雪の日の男


私の通っていた高校は街中ながら山のてっぺんにあり、JRの駅から遠く、国道から離れているためバスの便が非常に悪いのです。そのため圧倒的に自転車通学生が多く、私も自転車で片道5.6キロを通っていました。(岩国にお住まいの方は、私の出身校が大体おわかりですね。

私は大雨や雪の日は自転車で行かず、タクシーで通学していました。タクシー通学なんて学生のぶんざいでゼイタクな、と思わないでください。 小型に4人乗ってワリカンすれば、ちょっと(どころじゃないか?)狭いけど、バスより10円位安く、うんと早く、おまけに学校の門の真ん前に着きます。ただし雪の日は、坂の途中で下ろされることもありました。雪道はプロのドライバーが嫌がるほど、学校への道は急な坂なのです。

私が高校3年の1月に記録的な大雪の日がありました。さすがに今日はタクシーは学校の門までは上がらないだろうと思い、父親に車で連れて行ってもらうことにしました。
しかしあまりの雪の多さに父の車も途中で動かなくなり、私は車から下ろされました。
「あとは、歩いて行けえよ」

私は2.5キロぐらい雪道を歩いて行かなければならなくなりました。雪は道に積もっているだけでなく、容赦なく降ってきます。傘に雪が積もって重くなるので、傘を上下に振って雪をバサバサ落としながら歩きました。

当分歩いてやっと学校の山すそに着きました。学校への坂道は北向きの斜面で、雪がすごく溜まっています。私はヒザのあたりまでズボズボ雪に埋まりながら(そうまでして行くなってか)歩いて登って行きました。

すると、山の上から誰か道を下ってきます。
そして
「おはようっ!」
と私に声をかけるのです。
「おはよ?うござい、ますぅ〜」
と返事をしたものの、「は〜て誰かいなー」。頭のなかは?でいっぱい、まるっきり心当たりがありません。そしてそのまま、私に声をかけた「知らないおじさん」のことはすっかり忘れてしまいました。

2月になりました。私は現在の職場に内定が決まっていて、仕事に慣れるために家庭学習期間中にアルバイトに来ないかと言われていました。で、一週間行くことにしました。

職場に行って、当時書記長だった田村さんとの会話です。

田村 「あんた、わしがわからんかったろうがねー。」
私  「は?」
田村 「一回会うたろう。」
私  「そうですかぁ?。」
田村 「大雪の朝、声かけたじゃーないね。」
私  「え?・・・あ゛ーっっ!」

大雪の日、私に「おはようっ!」と声をかけた「知らないおじさん」 は、直属の上司だったのです。知らんかったー。
・・・というより「忘れとったー」ですね。11月の就職試験の時と12月の合格通知の時に会ってるんですから。私は今でも人の顔を覚えるのが苦手です。

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