さくらんぼの実る頃


うちのお隣さんはいろんな実のなる物を庭に植えている。中でも圧巻はさくらんぼの大木。春は公園のソメイヨシノより1〜2週間早く花を咲かせる。うちの裏口灯でライトアップされて、漆黒の空に浮かぶ白い花がうちの台所から見える。夜11時過ぎごろ、茶碗を洗いながら、きれいだなあ、と手を止めて眺めた。

花が咲く頃はまだ、隣の桜がさくらんぼの木だとは知らなかった。なんで隣の桜だけこんなに開花が早いのだろう、と思っていた。そして不思議に思った。「何で小さな庭の真ん中に桜なんだろう?」。お隣さんはフツーの家なので、広大な庭があるわけではない。桜は花のある1週間だけがきれいなだけで、あとは害虫と落ち葉の始末に追われる。庭の広さの割には木が大きすぎて窮屈そうだ。なんで寄りによって桜を植えたのだろう、と思っていた。

公園のソメイヨシノの花が終わり、葉が出たころ、お隣さんの桜に小さな実がつきはじめた。実はどんどん大きくなって赤くなっていった。お隣さんの桜はさくらんぼの木だったのだ。それも鈴なり。そうこうするうちに実は赤く熟してきて、腐って木から落ちはじめた。お隣さんは収穫する気配がない。最近、葉が減ったかな?と思って見上げたさくらんぼの木には黄緑色のトゲトゲの毛虫が…。ギャー。お隣さんが収穫しないはずだ。これだけケムシがいたら、傘さしてカッパでも着なきゃ木の下に入れない!。しばらくしてお隣さんのさくらんぼは、鳥とケムシが食べ尽くしたのか、誰か決死の覚悟で取りにいったのか、ひとつもなくなった。

私はさくらんぼの実が熟して腐って落ちるのを初めて見た。子どもの頃、よその家にさくらんぼの木があったのだが、通学路に枝がはみ出して生えていたため、実が熟すまでついていた試しがない。毎朝、木の下を200人近い小学生が通り、さくらんぼを狙っている。ちょっと色がつくと、食べられてしまうのだ。もちろん私も犯人の一人。そんなもんで、盗んださくらんぼは渋かったり酸っぱかったり、おいしい物ではなかった。

お隣さんのさくらんぼを鳥がひとつうちの庭に落としていった。見つけた時はすでに傷んでいたので、実を埋めてみた。何年か後、盆栽ぐらいにはなるだろうか。

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