歴史は語り継がれる

前回に引き続き、徳間書店出版の「謎の出雲帝国」(吉田大洋著)の、出雲神族の末裔といわれる語部の富家の伝承について触れたい。

3年出雲を調査して、分ったことが一つある。
結局、私が調べ、考察してきたことは、富氏が語り継いできた部分の検証のようなものだったのだなということである。勿論それで私はよしとしている。調査に関係する伝承の一部分を掲載したい。

(習俗と祭祀)
首長は「カミ」と呼ばれた。毎年10月に、各国(各地)の神が出雲に集まって、その年の収穫物の分配について話し合った。多い国は少ない国に分け与えた。この時、我々は祖国をしのんで、竜蛇(セグロウミヘビ)を祀るのが習わしであった。(これが、現在の神在月に繋がる。各国のカミがいなくなるので、出雲意外では神無月というのである)我々は祖国を高天原と呼ぶが、これは遠い海の彼方だと伝えている。
王が死にそうになると、後継者は会ってはならないものとされていた。死体は汚れたものとして忌み嫌い、これを見たり、触れたりすると相続権が奪われた。墓も、屋敷内には造ってはならないとされてきた。
王が他界すると、家人はツタで篭をあみ、これに死体を入れて、山の頂上の高い桧に吊るした。3年が過ぎると篭から下ろし、白骨を洗って山の大きな岩の近くに埋めた。山は我々の祖先の霊が眠るところである。高貴な人の夫人や子供が死ぬと、石棺に入れ、再生を願って宍道湖に沈めた。我々は東西南北がわかり、数字があった。ヒー、フー、ミー、ヨー、と数えた。「初めに言葉ありき」といわれるように、言葉を大切にした。
勾玉は祖先の幸魂、和魂、奇魂、荒魂を表し、王家のみがつけることを許された。


(このほかに歴史に関する部分の伝承も掲載されているのだが、それはいずれ別の場でとりあげたい)

富家の神祖は久那戸(クナト)大神だと言われている。
聞きなれない神様だと思われるかもしれないが、イザナギイザナミの長男に当たる神様である。この神様の社があると知り、訪ねてみた。

大社線脇の小道に入り、少しばかり車を走らせると、その社が見えてくる。家と家の間にこっそりと建てられたかのようなこじんまりとした社。

出雲大社のように常に人が訪れてるわけではなさそうである。しかしだからこそ無言の厳粛さが感じられて、身がシャッキっとしてくる。ここで富家の伝承が行われたと伝えられており、そう考えてみるとなんとも奥深い神社である。
最後にここに辿り着けてよかった・・・・
いつか君たちもここを訪れてみるとよい。
そして出雲大社のすぐ側で、ひっそりと佇みながら黙々と時を重ねる社を眺めて、歴史の重さを感じるのも時には良いだろう。