遠山のとりさん  


昔むかしあるところに、遠山とり衛門の丞というお侍がいました。人呼んで「遠山のとりさん」。とりさんは普段はお奉行様。時々街へでかけては、あっちの事件、こっちの事件と首をつっこみ、事件解決のヒントを得るのはいいのですが、家来のスカさんやマルさん、護衛の忍者などは気が気ではありません。今日はどんな事件に出会うやら…。



◆峠の茶店の巻

ひょんなことから隠密の旅にでた遠山のとりさん。峠の茶店に立ち寄った。

とりさん「娘さん、このあたりでおいしいものと言ったら何だい。」
娘「松坂牛でございます。」
とりさん「う…松坂牛は…苦手だ…。」
娘「どうしてでございます?。」
とりさん「それは…聞くも涙、語るも涙の物語だよ。氷室に眠る松坂牛。ああうるわしき松坂牛。何よりも愛した松坂牛がこんなひどい仕打ちをするなんて。ちょっと賞味期限を過ぎてはいたけれど、甘い誘惑に負けて私は肉を食べたよ。そうしたら松坂牛は私の腹を刀で突き刺し、私を1日厠にとじこめたのさ。どこかの国では賞味期限破り人を『食のチャレンジャー』というと聞いたよ。牛の乳を乳酸菌で固めた食べ物があるのだが、賞味期限を2カ月も過ぎているのに食べて平気だったという猛者もいるという話だ。…」

賞味期限の話になると、ミョーに話が長くなり、まだまだ語りたいとりさんでありました。



◆ダーダー泣く者の巻

しばらくして、峠の茶店を出たとりさんが池のほとりを歩いています。子供が池で何か見つけた様子です。

子「お母さん、お池に何か泣きながら浮いてるよ。」
母「見るんじゃありません。さあ行きましょう。」
子「でも…。」
母「いいの。もう行きますよっ!。」
子供は母に連れられて足早に去って行きました。
池を見ると、ダーダー泣いている何か浮いています。とりさんは浮いている者を助けあげました。

ダーダー「溺れている所を助けていただき、ありがとうございます。私の名は…名は(言いにくそうに)…ダーダーと申します。」
とりさん「ダーダー泣いているからダーダーか?。おかしな名前だ。いやなに、何か他人の気がしなくてな。」
とりさんは、ずいぶん前にダーダーにどこかで会った気がしていました。でも、どうしてもそれが誰なのか、なぜ他人でない気がするのか思い出せませんでした。

ダーダー「今晩は、うちの家にお泊まりください。お礼に心ばかりのおもてなしをいたします。」
とりさん「それはかたじけない。日暮れになって今晩はどこに宿をとろうか思案していたところだ。ではご遠慮なく。」
とりさんはダーダーの後をついて行きました。草をかき分け藪を抜けて道なき道をずんずんずんずん進んだところにダーダーの家はありました。草むらの中に、大きくはないが小ざっぱりとした庵が建っています。
ダーダー「古い家ですが、どうぞごゆっくりなさいませ。」
その夜、とりさんはダーダーに勧められるままにたくさん食べ、たくさん飲み、幸せな気分で寝入ってしまいました。

もてなしの片づけを終えたダーダーは、包丁を研ぎはじめました。その様子を物陰からそっと見ている者がありました。とりさんの護衛をしている忍びの者です。忍びの者は、ダーダーは山姥であると思い、危険を知らせようととりさんを起こそうとしています。
その夜、とりさんは不思議な夢を見ていました。子供の頃のとりさんが大きなお釜で茹でられています。一緒にゆでられているのは…幼なじみのカズ太郎?…。もう何十年も会ってないのに…?。何で釜茹でなんだ…?。

忍者「とりのだんな、とりのだんな、起きてくだせえ。」
とりさん「う〜〜〜ん。」(寝とぼけている)
忍者「大変だ。この家の主がだんなの命を狙っているんで。」
とりどん「あ〜〜〜〜。」(さっぱり起きない)
忍者「とりのだんな、だんな!。」
忍者がとりさんを揺すろうと布団を剥がそうと、とりさんは目を覚ましません。仕方がないので忍者はとりさんを担いで家の外に出ることにしました。重いのでかなり苦労して運びだして後ろを振り返ってみると、ただ草むらが広がってるだけです。忍者がふと足元を見ると、涙の型をした貝が落ちていました。
忍者「あの者は、人恋しくてダーダー泣いておったのか。しかし、とりのだんなにとりついて生きた体を我が物にしたかったのかもしれぬ。」
とりさんは忍者の背中でまだスヤスヤ寝ています。
忍者「世話の焼けるだんなだ。これだからお忍びの旅は危なっかしくていけねえ。」
忍者は奉行所にとりさんを連れて帰り、とりさんの部屋に寝かせておきました。


