見〜た〜な〜


先日、舞台化粧の講習会があった。メイクの先生は見本の写真を見ただけで、さっさっと一人の顔を書き上げた。みんなは写真をとったり、メモしたりして見ていた。「目のきわまでベースカラーを塗って」とか「最初の色は控えめに入れて、足りなければあとから書き足しましょう」とか、いろいろコツを教わることができ、大変勉強になった。ほんの30分ぐらいだっただろうか、2人の女優は一人はワハハ本舗の梅垣義明さんばりの顔に、もう一人はかっこいい虎に変身した。

数日後、注文した舞台用化粧品が届いた。目元などを書く筆を買ってなかったので、画材屋さんに行って、細い平筆を5種類ぐらい買って、家でメイクの練習をしてみることにした。講習会の時のメモを読みながらやったのだが、うまくいかない。1回目は途中で線ははみ出すわ、ヨレるわ。グズグズしている間に全然関係ない所にアイラインがついたり、メチャクチャになってきたので一旦全部落とす事にした。

仕切り直しの2回目。1回目よりはマシなのだが、右の顔と左の顔が同じに書けない。四苦八苦しながら、なんとか変身したかな〜と思ったところへ

「ピンポ〜ン」

うわー、なんでこんな時に人が来るんだ。もし近所の人が自治会費を集めにきたり、新聞の集金の人だったりしたら「後で持って行くから」と行って帰ってもらおうと思って、ドアごしに誰か尋ねた。

返事はなじみの車屋さん。幸い外は暗いので、私の顔はよく見えない。この人ならいいか、と思い、「今、舞台化粧の練習中なので、驚かないでくださいよ」とクギをさして戸を開けた。

車屋さんは私の車が今年丸9年の車検なので、次のお勧め試乗車を持ってきたのだった。私はヘタな舞台化粧のまま、車を乗ったり降りたり、ながめたり、30分ぐらい外で車屋さんと話をした。さすがにあの顔のまま街を車で走ってみようとは思わなかった。話している間、近所の人が通りかからなくてよかった。

一応「驚くな」と断っておいたが、車屋さんは恐いやらおかしいやらだっただろう。私の顔は宝塚やバレリーナのような「近くで見たらオバケ」メイク。しかも出来そこないなのだ。暗いとはいえ、人が来ると自動的に玄関の明かりがつくので、絶対見た。「ギョ」っとしたはずだ。

他の劇団員は、初めての舞台化粧の練習顔を家族に見られて「何だ、その顔は」と笑われたり、おばあちゃんに「その顔で外に出るんじゃないよ」と言われたりしたそうだが、まだいい。家族に見られたのだから。私は他人、車屋さんである。それにしてもあの顔をみて、吹き出さずに商売の話ができる車屋さんはすごい。営業所に帰って大笑いになっていない事を祈るばかりだ。

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