井戸の話


私の実家では井戸水を使っている。井戸は水道ほど勢いがないので、シャワーを浴びている時に台所で水を使うと、シャワーが急に熱くなってビックリすることがある。うちの井戸水でいれたコーヒーは特においしいと思う。街中では浄水器をつける家もあるのに、煮炊きも米を研ぐのもすべておいしい井戸水でやっているのだから、贅沢な話である。井戸水を使っての洗濯は結構洗剤を選ぶようで、井戸水の成分により、好みの洗剤があるようだ。私はマリモ用に井戸水をもらってかえるのだが、たまに飲んでもおいしいと思う。

母が子供の頃の話だ。私の祖母の家には井戸があって、フタがしてなかった。雨が降った後などは、井戸からシャバシャバ、シャバシャバ音がする。母は懐中電灯をつけ、井戸を覗いてみたら、石垣の間から水がたくさん出ていたという。その井戸にはフタがなかったので、祖母がつまづいて落ちてはいけないと、フタをすることにした。井戸は定期的に掃除をしないと水の出が悪くなるらしい。その時も井戸屋を呼んで、中の砂や泥をさらえてもらった。中から泥に混じってでてくるのは、行方不明になっていたまな板、しゃもじ、包丁…。いろんな物が出てくる出てくる。当時の井戸はどこでもそうだったろうが、井戸屋があきれるほど、いろんな物が井戸の中に落ちていたに違いない。

井戸にフタをして、手押しポンプをつけた。そして離れにあった風呂にパイプをひいて、井戸水を風呂と台所で使えるよう、切り換えをつけた。これで風呂の水汲みが格段に楽になった。以前は釣瓶で水をあげてバケツや天秤で風呂と井戸を往復していたのに、今度は水の出口を切り換えてポンプを押すだけである。この仕組みは簡易水道がついた後もまだ生きていて、私が子供の頃はすでに簡易水道になっていたが、切り替えは機能していた。

祖母の家の五右衛門風呂に入っていると、首の当たりにビューッと冷たい水が当たってびっくりすることがある。井戸の切り換えが風呂になっているのだ。そして風呂から叫び声。

「井戸が風呂になっとるどーー。」

母が子供の頃にもよくやったそうで、ポンプ1押しぐらいならビックリですむが、5〜6回押した後だと、洗面器で汲んでは捨て汲んでは捨てしないと、風呂が水でうまってしまう。そして台所から大声。

「ごめーん、6回ぐらい押したー。」

さっき水を出したばかりならポンプを1回押しただけでも水が出るが、だいぶ前に使った後の時は5〜6回押さないと出ない。また、切り替えが風呂になっているのに気づかないでポンプを押す事が多いので、「なかなか出んね〜。」と思いながら追加でポンプを押す。その間、風呂ではてんやわんやの大騒ぎでいらない水を捨てているのだ。

私が子供の頃は簡易水道があったので、風呂と台所の流し台は水道の蛇口があった。井戸は野菜を洗ったりするのにもっぱら使われていて、風呂の水くみにはあまり使ってなかった。なので、切り換えは台所のままになっていることが多かった。私はお盆など、親戚が集まった時によく井戸の切り替えを風呂にしておいた。私が井戸のポンプを押しているとイタズラしているがバレバレなので、通り掛かった時に切り換えを変えておくのだ。風呂では案の定、首のあたりに冷たい水がピュー。私は大人たちが大騒ぎするのがおかしくてよくイタズラした。お盆は冗談ですんだが、お正月にやったときはさすがに叱られたのを覚えている。

風呂の井戸水、今は熱くてビックリ、昔は冷たくてビックリである。

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