◆奉行所の巻

とりさんはその後何日も眠り続けました。奉行所ではだんだん裁判がたまってきて、部下のスカさんとマルさんが困っています。数日後ようやく目がさめたとりさんですが、あまりに仕事をためすぎたためスカさんとマルさんに外出を禁じられ、毎日奉行所にカンヅメで退屈な評定をくだす日々。外出を禁じられているので、得意技の太眉毛も出る幕はありません。「あ〜あ、また今日もどーでもいい裁判ばかりだなあ…。」と、サッパリやる気のないとりさんです。

スカさん「遠山様、出番でございます。」
マルさん「遠山とり衛門の丞様のご出座〜〜〜。」
とりさん「そのほう、茨のカズ政。五右衛門風呂の底をゲタで踏み抜いたとの罪状、まことに相違ないか。」
とりさんは、不思議と罪人にどこかで会った気がしていました。
カズ政「濡れ衣でございます。私は五右衛門風呂の扱いには慣れております。それは…お奉行様のわきの下のホクロがよくご存じのはずでございます。」
とりさんは気がつきました。今お白州に座っている罪人は幼い時に生き別れたカズ太郎では?。カズ太郎ならとりさんと一緒に五右衛門風呂に入った仲。子供の頃から五右衛門風呂の扱いには慣れているはず。ゲタで踏み抜くことはあり得ません。
とりさん「そのほう…ひょっとしてまことの名前はカズ太郎ではないか?。」
カズ政「お久しゅうございます。実は訳あって違う名前を名乗っていましたが、カズ太郎にございます。」
とりさん「して、カズ太郎である証拠は。」
カズ政「私とお奉行様には朝、共通の習慣がございます。それは○○××…。」
とりさん「うむ、それは側近のスカ吉やマル次郎も知らない、私とカズ太郎だけの秘密だ、間違いない。カズ政がカズ太郎であるなら、五右衛門風呂の扱いには慣れており、五右衛門風呂を踏み抜いたりはしないはず。罪人を釈放せぃ!。これにて一件落着。」

今日も太眉毛は役にたたなかったけれど、とりさんの裁きで濡れ衣を着せられたカズ太郎を救うことができ、満足なとりさんでありました。


◆ダーダーの過去の巻

裁判のあと眠くなったとりさんが目覚めた後、ダーダーの家で見た夢を思い出しました。釜茹でになっていたとりさんとカズ太郎。あれはカズ太郎が奉行所に罪人として送られて来る前触れだったのか…。そういえば旅先のダーダーの家で寝ていたはずなのに、起きたら奉行所だった。今までの旅は夢だったのか??。とりさんはダーダーの事も思い出しました。あの者は何故あんなにダーダー泣いていたのだろう。何故他人のような気がしなかったのだろう。そして何故目が覚めたら奉行所にいたのだろう…。「私の護衛をしていた忍びの者なら、知っているかもしれない。」とりさんは、忍者に訪ねてみました。

とりさん「(かくかくしかじか)という事があったのだが、夢なの現実なのかよくわからない。そのほう、何か知ってはいないか。」
忍者「それは夢ではございません。私がだんなを奉行所にお連れしました。」
とりさん「あのダーダー泣いていた者はどうした。」
忍者「あの者は、だんなにとりついて生きた体を手にいれようとしていたようでございます。だんなを連れて家を出たところ、家は跡形もなく、このような物が落ちておりました。」(涙型の貝を見せる)
とりさん「こ、これは…。」
とりさんには影武者がいます。その中の一人が昔、寝ている時に火事にあい、逃げ後れて死んでしまいました。その者は泣き虫でよくダーダー泣いていました。寝起きが悪いところまでとりさんによく似ていて、それが命とりになりました。そして「遠山様、知らない人にフラフラついて行っては騙されます。お気をつけください。」と口癖のように言っては、自分が騙されて泣いている、そんなマヌケな影武者でした。「お前の涙はこれに封じ込めた。もう泣くでない。」涙型の貝は、とりさんが影武者に与えた物でした。
とりさん「と、とりさん2号!。すまなかった、お前の忠告を忘れてまた知らない者について行って、大酒を飲んで眠ってしまった。もう騙されはしないよ。許しておくれ。」
とりさんの涙が涙の形をした貝にこぼれました。貝はとりさんの指(羽根?)の間から砂のようにハラハラこぼれ落ち、消えてなくなってしまいました。
忍者「そんなことがおありでしたか。これからはお気をつけください。では。」
忍びの者が去ろうとすると、どこからか酒屋の声がしました。
売り子「酒〜いらんかね〜。おまけに付け眉毛もつけとくよ。」
眉毛という言葉にそそられたとりさんが、頬を緩ませて立っています。
男忍者は「いや、当分目が離せねえ。本当に手がかかるぜ、とりのだんなは。」そう言って、とりさんの後をつけていきました。


