか。何で下から貼るか理由がわかる?。

母のふすま貼りは手慣れたものだった。なぜなら古アパートで子供の私たちが破ってしまったふすまを器用に貼りなおしていたから。取手を外し、枠を外して貼りかえるのだからかなり本格的。小さい頃の私たち兄弟は暴れん坊で、蹴った足がふすまに刺さるなんて日常茶飯事。桜型の紙での補修程度では話にならない位の破れようだ。こんな所でふすま貼りの技が役に立つとは…。

初めての引越しは、何から何まで新鮮でおもしろかった。


この1月、私は3回めの引越しをする。大体12年に1度引っ越しているのだが、引っ越すたびに何かが3倍になっている。家の広さが3倍になったり、部屋数が3倍になったり。今度の家は何が3倍になるのだろう。そして12年後はどうなっているのか…。自分の事ながら楽しみだ。今までの例にしたがって3倍になるとスゴイ豪邸に住める事になるのだから。(←そんな事あるわけないだろっ)


(答)障子紙を上段から順に貼ると、紙の継ぎ目がホコリを受ける形になるから。

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