気がきく母


引越しの日、アパートの荷物をまとめて出るとき、家に電話した。「今から出るので、窓を開けておいてね。」家具を掃き出し窓から入れた方が楽なのだ。

夕方、窓を閉めようとしたが、どうしてもしまらない。それだけでなく、何か開き方がヘンなのだ。

「??3枚戸の真ん中だけが開いている…?。」
確か「端の1枚だけ開ける」「全部右または左に寄せる」「全部真ん中に寄せる」の5通りしか窓をあけるパターンはないはずなのに、器用に開けたなあと思った。

母は器用に開けたのではなかった。力ずくで無理やり開けたのだった。このままでは鍵が締まらないので、網戸を全部はずし、ガラス戸を外から2枚外し、レールに入れ直した。外す時は結構簡単に外れたのに、窓をはめるときは苦労した。面格子がついた窓でなくてよかったと思った。


引越しが終わり、ダンボール箱の要らないのがたくさん出た。その中でも、大きさが全部同じで収納に便利だとか、ビデオテープをしまうのに大きさがピッタリ、とか取っておいたほうがいい物もある。取っておいた方がいい箱の中に、ワープロの箱とファンヒーターの箱があった。

ワープロの箱は押入れの隙間にピッタリだったし、ファンヒーターの箱は掃除機の箱と同じ大きさだった。掃除機の箱は買った時入っていた箱なので、12年使ってボロボロ。ファンヒーターの箱は高さがちょっと高いだけなので、10センチ位切れば掃除機がピッタリ入る、おまけにかなり丈夫。箱の丈夫さは、箱がくたばるのが早いか、掃除機が天寿を全うするのが早いかといったところだ。

私は服とか食器とか、大物家具が来るまで入れる所がなかった物が入っていたダンボールを潰し、畳んで積み重ねておいた。仕事から帰ってみると、箱の山がない。どうやら母が捨てたようだ。そして異変に気がつくまでそう時間はかからなかった。

「ない!」
ファンヒーターの箱とワープロの箱がない。この2つはわざわざ潰さずに、畳んだ箱の山とはかなり離して(ファンヒーターの箱は部屋の対角、ワープロの箱は隣の部屋に置いていた)置いておいたのに、見事捨てられていた。ファンヒーターの箱はこれ見よがしにボロボロになっている掃除機の箱の隣に置いていた。気をきかせて捨てるなら、隣にあったキレイな箱に掃除機を入れて、ボロの掃除機の箱の方を捨ててほしかった。


引越しのダンボールが片づいて、やっと掃除機をかけるスペースができてきたある日、掃除をしようとボロの箱に入った掃除機を見た。何だかミョーに汚い。コロが泥だらけだし、ボディは傷だらけ…??。箱から取り出そうと、持ち手を押すと出ない。いつもは押すと上にポンと出てくるのに、引っ込んだまま。そして押したので更に引っ込んでしまった。マイナスドライバーでこじあげて見ると、上に飛び出すバネが折れていた。そして粉だらけになっていた。

持ち手の回りが粉だらけだったので、隙間ノズルで吸おうと、隙間ノズルの取り出しボタンを押したら、これまた引っ込んだままボタンが上がらない、取り出し口も開かない。何回か押して偶然取り出し口が開いた。ここも粉だらけだった。ボタンを押したら外れるロックの部分からも粉が出てきた。

とにかくこぼれた粉を吸おうと思ってスイッチを入れると、掃除機のお尻から白煙が出て、あたりじゅうザラザラになった。白煙の正体はセメント。母が外で使ったらしい。ボディの傷と持ち手の故障を考えると、どうやら外で落とすか倒すかしたようだ。

母は最初、自分の掃除機を持ってきていた。その掃除機はホースが合わず、空気が漏る。おまけに吸引力が弱いので、ホコリは吸えても砂は吸えない状態だった。工事中、家の中に砂が上がってザラザラしていたのだが、母の掃除機で吸ったのではらちがあかない。私は自分の掃除機を持っていって時々掃除をしていた。私は母に「吸う気があるんだかないんだかわからないような掃除機は邪魔だから持って帰ってくれ。」と言った。この度、母にセメントを吸って掃除機が壊れかけた事を責めると「(母の)掃除機を持って帰れと言われたから」と開き直った。確かに持って帰れとは言った。しかし外でセメントを吸ってもよいと言った覚えはない。工事で使う時は自分の掃除機を持ってくるべきだと思った。

吸ったセメントがフィルター部分だけでなく、関係ない機械部分にも入ったようで、今日は今日で、コードの巻き取りボタンが押したまま戻らなくなり、常にコードを巻こうとするので困った。コードは拭いても拭いても出てきた時は白い粉まみれ。今でも掃除機を振るとバラバラと粉がでる。


母の行動パターンに「ピントずれ」と「力ずく」がある。気をきかせたつもりが余計なお世話だったりする事はよくある。またどうしたらいいかわからなくなった時、力まかせな行動をとると、ロクなことにならない。母と離れて暮らすようになって久しいが、最近は毎日工事のためにうちににきている。昔から行動が「ピントずれ」で「力ずく」な人だったのに、今回の事件は私がそのことを忘れていたことが悪かったのか?。いいや、母が悪い!。

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