◆とりさん、女湯に行くの巻

とりさんは売り子からお酒を買い、オマケの眉毛もしっかりもらっています。最近はとりさんの太眉毛裁きが有名になり、素顔で街中を歩くとバレバレになっていたので、酒屋の眉毛で変装して銭湯にでも行こうと思いました。また何か事件の話が聞けるかもしれません。

とりさん「ちょっと本物の眉毛より細いが、ま、いいか。」
その眉毛をつけると、あら不思議、とりさんは女の姿に変身しました。とりさんはまだそのことに気がついていません。そこに非番で普段着の女忍者(後方支援の事務系)がやってきました。
女忍者「あら、おトリちゃん。」
とりさん「(誰だこいつ?。私がおトリちゃんだって?)」
女忍者「おトリちゃん、なんで男物の着物なんか着てるの。さ、入ろう入ろう。」
とりさんは、女忍者に無理やり押されて女湯へ入って行きました。
とりさん「…いつも制服しか見てないから誰かわからなかったが、忍びの者か。でもなんで私を女湯に誘うんだ??。」
とりさんは着物を脱ぎ始めてようやく事の次第がわかりました。思いがけない幸運に勇んで女湯に入るとりさん。湯船には子供とおばーちゃんずと女忍者が。女忍者はB100,W100,H100のドラムカン体型。「こんなに太ってて、よく忍びが勤まるなあ。」と思いつつ、お湯につかっていました。そして「女湯でも中のメンバーによるよなあ。」と、とりさんは贅沢な事を考えています。湯船につかったとりさんが何気なく顔をこすった時、眉毛が1本とれてしまいました。するととりさんの体半分が男に戻り始めました。万事 ”急須”。
婆「うわっ!この人、男だよ。追いだしちまいなっ。」
とりさんはおばーちゃんずに袋叩きにされ、寒空にハダカで女湯を追い出されてしまいました。
とりさん「女はいくつになっても怖いなあ。それに脱衣所にお酒を置いてきてしまったよ。」
ヘタに欲を出すと、痛い目にあうという事が身にしみたとりさんでした。


◆とりさん、酒場に行くの巻

護衛の忍者は事の一部始終を見ていました。いくらなんでも、半分女、半分男という奇妙な体つきの者がハダカで歩いていたのでは怪しすぎます。忍者は着物を銭湯に盗みにいき、とりさんに着せてやりました。とりさんは残っていた付け眉毛を捨て、全部男の姿に戻りました。

とりさん「着物をありがとう。しかし体が冷えてしまった。ちょっと一杯、一緒にどうだ。」
忍者「え?あ?私でございますか?。」
とりさん「何か都合の悪いことでも?。」
忍者「この恰好ではかえって目立ちすぎでございます。」
とりさん「では、ここで待っているので着替えてまいれ。」
しばらくして忍者が着替えてきました。この忍者、なかなか男前でオシャレさんです。
とりさんたちは、酒場「光る鳥」にやってきました。とりさんはいつも、ここで一杯やりながら、市中の現状を聞き評定に役立てていました。しかし、時々飲みすぎて何がなんだかわからなくなることもありました。
おかみさん「あら、とりさんいらっしゃい。珍しいね、お連れの方があるなんて。」
とりさん「ああ、古くからの友人で、名は”しのぶ”だ。皆の者、よろしく頼むよ。」
おかみさん「しのぶさんだね。しかし、男前だねえ。惚れ惚れしちゃうよ。」
忍者は男前なだけでなく、話題豊富でおもしろい。おまけに気立てもいいときたもんだから、店の他の客や女の子ともすぐに仲良くなりました。とりさんは気持ちよく杯を重ね、忍者は話が盛り上がり、楽しい夜が更けていきます。そして、そろそろ閉店なので、とりさんたちはお金を払って帰ろうとしたその時、ならず者が怒鳴り込んできました。
ならず者「先月貸した金、耳揃えて返してもらおうか。」
おかみさん「とりさん、助けておくれよ。この前、困っていると相談した高利貸だよ。」
とりさん「お前か。高金利で金を貸し、皆から搾り取っているというやつは。」
ならず者「俺は貸してくれと頼まれたから貸してやったんだ。返さねえなら、こっちはこっちで考えがあるぜ。こっちは法定金利内でやってるんだ。文句はねえはずだ。」
とりさん「では貸し付けの証文を見せてみよ。」
とりさんは、貸し付けの証文を細かく調べ始めました。
とりさん「おぬし、ここ、計算を間違えておるぞ。それからここと、こことここがおかしい。このままでは、法定金利を超えているどころか、今まで払った分だけですでにとりすぎである。おかみに取りすぎた利息を返さないと奉行所行きだが、よいか。」
ならず者「ケっ。今日のところは、黙って帰るが覚えておけ。また来るぜ。」
計算間違いを指摘されたならず者はすごすごと帰って行きました。
おかみさん「とりさん、本当に利息計算が違っていたのかい?。」
とりさん「いや、証文に細工をしておいた。あの証文は表には出せまい。おかみさん、金を借りる時には気をつけなせえ。妙なやからから借りるんじゃありませんぜ。」
得意の計算で、やくざ者を煙に巻いたとりさん。今日も太眉毛は役にたたなかったけれど、酒場のおかみさんの助けになれて、満足なとりさんです。そしてとりさんは、うとうとし始めました。
おかみさん「仕方がないねえ、いつもこれなんだよ。事件を解決するとすぐに眠っちまうんだ。」
忍者「私が連れて帰ります。ご心配かけました。御勘定はこれで。」
おかみさん「これ、おつりだよ。しのぶさん、またごひいきにね。」
忍者はお金を払って、とりさんを背負って酒場を出ました。何か周りの景色が少し違うような気がしました。気のせいだろうと思いつつ、奉行所についた忍者はとりさんの部屋にとりさんを寝かせました。 忍者は帰ろうとして、とりさんの机に置いてあった暦を見て驚きました。一晩の出来事だと思っていたのに3日もたっている!。まさか…。忍者は財布を確かめました。忍者の財布には木の葉が2枚…。
忍者「あのおかみは何者だったのだろうか。とりのだんなを守るはずの私まで騙されてしまったよ。」
とりさんは何も知らずにスヤスヤ寝ています。とりさんは3日も裁判を休んでいたので、また明日からスカさんマルさんの監視のもと、奉行所にカンヅメでお裁きを下すことになるでしょう。そのことを考えると、忍者はとりさんにおつりが木の葉だった事は言わないでおこうと思いました。「少しでも気晴らしになれば、それもいいじゃないか。」そう思って、そっと帰って行きました。


とりさんは本当に何も知らなかったのでしょうか。ひょっとしたら、とりさんはお釣りが木の葉なのを知っていてあの酒場に通っていたのかもしれません。目が覚めたらスカさんをマルさんにせかされ、大忙しのとりさんです。しばらくの間、ゆっくり寝かせてあげましょう。おやすみなさい、とりさん。


主な登場人物

遠山とり衛門の丞(とりさん)…「よく食べ、よく寝て、よく遊ぶ」普段はやんちゃなお奉行様で、放浪好き。
忍者(しのぶ)…とりさんを護衛している。実家は呉服屋でオシャレ。なかなかの男前。
だーだー(とりさん2号)…火事で死んでしまったとりさんの影武者。寝起きが悪い所までとりさんに似る、ちょっとマヌケで泣き虫な影武者。
茨のカズ政(カズ太郎)…子供の頃とりさんと生き別れた、とりさんの幼なじみで、一緒に風呂に入ったり一つの布団で寝ていたという。
酒場「光る鳥」のおかみさん…とりさんの行きつけの酒場のママ。木の葉のお金を使う謎の女。愛想のない顔だが、気立てはやさしい。

一部うちわウケのネタがありますので、背景事情がわからない方はおもしろくなかったかもしれません。ご容赦を。それから、とりさんファミリーのアイコンはままさんの所からお借りしました。ありがとうございました。


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